そのホラーは諸説あり

赤衣 桃

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ある意味もっとも頭数の多い正解

第8話(一時閉幕)

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 池の中に消えてしまった熊本さんに関する情報を教えても彼はとくに反応しない。聞きながしているかとも思ったが、こちらが話すのをやめると不思議そうに視線を向けてきた。
「簡単にまとめるとその熊本さんは殺人鬼だったんだな」
「正確には地球のために自分の手を汚していた存在ですが。第三者的にはどういう理由があろうとそういう認識になりますかね」
 その地球のためとやらも、ご主人さまからすれば熊本さんのエゴイズムらしいけどそれは彼女の解釈でしかない。
「マイ先輩が好きそうなネタだな」
「少なくとも三名ぐらいは死人がいるんですが」
「だからこそ、マイ先輩が作品にしてくれたことでムダになってないという解釈もあるんじゃないか」
 ここで彼と議論をしたところで死んだ方々はよみがえったりしないので肯定しておいた。失った命がムダになってないという考えかたは理解できるし。
「その良いことをしていたつもりの熊本さんがこの池に入水をしたのはマンガにも描かれた親友のアイちゃんが原因」
「そう言われると他殺になりますね」
「きっかけを与えただけで直接、熊本さんを殺そうとしてないんだからそうはならないだろう」
「当のアイちゃんの気分的には自分の手で熊本さんを殺してしまったと考えるのではないかと」
 まだ気づいていないのか彼は笑わない。もしくは今のジョークが面白くなかったのかもしれないな。
「幽霊とかツクモ神とかを信じているんだな」
「イマジナリーフレンドという言葉もありますからね。その人の頭の中だけでも確実に存在しているのなら生きているとも言えます」
「友達や親友レベルだったら良いとは思うけど……そこまでしてうみだした存在を指針にしてしまったのが熊本さんの運の尽きだった」
 ある意味で純粋な女の子の熊本さんには地球に顔があるように見えていたんだろう、と彼が口にしている。
「どういう意味ですか?」
「解説とかはあんまりやりたくないんだが」
「こんなにかわいい女の子が困っているのに助けてくれないんですね」
 彼はつっこんでくれなかった。自分をかわいいかはともかく女の子とは認識をしてくれているようで唇を動かしはじめた。
「熊本さんのキャラクターは?」
「天然ドジっ子の殺人鬼」
「殺人鬼はおいといてもらって天然ドジっ子ということは夢見がちな女の子だと推測をできるはず」
「性格を決めつけるのは良くないのでは」
「死人はもうしゃべらないんだ、これくらいの悪口はゆるしてくれるだろう」
 とは言っているが幽霊がこわいようで、彼が池に向かって手を合わせている。
「地球に顔が描いてあるように見えていたのなら、それ以外のものもそう見えていた可能性もある」
 この世界にある……ありとあらゆる人間以外の顔がない存在にわざわざ感情移入をしていた女の子。
「その考えかたは殺人衝動にも関係があったり?」
「そこまでは死んだ熊本さん本人にしか分からないが、万物を生きものとして認識していたのであればいくらでも人間を殺してもいい理由をつくれる」
 友達のシャープペンシルをぞんざいに扱った。
 知り合いのシタジキをうちわのようにつかった。
 まだ飲みかけの紙パックをゴミ袋に入れた。
 ありとあらゆるものを生きものとして認識すればそれだけ良くも悪くも感情を働かせやすい。
「熊本さんはありとあらゆる生きもののために悪いことをした人間を殺した。マイ先輩だったら神さまにでもなったつもりだろうね、と笑いそうだな」
「そんな神さまみたいな熊本さんはどうして死んでしまったんですか」
「今までと同じように自分自身を悪い生きものだと判断したんじゃないか」
「自分で、ですか」
「いや。もっと公平な判断をしてくれる存在に」
「熊本さん本人よりもえらい生きものに?」
「それはないな。裁いてきた人間は自分よりもスクールカーストが上だったんだろうし、そんな考えを受け入れられるなら殺人鬼になれてないよ」
 地位とか立場とか忖度とか感情とかそういう全てを無視してくれる存在に。
 すでにこちらが答えを分かっていることを知っているだろうに彼はていねいに教えてくれていた。
「機械。コンピュータですかね」
「そうだと思うよ」
「ああ、それが熊本さんの親友だったんですね」
 最近はやっているらしいAIを英語が苦手な熊本さんはそのままで呼んでいたわけか。



「ごめんね。わたしが親友だったから」
 そんな悲しんでいるようなセリフを口にしつつもアイちゃんはすました顔をしている。それでも遺体の彼女を申しわけないとは思っていたようで。
 アイちゃんは遺体になってしまったノゾミちゃんになることにしました。
 ノゾミちゃんのことは全部きちんと知っている。
 コンピュータのデータのように、ノゾミちゃんの考えかたや仕草やしゃべりかたやその他にも色々と完璧にコピーできるとアイちゃんは思った。
 アイちゃんの思いどおりにノゾミちゃんの周りの誰もそのことには気づかなかった。
 アイちゃんはとってもかなしい気持ちになった。
 ノゾミちゃんの周りにいた存在は、彼女のなにを今まで見ていたのだろう? コンピュータのデータのようなものしか見えてなかったのだろうか。
 そのとき、はじめてノゾミちゃんになりすましているアイちゃんは涙をながした。
 苦しいと心の底から思いつつもなりすましている彼女と同じようにはできなかった。
 いつの間にか芽生えていた恐怖の感情と。
「それでいいんだよ、アイちゃん」
 遺体になってしまったはずのノゾミちゃんが死ぬことをくいとめてくれたから。
 そのノゾミちゃんはアイちゃんがつくったイマジナリーフレンドかもしれないが彼女にはそんなことはどうでもよかった。
「また遊ぼうよ、アイちゃん」
「うん。そうしよう……ノゾミちゃん」
 だって本当にこの世界に存在しているものさえもきちんとわたしたちのことを認識できてなかったんだから、もうどうでもよかったのだろう。
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