孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

83.孤独の魔女と厄災の真相

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魔女と魔女の激突、天高く聳える翡翠の塔最上階で巻き起こったとされる大事件、その余波は地上にも届き そりゃあもう大騒ぎになったらしい

魔女様が遂にデルセクトの腐敗に怒りこの同盟を瓦解させたとか、翠龍王がグロリアーナをマジギレさせたとか、技術局が開発した秘密兵器が暴発したとか 様々な推察が一夜にしてデルセクト中を駆け回った

その中心で私とエリスは再会を果たし、メルクリウスがフォーマルハウトの弟子となり 同盟を率いる長の座を継承することとなった、今すぐと言うわけには行かない為 今は同盟議長見習いという形で徐々に同盟の長としての経験を積みつつその名と顔を王達に馴染ませるつもりらしい

意外だった、フォーマルハウトは立場というものを重んじる性格をしている、それが一介の軍人でしかないメルクリウスを同盟議長の後継者に大抜擢するとは…いきなり過ぎてびっくりしたものだ

だが、フォーマルハウトはメルクリウスに何か感じるものがあったのだろう、エリスも何も言わず頷いていたことから メルクリウスはエリスから見てそういう立場に立っても不足ない人物なのだろう、私がいない間 ずっと彼女と一緒にいたようだしな

そんな大騒ぎもひと段落すれば後は瞬く間に話は終わった、とりあえず今日は夜も遅いのでおうちに帰りましょう とはフォーマルハウトの談、…狂気から解放されるなりいつもの温厚な性格に戻ってくれて私も嬉しい限りだ


そして、エリスとメルクリウスに手を引かれて 連れていかれたのは…地下だ、埃っぽく暑苦しく息苦しい地下施設名は落魔窟、透視の魔眼で見ていたが まさかこんなところで二人は過ごしていたとはな…

落魔窟の奥の一軒家、見た目の割に中は片付いており そんな家に私は招かれることとなった


「こんな所に家が、まさかエリス ここで半年も過ごしたのか?」

「はい師匠、こんなところとは言いますが 住んでみるといいところですよ?」

机につき、部屋の中をジロジロ見回す私を歓迎するように声を上げるエリス、住めば都とは言うが…いや、人の住まいをあまりごちゃごちゃ言うのは良くないな、弟子がお世話になった家だ

「いえ、魔女様をお迎えするような場所ではありません、も もう少し片付けておけばよかった」

対するメルクリウスはコチコチに緊張してさっきから膝の上に手を置いたっきり動かない、一応この子もラグナ同様魔女の弟子になったのだから そんなにかしこまる必要はないと思うが、…まだ修行も何もしてないから 自覚はないのだろうがな、魔女の弟子としての自覚が湧くのはこれからだ

「いやいいさ、私もこういう隠れ家みたいな家は好きだ…それよりエリス、さっきは暗がりだったからよくわからなかったが、なんで執事の格好なんてしてるんだ?」

そう、何より気になるのはエリスの格好だ、執事服を着て 髪も黒く染めている、はっきり言って超似合ってる さすが我が弟子、どんな格好しても可愛いな、あまりの可愛さに撫でくりまわしたら黒い毛が取れた…どうやらカツラをつけていたようだ

「わたた、師匠 カツラ取れちゃいますよ…って、もうこの格好する必要ないんですね…」

「レグルス様、エリスにはこの半年間 グロリアーナ総司令の目から逃れる為に変装をしてもら連れていたのですよ、私の補佐も兼ねて執事として活動してくれていて…でも、その執事生活ももう終わりか」

なるほど、グロリアーナの遠視の魔眼の腕は随一だ、何処にいてもバレる可能性がある だから執事の格好か、だがグロリアーナも味方について私も解放された以上もう変装する必要はなくなったわけだ

もう執事の格好をしなくて済む、それを自覚したエリスは清々とした面持ち…と言うわけではなく少し名残惜しそうだ、気に入ってたのか?その格好

すると

「ほぇ~、ホントに喋ってら…あの石像が」

「魔女レグルス、こうして目の当たりにすると凄まじいわね」

我々の向かいに座り 私の顔をジロジロ見る男が二人、確かエリスの紹介では五大王族の一人 翠龍王ザカライアとメルクリウスの元上司 女口調で喋る軍人のニコラス、エリスがデルセクトの戦いを通して得たこの国の味方らしい

ザカライアの方は微妙だがニコラスの方は相当な使い手であることが分かる、何より私をして心の中が見えてこない…

が、エリス曰くザカライアさんもニコラスさんも物凄く頼りになる味方らしい…いい仲間を得たなエリス

「ザカライアさん!師匠は石像じゃありません!師匠は師匠です!」

「ってもよ、俺からすりゃ 初対面が石像だしよ、如何にもこうにも…石像が喋ってるって感覚が抜けねぇんだよ」

「ボコボコにぶちのめしますよ!」

「んなキレるなよ!」

ザカライアもニコラスも私の救出に尽力してくれたらしい、その後この家で待っていてくれたらしい…、そのやり取りは長く付き合ってる者達の気安さを感じる  

「翠龍王ザカライア」

「え?、なんだよ…じゃなくて 何ですか」

「我が弟子が世話になったようだな、助かった ありがとう」

「あ?…あー、ふふふ ははははは!まぁ~な!、エリスの奴考えなしに突っ込むもんだから大変だったぜ!敵に捕まった時なんか俺が助けてやってよぉ!」

「ザカライアさんも一緒に捕まってたじゃないですか!」

「でも助けには行ったろうが!」


「レグルスさん?、エリスちゃん ずっと貴方に会いたがっていたの、出来ればたくさん可愛がってあげてね」

「言われずとも可愛がるさ、ニコラス…君にも世話になったようだな」

「いいのよぉ!そんな!、アタシが勝手にやったことなんだもん!それに、エリスちゃんと一緒にいれてアタシも楽しかったわ」

それでもどうにも読めない ニコラスの心の中、こうして話している最中に目を覗き込もうとすると微笑んで目を閉じ自然と目を合わせてこない、異様に腹の探り合いに慣れている…というより異常に腹の中を読まれるのを嫌っている、何者だこいつ

敵ではなさそうだが、私がいれば絶対に手を組ませなかったろうな…、そんな奴をエリスは長いデルセクトの戦いの中で彼の信用できる部分を見つけキチンと信用した ということだろう

「それよかよメルクリウス!、お前同盟議長になるってマジか?すげーじゃん 大出世じゃねえか」

「そのようですね…まだ自覚はないですが、ああ とんでもないことになった、私に務まるのか…」

「大丈夫だろ、俺もレナードもセレドナもジョザイアも、お前とエリスにゃ恩義を感じてんだ、大王達がお前の味方に回ってるこの状況で態々とやかく文句つける奴はいねぇよ、というかいたら俺がぶっ潰す」

「ザカライア様…」

「だからスマラグドスをこれからもよろしくな、他よりちょっと優遇してくれ」

「株がちょっと下がりましたよザカライア様」

しかし、ザカライアも立派な一人の王だと聞く、先程名前の上がったレナード セレドナ ジョザイアもまた王、それらを助けエリスは味方につけたらしいが…

エリス…ちょっと王族に好かれすぎじゃないか?、デティといいラグナといい 王族タラシにも程があるぞ、今はそれがプラスに働いているが いつか悪い王様に見初められでもしたらと思うと…師匠は心配だ

「…ねぇ?、エリスちゃんはもうこの国にいる理由は無くなったのよね、また 旅に出るの?」

そんなニコラスの言葉で、場の空気は静まり返る…皆分かっていたが誰も口に出さなかった言葉、そうだな エリスはこの国で内密に行われていた戦争の準備とやらも潰した 私も助けた、ならもうこの国に居座る理由はない

それは即ち エリスがこの国でせっかく作った仲間達と別れることを意味している、…ザカライアはあからさまに不安そうな顔でエリスのことを見て、メルクリウスは表面は無表情だが …内心はかなり寂しそうだ

そんな空気を目の当たりにしてエリスは…

「はい、旅に出ます エリスはこれからも師匠と旅を続けるつもりです」

言い切った、変に濁さず正直に、一瞬 やや寂しげな空気が漂うが、皆エリスのその言葉を尊重し直ぐにそんな雰囲気を振り払う

「まぁ、最初からそのつもりで戦ってたんだもんな」

「そうね、エリスちゃんは飽くまで旅の途中、引き止めるわけには行かないわね」

「…そうか、いや分かってはいたが、心のどこかでこれからもずっと君と暮らしていくような気がしていたよ」

「エリスもですよ、メルクさん」

皆引き止めない、エリスを尊重し 行き辛くなるような空気を出さない、…エリスも別れば初めてじゃない アジメクでの別れ アルクカースでの別れを経験している、だがこんなもの いつまで経っても慣れるものじゃない

せっかく出来た仲間 友達と別れるんだ、辛いだろうに…エリスもまた皆を尊重し、涙は見せない

「君と出会えてよかった、…君と過ごしたこの時間は 私の人生のどの時間よりも輝いていたよ、ありがとう エリス」

「メルクさん…エリスもとても楽しかったです 、あの時メルクさんに拾ってもらえて、本当に良かったです」

二人は手を握り合う、お互いの存在を確かめるように手を重ねるように両手で握り合う、私の入り込む余地はなさそうだ

「おい、何しめぼったい空気出してんだよ、別に今直ぐ旅に出るわけじゃないんだろ?」

「はい、馬車がないと旅に出れないので…明日師匠と一緒に取りに行こうかと」

「馬鹿、折角だ 俺が部下に言って取りに行かせるよ、ここに着くまで大体1ヶ月 それまでここでゆっくりしてけよ、今まで戦い尽くしだったんだ 何もない期間があってもいいだろ」

そういうのはザカライア、曰く彼が私達の馬車を保管してくれていたようだ、彼があの馬車を買い取らなければ 危うく処分されるところだったらしい、その点でも彼には感謝が尽きないな

「ありがとうございますザカライアさん、何から何まで」

「良いってことよ、そのくらい格好つけさせろよ、ってか飯をくれ 腹減った」

「自分ちで食べれば良いじゃないですか」

「冷たいこというなって、お前の飯の方が美味いんだよ、ほらー!飯ー!執事生活最後の飯作ってくれー!」

「分かりましたよ、じゃあ執事ディスコルディア !最後の晩御飯!腕によりをかけて作りますよぉ!」

そう言うとエリスは腕まくりをしながらキッチンに向かう、…うん 背丈だけでなく、私の見ていないところで成長したみたいだな、エリス…

その晩 エリスは腕によりをかけて大量に料理を作ってくれた、…はっきり言ってめちゃくちゃ上手くなっていた、デルセクトの味付けというか 超一流の料理人の指導も貰ったらしく、劇的に味が向上していた

そんなエリスの料理に舌鼓を打ちながらその日は解散となった…、私にとってはたった二日の エリス にとっては半年以上のデルセクトでの旅は終わった、馬車が到着すれば我々はまた旅に出る事になる…、この国を出る前にもう一度フォーマルハウトともう一度しっかり話しておくか


そう思い、今日は床につくことにする…

…………………………………………………………




「ん…うぅ、朝か?…」

朝…なのか?、分からん この地下世界は朝かどうか非常に分かりづらい、日がな日な暗い為時間の感覚がとても取り辛い、ただ こんな環境にも慣れているためか エリスとメルクリウスは問題なく起きて行動を始めており 私が起きた頃には既に朝食の準備が整えられていた

…いやいつも通りかこれ

既にテーブルの上に用意されていたハニートーストと牛乳を適当に口に放り込みながら目を移すとエリスがいつもの格好に戻っていた、もう執事の格好をすることがないからな と私は軽く捉えていたが

「君のその格好を見るのももう随分懐かしい気がするな」

「はい、エリスもなんか懐かしすぎて逆に新鮮で」

なんてメルクリウスとエリスが話していた、そうか 半年も執事服で過ごしていればそんな感覚になるのか、ううむ 私だけ石化して意識がなかったとはいえ、なんか疎外感を感じる…

私が食べ終わる頃には既にメルクリウスは軍服に着替え襟を正していた、エリスも軍服を着せるのを手伝っており その手際は見事極まりない、ほんとに執事として働いていたんだな…

「それでは、レグルス様 私はこれから仕事に行ってまいります」

「ん?ああ…いや待て 私も行く、フォーマルハウトに会うなら私も一緒に会っておきたい」

フォーマルハウトの名前を出すとメルクリウスは昨日の出来事を忘れていたのかはたと顔を驚かせ、緊張からかお腹をさすっている…まぁ 普通の反応だろうな、だっていきなりトップだからな

だがそれはメルクリウスの問題、私の問題はフォーマルハウトとしっかり会話すること、本当に元に戻ったのか それを見極める必要があるのと、久々の友人との会話だ 昨日はしっかり話せなかったからな

パパっとトーストを頬張り牛乳で一気に流し込み準備完了、エリスを伴ってメルクリウスの出勤に続く……



二人は慣れた足取りで地下を抜け翡翠の塔へ、すると翡翠の塔の前に人だかりが出来ていた こう…ブワァーっと広がるように色んな人がうじゃうじゃと

軍服を着てる奴や身なりのいいやつ、まとまりのない団体は喧々囂々と話し合いをしている、何かの野次馬かとボケっと見ていると そのうちの一人がこちらを見て指をさし

「ああ!、メルクリウス!」

そう声を上げるなり人の海の目が全てメルクリウスに向けられる、なんだ?メルクリウスってこんなに人気なの?そう思い二人の顔を見れば共にキョトンとしている、心当たりなしって顔だな

「じ 次期同盟議長に指名されたって本当かメルクリウス!」  

「総司令補佐の次は同盟議長って どんな出世ルートだよ!」

「お おーい!メルクリウスー!」

群がってくる人の海、なるほど 例の話もう広がっていたのか、あるいはグロリアーナあたりが既に御触れを出していたか、少なくとも八千年間入れ替わることのなかった同盟のトップが入れ替わると聞いて 皆大慌てでメルクリウスに接触しにきたのだ

「やぁメルクリウス殿、貴殿の活躍は聞いているよ、これから同盟議長として大変だろうが何かあればこのプセヴダルギロス家が君の助けになろう」

「ご機嫌よう私コラリウム家の者ですが、この後少しお話でも如何でしょうか?良いかレストランを用意して…」

「メルクリウス!メルクリウス!、いやぁ久しぶりだね 何覚えていない?いや君の父君とは懇意にしていてな?父君は元気かね?、友の娘は我が娘も同然さ君の出世はとても嬉しいよ 、また昔のように我がプルンブム家に遊びにきてくれたまえ」

胡乱な連中だな 身なり口ぶりからするに貴族か?、メルクリウスの大出世と次期同盟議長と言うのを聞きつけてここぞとばかりに媚を売りにきたのだ、フォーマルハウト相手には無理だがまだ子供のメルクリウスならいけると踏んだんだろうな、悪いとは言わんが 洒脱ではないな

「メルクリウス!一体どんな手げ使って出世したんだよ!、なぁ 昔からの付き合いだろう?俺もなんかこう 出世させてくれよ、お前なら出来るだろう!」

「メルクリウス君 、君の新人時代の教官だ 、覚えているかな?いや君の恩師といってもいい私を覚えていて当然だね?、いやぁ教え子がこんなに育つとは私も鼻が高いよ、君は私が育てたといっても過言じゃないからなぁ、そろそろ恩を返す時が来たのではないかね?」

「メルクリウスー!俺だー!結婚してくれー!」

それは貴族達だけでなく軍人達も同じようだ、同期だという友だという者 恩師だという者、…どいつもこいつも胡散臭いやつばかりだな、本当に友だというなら ここぞとばかりに駆け寄って来たりはせんだろうに

メルクリウスもいきなり人に囲まれ狼狽えている、まさかこんなことになるなんて そんな顔だ、すると人ごみをかき分けて一人の青年が入ってきて

「お おい!、メルク!俺だよ…デレクだ」

「デレク?…どうしたんだ、君の方から寄ってくるなんてか珍しいな」

「あ…ああいや、その…」

おや?どうやらこの青年は本当に知り合いのようだな、といってもメルクリウスの険しい顔は変わらないが、そんなメルクリウスの顔を受けてもデレクと名乗る男は顔色を変えず媚びるような視線で…

「俺達さ、…友達だよな…」

そう宣うのだ、それを受けメルクリウスは…

「…?いや?、君を友だと思ったことはないな、私の友はここにいるエリスだけだ」

首を振る、別にお前なんぞ友でもなんでもないと言わんばかりにエリスの肩を抱き寄せる、抱き寄せられたエリスはギョッとしながらもえへへと照れ笑いをする

「お おま!昔っからの付き合いだったじゃねぇか!出世した途端薄情だぞお前!」

「そうか?、…君はいつもこんな風に薄情だったろ?」

「それは…ぁ」

デレクはきっと、今までメルクリウスに対して良い行いをしてこなかったのだろう それを思い出して、メルクリウスが自分をどう思っているかを理解する、そう 次期同盟議長…デルセクトを統べる事になる人間にどう思われているかを、その瞬間デレクの顔は青くなり 力なく人混みに飲まれていく

相変わらず群がる人 人 人、貴族王族軍人商人 関係なくメルクリウスに群がりほんの少しでも心象を良くしようとやれ宝石がどうの やれ料理がどうの 領土がどうの、中には求婚や縁談持ち掛ける物もいる

がしかし、メルクリウスは眉一つ動かさない 髪一つ靡かない、口を固く閉じ石のように答えない…がしかし困惑している、どうしたらいいかわからないって顔だな、ただの軍人であった彼女はこういう状況に慣れてないんだろうな

しかし困った、このままでは動けない フォーマルハウトに会いに行きたいのにこれでは前に行けん、どうする?ぶっ飛ばすか?いやそりゃマズいか、いやしかし

「おーい、メルク~!」

すると、人混みの遥か奥 最も遠いそこから響いた声一つで、周囲の人間達がピタリと黙る…

「オラオラ、邪魔だよグズ貴族にカス王族、末端の雑魚軍人も俺の道阻んだら全員踏みつぶすぞオラ!」

「ヒィッ!?ざ ザカライア様!?」

その声により周りの人間達は逃げるようにその男に道を開ける…、乱暴な口調 下品な言葉、だが今は何より頼もしく聞こえるな

「ザカライア様!」

「おう、メルク モテモテだな」

ザカライア、いや翠龍王ザカライア・スマラグドス この場にいる人間誰よりも格上に当たる大国の王、彼が睨みを効かせれば貴族は恐れ 王は下を向き軍人達は平伏する、権威がモノを言うこの国で 誰よりもモノを言う男の一人だ

「カス共が、今まで無視して来たくせに今更媚び売ろうなんざ都合がいいんだよボケ!」

「ええ、昨日のザカライア様のように媚を売って来て困っていたのです」

「バカお前あれは冗談だよ!」

「あらあら、スマラグトスは相変わらず品のない事、早速媚を売っていたとは」

「うるせぇセレドナテメェ!」

「大丈夫、ザカライアの家が潰されても僕が養うから」

「俺の家が潰される前提で話進めんなレナード!」


「昨日まで一介の軍人であった者が今日は同盟の議長に任命されるか、世の中分からぬものよな、だが魔女様の決定であるなら余は黙って従い 支えろと言うならば支えよう、何よりお前には命の恩もあるしな」

セレドナ レナード ジョザイア、そしてザカライア …五大王族(四人)が揃い踏みして人混みを割る、この国のトップたる四人がメルクリウスに群がる者達を蹴散らす、いや或いは恐れたのは四人とともに現れたもう一人の人物…黄金の鎧を身にまとった女 グロリアーナを見て恐れたのかもしれない

「グロリアーナ様だ…」

「それがこうやって迎えに来たってことは本当に…」


「お迎えにあがりましたよ、メルクリウス次期同盟議長様」

「やめてください…それ、グロリアーナ総司令に言われるのなんか嫌です」

グロリアーナに恭しく礼をされればあからさまに嫌そうな顔をして拒むメルクリウス、そういえばラグナもエリスに敬われる態度を取られるのを嫌っていたな、似たような感じか?

「レグルス様もエリス様もフォーマルハウト様がお待ちです」

「フォーマルハウトの方からお声がかかるか、奴も私に何かあると?」

「昨日の謝罪と改めて礼をと…」

律儀だな、昨日の礼では謝り足らぬと今一度謝罪をしたと言うのだ、なら呼び出さずお前の方から来いと なんて言うわけないだろ、あっちはあっちで立場があるからな 

「よっし、じゃあ行くか」

「ザカライア、貴方は呼ばれてないのでついて来ては行けませんよ」

「なんでだよ!俺は五大王族だろ!その辺の雑魚はともかく俺たちくらいは同席してもいいだろ!」

「ダメです、今回の会談は私でさえ同席が認められていない極秘の会談です、魔女とその弟子以外 聞くことさえ許されません」

…何やらただ礼を言うだけ、と言うわけではなさそうだ…まぁなんの話かは何となくわかる、というか私も聞こうと思っていたし 丁度いいが…そうか、弟子を同席させるか

文句を言うザカライアをレナードが押さえつけ、その隙に我々はグロリアーナに連れられ塔へと登る…

「というか、そのまま昇り降りしたらまた日が暮れそうだな、おい 上まで飛ぶぞ」

見上げれば雲の上まで突き抜ける塔だ、一々よいしょよいしょと登ってたら日が暮れる上に時間がかかりすぎる、ここは一気に最上階まですっ飛ぶ

どうやらこの場でメルクリウス以外は塔の上まで跳躍ができるようだし、私がメルクリウスを抱えて飛ぶことにする、というかエリス この高さの塔を登れるまでに成長していたか、何せ半年だもんな これは今一度しっかり修行をしてこの子がどれだけ強くなったか把握しないといけないな




そして、エリスと私は旋風圏跳で天空高く飛び上がりグロリアーナは体を雷鳴へ変える上へ向け体を飛ばす、風と雷はおり重なり合いながら雲をつけ抜け その上の最上階へと一気に辿り着く

私は一足で上まで飛び上がれたが、エリスはそうもいかなかったようだ 途中失速し その都度塔の壁面に足をつき加速、上へ行くに連れて強力になる風に体を取られたりと色々あったものの無事最上階へと辿り着くことができた

「よっと、…高く作りすぎだろう この塔、交通の便が最悪じゃないか」

「最上階に登れるのは魔女フォーマルハウト様や総司令のみなので、高くとも問題はないのです」

「ぅお…おえ…死ぬ」

「大丈夫ですか?メルクさん」

「分からん…内臓落っことしたかも…」

顔を青くしながら口元を抑えるメルクリウス、少し飛ばしすぎたか?

「エリスの旋風圏跳で高速移動には慣れたつもりだったが、…うぷっ…」

まぁ、エリスの旋風圏跳と私の旋風圏跳を一緒にされては困る、同じ魔術でも加速度はまるで違うのだ …あとそれと、恐らくエリスはかなり気を使って飛んでいたのだろう 、対する私はまるで使わなかったからな 気など

「では私はここで待ちますので、どうぞ …宮殿内部でフォーマルハウト様がお待ちです」

「ん、わかった」

グロリアーナは律儀にも外で待つようだ、フォーマルハウトが腹心たるグロリアーナにも漏らしたくない情報だ、ないとは思うが 盗み聞きにくる者が居ないか外で見張るのだろう

踵を返し立ち去るグロリアーナ…すると、ふと足を止め

「…レグルス様、エリス様…以前は 騙し貶めるような真似をしてすみませんでした」

そう言ってくるりと振り返り深く頭を下げた、騙した件か…まぁ気にしてないといえば嘘になる、お陰で私とエリスは半年も引き離されたわけだしな、だが結果としては何事もなかった その後謝罪ももらった、ならもう許す

「別に構わん」

「ですが、お二人がいなければ私はフォーマルハウト様の暴走を是とし…彼の方を苦しみから解放する事ができなかった、そのような大恩ある方々に私は…」

「気にしてないと言っている、お前も悪意から私達を騙したわけではあるまい、そうやって反省してくれているなら 何をどうこう言うつもりはない」

「…ありがとうございます」

とだけ言うとグロリアーナはありがたそうに頭をあげ、今度こそその場を立ち去る…今回の一件、責任を感じているのはグロリアーナも同じなのだろう

まぁ、何にせよあまりフォーマルハウトを待たせてはいけない、エリスを連れ メルクリウスを抱えたまま黄金に輝く宮殿へと足を延ばす

………………………………………………

黄金宮殿内部 …エリスは今一度グロリアーナさんに連れられここに足踏み入れることになったのはフォーマルハウト様が魔女とその弟子に話があるからというのだ、内容は分からない だがグロリアーナさんまでも同席することが能わない程の話だというのだ

相変わらず世界中の芸術品で満たされた美しい空間、しかし見てみると一夜にして先日の戦いの傷が全て直っていることが分かる、多分 フォーマルハウト様が直したのでしょうね

「待ってましたよ、レグルス…もう少し遅れるかと思いましたよ八千…」

「八千年くらい待つかと思ったって奴だろ、みんなに言われてるよ」

すると、部屋の奥からヒタヒタと裸足で歩いて現れるのはフォーマルハウト様だ、先日のような嫌な重圧は感じないのは 彼女の顔がなによりも穏やかだからだろう、本当に狂気から解放されたのだろう、良かった やっぱりレグルス師匠が危惧していた性根そのものが腐り切ってしまっていたわけじゃないんだ

「立ち話も何ですわ、さぁ奥へ 我が珠玉のコレクションをご覧になりながらどうぞ」

「お前、こんなもの買い集めていたのか…」

「美しい物は愛でる為にあるのです、市場に流して紛失してしまうくらいならここで手入れしながら保管した方が良いでしょう?」

「私を石化させてここに飾ったのも保管の為か?」

「言わないでくださいませ、後悔てるんですのよ?、まぁ 貴方顔はいいですからね 石にしてここに飾るのも悪くないでしょう、気が向いたらここに来なさい また石にして差し上げますから」

このコレクションは普通にフォーマルハウト様の趣味だったのか…狂気に飲まれ暴走していたとはいえ やっぱ根本的な部分はあまり変わらないんだな、まぁ冗談交じりに師匠と話せているようだし 今更師匠を石に変えようとすることはないだろう

しかし全部綺麗だ、何がどう綺麗というわけじゃないが 絵画も彫刻も一級品…、ただそれに勝る美しさを持つ師匠やフォーマルハウト様 魔女達は流石の一言に尽きる

そんな風にボケッと眺めながらフォーマルハウト様に連れられ奥へ向かうと、これまた黄金の机と椅子が並べられていた…全部金か、いい趣味をしている

「さぁ、どうぞおかけになって?」

「金の椅子か、座り心地以外は最高だな」

「嫌なら立ってなさい、…メルクリウス 我がそばへ」

「は はいマスター」

メルクリウスさんはまだ緊張しているようだ、ラグナとアルクトゥルス様は以前から交流があったそうだが、二人は違う こうやってちゃんと二人っきりでちゃんと話すのは初めてなのかもしれない、まぁエリスの知らないところで関わりがあったとしても 友好的な関係ではなかっただろうし

だからこそメルクリウスさんはギクシャクした動きでその隣に向かい、ピシッと態勢を整える

「…まだどうにも魔女の弟子としての自覚がないようですわね」

「申し訳ありません、しかし…いきなり魔女の弟子と言われても」

「いきなり…と言えば確かにいきなりですわね、でも弟子を取ろうとしたのはいきなりじゃないのですよ?、…ですがどうにも良い相手が見つからず…グロリアーナは素質だけなら天下一ですが、どうにも流されやすくは思い込みが強いところがある あれではわたくしのようになることが出来てもわたくしを超えることはできませんわ」

「わ 私になら超えられると?」

「少なくともわたくしはそう見積もってますわね、貴方は正義に燃える心があり それを実行に移す勇気がある、それで十分ですわ」

なるほど、自分の後継者そのものは前から探してたんだ だがうまく見つからず、そうこうしてる間に狂気が蝕み今に至ると、グロリアーナさんではなくメルクリウスさんを選んだ理由は今ひとつ分からないが…、魔女が育てると言った以上半端はない、メルクリウスさんはしっかり同盟の指導者に育て上げられるだろう

「聞けばあのアルクトゥルスも弟子をとったらしいではないですの」

「ああ、…まさかお前も奴と同じことを言うつもりか?」

「…多分そうですわね、ここに来て魔女が連鎖的に弟子を取る理由 それはきっとこの世界に何か起こり始めているのを察知してのこと、来るその時に備え 後継を残す…そう言う意味合いで皆弟子を取っているのでしょう、いずれ 八人の魔女の後を継ぐ 八人の弟子が揃う日も来るかもしれませんわね」

後継…か、確かに エリスとデティを皮切りにラグナやメルクリウスさんと言った弟子が続々と誕生している、もっと言えばエリスよりも前にリゲル様の弟子闘神将ネレイドさんもいる

魔女が弟子を取ることは異例とされているにも関わらず 今世界には五人の弟子が存在している、同じ時代同じ世代の人間が五人だ、ここまでくると偶然とは思えない

もしかするとこの後さらに弟子が生まれる可能性もある…、今弟子を取ってないのはコルスコルピの探求の魔女アンタレス様 エトワールの閃光の魔女プロキオン様 そしてアガスティヤ帝国の無双の魔女カノープス様…

この3人もまた弟子を取る可能性がある、となると エリスは魔女の世界の後を継ぐ七人と肩を並べることになるのだ、…なんか緊張してきたな

「話…というのはそれに付随する話ですわ」

む、この話の流れから行くのか となると相当重要な話なようだ、黄金の椅子に座り姿勢を整える、お尻が冷たいが 今は無視だ

「エリス メルクリウス、貴方たちはこれから魔女の弟子として切磋琢磨を積み 弟子の名に相応しい人物に育つことでしょう、…そしていずれ 魔女に代わりこの世界の危機に立ち向かわなくてはならないかもしれません」

「この世界の危機?」

今世界って危機に瀕してたっけ?、わりかし平和な部類だと思うけど…いや平和じゃないか?分からん

「何が危機として訪れるかはまだ分かりません、しかしアルクトゥルスの暴走 そしてこのわたくしまでもが正気を失ってしまっていた、…何かが起こり始めているのは確かです」

「何かがって、フォーマルハウト様、暴走は体内の魔力が溜まった結果なのですよね…それさえ解決してしまえばエリス達がどうにかしなきゃいけない危機はないのでは?」

魔女の暴走は確かに危険だ、だがこうして師匠が体内の魔力を整えた以上もう暴走の危険はあるまい、それに 次起こるとしても八千年後くらいになるはずだし、そんなに長くエリスたちは生きてない

ですよね師匠 と言わんばかりにその顔を見ると少し難しい顔をしている

「エリス…体内の魔力が溜まって暴走する、とは飽くまで私の仮説に過ぎない、というか 今回暴走したフォーマルハウトと戦って分かったが、魔女暴走の要因は魔力の肥大だけではない気がするのだ」

「え?…」

「確かに魔力の肥大化は要因の一つとしてあるでしょう、しかし 要因であって原因ではない、そもそも我々とて魔女です 魔力が溜まっていることくらい自分で察知できます、ですが 別の原因があったから 魔力の肥大化に気がつけなかった…そうわたくしは睨んでいますの」

師匠とフォーマルハウト様曰く 確かに魔力の肥大化は要因ではある、だがそれ以前に何か別の原因があったから魔力肥大化による暴走は起こったのだと言うのだ…、つまり…つまり…

「どういう意味ですか?」

「魔女の身に何か起こっているというのです、今は解決できているかもしれませんが…いつまた何が起こるか分からないのです」

魔女の身に何かって…それって魔女でも抗えない何かが起こってるって事ですよね、何か ってなんですか、師匠の身に何かあるってことですか…

「そして、何かあった時のために私達が魔女に代わりに解決する…というわけですか?マスター」

「ええそうですわメルクリウス、もしその時が来た時 我ら魔女が五体満足に動ける状態ならばいいですが、そうでない場合 世界はともすると滅亡の危機に瀕してしまう可能性がある、だからこそ 代役…いえこの言い方は適切でないですわね、後継者 我らの守った世界を我等に代わり守る後継者がいるのです」

……あまり考えたくないな、師匠がもし…もしもだ 死んでしまうような事態になれば、エリスはきっともう戦えない その時が来ても世界のためになんか戦えない、師匠がいるからエリスは戦えるんだ

「そんな事態…起こるんですかね」

「起こりますわ、前例がありますもの」

卑屈になり呟くエリスにフォーマルハウト様は前例があると答えるのだ、前例…?世界が滅ぶような前例…もしかして

「大いなる厄災の再来か、あるいはそれに準ずる何かか」

大いなる厄災 …八千年前巻き起こった戦い、その全容は不明だが 師匠たちは何かと戦い 何かに打ち勝ち、世界を守り 今に至るのだ、その際世界はほぼ滅亡状態になったとされ、ここまで持ち直すのに千年単位で時間がかかったらしい

それに準ずる何かが起こるかもしれないのか、それも近々…もっと考えたくない

「話というのはそこですわ、…暴走している最中 わたくしは心のどこかであの厄災の景色が脳裏によぎりましたの」

「確かに…状況は似ているな」

「ええ、…魔女の暴走による被害 まるで厄災を思い出します」

「ちょ ちょっと待ってください、魔女の暴走による被害って…魔女の暴走って今回が初めてじゃないんですか?、それにその言い方じゃ大いなる厄災そのものが魔女の暴走によって引き起こされたみたいな」

だがそれでは計算が合わない、師匠達が魔女になったのは八千年前 そこから魔力が溜まって暴走したんだ、なら八千年前に魔女の暴走は起こりえない だって師匠達はまだバリバリの現役 、どうやったって魔力は溜まらない…

「…そうです、話とは 大いなる厄災の事ですわ、内容は今の魔女世界には不都合でしたので伏せていましたが、魔女の弟子たる貴方達には知る権利がある、だから 教えておきましょうかと思いまして、八千年前何があったかを」

師匠の顔が歪む、師匠は頑なに八千年前何があったかを教えたがらなかった、内容は弟子のエリスにさえ伏せられていたそれを…今、フォーマルハウト様は話すというのだ

師匠は口を挟まない、…エリス達は知る時が来たのだ この世界の隠された、原点を


「大いなる厄災とは、八千年前起こった 災厄の事…内容は伏せられ様々な憶測が今も飛び交っていますが、地震や津波と言った大災害 などの天災の類ではありません、たった一人の人物によって巻き起された人災…それが大いなる厄災ですの」

フォーマルハウト様はポツリポツリと話始める…この世界の真実を

たった一人によって起こされた人災、それが 世界を滅ぼす寸前にまで発展したというのか…、一体何者なんだ…魔女級の人間が八人揃ってようやく止められる程の災厄を生み出した一人の人間とは

…置かれる間はフォーマルハウト様の逡巡か 躊躇いか、あるいはエリスの意識が加速して その一瞬の息遣いが永遠に感じられているだけなのか、…そして 静寂の中その名は告げられる

「災厄の根源に居た人物、星喰らう天狼 史上最強の魔術師 大いなる厄災全ての魔術の祖 最も神の座に近づいた人間 羅睺大悪星、多くの名を持ちますがここではこう呼びましょう…、原初の魔女 名をシリウス、原初の魔女シリウス・アレーティア」  

原初の魔女 シリウス・アレーティア…それが大いなる厄災を生み出し、世界を滅ぼしかけた存在の名、師匠達八人が揃ってるようやく打倒できる存在の…名前

魔女だ、聞いたことのない魔女…世界を統べている八人の魔女以外の魔女、九人目…いや その二つ名からして彼女こそが 正真正銘 一人目の魔女なんだ

「シリウス…」

「ええ、…この世に存在する全ての古式魔術は彼女によって生み出されました、比類なき力を持ち 文字通り一息で世界を揺るがす程の絶対存在、そして…我等八人の魔女全員の師匠にあたる人物ですわ」

「えっ!?」

師匠達の師匠!?…その存在はエリスも何度か聞き及んでいる、師匠にはその上の師匠がいると、その教えはエリスの修行にも何度か登場しエリス育成に役立てられたこともある、エリスが大師匠と呼ぶ存在が 大いなる厄災 原初の魔女のシリウスだというのだ

師匠は大師匠の話題が出る都度 聞いて欲しくなさそうな、話したくなさそうな顔をして居た…それが原因なのか?でも…

「なんで師匠達は 己の師であるシリウスと敵対して…いやそうじゃありません、なんでシリウスは世界を滅ぼそうと…!」

「それが最初の暴走ですわ、シリウスは己の魔力に飲まれ 悪意と狂気を爆発させ…世界を滅ぼしにかかったのです、細かい原因や経緯までは知りませんが シリウスは暴走し虐殺と破壊の限りを尽くした、…あの時のシリウスは我々のシリウスとはまるで別人のように恐ろしく…容赦がなかった」

師匠は黙っている、何も言わない 言いたがらない、黙って目を瞑っている、暴走したんだ シリウスが…だから師匠は魔女が暴走した時直ぐにそれが原因と分かり 対処にかかれたんだ

一度 魔女と戦って居たから…

「シリウスは絶対的な力でオフュークス帝国を初めとした当時の十三大国のうち十二国を征服、強力な配下 十人を率いて我々と対峙した…、わたくし達は己と己と友を守る為 世界を守る為戦い戦い戦い尽くした…」

凄惨たる戦いだった事だろう、師匠やフォーマルハウト様の顔を見れば分かる とてつもなく苦しい戦いの連続、かつての師との戦いに加え 楽ではない戦いは八人を苛み苦しめた、だが結果は分かっている…

「そして、戦いの最終局面 わたくし達八人とシリウスの戦いは激戦の末なんとかシリウスの体を八つに引き裂く事で終幕を迎えましたが、シリウスとの戦いの余波と奴が最後に放った力の影響で 大陸は二つに裂け そこに住んでいた人間の殆どは死に…、戦いに勝ちはしたものの人類は滅びを待つ状態にまで追い込まれてしまった」

魔女と魔女の戦いの絶大さは理解しているつもりだ、レグルス師匠とフォーマルハウト様の激突でさえあの影響だ、八人の魔女とそれに匹敵するか上回る程の力を持つ原初の魔女シリウスの激突 、…一体どれほどの被害が出たか…

「それから皆さんの知る通り、我らは魔女として世界を統べ 傷つけてしまった後始末、いえ シリウスの弟子としての責任を果たしているのですわ…、ただ 世界を統べる上で かの厄災が仮にも魔女の手によって引き起こされたと知られれば我らの治世は安定を欠く 故に今日まで秘匿してきましたし、これからも大衆には伏せるつもりですわ」

「そんなことがあったんですね…」

原初の魔女か…師匠達の師匠だから凄い人だと思ってたが、たった一人で魔女全員を相手にした上で世界を滅ぼす程の力を持って居たとは、それにエリスの使う古式魔術も全部作ったらしいし…とんでもない人だ

ただその人はもう死んだ、体を八つに裂かれ死んだらしい…八つに…裂かれて…

「すまないなエリス、今まで黙っていた事を許してほしい」

「いえ、…師匠にとっても辛い事だったと思いますし」

エリスの思考を遮るように師匠の声が重なる、そう言えば…ふと 疑問が湧く

なんで師匠は黙ってたんだろう、いや黙ってたことはいいんだ、さっきも言った通り師匠にとっても自分の師匠と戦ったことは辛かったことだろうし

でも、黙ってる理由が師匠にはない、他の魔女は己の治世を安定させる為に黙って居たが、師匠は国を持たない…ならそこまで頑なに口を閉ざす理由はないのでは?、それとも他のみんなに合わせて…って感じじゃないな

師匠の顔を見ればわかる、師匠は他の魔女とは別の事情でこの件を隠して居た、…だけど話したくない事をわざわざ聞いてほじくり回す程エリスは酷い人間じゃない、けど思う きっとこの一件にはフォーマルハウト様が言った以上の何かが隠されている、それを知る日が来るかは分からないが

「シリウスのような恐ろしい存在の誕生は常々警戒して居ます、故に技術を必要最低限進化させず シリウスのような存在が生まれる余地を無くしてきました…が、この国の有様を見てわかる通り 、人間の進化は止められません、シリウスのような存在がまた生まれるのは時間の問題でしょう」

「そして、その誕生は近いかもしれない…というわけですか?マスター」

「分かりません…ですが、貴方達弟子達には 苦しい運命を託してしまうことになるかもしれない、それだけは理解しておいてください」

シリウスのようなデタラメな存在がまたこの世界に現れる可能性がある、…そしてそれと相対するのはエリス達かもしれない、か…なら 今まで以上に修行を積まねば

せっかくその時が来て 決意を新たにしても、ヘットの時のように何度も敗北するのは許されないだろうし、何かを守り 何かを為すには結局のところ力がいるんだ 力が…

「話はこれで終わりです、この一件は胸に秘め外には漏らさないように、そして 覚えておくように、…いつ 何が起きてもいいように」

その言葉で フォーマルハウト様の話は終わった、原初の魔女シリウスと魔女達の因縁…そして、もしかするとそれに近いことが将来起こる可能性、それと戦うのはエリス達は弟子である可能性…、胸に秘め 今まで以上に修行に打ち込まねば…そうエリスは 密かに決意するのであった

「…さて、真面目なお話は終わりにして…、エリス」

「ほぇ?エリスですか?」

「はい、…レグルスには謝罪をしましたが 貴方にはまだでしたからね、すみませんでした…貴方の師をわたくしの勝手な行いで奪ってしまって」

そう言いながらフォーマルハウト様は頭を下げるのだ、ゆっくりと…お 恐れ多い、別に師匠が奪われて何も思わなかったかと言えば嘘になるが、それでもエリスは解決した事柄に関していつまでもグチグチ言うのはあんまり好きじゃない

「そ そんな、頭をあげてください!フォーマルハウト様も狂気の中にあって普通ではなかったんですから」

「いえ、己の行いを正当化するような事は言いません、それに…あれはわたくしの心の闇が生んだ行い、今思い出しても …恥辱で死にたくなりますわ」

そう言えばアルクトゥルス様も暴走している時の記憶はあると言っていたな、だがその時自体は暴走していたと言う自覚意識はないと言う、不思議な状態だ

「そういえばマスター 、エリスを石に変えた後何やら口走っていましたね…遠くだからよく聞こえませんでしたが、保管がどうとか」

「保管…そんな事わたくし言っていましたか?」

首をかしげる、いやエリスも石になってたからその言葉は聞いてないが…あとはメルクさんの他にその場にいたとすると師匠だが そう思い師匠の方を見ると、師匠は何やら考え込んでいる様子 うんうん唸った後

「…いや?、私もその場にいたがそんな記憶はないぞ」

「え?あれ…私の記憶違いか聞き違いか?…す すみません」

ううむ、レグルス師匠も聞いてないとなると 単なる聞き違いか、メルクさん自身遠くにいた上石化解除に集中していたし、聞き違えてもおかしくはないけどさ、おかしくないけどさ…なんか…違和感があるな

「まぁ良いでしょう、…では ここらでお開きにしましょう」

「はっ!、では私はエリスとレグルス様を下層に案内して業務に」

「何言ってるんですのメルク、貴方の仕事はこれから同盟を率いる存在になる為の修行と勉強だけですわ、仕事なんか他の奴らに任せて起きなさい」

「えぇっ!?いや…そうでした、…うう …しかし仕事をしていないと落ち着きません」

「これも同盟に仕える行為と思い我慢なさい、修行が終われば存分に同盟に尽くせるんですもの、今は我慢の時ですわ」

仕事に行きたがるメルクさんとそれを諌めるフォーマルハウト様、そうだ メルクさんはこれから魔女の下で同盟の指導者になるべく修行を受ける日々を過ごすのだ、さっきのあの騒ぎを見ると ラグナみたいに仕事をしながら…と言うわけにはいくまい

「真面目だな、メルクリウス」

「メルクさんは真面目ですよ、凄く …だから同盟もきっといい方に進みますよ」

「エリス…ありがとう、君の期待に応えて必ずや 立派な指導者になってみせるよ、…口に出すとなんだか小っ恥ずかしいが」

メルクさんは顔を赤くしながら鼻の頭を擦る、エリスもメルクさんに負けてられないな…じゃあ早速

「よし!、師匠!エリス達も修行しましょう!」

「ん?気合が入ってるな」

「はい!、エリス!もっと強くなりたいんです!このデルセクトでの戦いでそれをより強く感じました!、エリスはまだまだ強くならないといけませんから!」

マレフィカルムという機関は飽くまで世界中に広がっている組織だと聞く、つまり 敵はヘットだけじゃないんだ、ともすればヘット以上に強い奴もいるかもしれない、悪い奴もいるかもしれない、だとするとこのままではダメだ エリスはもっと強くならないといけない

いつか来るかもしれない厄災の来襲よりも先に 目の前の敵だ、またいつ奴らと邂逅するかわからない、ただ次会った時は前回よりは苦戦せずに倒しておきたいしね

「分かった、なら早速修行だ…半年ぶりだ、どれだけ成長したか見てやろう」

「あぅ…衰えてなければいいですが」

「頑張れよ、エリス」

「頑張るのは貴方もですよメルクリウス、早速鍛錬を始めましょう わたくし直伝の妙技と錬金術の数々!貴方に授けましょう!」

エリスはレグルス師匠と メルクさんはフォーマルハウト様と、それぞれがそれぞれの師匠と共に、鍛錬をする…守りたいものの為 信念のため 正義の為、そして いつか訪れる日が来るその時に備え、エリス達魔女の弟子は今日も鍛錬を積む…
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