魔女のお茶会

さとうとしお

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アメリカの令嬢、噂に恋をする

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朝のニューヨークは、目覚めの悪い巨人みたいにうめきながら光を伸ばしていた。

その巨大な光の渦のなかで、テティス・光明寺・ハーストは両手でスマホを支え、目を輝かせていた。



「なずな、見て。ほら、ほらほら! “魔女のお茶会──参加条件は容姿端麗であること”だって!」

声だけは、春の鳥みたいに明るい。



背後から、重い瞼のような溜息が落ちた。

「……朝イチで、またそれ?」

服部なずなが伸びをしながら近づく。

長身でしなやか、どんな角度から見ても“きれいに整いすぎた影”を纏っている。

テティスとは対照的に、都会の空気に慣れた落ち着いた人間の形だ。



「だって!」

テティスは、画面を食い入るように見つめる。

「ネットで毎夜ひそひそ噂されてるの。美しい人だけが招待される魔女のお茶会。

出された魔法のお菓子を一口食べると、運命が変わるって……ほら、素敵じゃない?」



「都市伝説にロマン感じすぎだ」

なずながコーヒーのカップを差し出しながら呟く。

「テティス、見たら分かる。文章の端から“怪しい情報商材”の匂いしてるから」



テティスはむっと頬を膨らませる。

「むしろ怪しいほど本物っぽく感じない?」



なずなは顔を覆った。

その反応すら、テティスにとっては宝物のように見える。



二人が立つオフィス街のガラス張りビル群には、朝の光が乱反射していた。

隣のビルの上で、獣のような影が彼女たちをじっと見つめていた。

風に尾だけを揺らしながら、静かに観察する影。

テティスはもちろん気づかない。



彼女の視線は、手の中のスマホの噂話に囚われ続けている。



「ねえなずな。“美しい者だけが招待される”って、私は条件クリアしてるかな?」



「……そうだな、私の母国の何とかちゃん人形にそっくりだからクリアしてるかもな。」

なずなが、ぽんとテティスの頭を軽く叩いた。

その自然な仕草が、

“この子をまともな方向へ導けるのは自分だけだ”

という覚悟にも似た諦めにも見えた。



「お人形さんみたいってこと!?バービーみたいな?」

テティスは笑った。

彼女の笑顔には、家族に相手にされなかった日々の影が薄く混ざっている。

それでも、世界を信じる光だけは消えずに残っている。



「ねえ、もし本物のお茶会があるなら……私、絶対に招待されたいの。

だって魔女に会えるかもしれないんだよ? 本物の魔法使いに!」



なずなは答えず、ただ横顔を眺めた。

テティスのその熱が、良い方向へ向くことを祈りながら。



彼女たちの足元に、ビルの影がゆっくりと伸びる。

その影の端で、先ほどの“何か”が音もなく移動した。

テティスには一生気づけない距離で、運命の歯車が静かに噛み合い始めていた。



退屈な「パパに頼まれた大企業のご子息とのデート」からテティスは帰ってきた。今日も人狼と吸血鬼の話をまくし立てて、相手を困惑させて、丁重にお断りされてきたが、テティスは一切気にしていなかった。

ハースト家の邸宅は、ニューヨークの雑踏から切り離された“無音の箱”のようだった。

高い天井と磨きすぎた床は、どれだけ歩いても自分の気配だけが返ってくる。



テティスが玄関をくぐると、冷たい空気が迎えた。

執事たちの礼儀正しい声は、必要最小限の機械のような響きだ。

ここには温度がない。



「……今日も、お父様たちは?」

テティスが聞く。



「ご主人様はお仕事で外出中、奥様はご友人のパーティへ。

ご兄弟はそれぞれ会議に戻られています。」

執事は淡々と告げた。



テティスはうなずく。

表情は明るいが、その奥にある揺れは誰にも拾われない。



彼女の母、光明寺あけみの写真は廊下の隅にだけ残されていた。

ほこり一つないのに、誰も見ていない。

その静けさだけが、テティスを毎日少しずつ締め付ける。

「ママ…ただいま」

そこなずなが、声をかけた。

「お嬢様、おデートはいかがでしたか?」

テティスはニヤッと笑って、

「僕たちはまだ出会うのが早すぎたようだ…ですって」

とほくそ笑んだ。

「…旦那様たちはまた留守なのか」

なずなが聞いた。



テティスは苦笑いをしながら答えた。

「そう、私と違って忙しいみたい。」



なずなは室内を軽く見渡す。

「ここ来るたびに思うが……、空気が上品すぎて私の声が反響してる気がする」



「なずなの声、好きだからいいよ!今度ここでカラオケでもしちゃおうよ!」



「また旦那様と奥様にお嫌味を言われるぞ」



そんな他愛ないやり取りの裏で、

二人を屋敷の外からずっと見ていた“影”が、庭の奥で体勢を変えた。

男だ。

常人には見えないほど遠くから、獣の視線で、二人を観察している。



なずなだけが、ほんのかすかな“違和感の揺れ”に気づいた。

背筋をひとすじの冷気が通り抜ける。



「……テティス、最近さ。なんかついてきてる気、しない?」



テティスは首をかしげる。

「え? ハト?」



「いや、もっとこう……存在感のある何か」



「ホラーの見過ぎだよーなずな!この家はセキュリティすごいから大丈夫っ!」



なずなは眉をひそめる。

彼女の直感は、格闘技で培った“危険察知センサー”だ。

外れたことがない。



ただ、テティスの前では強く言わない。

彼女が怯える顔を見たくないから。



テティスの部屋は、社交界の娘らしさと子どもっぽい好奇心が混ざった空間だった。

棚には未開封の高級ギフトと、なぜか骨相学の本やオカルト雑誌が仲良く並んでいる。



なずなが雑誌を手に取ってため息をつく。

「……“特集:魔女のお茶会に行った者の証言(全員行方不明)”俺の姉がメールで通知を受け取り、指定された場所に行ったっきりもう5年も帰ってこない。同じ被害者の情報求む…

これ、悪い意味で笑えないやつだよ?」



テティスはベッドに寝転びながらスマホを掲げ、ほわっとした声で言う。

「でもほんとに魔女がいたら、私……会ってみたいんだよ」



「なんで?」



テティスは少しだけ目を伏せた。

「……魔法って、シンデレラをお姫様にしちゃうみたいに、世界を変えてくれるじゃない?夢があるわ!私もいつかここじゃない世界に行きたいな…」



なずなはその横顔を見つめ、胸の奥が少し痛んだ。

彼女は誰よりも人に優しいのに、家族には届いていない。

テティスが魔法に憧れるのは、世界から“居場所”をもらいたいからだ。



「ねえ、なずな」

テティスがふっと笑う。

「私がいなくなったら、探してくれる?」



「当たり前でしょ。世界の果てでも連れ戻すよ」

なずなが拳を握る。



テティスの頬がゆるむ。

それだけで、今日の寂しさが少し薄れる。

なずなが帰ったあと。

屋敷がまた無音の箱に戻った頃。



テティスのスマホが、勝手に点灯した。



通知音は鳴らない。

画面には、見覚えのない送り主。



“The Witch’s Tea Party – Preliminary Invitation”

《魔女のお茶会・第一次招待状》



テティスの喉が震える。



「……え?」



スマホの画面が、ゆっくりと文字を描き始める。

誰も触れていないのに。



《あなたの美しさを確認しました。

あなたを迎えに行きます》



その瞬間──

庭で潜んでいた男が、まるで合図を受けたかのように姿を消した。

追跡ではない。

“監視対象の準備が整った”という知らせだった。



テティスはまだ気づかない。

自分の人生が、今確かに“魔物たちの回転盤”の上に乗ったことを。
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