こどくな患者達

赤衣 桃

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ここは

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「このあと。シイを捕まえて終わりじゃないの? もしかして殺すつもりとか」
「それはないよ、ニイ。って言いたいところだがそうしなければならないかもしれない」
 ナナが息をはきだしている。他のアンドロイド達にも聞こえたのかどうかは分からないけど。
「もう少しまともな結末も用意をしておいてほしかったな」
 彼女は、なにかしらに対して文句を言っていた。どうしようもないことなのに。
「博士はこの館の外では人間と呼ばれる存在なんだと思う」
「ナナにしては珍しくはっきりしないことを言うのね」
「ニイの言う通りだろうね。人間以外に適切な名称がないからそう呼んでいるがもしかしたら違う存在の可能性もある」
「宇宙人とか?」
「ああ。だけど今は人間という名称で説明をさせてくれ」
 ナナの歯切れの悪さが不満なようでニイが顔を歪めている。
「分かったわ。それで、この館の外とかどうとか言っていたけど一階の南にある開かない扉の向こうがわって認識で良いの?」
「その通り」
「なんで苦しそうにしているの?」
「絶対に、この館から出ていくことができるのは一人だけだからさ」
「そんなの、あの開かない扉を色々と調べてみないと分からないじゃない。どれだけ……優れている機械でも時間をかけて解析をしていけばいつかは絶対に」
「機械とかじゃないんだよ、あの扉」
 ナナの言葉を聞いたからなのかニイがいらだたしそうにしていた。扉のトリックや心臓の交換の話から、それとなくこの世界のことを理解していて。
「あの扉だけじゃない。この館自体が、っていうほうが正しいかな」
「わたしの部屋をナナが開けたのは扉のシステムの隙間をついたからじゃなかったの?」
 わたしの部屋なのにナナの眼球を認証したら扉を開けることができたのはそういうプログラミングみたいなのをシイがしていたからじゃなかったの?
 ニイがシイのほうを横目で見ていた。
「わたしはそんなことをしてない。それぞれの部屋の扉がどのアンドロイドの眼球を認証しても開くようになっていたのは最初から」
 そもそも、この館のアンドロイドは一種類だけなんだからさ。区別や分別とかグループごとになんてしようがないんだよな。
 ニイが信じている神さまって存在からしてみればさ。わたし達、人間の魂なんてものはどれもこれも同じってことらしい。
 そう、シイはあっけらかんと。ここにいるわたし達が本当はアンドロイドじゃないことを口にしている。
「人間の魂? なにを言っているのよ」
「んー、人間の魂というよりは人格のほうが分かりやすいか。とにかく、わたし達はアンドロイドじゃなくなんらかの生きものなのは確定している。案外、本当に宇宙人だったりしてな」
「意味が分からないんだけど」
 いきなり話があらぬところにいき混乱してしまったからかニイが頭を抱えていた。
「無理もないね。ニイが悪いわけじゃない。はじめからアンドロイドじゃないと分かっていた。わたしでさえも意味が分からない状況だったんだし」
「はじめからですか?」
「おう。そうだぞ、ハチ。多分だけどわたしがこの館……いや。この生きものが見ている夢の中というのか精神の世界の主だからだと思うね」
「つまり、この館の主はシイで他のアンドロイド達は間借りをさせてもらっているような状況ってことですよね」
「そうそう。へへへっ、やっぱりハチはかしこいな。鈍感だとか天然だとか言われてそうだが一番ものわかりが良いからわたしは好きなんだよね」
 いつの間にか、どす黒くなっていたシイの両目がゆっくりと細くなっていく。
「そんなハチなら分かるだろう、博士やイチやサンが殺されても文句を言えない理由が。もしかしたら、すでに気づいてくれていたのかな? 自分のほうが悪いってことに」
「わたしのほうが悪かったのかどうかはともかく、ここが自分のいるべきところではないとさっき分かりました」
 ナナセくんと出会ったあの病院が、わたしにとっての今のこの館みたいなところだったはず……記憶が曖昧だけど。
 四階の音が、シイ以外のアンドロイド達にとって不快なのもそういうことなんだろう。
「えっと、間借りさせていただいて。ありがとうございます」
「うんうん、ハチはすなおで良いね。そんなに可愛いと殺すのをためらいそうになるが、こればっかりはしかたないよな」
「どういうことよ?」
「ん、なにか言ったのか? ニイ」
「だから、どういうことよ。夢の中や精神の世界とか……ここは館でわたし達はアンドロイドなんじゃなかったの?」
「それは、あくまでも設定なんだと思うって話だよ。なんだっけ、世界五分前仮説だったかな? ナナ」
 ぼんやりとしていたようでシイに声をかけられて少ししてからナナは返事をしていた。
「ああ、世界五分前仮説で合っている。この世界そのものが神さまの力で五分前につくられたものだ、って思考実験だったはず」
 シイが言いたいのはその世界五分前仮説と同じで館にいる八人のアンドロイドって設定を神さまではなくて夢の中の出来事だとでも主張したいんだと思うね、とナナが補足している。
「その通り。夢の中だからな、基本的になんでもありだ。魔法のような科学もあれば……ほとんど人間と同じアンドロイドだって存在できるし。絶対に音が聞こえてこない図書室もつくれる」
「だったら、シイが願えば。わたし達を消滅させることもできるんじゃないの? 律儀に一人ずつ殺していかなくても」
「別に、わたしが神さまだって話をしているわけじゃない。あくまでも夢の中でそういう設定なんだ、って考えたほうが分かりやすいと思ったのさ」
 けど、ハチの例えのほうが分かりやすそうだな。この館はわたしのもので、他のアンドロイド達が間借りしているってやつ。強いて説明をくわえるなら他のマンションや家には絶対にない設備が整っているってところか。
 まさしく夢の館だよな。と、シイは笑っていた。
「なんで……こんなことに。シイの話が本当だとしたら、わたし達のそれぞれの肉体は」
「普通に考えれば、移植とかってことだろうな。どんな事故やら事件があったのかは知らないが、ここにいる八人のアンドロイド達の本体が無事じゃないのは確定している。ナナもそう考えているよな?」
「そうだね。他人の眼球を移植して見たことのない景色を追体験したって事例もあったりするらしいし。シイの身体をベースにわたし達の一部を移植した結果かな」
 だから人間になれるのは一人だけで。多重人格者のような特殊なケースもあるがあれは精神的なストレスから発生する場合。
 もちろん。そんなに都合良く、いつまでもこんな状態のまま本体の健康が続いてくれるとは思えない。
 たった一人しか生き残れないのであれば、この肉体の持ち主であるシイが。
 色々と考えすぎていたからか、ナナの声が断片的にしか聞こえなかった。
「で、どうするんだ? 館の主であるわたしを殺して他の誰かがここから出ていくのか」
 誰もなにも言おうとしない、もしかしたらニイは反論をするかとも思っていたが。
「シイ以外は他の人間を殺してまで生き残りたくはないようだね」
「嫌な言いかたをするなよ。そもそもここはわたしだけが暮らしていた館なんだ、侵入者がいれば排除するのが筋だ」
「確かにね。だけどその話を隠さないで博士とイチとサンを殺してしまう前に教えていてくれれば」
「この館にいたアンドロイド全員が喜んで、わたしのために死んでくれていたとでも? ありえないね」
「そういう可能性もあったってだけの話さ、今さらだし」
 ニイの首が無理矢理にちぎられたようで、シイの手の平の上に乗っていた。あまりにも動きがはやすぎたからか頭のない彼女の身体は立ったまま。
「やっぱりこうなるよな、分かるよ。わたしも他のアンドロイド達と同じ立場だったらさ絶対に自分だけが生き残りたいって考える。うそをついて、殺すための準備がととのっているところに呼びだして確実にやる」
 シイの手の平の上で、逆さまになっていたニイの頭部を床に落とすと力強く踏んづけてこなごなにしていた。
 自分の頭部がもう元に戻らないことを把握したように首のないニイの身体がゆっくりと前のめりに倒れていく。
「ここだったら、八階の夢世界のナノマシンを使えばさ。今のわたしにも勝てると思ったのか? ゴウ、ロク、ナナ」
 ニイがあんな簡単に殺されてしまったことに驚いていたせいか、わたしだけがシイから名前を呼ばれなかった。
 当たり前の話なのかもしれないが今のシイはサンの身体に自分の心臓をくっつけているから、その運動能力はこの館にいるアンドロイド達の中で一番高い。
「どうだろうね。案外きみのためにあっさりと殺されてくれるかもしれないよ」
「うそつけ」
 首のないニイの身体が床にぶつかり、部屋全体に大きな音が響いている。
「推理ショーはもう終わりだよな?」
「ああ。ここからはシイの殺戮ショーの開演だがそれなりに抵抗させてもらうよ」
「へへっ、そうこないとな」



「ハチ。絶対に動くなよ」
 近づいてきたゴウは耳もとでそう言うと、真っすぐにシイのほうに向かっている。その動きに連動をするようにロクも背後から回りこもうと駆けだしていた。
「双子で挟み撃ちか、息がぴったりだろうしコンビネーションも良いんだと思うが」
「シイの頭上にソファーをつくってくれ」
 わたしを守るように近くに移動をしてきたナナがナノマシンに命令をしたようで、シイの頭上に五階のファッションルームにあった赤いソファーがあらわれ、勢い良く落下していく。
「へそ曲がりのナナが絡んでくるから、さらに厄介そうだな」
 落下してきた赤いソファーを避けて体勢が崩れていたのにシイはゴウのパンチを片手で受けとめている。
「顔面かよ。容赦なしだな」
「当たり前だろう。そっちが殺しにきてるんだからな、こっちもそれなりのことをする」
 シイの顔面を殴ろうとした拳をゴウはすばやく引っこめて、足払いをかけようとしたがジャンプでかわされてしまった。
 またナナがナノマシンになにかを命令するつもりなのかと考えたようでシイの鋭い視線がこちらのほうに。
「残念。そっちじゃないから」
 背後から声をかけてきたロクを見ようと、シイが空中で身体をひねっていく。
「金属バットをこの手にちょうだい」
 なにも持ってないロクが棒のようなものを振り回すような動きをしながらナノマシンに命令しているらしく唇が動いている。
「考えてきたな」
 いきなり金属バットが出てきたのにロクは驚きもせず、むしろ力強く握りしめたそれを脳天をガードしているシイに振り下ろした。
 間違ってコンクリートの壁に金属バットをぶつけてしまった時よりも鈍い音を響かせ、シイを床に叩きつけている。
 もう一回……金属バットを振り下ろそうとしているロクをにらみ上げて。立ち上がろうとしたシイの顔面をゴウが蹴りとばした。
「ロク。金属バットにばっかり頼るな、少しでも油断したらニイみたいにちぎられるからな」
「分かった」
 ゴウに返事をしつつロクは蹴りとばされたシイのほうに駆け寄り同じようにその顔面を蹴ろうとしたが軽く受けとめられている。
「言う通りにするなんて、すなおだね」
 ニイの首をねじ切った時と同じようにつかんでいるロクの右足をひねろうと。
「意味をはき違えているようね」
 ロクが持っていたはずの金属バットが斧に変わっていく。寝転がったままのシイはすぐに彼女の右足から手をはなして、逃げようとしたが。
 風を切るような音とともに斧がシイの頭上のほうに振り下ろされて。
「良い作戦だったけど、最後はやっぱりシンプルな性能の差が勝敗を左右するよな」
 ロクが両腕で全力で振り下ろしたはずの斧を寝転がっているシイが……左手だけで受けとめている。
 それどころか、親指と人差し指だけを斧にめりこませていて。さっきの動きは逃げようとしたんじゃなくて振り下ろしてくる角度やその軌道を正確に把握しようと。
「運命ってやつもさ、わたしを選ぼうとしているみたいだな。はじめにハチの身体と交換をしてなくて良かったよ」
「まだ、勝負が決ま」
 ロクの顔が誰かに殴られた時みたいに吹きとんでいる。シイは寝転がったままなのに、よく見ると近くの床がえぐれていた。
 全く見えなかったが、右手で床をえぐったものをロクの顔面めがけて勢い良く投げつけたんだろう。
 ロクがのけ反ったのとほとんど同時にシイがすばやく立ち上がり斧を奪い取っている。
 あお向けに床に倒れこんでいるロクを真っ二つにしようとシイが斧を振り上げて。
「ロクから、はなれ」
「ゴウ、わたしはちゃんと言ったよな。ロクを殺すのは最後のほうだってさ」
 シイは振り上げた斧を投げ捨てて真っすぐに向かってきているゴウのみぞおちに蹴りを入れている。
「おっ」
「ああ、ちゃんと聞いていた。だから」
 自分のみぞおちにめりこんでいる、シイの右足を動かないように両手で固定をしたゴウがなにかを伝えようとしているようでナナに視線を送っていた。
 わたしには分からなかったがナナにはゴウの思いのようなものが伝わってしまったのかこわい顔をしている。
「だから一緒に死のうぜ。シイ」
 シイとゴウの頭上に大量の本棚がでてきている。おそらく、ナナが押しつぶすのに一番重そうなものを想像してナノマシンに小さな声で命令したんだろう。
「悪いね。わたしは一人で死にたい派だ」
 頭上にあらわれた大量の本棚が落ちてくる前にシイは自分の左手をちぎってゴウの顔面に投げつけていた。
 シイが自分の左手をちぎったことに驚いたようで。ゴウは投げつけられたそれをまともに受けてしまい、ほんの一瞬だけ両手の力が抜け。
「ばいばい、ゴウ。ロク、もう少ししてから殺してやるつもりだったのに残念だな」
 すばやく、ゴウのみぞおちから右足を引き抜きシイは大量の本棚が落ちてこないところに移動している。
 こちらには背中を向けていて分からないが大量の本棚につぶされていくゴウとロクに、黙祷でもしていて目をつぶっていたのか。
 大量の本棚の隙間をすり抜けてシイの左のこめかみの辺りになにかが当たった。
 床に落ちたものがスタンガンだったので、ゴウが最後の抵抗で投げつけたんだろう。
「やるじゃん、ゴウ」
 本当にシイがそう思っていたのかどうかは分からないが、床に落ちているスタンガンをもちあげて楽しそうに握りつぶしている。
 大量の本棚に入っていたのか、その一冊がシイの足もとに転がっていた。おそらくミステリー小説なんだと思うけど、彼女は興味がないようでナナのほうに蹴りとばしていた。
「さて、ゴウとロクが確実に死んでいるのかどうかは後で確認するとして。残りはナナとハチだけだな」
「本はできるだけ大切にしてほしいね。その本棚には敬愛している作者の小説をたくさん詰めこんであったんだからさ」
 自分の足もとに蹴りとばされてきた本を、ナナが見下ろしている。
「だったら殺すために使うなよな」
「逆の考えかたもあるだろう……そう思っているからこそ凶器として使ったんだよ」
 天然のわたしに、なにかを伝えようとしているのかナナが横目でこちらを見ていた。
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