女、獣人の国へ。

安藤

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助っ人

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その頃、ギンとアクセルは多すぎる衛兵達の相手に手間取っていた。

「ちっ、数が多すぎる…!」

そう舌打ちするギン。
アクセルは背中の痛みを堪えながら戦っており、彼に言葉を返す余裕がない。

それを察したギンが再び舌打ちし、何かを決心した。

「おい! "夢"を使う! 僕と目を合わせるなよ。」

そして一呼吸おき、言葉を続けるギン。

「あと、飛鳥に言うなよ、龍族…!」

その言葉にいつもより力無く笑うアクセル。

「別に言わねぇが、たぶんあいつはそんな事気にしねぇよ。」

「……。」

彼の言葉にギンは一瞬顔を顰めた。
しかし大勢の衛兵隊に向き直って、無表情で彼らを見つめた・・・・







「や、やめろぉぉお!」

飛鳥の声が路地に響き渡った、その時。

「手を離せ!」

何者かが奴隷だった女性の後ろから衛兵を蹴り上げた。
飛鳥はその蹴りを見たことがある。

「ロア!?……なんでここに!?」

「烈兎の軍が今日"白猫の館"の奴隷を解放をすると聞いて来た。」

ロアがそう言いながら、チラリと飛鳥の頭上を見やる。
その視線に気づき彼女も上を見上げる。

飛鳥の目には、今まさに隣の建物の屋根からこちらに飛び降りてくるジャックが見えた。
彼は着地と同時に飛鳥の動きを妨げていた衛兵に剣撃をくらわす。

「ぐあ!」

衛兵が倒れるのを見ながらジャックは言う。

「ここに我々の顔見知りがいてな。」

「ジャックさん……顔見知りってーー」

「お前が無事で良かった。アレックス。」

飛鳥の声を遮りそう言ったのはロアだった。

「ロア……ジャックまで………。」

アレックスと呼ばれた女性が2人を見ながら眉を下げた。
どうやら彼女は2人の知り合いらしい。
それを見た飛鳥は向こうで戦っているアクセルとギンを思い出しハッとする。
そしてジャックとロアに向き直った。

「ひとまず彼女を烈兎の軍まで届けます! それで、2人にお願いが!」

そのまま言葉を続ける飛鳥。

「向こうでギンとアクセルが戦ってます、すごい数の敵でした。加勢に行ってはもらえませんか!? 私も彼女を届けたらすぐに向かいます!」

「良いだろう、私が加勢にいく。ロア、彼女達を頼んだ。」

「あぁ。」

ジャックの声に頷くロア。

「いえっ、私は大丈夫だからーー」

「飛鳥、少し落ち着け。」

またしてもロアが飛鳥の声を遮った。

「…でも…!」

引き下がらない飛鳥に、ロアは冷静に語りかける。

「ギンもアクセルも簡単にやられるような奴らじゃない。ジャックが加勢するなら尚更だ。それよりもお前の方が危なっかしいぞ。」

飛鳥の顔が少々強張った。
それを見逃さなかったアレックスがロアを咎める。

「ロア、そんな言い方しなくても……。」

「別に責めてるわけじゃない。少し落ち着けと言っているだけだ。」

彼らのやりとりを見て、飛鳥は冷静さを徐々に取り戻す。

「ごめん。確かに、冷静じゃなかった。アクセルが怪我してて……心配で……。」

「そうか。だとしても、大丈夫だ。簡単に死ぬような奴には見えない。俺たちも行くぞ。」

「うん。」

飛鳥が頷いたのを見て歩き出すロア。
それに女性2人が続く。
アレックスは飛鳥の顔をチラリと見ながら口を開いた。

「ごめんなさい。私が足手纏いなばっかりに…、貴方の大切な人達が危険な目に……。」

「……そんな事ないです。私は貴方を助けるためにここに来た。危険が伴うのは覚悟の上です。きっと、それはあの2人も同じだから。大丈夫です。彼らなら絶対無事です。」

飛鳥は自分に言い聞かせるように話す。
細い路地を出ると、彼女達を月明かりが照らし出した。
そして店の前にいたヲルガーが飛鳥達に気付く。

「猿飛! 無事か!?」

「ヲルガーさん!」

「むっ、こちらは?」

ロアを見て不思議そうに問いかけるヲルガー。

「連合のロアだ。」

「彼女と知り合いらしくて、危ないところを助けられました。」

飛鳥の説明にヲルガーは納得し頷く。

「そうか。助太刀には感謝する。だが一旦こちらの女性は引き渡してもらうぞ。」

「構わない。保護してやってくれ。」

「奴隷達はおおかた救い出した。この者で最後だろう。火消し達も到着し今火を消しているところだ。」

辺りを見渡せば奴隷の解放はひと段落つき、烈兎の軍は奴隷達を気にかけつつ、それぞれの馬の面倒を見ていた。

「……それより猿飛。あの2人はどうした?」

ヲルガーの問いに飛鳥は表情を曇らせながら答える。

「向こうで戦ってます。敵の数が多かったので、様子を見にーー」

「その必要はねぇぞ、飛鳥。」 

飛鳥の言葉を遮ったのはアクセルだった。
ギン、アクセル、ジャックの3人が路地の方からこちらへ歩いて来ている。
ジャックに体を支えて貰っているアクセルを見て、飛鳥はそちらに駆け寄った。

「アクセル! 大丈夫なの!? 背中は!?」

「ちと痛むが平気だ。心配すんな。」

彼がそう言いながら飛鳥の頭をポンポンと撫でる。
それに安心した表情を浮かべる飛鳥。
ギンがそのやりとりを後ろで何とも言えない顔で見ていたことを彼女達は気づいていない。

「私が加勢しに行った時にはほとんど終わっていた。そんな気はしていたがな。」

「終わって……!? うそ、あの数をそんな簡単に……!?」

ジャックの発言に驚きを隠しきれない飛鳥。

「まぁまぁ、お前と俺らじゃまだまだ実力の差があんのさ。」

「ぐっ……、それは……まぁ、そうだろうけど……。」

「飛鳥だって、すごいスピードで成長してる。気にすることないよ。」

悔しそうにする飛鳥にギンがフォローを入れた。

「そ、そうだよね…!……いや、実際みんなに比べればまだまだなんだけども、でもそうだよね!」

謙遜しながらも喜ぶ彼女を見て優しく微笑むギン。
ジャックがアクセルを店の前に座らせると、飛鳥に体を向けた。

「飛鳥。ありがとう。」

「ジャックさん……そんな、私は何も……。」

思いがけない言葉に、彼女は思わず謙遜する。

「そんな事はない。アレックスは君のおかげで助かったんだ。礼を言わせてくれ。」

そう言いながら微笑むジャック。
その言葉に、自分の胸に何かが込み上げるのを飛鳥は感じた。

「お礼を言うのは私の方です。あの時、助けてくれてありがとうございました。私が力不足なばっかりに、彼女を守りきれないところでした。」

「多勢に無勢だ、仕方がない。君はよくやっていた。」

「……ありがとう、ございます。」

そうして、2度目の奴隷解放は幕を閉じたのだった。
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