寿命に片思い

赤衣 桃

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船で死にたくなりました

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 朝ご飯を食べようとツチウラくんと一緒に三階のほうに向かっていると、踊り場でカシハラくんと遭遇した。
 階段を下りてきているので、カシハラくんはもう朝ご飯を食べおわったのだろう。
「おはよう、オツノさん。それとツチウラ」
「おはようございます」
「ああ。おはよう、カシハラ」
 個人的には、ついでに挨拶をされたような気もするのだが。ツチウラくんの表情が全く変わってないので通例らしい。
「それにしても、仲が良いようで?」
 わたしとツチウラくんが恋人みたいに手をつないでいるからか、カシハラくんが笑みを浮かべている。
「カシハラくんの言う通り、ツチウラくんとは仲良しですね」
「ふーん」
 カシハラくんが唇をとがらせて、いじけているような。
「えと、カシハラくんも好きですよ」
「あはは。ありがとう」
 しばらくして笑うのをやめると、カシハラくんがツチウラくんのほうに目を向けた。
「パーティ、楽しんでいるみたいだな」
「楽しまないと損だからな」
「もしかしたら、最後になるかもしれませんからね」
 言葉足らずだったのか、変なことを言ってしまったのか、ツチウラくんとカシハラくんがわたしのほうを見ている。
「ほらっ、この船が沈んじゃう可能性もありますし」
「そうだな。すぐ近くに殺人鬼がいて、殺されてしまう可能性がないとも言えないしな」
 ツチウラくんの台詞で思いだしたようで、カシハラくんが。
「そう言えば、レコード日記。だったっけ、面白かった?」
 わたしに聞いてきていた。
「面白かったですよ。意外と、死にたがりの人間が多い印象でしたかね」
 と言うよりは、レコード本人がそのタイプの人間を選別していたのほうが正しいのか。
 ゲームの縛りプレイみたいに、普通の人間の走馬灯を体験することが飽きてきたので、って理由だったかな。
「へえー、そんなに面白かったのなら読んでみたくなっちゃうな」
「そう、ですか。でも、今はツチウラくんが読んでいるので。その後になるかと」
 ツチウラくんとカシハラくんは友達なので貸し借りをするのは簡単そうな。
「本を読むのは面倒だから、オツノさんから聞かせてもらえるとうれしいかな」
 それ以前の問題だったのか。それにしても異性から殺人鬼の話を聞かされたりしても、平気なんだろうか?
「おれが聞かせてやろうか?」
 助け船のつもりなのか、ツチウラくんが口を挟んできていた。
「できることなら、オツノさんから聞きたいんだけどね。ぼくは」
「それは、うれしいですが。わたしは口下手なのでツチウラくんのほうが良いと思いますよ」
「それだったら二人の朝食についていかせてもらおうかな? オツノさんの感想やらも、聞けるだろうし」
 デートをしているんだったら今回は諦めるけどね。と、カシハラくんが笑っている。
「わたしは、かまわないですが」
 そもそも、男女が手をつないでいるだけでカップルやデートと考えるのは、普通のことなのか。小学生ならともかく。
「召し使いがこう言っているからな。おれも平気ってことで、それに」
 タイミングが良いのか悪いのか、わたしのお腹がはやく朝ご飯を食べさせろや、とでも言っているかのように大きく鳴っている。
「それに、はやくいかないと美味しい料理がなくなってしまうかもしれないからな」
 なにごともなかったかのように、ツチウラくんがそう続けていた。



 数日前にいった、三階の別のレストランで朝食をおえてから、わたしとツチウラくんとカシハラくんは話をしていた。
 コーヒーを飲んだり、クッキーを食べたりしながら、殺人鬼や人が殺されることを会話しているのは、どこか。
「レコードに限らないことだが。殺人鬼にはそれぞれ、ルールみたいなものがあるみたいだな」
 殺人ってルールを破っている連中がそんな考えかたをしているのはなんとも皮肉っぽいがな。そう、隣に座っているツチウラくんが続けている。
「マイルール、ってところか。そのレコードだと他人の人生を追体験したいがために殺人をしていた、みたいにか?」
「ああ。趣味だったり、信念だったり、考えかただったりな。逆に言えば、そのルールを破らなければ殺されたりしないってことだ」
「お眼鏡にかなう、って感じですね」
 わたしがそう言うと、向かいに座っているカシハラくんが声を上げて笑いだした。
「それじゃあ、殺されたいみたいな言いかたになっちゃうよ」
「そうですね。でも、そうやって殺されたい人間もいるらしいですよ」
「自殺志願?」
 真剣な顔つきになっているカシハラくんがそう唇を動かしている。
「そんな人もいるとは思いますが。基本的には、その殺人鬼に殺されたいってファンですかね」
「まるでアイドルかなにかだな」
「ツチウラくんの言う通りですね。殺人鬼に魅入られるって感じなのか、訳の分からない病気なんかで死ぬくらいなら、みたいな考えかたでして」
 オツノさんはそんな考えかたを理解できるタイプなの? とカシハラくんがこちらの目を真っすぐに見ながら聞いてきた。
 わたしの気のせいかもしれないけど。カミシロさんの近くにいた、紳士服の男性と同じどす黒い瞳をしているような。
「考えかたは理解できますかね。どうせ最後は死ぬんだから自分の一番好きな人に殺してもらいたいと願うのは人情だと思いますよ」
「きれいな考えかただ。ツチウラもそう思うだろう?」
「きれいかどうかはともかく死にかたくらいは自分で選びたいってのは分かるな」
 ぶっきらぼうに答えてからツチウラくんはコーヒーを飲んでいる。
「相変わらず美学の分からないやつだよな、ツチウラは。それで、オツノさんは同じように殺人鬼に殺されたいとか願っていたりするの?」
「願うほどではないですが。殺されても良いかな、と思っている殺人鬼はいますかね」
 わたしもコーヒーを飲み、真紅って殺人鬼のことを知っていますか? とカシハラくんに聞いた。
「真紅。確か、赤いものを好んでいる殺人鬼だったっけ?」
「詳しいんだな」
「かなり名前が知れ渡っていると思うがな、新聞やらにも一時期のっていた気がするし」
 それこそ、ツチウラが言っていたみたいなアイドルみたいな殺人鬼、って感じだったよね? カシハラくんが確認するようにわたしに目を向けている。
「そうですね。多分、その真紅って殺人鬼とカシハラくんは趣味が合うと思いますよ」
 彼女も美学と言うか、殺す時のマイルールみたいなものがあるらしいので。そう言い、目の前にあるクッキーを口の中に入れた。
「へー、どんなマイルール?」
「人の命を汚すやつを殺すらしい」
 わたしがクッキーを食べているからかツチウラくんが代わりに答えてくれている。そう言えば真紅のことも話していたんだったな。
「人の命を汚す? その、真紅って殺人鬼も殺しているんだからマイルールに反しているんじゃないのか?」
 その時のツチウラくんと同じようなことをカシハラくんが言っている。
「言いたいことは分かるが。真紅にとって、普通に殺すのは汚すではないらしい」
「なぶり殺しか?」
「よく分かったな。そうだ、真紅にとっての汚すは、相手をなぶり殺すことのようだ」
 そのマイルールとやらに準じているのか、真紅の殺した相手は全て安らかな表情をしていて、とても美しいとか。だったよな? とでも言いたそうにツチウラくんが頬をふくらませているわたしのほうを横目で見ていた。
 口の中がクッキーだらけで、しゃべることができないので軽くうなずくことに。
「まあ、他にも細かいルールがあるみたいだけど。基本的には、なぶり殺しの範囲だな」
 オツノさんが、カシハラと趣味が合うって言ったのは、殺した相手の姿が美しく見える部分のことだろう。そうツチウラくんが補足してくれていた。
 わたしが口の中のクッキーを飲みこんだのを確認すると。
「さて、そろそろだな。いくか、召し使い」
 ツチウラくんが立ち上がっている。具体的にどこへいくつもりなのかは全く分からないが、そう呼ばれてしまったら断れないな。
「そうですね、ご主人さま。えと、それでは夕食の時にでも、また」
 わたしも椅子から立ち上がりながら、カシハラくんに軽く頭を下げた。
「うん。また夕食の時にね、オツノさん」
 女の子みたいに人懐っこい笑顔でカシハラくんは、わたしとツチウラくんに手を振っている。
 わたしとツチウラくんが、レストランからでるのとほとんど同時に。誰かから電話でもかかってきたのか、カシハラくんがスマートフォンを耳にあてがっていた。



 レストランをでて、食後の運動がてらツチウラくんと手をつないだ状態で、その辺りを歩いていると。階段を上がってきているカミシロさんが見えた。
 カミシロさんのほうも、こちらに気づいたようで目を見開いている。
「おはようございます。カミシロさん」
「あ、ええ。おはようございます」
 なにかに驚いているのか、カミシロさんが声を震わせながら挨拶を返してくれていた。
 ツチウラくんのほうにも、声をかけながら軽く頭を下げているカミシロさん。
 けど、わたしの時とは違って、顔をにらみ上げているような気がした。
「カミシロさんも、朝食を?」
「いえ。少し面倒なことが起こったとかで、そちらのほうへ」
 ですが、カナデさんやツチウラさんが心配をするようなことではないので引き続きパーティを楽しんでもらえれば。
 とは言っているが、明らかに動揺しているのが分かるくらいに、カミシロさんの身体が小刻みに揺れている。
「そうなんですか。大変ですね」
 身体を震わせるくらいに大変だったとしても、わたしやツチウラくんが関わるべきではないか。面子やプライドみたいなものもあるだろうしな。
 ツチウラくんもその辺を分かっているようでわたしとカミシロさんの話に入ってこようとしてない。
「そちらはさておき。カナデさんもご健在のようで、そんなつもりはさらさらないなどと言っておきながらパーティを楽しんでくれているんですね」
「そうですね。朝食、美味しかったです」
 わたしが真面目に、そう言うと。
「明らかにそうじゃないだろう」
 ツチウラくんがあらぬところに視線を向けつつ、小声でなにかを口にしていた。
「ご主人さま、なにか言いましたか?」
 ツチウラくんの顔を見上げ、唇をそんな風に動かすと、一瞬だけだが時間をとめることができた気がした。
「いや。なにも言ってないな、オツノさんの空耳じゃないか」
「どうかしましたか? 召し使い、と先ほどは呼んでくれていたはずでは」
 そう呼ばれて、それなりにうれしかったんですよ。と、わたしが続けると。
 からかっていることがばれてしまったようで、ツチウラくんがため息をついている。
「そうだったな。ま、召し使いさんが本当にそう思ってくれているのなら、おれのためにも言葉を慎むべきじゃないか?」
「そうかもしれませんね。けど、召し使いの可愛い悪戯、ご主人さまなら笑って聞きながしてくれるでしょう」
「ものは言いようだな」
 わたしとツチウラくんのやり取りみたいなものを見ていて、なにか思うことでもあったのか。
「まるで中学生ね」
 カミシロさんがせせら笑うように赤い唇を動かしている。
「お互いに童顔ですから。中学生カップルに見えなくもないですかね」
 ツチウラくんがわたしに視線を向けているような気がするが勘違いだろうな。
「そうじゃなくて、わたくしは」
 なにかの言い訳をする時みたいな顔つきをしているカミシロさん。子どもがつい悪口を言ってしまい、反省しているようにも見えていた。
 少しすると、カミシロさんはうつむき。
「それは、そんな関係ってこと?」
 わたしとツチウラくんが、仲良しカップルだと判断したであろう部分を指差している。
「見ての通りですね」
 ツチウラくんと握り合っている手を、胸の辺りまで上げていく。今さら、きんちょうをしているのか冷や汗をかいているような。
「そう。良かったわね」
 なんて、祝福の言葉を口にしてくれているが。相変わらず、うつむいたままなのでカミシロさんがどんな表情をしているのかは分からない。
「はい。友達のカミシロさんのおかげです」
 空耳だとは思うが、誰かのとても大切な線のようなものが、ぶち切れた音がした。
「ふっ。カナデさんにお礼を言われるようなことをした覚えはないわ。その縁は、あなたが自力で手に入れたものなんですから」
 なんだか疲れたわね。そう言っているカミシロさんがふらつきながらわたしとツチウラくんの間を通り抜けていく。
 握り合っている手がカミシロさんに当たらないようにしたのでボクシングの審判が勝者の手を上げる時と同じようなポーズになってしまった。
「ごめんなさい。身体がふらついていて」
「トラブルがあるとか言ってましたよね? 良かったら、手伝いましょうか?」
「ありがとう。カナデさんのその言葉だけで充分よ。それにカップルの邪魔をしたら殺人鬼に目をつけられるかもしれませんから」
 多分、カップルだけを殺すことで名の知れ渡っているカラールの話かな。わたしの想像よりもえげつない趣味をもって。
「それでは、また夕食の時にでも」
「あ。はい」
 変な考えごとをしているうちに、カミシロさんは回復をしたようで、すでにその背中はかなり小さくなっていた。
「良かったのか?」
 カミシロさんの後ろ姿が見えなくなったのを確認してから、ツチウラくんがそんなことを聞いてきた。
「本人が手伝われたくなさそうでしたから、やいのやいの言う必要もないかと」
「そっちじゃなくて」
「どっちにしても、時間の問題でしたよ」
 言葉足らずなので、ツチウラくんに上手く伝わったかどうかは分からなかったが。
「良い意味で受け取っておくよ」
 ご主人さまに、そう言われてしまった。
 その可能性までは考えてなかったな。
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