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第1章

最後の王女は何者か

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 『最後の王女』について、まずは手短に語ろう。

 ご存知の通り、『最後の王女』と呼ばれる人物は通称に過ぎない。
 本名をルミナ・ヤルダバオート。彼女はヤルダバオート王国の歴代最後の王女であった。彼女を最後にヤルダバオート王統は途絶え、国は名を改めた。彼女の生きた時代は、ゼニスの民衆が最も混乱した時代である。

 ヤルダバオートは竜が治める国だが、竜であるなしに関わらず、様々な獣たちがこのヤルダバオートに住むことに憧れた。周りは森に囲まれ、食糧にも困らない。森から西側に行くと川があり、海岸もあった。それはそれは、豊かな国だ。
 しかし城下街には住める土地が少なく、寝泊まりできる施設といえばヤルダバオートを象徴する巨大な宮殿のみだった。宮殿内には、名物の温泉が施設としてあり、これはゼニスでは大層珍しいものだという。そんな貴重で珍しい場所には必ず地位の高い貴族や富豪たちが集まるもので、一般の獣たちには手の届かない憧れの地として有名であった。

 さて、このヤルダバオートで最も憧れられた宮殿内に、誰でも見学ができるチャンスが一度だけあった。それはルミナ王女の戴冠式を祝う期間でもあり、年に一度の行事でもある魔法パレード(ビヤバンと呼ばれていた)の開催期間でもあった。この時期のヤルダバオートは隣国の国民もこぞってこれを見物に来るなど、過去最大級に盛り上がりを見せた。隣国のアルジャンは、数晩のうちにゴーストタウンと化した、などと囃し立てられる程だったという。

 このめでたい時節、沸き立つ民衆を一夜にして恐怖に陥れた者がいた。自らを「ネメシス」と名乗る、ゼニス史上最も凶悪な怨霊、もとい怨竜である。
 彼は数百年もの間ヤルダバオート王家に、そしてもっと大きな存在(のちに紹介する)に復讐する時を待っていた。亡き者となってから、王家に取り憑き徐々に力を奪っていったと考えられているが、王家はしばらくこれに抵抗しなかった。歓喜の中のヤルダバオート城下街を奇襲される事で、ようやくその重い腰が上がることになる。最初で最後のネメシスに対する反撃、その武器として選ばれたのがルミナ王女である。

 ネメシスを倒しうる存在が、ルミナ王女しかいなかったというのが事の発端だ。
 ヤルダバオート王家には、他の獣たちも操ることができない特別な系統の魔法があった。その魔法でなければネメシスを完全に消し去ることは事実上不可能で、その時点で既に王家の者がルミナ王女しか存在しなかった。
 だがこの事は王家側の者たちも予測済みで、ルミナ王女に一縷の望みを託すべく、万全の準備を整えた上で王女の影武者を数人用意し、王女を密かに旅立たせた。ヤルダバオート王統はここで途絶えてしまった。



 旅立った後、ルミナ王女が辿った道を詳しく知る者はそう多くない。旅を共にした従者たちの日誌はかなり傷んでおり、修復も難しいと言われている。だが口伝では彼女の生きた道を語り継ぐ者たちがいる。それを書籍化したものが『最後の王女』と呼ばれる文学である。

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