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第十章 二人だけのイブの始まりに

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「だーかーらー、あたしのー」

 スクリュードライバーを飲みほしテーブルの上に勢いよく置く。きちんとコースターの上に置けるのは良いのだが、グラスが割れないか心配になる。

「どこがー、好きなんだってぇ? えぇ?」

「だからぁ、何回も言ってるんですけどぉ天野さんの声が、好きなんですってばぁ」

「うへへへへー」

 時間が過ぎ、店の中もお客が増え賑やかになってきた。それぞれ自分たちの話に夢中なのでよっぽどでないと他人の話は聞こえてこないのだが、俺達の声は少々大きめになっていたのだろう。幸い奥の角にある席だったので迷惑を感じる客は今の所いないようで助かっているのだが。

 俺の天野さんに対する想いが本人を目の前にして膨張して抑えきれず、ついには気持ちを声に出して伝えてしまった。

 こんなことってあるのだろうか。妄想好きの癖が災いをもたらしたのだろうか、思考と言動の境界線に支障を与えたのだろうか。

 唯一の救いは、好きという想いが『声』に限定したことだろうか。言ってしまった直後の恥ずかしさといえば測り知れなかったくらいだった。

 まさか自分でも天野さん本人に言うなんて思ってもいなかった。

 当然、天野さんも同じ気持ちだったのだろう。

 いっぱい喋って笑って、三杯目のおかわりが運ばれてきた直後だったと思う。

 程よく酔ったのと妄想で気持ちがいっぱいになって『好き』って伝えてしまう。───

    ※

───「え? 私の声が?」

「あ、ゴメン。俺なに言ってんだよ、急に。ゴメン」

 天野さんに声が好きってつい言ってしまったことでしどろもどろになった。

「なんだか、照れちゃうね。けど……本当だったら嬉しいな」

「本当だよ。天野さんの声、すっごく好きで……あ、あの、あんまり気にしないでね。今の忘れて……」

「え? ドッキリなのこれ?」

「ハハハ、アハハハ」

 二人揃って笑い今の雰囲気に和やかさを呼び込んだ。

「もう、びっくりさせないでよ。罰として一緒におかわりするんだから」

 さっき運ばれてきたのを二人は一気に飲んで次のメニューを一緒に決める。

 俺は勿論、天野さんも急に言われた空気を変えたくてアルコールに逃げようとしたのかもしれない。

「次は何にする?」

「じゃあカルアミルク」

「へぇ、磐石君甘いの好きなんだね」

「まぁ結構好き」

「私の声とどっちが好き? アハハハハ、冗談よ」

 ほろ酔い気分でお互い、冗談を言い合える程になってて助かった。天野さんがソレをいじってくるとは想像もつかなかったけど更に好感がもてるようになり楽しい時間が過ぎて行った───

    ※
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