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第十章 二人だけのイブの始まりに

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「元彼君はあたしのファンだって言うの。すっごいファンであたしのこと一番のファンだって言ってたのにぃぃ、あの野郎、他の女にも同じこと言いやがって!」

 今度は思い出し怒りである。おしぼりが窒息しそうな位握りしめている。店員さんに聞いたら泣くのと怒るのが繰り返されるって教えてくれた。

 いつも一緒に来てる友達は手なずけに慣れてることも教えてくれたが、それって男?  って聞きたいけど聞けない。

「デートしたって手も繋がないし、忙しいって言っていつも直ぐに帰っちゃうし、なんだかんだで最後別れ話の時なんて言ったと思う!」

「詩織さんと別れ話なんて、想像つきません」

「明くんは偉い!  良い子だぁ乾杯しよぉ」

 本日何度目の乾杯なのだろうか。初めて乾杯した時の胸の高鳴りと人生最高の幸せを感じたのが幻だったかのように幾度と乾杯を繰り返す。

 夢にまで見た天野さん……いや詩織さんとの乾杯から数時間で乾杯のバーゲンセールがあるなんて予想できるはずもなかっただろう。

「それでね、最後は『旬は終わった』ってこれだけよ。どーゆーこっとっなっのっよー!」

 今度はおしぼりの端を噛んで引っ張る。たったそれだけの言葉で別れを告げられたんだからわからないでもないが。

「旬が終わったってどういう事なんだろうね。あ……詩織さんの旬はまだまだ続くんだし」

「そうよ! あんのぉヲタク野郎は見る目が全く無いのよ。これだからヲタクって、わけわかんないのよー!」

「なん……だと……?」

 酔った脳みその目が醒める。元彼っていうのがヲタクだと……? しかもそのヲタクにわけわからずフラれてヲタクに対して印象が今最悪ってことでいいのか、いいんだよな。

 おいおい、その元彼ヲタクとやら、なにやってんだよぉぉぉ。ヲタクの評判を落とすようなことを勝手にしてんじゃねーぞ。

「で、なんのヲタクだったのかなぁ?」

「小僧よ!」

 坊やだからさ……。みたいなことですか? 違うよね。どういうことだってばよぉぉぉ! わからん。

 それより、俺がアニヲタだっていうことを言うタイミングを逃したら今後バレた時がヤバイ。いや関係が今後も続くのならばだけど。

 今、俺もヲタクだってカミングアウトすれば玉砕か、それとも続いていくならヲタクを隠さなくていいしヲタクを受け入れてくれてるってことだし……可能性低そうだけど。

 と、とにかくその元彼がなにのヲタクだったかによる。今はそれだ。アニヲタだったら俺は隠す。でないと言った瞬間、今の詩織さんならヘッドロックかけてくるに違いない。それはそれで嬉しいが。

「でね、自暴自棄になりそうだった時にカオル君がよく飲みに連れてってくれたのぉ」

 ちょっと待て。それってさっき店員さんが言ってた『手なずけに慣れてるお連れさん』のこと? カオル君ってやっぱり男じゃないかぁぁぁぁ! 今度は俺が泣きたい。

 自暴自棄な時期にカオル君が飲みに連れてってくれたって、詩織さん、君が何を言っているのかわからないよぉ。

「こここ違う店なんだけど、そこに出入りしてたバンドにこの間の男がいてさ……」

 そんな大昔のしかもあやかしなんて、もうどうでもいい! 名前も忘れたしそもそも付き合ってもないし、今はカオル君の方が気になるんだぁぁぁ。
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