女、獣人の国へ。

安藤

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2人が宴の開かれている広間に行くと、ギンが飛鳥を探している最中だった。

「飛鳥!」

「ギン。アクセルから聞いた、探してくれてたってーー」

「どうしたの? 大丈夫? こいつに何かされなかった?」

彼は飛鳥の腫れた目に気づいたらしく、心配そうに顔を覗き込む。

「だ、大丈夫。探してくれてありがとう。」

アクセルにされたキスのことを言えば必ずややこしいことになるだろう。そう判断した飛鳥はそのことを伏せることにした。

「そう……、なら良いんだけど……。」

「おっ、あっちに美味そうな酒があるぞ。行こうぜ。」

釈然としない様子のギンをよそに、アクセルが嬉々とした様子で飛鳥に話しかける。

「うん、ギンも行こう。」

彼女がギンを誘ったその時、後ろから彼らに声をかける人物がいた。

「よう。今日はご苦労だったな、人間の協力者。」 

飛鳥達が振り返れば、そこには兎族の獣人2人と半人が1人立っていた。

「あなた達は…?」

「私はリタ。見ての通り兎族の獣人だ。こっちはハルとグルーノ。」

リタと名乗ったのは獣人の女性だった。被毛と同じ白く長い髪が印象的で、特有の長い耳は垂れ下がっている。

「はじめまして。ハルです。」

彼女は兎の半人らしく、可愛らしい人間の顔に頭には兎の耳を携えていた。

「グルーノだ。よろしく頼む。」

グルーノと言った男は獣人で、片目が隠れる長さの前髪を横に流している。
リタとグルーノは体のいたるところに傷跡が見えた。

「猿飛飛鳥です。」

「アクセルだ。よろしくなぁ。」

「ギンだ。」

飛鳥達も各々挨拶を返す。
するとハルがずいっとギンの目の前に出て言った。

「今日思ったんですけど。あの有名な連合のギンさんですよね?噂のわりには優しそう。」

「お前はまた……。」

グルーノが咎めるような声でハルを見る。

「有名?」

何のことか分からない飛鳥はギンを見るが、彼は冷たい瞳でハルを見ているだけだ。

戸惑った飛鳥はアクセルにも視線をやるが、彼も気まずそうに黙ったままだった。

「おい、ハル。失礼だぞ。」

沈黙を破ったのはリタだ。
その凛とした声でハルをたしなめる。

「はぁーい、ごめんなさい。」

「悪いな。悪気はないんだ。許せ。」

妙な空気になってしまい、何も返事を返せずにいる彼らにリタが話しを続ける。

「そんな事より人間の協力者。飛鳥といったな? 今日の奴隷解放では活躍したそうじゃないか。」

飛鳥は今日の出来事に思いを馳せる。

「……いえ、まだまだです。思ったように動けませんでしたし、今日初めて奴隷というものがどういうものなのか知りました。」

「そうか。それで? お前はこれからどうするんだ?」

試すようなリタの言葉に、飛鳥は内心では緊張しつつ口を開いた。

「動きは改善します。奴隷のことについては……、学びます。彼らがどんな待遇を受けているのか、どういう気持ちで生き延びてきたのか。私にできることをするために。」

「いいじゃないか。連合は良い人間を連れてきたな。」

どうやらリタのお眼鏡にかなったようで、飛鳥はほっと一息つく。

「だろ? 見つけたの俺なんだぜ?」

飛鳥の肩に腕を回し、何故か嬉しそうに自慢をするアクセル。

「アクセルと言ったか。良い仕事をしたな。」

おうよ、などとアクセルが言っていると、外野からリタ達を揶揄う声が聞こえる。

「なんだ、リタ。今日は3人でイチャイチャしねーのか?」

「いつも見てるこっちが胸焼けするくれぇだよな!」

「わはははは!」

酔っ払いのテンションで話しかける彼らにリタは落ち着いた様子で答える。

「さすがに人間の協力者の前だからな。私達もそれなりに気は遣うさ。」

「なんだ、アンタらプルーラルなのか。」

アクセルの言葉に、飛鳥は聞き慣れない言葉を繰り返す。

「プルーラル?」

「俺たちの階層では、複数人で恋愛をするスタイルのことをプルーラルってーんだ。」

「複数人で? そんなこと可能なの?」

「可能さ。現に我々はそれで上手くいっている。」

アクセルと飛鳥の会話にリタが割って入った。

「ルタルガじゃ、まぁまぁよくある光景だしな。」

グルーノの言葉に、飛鳥は今までのことを思い返す。

「あ……、たしかに……今までも見たことあるかも……。」

「だろ?」
 
特に市場などで買い物をしている時や、ビオラとカフェに行った時などプルーラルらしき大人達を見たことがあった。

「でも、なんだか難しそうに思ってしまいます。1人の人と信頼関係を築くのだって簡単じゃないのに。」

「なに、お互い誠実であれば良いだけの話だ。もちろん意見の不一致や勘違い、嫉妬……、2人で付き合っている場合でも起こることがプルーラルだと人数分増えるわけだからな。その大変さはあるが。」

「そうですよね。」

リタの話に耳を傾けて、相槌を打つ飛鳥。

「だがまぁ、無理なことではない。お前も街で幸せそうなプルーラルを何組も見たろ?」

「えぇ、たしかに見ました。」

「プルーラルにも、プルーラルの良さがあるんだよ。だから一定数いる。」

「そういうものですか……。」

「お前も興味が湧いたらやってみたらどうだ?」

突拍子もないリタの発言に、飛鳥は思わず狼狽える。

「え!? 私がですか…!? ちょっと想像できないな……。」

「ふ、まぁいい。せっかくの宴だ。ゆっくり楽しんでいけよ。グルーノ、ハル、戻るぞ。」

「はーい。」

リタの声かけにハルが間延びした声で答えた。
3人は飛鳥達に背を向けると、烈兎の軍の雑踏の中に消えていった。

飛鳥は先ほどから黙ったままのギンに視線をやる。
彼はやや俯いていてその表情を見ることは叶わない。しかしその雰囲気がいつもより暗いことだけは確かだった。

「ギン、大丈夫?」

彼女はギンに思わず声をかける。

「あ、あぁ。大丈夫だよ。ありがとう飛鳥。」

少々動揺したギンの様子を見て心配になる飛鳥。
しかし彼の"大丈夫"が、暗に"これ以上聞かないでくれ"と示しているようで、噂について踏み込むことができなかった。

その後も宴は続き、烈兎の軍の者達や元奴隷の者達との交流で時間は過ぎていった。
ギンの様子は徐々にいつも通りになり、宴が終わる頃には笑みを携えるようになっていた。

それを見て、飛鳥はひとまず"噂"とやらの真相を考えないことにしたのだった。

そして宴の帰り道。
ギンと別れた飛鳥とアクセルは、2人きりで家に向かっていた。
2人きりになると途端に思い出されるのは先ほどのキスのことだった。

話題に出そうか迷う飛鳥。
何故迷うかというと、わざわざあれを話題に出すのは恥ずかしいのだが、アクセルに聞きたいことがあって、それを聞くためには結局話題に出すしかないからだ。

つまりは羞恥心から迷っているのだ。
飛鳥はええい、と思い切って話題を振った。

「ねぇ、さっきのことだけど……!」

「あん?」

アクセルには"さっきのこと"では伝わらなかったようだ。

「だ、だから、さっきの、キスのことだけど…。」

「あぁ、あれがどうした?」

照れながら言う彼女と反対に、ケロッとした様子のアクセル。

「その、いつから私のこと…好きだったの?」

その問いに答えるアクセル。

「さぁなぁ。最初は結構可愛いネェちゃんくらいにしか思ってなかったけど。まあ、一緒に住んでてお前の良い所いろいろ発見しちまったんだよ。」

「そう……。」

聞きながら、顔に熱が集まるのを感じる飛鳥。

「あ、でも勘違いすんなよ? 別にお前に今すぐ返事を期待してるわけじゃねぇ。お前が俺をまだそういう目で見てねぇのは分かってる。だから、お前がその気になるまで待つからよ。」

「……その気に、ならなかったら……?」

「そりゃそん時考える。」

「そっか。」

これをきっかけにアクセルとの関係が気まずくなったら……、と2人の友情を一瞬危惧した飛鳥だったが、彼女は何故か、アクセルなら今まで通りに接してくれるだろうという確信があった。
彼の面倒見の良い性格がそうさせるのだろうか。

「なんか……、そんなに歳変わらないのに、アクセルってお兄ちゃんみたいだよね。」

「はぁ? お兄ちゃんって……。」

アクセルは一瞬項垂れるも、すぐに呆れ顔で飛鳥を見やる。

「いやそれより。誰と誰が歳が変わらないって?」

「え? 私とアクセル。」

「馬鹿言え。俺はもう50過ぎてんだぞ、ねぇちゃん。」

「え!?」

アクセルの言葉に飛鳥は思わず大きな声を上げた。

「見えねぇだろ?」

ドヤ顔でそう言うアクセルに、飛鳥は驚きを隠せない。

「み、見えな……え!?……う、うそでしょ……。」

もともと飛鳥は、アクセルを自分より年上だとは認識していた。
しかしせいぜい30代前半くらいだろうと思っていたのだ。
彼女は想像を上回る年齢差に、彼を恋愛対象として見れるのか分からなくなる。

「まぁ獣人や半人はこんなもんだ。寿命が人間より長ぇからな。」

新たな情報に目を丸くする飛鳥。

「え、そうなの? 平均寿命、何歳くらいなの?」

「300~500歳くらいじゃねぇの?」

「さっ!? えっ、ちょ、ちょっと待って、アクセル。そんなに寿命が違うなら、私なんかを思ってくれてても……。」

いずれは飛鳥が先に死ぬ。そう思ったのだ。

「あぁ、そこはそんな心配してねぇぜ? 繋階…つまり階層同士を繋げれば、人間の寿命も同じくらいに伸びるらしいからな。」

「繋げれば……って。連合の目的が繋階なのは知ってるけど、それって決定事項なの?」

「そこはお前の頑張りにかかっていると言っても過言じゃねぇ。」

唐突に自分の名前が出て疑問符を浮かべる飛鳥。

「どういうこと?」

「繋階をするにあたって、ルタルガに人間の奴隷がいるなんてことあっちゃならねぇだろ? だから、まずは人間の奴隷解放が繋階への第一ステップと言っても良い。」

たしかに、と呟く飛鳥に、話しを続けるアクセル。

「それが終われば今度は鬼ヶ島との確執をどうにかしなきゃなんねぇが…、まぁそれはお偉いサン方がどうにかすんだろ。それが第二ステップ。」

「待って、鬼ヶ島って言った?」

「おう。この話はしてなかったか? 獣人階層には、ルタルガ以外にも国や島があるからな。その一つが鬼ヶ島。」

「……ほ、本当にあったんだ。」

御伽話でしか聞いたことない島が、まさか獣人階層に存在していたとは。そんなことを思いながら彼女はアクセルの話に耳を傾ける。

「それで第三ステップが鬼ヶ島周辺の島々に巣食う野良鬼の始末。」

「野良鬼?」

もう何度目かも分からない質問に、アクセルは丁寧に答える。

「言っちまえば退化した鬼だ。俺たち半人が増えちまったのと似た理由で、昔鬼族の中から退化した鬼が生まれ始めた。その生き残りだ。俺も見たこたぁねぇけど、理性がなくておっかねぇらしい。」

「へぇ。獣人階層にも、まだまだ問題があるってことね。」

「そういうこった。」

気付けば、あたりは飛鳥が見慣れた街並みになっている。
よく見ればもうアクセルの家の前まで来ていた。

「(もし本当に繋階がはじまったら、世界はどうなるんだろう……。私は、どうなってるんだろう……。)」

そんな事を思いながら、飛鳥はアクセルの家の扉を開く。

バーのベルが鳴る。

ふと空を見れば、美しい朝焼けが2人を照らしていた。
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