孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

84.孤独の魔女とデルセクトでの平和な一時

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五大王族…それはデルセクトを支える五つの柱の事である、五人いるから五大王族なのではない、デルセクトを支える柱の席が五つある と言ったほうが正しいのかもしれない

事実、その一角であったアレキサンドライト家がその権威を剥奪され 五大王族の座を失って尚、五大王族の名称は五大王族のままだ

これは今に始まった事ではない、五大王族制度成立はデルセクト同盟黎明期にまで遡る、並み居る国々を魔女一人で収め纏めるのは至難の技であった 故に魔女の下に五つの王家を挟み その王家に権力とある程度の発言権を与えることにより、数々の王家を魔女に代わり束ねさせるという立場 それが五大王族の始まりである

その制度はいつしか形骸化し、今ではただ単に偉い者 王族の中でも際立って力を持つ者を指す言葉に変わってしまったものの、制度自体に変わりはない

五大王族に欠員が出た場合、魔女が他の王族を新たに五大王族に格上げすることにより穴を埋めるのだ、こう言った自体は稀にある 最近ではマルガリタリ王国がアレキサンドライト家によって没落し五大王族の座を奪われた時もまた この制度が利用された

そして今度はそのアレキサンドライト家が没落、当主のソニアが明確な同盟に対する裏切り行為を働いていたこともあり、クリソべリアはその力を大きく削がれる結果に終わった

つまり空いたのだ、席が 一つ ぽっかりと…今デルセクト内はもうそりゃあとんでもない騒ぎだ、いきなり空いたその席を奪い合う為 同盟内の国々が権力争いという名の椅子取り合戦に勤しんでいるのだから

五大王族の一角に任命されれば 他の国王達と一線を画す存在になれる、何せ魔女の後ろ盾を得られるのだ 同盟内限定ではあるが 同盟の中であれはどんな活動も口出しされず許される、ソニアのように連合軍の銃火器製造を行えるし ザカライアのように鉄道事業を手中に収められる

……五大王族になればなんでも出来る、そんな夢のような話を盲信し 同盟に所属する国々は今てんやわやの大騒ぎというわけだ

「くだらねぇ、言うほどなんでも出来るわけじゃねぇのにな」

ため息をつきながら 机に頬杖をつく男 ザカライアは呆れ返る、彼もまた五大王族スマラグドス家の当主だ

アルマース家 カルブンクルス家に並ぶほど歴史ある王族であり、かれこれ一千年ほど五大王族を務めている名家である

「五大王族って言っても なったからって言っていきなり領土が増えるわけじゃねぇ、金ももらえるわけじゃねぇ、五大王族になるような家は元々金も領土も持ってるからな、今同盟内でワサワサ動いてる小国共じゃあどうやったって五大王族になんかなれねぇよ」

小国達やつい最近同盟に加入した国は少しでも自分達の足場を固めようと 少しでも権威を手に入れようと五大王族入りの為 あれこれ活動してるらしいが、結局のところ 最初から権威も金も持ってるところしか選ばれない

無駄な足掻きとでも言おうか…、多分ソニアの後釜の席もマルガリタリ家かオレイカルコス家辺りがうまい具合に座り込むだろう

「つまり何が言いたいんですか?ザカライアさん」

エリスは聞く、いきなりメルクさんの家に上がり込んでくるなり、場末の酒屋のように酒を飲みながら愚痴をこぼすザカライアさん相手に、いきなり五大王族云々の話を聞かされても困るのですが

「最近同盟内の小国共がやたらと絡んで来てうぜぇ、我が国を五大王族にって…俺に言うなよな…」


奇遇だ、今エリスも同じことを言おうとした 、それをエリスに言うなと


…メルクさんがフォーマルハウト様に弟子入りしてより一週間、エリスと師匠はザカライアさんの国から馬車が届くまでの少しの間、メルクさんと家に変わらず居候することとなっていた

とはいえエリスはもう執事ではない、この家にご奉仕する理由はない、かといって居候しておきながらグータラする程厚顔でもない、という事で 今も変わらずメルクさんの家の家事を担当しているのですが

今日は珍しくザカライアさんが真昼間っからメルクさんの家に上がり込んで来たのだ、いつもなら晩御飯時にしか現れないのに…、メルクさんが今仕事に行っているのは知ってるだろうし 多分エリスに話をしに来たんだと思う

「ザカライアさん、ここは愚痴を零す酒場じゃないですよ」

「酒場でこんな愚痴吐けるかよ」

そりゃそうだ、件の五大王族様が酒場でクダを巻く訳にはいくまいよ、だからって人の家でそれやっていいかっていうとそれはまた別の話だ、法律が絡むタイプの別の話

「ってか今日お前一人かよ、例の師匠はどうしたよ、いねぇのか?」

「師匠は今日フォーマルハウト様のお茶会にお呼ばれしたのでそちらに、エリスは呼ばれてないのでお留守番です」

なんでも昔を懐かしむ為 二人きりで話がしたいのだとか、レグルス師匠はスピカ様やアルクトゥルス様の時みたいに変に意固地にならず自然体でフォーマルハウト様と付き合えている気がするし、案外あの二人の相性はいい方なのかもしれない

「お利口な弟子だねぇ、師匠は茶会に行ってるってのに、お前は家でお仕事かよ、真面目だねぇ」

「真面目ですとも、ザカライアさんみたいにお仕事しないわけじゃありませんよ」

「俺だって最近は仕事してら、…前よりは」

あんまり信用ならない言葉だな、前って 前は全くやってなかったじゃないか、現に彼が他国に遊びに行ってもスマラグドス王国は回っている、あんまり王様として信用されてないんじゃないか?、この人も真面目になれば頼りになる人なのに

「丁度いいや、表出て飯でも食い行こうぜ、たまにゃご馳走させろよ、奢るぜ」

「え、でもエリスお仕事が…」

「仕事っても家事だろ?、人一人住むだけの家にそんなに大量に家事があるとは思えねぇー晩飯の買出し序でにでいいから付き合えよ、どうせ数週間後には旅に出るんだろ、ならその前に少しでもデルセクトで思い出作ってけよ」

確かに、エリスのデルセクトでの印象はあんまり良くない、ゆっくりできる時間というのもあまりなかったし…

何より彼の言葉で思い出すのはラグナの言葉、国を誤解されては困るから 良い面も見ていけ というやつだ、ラグナもそう言ってエリスにご馳走してくれたし…ここは

「分かりました、じゃあ晩御飯の買い出しのついででよければ…」

「よっし、決まりだな 一人で飯食うのも寂しかったし丁度いいってもんだぜ」

そう言いと彼は机から立ち上がり 飲んだお酒をそのままに外に出ていく、…全く 彼が来るとせっかく片付けたテーブルの上が汚れてしまう、まぁ 賑やかだから別にいいけどさ

エリスもエプロンを畳んで彼の後に続く、思えば こうやって私服で遊びに繰り出すのはデルセクトに入った時以来か…

…………………………………………

「相変わらず外は従者でごった返してますね」

「お前もちょっと前まではその一員だったろ」

ミールニアの街並みをザカライアさんと一緒に歩く、周りを見回せば従者従者…この街は相変わらずだ、だが変わった点といえば 道行く従者達がエリス達にか道を譲ってくれる点か、エリスも有名になった…

…わけじゃない


「ザカライア様だ…」

「絡まれる前に離れよう…」

「なんでこんなところに…」

完全に腫れ物を見るような目で見られてる、ザカライアさんがだけどさ…

彼は五大王族であると共にその口調からソニアさんに次いで恐れられている、彼の口調や態度粗暴かつ乱暴、そのチンピラスタイルは彼の立場も相まって余り親しみやすい感じではない、実際付き合ってみると義理堅く友情に熱い男ではあるのだが…

エリスも彼とこうやって親しくなる前まではあまりいい印象を抱かなかったし

「ザカライアさん、怖がられてますよ 、やっぱり普段の行いとか改めたほうがいいのでは?」

「今更あからさまに態度変えたほうが気味悪いだろ」

「そりゃそうですけど、ザカライアさん 周りに思われているような人じゃないでしょう」

「別に、…こうやって怖がられんのは慣れてるし、何より 俺が恐れられてるのは この態度になる前からさ」

「前から?ベオセルクさんの真似をする前から怖がられてたんですか?」

「おう、…俺の親父があんまり人に好かれるタイプじゃなかったのさ」

親父、ザカライアさんの先代のスマラグドス王か、そういえばあんまり話を聞いたことがなかったな、ザカライアさんは比較的若い部類に入るのに それでも王だ、ソニアさんも若かったがこれもまた若い…

「親父は厳しい奴でな 、他人を縛るのが好きだったのさ」

「え、ソニアさんみたいに痛めつけるのが好きだったんですか?」

「馬鹿、物理的に縛るわけあるか、勅令や法案で縛るのが好きだった…いや それがより良い国作りに繋がると本気で信じてたのさ」

勅令でか…、あれこれと細かく法律を決める国はそこそこある、それが良い方に向かっているか悪い方に向かっているかまでは知らないが、中には民の暮らしにまで口出しする王もいるらしい

「無駄話をするより仕事をしろ とか 他国の酒ではなく自国の酒を飲め、とか…肉じゃなくてジャガイモ食えとか、そういう勅令出しまくっててさ、中には私のことを好きになるように なんて法まで作ったんだぜ?、笑えるだろ?」

笑えないよ、そこで生きてる国民はどんな気持ちだったんだろ…食べるものまで国王に口出しされるなんて、しかもそれが罷り通ってしまうのだから恐ろしい…

「親父が街に視察に出れば みーんな走って逃げ出すくらいには嫌われた、…というか俺も嫌いだった!今だからいうけど嫌いだった!、嫌な奴でよ!俺が本読んでたら取り上げて『そんな事では強い王になれん!』だってよ!あーあ 嫌だった、早死にしてくれてせいせいするぜ」

「そんなこと言うもんじゃありませんよ」 

「ん?そっか…でもまぁそういうのも相まってよ、親父の後継である俺を見る目は最初から厳しくてさ 、だから まぁ…嫌われてんのは最初からかな」

なるほど、確かに彼が真面目に仕事しても 周囲はいつ父親のように周りを縛りか始めるかと肝を冷やして彼を見るだろう、彼の今やっている放任主義はある意味国民にとってはありがたいことになのかもしれない

まぁ仕事したないことを正当化するわけじゃないが

「でも、だったら周りに好かれるような王様になればいいじゃないですか」

「阿呆らしい、それこそやる意味ねぇだろ…はいこの話はやめやめ、ほれ そろそろ飯にしようぜ」

この話はやめやめと彼は手を叩き、近場のレストランを指差す、ん?あれ?この店見たことあるぞ

「この店確か美味かった筈だぜ?、ここにしよう」

「ここって…確かすごく高いところじゃ」

そう、確かこの店はエリスが始めてミールニアに入った時、グロリアーナさんに紹介された店だ、聞かされた値段は目ん玉飛び出るくらい高かったはず…いくらお金に余裕があっても あんなところ、とても入れない

「高いか?、こんなもんだろ」

「どんなもんですか、エリスあんまりお金持ってませんよ?」

「大丈夫だよ、『俺はザカライアだ』って言えばタダになるし」

最悪じゃないか、奢るってそういう意味なの?だから嫌われてるんじゃないんですかね!

「とにかく嫌です!、そんなことしてまで高いご飯食べたくありません」

「なんだよワガママだな…つっても俺現金持ってないし」

ならなんで奢るって言ったんですか…

「おや?、そこにいるのは…」

するとザカライアさんを避ける人混みの中から唯一、彼を避けずに歩いてくる人影がある、その聞き覚えのある甘ったるい声は

「ゲッ、レナード」

「ザカライア!、奇遇だね!いや運命か!」

レナードさんだ、ザカライアさんと同じ五大王族にして彼の幼馴染、かつては多くの女性を見せびらかすように侍らせていたが 、曰くザカライアさんへの好意を自覚してからはそういうのもやめたらしい

そう、好意だ 彼はザカライアさんを愛しているらしい…何故かは知らないが、その愛はかなり深いようだ、ザカライアさんとしては今まで喧嘩してた相手に愛の告白をされて若干やり辛そうではあるが

「君は…エリス!まさかザカライアを…」

「違いますよ、エリスそんなことしません」

「…まぁ確かに、君ではザカライアの目を引くのは無理か、チビだし」

なんだこいつ…

「お!、そうだレナード!お前も今ミールニアの別荘にいるんだよな!」

「ああ、君が来ていると聞いたからね すっ飛んできた」

「今よ、エリスと飯食うとこ探してんだけどさ 、今お前の別荘にアビゲイルっているか?居たらお前んところで飯食わせてくんね?」

アビゲイルさん!、エリスもご存知デルセクト1の料理人、以前サフィールに赴いた時には出会えなかったが、もしレナードさんのところにいるなら是非お邪魔したい、なんて思っているとレナードさんは忽ち笑顔になり

「構わないよ、アビゲイルは僕の専属のメイド長だからね、当然別荘にも来ている おいでよ、ご馳走してあげよう」

招待してくれるというのだ、やった あの人の料理は下手なレストランで食べるよりも美味しいだろうからね、エリスも軽く飛び跳ね喜んでしまう

「やりぃ!、よっしゃ!じゃあご相伴に預かろうかね!」

「やりましたねザカライアさん!、このデルセクトで一番のご飯を確保しましたよ!」

「全く子供だね、そういうところも可愛いけれどさ」

「うっせ!、はよ案内しろ」

なんて軽口も叩きながらもレナードさんは快くエリス達をミールニアの別荘へ案内してくれた、しかしザカライアさんといいレナードさんといい そんなにしょっちゅう自分の国離れて大丈夫なのか?、その点でいえばセレドナさんは真面目だ 真面目だから最近全然会ってない…ここを離れる前にもう一回会いたいな




そして案内されること数分、ミールニアの一等地 セレブの中のセレブしか立ち入らないような領域にレナードさんの別荘はあった

というかこれ別荘?普段住んでないの?、こんなに大きいのに?と見上げるくらい大きい蒼と水の大館、エリスは度肝を抜いているのだがザカライアさんはなんの反応もなくあくびかまして普通に館に入ってった

忘れがちになるけど、あの人本物の王様なんだよな、デルセクトの五大王族だから世界有数の富豪でもあるし…そんな人にご飯ご馳走になるって、今思うと相当凄い状況にあるんじゃないか?エリス

「おーい、エリス…ンなとこに立ってても迷惑だ、早く入ろうぜ」

「あ、はーい!」

怒られてしまった、まぁ今のエリスはザカライアさんの連れだ あんまり恥ずかしい行いは慎まねば、慌てて駆け出しザカライアさんの待つ館へと転がり込む


……そして館に入るなり複数人のメイドに囲まれ、あれよあれよという間にダイニングに通され 気がついたらエリスはテーブルにつかされていた…、さっき来ることが決まったというのに机には人数分の食器が用意してあり ここの給仕…いやレナードさんに使える従者達のレベルの高さが伺える

やっぱり本物はエリスみたいな従者もどきとは格が違うな…

「すみませんレナードさん、いきなりお邪魔して」

「問題ないさ、アビゲイルの腕なら一人分も三人分も大して変わらないからね、但し アビゲイルの作る料理は絶対残してはいけないよ」

知っている、あの人は食材を無駄にする人間は微塵切りにしてもいいと本気で思ってる人間だ、残すどころか料理の切れ端を少しでも床に落とそうものなら、ナイフと共に厨房からすっ飛んできてエリスは瞬く間に彼女によってソテーにされるだろう

「こうやってレナードんちで飯を食うのも久し振りだな」

「そうだね、大人になってからは疎遠になったからね」

「疎遠になったっつーか、お前が変に突っかかってくるようになったからだろうが」

「あの時は…君の気を惹こうと必死だったんだ、許してくれよザカライア」

しかしレナードさんは本当にザカライアさんの事が好きなようだな、昔からの付き合いということもあり親しいのは分かるが、エリスはイマイチ彼のことを知らない 料理が来るまでまだ時間もありそうだし…

「レナードさん、レナードさんはなんでそんなにザカライアさんの事が好きなんですか?」

「なんで?好き?…僕がザカライアに惹かれ始めたきっかけの事かい?」

人は理由もなしに人を好きにならない、ましてやここまで夢中になるなら相応の理由があるはずだ、まぁ知ってどうこうということはないが、知りたいものは知りたいんだ

「語るほどのものじゃないが、…昔僕は内向的な性格でね あまり人に馴染めるタイプじゃなかったんだ」

「おう、昔のレナードは今と違って気弱ってか 内気ってか、ともかくあんま元気な感じじゃなかったな、親っさんからももっと堂々としろってしょっちゅう言われてたし」

気弱か…今のレナードさんはどうだ、チラリと彼を見れば全身から自信が満ち満ちている、なんでも出来そうな空気がそこはかとなく漂い頼りになる感じだ、カリスマ…とはまた少し違うが、人を引寄せる風格のようなものがある

「社交界も舞踏会もあんまり好きじゃなかったな あの頃は、ただそんな僕を見て 手を引いて連れ回してくれたのがザカライアなんだ、ザカライアは昔から元気でね 向こう見ずで怒られてもなんのそのって感じで、頼りになったよ」

元気というか馬鹿なだけでは…なんて言ってはいけない、少なくともレナードさんはザカライアさんのそんな行いに感謝しているようだし、決して体のいい子分を見つけたとか そんな理由じゃないだろう、きっと 多分

「同じ五大王族 同年代、そういうこともあり親から引き合わされた僕達はよく二人で遊んだものさ、ザカライアは陰気な僕に差し込む陽光のように心を温めてくれた」

「そんな大したことしたか?俺」

「僕が舞踏会に馴染めず隅で隠れてた時、君は僕を慮り 一緒に親に内緒で舞踏会を抜け出してくれたじゃないか、あの時は本当に…」

「あ?、あー…おう、抜け出したな」

覚えてないな、この感じ…多分だが この人舞踏会に嫌気がさして抜け出す口実にレナードさんを使ったとかじゃ…

「他にも僕が教育係に怒られてる時も 助けてくれたし、苦手な剣術も君が教えてくれた 、あちこちに連れ回し色んなものを見せてくれた…」

「………?」

何にも覚えてないじゃないですかザカライアさん!、いや多分 ザカライアさんには特別なことをしたって意識がないんだ、ただそれを受け止めたレナードさんは心底彼に感謝し彼に傾倒していったのだろう、二人の温度差は多分そこにある

「そんなことを繰り返しているうちにかな…思うようになったんだ、ザカライアを独り占めしたいって、だから少しでも彼の気を惹けるように自分を磨いて 美しくなれるよう努力して…そんな風に大人になるうちに、なんかこう 気恥ずかしくなってしまってね」

「それで意地悪を?」

「意地悪ってか、陰湿に喧嘩売ってきただけだろ」

「喧嘩を売って乗ってきてくれるだけでも僕は嬉しかったのさ、でもやっぱり喧嘩するより昔みたいにこうやって話せる方が楽しいね」

「…まぁ、些かのやり辛さはあるが、喧嘩売られるよりめんどくさくなくていいや」

これは…いや、そうだな エリスは二人を見て仲が悪いと思っていたが、それは多分エリスの認識違いだろう、二人からしてみれば別段仲が悪くなったという認識はないんだ、ただ年を経てただなんとなくやり辛くなっていた、それだけだったんだ

「お二人とも仲がいいですね」

「なんだそりゃ、わけわかんねぇ」

「仲はいいだろ?ザカライア」

「返し辛いことを聞くんじゃねぇ!」

「はわわぁ~、遅れてすみませぇ~ん」

そう言いながらカラカラと台車を引いて部屋に入ってくる、この気弱そうな声は…

「アビゲイル、いや 遅れてないさ 無理を言ってすまないね」

「いえいえ~、主人の望む料理を出すのが料理人の勤めなので~」

「アビゲイルさん!お久しぶりです!」

アビゲイルさんだ!紅玉会以来の再会に思わず椅子から跳ねて喜んでしまう、えりすはこのひとのことんそんけいしている、尊敬出来るほどにこの人は料理人として凄い人だ、腕 志 そのどちらとも一流と言うべきもので 彼女からはエリスも多くを学んだ

しかし、こうして再会できたと言うのに、アビゲイルさんはエリスを見て首かしげ

「…誰?」

誰って…いやそうか、今エリスは私服で来ていた もう変装もしていない、こうして本来の姿で会うのは初めてだったか

「ディスコルディア ですよ!今は私服で来ていますが…」

「ディスコルディア 君は男の子ですよ、髪も黒だし もっと利口そうな顔つきでした」

それ褒められてるの?貶されてるの?

「ガチだぜ、ディスコルディア ってのは訳あってそいつが変装してた姿の事さ、本当は女で 名前もディスコルディア じゃねぇ」

「えぇぇぇぇ!!、ディスコルディア 君ってディスコルディア ちゃんだったの!?」

「はい!本当の名前はエリスって言います!よろしくお願いします!」

「よろしくねぇ!、そっかそっか ディスコルディア …じゃなくてエリスちゃんがお客さんだったのかぁ、紅玉会の時はありがとうねぇ!」

「いえ、たくさん勉強させていただきました!」

そっかそっかとアビゲイルさんは言いながらも 机の上に料理を並べていく、彩は豊か 鮮度も火加減も抜群、調味料を出来る限り使わず自然の旨味の調和によって生み出された至高の品の数々は正しく…まさしく何だ、分からないけど凄い

「美味しそうですアビゲイルさん」

「アビゲイルは僕にとっても自慢の従者さ、彼女だけはどこへ行っても手放せないね」


「俺ピーマン嫌いなんだけど」

「大丈夫ですよう、ザカライア様がピーマン嫌いなのは知ってます、そこは私の腕でカバーしてるので」

「そういう問題じゃないんだよな、ピーマンはピーマンだと思うから苦手なんだよ」

「じゃあ殺しますね」

「食うか死ぬかの二択かよ!?」

「その舌引っこ抜きますよ」

「もっと論理的に怒れよ!」

相変わらず料理に対してはストイックだけれどそれは料理に対する情熱の表れ、完璧に作ったのだからお前も完璧に味わえと言う意識の表れ、料理とは食材の調達から始まり食うことで完成する 彼女は今もなお料理の途中なのだ だからこそ、食べさせることにもストイック…と言う訳なのだろう

「頂きますね、アビゲイルさん」

「どうぞどうぞ、思えば エリスちゃんに料理を食べてもらうのは初めてですね」

そう言いながらスプーンを取り スープを一口すくい…口元で傾け それを口に含む

…当たり前のことだが、美味い…まるで春風のように優しく吹き抜けるこの香りは鼻を楽しませ、火種を焚べた薪のように じんわりと舌の上で味が広がっていく、決して下品に主張し過ぎず それでいて確かなる風味が気品を感じさせる

一口目を味わいたい感情と二口目に急ぎたい感情がせめぎ合いながらも、それすらも味の一つと言わんばかりに心地よい感覚は夢見心地さを味あわせる、もう口の中にスープはないと言うのに 頬の裏側に吸い付くような後味は後に吸う呼吸さえも美味しく感じさせるのだから不思議だ

野菜をベースにしていることは分かる、だがどれだけの野菜をどれだけ煮込みどうやって作ったかはまるで分からない、深海のように深いコクは探れど探れど底が見えない、いつしかまろやかな味に心は絆され そんなことさえどうでも良くなる…美味しい

「んはぁ…美味しい…」

目を瞑り感極まる、美味とはここまで人を感動させるものなのか、これに比べればエリスの料理はカスだ、これが…これこそが料理なのか これが本物の

「感動しました、アビゲイルさん」

「うふふ、ありがとうございますエリスちゃん」

「美味しい料理を当たり前のように美味しいと感じ 美味しいと口にできる感性は貴重だ、招いてご馳走した甲斐もあるよ」

「いや感動しすぎだろ、ただのスープだろこれ」

「うふふ、ザカライア様 ぶっ殺しますね」

「極端なんだよお前!」

スープを飲み干し サラダをフォークで突く…凄い、青い野菜に塩をかけただけなのに 旨い、味に奥行きがあり 歯ごたえのある感覚はエリスの口を勝手に動かし咀嚼させる

魚料理は芳醇な香りが鼻を突くだけで反射的にエリスは犬のようにヨダレを垂らしてしまう、肉料理はナイフを当てただけで黄金の肉汁が滴る、デザートは何だこれ 何か分からない…甘い雪みたいな物だが、え?シャーベットって言うんですか?美味しいですねアビゲイルさん!

ナイフとフォークが無音の中カチカチ音を鳴らす、誰も何も喋らないのか エリスの耳に誰の声も届いていないのか、エリスは今目の前の料理しか頭に入らない…


気がつくと、エリスの前に料理かは何もなくなっていた…あれ?もう全部食べちゃったんですか?、…そういえばお腹が重い気がする

「ふー食った食った」

「ご馳走さま、ありがとうアビゲイル 」

「いえいえぇ、全部食べてもらって私も嬉しいですぅ」

周りを見ればみんな食べ終わってる、凄いなみんな エリスあまりの美味しさに言葉失ってるってのに

「凄いですねアビゲイルさん、…こんな美味しい料理食べるのは初めてです」

「そう?、でも私なんてまだまだ タリアテッレさんの足元にも及ばないよ」

タリアテッレ…確か、学術国家コルスコルピ最高戦力にして世界最高の料理人、アビゲイルさんの料理の師匠だったか

「タリアテッレっていやコルスコルピの料理人だろ?、確か偉くつえぇって話の」

「やっぱり強いんですね、タリアテッレさんって」

「ああ、アリスタルコス家の分家 ポセイドニオス家出身の料理人 兼コルスコルピ最高戦力、魔術抜きの戦いならカストリア大陸最強とも言われてる人物さ、以前グロリアーナも手合わせをしたことがあるらしいが 手も足も出なかったと言われてるよ」

「あ あのグロリアーナさんが手も足も…!?」

そりゃあなんかの間違いだろ、いくらなんでも強過ぎる…

「勿論魔術抜きの戦いだったからグロリアーナも全霊とはいえないだろうが、それでもタリアテッレは強い、なんせ これで岩山一つ 叩き斬るらしいからね」

そう言いながらレナードさんはステーキを切ったナイフをエリスに見せる、それで…?一体どうやって、力のある無しじゃない そんなものではどうやっても切れっこない、何かの魔術か?いやでも魔術抜きって言ってたし…

「まぁ、どのみち行くんだろ?コルスコルピにもよ、そん時タリアテッレに会ってみりゃいいじゃん、噂じゃコルスコルピ内を適当にぶらついてるらしいし 運が良けりゃ会えるかもしれないぜ?」

そうだ、エリス達はコルスコルピに行く というかデルセクトを出たら次の目的地はコルスコルピだ、確かに そこに行けば上手くすれば会えるかもしれないな

「そっか、エリスちゃんコルスコルピに行くんだ…私あそこ出身だから言っちゃうけど、あそこ何もないよ?」

「全部更地なんですか?」

「そこまで何もないわけじゃないけど…、あそこにあるとすれば小難しい本とかおっきな図書館とか?」

「あとディオスクロア大学園があるね」

と 話に割り込んでくるのは紅茶を一口さ優雅に飲んだレナードさん、ディオスクロア大学園?このディオスクロア文明圏の名前を冠した学園か…随分立派そうな名前だ

「なんですかそれ」

「ディオスクロア文明圏随一の大きな学園さ、この世の凡ゆる物を学べると称され 嘘か真か八千年前から存在し、魔女達もかつてそこで学んでいたらしい…つまり魔女の母校だね」

嘘くせぇ…、八千年前からの学園なんて残ってるわけないし、何より大いなる厄災を生き抜いたとも思えない、恐らくただの誇張かデマだろうな…

「嘘っぽいですね」

「まぁ僕も真相は知らないけれどさ、ただ歴史と由緒ある学園であることは間違いない、毎年 世界各地の王族貴族や才能ある若者が入学し学んでいるんだ、卒業者も錚々たる面子で、そこを卒業しただけで伯がつく…ちなみに僕もそこに留学しているから、僕にとっても母校みたいなもんさ」

「留学中に私と出会ったんですよねぇレナード様」

「俺も通ってたぜ、ってか 名のある貴族や王族はみんなそこに通ってんじゃねぇかな…ソニアやジョザイアも通ってたらしいしよ 、他の魔女大国からも挙って次世代を担う若者送り込んでるって話だぜ」

レナードさんもザカライアさんも通ってたのか、その上ソニアさんもジョザイアさんも、あれ?セレドナさんは?いやあの人は元を正せばカルブンクルス家じゃないからか…

とすると本当に由緒ある学園なんだろうな、まぁ エリスには関係ないが

「ちなみに僕はそこの首席さ、ザカライアは下から十六番目だね」

「むしろそこまで俺のこと事細かに覚えてるのは逆にキモいわ」

「ザカライアさん勉強出来ないんですか?」

「出来ないんじゃない!しなかっただけ!」

「なおのこと悪いですよ」

やれないとやらないは天と地の差だ、まぁこの世に生きていて努力できない時間なんてのは存在しないとは師匠の言葉、やれるならやったほうがいいよザカライアさん

「それよりエリスちゃん、これからも旅を続けるなら いいものをあげましょう」

そう言ってアビゲイルさんは腰に下げたホルスターから一本の包丁を取り出す、無骨で飾り気など全くない包丁 されどよく研がれ手入れも行き届いている良物だ、いやこれは良い物というよりはアビゲイルさんによって良い物に育て上げられた歴戦錬磨の包丁なのだろう

「これ…いいんですか?」

「はい、私が昔から使ってる包丁ですが 包丁自体はレナード様からもらったものもたくさんあるので、まぁ紅玉会で助けてもらったお礼と思って受け取ってください」

ズイとほうちかを押し付けられる、良い包丁は良い料理を生み 良い料理は心地よい気持ちを生む、エリスが普段使っているナイフは木を切ったり魔獣の鱗を剥いだりとお世辞にも良い物とはいえないし、料理専用の刃物があるなら旅でも重宝しそうだ

「ありがとうございます、アビゲイルさん」

「いえいえ~」

感謝しつつ包丁を受け取る、ただちょっぴり この人普段から包丁持ち歩いてるのか…とか、もしザカライアさんが料理残してたらこれで切りかかったのかな とか、そんな恐怖を感じたのは内緒だ 

というかこの包丁入れ物は?裸で持って帰るんですか?刃物を?

ともあれ、そんな話もそこそこにレナードさんの家でのお食事会は御開きとなった、レナードさんもエリスに 『これからの旅の成功を祈っている、もしまたここによる時がいればまた来たまえ』なんて言ってくれた、次いつ会えるのか全く分からないが また会いに来たい物だ

ザカライアさんと共にレナードさんの家を後にし、さてこれから晩御飯の買い出しだと 大通りに出た瞬間 、それは目に入ってきた

「お おい、あれ…」

そう言って慄きながら指差す先、そこには一人の人物がゆっくりと道の真ん中を歩いていた、傷跡だらけの顔 特徴的な鉄腕 どちらも見覚えがある…

「ヒルデブランド…!?」

鉄腕従鬼ヒルデブランド …ソニアさんの従者にして元アルクカースの傭兵、己をデルセクト最強の兵器と自負するように、その肉体の大多数は機械に置き換えられた鉄人である、それがこのミールニアの街中を堂々と歩いているのだ

…エリスは彼女と戦ったことがあるゆえか、どうしても警戒せざるを得ない、だって彼女はソニアさんの

「……疑、…なんだ 私をじっと見て、誰だお前は」

ヒルデブランドさんはエリス達の視線を感じ こちらをちらりと見るが、エリスがディスコルディア と気がついていないようだ、まぁ 彼女にもこの姿で会うのは初めてだし…

「否、…お前ディスコルディアか」

「え!?分かるんですか!?」

「侮、一度戦った敵の匂いは覚えている…特に、私を打倒した者の匂いはな」

ヒルデブランドさんの目が薄く尖りギロリとエリスを睨みつける、…まさかバレるとは いやアルクカース人はこと戦いにおいては超人的な部分がある、一度戦った相手のことは感覚でも理解できるか

…しかし鋭い目だ、来るか ここでエリスに襲いかかってくるか?、悪いが一度攻略法を見出した相手にエリスは負ける気は無い…、いや彼女の目はエリスというよりエリスの手に向けられて

「嗤…、ナイフか…私を始末する気か?」

「え?あ、これは違います!ただの贈り物で!」

慌てて手に持った包丁を後ろ手に隠す、やっぱ刃物直持ちはやばいって、せめて包んでもえばよかった…

「それよりヒルデブランドさん、あなたこんなところでで何をされてるんですか?…あなたはクリソベリアにいたはずじゃ」

「言、お嬢様に会いに行く」

お嬢様に会いに行くって、今ソニアさんは同盟に対する裏切り行為を咎められ拘束中だ、聞けば牢屋にいるわけじゃないけど 人里離れた場所に軟禁状態だという、…もしかして

「呆、案ずるな…別にお嬢様を解放しようというわけじゃない、ただ彼の方は枕が変わると眠れない…色々申請して これを持ち込むことだけ許されたのだ」

「…枕?」

というと可愛らしい花柄の枕を差し出す、…こんなものの為だけに態々ここまできたってのか

「なんでこんなものの為に」

「…故、お嬢様が望むが故」

「何故 そうまでしてソニアさんに尽くすんですか?、あの人は…こう言ってはなんですが あまりいい部類の人間ではありませんでした」

ソニアは人を痛めつける事を快楽とする人間だ、簡単に人を殺す それも極上の痛みを与えて苦しめて殺す、許されざる人間だ…悪 という言葉さえ生温いほどに、そんな人間に義理立てする いくら従者でもそこまでする意味はあるのか

「…解、確かにお嬢様は良い人間ではない 外道だとメイドの私にも理解できる、あの人が王族でなければ直ぐに処刑台に送られていたこともまた分かる」

「ならなんで…」

「……告、それでも私はお嬢様のメイドだから、あの人に惚れ込んだから…一生ついて行くと決めたから、あの人が永遠に囚われると言うのなら、私もまた檻に入ろう…それがメイドの 従者の、私の在り方だ」

「…………」

何も言い返せなかった、どれだけ悪い人でも 関係ないと、ヒルデブランドさん例えどんな目にあってもソニアさんの側に寄り添い続けると言うのだ、その在り方が正しいか間違っているかは分からない、けれど…それもまた人の在り方なんだ

やはり、人間は善悪では語れないな

「去、ではな もう二度と会うこともあるまい」

「え?、なんでですか…?」

 「応、これを届けると共に私もまた ソニアお嬢様と共に過ごすからだ、あの人が永遠に外に出られなくとも、…私が側に居続ける そばで支え続ける 共に償い続ける、だから もう会うことはないのだ」

「そうですか…」

それだけいうとヒルデブランドさんは枕を担いだままソニアさんの元へと向かっていく、…エリス達を恨んではいないのか …分からない、けれど 分かることは一つ

どんな人間にも、一人くらい 理解者ってのはいるものなんだ、それは何にも勝る救いなのだろう

「ソニアは不幸せな奴だな」

「え?どうしたんですか急に」

「いや、…ソニアもヒルデブランドという理解者ともっと早く出会えてりゃ何か違ったのかもな、なんてな 」

何か違ったか…メルクさんも似たような事を言っていたが、何かが違ったんだろうか…違ったんだろうな 出会い一つで人は変われる、エリスがそうだったように

「まぁ、あいつが極悪人であることに変わりはないんだろうけどな」

「そうですね、でも悪い事が間違ってるとは限りませんよ」

「そりゃお前の価値観だ、法は情の外にあり そして法を犯した奴は何がどうあれ悪人さ、おう それよかとっとと帰ろうぜ、そんなもん裸で持ってたら お前も悪人になりかねねぇぜ」

「あ…ははは」

手に持った包丁を見て乾いた笑いが出る、確かに こんなもの持ってうろついてたらそれこそ見てくれは犯罪者だ、一応コートに裏側にしまっておこう、…よしこれで完璧…完璧に、不審者だ…コートの裏に包丁って

ともあれザカライアさんの手伝いもあり無事晩御飯の買い出しも終わり…この日は、まぁ ザカライアさんのおかげで楽しく終えることが出来た、デルセクトに来てから こんなに穏やかに過ごしたのは初めてかもしれないな…お陰でこの大国にも思い出が出来た

やっぱり、頼りになる人だ



ただ、問題が一つあるとするならその日の夜…、メルクさんや師匠が帰ってきて、エリスとザカライアさん達でみんなで食卓を囲んでいる時のことだ

「何!?今日ザカライア様と食事に行っただと!?本当かエリス!」

その話を聞いたメルクさんが椅子を跳ね除け立ち上がる、その顔は驚愕に満ちているが、何もそんなに驚くことではないだろうに

「ええ、今日ザカライアさんと一緒にご飯食べてきました」

「安心しろよ、俺の奢りだ ガキには払わせてねぇよ」

いやどちらかというとレナードさんの奢りだっだじゃないか、何をそんなに偉そうに

「つまりデートか!」

くわっ!と目を見開くメルクさん、その目はキラキラ輝いており…ああそういえばこの人、そういう話好きだったな、いや恋愛小説の読みすぎというかなんというか、男女がやりとりしてるだけでそう言う方向に思考が行くのはエリスどうかと思いますよ

「デートじゃないですよ、ただご飯食べただけです」

「二人っきりでだろう!」

「アホかメルク!、こんなガキ口説くわけねぇだろ!」

「分かりませんよ?」

「一番ワカンねぇのはお前の思考回路だよ」

変な勘違いをされてしまった、いや勘違いというか下衆の勘繰りというか、でもメルクさんこういう恋愛ものが好きな割に この人自身の浮いた話は聞かないな、聞くのは好きだけど当事者になるのは苦手なタイプかな、一番タチが悪いわ

「くだらねぇ、そういうの下衆の勘繰りつーんだよ、ガキ相手にデート申し込むほど変人に見えるかよ俺が」

「おいザカライア」

「あ?、なんだ…よ…」

ふと、ザカライアさんが振り返ると その肩に手を置いているのは、レグルス師匠だ それも鬼の形相の

「私のエリスにそんなに魅力がないか」

「え…いや、別にそんな話してるわけじゃ…」

「次エリスをガキと呼ぶなら…その前に葬儀屋に連絡しておく事をお勧めする」

「ヒッ」

それだけ忠告するとレグルス師匠は不機嫌そうにエリスの横に座る、師匠もそんなこと言って…全くもう、でもエリスそんなにガキかな

「お前の師匠怖いな…エリス」

「私の自慢の弟子をガキ扱いするからだ、全く…こんなに可愛いのに」

「むへへぇ、師匠」

そう言いながらエリスの頭をわしゃわしゃーと撫でてくれる師匠、こういう風に甘やかされるのも久しぶりだ、…うん久しぶりだしちょっとくらい甘えてもいいよね

「ししょう~」

「なんつーか、こういう風にエリスが蕩けて甘えるのって、なんかイメージと違うよな」

「ああ、私も最初は驚いたが…何、彼女もまだ子供ということだ、親代わりの前くらい甘えさせてやろう」

「んんぁぁ~、ししょうぅ~」

「よしよし、お前は本当に可愛いな」

「…ちょっと甘えすぎじゃね」

ザカライアさんとメルクさんの冷ややかな視線もものともせずに、師匠の手に頭をすり付ける、だってずっとこの時の為に頑張ってきたんだもん

このくらい許されよう…、ん?あれ?


「そういえば、ニコラスさんって今日は来られてないんですか?」

ふと、今日は というかここ二、三日ニコラスさんの顔を見ていないことに気がつく、急に来なくなった というより、あの事件を解決して以降エリス達の前に顔を見せる回数が極端に減ったんだ、それでもたまには顔を見せるのだが 『師弟と親友同士の会話に水差しちゃ悪いから』なんて言って来ようとしないのだ

エリスからしてみればあの人も大切な友達なのだが

「ニコラスさんとは今日会いましたよ、まぁ相変わらず男を口説いていましたが…あの人はあの人なりの日常に戻ったということでしょう」

「しかし薄情だよな、エリスももうすぐここを立ち去るってのによ、最後くらいは顔を出すと思いたいけど、あいつのことじゃわからねぇな」

「…そうですかね、まぁ また会ったらお礼を言っておきますね」

なんて会話の端に 師匠が少し難しい顔をしていたのが映る、難しく 黙って考える顔、…なんだろう 師匠…ニコラスさんについて思うところでもあるのだろうか、それとも…

ともあれ、メルクさんとザカライアさんエリスが立ち去るその時まで一緒に居てくれると言い、エリスはこの短い時間を楽しく過ごすことが出来ました…しかしそんな日々にも終わりはきます

フォーマルハウト様が正気を取り戻してよりちょうど1ヶ月 遂に馬車はミールニアに到着しエリス達はこのデルセクトを去る日がやってきたのです

ただ…エリスがデルセクトを去るその時まで、遂にニコラスさんと会うことはありませんでした、…何故 急に現れなくなったのか…彼の心の中は遂に、分かることは無かった

いえ、この時はまだ 分からなかったと言いましょうか…、彼とエリスの運命が再度交わるその時まで
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