寿命に片思い

赤衣 桃

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家で死にたくなりました

限界

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 彼女の顔に勢い良く浴びせた白濁の液体を拭き取ったが全く目を覚ます気配がない。
 一瞬、気絶した振りをしているんじゃないのか? とも思ったが。そんなことをしても彼女にメリットがないよな。
 そんなことより、まずは彼女が気を失っている間に逃げられないようにするためロープやガムテープを探しておくか。
 できることなら痕の残らないものがあれば良いんだが。リビングキッチンにはなさそうなので、他の部屋に移動をしていく。
 彼女の部屋にはそれらしいものはなかったけど。その隣の部屋を探していると手錠と鍵を見つけた。
 おそらく、彼女の兄の部屋なんだろう。
 壁に彼女の写真がなん枚も張りつけられているがシャッターチャンスが悪かったのか、どれもこれも微妙な笑顔で撮られている。
 部屋にあった手錠で、あの可愛い彼女との妄想でもしていたんだろうか? 変人の兄を相手にしていたとは大変だったようだな。
 ガムテープも見つけて、リビングキッチンに戻るとソファーに寝かせている彼女が少し動いていた。確か、あお向けだったはず。
「ん、うう」
 器用なことで、ソファーから落ちないように彼女が寝返りを打っている。
 寝ていることを確認してから、彼女の部屋に運んでいく。ベッドに寝かせて、鎖部分をパイプのベッドボードにひっかけてから細く白い両手首に手錠をかけた。
 目を覚ましたとしても声がだせないようにガムテープで彼女の口を塞いでおく。これでしばらくは安心だろうが。
 一応、玄関の扉に鍵をかけてから買いものにでかけることに。彼女の兄が帰ってきても良いように準備しないといけないからな。



 買いものから戻ってきても彼女はベッドの上で眠ったままで、その兄の姿もなかった。
 すでに日は沈み、部屋は暗くなっているのにベッドの上で眠っている彼女が輝いているように見える。廊下から漏れている光のせいだろうか。
 廊下のほうで、買ってきた犬の被りものを身につけ、自分の声がボイスチェンジャーで変わっていることを確認する。
 彼女の鋭さなら服装でばれてしまう可能性もあるので着替えてから部屋に入り、照明のスイッチを入れた。
 ベッドの上で眠っている彼女に近づいて。その頬を軽く叩き、起こすと。
「ふえと、ほんふふは。ふひんふぁふあん」
 なにを言っているのかは全く分からないが多分、挨拶をしているのだろう。
 神経が図太いのか、きょうふのあまり頭のなにかがマヒをしてしまったのか。いずれにしても大声をだされるほうが面倒だからな。
「口のガムテープをはがすが、騒ぐなよ」
 あお向けになっている彼女にナイフをちらつかせながら警告した。首を縦に振ったのを確認してから、ガムテープをゆっくりとはがしていく。
「しゃべっても良いですか?」
 ぼくが握っているナイフをこわがっているのか彼女は瞳を揺らし、声を震わせていた。
「ああ。騒がないのならな」
 細かいことを言うなら、許可を得るためにすでにしゃべっている気もするがスルーしておこう。
「えと、もう一人。男性がいたと思うんですが、その人はどうしたんですか?」
 思っていたよりも、そのことを聞いてくるのがはやかったな。普通は自分の身の安全のほうを気にするだろうに。
「安心しろ。隣の部屋で寝かせてある、お前の彼氏か?」
「そんなところだと思ってもらえれば。それはそうと、隣の部屋で寝かされているんですか。色々と不運ですね」
 まるで、新聞に書かれているニュースでも読んでいるように言いながら彼女は隣の部屋のほうに視線を向けている。
 こちらの想定通りに動いてくれているんだから、言いかたまで気にする必要はないか。
 そもそも、自分の心配を優先しているだけかもしれないしな。
 自分の手首に手錠がかかっているのを確認し、彼女がこちらを見上げてきた。
「強盗ですか? お金とかはないですよ」
「金だけとは限らないだろう」
「そうですね。なにかのうらみとか?」
「お前に言う必要があるか」
「ないですよね。その、お腹が空きました。ご飯を食べさせてもらえますか?」
 腹を鳴らしつつ、手錠を見せつけている。鎖部分とベッドボードのパイプがこすれて、耳障りな音が響いている。
 腹が鳴ったことは恥ずかしかったようで、寝転んでいる彼女は顔を赤くしていた。
「食べさせてほしかったら、起き上がれ」
 目の前にある鋭いナイフを警戒しながら、彼女はゆっくりと起き上がっていく。ベッドボードの近くで正座し、太ももの上に両手をおいている。
 こんな状況でも、彼女を動揺させることはできないのか。普段と同じようにすました顔をしていた。
「名前は?」
 そう聞くと不思議そうに首を傾げてから。
「わたしは、オツノカナデですね」
 律儀に答えている。ナイフをもっているんだから当たり前か。
「大学生か?」
「そうですね。リンソウ大学です」
 好きな食べものは? 趣味は? となぜかそんなことを聞き続けていた。
 彼女のほうも殺されたくないからだろう、おそらく真面目に答えてくれていたが。
「彼氏はいるのか?」
 その質問をすると、先ほどまでスムーズに口を動かしていたのに、彼女はだまってしまっている。
 なにかを考えているのか、なにもなさそうなところに視線を向けて、小さなうめき声をだしている彼女。
 多分、あの白髪で目つきの悪い男のことを考えているのだろうな。真面目に答えれば、そいつにも危険が生じるとでも。
「聞こえなかったのか。彼氏はいるのか? と質問をしたんだけどな」
「その、今さらなんですが。わたしにそんなことを答えさせて意味が」
 いきなり、風船が破裂した時のような音がすぐ近くから聞こえてきた。
 こちらに真っすぐ目を向けていた彼女の顔が、なぜか横向きになっている。それに左頬が赤くなっていて。
 まさか、ビンタをしたのか? ぼくが。
 いくら白髪の男のことで腹が立っていたとしても、そんなことをする訳が。
「お前が意味を考える必要はない。さっさと質問に答えれば良いんだよ」
 ぼくの口が勝手に動きだし、目の前の彼女に命令をしていた。
 ようやく自分がなにをされたのか分かってきたようで瞳を揺らし、こちらにゆっくりと顔を向けながら涙を浮かべ。
「彼氏は、いません」
 小さな声で、彼女は答えていた。



 コンビニの弁当を食べさせてから、彼女の口をまたガムテープで塞ぎ。
「ガムテープをはがしたら殺すからな」
 そう忠告をしておいた。先ほどのビンタでそんなことをする気力も萎えてそうだけど、一応な。
 彼女が小さくうなずいたの見てから部屋をでた。万一のことを考え、扉を開けられないようにしておこうかとも思ったが、こちらも面倒になりそうなのでやめておくことに。
 それに今日は色々なことがありすぎて身体が疲れ切っている。
 犬の被りものを外しつつリビングキッチンのほうに向かい、ソファーに腰かけた。
 窓から射しこんでいる月の光が、目の前の木製のテーブルを輝かせている。
「ぶふっ」
 思わず、声をだして笑っていた。傍らの、ソファーの上においてある犬の被りものが、こちらに冷ややかな視線を向けているように見えているけど、全く気にならない。
 それほどにぼくの心は満たされていた。
「ああ。最高だったな、あのビンタは」
 ソファーにもたれかかって、目をつぶり、彼女の左頬にビンタした時の光景を頭の中に浮かべていく。
 普段、あんまり表情を変えない。違うな、絶対に手に入らないと思っていたあの彼女がぼくの言いなりになっている。
 今の彼女は、ぼくのものだ。
 白髪の男が彼氏だったとしても関係ない。その気になれば彼女を殺すことだって。
 まあ、そんなことはしないだろうが。彼女を生かすも殺すも、ぼくの気分次第。
 ぼくにとって、これ以上の幸福はないはずだ。今が、人生で最高の瞬間。
「そうだ。最高なんだ。だから思い切り笑えよな。くっ、くく。くふふふふふふ」
 どれだけゆがんでいたとしても、人生最高の瞬間なんだから、ぼくは。



 小さい頃、誕生日に両親からゲームソフトを買ってもらった時みたいに興奮をして眠ることができない。
 心臓の音が、やけに大きく聞こえている。
 ソファーの上に寝転がったまま、ズボンのポケットからスマートフォンを取りだして、時間を。午前二時ぐらいのようだな。
 薄いカーテン越しに月明かりが部屋全体を照らしている。なんとなくテーブルのほうを見ていると、なぜかテレビのリモコンに手を伸ばしていた。
「なにをこわがっているんだ?」
 面白い番組がないかと、ザッピングをしている最中。耳もとで、なにかの声が聞こえてきた。普通なら驚いたりするんだろうけど、その正体が分かっていたからか。
「なにもこわがってなんかないさ。今のぼくは最高の気分なんだからな」
 自分に言い聞かせていた。
 なんにもこわがってない。手が届かないと思っていた彼女を手に入れて。今が人生最高の瞬間なんだ。そんなことは分かっている。
 それなのに。
 なんで、ぼくの身体はこんなに震えているんだ? 雨にぬれて、冷えてしまったのか。
 それならシャワーを浴びれば解決だな。
 そうだ。そうすれば、こんな震えなんて。
「う、ううう」
 シャワーを浴びようと、ソファーから起き上がったはずなのに自分の額になん回も両手を打ちつけている。まるで、神さまに祈りをささげているようなポーズを。
 可笑しいな。月明かりで部屋が照らされているのに、どこかから雨音が聞こえていた。



 夜が明けたのか。シャワーを浴びて、身も心も清めたつもりだったが結局、一睡もすることができなかったな。
「彼女に、朝飯をやらないとな」
 犬の被りものを身につけ、コンビニ弁当の入っているビニール袋とナイフをもって彼女の部屋に向かっていく。
 部屋の扉を開け、中に入るとベッドの上で眠っている彼女が見えた。泣いていたのか、薄らと目もとを赤く染め、あお向けになっている。
「ふんふあにふふふ」
 寝言でも口にしているのか、ガムテープで塞がれている唇の辺りを動かしつつ、ベッドの上で寝返りを打っていた。
 監禁をしているぼくが眠れなかったのに。
 監禁をされているはずの彼女が普段と同じように眠っているなんて皮肉にもほどがあるよな。
 なぜかコンビニ弁当の入っているビニール袋を部屋の扉の近くに、ぼくはおいていた。
「朝飯の前に、運動させないとな」
 唇が勝手に動き、そう言うと。ベッドの上に移動した。ぼくの足もとにはこちらのほうに腹を向けて寝転んでいる彼女の姿が。
 ゆっくりと右足を後ろに振り上げて、むきだしになっている彼女の腹を思い切り蹴る。
 彼女の軽い身体が勢い良く浮き上がって、背中が後ろの壁にぶつかっていた。
「ぶう、ふうはふ。ふああふう」
 ガムテープで口を塞がれて上手く息ができないようで目を見開いている彼女が苦しそうにしている。
 眠気はどうしようもないが今の彼女の姿を見て、多少は気が晴れていた。
「ほはほうほはひまふ。ふひひふあはん」
 呼吸がととのうと、寝転がっている彼女が顔を見上げてきている。大きな黒い瞳を光らせて、なにかを期待しているような。
「そうかそうか。まだ蹴られたいのか」
 望み通りに彼女の腹だけを、なん回も全力で蹴りを入れていく。
「気を失うなよ!」
 なん回もくり返したおかげで狙って、みぞおちに蹴れるようになると、少しずつ彼女の顔色が青くなってきていた。
 くぐもった声しかだすことができなくて、とても息苦しいはずなのに。
「ひ、ひひ。ぷっふふふ、はは」
 犬の被りものを身につけている人間にしいたげられている立場なのに彼女はうれしそうに笑っていた。
「ふふ、ぷっ。あははは!」
 ガムテープで口を塞がれていて、まともに声をだすこともむずかしいのに、確かに笑い声が聞こえている。
 幻聴か? 一睡もしてないから、どこか頭が可笑しくなっているのかもしれない。
 けど。
 確かに、笑い声は聞こえている。それは、ゆっくりと次第に大きくなっては、ぼくの耳に響いていく。
 そして、その声は彼女のほうから。
 異常を目の当たりに。いや、この耳に聞かされて動揺をしてしまったのか、彼女の腹を蹴ることをやめていた。
 大きな黒い瞳を輝かせながら彼女が不思議そうな顔つきをしていて。
「もう、蹴らないんですか?」
 とでも言っているような気がする。
 ぼうぜんとしたまま、ぼくは右足を後ろに振り上げた。彼女を蹴らなければならない、勝手に頭がそんなことを考えている。
 全く意識をしてないがほれてしまった彼女の願望をかなえようとでもしているのか?
 違う。
 彼女の身体がくの字におれ、なんとも言えない声をだしている。確かに、蹴られて苦しそうなはずなのに。
 ぼくのほうが、身動きできない彼女よりも絶対的に優位なことは分かっている。
 それなのに、どうしてこんなに震えているんだ? 身体もぬれてないし、寒くもない。
「ふう。ぐ、ぐううう」
「はあ。はあ。はあ。はあ」
 彼女のうめき声にまじるように、短く荒い呼吸音が聞こえている。
 なん回も、数え切れないほどに彼女を蹴り続けたから疲れたんだろう。そうだそうだ。そうに決まっている。
 手錠につながれている抵抗ができない彼女をこわがるなんて、ある訳がないんだから。
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