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第十三章 ひとりぼっちの温泉旅行
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女将の話を聞きながらこの旅館で検索をしていて見つけたのが、とあるアイドルのブログだった。
お忍びで来たのだろうか、不満を書き込んであやかしに襲われそうになって逃げだしたとまで書いてある。
「これ、誹謗中傷というか名誉棄損じゃないんですか?」
「じつはねぇ、うちの若いスタッフも何人かあやかしを見たって言って辞めていった人もいるのよ」
お客も減りスタッフも辞めていく。悪循環によって閉館という形に流れていく。
「奥の方は平気なんですか?」
「あぁ、トメさんね。先代の時から働いてくれててご主人を若くに亡くしてからは住み込みで働いてくれてるの」
片付けのメドが立っていたのかこちらを向いて厨房からお茶を飲んでいた。
「あやかしなんかにビビッてたら戦争なんてできやしないよ」
流石戦前生まれ。と、見た目で勝手に決めてるけど失うものがもう何も無ければ怖いものもないのかもしれないと失礼な事を思ってしまう。
あやかし……確かに普通の人からすれば怖いよな。あやかしが人助けをするなんて漫画の中だけの話で、幽霊のように実在しないものであっても恐怖心が生まれると人は寄り付かない。
「けどこれ、あやかしを退治したら解決するんじゃないのかな?」
「この噂が無くなるのを待ってたらもっと私達の身体が動かなくなっちゃうわ。第一あやかし退治だなんて、面白い事言うのね磐石さんは」
「俺……」
言いかけて止めた。どんなに親しくしてくれていてもそれは上辺だけの場合もあり、本心は誰にもわからないものだ。あやかしを退治できるだなんて眉唾ものだろうし、現実あやかしによって閉館に追い遣られているのだから実はグルだっただなんて思われる可能性もあるだろうし。
「昔ね、まだ子供の頃手伝いが嫌で逃げ出して裏の山で薄暗くなるまで遊んでた時にね、帰り道がわからなくなって泣いてた時があったの。その時に助けてくれた人がいてねぇ。私より幾つ年上だったのかしら、宿泊に来てるお客さんの息子さんだったのだけど丁度この時期、それから三年間毎年泊まりに来てくれるのが楽しみでその為に一生懸命お手伝いしたわ」
女将は空になった湯呑を撫でながら嬉しそうに語る。後ろからトメさんが湯気の出ている急須をもって来て注いでくれた。
「その時、こんなところでなにしてるの? って聞いたらその人、なんて答えたと思う?」
お前こそ何してんだって言うかもと思ってしまった。こういうところが思いやりに欠けるというか人付き合いの下手くそな部分なんだろうな。近所とは言え薄暗くなった山の中で一人迷子の幼い女の子からしたらナイト様だろうに。
「そしたらその人、『お前こそ何してんだ!』って言うのよ。可笑しいでしょ」
「え、えぇ」
奇特な人だ。いや笑ってる女将も奇特というか懐の深い人なんだろうけど。何十年も前にも思いやりの欠片も無いようなことを言う人がいたんだな。いくら俺でも頭には浮かんでも実際には言わないぞ。
「旅館までその人の後ろをついて行ったのだけどね、帰路の途中で弓を打つような動作をしてるの。変でしょ? そしたらその人、あやかしを退治してるって言うのよ。今の磐石さんと同じだなって」
「ホントですか?」
「私にはあやかしも弓矢も見えないから今で言う、エアー弓道って感じでね。あぁこの人こんな事して私を笑わそうとしてるのだわって思ったの」
いや、それマジですよ女将。そんな間抜けな事をしてる一般人はいないですよ。予想できるのは俺と同じ能力を持った人間が他にもいるということか……。
「私の淡い初恋。磐石さんのお蔭で甘酸っぱいあの頃を思い出したわ」
「その人……名前、憶えているのですか……?」
「えぇ勿論。総一郎さん、沖田総一郎さんって言うのよ。素敵な名でしょ」
お忍びで来たのだろうか、不満を書き込んであやかしに襲われそうになって逃げだしたとまで書いてある。
「これ、誹謗中傷というか名誉棄損じゃないんですか?」
「じつはねぇ、うちの若いスタッフも何人かあやかしを見たって言って辞めていった人もいるのよ」
お客も減りスタッフも辞めていく。悪循環によって閉館という形に流れていく。
「奥の方は平気なんですか?」
「あぁ、トメさんね。先代の時から働いてくれててご主人を若くに亡くしてからは住み込みで働いてくれてるの」
片付けのメドが立っていたのかこちらを向いて厨房からお茶を飲んでいた。
「あやかしなんかにビビッてたら戦争なんてできやしないよ」
流石戦前生まれ。と、見た目で勝手に決めてるけど失うものがもう何も無ければ怖いものもないのかもしれないと失礼な事を思ってしまう。
あやかし……確かに普通の人からすれば怖いよな。あやかしが人助けをするなんて漫画の中だけの話で、幽霊のように実在しないものであっても恐怖心が生まれると人は寄り付かない。
「けどこれ、あやかしを退治したら解決するんじゃないのかな?」
「この噂が無くなるのを待ってたらもっと私達の身体が動かなくなっちゃうわ。第一あやかし退治だなんて、面白い事言うのね磐石さんは」
「俺……」
言いかけて止めた。どんなに親しくしてくれていてもそれは上辺だけの場合もあり、本心は誰にもわからないものだ。あやかしを退治できるだなんて眉唾ものだろうし、現実あやかしによって閉館に追い遣られているのだから実はグルだっただなんて思われる可能性もあるだろうし。
「昔ね、まだ子供の頃手伝いが嫌で逃げ出して裏の山で薄暗くなるまで遊んでた時にね、帰り道がわからなくなって泣いてた時があったの。その時に助けてくれた人がいてねぇ。私より幾つ年上だったのかしら、宿泊に来てるお客さんの息子さんだったのだけど丁度この時期、それから三年間毎年泊まりに来てくれるのが楽しみでその為に一生懸命お手伝いしたわ」
女将は空になった湯呑を撫でながら嬉しそうに語る。後ろからトメさんが湯気の出ている急須をもって来て注いでくれた。
「その時、こんなところでなにしてるの? って聞いたらその人、なんて答えたと思う?」
お前こそ何してんだって言うかもと思ってしまった。こういうところが思いやりに欠けるというか人付き合いの下手くそな部分なんだろうな。近所とは言え薄暗くなった山の中で一人迷子の幼い女の子からしたらナイト様だろうに。
「そしたらその人、『お前こそ何してんだ!』って言うのよ。可笑しいでしょ」
「え、えぇ」
奇特な人だ。いや笑ってる女将も奇特というか懐の深い人なんだろうけど。何十年も前にも思いやりの欠片も無いようなことを言う人がいたんだな。いくら俺でも頭には浮かんでも実際には言わないぞ。
「旅館までその人の後ろをついて行ったのだけどね、帰路の途中で弓を打つような動作をしてるの。変でしょ? そしたらその人、あやかしを退治してるって言うのよ。今の磐石さんと同じだなって」
「ホントですか?」
「私にはあやかしも弓矢も見えないから今で言う、エアー弓道って感じでね。あぁこの人こんな事して私を笑わそうとしてるのだわって思ったの」
いや、それマジですよ女将。そんな間抜けな事をしてる一般人はいないですよ。予想できるのは俺と同じ能力を持った人間が他にもいるということか……。
「私の淡い初恋。磐石さんのお蔭で甘酸っぱいあの頃を思い出したわ」
「その人……名前、憶えているのですか……?」
「えぇ勿論。総一郎さん、沖田総一郎さんって言うのよ。素敵な名でしょ」
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