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第十章 二人だけのイブの始まりに

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「お待たせ」

「一緒の電車じゃん」

 本当は歩いて来た。同じ電車に乗った同僚に降りる所を見られた場合、天野さんに何か噂でも立ったら迷惑だと思い、時刻表を見て歩くことに決めた。途中走ったのだけど、勘づかれないよう息を整えて駅で待つ。ここで同僚が降りて来て見られたら努力虚しくなるのだけれど。

「磐石君、酔ってないの?  お酒強いんだ?」

「さっきは飲んでないんだ。食べるの優先してたから」

「そうなんだ。私は二杯も飲んじゃったよぉ」

 笑いながら天野さんは言った。若干テンションが上がってしまうのは仕方ないのだろうが、アルコールのテンションよりもコッチは二人っきりの二次会テンションの方が数倍上がっていることを証明させたい!  けどそれを証明させるとアルコールさえも蒸発してシラケさせてしまうだろうから、今はまだ抑え気味にしておこうと思う。

「天野さんは普段からお酒飲むの?」

「んー、飲んでも週末位かなぁ。友達とご飯行ったら飲んじゃうけどね、弱いからあんまし」

 良かった。酒豪で吐くまで飲まされても困るし毎日飲まなきゃやってらんないアル中でも困る。

「ここだよ」

 指差す電飾看板には『PRELUDE』と書かれていた。俺と天野さん二人の初デートの場所に相応しい名だ。それが例え『地獄の番人』でも『パブ・バクテリア』でも相応しいと思っていただろう。つまりはだ、店名はなんでもいいという結論に至る。どんな店名だろうが、ドンと来い。天野さんとの初デートを見守って俺とお花畑で二人手を繋いで回転しているのを想像しながら……。

「看板の前で突っ立ってないで早くおいでよ」

 二階への階段に登った天野さんは、電飾看板に照らされながら妄想にログインしていた俺を呼び起こした。

   ※

「いらっしゃいませ」

 黒のベストを着てオールバックの店員がカウンター越しに挨拶をしてくれる。

 まだ時間が早いのか店内は空いていて一番奥の席に座った。

 窓越しから少しだけ見える夜景を主張し過ぎない程度のこの場所は、天野さんが気に入ってるのがわかる気がする。

「何飲もっか?」

「じゃあ、カシスオレンジ」

「え?  意外。じゃあ私もおんなじのを飲もおっと」

 注文を聞いてくれて暫し待つ。その間はお酒の話を淡々とした。このような店に来るのは初めてだしお酒の種類も殆ど知らないという事を素直に伝えた。それによって天野さんが俺に持っていた印象が真逆だということがわかった。

「もっとこう、ジンとかスコッチとかキツイのを飲むのかと思ってた。私もお酒のことあまり知らないんだけどね」

 どこをどう見たらそんな印象になるのだろうか。落差が激しいと申し訳ない気持ちにもなる。

「じゃあ改めて、先日はありがとうございました」

「どういたしまして。乾杯」

 運ばれてきたカシスオレンジのグラスを持ち、乾杯をした俺の手は震えてぎこちないのがバレないようにするのが必死だった。
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