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第一章 たった一人の温泉旅行中に

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「わらわのお父さん、閻魔大王なの」

「はいはい」

 これはまた心を煩わせた中学生女子のように思えたが、ことあやかし相手だとどこまでが大げさに言っているのか把握できない。

 とりあえず満足するまで話を聞くことにする。

「地獄の有給休暇中にお母さんの住む雪山に遊びに来てた最中にね、イエティにしつこく求愛されてたところを助けてもらったの。お母さん美人だったから」

 突っ込みどころ満載だが、こんなところで突っ込んでいては話が進まないだろうと思い黙って続きを聞いた。

「でね、お父さんも雪山の寒さが堪えてたみたいで寝込んじゃったのを、助けてくれたお母さんが看病しているうちに……ってわけよぉ」

 キャッキャキャッキャ言って独りで盛り上がっているが、全く胸に刺さってこない。信憑性が皆無だからだろうか。だが敢えて話に乗るとするなら。

「閻魔と雪女って水と油くらいに真逆なんじゃないのか? 小作りしてる間にどちらかが溶けるか凍るかするんじゃないのか?」

「そこよ! よくぞ聞いてくれました」

 雪女はピョンピョン跳ねながら気分上々のようである。どうやら一般的な疑問こそが、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの盛り上がる部分のようだ。

「燃える一夜に激しくも相手を思いやる優しさ、これこそ愛だわ。キャー! こういうのなんて言ったかな、くんずほぐれつ?」

「ちょっと違うと思うが、言いたいことはわかる」

 親の初夜を恥ずかしながらも楽しそうに他人に語れるのはある意味良い性格かもしれん。

「それで、わらわが生まれたの。わらわの名前は雪実、閻魔と雪女のハーフよ。よろしくね」

 なんとまぁ、会ってから随分時間の経ってからの自己紹介だろうか。

「簡単に自己紹介しとくと」

 まだ続くのか? もういいぞ、そろそろ朝食の時間が来るし、もしかして朝食まで自己紹介で粘ろうって魂胆か?

 人の推測はお構いなしに自分の話を続けて行った。

「見た目は雪女なんだけどね、中身がお父さん似で寒いの苦手なの。だから温泉好きだし溶けて消えることもないの。そのおかげで他の雪女や雪男から変な目で見られてさ。雪山を追われるように去ったわ。寒かったしね。それで丁度良い所を見つけてここの近辺で暮らしてたんだけど、ここらじゃ雪女は珍しくて虐められるし、女好きの狒々には付け回されるし生きた心地しなかったわ」

 この話だけ聞けば可哀想な人生とは思うのだが。

「そして、昨夜やっとわらわのナイト様に出会えたってことよ、お兄ちゃん」

「どうしてそこからナイトになってお兄ちゃんになるのかなぁ」

 付きまとっていた狒々を倒したからだろうけど、ナイトを見つけるなら同じあやかしにしてくれ。一般の人間を頼りにするあやかしが何処にいるだろうか。あやかしに対しては一般的ではないが。

「それはそうと、お腹空かない?」

「それはそうとってお前……空いたな、お腹」

「でしょでしょ!」

 またピョンピョンと飛び跳ねて喜んだ。一緒に食べるかとはまだ言っていないのだが、こんなに喜ばれて一人で行くのは気が引けてくるし、俺のペコリン度数も背中を押す。

 朝食はバイキングなので一人分余計に支払えば一緒に食べるのは可能だが。

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