上 下
61 / 99
第十章 二人だけのイブの始まりに

06

しおりを挟む
「おい、磐石明! アンタはあたしの声が好きなの?」

「そうですぅ」

 お互い酔いは回って回って回る。

「固いわねぇ、名前の通り固い。ねぇ? 明くん?」

「なにが固いのかな、天野さん?」

「それが固いって言ってんの。あたしの声が好きなんでしょ? じゃあ詩織って呼んでよぉ」

「えぇ、じゃあ詩織さん……」

「うへへ。声が好き。声だけ……声以外は好きじゃない……あたしって声だけの女なのよ所詮! そうでしょ明くぅん」

 今度はテーブルに顔を伏せ泣き出した。

 俺も酔ってきてるので放置することも容易になる。

 今迄思ってた天野さんの印象とのギャップにかなり動揺もしているのだろうが、酔いとブレンドされて程よい気持ちにもなる。

「お待たせしました、バーボンソーダです」

 店員さんが天野さんの注文したお酒を持ってくる。急に起きてグラスを倒さないような遠慮された場所に置かれる。

「すいません……」

 ここだけ異様なテンションで申し訳ないと謝ると……。

「天野さん泣き上戸だからいつもこんな感じですし、いつものお連れさんも手なずけ慣れてますから安心してください」

「ハハハ」

 少し引きつった顔で店員を見送る。いつもこんな感じなんだと聞いて驚くべきか安心するべきか。当然今日までの天野さんに持ってたイメージとのギャップに驚いているが、これが飲んだいつもの姿なら今すぐ慌てなくてよいという一安心もある。

「あたしは男運が無いのよ、からっきし無い、全く無い全然無い」

 泣き顔を上げたかと思うと急に語り出した。

「そんなあたしの声が好きって言う明くんも、女運が無いのよきっと、絶対そうよ」

 女運かぁ、どうなんだろうか。

 確かに今まで女性との関係を持ったことはないが、それは俺がヲタクを全うして悪い身なりで過ごしてきたからと考えると、女運が悪いと決めつけるには早すぎる。

 もっと言うならば、出会う女性や付き合う女性がどうしようもないクズだったときに初めて運が無いとわかるのかも。

「身なりをイメチェンしてから天野さんと話すきっかけができて、今こうして二人居られるのは女運がいい方なのかも」

「ちゃんと詩織って呼んでよぉ」

「ご、ごめん」

「あたしと喋ってお酒飲んだだけで女運がいいだなんて、明くんわぁ、超控えめじゃないか!」

「えぇ、まぁ」

 一言喋り終える度にお酒に口づける。強いのか、弱いのか。

「控えめはダメよぉ。男ならもっとこう引っ張っていかなきゃ。あたしの元彼なんか控えめすぎてあたしのことなんか見えてなかったんだわぁぁぁ」

 また泣きだした。泣き上戸って本当にすぐなんでも泣くんだな。
しおりを挟む

処理中です...