聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

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第二章

45黒い死の影響1

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 やたらと華々しい名称にしたがるロイドに何度も念を押してから逃げるように薬局に戻る。
 そんな私に、今まで静観していたフブキは少し首を傾げた。


『村長が考えた名じゃダメなのか?凡人にしてはいいセンスだったと思うが』
「一つとして良いところはなかったが……?」


 あんなキャチコピー、日本じゃあ見向きもされないと思う。
 病気に苦しむ人々に自分が笑顔で丸薬を配る絵面を想像して、その圧倒的な”不審”さにゾッとする。イエス薬師、ノット教祖。


「宣伝のことはあとでエダさんに相談するわ。まだ先のことだと思って、売り方のことはまだ聞いていなかったね」
『ふむ、それもそうだな。王子たちのこともあるし、一度ちゃんと話した方がいいだろう』
「……そういえばエダさん、まだクロヴィスたちのこと知らないんだもんね……あはは」


 というかタイミングが悪いのだ。エダ不在を狙って色々起こり過ぎである。
 エダはグロスモント王家に悪い印象を持っていないようだったが、それでも関わるのはもっと後の予定だった。予定は未定というが、準備が整っていないうちにあっていい相手じゃない。後ろ盾が何もない今じゃ、ヨークブランのクソ神官たちのように足元を見られるかも。これがRPGだったらクソゲーと投げ捨ててるだろう。


(クロヴィスもジェラルドもそういう人には見えなかったけど、それは私を”ただの薬師”だとしか見てなかったから)


 私がこの国を苦しめている黒い死を治せることはもう見せた。……見せてしまった。
 勝算はあるけど、それでもいざ結果が近づくと緊張はする。できるだけ素知らぬ顔を意識して薬局に入ると、薬棚の前にミハイルの姿が目に入った。
 思わず駆け寄りそうになったが、すんでのところで彼が姿隠し中だったことを思い出す。私には普通に見えているから、いまいち実感が持てないけど。

 そんな私の姿にふっと笑ったミハイルは、柔らかい笑みを浮かべたまま小さく手招きする。素直に従って近づくと、薄い膜を通り抜けたような感覚がした。もうすっかり魔法に慣れた私はすぐに結界だと気付いた。

「おかえり。ここだけ防音魔法を張ったから、普通に話してても大丈夫だよ」
「ふぅ……見張り、ありがとうございました。おかげで安心して治療に集中できたわ」
『俺は休憩室の前に行ってこよう。少しくらいは注意を引けるはずだ』
「気が利くねぇ。……だけど、もうそこまで警戒しなくてもいいよ」


 怪しまれないように薬棚を漁るふりをしながら、ミハイルに続きを促す。
 今日一日、最もクロヴィスたちの側にいた彼にしか分からないこともあるのだろう。……もともとクロヴィスたちのことを知っていたみたいだし。


『それは、王子たちがコハクの味方になるということか?』
「そもそもあいつらに断るという選択肢がなかったよ」
「え?でも、ミハイルさんもこの作戦に賛成していたじゃないですか」
「そりゃあ、絶対に成功するって分かってたからね」


 思わず手を止めてミハイルを見上げると、ばちりと視線がぶつかった。どうやらずっと私を見ていたらしい。


「そういえば、聖女召喚が許された理由をちゃんと話したことは無かったね」
「え、それはヨークブランがグロスモントと戦争していたからじゃ……?」


 花も恥じらう美しい顔には柔らかい笑みが浮かんでいて、鏡のような鈍色の瞳に間抜けた顔をした私が映る。思ったより近いことに気がついて、私は慌てて視線を薬棚に戻した。
 くすりと小さく笑われた気配がしたが、それだけでミハイルは話を進めた。


「それだけじゃあ、他の国が許さないよ。ヨークブランは長らく禁術とされている魔法を使って、自分たちだけ利益を得ようとしたんだ。普通なら、多くの国を敵に回すことになる」
『しかも今は戦争中なんだろう?なら、グロスモントに手を貸す国が現れてもおかしくはないが……』


 でも実際、そうなっていない。禁術に気づいてないのか……あるいは見て見ぬふりか。
 止めなければ、いつか聖女を手に入れたヨークブランが自国に攻め入るかもしれない。関連書類がほとんど消えて、半ば伝説化している聖女を危険視しない国なんて居ないだろう。


(止められない理由がある……ってこと?)


 起こるかもしれない戦争より、優先すべき問題が各国にあるとしたら。それも、回復に特化した聖女を必要とするほどの。


「こんな時にその話をしたということは、黒い死が関係してるってことですよね?」
「うん、正解。……本当は、もう少し情報を集めてから話すつもりだったんだけどね。ぼく、魔法以外あんまり興味なかったから」
『情報集めって……お前もエダも、ほとんど屋敷から出てないだろう』
「そこは魔法の出番だよ。家にいながら情報収集もお手の物だね」


 いつだったか、流行病のことで悩んでいたことをミハイルに見抜かれたことがあった。
 その時は病気の正体が黒い死だったことも分からないし、ミハイルもあの頃は一緒に首を捻っていたはずだ。

 知識が足りてないせいで、流行病と黒い死を結びつけられなかったのだろう。今こうして色々教えてくれたのはおそらく、あの後ずっと調べて居たのだろう。
 勉強で手一杯だった私が、その気になれば直ぐに対応できるように。慣れないことで大変だっただろうに、ミハイルは少しも悟らせなかった。


(今お礼を言ってもはぐらかされるだけだよね……。私の変化はすぐに気付かれるのに……悔しいなぁ)


 我ながら他人の変化に疎すぎるのでは無いか。これではとても薬師なんて名乗れない。
 エダへの相談事項にミハイルの返礼も追加して、私は話に意識を戻した。 
 

「禁術が許されるほど、黒い死が広がっていたんですか?でも、前から存在していた割に全然対策されてないような……」
「最初は都市部でしか見ない病気だから、そこまで問題視されてなかったんだ。都市にはポーションがたくさんあったし、プライドが高い貴族たちはかかっても隠してたから」


 黒い死は分かりやすく見た目に出る。この世界では呪いとも言われていたし、身分が高い人が隠そうとするのも無理ない。


「だけど、隠しても治しても黒い死は広がっていくばかり。さすがに命が惜しい貴族たちもどんどん大っぴらに治療法を探すようになったんだけど……ぼくたちはポーションしか治療薬を知らないからねえ。上手くいくわけがないね?」
「それでこうなっても手立てがないんですね……」


 だからミハイルにはクロヴィスが私を受け入れるという確信があったんだ。戦争中なら、なおさら病気は恐ろしいだろう。

「ぼくが自信持って教えられるのはここまで。聞けばすぐに分かる程度の話しかないけど、ここまで知っていれば怪しまれることはないと思うね」
「そんな、私だけじゃここまで調べる余裕はありませんでした。本当に、ミハイルさんには感謝しても足りません」
「……そう?ふふ、それなら、ちょっと頑張った甲斐があったかな?」


 そっと顔を上げれば、擽ったそうに笑うミハイルの姿が目に入った。まるで少年のような笑顔に、少しだけドキリとする。


「さあて、そろそろ怪しまれる頃合いだね。できるだけ有利な条件を付けてくるんだよ」
「ちょっと待ってください!それはまだ心の準備がっ」
「大丈夫、大丈夫。いざとなればぼくも参戦するから」


 背中を押されるように移動させられた私が、ミハイルの耳がほんのちょっと赤くなっていたことに気がづくことはなかった。

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