こどくな患者達

赤衣 桃

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アンドロイドにも魂

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 目を覚ますと一緒に眠っていたはずのゴウの姿がなかった。
「起きたようだね、ハチ」
 机の前にある回転椅子に座っているナナがこちらに視線を向けている。
「おはようございます、ナナ」
「今は夜だよ」
「それなら、こんばんはですね」
「ああ、それが正解だ。なにか面白い夢でも見ていたのかい? 随分とスッキリした顔をしているが」
「ええ。わたしも犯人が分かりました」
 ナナは驚いてないようで表情を変えず回転椅子から立ち上がり、ベッドに近づいてきていた。
「絶対にハッピーエンドにならない」
「そうですね。だけど犯人に殺されたとしても同じことかと」
「そうかい。まあ、そうなるよな」
 ナナがベッドに腰を下ろしていく。わたしになにかを言おうとしたっぽいけど、やめてしまった。
「答え合わせをしておこうかとも思ったが、どうせ八階の夢世界でやるんだし。その時で良いだろう」
「もしかしたら、わたしとナナのそれぞれの推理に違っているところがあったり」
「それはない。絶対にハッピーエンドにならないとハチも確信しているのなら大筋は同じだ、細かいところのニュアンスが違う可能性はあるがね」
 それにサプライズも必要だしさ、とナナが悪戯っ子のように笑っていた。
「えっと、それなら証拠とかを」
「心配しなくて良い。その辺のことはすでに完了しているし、もちろん証拠もある」
「だったら良いんですけど」
 わたしの記憶があいまいなせいかな、どうやっても証拠はでてこない気がするんだが。犯人も用意周到なタイプだったしな。
 でも、犯人は確定しているんだからそれが証拠になるのかもしれない。
「さて、お腹は空いてないか? 最後の晩餐になるかどうかは不明だがそれくらいの時間なら」
「夢の中で病院食をいただいてきたので平気ですね」
 不思議そうな表情になっていたがいつものわたしらしいと判断したようでナナはスルーしていた。
「ということだ、ゴウ。せっかくハチのためにホワイトボードに注文してくれたが必要」
「そういうことなら食べますよ」
「随分と人間らしい考えかただね」
「ナナのほうこそ悪い人間ですよ、全く」
 らしくないのかどうかは分からないけど、わたしのためにホワイトボードに料理を注文してくれていたのを恥ずかしがっているようで。ゴウがトイレの扉を盾にして、こちらを見ていた。
「ゴウ。わたしのために……料理を注文してくれていてありがとうございます」
「お、おう。気にするな」
 壁に立てかけてあった長方形の木製のテーブルを動かして、その上にホワイトボードを置いている。
 いくつも注文してくれていたようで、ホワイトボードの上から料理を移動させるたびにわたしの好物が増えていった。
「そういえば、わたしの好きな食べものとかゴウに教えてましたっけ?」
「ま、また忘れたのか。かなり前から教えてもらっていたしよ、一緒に食堂に行くこともあっただろうが」
「そうでしたか」
 いつものように、その時の思い出を忘れてしまっていたらしい。変わったつもりでいても本質は変わらないのか。
「美味しいか?」
「ええ。とっても」
 それからは、三人とも無言で料理を食べていた。なにかを考えていたのかもしれないが今は、なにかに夢中になるのが正解なんだと思う。
 絶対にハッピーエンドにならない。
 そうならないと良いのにな。アンドロイドでも人間でもどんなことであろうと、幸せなほうが良いに決まっていた。



「思い残すことはもうありません」
「いやいや。うそでも思い残すことはあると言っておいてくれよ。今から犯人と対決しなきゃならないんだからさ」
 いっぱい食べたけど、全くふくらんでないお腹を触りながらジョークを口にするとテーブルを挟んで向かいに座っているゴウにつっこまれた。
「そうでしたね」
 ゴウが言っている、犯人との対決の詳細はあえて聞かないまま部屋を出ていき隣にいるはずのロクを訪ねることに。
「今さらですが、ロクは部屋を出てきてくれないんじゃないですか? 以前にゴウが説得しても無理だったのに」
「ロクは心配ない。問題はニイのほうだよ。ま、そちらも切り札というか最強の説得方法があるから杞憂だがね」
「それなら良いんですけど」
 ゴウもロクが部屋から確実に出てくるのとニイを説得できる妙案が分かっているようで黙ったままでいる。
 ナナの言っていたように、いつぞやと違いロクはあっさりと自分の部屋から出てきた。
 アンドロイドだけどここまで変化があると人が変わったみたいだな。
「わたしが眠っている間に、ロクを説得していたんですか?」
「そんなところだが。ロクはそもそもすなおな性格だからね。きちんと今の状況と、これから起こっていたであろう展開をていねいに説明したら納得してくれただけさ」
「そういうこと。それに実を言うと、わたしもハチと仲良くしたかったの。こんな風に」
 と本来はすなおらしいロクがわたしに抱きついてきているけど今までの彼女からは考えられないような行動だからか、なんだか混乱していた。
「本当にロクなんですか?」
「うん。ロクだよ。普段は照れ隠しでハチに強く当たっていたけどね、本当は」
「仲良くしているところ悪いが。今はそんなことをしている状況でもないだろう、さっさと終わらせられるならそうしたほうが良いと思うし」
 混乱しているわたしを困っていると判断をしたのかゴウがロクに抱きつくことをやめるように引きはがしてくれている。
「それもそうだな……とつぜん抱きついたりして悪かったな。ハチ」
「英語でほめられるよりは分かりやすいのでリアクションはしやすかったです」
「嫌だったのか?」
「いえ。どちらもうれしかったかと」
「そうか」
 うん、やっぱり変だな。ナナの説得のせいかは微妙だがロクにしては、彼女に手を握られてしまった。
「ハチはわたしが守ってやるからな」
 力強くわたしの手を握りしめているロクが可愛く笑っている。その左右の頬をそれぞれに引っぱりたい気分だったり。
「えっと、ありがとうございます」
「ほのぼのするのは良いけどよ。大変な状況だってことは忘れないでくれよな」
「分かっているって。ゴウ」
 気のせいかもしれないがゴウとロクの性格が入れ替わっているみたいに感じているから変なのか。
「どうかしたのかい? ハチ」
「なにか、重要なことが分かった気がしたんですが忘れてしまいました。多分ゴウとロクに関することなんだと」
「忘れがちだけど、ゴウとロクが双子だったってことじゃないのかい」
「ナナの言う通りかもしれませんね」
 忘れてしまうってことは、そんなに重要なことでもなかったんだろうな。
 ロクに手を握られたままで、ナナの後ろをついていって南のほうからニイの部屋の前に移動をしていく。
 ゴウは背後から犯人が襲ってくる可能性を気にしているのか一番後ろをゆっくり歩いていた。
「ニイ、いるかい?」
 廊下の窓から射しこんできている光が青の時間帯なので部屋にいるとは思うが。
「なによ? こんな時間に」
 眠っていたようでしばらくしてからナナのノックの音にいらついているような声でニイが扉越しに返事をしている。
 今から博士とイチとシイの葬式をするために八階の夢世界に来てくれないかと、ナナがていねいに頼んでいるが。
「博士やイチやシイには悪いけど……絶対に行かない。わたし達だけならともかく、人間だと思われていた彼が殺されたなら身を守るためには自室にいるしかないじゃない」
 それにその葬式の話自体うそで、もしかしたらナナが近くにいる犯人におどされている場合もあるでしょう、とニイは声を荒らげていた。
「わたしが話しましょうか?」
「ありがたい提案だけど、今のニイにはハチが説得しようしても無駄だろうね。どれだけ親しい友人やら恋人がいたとしても自分の命以上に可愛いものはない」
「それじゃあ、もう説得なんて。って、え」
 ニイの説得を諦めたと思っていた、ナナの行動を見て思わず声をだしてしまった。
 ゴウとロクはそのことを知っていたようで冷ややかにナナを見ている。というよりも、よく考えてみれば。今の方法だったら英語でわたしをほめてくれる彼女が部屋を出てきているのも、うなずけてしまう。
「これで分かっただろう、ニイ。この館には安全な場所なんて存在しないんだよ」
 目の前の現実を見せられてニイも困惑しているが先ほどナナが言っていた自分の命以上に可愛いものはないと、彼女が考えているのならば。
「そうね、確かに安全な場所が存在しないのなら一緒に行くしかないわね。それに博士とイチとシイの葬式もできるし、一石二鳥」
 それとなくジョークを口にしているけど、明らかにニイの身体は震えている。犯人は、その気になればいつでも殺すことができたんだから当たり前か。
「今の方法は犯人も知っているんですよね。だったら、一人ぐらいなら確実に殺すことができたんじゃないですか?」
「おそらくは乱戦になるのをおそれたんだと思う。今のニイみたいに、安全な場所がないんだと不安になってくれれば良いが。逆に、逃げ場がないと覚悟を決められたら殺されてしまう可能性もでてくるからさ」
 それに、このトリックがばれてしまえば。ハチも知っている例の件のほうも考えついてしまう可能性もあるだろう。とナナが説明をしてくれていた。
「例の件とは?」
「忘れてしまったようだね……全く。八階の夢世界でその辺りも説明するからさ、サンを呼んでこようか」
 隣の部屋にいたサンは、あっさりと博士とイチとシイの葬式をすることに賛成し、館にいる残りのアンドロイド全員で八階の夢世界に向かっていく。
 二階にあるエレベーターに二人ずつ乗っていこうと話し合っている時に。
「あっ、そっか。それで、ロクはわたしの手をつないでくれていたんですね。ありがとうございます」
 ようやく気づいたのかとでも言いたそうな顔をロクがしていたのもあって、その理由のほうは言わないことにしておいた。
 外部犯の可能性が絶対にないので犯人は今ここにいるメンバーの中に確実にいる。
「心配するな。犯人だって、こんな狭いエレベーターの中でやり合うとなれば自分もそれなりにケガをすることぐらい考えているさ」
 ゴウの牽制の言葉に誰も反応しなかった。
 エレベーターはニイとサン。ゴウとナナ。手をつないでいるということでロクとわたしの二人ずつで乗ることに。
 幸いにも、八階の夢世界に到着するまではなんにも起きなかった。



「すでに気づいているとは思うけど、博士とイチとシイの葬式をしようというのは。館にいるアンドロイド全員を集めるための建前であってそれが目的じゃないんだ」
 八階の夢世界にあふれているナノマシンに部屋を明るくしてもらい、館にいるアンドロイド達は円形になるようにそれぞれに距離をとって立っていた。
 わたしの左にはロク、右にはナナがいる。
「でしょうね。イチの首を斧で切り落とせるような神経のナナが葬式をしようなんて言うわけがないし」
 ナナの向かいに立っているニイが、苦々しそうに言いながら赤い舌を伸ばしていた。
「わたしは今でも間違ってないと思っているけど。それでもナナがこの館にいるアンドロイド達のためにイチの首を切り落としたことは理解できているから」
「気づかってもらって助かるよ、ニイ。ま、そんなに心配をしてもらってなんなんだが。今回の件はどうやってもバッドエンドが確定していてね。ここに残っている六人の中からたった一人だけしか生きられないんだ」
「あのメッセージを真に受けているの?」
「いや。あのメッセージが事実だと分かったと言うほうが正しいかな」
 ナナの真剣な顔つきを見てか、本当のことなんだと理解しているようでニイの顔もこわばってきていた。
「そのメッセージが本当なのかどうかはおいといてもらって、肝心な犯人は分かっているのかよ? それが一番」
「ああ、分かっているよ。サン」
「誰が」
 サンが口を開いたままでかたまっている。ニイ以外のアンドロイド全員の視線が自分のほうに向いていたことに、ようやく気づいたらしい。
「なんだよ、ゴウまで。こんな風にもめたりするのは嫌いだったんじゃないのかよ」
 自分の左隣に立っているゴウにサンが声を震わせながら近づこうと。
「動くな。はじめに言っただろう、葬式が。いや、ナナの推理が終わるまでは絶対に互いに近づかないってな」
 自分が犯人じゃないと証明したいのであれば、なおさら今はわたしに近づかないほうが良いと思うけどな。そうゴウは念を押すようにサンに言っていた。
「分かったよ。でも、わたしが犯人だと確信しているってことはそれなりの証拠があるんだよな。ないんだったら」
「サンが犯人だって証拠はなかったよ」
 ナナの言葉に面食らっているようでニイが彼女とサンの顔を交互に見ている。
「えっ。証拠はないの」
「ああ……サンが犯人だって決定的な証拠は見つかってないね」
「それなのに、サンが犯人だって決めつけているの? 酷くない」
 子どもっぽく当たり前なことを言っているニイの台詞を聞いてかサンが笑みを浮かべていた。
「ハチはどう思う? 今のニイの言葉とナナがわたしを邪推していることを聞いて、正直な感想を教えてくれないか」
 多分ここにいるメンバーの中で一番公平な判断をしてくれると思ってくれているのか、わたしの正面に立っているサンがそんなことを聞いてきている。
「えっと、そうですね。サン本人が犯人だと疑われていたのなら、かわいそうだとは思いますが目の前に立っているサンなのでナナは悪いことをしてないかと」
 まだ、わたしが例の件について忘れている可能性もあると考えていたようでナナが息をはきだしていた。
「サン本人だったら? ハチ、一体なにを」
「ナナ。わたしが説明をしちゃっても良いんですか? あなたの推理ショーなので」
「別にかまわないよ。犯人を名指しすることのできる権利はハチにしかないと思っていたしさ」
 ふむ、どこで犯人を名指ししても良い権利を獲得したのかは知らないが扉のトリックやその他の話はナナがしてくれるんだろう。
「ニイ、前提が間違っていますよ。あなたの隣にいるアンドロイドはサンの見た目をしていますが本物のサンじゃありません」
 わたし達が人間だったらともかくアンドロイドだからこそできるトリック。
「ハルヨシさんは。博士は、わたし達を心臓からつくったと言っていたことがあります」
 そもそも博士はわたし達のようなアンドロイドをつくれなかったんだけど。今、改めて考えてみるとわざわざ犯人に心臓を狙わせたのと同じでヒントを与えてくれていたのかもしれない。
 すでにこのトリックを思いついていて誰かが使ってきた時のために教えてくれていたと考えてしまうことは、さすがに博士を美化しすぎているかな。
「それがどうかしたの?」
「わたし達にも自我があるので、その原因がどの部分から発生しているのか考えたことがありました」
 人間は自分の魂と呼んでいるものを脳みそや心臓にあると信じている風潮があったはずですよね。
 おそらく一番人間に憧れているニイにそのことを確認しておいた。
「まあ、そうね。そもそも魂があるのかどうかは分からないけど人間はそんな風に」
 ニイも気づいたのか間違ってダンゴムシを食べてしまったような顔つきになっている。
「今、ニイの考えている通りだと思います。アンドロイドの魂とでも言っておきましょうか、それはわたし達の自我みたいなもので」
 その存在はわたし達の心臓の役割までしてくれています。
「その心臓にそれぞれの人格が宿っているのであれば誰かのものと交換をした場合」
 トリックがばれないようばらばらにされてしまった彼女のことを思い出してか、わたしの声は震えていて涙があふれてきている。
「ふふっ、正解だよ。ハチ」
「ねえ、シイ。どんな気持ちでサンの心臓をばらばらにしたの?」
 サンの人格が、宿っていたであろう心臓を抜き取って自分のものをくっつけたシイが。
「さあね。もう思い出せないや」
 特に後悔をしている様子もなく普段と同じような口調で言っていた。
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