女、獣人の国へ。

安藤

文字の大きさ
上 下
8 / 17

2度目の解放

しおりを挟む

あれから数日経ち、飛鳥の疲れも癒えたところで、ヲルガーから彼女に念話が入った。

その内容は、次の奴隷解放の日程を知らせるものだった。
そして今、飛鳥とギン、アクセルはヲルガーに言われた集合場所まで馬で向かっている。
ーー飛鳥は1人で馬に乗れないためギンの後ろに乗せてもらっていた。ーー

ここは猫族の里。
その名の通り、猫族が治める里である。

「それにしても、奴隷は王都ルミニールにいるのに、なんで今日は猫族の里に?」

馬の駆ける音に負けないよう声をやや張り上げて問う飛鳥。

「ルミニールにいるのは奴隷のほとんど、って教わったろ? つまり、ルミニール以外にもいんのさ。」

「でも、胸糞悪いけど奴隷は貴族の持ち物ってことになってるんでしょ?」

アクセルの言葉が腑に落ちない飛鳥はさらに問いかけた。
彼女の後ろから馬の手綱を持つギンが、それに答える。

「そう。つまり、ルミニール以外にも貴族の経営する店なんかがある場所に奴隷がいるんだ。だから国じゅうにいる奴隷達の居場所がおおかた分かるんだよ。今回もそのパターンだと思う。」

そこでようやく今回の行き先に納得がいく飛鳥。

「ヲルガーのオッサンに聞いたところ、今回は猫族の里にある娼館らしいぜ?」

しかしアクセルの発言にまたもや疑問が湧く。

「娼館? 烈兎の軍はどうやってそんな情報仕入れてるの?」

「聞いた話によれば、市民が烈兎の軍に情報を提供しているらしい。烈兎は民間人からの支援も受けているし、街の連中との距離が近いんだ。」

「なるほどね。」

飛鳥はギンの説明を理解し、相槌を打った。

「お前ら、もうすぐ集合場所だぜ。」

その声を聞き、気を引き締める飛鳥。
しかしここは街中である。
たくさんの猫族が買い物をしたり、商売をしたり、思い思いに生活している。

こんな街中のいったいどこに烈兎の軍の屈強な兵士達が集まっているのだろう、と飛鳥は考えた。

「ここだ。」

アクセルの見ている方に視線をやり、驚く飛鳥。

「え、ここ?」

「ここって、あの西の踊り子亭……?」

ギンの呟きに、彼女は顔を傾ける。

「知ってるの?」

「有名な店だよ。酒も料理も美味しいって。」

「へぇ。」

3人が到着したのは、イドラスに住む者なら知らない者はいない有名な料理屋だった。ーーイドラスと猫族の里は隣り合わせており、里の端にある"西の踊り子亭"はイドラスから近い場所に位置している。ーー

その外観は周りと同じようなレンガの屋根に漆喰塗りの壁だが、他と比べてかなり大きいということが見て取れる。

感じのいいオレンジ色の扉を開くと、ベルがチリンと鳴った。

中は烈兎の軍の兵士達で埋め尽くされている。
どうやら貸切のようだ。
奥には小さな舞台がいくつかあり、そこで猫族の踊り子達が音楽にあわせて体を揺らしてした。
隅のテーブルでヲルガーがゆっくりと酒を煽っているのを発見した3人は、そちらへ向かって行く。

「よう、良いもん飲んでんじゃねぇか。」

アクセルが話しかける前から、こちらに気づいていたヲルガーが口を開く。

「着いたか。」

「お待たせしてすみません。ヲルガーさん。」

飛鳥の言葉に彼は片手をあげる動作をする。
気にするなということだろう。

「いや、構わない。皆、有名なこの店が集合場所と聞いて自主的に早く来ただけだ。」

「そうだったんですか。よくこういう場所に集合するんですか?」

そう飛鳥が問う。

「いいや。今回は特別だ。というのも、今日救いに行く奴隷達の居場所が関係している。」

「貴族の人が経営してる娼館、でしたね?」

ギンがそう確認をとると、ヲルガーが頷いた。

「そう、港近くのネオン街にある店"白猫の館"だ。そこの経営者である貴族に勘づかれたくなかった。我々は普段からたまにこうして店を貸切にし騒ぐことがあるので、それに見せかけたのだ。」

「なるほどねぇ。だから港の近くじゃなくイドラスの近く、かつ有名なこの店に集合したと。」

アクセルの言葉にヲルガーが再び頷きながら言う。

「そういうことだ。ここから娼館までは距離があるため馬で行くことになる。言いつけ通り馬の用意はして来たな?」

「おう。なんならここまで馬できたぜ。」

「なら良い。食事はどうする?」

「私たちはもう食べて来ましたので、皆さんが良いタイミングで行きましょう。」

飛鳥の言葉を聞き、ヲルガーが立ち上がった。

「そうか、代金は先に支払ってある。これ以上長居する必要もあるまい。行くぞ。」

そう言いながら彼は歩き出す。
3人がそれについていくと、ヲルガーは店の出入り口の前で仁王立ちした。

「烈兎の軍よ!!」

彼の一声に、兵士たちが静まり返る。

「これより奴隷達の解放に向かう! お遊び気分はここまでだ。帰ってもう一度うまい酒が飲みたいなら1人残らず救い出せ! 分かったな!?」

「はっ!!!」

ヲルガーの言葉に兵士たちの士気が上がった。

「行くぞ!!」

背後の扉をヲルガーが開くと烈兎の兵士たちも一斉に立ち上がり、動き出す。

「まずは我々の馬を拾う。裏の雑木林に待たせているのでな。」

「分かりました。」

店の前でヲルガーと別れ、アクセルとギン、飛鳥の3人は馬に跨るのだった。







飛鳥達と烈兎の軍が娼館"白猫の館"に着いた時、誰もがその異変に気付いた。

店の周りを取り囲むように貴族の衛兵達が大勢待機していたからだ。

「む!? 我々の動きが勘付かれたか!?」

ヲルガーがそう言うと、店の前で待機していた衛兵たちもこちらに気づく。

「烈兎の軍だ! やれ!」

衛兵がゾロゾロと彼らに向かって行く。

「ひるむな、正面突破だ!!」

ヲルガーの一声を皮切りに、ネオン街の一角で戦闘が起きるのだった。

「馬に乗りながらの戦闘なんて! 教わって! ない!」

飛鳥はそう言いながら敵の槍を避けていく。

「弱音を吐くな猿飛! まずはここをある程度安全な場所にするぞ! 奴隷達の解放はその後だ!」

「了解! です!」

「僕たちは馬から降りよう、飛鳥!」

ギンの言葉に盛大に頷く飛鳥。ギンもまた、馬での戦闘が得意ではなかった。
降りた彼らは水を得た魚のように敵を薙ぎ倒し始める。
飛鳥は前回と比べてかなり動けていることを自覚し、少々高揚した。

そうして戦い始めてどのくらい経っただろうか。

飛鳥が肩で息をし出す頃には、店の前での戦闘は終わりつつあった。

「猿飛、行くぞ! 私についてこい!」

ヲルガーと烈兎の兵士十数人が店内に入って行く。奴隷の解放に向かうのだろう。飛鳥は駆け足で彼について行き、アクセルとギンもそれに続いた。

店の中にはホテルのように小部屋がいくつも並んでいる。
奥まで行くと、二階へ上がるための階段があった。

「私は一階、猿飛達は二階だ! 兵士は半分になってそれぞれについて行け! ゴー!!」

飛鳥達は階段を上っていく。

彼らが見えなくなったその時、階段下の空間から猫族の獣人の男がゆらりと姿を現した。

「む!? 何者だ!?」

男は身なりが良い。それは彼が貴族であることを示唆していた。

「れ、烈兎の軍か……!? 帰れ!! ここは手出しさせないぞ!! もうすぐ増援だって来るんだ!! もうすぐ……!!」

そう言いながら、男は手に持った三叉のキャンドルホルダーを武器のように前に出す。ーーもちろんキャンドルホルダーには火のついた蝋燭が乗っている。ーー

「諦めろ! 奴隷達は我々がもらい受ける!」

ヲルガーがそう言いながら彼の武器である斧を構える。

「ひぃいぃぃい!!」

男はヲルガーに恐怖をなし、なんと、キャンドルホルダーを落としたのだ。

「こいつ! 落としやがった!」

「火を消せぇ!!」

烈兎の兵士たちが自分の上着で火を止めようと試みるも、鎮火する気配はない。
それどころか階段に火が移りはじめていた。

「まずいぞ……! このままじゃあ、たちまち火がまわる……!」

ヲルガーは二階へ行った彼らが気がかりだったが、まずは一階の奴隷達の安全確保を優先することにし、駆け出したのだった。

その頃、二階ではギンが煙の匂いを感じ取っていた。
しかし飛鳥とアクセルはそれに気付かず奴隷達を解放してまわっている。

「大丈夫ですか!? 助けに来ました!」

バタンと一つ一つの扉を開けて声をかけていく。
騒ぎを聞きつけていくつかの扉が開くと、アクセルが大声で言う。

「烈兎の軍が下で保護してくれんぞ!出てこい!」

それ聞いて、自分から扉を空けて出てくる奴隷達が何人もいた。
彼らは小走りで階段へと向かう。
もはやどの部屋に人が残っているのかわからない。
飛鳥とギンは確認するために一つ一つの部屋を見て回る。

その時、飛鳥の手を1人の犬族の女性が掴んだ。

「あの! たぶん1番奥の部屋にもう1人いるかも! 人間の女性が!」

「分かりました、行きます!」

それに間髪入れずに答える飛鳥。
そのまま振り返って奥の部屋は走る。

「まて飛鳥!」
「飛鳥!」

それに待ったをかける2人だったが、彼女は聞く耳持たずに進んでいく。

そして1番奥の扉をバタンと開ける飛鳥。

「誰かいますか!?」

薄暗い部屋のベッドに人の影が横たわっている。

「……何の騒ぎ……?」

その影はのそりと動いてそう言った。

「助けに来ました! 立てますか?」

飛鳥は言いながら近づく。

「助け……? もしかして……烈兎の軍……?」

「そうです。私について来て下さい。」

ベッドまで行きその人影を見てみれば、犬族の人が言ったように人間だった。
日本人離れした顔立ちに褐色肌の女性だ。

「あなた、日本人……?」

「はい。行きましょう。」

そう言いながら彼女の手を引く飛鳥。
そのまま部屋の外へと出ると、飛鳥にもわかるほど煙の匂いが立ち込めていた。

「火がまわっていやがる、こっちはダメだ!!」

アクセルが階段のそばから声を張り上げて言う。
階段がごうごうと燃えているのが飛鳥にも見えていた。

「そんな、奴隷の人たちは!?」

「なんとか火を跨いで一階に行ったよ。」 

飛鳥の焦りを含んだ問いにギンが答えた。

「よかった…!」

「問題は僕たちだ、窓から出よう。」

ギンの言葉に従い窓から外を見る飛鳥とアクセル。
しかしどこの窓を見ても下からの炎が強い。

「こっちは無理だ!」

「こっちも!」

「ここもダメか。」

そうこうしているうちに火が彼らのすぐそばまで迫ってきていた。
徐々に焦り出す彼ら。

「あ、あの、こっちは……?」

奴隷だった女性が自信なさげに声を上げた。
彼女の立っている窓の下を即座に飛鳥が確認する。

「ここなら行ける!」

「飛鳥、君が先に!」

ギンに従って飛鳥が窓から飛び降りる。
外から彼女が声を張り上げた。

「さぁ!こっちに!」

奴隷の女性に向かって手を広げる。

「ごめんなさい、自分で言っといてなんだけど、私には無理……こんな高さ……。」

「大丈夫、私が受け止めます!」

「……む、無理よっ……。」

彼女が尻込みする間にも、炎が彼らに迫る。

「分かった。」

「きゃ……!」

痺れを切らしたギンが女性を両腕で抱え込むと、そのまま飛び降りた。

そして最後にアクセルが飛び降りようとした、その時だった。
彼の真後ろで、爆発が起きたのだ。

「ぐ……!?」

爆風に吹き飛ばされながらも、なんとか着々するアクセル。

「アクセル!!」

飛鳥は思わず彼に駆け寄った。

「く……っ……、気にすんな。背中がちっと焦げただけだ。……そんなことより……。」

アクセルが飛鳥の後ろに視線をやる。
その頬に冷や汗が流れていたのを、飛鳥は見逃さなかった。
不思議に思い後ろをみれば、先ほど倒したはずの衛兵達がゾロゾロと現れる。

「な……!?」

「……そんな馬鹿な!」

ギンが信じられないとでも言うように声を上げた。

「増援だ……。」

アクセルの呟きに舌打ちするギン。

「私の後ろに。」

とっさに女性をかばう飛鳥。

「1匹もこの先に行かせるな! 向こうには解放された奴隷達がいる!!」

そう言いながら構えるアクセル。

「分かってる!」

ギンが敵に向かっていった。
それに続くアクセルと飛鳥。

しかし奴隷の女性をかばいながら戦う3人はいつもより早く疲労していった。
このままではキリがないと考えたギンが、戦いながら飛鳥に声をかける。

「飛鳥! その人を連れて先に烈兎の軍と合流するんだ! その人を守りながらじゃ戦いずらい!」

「2人は!?」

飛鳥の問いかけに、2人はまともに返事をする余裕がない。

「いいから行けぇ!」
「行くんだ、飛鳥!」

それを察した彼女はここに残りたい気持ちを抑えて女性の手を取った。

「っ!……ついて来て!」

烈兎の軍が居る方向に走り出す2人。

「ねぇ、後ろ!」

女性の声に後ろをチラリと見れば、飛鳥は自分たちを追ってくる衛兵達が居ることに気付いた。
数は10数名。

「そんな! なんで!?」

さらに後ろにいるギン達をみれば、アクセルが背中を痛そうにして屈んでいるところだった。
やはり彼は無理をしていたらしい。

「アクセル……!」

ギンがアクセルを庇いながら戦っているようだが、衛兵達を逃してしまうのは無理のないことだった。

飛鳥はアクセルの心配を一旦心の端に追いやって、足の動きを早める。
烈兎の軍のところまで行って彼らと力を合わせれば、10数人の衛兵などわけないからだ。

しかしその時、女性が足をもつれさせた。

「あっ…!」

彼女は声を上げながら転んでしまう。

「しまった!」

飛鳥は再び彼女を起き上がらせようとするが、追っ手の衛兵たちが目の前まで来てしまった。
立ち上がった女性を後ろに隠して飛鳥は戦闘の構えをとった。

もはや逃げ切るのは不可能だったからだ。

幸いここは狭い路地。
10人以上の相手でも、後ろにさえ通さなければ女性を守ることができる。

覚悟を決めた飛鳥が拳を振るう。

何度も何度も拳を振るう。

1人倒れては次の衛兵が槍で攻撃してくる。時にはその後ろからも攻撃される。
それを全て避けながら目の前の相手に確実に致命傷を与えていかなければならない。
しかし飛鳥の体力は無限ではなかった。
彼女に疲れが見えてきた頃、1人の衛兵に槍で動きを妨げられる。

その隙に、もう1人の衛兵が飛鳥の横の隙間を縫って女性に手を伸ばした。

「逃げて!!」

「きゃ!!」

飛鳥の声も虚しく、彼女はあっさりと衛兵に捕まった。

飛鳥が彼女の方へ向かおうとするも、衛兵が後ろから飛鳥を羽交い締めにする。

「くっ! 放せ!!」

どうにかそれから逃れようともがくも、男女の、しかも獣人と人間の力の差は歴然だった。

奴隷だった女性の手を掴んだ衛兵が、槍を振り上げる。
そして、今まさにそれが振り下ろされようとしていた。

「や、やめろぉぉお!」

飛鳥の叫び声が狭い路地に響き渡るのだった。
しおりを挟む

処理中です...