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第一章 たった一人の温泉旅行中に

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「キャッ! ちょっと裸で急に立ち上がらないでよ! 変態!」

「耳の穴をかっぽじって良く聞けよ? 俺が借りてる部屋で俺が好きで朝に風呂に入って風呂から出る。この一連の流れでどこに俺が変態である要素があるというのだ?」

「乙女が目の前にいるのに、裸で立つなんて変態でしかないじゃない!」

「俺が風呂入っている所に勝手にお前が来ただけじゃねーか!」

「お兄ちゃんの変態! もう知らない!」

 萌える。妹萌だ。いかん! なんでも妹萌で処理されては相手の思うツボになる。

 しかし、俺の脳内は二次元で処理されている悲しいサガ。現実に妹に萌えるシチュエーションなどあってはならない。だからこそ二次元に求めるのだ。

 それを三次元で体感できるなどと、ヴァーチャルな世界でしかない。

 しかし、この女はあやかしだぞ! そう自分に言い聞かせるのだが。

 身体を拭いてから部屋に戻ると、呑気に茶菓子を頬張っている。

「朝食までまだ時間があるね」

「お前の言っているのは俺の朝食の時間のことではないだろうな」

「そうだけど? もう姿が見えるなら堂々と食べれるね」

「そういう問題ではないと思うが」

 さて、どうしたものか。急須に入っている残りのお茶を湯呑に入れ、飲みながら考えた。

「ねぇ、なんでわらわの姿が見えるの?」

「生まれつき、見えるようになってるんだよ。そういう家系なの」

「ふーん。じゃあ悪いあやかしは退治する家系なんだ」

「それはおそらく昔の話だろうな。近代化した街にあやかしはあまり降りてこなくなったんだろうな。だいたいあやかしなんて皆悪いもんだろ」

「あー、それ偏見だよ」

 頬を膨らませ、機嫌を損ねる顔を見せる。同類ならあやかしの良いところも見えるのかもしれないが、人からすればあやかしなんて皆悪さをするものにしか思えない。できればあやかしになどに遭遇したくないものだろ。

「朝食までの暇つぶしに今度は俺が質問してやろうか」

「暇つぶしとか言うな」

 俺の顔を指さし、その後指はお菓子を求めてテーブルに降りていいく。

「お前、雪女だろ? 昨日見たのも全部お前なら、なんで風呂入ったり、しかものぼせるほど入ってられるんだよ。溶けないのか! 俺のイメージしてる雪女と違うんだけど」

「お兄ちゃんの想像力はまだまだ乏しいってことですよ」

 こめかみに両手を当て、舌を出す。どうやら人を見下す時に変顔をするのが得意のようだ。

「わらわの出生は人智の想像を超えているってことよ」

「この煎餅美味しいな」

「でしょ? この塩味が美味しくてって、ちょっと大事なとこなんだからちゃんと聞いてよ!」

 両手で勢いよくテーブルを叩いて俺の気を引こうとするが、あやかしの出生など微塵も興味が無い。

 はずだったのだが、雪女が普通に温泉に浸かっていることの疑問は解いておきたかった。

 それだけだ。この雪女が少々好きなアニメのキャラに似ているからとか、妹キャラで迫られるのに少々満足しているわけではないと自分に言い聞かせる。

 こいつといると調子が狂うというか、面倒くさい男になっているような自分にヤキモキしていた。
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