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常識は通じない
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皮肉なことにというべきなのか分からないけど博士がわたし達アンドロイドと違い人間であるのを証明できたのは、心臓にナイフが刺さっていて血液がでてきていたから。
「それにしても、ナイフで刺されているのに楽しそうな表情をしているな。人間だけじゃないが、こんなものをぶちこまされたら痛いどころじゃないだろうに」
「人間かどうかは、まだグレーだよ。アンドロイドじゃないのは確定だと思うけどね」
「人間じゃなかったら、じじいは他になんの生きものの可能性があるんだよ?」
「宇宙人ってところかな。この館のテクノロジー、八階の夢世界なんかは七階の図書室にあった人間の解明ができている化学では実現不可能な点もある」
少なくとも人間より上位の存在というほうが適切かもしれない、とナナが笑っている。
「一階の開かない扉もその上位の存在的には普通だとしても下等生物のわたし達アンドロイドだったら魔法みたいに思えてしまうわけですね」
「アンドロイドなのに下等生物って言われるのもどうなんだろうな」
「ゴウ、気持ちは分かるがつっこむところが違うような。それはさておき、おおむねハチの言った通りだ」
もう少し補足をするなら、その下等生物であるわたし達アンドロイドをつくったのは。その上位の存在の可能性が高そうだってことだな。
「じじいってことだろう?」
「いや……どうだかね。博士が本当に上位の存在だったら身を守る術の一つや二つ用意をしていても不思議じゃない。よほどのマヌケじゃなければ下等生物のアンドロイドに殺されたりなんかしないはずだ」
「それなら、博士はパイプ役ですかね。その上位の存在と下等生物のわたし達との」
「今の仮説が本当だったら、そうなる。アンドロイドを人間にできるテクノロジーをその上位の存在が知っていると考えれば、納得をできるところもでてくる」
あくまでも仮説の一つだし。宇宙人や上位の存在なんかを言いだしたらそれこそファンタジーの世界だからね。個人的にはそういう方向性は面白いと思わないな。
そうナナは話を無理矢理にまとめている。
「上位の存在かどうかは後で考えるとして。じじいは人間と同じぐらいの強度だったのは確定をしているんだよな? 心臓をナイフで刺されたていどで死んでいるんだから」
「そうだね。宇宙人でも上位の存在でも生命を維持するための臓器を壊されれば殺すことはできるとは思うが」
「壊れたんだったら正常なものと交換したら良いんじゃないですか?」
確か人間もどこかしらの臓器やなんやらが正常に働かなくなった場合に、入れ換えたりすると難しい本で読んだ記憶がある。
「ハチも難しい本を読むんだな。正常なものと交換をすれば、なおることもあるらしいがその部品と適合できるかどうかで失敗をする場合もあったりするんだよな? ナナ」
「ああ。単純に考えて、他人の身体の一部を無理矢理にくっつけようとするんだからね。上手く噛み合うほうが変な話だし」
「種族が同じだとしてもですか?」
わたしの質問にナナがにやついている。
「同じアンドロイドなのに、わたしとゴウとハチの性格や考えかたが違うみたいなものだと説明したほうが分かりやすいかな」
「なるほど。シスターコンプレックスのゴウとへそ曲がりのナナが一緒だとしたら、なんだか変ですよね」
「ハチ。今、悪口を言わなかったか」
「気にしないでおこう。台詞はあれだとしてもハチなりに理解してくれたんだから、へそ曲がりの汚名ぐらい安いものだよ」
寛大でへそ曲がりなナナは許してくれたっぽいがゴウは納得できてないようでわたしの頬をそれぞれ左右に引っぱっている。
「ところで本当に上位の存在がいたとしたら壊れてしまった博士をなおしてくれれば良いのにとか、ハチは考え」
「博士は殺されて死んでしまったので。心臓を取り換えても生き返らないことは分かっているからかと。もちろん、イチとシイも同じです」
頬を引っぱられた状態のままでも、普段と同じように話せることに驚いたようでゴウが口を大きく開けている。
「壊されたじゃなくて?」
「はい。博士もイチもシイも殺されてしまいました。とても残念なことに」
ゴウが、わたしの頬をそれぞれ左右に引っぱるのをやめて優しく頭を撫でていた。
「ナナ。確認なんだが心臓はアンドロイドにとっても急所みたいなものだよな?」
「そうだね。外れても一日ぐらい平気らしいが急所に違いはない」
アンドロイドが心臓が取れても平気な話をしている最中、なぜかナナがわたしのほうを見ていた。なんの関係もないはずなのに。
「それがどうかしたのかい?」
「いんや。じじいが心臓をナイフで刺されていたからさ、なんとなくな」
アンドロイドなんだよな、わたし達って。とゴウが誰にも聞かせるつもりがなさそうにつぶやいていた。
「そもそもの話なんですが、どうして博士は殺されてしまったんですか? イチやシイとは理由が違うような」
犯人がイチとシイを殺したのは人間になりたい欲求が歪んだからで、少なくともアンドロイドではない博士に手をだしたのは違和感がある。
「博士はこの部屋から出られないので邪魔にならないと思いますし」
「犯人が念のために殺しといたんじゃないのか。あのメッセージによると、人間になれるのは一人だけだし。じじいが本当にアンドロイドだったかどうかはこうするまでグレーなところのはず」
「だけどナイフで心臓だけを狙ってますよ。アンドロイドだと思っていたなら、シイの時みたいにばらばらにしておくほうが確実に」
「とりあえず難しい話は後にしようぜ。朝飯もまだだしよ、腹が減っていると頭の回転が鈍くなる」
いささか強引に話題を変えられた気もするけど朝食がまだなのも事実なので仕方ない。
「空腹も忘れられたら良いのに」
「それはそれで死活問題になると思うな」
三階の博士の部屋から、二階の食堂のほうに向かっている途中でゴウが。
「悪い悪い。じじいの部屋で調べたいことがあるんだったよ……先に食堂に行っておいてくれ」
「そうなのか。付き合うけど?」
「良いって一人で。ハチと先に食堂でなにか美味しいものでも食べておいてくれ。用事が終わったらわたしも行くから」
ゴウとナナが見つめ合っている。全く言葉を交わしてないのに、お互いに言いたいことは分かっているよ、みたいは顔つきになっていた。
「ゴウは頑固だね」
「ナナにだけは言われたくねーけどな。それにシスターコンプレックスなわたしとしてはロクと会話をしたい気分なのさ」
「あ。それがゴウの本音ですね」
「そういうこと。ハチもなかなか分かるようになってきたじゃんか、頭を撫でてやる」
いつもだったら、頭を撫でられるのは嫌なはずなのに。なぜか今のわたしはなんとなくゴウに触られたい気分になっている。
「おっ、どうしたどうした? 珍しいな……ハチのほうから抱きついてくるなんて」
「なんとなくです」
「遠慮なんかするなよ。わたしはなん人でも男でも女でも愛してやれるやつだからさ」
「本当にロクのところにも行くんですか?」
ゴウに抱きついたままなのでくぐもった声が響いていた。行かせまいとしているのか、わたしは両腕の力を強くしている。
「ハチ、苦しいぜ。ロクのところには本当に行くつもりだし。そんな簡単にわたしは殺されたりしない」
「だったら、どうして一人で犯人のところに行こうとしているんですか? 三人のほうが色々と確率は高いのに」
「ナナとハチも好きだからだな」
「アンドロイドに感情はありませんよ」
「それは本当かもしれないけど。神さまってのは、なかなか良いやつでそれっぽいものをもたせてくれている可能性もあるからな」
そうだったとしても今ゴウが一人で犯人のところに行っても良い、という理由にはならない。
「ナナは犯人が分かっているんですか?」
「あるていど、分かっているとは思うがね。ゴウの推理と全く同じかどうかは微妙だな」
「だったら一緒に」
「ああ。だからこそ、こうするしかないってことだな」
首の辺りに電気が走った……ような。目は開いているけど、上と下にそれぞれ黒い色が広がってきている。
スタンガンかなにかで、意識が飛んでいるはずなのにゴウとナナの声が聞こえた。
「ナナも犯人は……だと思って」
「ああ。目星は全く同じだったようだ、そう考えたってことは」
「ハチのついででも良いからさ、ロクのことも……いや。それは無理な話か、前にナナが言っていたように」
「まだ可能性がないとは言えない」
「気休めはよせよ、助かるのは一人だけと」
わたしの意識みたいなものがさらに遠くのほうに移動していく。もしかしたら今のゴウとナナの会話は本当じゃなくて。
妄想や眠っている時に見てしまう夢の類いなのかもしれない。わたしの勘違いの可能性と考えるほうが納得できる。
だって、その犯人は。
「よっ、起きたか。ハチ」
目の前にゴウがいた。寝起きで視界がぼやけているが間違いない。
「今までの出来事は全て、わたしが見ていた夢だったんでしょうか?」
おそらくゴウの部屋のベッドの上で身体を起こしながら犯人のところに一人で行こうとしていた女性アンドロイドの顔を見つめる。
「犯人のところに行ったのでは?」
「そんなことは一言も口にしてないな。ご、んんっ。ロクに会いに行くとは言った覚えはあるけどな」
「そうでしたっけ?」
そんなことを目の前のゴウが言ったかどうかも微妙なところだが、なんだか重要な話を忘れてしまっている気がするな。
「それはおいといて、悪かったな。泣きつかれていたとはいえ、スタンガンなんかを使っちゃってさ」
「気にしないでくれれば。わたしの勘違い、だったみたいですからね」
スタンガンのせいで記憶が消えてしまった可能性もあるがなんとなく目の前のゴウにはやいのやいの言いたくない気分。
「ところでナナは?」
「ここにいるよ」
ゴウの後ろにある回転椅子をくるっと動かしてナナがこちらのほうを見ていた。
「ナナがゴウを止めてくれたんですね。ありがとうございます」
珍しく照れているようでナナは返事をしてくれない。アンドロイドだけど、どことなく表情も普段よりかたいような感じだった。
「それよりも、三人の葬式をしたいと思っていてね。館にいるアンドロイド全員を八階の夢世界に移動させようと考えているんだ」
「葬式ですか」
博士とイチとシイの、ってことかな。
「犯人が捕まってないのに葬式を先にするんですか? まだ死人が増えてしまうかもしれないのに」
自分で言っておいてなんだけど、なかなか酷いことを口にしている気がする。
「犯人が捕まってないからこそ葬式をしようって話になったんだ。どっちにしても、は。じじいが殺されてしまったことを知らせないといけないし」
頭電話が使えたらよ、楽だったんだがな。とゴウが続けていた。
「それもあるが、できることなら一度。館にいるアンドロイド全員を集めておきたいのもあるからね」
「アリバイとかの再確認ですか?」
「そんなところだな。あからさまにそう聞くわけにもいかないから、三人の葬式をエサにして集まってもらおうって話」
特にニイなんかは自分が望んでいた展開の一つではあるんだろうし。断ってくる理由もないはずだからね、ナナが意地悪そうな種類の笑みを浮かべている。
「犯人は分かってないんですか?」
「ああ。目星もついてないよ」
きっぱりと言っていた。わたしの記憶が変なのかな、スタンガンで気を失う前のナナの発言と違うような。
「ゴウも分かってないんですか?」
「ああ、全くだな。わたしは頭を使うほうはさっぱりだし」
そうだったかな? 謙遜やらジョークなのかもしれないけどナナと意見を交わしていたはずなのに。
「寝ぼけているようなのでもう少し眠ることにします」
「添い寝してやろうか?」
いつものジョークを口にしていると思うのだがゴウが声を震わせている。しばらく一緒に行動をしていたから今さら緊張をするわけないしな。
新しいタイプのジョークなんだと思う。
「えっと、はい。添い寝をお願いします」
「ハチが良いなら本当に添い寝するが葬式のほうはさっさとしなくて良いのかよ」
「忘れてしまったのかい、ゴウ。葬式は夜にするって言っただろう。まだ時間はたっぷりある、添い寝でもなんでも好きなようにすると良い」
「あー、そうだった。そうだったよな」
おそらく、ゴウも寝ぼけているのか。これだけ色々とあったんたんだからそうなっても全くおかしくない。
医療室のベッドと違って小さく、年功序列ということでゴウが腕枕をしてくれている。
というか年功序列だったらわたしのほうが腕枕をしなければいけないのでは。
「今さらですけど年功序列だったらわたしが腕枕をしないといけないような?」
「腕力や年齢が上のほうが腕枕をしなければならないからこれで正しいんだよ。そもそもアンドロイドだから痛くもならないしな」
「そうでしたか、勉強になりますね」
ベッドの上に寝転がり、ゴウと顔を合わせながら眠るまで会話をした。やっぱり、寝ぼけていて睡眠不足だったようでわたしは目の前の彼女を。
「あら、起こしちゃったようね。おはよう、ヤガミちゃん」
ゴウの部屋のベッドで眠っているはずなのに目を開けることができているので夢を見ているらしい。
しかも夢の中の今のわたしは人間のようで頬がいつもよりもやわらかい。手足は、短くなっているが普段よりあたたかい気がする。
「どうかしたの? ヤガミちゃん」
さて……夢の中とはいえ傍らに立っている看護師みたいな人にも、ちゃんと説明をしておくべきなんだろう。
「えと、実はわたしはアンドロイドで。ここは夢の中なので人間になれているようです」
「そっかそっか。ヤガミちゃんは本当はアンドロイドで人間になっちゃっている夢を見ている最中なのね」
この看護師みたいな人にもきちんと説明は伝わっていると思うけど、なんだかあしらわれているような感覚なのは人間になっている夢を見ている影響なのかな。
「それでアンドロイドのヤガミちゃんは普段はどんなものを食べているの?」
「人間が食べているものと、基本的には同じですね。ただベッドで充電をしないと身体は動かなくなります」
「ほとんど人間みたいなアンドロイドねえ。充電をするのは分かるけど、食事もしないといけないなんて」
改めて考えてみると、そうだな。充電するタイプだったらそれだけで身体を動かせそうなものなのに食事まで必要とは。
「ふふん、それじゃ。夢の中のアンドロイドのヤガミちゃんも、身体を動かしたり元気になるためにいっぱい食べようね」
おそらく部屋の外のほうからキャスターを動かしているような音が聞こえてきたからか看護師みたいな人がそちらに向かった。
ベッドの周りに吊るされているピンク色のカーテンで姿が見えなくなったと思ったが、すぐに看護師みたいな人は戻ってきている。
「今日こそ野菜も食べようね」
看護師みたいな人はそう言いながらサイドテーブルの上にトレイを置いていく。白飯やみそ汁や野菜っぽいおかずがあるので、朝食なんだと思う。
「いただきます」
合掌をしてから食べていく。夢を見ているのにお腹が空いているのも変な話だが朝食に手をつけないといけない空気だった。
普段よりも指が短いせいか箸を上手く扱えなくて食べるスピードが遅くなったが完食。病院食は味が薄いとか本に書いてあった気がするけど、それほどでもないような。
「ごちそうさまでした」
「おっ、ヤガミちゃん。今日は全部きれいに食べられたね。いつもよりも食べるのに集中していたし……えらいえらい」
夢の中のわたしの頭を撫でている、看護師みたいな人の顔は。やっぱりのっぺらぼうのままなので本当にうれしそうにしているのかどうかは分かりづらかった。
「それにしても、ナイフで刺されているのに楽しそうな表情をしているな。人間だけじゃないが、こんなものをぶちこまされたら痛いどころじゃないだろうに」
「人間かどうかは、まだグレーだよ。アンドロイドじゃないのは確定だと思うけどね」
「人間じゃなかったら、じじいは他になんの生きものの可能性があるんだよ?」
「宇宙人ってところかな。この館のテクノロジー、八階の夢世界なんかは七階の図書室にあった人間の解明ができている化学では実現不可能な点もある」
少なくとも人間より上位の存在というほうが適切かもしれない、とナナが笑っている。
「一階の開かない扉もその上位の存在的には普通だとしても下等生物のわたし達アンドロイドだったら魔法みたいに思えてしまうわけですね」
「アンドロイドなのに下等生物って言われるのもどうなんだろうな」
「ゴウ、気持ちは分かるがつっこむところが違うような。それはさておき、おおむねハチの言った通りだ」
もう少し補足をするなら、その下等生物であるわたし達アンドロイドをつくったのは。その上位の存在の可能性が高そうだってことだな。
「じじいってことだろう?」
「いや……どうだかね。博士が本当に上位の存在だったら身を守る術の一つや二つ用意をしていても不思議じゃない。よほどのマヌケじゃなければ下等生物のアンドロイドに殺されたりなんかしないはずだ」
「それなら、博士はパイプ役ですかね。その上位の存在と下等生物のわたし達との」
「今の仮説が本当だったら、そうなる。アンドロイドを人間にできるテクノロジーをその上位の存在が知っていると考えれば、納得をできるところもでてくる」
あくまでも仮説の一つだし。宇宙人や上位の存在なんかを言いだしたらそれこそファンタジーの世界だからね。個人的にはそういう方向性は面白いと思わないな。
そうナナは話を無理矢理にまとめている。
「上位の存在かどうかは後で考えるとして。じじいは人間と同じぐらいの強度だったのは確定をしているんだよな? 心臓をナイフで刺されたていどで死んでいるんだから」
「そうだね。宇宙人でも上位の存在でも生命を維持するための臓器を壊されれば殺すことはできるとは思うが」
「壊れたんだったら正常なものと交換したら良いんじゃないですか?」
確か人間もどこかしらの臓器やなんやらが正常に働かなくなった場合に、入れ換えたりすると難しい本で読んだ記憶がある。
「ハチも難しい本を読むんだな。正常なものと交換をすれば、なおることもあるらしいがその部品と適合できるかどうかで失敗をする場合もあったりするんだよな? ナナ」
「ああ。単純に考えて、他人の身体の一部を無理矢理にくっつけようとするんだからね。上手く噛み合うほうが変な話だし」
「種族が同じだとしてもですか?」
わたしの質問にナナがにやついている。
「同じアンドロイドなのに、わたしとゴウとハチの性格や考えかたが違うみたいなものだと説明したほうが分かりやすいかな」
「なるほど。シスターコンプレックスのゴウとへそ曲がりのナナが一緒だとしたら、なんだか変ですよね」
「ハチ。今、悪口を言わなかったか」
「気にしないでおこう。台詞はあれだとしてもハチなりに理解してくれたんだから、へそ曲がりの汚名ぐらい安いものだよ」
寛大でへそ曲がりなナナは許してくれたっぽいがゴウは納得できてないようでわたしの頬をそれぞれ左右に引っぱっている。
「ところで本当に上位の存在がいたとしたら壊れてしまった博士をなおしてくれれば良いのにとか、ハチは考え」
「博士は殺されて死んでしまったので。心臓を取り換えても生き返らないことは分かっているからかと。もちろん、イチとシイも同じです」
頬を引っぱられた状態のままでも、普段と同じように話せることに驚いたようでゴウが口を大きく開けている。
「壊されたじゃなくて?」
「はい。博士もイチもシイも殺されてしまいました。とても残念なことに」
ゴウが、わたしの頬をそれぞれ左右に引っぱるのをやめて優しく頭を撫でていた。
「ナナ。確認なんだが心臓はアンドロイドにとっても急所みたいなものだよな?」
「そうだね。外れても一日ぐらい平気らしいが急所に違いはない」
アンドロイドが心臓が取れても平気な話をしている最中、なぜかナナがわたしのほうを見ていた。なんの関係もないはずなのに。
「それがどうかしたのかい?」
「いんや。じじいが心臓をナイフで刺されていたからさ、なんとなくな」
アンドロイドなんだよな、わたし達って。とゴウが誰にも聞かせるつもりがなさそうにつぶやいていた。
「そもそもの話なんですが、どうして博士は殺されてしまったんですか? イチやシイとは理由が違うような」
犯人がイチとシイを殺したのは人間になりたい欲求が歪んだからで、少なくともアンドロイドではない博士に手をだしたのは違和感がある。
「博士はこの部屋から出られないので邪魔にならないと思いますし」
「犯人が念のために殺しといたんじゃないのか。あのメッセージによると、人間になれるのは一人だけだし。じじいが本当にアンドロイドだったかどうかはこうするまでグレーなところのはず」
「だけどナイフで心臓だけを狙ってますよ。アンドロイドだと思っていたなら、シイの時みたいにばらばらにしておくほうが確実に」
「とりあえず難しい話は後にしようぜ。朝飯もまだだしよ、腹が減っていると頭の回転が鈍くなる」
いささか強引に話題を変えられた気もするけど朝食がまだなのも事実なので仕方ない。
「空腹も忘れられたら良いのに」
「それはそれで死活問題になると思うな」
三階の博士の部屋から、二階の食堂のほうに向かっている途中でゴウが。
「悪い悪い。じじいの部屋で調べたいことがあるんだったよ……先に食堂に行っておいてくれ」
「そうなのか。付き合うけど?」
「良いって一人で。ハチと先に食堂でなにか美味しいものでも食べておいてくれ。用事が終わったらわたしも行くから」
ゴウとナナが見つめ合っている。全く言葉を交わしてないのに、お互いに言いたいことは分かっているよ、みたいは顔つきになっていた。
「ゴウは頑固だね」
「ナナにだけは言われたくねーけどな。それにシスターコンプレックスなわたしとしてはロクと会話をしたい気分なのさ」
「あ。それがゴウの本音ですね」
「そういうこと。ハチもなかなか分かるようになってきたじゃんか、頭を撫でてやる」
いつもだったら、頭を撫でられるのは嫌なはずなのに。なぜか今のわたしはなんとなくゴウに触られたい気分になっている。
「おっ、どうしたどうした? 珍しいな……ハチのほうから抱きついてくるなんて」
「なんとなくです」
「遠慮なんかするなよ。わたしはなん人でも男でも女でも愛してやれるやつだからさ」
「本当にロクのところにも行くんですか?」
ゴウに抱きついたままなのでくぐもった声が響いていた。行かせまいとしているのか、わたしは両腕の力を強くしている。
「ハチ、苦しいぜ。ロクのところには本当に行くつもりだし。そんな簡単にわたしは殺されたりしない」
「だったら、どうして一人で犯人のところに行こうとしているんですか? 三人のほうが色々と確率は高いのに」
「ナナとハチも好きだからだな」
「アンドロイドに感情はありませんよ」
「それは本当かもしれないけど。神さまってのは、なかなか良いやつでそれっぽいものをもたせてくれている可能性もあるからな」
そうだったとしても今ゴウが一人で犯人のところに行っても良い、という理由にはならない。
「ナナは犯人が分かっているんですか?」
「あるていど、分かっているとは思うがね。ゴウの推理と全く同じかどうかは微妙だな」
「だったら一緒に」
「ああ。だからこそ、こうするしかないってことだな」
首の辺りに電気が走った……ような。目は開いているけど、上と下にそれぞれ黒い色が広がってきている。
スタンガンかなにかで、意識が飛んでいるはずなのにゴウとナナの声が聞こえた。
「ナナも犯人は……だと思って」
「ああ。目星は全く同じだったようだ、そう考えたってことは」
「ハチのついででも良いからさ、ロクのことも……いや。それは無理な話か、前にナナが言っていたように」
「まだ可能性がないとは言えない」
「気休めはよせよ、助かるのは一人だけと」
わたしの意識みたいなものがさらに遠くのほうに移動していく。もしかしたら今のゴウとナナの会話は本当じゃなくて。
妄想や眠っている時に見てしまう夢の類いなのかもしれない。わたしの勘違いの可能性と考えるほうが納得できる。
だって、その犯人は。
「よっ、起きたか。ハチ」
目の前にゴウがいた。寝起きで視界がぼやけているが間違いない。
「今までの出来事は全て、わたしが見ていた夢だったんでしょうか?」
おそらくゴウの部屋のベッドの上で身体を起こしながら犯人のところに一人で行こうとしていた女性アンドロイドの顔を見つめる。
「犯人のところに行ったのでは?」
「そんなことは一言も口にしてないな。ご、んんっ。ロクに会いに行くとは言った覚えはあるけどな」
「そうでしたっけ?」
そんなことを目の前のゴウが言ったかどうかも微妙なところだが、なんだか重要な話を忘れてしまっている気がするな。
「それはおいといて、悪かったな。泣きつかれていたとはいえ、スタンガンなんかを使っちゃってさ」
「気にしないでくれれば。わたしの勘違い、だったみたいですからね」
スタンガンのせいで記憶が消えてしまった可能性もあるがなんとなく目の前のゴウにはやいのやいの言いたくない気分。
「ところでナナは?」
「ここにいるよ」
ゴウの後ろにある回転椅子をくるっと動かしてナナがこちらのほうを見ていた。
「ナナがゴウを止めてくれたんですね。ありがとうございます」
珍しく照れているようでナナは返事をしてくれない。アンドロイドだけど、どことなく表情も普段よりかたいような感じだった。
「それよりも、三人の葬式をしたいと思っていてね。館にいるアンドロイド全員を八階の夢世界に移動させようと考えているんだ」
「葬式ですか」
博士とイチとシイの、ってことかな。
「犯人が捕まってないのに葬式を先にするんですか? まだ死人が増えてしまうかもしれないのに」
自分で言っておいてなんだけど、なかなか酷いことを口にしている気がする。
「犯人が捕まってないからこそ葬式をしようって話になったんだ。どっちにしても、は。じじいが殺されてしまったことを知らせないといけないし」
頭電話が使えたらよ、楽だったんだがな。とゴウが続けていた。
「それもあるが、できることなら一度。館にいるアンドロイド全員を集めておきたいのもあるからね」
「アリバイとかの再確認ですか?」
「そんなところだな。あからさまにそう聞くわけにもいかないから、三人の葬式をエサにして集まってもらおうって話」
特にニイなんかは自分が望んでいた展開の一つではあるんだろうし。断ってくる理由もないはずだからね、ナナが意地悪そうな種類の笑みを浮かべている。
「犯人は分かってないんですか?」
「ああ。目星もついてないよ」
きっぱりと言っていた。わたしの記憶が変なのかな、スタンガンで気を失う前のナナの発言と違うような。
「ゴウも分かってないんですか?」
「ああ、全くだな。わたしは頭を使うほうはさっぱりだし」
そうだったかな? 謙遜やらジョークなのかもしれないけどナナと意見を交わしていたはずなのに。
「寝ぼけているようなのでもう少し眠ることにします」
「添い寝してやろうか?」
いつものジョークを口にしていると思うのだがゴウが声を震わせている。しばらく一緒に行動をしていたから今さら緊張をするわけないしな。
新しいタイプのジョークなんだと思う。
「えっと、はい。添い寝をお願いします」
「ハチが良いなら本当に添い寝するが葬式のほうはさっさとしなくて良いのかよ」
「忘れてしまったのかい、ゴウ。葬式は夜にするって言っただろう。まだ時間はたっぷりある、添い寝でもなんでも好きなようにすると良い」
「あー、そうだった。そうだったよな」
おそらく、ゴウも寝ぼけているのか。これだけ色々とあったんたんだからそうなっても全くおかしくない。
医療室のベッドと違って小さく、年功序列ということでゴウが腕枕をしてくれている。
というか年功序列だったらわたしのほうが腕枕をしなければいけないのでは。
「今さらですけど年功序列だったらわたしが腕枕をしないといけないような?」
「腕力や年齢が上のほうが腕枕をしなければならないからこれで正しいんだよ。そもそもアンドロイドだから痛くもならないしな」
「そうでしたか、勉強になりますね」
ベッドの上に寝転がり、ゴウと顔を合わせながら眠るまで会話をした。やっぱり、寝ぼけていて睡眠不足だったようでわたしは目の前の彼女を。
「あら、起こしちゃったようね。おはよう、ヤガミちゃん」
ゴウの部屋のベッドで眠っているはずなのに目を開けることができているので夢を見ているらしい。
しかも夢の中の今のわたしは人間のようで頬がいつもよりもやわらかい。手足は、短くなっているが普段よりあたたかい気がする。
「どうかしたの? ヤガミちゃん」
さて……夢の中とはいえ傍らに立っている看護師みたいな人にも、ちゃんと説明をしておくべきなんだろう。
「えと、実はわたしはアンドロイドで。ここは夢の中なので人間になれているようです」
「そっかそっか。ヤガミちゃんは本当はアンドロイドで人間になっちゃっている夢を見ている最中なのね」
この看護師みたいな人にもきちんと説明は伝わっていると思うけど、なんだかあしらわれているような感覚なのは人間になっている夢を見ている影響なのかな。
「それでアンドロイドのヤガミちゃんは普段はどんなものを食べているの?」
「人間が食べているものと、基本的には同じですね。ただベッドで充電をしないと身体は動かなくなります」
「ほとんど人間みたいなアンドロイドねえ。充電をするのは分かるけど、食事もしないといけないなんて」
改めて考えてみると、そうだな。充電するタイプだったらそれだけで身体を動かせそうなものなのに食事まで必要とは。
「ふふん、それじゃ。夢の中のアンドロイドのヤガミちゃんも、身体を動かしたり元気になるためにいっぱい食べようね」
おそらく部屋の外のほうからキャスターを動かしているような音が聞こえてきたからか看護師みたいな人がそちらに向かった。
ベッドの周りに吊るされているピンク色のカーテンで姿が見えなくなったと思ったが、すぐに看護師みたいな人は戻ってきている。
「今日こそ野菜も食べようね」
看護師みたいな人はそう言いながらサイドテーブルの上にトレイを置いていく。白飯やみそ汁や野菜っぽいおかずがあるので、朝食なんだと思う。
「いただきます」
合掌をしてから食べていく。夢を見ているのにお腹が空いているのも変な話だが朝食に手をつけないといけない空気だった。
普段よりも指が短いせいか箸を上手く扱えなくて食べるスピードが遅くなったが完食。病院食は味が薄いとか本に書いてあった気がするけど、それほどでもないような。
「ごちそうさまでした」
「おっ、ヤガミちゃん。今日は全部きれいに食べられたね。いつもよりも食べるのに集中していたし……えらいえらい」
夢の中のわたしの頭を撫でている、看護師みたいな人の顔は。やっぱりのっぺらぼうのままなので本当にうれしそうにしているのかどうかは分かりづらかった。
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