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第十三章 ひとりぼっちの温泉旅行

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「長湯でしたね。温まりましたか?」

「えぇ、景色を眺めてたらいつの間にか遅くなってしまって」

 あやかしを成敗するのに時間を費やしていたなんて言えなく、お蔭で身体が完全に温まりきっていないのだ。

 それでも出された食事のすまし汁で身体の中から温めることができた。相変わらずどれもこれも美味しい料理である。こんなに美味しく良い温泉もあるのに閉館するのが悔やまれるものだ。

 半分程料理を平らげたところで女将の藤原さんがやって来た。

「御一緒、宜しいでしょうか?」

「ええ、勿論ですとも」

 厨房には高齢らしき女性が一人で仕事をしていた。女将はめどをたてこちらに来て急須でお茶を淹れる。

「寂しいですね」

「いつもこんなもんですよ」

 俺は閉館がという意味で言ったのだが、客が俺しかいない食堂の意味に取られたようだった。だがこの現状が閉館に繋がったのだろうと思うのは容易な事だった。

 先月、雪実と初めて会ったあの時もそういえば他のお客も少ないような気もする。その時は貸切のように周りが騒がしくないことに利を得ていた気持ちだったが、経営者からすれば死活問題である。

「なんかずうずうしく来ちゃって構わなかったのですかね?」

「勿論ですとも、その為にご招待してるのですから。今まで御贔屓にしてくださったお礼ですよ」

「閉館の理由って聞いても良いのですか? 無理にってわけじゃないんですけど折角気に入ってた旅館だし、惜しいというかなんというか」

「まぁ有難う御座います。そう言って頂けると主人も喜びます。ただ、私達は子供が出来なかったので跡取りもいませんしいつかは私達の代で閉めなければいけないって気持ちはあったのですよ」

 女将の藤原さんは淡々と言ってくれた。正直しんみりした感じになると覚悟していたので助かった。

「先日、主人がぎっくり腰になってしまってねぇ。あんなに威張ってたのにいざ病人になったら気が弱々しくなってしまってねぇ」

 その時の主人を思い出したのか、口に手を当てて大笑いをしたので釣られて笑ってしまった。

 若い時は死ぬまで続けると豪語してた主人も歳には勝てず、引き際を考えていたようだが女将はなんだか腑に落ちていない感じで話を続けた。

「昔と違って今はインターネットで予約されたりしてくださる方も増えたのですが、あらぬ噂が広まってるみたいなのでね……」

 お茶を啜りながら遠くの方を見ながら女将は続けた。

「どうも……あやかしに憑りつかれた旅館って書き込みが増えてるみたいで……なんだか最近予約のお客様が減ってきたのはそれが原因と思ってるの。磐石さんお若いからそういうのに詳しいのかしらと思って」

「あやかし……?」

 スマホを取り出し、トラベルサイトの評価欄を検索すると確かに星が一つの評価もあり、内容にはあやかしを見たなどの書き込みも目立つ。

 こんな口コミが広まったら新規のお客さんは勿論、常連客も二の足を踏んでしまうだろう。

 ネットを利用しない年配客でも子供等に口添えされると利用も控えるかもしれない。

 そもそもこの書き込みが本当なのかどうなのか。ネットの恐ろしいところは嘘偽りでも広がればそれが真実の様に蔓延するところがある。一度付いた噂を払拭するのには相当の時間と労力が必要になってはくるだろうが。

 悲しいことに、女将達の引退を考えているタイミングでこんな噂でお客が遠のいてしまったから閉館という選択になったのだろう。

 どっちにしても閉館していたのだろうか、こんな形で閉館を余儀なくされることが許されないのだろうか。

「いつからこんなになってきたのですか?」

「この一年位暇になったなぁと思ってて半年前から段々と減って、磐石さんが来られた後からは途中で変えられるお客さんもいてバッタリと……」

「これか……」
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