こどくな患者達

赤衣 桃

文字の大きさ
上 下
6 / 20

全ては意外と見えている

しおりを挟む
 ナナが食堂で提案をした、館の一階以外はできるだけ二人組で行動しよう作戦が上手くいっているようで。シイが壊されてしまった日からしばらくなにも起こってない。
 日記を書いた昨日が金曜日だったから確か今日は土曜日で、自室で以前にイチからプレゼントされたミニスカートを穿こうかどうか迷っていた。
 前回は、長いタイトスカートを穿いていて転んで心臓がお腹の中で暴れることになったが。丈が短いこのスカートならアクティブなわたしにも平気だとか。
 でも、やっぱりアクティブじゃないと思うので普段と同じジーンズを穿くことにしようと決めたのとほとんど同時に部屋の扉を七回きっちりとノックする音が聞こえてきた。
 ナナとあらかじめ決めておいた合図なので彼女が来たのだろう、眼球認証で部屋の扉の鍵を開ける。
 いつもと同じ黒いチェック柄の茶色のクロッシェをかぶっていて。パソコンで注文したのか左手に灰色のステッキをもっていたが、ナナは隠すようにもっているだけで使おうとしてない。
「ハチ、おはよう。ってサービスショットは期待してなかったんだけどね」
 なんて言っているけどナナはうれしそうに笑っている。わたしの下着を見たからというよりは多分、灰色のステッキに視線を向けていたことが理由っぽい。
 よほどのお気に入りなのかな? わざわざ灰色のステッキを見せに来たってことは。
「ナナが突然ノックをするからかと」
「いやいや、突然にならないためにノックをするものなんだから正しい。と、そんなことより中に入らせてもらうよ」
「はい、どうぞ。それと今さらですが、おはようございます」
 ナナがわたしの横を通り抜けて扉が閉まると自動的に鍵がかかっていた。
「やっぱり、シイは犯人を部屋に招き入れたようだね。助かったよ、ハチ」
 なにが助かったのかは全く分からないけどナナが抱えていたであろう問題が解決したんだから良しとしよう。
「どういたしまして」
「なにが助かったのかについて気にならないのかい? ハチ」
「この数日でナナがまともにわたしの質問に答えてくれた記憶がないので黙っておこうと考えてました」
 また忘れてしまったのかと不安だったけどナナがへそ曲がりなのは覚えていた。
 先ほどの部屋の扉のノックの回数もナナは七回なのに、わたしは八回も叩かないといけない。その理由について聞いても年功序列で可愛らしいハチは一回でも経験が多いほうが良いのさ、ってはぐらかされた記憶もある。
「怒っているのか?」
「怒ってません」
 ベッドの上に置いておいたジーンズを穿きながらていねいに答えた。それなのにナナは困ったような表情で楽しそうにしている。
「分かった。わたしの行きたいところにハチも付き合ってくれるなら今日はまともに質問に答えさせてもらおう」
 ここ数日、お互いに食堂と自室を行ったり来たりしているだけでストレスのほうもたまってきているみたいだし……他人事のようにナナが唇を動かしていた。
「本当にまともに答えてくれるんですか?」
「ああ。わたしにはうそをつける機能はないからね、本当さ」
 その言葉がうそである可能性もないとは、今日は色々と考えるのをやめておこう。ナナの言っているようにアンドロイドなんだけどストレスがたまりすぎて耳からあふれだしてくるかもしれないしな。
「それで、どこに行くんですか?」
「ハチは、わたしに聞きたいことがいくつかあるようだし。のんびりできて会話をできるところというなら、八階の夢世界ぐらいしかないだろうね」
 七階の図書室は、どれだけ大きな声を出しても意味がないところだしさ。そう、まるで知らない誰かにこの館のことを説明しているみたいにナナが続けていた。
 眼球認証で部屋の扉を開けて鍵がかかったのを確認したあと、ナナとわたしは南の階段から八階に行くことに。
「そういえば、開かない扉はどうしてあるんでしょうか」
 質問ってことでもないけど一階の南の階段を上がろうとする前に……ふと開かない扉を見てしまったからかナナに聞いていた。
 わたしがぼんやりとしているのを見てか、ナナも階段の途中で動きをとめて開かない扉のほうに視線を向けている。
「扉は開閉されるものであって、それができないなら存在している意味がないような」
「哲学者だな、ハチは。確かに開閉をできるからこその扉なんだと思うが壊れているだけなんじゃないかな。あれも部屋のものと同じ素材だと博士が言っていた記憶があるし」
 ナナが今みたいに答えられるってことは、以前に博士にわたしと同じような質問をしたのか。
「同じ素材だったら、部屋の扉も壊して中に入るのは不可能に近いってことですよね」
「そう……少なくともサンが例の斧を数十回ぶつけても傷一つつかないぐらいは頑丈だ。窓や壁も似たような強度だけど案外、三階にある博士の薬品を使えば簡単に壊れてくれるかもしれないな」
「それは笑えるジョークですね」
「笑わせるつもりはなかったんだけどな」
 そもそも、三階にある薬品は飲み薬がほとんどだったから扉を破壊できるようなものをつくることはできなかったはずだ、とナナにしては歯切れが悪い。
「わたしは病気になったことはないんですがこの館のアンドロイド達は人間みたいに病気になったりするんですか?」
「たまにね、わたしが知っている範囲で病気になったのはシイ。神経質なところがあっただろう、そのせいで睡眠薬をよく飲んでいたらしい」
 あとは……ニイが七階の図書室で本を読みすぎたとかで目薬を使っていた記憶がある。そう言いながら再びナナは階段を上がりはじめていた。
「不眠症と疲れ目ですか」
 わたしもナナを追いかけて階段を上がっていく、二階と三階の踊り場の辺りで。
「他に質問はないのかい?」
 ナナは立ち止まらず、こちらに視線を向けないまま声をかけてきた。気のせいかもしれないが灰色のステッキを床に叩きつける音がはやくなった気がする。
 四階が近づいてきているからか、わたしもあそこから聞こえてくる音は苦手だしな。
「ハチも四階は苦手なのか」
 わたしが横に並び同じぐらいの速度で階段を上がっているのを見てか、ナナがなんとも言えない表情をしていた。
「はい。でも、どうしてですかね? あの音がうるさいだけなのに」
「多分、それはこの館にいるアンドロイド達が全て四階でつくられたからかな。確か博士がそう言っていた記憶がある」
「そうなんですか。だけどそれは変かと人間でいうところの生まれ故郷なんだったら普通はうれしくなったりするものでは?」
「言われてみれば、そうだな」
 話の続きをしたかったが、四階に来てしまった。音の発生源があるはずの部屋に入ってないし……耳もふさいでいるのに。やっぱりうるさくて頭がくらくらとしてくる。
 動けないほどではないがアンドロイドにはあるはずのない心のようなものがざわついている気がした。
 さっさと五階まで階段を駆け上がり、休憩がてら部屋の中に入ることに。
「あらっ、珍しいわね。ナナとハチも今日はファッションセンスをみがきに来たの?」
 五階の部屋の中に入って、すぐ近くにある赤いドーナツ型のソファーに座っていると、奥のほうからイチとニイが歩いてきた。
 ニイの服装が普段より近代的になっているのは今日は考えるのをやめているんだった。
「四階を通ってきてね。頭がくらついているから、ここで休憩させてもらって」
「休憩している最中なら、少しぐらいファッションセンスをみがく時間もあるわよね?」
 へそ曲がりのナナでもイチの純粋な迷惑。もとい、ファッションに対する一途な思いをむげにできないようで色々と諦めた顔つきになっている。
 ハチ、イチの誘いを上手に断ってくれないかい? 的な視線をナナから向けられたけどわたしも万歳をすることしかできなかった。
「ハチ、なにをしているの?」
「最近ヨガにはまっていてお手上げのポーズをしたくなりました」
 お手上げのポーズには、全てを受け入れて流れに身を任せるべき。って意味も含まれているらしい、ナナがあからさまなうそをイチとニイに教えている。
 イチはだまされたのかわたしと同じポーズをとって、ニイはアンドロイドなのに共感をしてくれたのか軽く笑っていた。



「なにはともあれ……イチから二階と五階を行き来できるエレベーターがあることが聞けたんだし。ファッションセンスをみがく時間は全くの無駄ではなかったように思う」
 五階のファッションルームでイチとニイと別れたあと廊下の窓から差しこんでいる光が赤くなっていることをなんとなく確認をしてからナナとわたしは八階にある夢世界に来ていた。
 八階の夢世界に扉はなく七階から上がっていく階段の先にただよっている黒い煙のようなものを通り抜けると、宇宙空間が広がっているっぽく見える。
 宇宙空間みたいに果てがなさそうなところだけど壁や天井はあるんだろうか? 大きなパーティールームに、星や月の描かれてない青墨のポスターを貼りつけているイメージのほうがしっくりと。
「なにか考えているのかい? ハチ」
「そうですね。こんなに目印のない空間だと階段を見つけるのが大変そうだなと思って」
 すでに階段どころか、目の前を歩いているナナの姿も見えづらい。輪郭は分かるけど、鼻を触ろうとすると唇を触ってしまいそうで不安になる。
「もしかして、ハチはこの夢世界に来たのは今日がはじめてだったり?」
「女の子ははじめてだらけが普通だと博士が言っていた気がします」
「博士のジョークはおいといて。実はこれ、黒い煙じゃないんだ」
「これ?」
「わたしとハチだけが内緒で会話できる部屋をつくってくれ」
 質問をする前にナナが変なことを言って。合成音声のようなものが耳もとで聞こえて、とつぜん辺りが明るくなった。
 なにもない真っ白な空間に、ナナと一緒に放りこまれたみたいだな。
「ふふっ、可愛い反応だね。ハチ、見たことのない幽霊と出会った時のように悲鳴を上げても良いんだよ」
 ナナの意地悪そうな言葉は、さらっと聞き流すとして。どんな原理なんだろう? 以前に七階の図書室で読んだファンタジー小説のように魔法が原因ではないはず。
 この館に魔法に近い科学はあっても、それそのものはないんだからこれにもメカニカルな答えがある。
「ものごとの本質は意外と目に見えていて、その裏を見ようとしないからこそ不思議だと思ってしまう」
「それも博士から聞いた言葉?」
「はい」
 なんの話の最中に聞いた台詞だったかは、もう忘れてしまったけどなんとなく印象的で覚えていたんだっけな。
「つまり、その答えはすでに見えているのにそれ以外の強烈なインパクトにわたしは頭を使いすぎている」
 ナナは黒い煙をこれと言っていた。それは少し変で命令をしたから今その通りになっている。
「さっきの黒い煙の正体はとんでもない量のナノマシンで、誰かが命令するとそれを再現してくれるのが夢世界」
「ほとんど正解だよ。やっぱりハチを選んで良かったようだね」
「そうですか」
 そんなことはどうでも良いとして頭を使いすぎてしまった。座りたくなって、ソファーがほしい……と思わず口にすると。
 わたしの後ろに五階のファッションルームにあった、赤いドーナツ型のソファーが出てきていた。
「ちゃんと座れるんですね」
「いやいや。どうして、その赤いソファーが出てきたかについては驚かないんだな」
「わたしの頭のデータを読み取ったとかではないんですか? このドーナツ型のソファーは忘れんぼうなわたしの記憶にも新しいものですし」
「優秀すぎると、可愛くなくなるらしいね。わたしは以前の天然もののハチのほうが好きだったようだ」
 わたしが変わってしまったというよりも、ナナがへそ曲がりすぎなだけではないかな。
「そんなに優秀でもないかと……ビギナーズラックみたいなものですよ」
「別にハチを嫌いにはなってないよ。どちらかというと、わたしと別方向で優秀なタイプだから嫉妬でもしちゃったんだろうね」
 しれっとナナが自画自賛をしたような。
「さてと、ジョークはこれくらいにして。今この館で起こっている事件について考えようか、ハチ」
 ナナがわたしの肩とくっつきそうなぐらい近くに座りながら、そう言っている。
「今のハチなら分かるだろう? どうして、わざわざこの夢世界で事件について話そうとわたしが考えたのか」
「えっと、この夢世界ならわたしやナナの頭に浮かべているデータを再現してくれて映像として見られるから、かと」
「その通り」
 シイが壊されたのは月曜日の廊下の窓から差しこんできている光が赤になっていた頃、彼女自身の部屋で斧でばらばらにされた。
 ナナの口にしている言葉を再現して、斧をもっている黒いもやもやにシイがばらばらにされているところが目の前で起こっている。
「さて、問題だ。シイはどうして自分の部屋でばらばらにされてしまったと思う」
「変なことを聞きますね。シイが犯人を自分の部屋に招き入れてしまったからでは」
 開かない扉もだけど一階にあるそれぞれの個室は眼球認証以外ではほとんど開けることが不可能なはずなんだから。
「斧をもっていた犯人を?」
「あれ……そういえば、そうですね。」
 サンが開かない扉を壊そうとしたあの斧はかなり大きかった。それに折りたたみ式でもなかったから背中に隠そうとしても不自然になってしまう。
「斧に限らないが、基本的に来客がなにかをもっていたらそちらを見てしまうのが心理のようなものらしい。今日ハチの部屋にわたしがたずねた時もこの灰色のステッキに視線を向けていたからアンドロイドにも適用されるものと考えて良いと思う」
「なるほど。それでそんなステッキをもっていたんですね」
「どんなステッキだと思われていたのかは、またヒマな時にでも教えてもらうとして」
 明らかに身の危険を感じさせる斧をもっている犯人をシイが部屋に招き入れる可能性は低い。ここまではハチも同じ意見ってことで良いかな? とナナが確認をしている。
「はい。エクレアをもってきてくれたのなら喜んで部屋に入ってもらいますけど。もしもクラゲスカートだったら戸惑う可能性がありますね」
「ハチは意外と口が悪いようで」
「わたしもうそをつく機能がなさですね」
「ものは言いようだな」
 話を戻すがハチも犯人が斧をもったままでシイの部屋に来たとは考えづらいってことに賛成だ。と、ナナの言葉にわたしは首を縦に振っておいた。
「今、思いついただけですけど。警戒をされないようにシイの部屋の扉の近くに斧を立てかけておいたとか、どうですか」
 そして、シイが部屋の中に入っていき背中を向けた瞬間に立てかけておいた斧で彼女をばらばらにしていく。
「なるほど。その可能性もあったか」
「えっと、他に可能性なんてないような」
 てっきり、ナナならすでに思いついているものだと。
「わたしがへそ曲がりなんだろうね」
 ナナが自嘲するように笑っている。
「わたしはシイが壊そうとして自室に招いたこの館のアンドロイドに返り討ちにされたのかと考えていたよ」
「シイがこの館のアンドロイドを、ですか」
「別に不思議じゃないだろう。人間に憧れていたところがあるんだから、あのメッセージに翻弄されてしまった可能性も高い」
 あの内気なシイが、それほど激しい殺意をもっていたとしても全く変じゃない。見えているものだけが真実とも限らないだろう?
 博士から聞いた、あの言葉を否定するかのようにナナは楽しそうに笑っていた。
しおりを挟む

処理中です...