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第十章 二人だけのイブの始まりに

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 ロビーにあるソファーに腰掛けて一人になっていた。

 ホテルの自動扉が開く度に冷たい風がロビーに舞い込み肌寒さを教えてくれる。

 生憎、上着は忘年会真っ最中の会場内に皆のをまとめて掛けられている。わざわざ取りに戻るよりかは肌寒さを堪えて今は一人になる方を優先するのは、腹ごしらえを済ましたのも大きな理由の一つでもあった。

 時折、会場からトイレに向かう社員の声が聞こえたりもするが、班が違えばお互いどこかで見かけたことある程度の認識なので、知らぬフリをしていても今後の支障に差し支えることは考えなくてよい。

 意気投合したのか以前から仲が良かったのか、男女連れ添ってトイレに行ったり、夜風に当たりに行く者達もしばしば。俺からすれば年配者に当たる人達はそれ、浮気か不倫に間違われそうな雰囲気だが大丈夫なのかと思ってしまう。ただそれまでで、心配したり詮索することはない。そんな他の社員に対して無関心だから課長に嫌味を言われ、内心ダメージを食らっているのだろうけど。

 酔ってもいないのに頭を冷やしたくてホテルを出た。

 国道沿いの街路樹へと風が揺れる。

 彩られた電飾が待ち行く人の心の暖かさに灯をともす。

 冷たい夜空も今日だけは温かく恋人同士を見守ってくれるのだろうか。

「寒っ!  治った風邪が振り返してくるわ!」

 センチメンタル気取ってズボンのポケットに手を突っ込んでジェームズ・ディーン宜しくで出てきたが、上着も無しでどうにかなる寒さじゃない。

 一人になりたい気持ちは何処に行ったか、会場内に戻って熱いコーヒーでも飲んで一刻も早く温まりたい。

「磐石君!」

「あーまのーさーん」

 どこかのパンチが効いた大泥棒の用な呼び方になったのは、地獄に咲いた華を見つけた心境に近くて浮かれたからかもしれない。

「やっと見つけた。もう帰っちゃったのかと思っちゃったよぉ」

「帰るわけないじゃんないじゃんじゃんじゃんじゃん、一人エコー」

「アッハハハ、やだもぉ」

 だいぶ浮かれている。ただ、天野さんに会うと自然と心にお花畑が出来てしまうのだ。今日は忘年会で堅苦しくないし、これくらいで丁度良いのだ。

 これも雪実のおかげ。

「一旦お開きの挨拶が終わったら隣の駅降りて待ち合わせましょ?」

「うん。わかった」

「じゃあ後でね。飲み過ぎないでね」

 小さく控えめに手を振りながら天野さんは駆けていった。

「現実じゃー!」

 食堂での約束が今日まで確約できるものはなかったのがようやくできたのだ。

 会場の外でそれを伝え終え急ぎ足で行くところをみると、やはり誰にも内緒なんだなと勝手に推測をする。

 言われなくても誰にも言わないのだけれどね。

「寒い!」

 ようやく中に入り、温かいコーヒーで心も落ち着かせた。

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