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第3章

手記続き

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 手記の続きはこう綴られている。
「——国王陛下のお言葉通り、王女として王室に迎えられたヒレのお子ルミナ様は数年かけて尾が分かれて足となり、ヒレは五本の指を持った腕へと変わりました。翼は庭を走り回れる歳になると生えてきました。
王女殿下が順調に大きくなられて、やがて王家の魔法をお勉強や修練をなさるようになると王妃陛下が崩御あらせられました。生前は殿下を大層可愛がっていらっしゃったので、殿下は喪心でお勉強も修練も休みがちになられました。
 しかし王妃殿下はご臨終の際に、時間がないので王女殿下の修練を急がせるようにお申し付けなさったので、時は止まってはくれませんし、使用人一同は少し厳しめに殿下に早く修練に戻られるよう申し上げました。殿下が泣きじゃくるので、これもまた修練ですから、と教育係はきついコルセットを装着して、呼吸を整えさせました。暗い修練の部屋に閉じ込めるなどもしました。そうまでしておいて、殿下には魔法の質の為、心を平穏になさって下さいと申し上げる他ありませんでした。笑顔を絶やしてはならないとか、王女として必要最低限の作法も常に怠らないようにご進言申し上げました。誰もがおかしい事に気づいていた筈です。心が痛まない者などいるでしょうか。使用人は皆、毎日頭を抱えていました。でもこの仕事を選んだからには、責任を持たなければなりません。
 老師会の方々も殿下のお姿を見るなり、王女殿下の教育をもっと厳しくしろと仰いますし、姉役の選考も進んでいましたが着任にはまだ準備がありましたから、殿下は国王陛下の元へしばしばお越しになられました。国王陛下はご公務の合間に少しでも殿下と触れ合いの機会を設けられました。掃除のおば様も元気のない殿下を見て可哀想に思ったのか、廊下で会う度に殿下のお手を握って、お菓子を差し上げていたようです。本当は同じ使用人として注意しなければならないのですが、私は黙っていました。
 甲斐あって、少しずつ殿下の表情に明るさがお戻りになったのですが、姉役オリアナの研修が終わり殿下にご謁見させると、また殿下のお顔が暗くなられてしまいました。帽子の隙間から僅かに見えた殿下のお目は私たちを少し睨むようでした。時間さえ経てば殿下と必ず打ち解けられる人材を選ぶように努めたので、結果的にオリアナは殿下の良き理解者となってくれましたが、あの時の殿下の突き刺さるような眼差しが忘れられません。数週間は夜毎思い出して眠れませんでした。王子や王女が国王陛下にご即位なさる度に使用人が変わるという噂に、私は妙に納得してしまいました。——」

 こうして見ると、宮殿内に王女の理解者が少なかった理由には、王家への過剰な教育を使用人が任され、使用人全体が疲弊していた事もあったのであろう。同じ使用人でも掃除婦は王女に厳しい教育をする立場ではなく、廊下ですれ違うだけの関係だったからこそ彼女と親しくなれたのではないだろうか。宮殿では使用人と王女は信頼関係を築くことができず、まだネメシスに憑依される前はダニアトール国王と姉役のオリアナと掃除婦だけが彼女の拠り所だったことが分かる。
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