こどくな患者達

赤衣 桃

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幽霊プログラミング

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 サンの部屋からロクのところには北のほうから移動することになった。
「北から行くなら先にハチの日記を見たほうが効率的なんじゃないのか?」
「それはそうだが。先に他のアンドロイドの安否を確認しておきたくてね。もしかしたらって可能性もあるだろう」
 それにイチの死因のほうも先に調べておきたい、とナナは口にしながらシイの部屋の前を横切っていく。
「ロクは平気だと思うけどな。頭電話もできないように設定してあるみたいだし。直接、部屋に入れない限りはな」
 ナナにそう言いつつ前を歩いているゴウがわたしのほうに顔を向けてきている。
「怒っているのか? ハチ」
「いえ。怒っているというよりは納得がいかないって感じですかね」
 ゴウがわざとわたし達のグループにサンを入れないようにしたことぐらいは、さすがに分かっていた。
「どうしてサンをこのグループに入れるのを邪魔したんですか?」
「状況をもとに戻したくなかったからだな」
 それとも、派閥をつくりたかったのほうが分かりやすいか? ゴウが頭をかいている。
「犯人だと思っているアンドロイドをできるだけ孤立させたかったのほうが伝わりやすいんじゃないかな、ゴウ」
「ニイとサンのどちらかが、犯人だと考えているってことですか?」
 ゴウとナナが同じようにうなずいていた。
「ニイが疑われているのはイチの件で分かりますが、どうしてサンが?」
「ハチもうすうす気づいていたんじゃないのか……イチのことで涙を流したとかなんとか話していた時にサンが怒っていたのを」
 あの冷たい視線のことかな。わたし的には怒りというよりもずるいと思われている感じがしていたっけ。
「サンが怒っていたのはわたしが人間っぽく泣いてしまったからですか?」
「だろうな。人間になりたいって願望のあるやつからすれば。まあ、そういうことだよ」
 ゴウが言葉を濁したので、もう少し詳しく聞こうとしたのに。
「それもあるが、ニイとサンが共犯の可能性も出てきているからゴウはグループに入れるのを邪魔したんだ」
 ナナがさっさと話を進めてしまった。別に良いか、詳しく聞いたところですぐに忘れてしまうかもしれないし。
「共犯ですか」
「同盟というほうがしっくりくるかな、最終的に一人しか人間になれないはずだからね」
「つまり、一時的にニイとサンは手を組んでいて他のアンドロイド達を壊しにきている」
 だけど最終的に一人しか人間になれないと分かっているんだったら、同盟もなにもないような。
「同盟というよりはサンがニイの発言に合わせたのほうが可能性は高そうだな。わざわざ自分からアリバイがないのを証明する理由もないし」
「確かにそうですね」
 わたしなりに納得をして、うなずいただけなのにゴウが眉をひそめていた。
「ハチ、すなおなのは良いがよ。あくまでもそういう場合もあるよな……ぐらいに思っておいてくれ。こんなこと考えだしたらきりがないからな」
「ゴウは優しいんですね」
「ありがたい言葉だが、この館にいる誰かが犯人なのは事実だ」
 できればサンが犯人じゃないと良いんだがな、とゴウが笑っている。
「誰も犯人じゃないほうが良いような」
「あーん、ハチのほうがよっぽど優しいじゃねーか。未だに外部犯がいるとか思ってたりして」
「さすがにそれはないと考えています」
 だからってイチの時みたいに泣きたくならない。欠伸をしても出てこないし、やっぱり目薬があふれてきたのかな……あれは。
「優しくないゴウはどうしてサンが犯人じゃなければ良いと思っているんですか?」
「なんか変な判定されているのはスルーするとして。サンが犯人だったら今この館に生き残っているメンバー全員で協力をして、襲いかかっても返り討ちにされるからだよ」
「そんなに強いんですか、サンって」
「ナナなんか腕をちぎられているしな」
「えっ。そうなんですか?」
 ゴウ、話を盛るのは良くないよ。腕相撲で神経をちぎられてしまっただけじゃないか、とこちらを振り向かないままでナナが言っていた。
「ゴウが嫌な昔話を思い出させてくれたから気分が悪くなってきた。今日のところは部屋で休ませて」
「ナナ、悪かったって。気分まで悪くしないでくれよ。場を和ませようとしただけでさ」
 自分の部屋に戻ろうとしているナナの両肩を軽くもんで、ゴウがなだめすかしている。
「分かっているよ、ゴウ。こんな状況だし、拗ねたりなんかしないさ」
 けど常に考えられる最悪よりもさらに下があると想定しておいてくれ。イチの件で痛いほど分からされたからね、なんて台詞と裏腹にナナは楽しそうにしていた。
「分かっているって。な、ハチ」
「はい」
 今のところ考えられる最悪はニイとサンの二人が犯人のはずだが、それよりも嫌な事実となるとあんまり考えたくないな。
 部屋の前に到着をして、ロクをグループに入れようとしたけど結局ゴウが説得をしても無理だった。
 フリースペースで、ゴウが言っていたのと同じようにボイスチェンジャーで彼女の声色を使っている可能性があるとかなんとかロクが主張している。
「ドアスコープでわたしの姿は見えているんだろう? 本物だって」
「それはナナが疑わしくさせている……イチの首を斧で切り落としてきたんでしょう? だったらゴウのもできないわけじゃない」
「首を切られていたら唇なんか動かせるわけない。わたしを信じろって」
 ゴウの声がさっきよりも荒々しい。
「でも可能性がないわけじゃない。本物の声だったとしてもナナとハチにおどされて」
「ロク。いい加減に」
「ゴウ、もうやめておいたほうが良い。それにロクが言っていることは命がかかっているなら考えて当然だ。説得するのは諦めよう」
 どうして、そうしようと考えたのか分からないが、わたしは怒っているであろうゴウに身体を密着させていた。
「食堂で言ったよね。わたしは部屋にこもるって、誰が来たとしても絶対に出ないとも」
「ああ、分かった分かった。そうやって一人で部屋にいろ。確かに安全だ。けどな、なにがどうなるかは分からない……もしかしたら生き残るためのチャンスを逃したのかもしれないってことも、可能性の一つとして考えておけよな。ロク」
「分かっているし」
「オッケー。ナナ、ハチ。わたしのわがままに付き合わせちまって悪かった」
 もうロクを勧誘するつもりはないようで、ゴウが部屋の扉からはなれている。
「良いんですか?」
「良いんだ、双子とはいえ他人みたいなものだし。それに自分で決めてどうなっても納得するって言っているんだから、わたしが騒ぐのも迷惑な話だしな」
 わたしも、それ以上はゴウになにかを言うつもりはなかったのに。
「わたしになにかあったらロクと仲良くしてやってくれ。犯人を見つけて、やっつけて。二人きりで気まずい状況だったとしてもな」
 ゴウはそんなことを口にしていた。
「しれっと、わたしを殺さないでほしいね。まだまだ読みたいミステリー小説があるんだからさ」
「万一の話だ、気を悪くするなよ。それに、わたしも殺されるつもりなんかさらさらないしな」
「今さらな質問かもしれませんけど、ゴウとナナは犯人を見つけたら」
 ゴウとナナの顔つきを見てしまい……この台詞の続きは必要ないと判断をしたようで、わたしは口を閉じてしまっている。
「心配しなくても、その役はわたしがやる。すでにイチの首を切るような人でなしと思われているんだしさ」
「へそ曲がりのナナが、どうして今は優しくなっているんですか」
「ハチが泣きそうな表情をしているからじゃないかな。へそ曲がりだからか、いじめるのは好きでもそんな顔は見たくないらしい」
 見たくない、いや。もっと以前に似たようなことがあってわたしは……ナナがぶつくさと唇を動かしていた。



 眠ってはいけないのに目をつぶって寝息を立ててしまったせいか、わたしはチョウチョになっていた。
 もしかしたら、本当のわたしはこちらなのかもしれないと思いながらきれいな模様の羽をばたつかせて花をさがしていると。
 いきなり目の前が真っ暗に。



「起きたようだな、ハチ。昨日だけでも色々とあったんだから疲れていたよな」
 見たことない天井と傍らに座っているゴウの顔を交互に見つつ頭の中をくるくると回転させてみた。
「笑われるかもしれませんが、もしかしたらわたしは記憶喪失になっちゃった可能性が」
「それだけのジョークを言えるなら正常だと思うが、気になるんだったらついでに調べていけば良いんじゃないか?」
 そう言われてベッドの上で寝転がったまま白を基調とした部屋を見回す。なんだか身体に良さそうな機械がたくさん置いてあるように見える。
「ここは三階の医療室ですか?」
 少しずつ思い出してきた。確かロクの勧誘に失敗をしてイチの死因を調べるためにこの三階の医療室に来たんだったっけな。
 それでナナがイチの頭部にチューブを差しこんでいき、死因を調べるのに時間がかかるとかなんとかで。
「そうだ。この医療室だったら充電をできるベッドがいくつかあるから交代で眠ろうって話になったんだよ」
 この部屋も鍵をかけられるが念のために、とゴウが続けていた。
「ゴウとナナが今も生きているのはわたしが眠らないでがんばったからですね」
「そういうことにしておこう」
 うーん。なんだか、わたしはゴウとナナの約束を破ってしまったような記憶もあるけどがんばったみたいだし勘違いなんだと思っておこう。
「ところで……そのナナは? 他のベッドで眠っているんですか?」
「いや、ベッドが大きかったし二人とも同じところで眠るほうが効率的だってことでな」
 その言葉を聞き、寝返りを打ってゴウとは反対方向に顔を動かす。ナナがいた。
 ナナは、身体を横向きにして眠るタイプのようで今わたしと顔を合わせている。
「へそ曲がりのナナなのに寝顔は可愛らしいですね」
「どういう意味だよ。とにかく……あんまり騒いでやるなよ。さっきやっとこさ眠ったんだからさ、ナナは」
「やっとですか」
 廊下の窓の色を見てないから分からないがおそらく、紫になっているぐらいの時間帯のはず。
「それじゃあ、次はわたしが」
「わたしはもう眠ったよ。ハチの可愛い寝顔を見させてもらいながら眠ったからな。元気もりもりって感じだな」
「目を開けたままで眠ったんですか、ゴウは器用なんですね」
 わたしの言っていることを理解したようだがナナを起こさないように気をつかっているのか小さな声で笑っているゴウ。
「あらら」
「どうかしたのか?」
「起き上がろうと思ったんですけど、ナナがお腹の辺りに腕を回していて動けなくて」
 寝返りを打つぐらいの隙間はあるが、起き上がったらナナの上半身を持ち上げてしまうだろうな。
「そのまま休んでおけ。どっちにしても今はこの医療室から出ていく用事もないんだし」
 用事と言って良いのか微妙な話だが。
「ゴウは本当にロクを説得しなくても良いんですか? ナナやわたしに気をつかう必要もないかと」
「気をつかってねーよ。昨日も言ったと思うが。ロク本人が決めたことに対して、横から口を挟むのは駄目なんだ。わたしのポリシー的にな」
「ポリシーとは?」
「そうだな。他人にがたがた言われても自分だけは正しいと思っている考えかたって感じの言葉だな」
「自己満足に近いですか?」
「いや、さらに上で自己陶酔に近いな。例にしてやるのもあれだけどニイの人間に憧れているのと似たようなものだよ」
「ああ。なるほど」
 そう考えると、ニイやゴウやナナと犯人にそれほどの違いはないのか。ポリシーや自己陶酔の違いはあるがそれを強要するかしないかていどで。
 わたしからすれば基本的には同じだし。
 だけど自分のポリシーを自己陶酔と言えるゴウは犯人と違い少しだけ大人なのかもしれないな。
「世の中は複雑ですね」
「ハチがそれを言うのかよ。間違いなくこの館で一番自由そうにしているのに」
「わたしだって悩む時ぐらいはありますよ。この前も、カツ丼とイルカ丼のどちらを食べようか迷ったりしたんですから」
「カツ丼を食べたんだろう」
「正解です」
 しばらく、そんな感じの会話をゴウとしているとお腹を締めつけられていくような感覚があった。
「随分と楽しそうだね、ハチ。わたしも会話に入れてくれないかい?」
 まだ寝ぼけているようで、わたしの背中に頭をこすりつけながらナナがくぐもった声をだしている。
「おはようございます。ナナ」
「ああ、おはよう。なんだか悪いね。わたしの抱き枕になってもらっていたようで」
「困った時はお互いさまで。もちつもたれつってことかと」
 軽く笑って、ナナがゆっくりとベッドの上で起き上がっている。アンドロイドなのに、低血圧なようで顔色が悪い気がした。
「ふふっ、なるほど。確かに本の知識だけでは分からないこともあるんだな。感情はないのに罪悪感とは笑える」
 唇が動いていたのでナナがなにかを言っていたのかもしれないが聞こえなかったな。
「ナナ。コーヒーでも飲むか?」
「ああ、いただくよ。悪いねゴウ」
 なぜか医療室なのに眠れなくなる飲みものであるコーヒーをつくる機械があり。ゴウがそれを使っている。
「ハチも飲むか?」
「砂糖があるなら飲みます」
「まだまだおこちゃまだな。可愛いやつめ」
 わたしもベッドの上で起き上がって角砂糖を二つ入れてもらったコーヒーを、ゴウから受け取った。
「ナナも……はいよ。ブラックで良かったんだろう?」
「ああ。可愛い誰かと違って、わたしはおこちゃまではないからね」
 ゴウも自分の分のコーヒーを飲み。いくつものチューブが刺さっている、イチの頭部のほうに視線を向けている。
「機械が苦手だからよ、当たり前な質問なのかもしれないけどさ。切り取った頭部だけで死因とか分かったりするのか?」
 なんというかさ……ぶっ壊れている機械を調べている感じだから、あんまり意味がないように見える。そうゴウが続けていた。
「言葉が足りなかったね、本当にイチの死因を調べているわけじゃないんだ。記憶や見たもののデータを取りだそうとしているのほうが分かりやすいかな」
「人間でいうと脳みその中身。目で見たことやなにを考えていたかを調べている最中?」
「その通り。一番知りたかった殺される直前のデータのほうはあの音の影響のせいか駄目になっていたけどね」
「ウイルスってやつか?」
「だろうね。あの音が発生すると、その時の記憶や見たもののデータも破壊をするようなプログラムにしていたらしい」
 なにかを考えているようでナナがにやつきながらコーヒーを飲んでいる。
「それじゃあ今はイチの頭部を使って、なにを調べているんですか?」
「今、ゴウと話をしていたことと音の発生源である機械についてだな。推測していた通りイチの頭の中にはわたし達にはないものが、いくつか埋めこまれていた」
「それがイチの死因?」
「それで間違いないと思う。数が多いのと、それぞれの機械のセキュリティが強力で時間がかかっているがそろそろ」
「おい。なんか画面が光っているんだが」
 焦っているゴウの言葉を聞いて。
「慌てなくて良いよ、ゴウ。それぞれの機械のセキュリティを突破した、と教えてくれているんだ」
 はじめて、だるまを見てしまった子どもをあやすようにナナが口を動かしていた。
 ベッドから下りて、ナナは飲み干した自分のコーヒーが入っていたカップを洗ってから光っている機械のほうに移動している。
 わたしもコーヒーカップをもったままで、ナナの後ろから文字が羅列されている画面を見た。
「またラブレターですか?」
「いや。データを見やすいように日付ごとにこの機械に分けておいてもらったんだ」
「はあ」
「昨日のハチの朝食と昼食と夕食の献立を。この機械に教えてもらっている最中のほうが分かりやすいかい?」
「要は、さっき言っていたイチが見たり聞いたり考えたりしたデータってやつを見やすいように日付ごとに、この機械に分けてもらったんだな」
 今のゴウの説明を聞いて、やっとこさ理解をできた気がしている。すぐに忘れてしまいそうだけど。
「で、なんのデータから見るんだ?」
「音の発生源である機械を、取りつけられた日付からにしようと思っている。博士に改造されていたなら月曜日限定のはずだが」
 また目の前の機械に命令したようで画面が一瞬だけ暗くなった。明るくなるとさっきの文字の羅列と違う種類のものが並んでいた。
「なにかしらの改造をされた日付だけを抜粋してもらったんだが……いずれも月曜日じゃないな」
 むしろ、月曜日だけは改造されてないようだな。と言いながらナナは画面を下のほうにスクロールさせている。
「つーか、誰がそんな改造をできるんだ?」
「シイ」
 ゴウの質問にナナが短く答えていた。
「わたしが知る限りでは博士にばれずにここまで改造できるのはシイしかいないはずだ。それはそれとして奇妙なこともあるな」
「どうかしたんですか?」
 もう下にスクロールできなくなったようで画面の動きが止まっている。
「ああ。最後に、改造された日を調べようと一番下までスクロールさせたんだけど。見てもらったほうがはやいか」
 ナナに言われた通りに画面を見た。
「二日前ですよね? これって」
「ああ、そうだな。ハチ」
 わたしと同じことを考えているようでゴウも声を震わせている気がする。
「確かさっき。こんな改造をできるのはシイしかいないとか言っていたよな?」
「そう言ったね」
「死んだやつが改造とかできるのかよ」
「幽霊に足はないらしいが手はあるからね。できるんじゃないのかい」
 ナナがそんなジョークを言っている。個人的にはあんまり面白くなかった。
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