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第十三章 ひとりぼっちの温泉旅行

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 どんよりとしてるが夜空を眺めながら冷えた身体は喜んでいるのだろう。

 温泉に浸かりながら何もしたくない気持ちになってくる。この気持ちは身体からの休ませろメッセージらしいのだが、身体に鞭打ってやらなければならない時もあるし、全部後回しにして何もやる気が起こらない時もある。身体は常に休憩を求めてメッセージを出してくるようなので毎回聞いてたらダメ人間になってしまうのだろうが、今だけはそうなっても良い気持ちの良さである。

 バイクで寒い中、苦労して来た甲斐があるというものなのだろう。バイク好きが年中ツーリングをする気持ちが少しだけわかった気もするが、この温泉というご褒美がなければわざわざ寒い中を走るというのは無理かもしれないが。

「あー、やっぱり思い出すよな」

 貸切状態の温泉で独り言を言ってしまう。今までならそんなこともなかったのかもしれないが今の心情は寂しさが勝ってしまっているのだろう。

 たった二ヶ月も経っていないのに、初めて雪実を見たのがこの温泉なのだから思い出さない方がおかしく、病院行ってお薬貰わなければならないのだろう。

 意図してではなかったけど、初めての出会いは温泉で最後の夜も一緒にお風呂に入ったのって、なんだか笑える不思議さだな。

 湯船に浸かりながら一人で笑ってしまったが恐らく誰かに見られていたらキモイと言われるのだろう。

 つまり一人で笑うのがキモくて、それを見られてもキモイというどっちにしてもキモイということか。

 イメチェンしても原型までは変えないのだから湯船に浸かった素の状態では元のキモヲタが出てしまうってことか。見た目の悪いヲタクはつらいよ。

 笑っただけなのに自分で自分をキモいとか言ってる自分になんだか腹が立ってくる。せっかくの温泉なのに気持ち良く浸りたいものだと夜空を見ながら頭の中を真っ白にしようとした。

 暫くすると、塀の向こう側から木々の揺らぐ音が聞こえてくる。風も吹いていないので明らかに不自然であった。案の定というか予想通りあやかしが塀を越えて温泉に入ろうとしてきたのだった。

「よっ」

 温泉に浸かったまま弓矢を出してそのままあやかしを射止める。矢を貫かれたあやかしは浄化され光の粒になって消えていったが、事情を知らない別のあやかしが塀を飛び越えてきた。

「八つ当たりがしたいと思ってたから、引き寄せの法則でも発動したのかな」

 何の根拠もない法則を信じる俺は密かにあやかし成敗を待っていた。落ち込んでいる自分の気持ちになんの整理にもならないが、唯一の特長であるあやかし成敗で気を紛らわしたかったのだ。ただ、二匹も同時にやって来るなんて出来すぎた話と思い、寒さを堪えて立ち上がり塀の外を眺めることにした。

「いるなぁ」

 少し遠目だったが彷徨いているあやかしに矢を放った。

「やっぱり弓道部に入ってたら俺の人生変わってたかなぁ」

 弓矢の扱いには長けていたが、リア充っぽい雰囲気のあった弓道部には近づくことさえもできなかった高校時代を思い出してしまう。この悔しさをぶつける為、寒い中あやかしを探しては湯船で温まる行為を繰り返していた。
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