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第十一章 夜明けのホワイトクリスマス

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「どうしたの?」

「慣れてお前のペッタンコの谷間が見えるのが気の毒でな」

「ひっどーい! 雪実だって結構満足する程あると思うんだけどなぁ」

 知ってる。昨夜の詩織さんのお蔭で桃尻どころか胸も充分であることが判明している。だから背を向けたのだ。

「それでも、こっち見ないなんてお兄ちゃん、シャイなんだね」

「うるさーい」

「まぁ詩織さんの第一印象のシャイはヲタク特有の脳内会話と勘違いしてわらわのお蔭で場を取り持ったって言うのは内緒にしといてあげる」

 ぐうの音も出ないが真実である。

 少しの沈黙の後、後ろでポチャンと湯船の音がしたかと思うと柔らかい感触が背中に密着してきて腕は前に廻してきた。

「お兄ちゃんともう少しだけ一緒に居てもいいよね……?」

「あぁ、正式に付き合ってはいないからなぁ」

「カオル君が間に入ってなかったら、今日二人は付き合ってたのかな? そう思ったら……このお風呂は浮気になっちゃうね」

「今でも知られたら充分怒られる関係なんだぞ」

 そう、カオル君が止めなかったら俺と詩織さんはどうなっていたのだろうか。ちゃんと付き合いたいって俺も言ってないかもしれないからなんとも言えないな。

「本当はこんなに長くお兄ちゃんと一緒に居られると思ってなかったの。今日二人が付き合ってたら今夜にでも出て行かなきゃいけなかったしね。二人を応援してるのに今夜も一緒に居られるのを幸せに思う雪実って、悪い子だよね……」

 背中に顔を埋めてそっと雪実は語った。小さく細い声が風呂場に響き、壁に滴る水滴を見ながらも神経は背中に集中しているのを悟られないか心配だった。

「けどね、もう詩織さんと付き合えるかはお兄ちゃんの結果次第だから、雪実の役目はもう終わってるの……」

 俺は何も返事をしなかった。いや、できなかった。雪実が何を言っているのか頭に入ってこなかったからだ。

 背中に当たる二つの弾力性と僅かな突起物のような感触が脳神経を破壊しているのだろうか。いや、背中の感触も脳で感じるはずだから破壊はされていないはず。

 間違いないのは雪実がとてもとても大事な話をしているのに、それを全く聞いてないので返答が思いつかない。

 逆に背中に神経を集中してなければこの場を立ち去ることも可能だったのかもしれないが、生憎身体が反応してしまい湯船から立ち上がることもできない。

 おそらくだが真剣な話をしているのにも拘わらず身体の一部が反応しているなんて。バレないように背を向けて移動してもぎこちない。まじまじと見られるわけでもないし風呂場は相変わらず暗闇だとしてもだ。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか、無言のまま雪実はずっと抱きついて顔を埋めていた。

 ポチャンと音がするとようやく雪実は口を開いた。

「……あっち向いてるからお兄ちゃん先に出ててよ。洗ってから出るから」

「うん……」

 助かったと呑気に俺は思っていた。

 俺と雪実のホワイトクリスマスは熱い風呂場で幕を閉じる。
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