寿命に片思い

赤衣 桃

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船で死にたくなりました

真相

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「なにが可笑しいんだ? ツチウラ」
「これぐらいのハンデがあって、やっと五分五分だと思っただけだよ」
「相変わらずだな、お前は」
 カシハラくんが腰の辺りから大きなナイフを取りだしている。先ほどのツチウラくんの言葉を冷静に聞きながしているような顔つきをしているが。
「それは、お互いさまみたいだな」
「なんのことだ?」
「性格の話だ。おれはあばら骨がおれていて不利な状況なのに、ナイフまでも使う必要がないだろう」
「お前を、おそれているとでも?」
「そんなやつは人殺しなんかしないさ。単純にむかついているんじゃないのか」
 おれが笑っているから。と、ツチウラくんが唇を動かしている。
「どうしようもないって時に笑うやつも」
「アッパーカット」
「は?」
 ツチウラくんの言葉が聞こえなかったようで、カシハラくんが声を上げていた。確かに怒っているのか声を荒らげているような。
「だから、アッパーカットだよ。カシハラ、お前はアッパーカットで沈めてやる」
 見えてはいないけど、カシハラくんの額に浮きでているであろう血管がぶち切れた音が聞こえた気がした。
「それとも、選ばせてやろうか?」
「殺す」
 限界を超えたらしく、顔面に怒りを描いているカシハラくんが、ツチウラくんのほうに真っすぐつっこんでいる。
 ナイフの届く、三歩くらい前のところで。カシハラくんは隠しもっていたドアノブを、ツチウラくんの顔に投げつけていた。
 体勢を崩したくなかったのかツチウラくんがドアノブを額で受けとめて、血が吹きでていく。けど、瞬き一つせずにカシハラくんを見つめている。
 次にカシハラくんがどんなこ、捨てた。と言うよりは空中にある見えないテーブルの上にでもおくように、ナイフを手ばなして。
 ツチウラくんもわたしと同じで浮いているように見えるナイフに視線を向けてしまっていた。
「人間はさ、こんな風にできてるんだよね。オツノさん」
 そう、言っているであろうカシハラくんがツチウラくんの左脇腹になん発も、すばやく拳を叩きこんでいく。
 どこか鈍い音とともにツチウラくんの身体がくの字におれる。床へと倒れこもうとする身体をもち上げるためにカシハラくんが顎を蹴り上げ、のけ反らせていた。
「確かに、アッパーカットだったな」
 とどめはこれだけど。そう口にしながら、空中に浮いているように見えるナイフをつかんで、がら空きになっているツチウラくんの心臓に。
 カシハラくんの顎が勢い良く跳ね上がっていく。心臓のあるところにナイフが刺さっているツチウラくんが、バック転をする要領で蹴り上げていた。
「残念だったな。そこは外れだ」
 白目をむき、床に倒れているカシハラくんの両腕と両足を暴れられないようにツチウラくんがへしおっている。
 殺されかけたんだから、容赦なさすぎってほどでもないのか。それはさておき。
「えと、カシハラくんも言ってましたけど。アッパーカットじゃないような?」
 心臓のある辺りに、ナイフがつき刺さったままのツチウラくんがなにかを言いたそうな顔をしていた。
「キックボクシングのほうだな」
「なるほど」
 うなずいてはみたもののキックボクシングも関係ない気が。そもそも試合じゃなかったんだから、ルールやら細かいことは考えても意味がないのかもしれないな。
「それよりも、悪かったな」
 自分の心臓の辺りに刺さっているナイフを引き抜き、床に捨ててから。ツチウラくんが懐から穴の空いているレコードの日記を取りだしている。
 カシハラくんにあばら骨をおられた時に、笑っていたのはこのことだったのか。
「聞かなかったってことは、はじめから気づいていたのか?」
「買い被りすぎです」
「勝手に部屋に入ったことも悪かったな」
「相手はご主人さまですからね。それに鍵をかけ忘れたのは、こちらですから」
「そうか」
 やっぱり、ツチウラくんはなにかを言いたそうな顔をしていたが、わたしの顔を見ると笑みを浮かべていた。



 一階のほうにある医務室でツチウラくんのケガの手当てをしてからカミシロさんの部屋に向かった。トカゲを相手にするようなものだし、ほとんど意味は。
 カミシロさんの部屋の扉をゆっくり開けると、女性が倒れているのが隙間から見える。
 赤く染まっている床の上で倒れていた女性はカミシロさんだった。
 見えている範囲では、カミシロさんに全く外傷はなくて。まるでベッドの上で安らかに眠っている、どこかのお姫さまみたい。
 床だけでなく、部屋全体も赤く染められているのも、わたしにそう思わせてくれて。
「これは、あの人だよな」
 オツノさんは、知っていたよな? とでも聞いているかのように、隣に立っているツチウラくんが声をかけてきている。
「なんのことでしょうか?」
 わたしが首を傾げるとツチウラくんは楽しそうに笑っていた。
「おれは、エゴイストかな?」
 なんのことかは全く分からないが。
「違うと、思いますよ。ツチウラくんも人間なんですから、なんでもかんでも助けられる訳じゃないので」
 個人的には不本意ではあるけど。
「ありがとうございます」
 一般的には、こう言うべきなんだろう。
「やはり、お二人は仲が良いようで」
 カミシロさんの部屋の中から、男性の声が聞こえてきたので。わたしは思わずツチウラくんの顔を見てしまっていた。
「ご心配なく。お二人の推理は正解ですよ」
 カミシロさんの部屋の扉の隙間から紳士服の男性が、わたしとツチウラくんをのぞいている。
「立ち話も疲れるでしょうから、隣の部屋にいきましょう。甘いお菓子と紅茶も用意してありますので」
「だってさ、どうする?」
 そう、ツチウラくんがわたしに聞いてきている。普通に考えれば、口封じだろうけど。こんな回りくどいことをする理由がない。
 それに、どちらにしてもだからな。
「わたし的にはデメリットがないので、紅茶とお菓子をいただいても良いかと」
「それじゃあ、そのつき添いってことで」
「心中になるかもしれませんよ?」
「そうなったら、そうなった時のことだよ」
 ツチウラくんと仲がよろしいんですね。とでも思われたのか、紳士服の男性に笑われてしまった。



 わたしは。
 カナデは。
「どんな願いごとでも良いんですか?」
 隣に座っているマヤに確認をしていた。
「ええ。どんなものでもかまいません」
「それじゃあ、今すぐじゃなくても良いのでわたしを殺してくれませんか」
 カナデの答えを聞き、マヤは目を丸くしていたが笑みを浮かべている。
「面白い冗談で」
「いえ、本気ですよ。小学生の時に、色々とあって死にたいと思っているんですが。お、兄さんが許してくれなくて」
 死んでいる魚みたいに真っ黒になっているカナデの目を見たからか、マヤがゆっくりと唾を飲みこんでいた。
「当たり前です。カナデさんのお兄さんだけじゃない。誰だって、そんなことを聞かされたら」
 そんな風に声を荒らげていたのだが。
「どうして、そんなことをわたくしに話してくれたんですか?」
 なにかを期待しているような目つきをしながら、マヤはカナデに聞いている。
「多分、わたしとそんなに関係がないから。それと同じ性別だから、ですかね」
「そう。その話はわたくしとカナデさんだけの秘密ってことなのね」
「ええ。まあ、そうですね」
 わたしと血のつながってない人間限定だったら、そうなりますかね。と、カナデは念を押すように言っていた。
「それが良いのよ」
「はあ。そうなんですか」
 うれしそうにしているマヤを見て、カナデは不思議そうに首を傾げて。



「よく眠れたみたいだな」
 かつて、カミシロさんと仲良しだった頃の夢から目を覚ますとベッドの上に座っているツチウラくんがわたしを見下ろしていた。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
 そんな風に挨拶をしてから、雑談をしつつソファーのほうに向かっていく。
「眠れなかったんですか?」
 ソファーに座り。コーヒーを入れてくれているツチウラくんを見ながら、そんな質問をしていた。多分だけど、身体をふらつかせているように見えたからだろうな。
「昨夜、あれだけ色々とあったんだからな」
 入れてくれたコーヒーをわたしの目の前のテーブルにおきつつ、ツチウラくんが言っている。
「それもそうですね」
「そんなことより、オツノさんは今回の話。どこまで分かっていたんだ?」
 わたしと向かい合うように座っているツチウラくんがそう聞いてきていた。
「昨夜、紳士服の男性から聞かされるまではなにも」
「ダウト」
 ツチウラくんが短く否定をしている。
「不本意とは言え、命の恩人だからな。どこまで分かっていたかくらいは知る権利があると思うが?」
「そうですけど。口下手なので上手く説明をできるかどうか」
「それなら、おれがこれから質問することに真面目に答えてくれ」
「わたしは普段から真面目ですよ」
「あんまり笑わせないでくれ」
 笑うと、おれているあばら骨が痛むらしくツチウラくんが左脇腹の辺りを触っていた。
「オツノさんは、このパーティが殺人のためのものだと知っていたのか?」
「船にのる前は知りません。カミシロさんが少し変わったタイプの人間なので、変なパーティだとは思ってましたが」
「カミシロがレズビアンだったことを知っていた?」
「中学生の時に女子生徒の制服を改ぞうして男装させていたところを、見たことがあったので。一応は」
 おそらく相手もカミシロさんと同じタイプだったので色々と楽しんでいたんだろう。
「カシハラが殺人鬼だったことは船にのってから知ったのか?」
「そうですね。カミシロさんの彼氏みたいな存在だったことは、招待をされた時点でなんとなく分かっていたかと」
 もう少し正確に言えばミオンさんからカミシロさんのことを聞いた時くらいだったか。
 中学生の時のわたしのあだ名の魚の目玉とうそつきであることを知っていた。そもそもカシハラくんとは大学の図書室で会ったのがはじめてだったんだから、顔を覚えている訳がなかったんだよな。
「カシハラのマイルールは知っていたか?」
「興味はなかったですが。多分、潔癖症ってところですかね。人間関係も含めて」
 でも、それだけだと。昨夜、紳士服の男性から聞かされた清掃員のおじさんが殺された理由に当てはまらないような気もする。
「間違ってないが、正確に言うなら不真面目ってところか。オツノさんが会った清掃員も殺されたのは」
 煙草の清掃をしてなかったからだろうな、とツチウラくんが続けていた。
「清掃員さんが聞かされたあの話だと、どうしても鼻血に注目されますよね」
 まあ、鼻血の清掃が完璧だったからこそ、カシハラくんに半殺しにしてもらえたのか。変な言いかただけど。
「昨夜の話だと、ある意味で紳士服の男性が一番の黒幕だと個人的には思っていたり」
 彼女さんだった人と、清掃員のおじさんを殺したのはカシハラくんなのは間違いないが一番、得をしたのは紳士服の男性だし。
「それ以上は、オツノさんの考えることじゃないと思うけどな。そもそもカシハラの自業自得だ」
 カミシロを殺した罪まで背負わされるのはあれだがな。と言ってから、ツチウラくんがコーヒーを飲んでいる。
「それもそうですね」
「そんなにあの人。いや、あの赤い髪の殺人鬼にささやかれたことを、おれに聞かれたくないのか?」
「ご主人さまは意地悪ですね」
 全てを分かっているのに、わたしに言わせようとするなんて。
「さすがに、オツノさんがささやかれたことまでは分からないからな」
 それでなにをささやかれたんだ? みたいな視線を向けているツチウラくん。
「できることなら、死に顔はきれいなほうが良いわよね。女の子はさ」
 あの時の赤い髪のきれいな女優さんと同じように、わたしは笑みを浮かべていた。



 ツチウラくんの部屋をでて、一人でデッキのほうへと向かっている途中。ミオンさんとミヤシロさんが仲良くしているのを見かけたが邪魔をしてしまいそうなので声はかけないでおくことに。
「良かった」
 意識せずにそう口にしていたのは、わたしなりの祝福だったんだろう。
「やあ、オツノちゃん。おはよう」
 なんとなく、スキップをしながら移動しているとタカセくんと鉢合わせてしまった。
「お、おはようございます」
 スキップしているところを見られて恥ずかしいのもあったが、タカセくんの隣に立っている赤髪のウェイトレスさんのほうに思わず視線が。
「それと、おめでとうございます」
 普通なら、これで合っているはずだけど。わたしの頭に浮かんできている存在と、同じだったなら。
「ありがとう。そうだ、これから彼女と部屋で遊ぶつもりなんだけどさ。オツノちゃんもどう?」
「それは、お二人だけでするのが良いと思うので遠慮させてもらいます」
「オツノちゃんは、うぶだね。おれなら二人でも」
「強引すぎるのは良くないわ。ほら、はやくいきましょう」
 助け船をだしてくれたようでタカセくんの腕に抱きついている赤髪のウェイトレスさんがウインクをしている。
「そうだな。それじゃ、オツノちゃん。また夕食の時にでも」
「ええ。また夕食の時にでも」
 遠ざかっていく二人の背中を見て、わたしは思わず手を合わせ。これが人狼ゲームだったら完全にルール違反だな、と考えていた。
 デッキにでると相変わらず、冷やっこい風がわたしの黒髪をもてあそんでいく。
 船縁に近づき、もたれかかりながら、なんとなく海を見下ろしていた。確か、カシハラくんの彼女さんだった人も落とされて。
「また、死ねなかったな」
 ため息をつくように、口にしている。
 生きることは、もう良いのにな。
 兄さんとの約束を破って、いっそのこと。ここから飛びこもうかな、そうすれば。
「見つけた」
 後ろから、聞き覚えのある男性の声が。
 ゆっくりと振り向くと全力ではしってきたのか息を切らしているツチウラくんが立っていた。
 ツチウラくんと鬼ごっこをしていたつもりはないですよ。なんて、冗談を言おうとすると。
「命令だ。カナデ、絶対に死ぬな」
 先に、そう言われてしまった。ご主人さまにそう命令されてしまったのなら。
「ええ。分かりましたよ。ヤキリくん」
 今日の夕食までだけど。
「部屋に戻りましょうか、ご主人さま」
 全く意識をせずに、わたしはツチウラくんの大きな手を握っていた。風が冷たいせいか震えている気がする。
 でも、ツチウラくんは気にしてなさそう。
「そうだな。部屋に戻ろう」
 わたしの手を握りしめて、ゆっくりと引っぱりながらツチウラくんが言っている。
「わたしが死んでも、今みたいに気にしないでいてくれますか?」
 そんな関係でもないのにそう聞こうとしたが、やっぱりやめておくことに。
 ツチウラくんがどんな答えでも、心残りになりそうで。死ねなくなりそうで、わたしはとてもこわかった。
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