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第二章 此が有れば彼が有り、此が無ければ彼が無い

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 結構空きがある電車に乗った俺たちはどこに座ろうか車内を見廻していたのだが、俺は近くの空いてる席に適当に座った。曜子よりも早く座りたかっただけの理由は曜子より年寄りで腰が痛かったわけではない。

 恋人でもなければ友達とも少し違う。流れで家庭教師と教え子の関係にはなるのだが電車のような長椅子に座る場合の二人の距離感にもの凄く気を使ってしまうのは女性慣れしてない青年男子なら当たり前のことだと俺は信じている。

 先に座ってしまえば、他の席に座ろうが真横に座ろうがそれは相手に委ねられるからだ。年下の女子高生に座る距離を委ねる行為が情けないとしてもだ、隣に座ってあっち行ってよと言われても落ち込むし、離れて座ってなんでそんなに離れて私のこと避けてるのとか言われても面倒だからだ。

 まぁこんな事を考えているのがバレる方が一番面倒なのだが、ともかく先に座ることに成功したので良しとしよう。

 そんな愚かだが本人は真剣に考えた座る距離の問題も何もなかったようにカバン一個分のスペースを空けた横に曜子は座った。

「今日はプールだったから疲れたの。髪はボサボサになるし良い事ないのよねぇ。おまけに忘れ物までしちゃってさ。多分プールの更衣室にポーチを忘れてるんだと思うんだ。うちの学園の水泳部下手に強豪校だから温水プールまで設備しちゃってるから水泳の授業が多いのよねぇ。ちなみにプールは室内だから女子高生の水着姿見れると思ったら大間違いだからね」

「思ってないよ」

「ホントかしら?ウタルはホントに変態だから油断できないわ」

 俺が変態なのかどうかは知らないが俺より俺が変態なのを知ってるのが凄いわ。

「けど、さっきは何故“W”が見えなかったのかしら?」

「それなんだけどさ、そもそも肉眼で見える方がおかしいんだから、見えないのが当たり前なんだし一時何かの間違いで見えてただけかもしれないし普通に戻っただけかもしれないよ?見えなくて困ることもないんだし」

「……あるもん」

 丁度踏み切りを通ったところだったので俺は曜子の言葉どころか喋ったことさえにも気づかなかった。

「まぁ困るとしたら俺が“W”を成敗してる時にただ棒持って暴れてる人に見えるってことだけだな。ハハ」

「……バカ」

 このバカというセリフが俺のどれについて言った言葉なのかは知る由もなかった。

 到着駅を降りて学園まで程よく歩き俺は正門の前で待っていた。

 忘れ物のポーチは無事に見つけることができた様子で、とても嬉しそうだ。

 帰りの電車を待っている駅で曜子のクラスメートに会った。同級生と話す曜子は女子高生そのままだった。

「祥子と藤井って付き合ってたの?」

「そんなんじゃないよぉ」

 クラスメートの祥子という子は藤井という男子と一緒に電車を待っていたのだが曜子に見られて照れくさそうだった。その仕草がまさに青春という甘い感じがしてどこか微笑ましい。

「はぁぁぁん、わかった!付き合ってはいないけど付き合ってるような感じのけど付き合ってない、そんな感じだね!」

 どんな感じかわからんが、お互い好きな気持ちは気づいているけど最後の一歩が踏み出せない感じなのかな。今の関係がずっと続けばいいのに、続くと信じてる。だけど他に良い人が出てきたらどうしようって不安にもなる。じゃあ付き合えば他の人より自分だけを見てくれる。だけど付き合ってしまえば独占欲が出たり会いたい気持ちが強くなって会えないのが辛い時もあるし、それで嫉妬したり喧嘩したりして仲が悪くなったら元に戻れなくなる。そうなるくらいなら今のままの関係がずっと続く方が幸せなのかな?って気持ちがループするのかな。

「藤井!答えは決まってるんだから男からビシッと言っちゃいなさいよ!祥子は良い子よ。私が保証するから」

 二人の気持ちが一緒なら男から一歩踏み出すのは俺も賛同だ。頑張れ藤井君とやら。

「ちなみにこの人は私の家庭教師だから勘違いしちゃだめだからね!んじゃ頑張ってね!」

 到着した電車に俺達二人は乗った。後の二人は逆方向のようだ。
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