孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

146.孤独の魔女と真なる王

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エリッソ山への木板回収の課題を終えたエリス達、突如として謎の魔獣に襲撃を受けるなどのハプニングというかアクシデントというか…まぁ色々ありましたが結果は無事、怪我人も何も無く終えることができました

あれからラグナと合流しに麓まで降りたら 魔獣の死骸の山があちこちに散見されました、それもどれもBランクの怪物ばかり、ここにいる魔獣を討伐するだけで一体冒険者が何人必要なんでしょうか …

そんな死骸の中ラグナは魔獣の肉を火に焼べ 丸焼きにして食べてエリス達を待っていてくれました、本当は助けに行く予定だったがタリアテッレさんが来た以上平気だろうと待っていてくれたようだ 一応馬の監視の仕事もありましたしね

合流し休憩も程々にエリス達は出発する、これでヴィスペルティリオに戻ればエリス達は合格 上位入賞は間違いないだろう…だけど



ガラガラと音を立てて進む馬車、脇見をすれば伸び切った草の向こうに沼が見え さらに向こうに立つ木の鮮やかさが春の陽気を視覚的に伝える、近くに牧場でもあるのか羊を連れたおばさんとすれ違いざまに挨拶をし エリスは再び前を見る

今手綱を握っているのはエリスだ、ガニメデさんは十分仕事をしてくれた、その上先程の戦いでの疲れも残っているし 帰りくらいゆっくり休ませてあげたいからね、ただまぁ 御者として前に座るのはエリスだけで無く その隣には…というか馬車の屋根の上にラグナが座っている

遺跡での土産話を強請られここでこうして話しているんだ

「何?、つまり 俺たちより早くあの遺跡についた奴がいるってのか?」

「はい、恐らくですが エリス達より木板を取っていった痕跡がありました、エリス達より早く 誰よりも早くあそこに辿り着いた人間がいたのでしょう」

「そうか…俺たちは一位じゃないのか」

やや残念そうに項垂れるラグナ、ルート選択をしたのはエリスだ やや責任を感じてしまう、だが…

「解せませんね」

「ん?、何がだ?」

「言い訳をするつもりではありませんがエリスは最適なルート選択をしたつもりです、一直線に遺跡に向かっている人達は今頃間の湿地帯や岩場に行く手を阻まれて立ち往生しているはずなのですが…それを乗り越えて エリス達よりもずっと早く遺跡にたどり着けるとはとても」

「そうだな、俺もエリスのルート選択に過ちがあるとは思えない、ほれみろ 向こうの方に直線組が見える、ようやく沼地を超えられたって感じだろうな」

ラグナが横に視線をやる、そちらには泥だらけになりながら馬車を動かしひーこら言ってる一団が見える、ようやく湿地帯を抜けたか…あれでもかなり早いほうだろう、横着して直線を選んでもエリス達より早くは進めない

「エリスが選んだ以外のルートで俺達より早くか…あるのか?そんなルートが」

「ないですね、まぁエリス達は速度よりも安全を取って進んでいましたから 安全性度外視で強行すれば分からなくもないですが…」

「まぁ、どいつが俺たちより早かったかは 学園に戻れば分かるさ」

「そうですけど…」

手綱を握る手が強く締められる、力が入り痛みが走るがそれでも握りしめる…、自信があった

誰よりも早く 誰よりも安全に旅を進めている自信が、師匠と培ったそれを発揮すれば わけないことだと思っていたのに、エリスよりも早い人間がいたなんて…エリスよりも凄い人が

いつも、自分より凄い人間は山ほど居ると謙遜し言うが、それでも悔しい この分野には自信があったから、せめてこの分野でくらい 1番になりたかったのに…

「まぁ、まだ勝敗が決まったわけじゃねぇ 相手の姿が見えない以上、勝負を投げるのはまだ早いだろ?案外どっかで追い抜いてるかもしれないぜ?」

「そうですね、…だと いいんですが」

 追い抜けているだろうか…エリスとしては ちょっと難しいような気がするが、それでも敗色濃厚だからって途中で勝負を投げ出すなんてのはそれこそダメだ

エリスはこの旅の指針を預かった、ならたとえ勝敗の有無に関わらず 皆を無事に街に帰す義務がある、その義務だけでも 果たさねば

「さぁ、イロス?アッサラコス? もうひと頑張りですよ」

手綱を手繰り二頭の馬に呼びかければ 彼らは全霊の仕事を持って答えてくれる、本当にいい子達だ、まぁ 課題が終わったらまた元の村に返すつもりなのだが…、だってエリス達では世話しきれないからね、飽くまでこれはレンタルなのだ レンタル馬車なのだ

だからこの子達もまた村に帰しておかないと

「…ふぅ……」

それにしても、と再び脇を見る 緑の芝生が風に揺れて独特の青い匂いを芳わせて、一際大きな木々達が太陽を背に大きく影を伸ばし、その下で鹿がもしゃもしゃ草を食べる、平和な平原 見慣れた景色…

車輪の音 車体の軋む音、草が揺れる音 木々が揺れる音、風の音…この広い世界、広大で遥か彼方の地平まで見渡せるようなこの空間に、エリスという一人の人間が混然と混ざり合う感覚

エリスはやはり、旅が好きだ…どこかを目指すのではなく ただ少しだけ、この道の先を見るのが好きなのだ、あの丘を越えたら何があるのか このまま進んでいけばどこに辿りつくのか、そんな曖昧な好奇心に身を任せ続けるのが好きなんだな

平原を超えて渡る風がエリスの髪を揺らす、ままならないことは多いが それでも…やっぱり楽しいな、こういうの

……………………………………………………

それから一昼夜の旅を超え、エリス達は無事ディオスクロア大学園に帰ってくることが出来た、学園の入り口ではグレイヴン先生やフーシュ理事長が態々立って待っている、どうやらタリアテッレさんが顔色変えてすっ飛んで行ったのを見て何やら良からぬことが起こったのではと彼らも肝を冷やしていたようだ

エリス達が四人揃って帰ってくるとまずその無事を祝われた、よくぞ無事で帰ってきてくれたと 

グレイヴン先生なんかは弟の無事を泣きながら喜んでいた、いい兄弟だ

「やはり、魔女様のお弟子様だ 優秀なのはわかっていたが当たり前のように最上位で合格するとは」

回収した木板を渡せば、フーシュ理事長は感心したようにうんうんと頷く、やはりエリス達はかなり早い段階で合格をもぎ取ったらしい、ふと 学園の方に目を向けるとかなりの数の生徒が待機していたが…

どうやら彼等はあのスタートの乱戦や途中移動方法を失い脱落した生徒達らしい、こんなに沢山脱落者を出すとは…今年の課題はかなり厳しいものだったらしい

「後日また 君達の健闘を祝う為表彰を行います、その時上位入賞の褒賞を…」

「なぁ、フーシュ理事長 一つ聞きたいんだが?」

ふと理事長の言葉を遮ってラグナが声を上げる、それは不遜では?と一瞬思いもしたがそれを咎めるものはなく フーシュ理事長自身も特に何も言わず 手で続けるように促す

「俺たちは何番目のゴールなんだ?一位か?」

「自分達の順位ですか、確かにラグナ大王達はトップクラスの速さです 本来想定される速度よりもかなり早く合格したと言ってもいいでしょう」

トップクラスだ と讃えてくれる、しかし… フーシュ理事長はやや言いづらそうに髭を一つ撫でると

「しかし、一位ではありません 二位です」

「ッ……」

やはり…一位は逃していたか、エリス達よりも早く 遺跡に辿り着き遺跡を攻略した人間がいたんだ、エリスが全霊を尽くしても敵わない速さで…、覚悟はしていたが 突きつけられると辛いな

「俺達も結構頑張ったんだが…、その一位の生徒 誰か聞いてもいいかな」

「うむ、と言ってもタッチの差ですよ 彼女達も先ほど着いたばかりなので…ほら あそこで休んでいる四人の生徒ですよ」

そう言いながらフーシュ理事長は首を横に向ける、それにつられエリスも エリス達もまたそちらに目を向ければ、脱落した生徒とは違う…端然と立ちながら話している四人の生徒がいる

彼等もまた エリス達の視線に気がつきこちらを向き 近寄ってくるのだ、エリス達の顔を見て 何かを思ったのか、一直線に 紫の髪をした生徒がこちらに歩み寄る

「先生 如何しましたか?」

「おやぁ?、エリス君じゃないのさぁ 随分早いねぇ~?」

まるで その二人がリーダーだと言わんばかりにエリスの目の前に立つ、一人は見慣れない紫の髪の女 そしてもう一人はよく見慣れた糸目の男

魔術科最強の名を持つ秀才 エドワルド・ヴァラーハミヒラだ

「エドワルド先輩だったんですね、この課題を一位合格したのは」

ある意味、この人なら納得とも言える 魔術科最強で底の知れないこの人ならある意味 エリスよりも早く遺跡に辿り着いて課題をクリアするくらいわけないかもしれない、事実彼は前々年の課題も一位通過しているようだし、これで二冠目だな

「いやぁ、僕はこの子に従っただけ 僕達パーティの事実上のリーダーはこの子さぁ?」

「この子?」

「………………」

そう言ってエドワルドさんが芝居掛かった手で示すのはその隣に立つ紫色の髪の女の子、見たことない子だな エリスが見たことないってことは…

「今年入学してきた一年のアドラステア・フィロラオスちゃんだよぉ?」

アドラステア!?ってノーブルズの!?というか!

「い 一年!?この課題参加が認められるのは二年からでは!?いいんですか今年入学したばかりの子に参加を許して!?」

「…私はフィロラオス家の息女にして跡取りです、一般の生徒とは扱いが違うのは当然では?」

ギロリとアドラステアは鋭い目つきでエリスを睨みつける、うっ そう言われればそうなのだが、アドラステアの威圧に言い澱むエリスを前に彼女は更にズイと前に出て

「一年の課題参加が許されていないのは 一年とそれ以降の生徒では技量や経験に差が出てしまうからであって その技量と経験を最初から持ち合わせていれば一年であっても問題なく参加出来ます」

「それは…そうですが…」

「事実 私は他の誰よりも優秀です、貴女も含めて全ての先輩方よりも速く課題をクリアしたのが何よりの証拠、負けたからって…言い掛かりは見苦しいですよ 先輩」

ぐぬぅ…何も言い返せない、彼女の言った通り 一年生の参加が認められないのはまだ学園に入ったばかりで慣れていないから、課題に参加するよりも普通に授業を受けた方がいいからであって その授業を受ける必要がないほど優秀ならば何の問題もない

彼女はエリスよりも速く課題をクリアした、ここでエリスがルール違反だ規約違反だこんなの無効だと騒いでも、負け犬の空騒ぎにしかならない

というか怖ぁ、すげーギラついている…

「…魔女の弟子が四人も集まってどの程度のものかと思ったら、フッ…存外俗物的なんですね、それとも師の名に泥を塗るまいと必死なんですか?」

「うぅ……」

「そこで脱落している先輩がたも私に文句を言って来ましたが、私よりも程度の低い人間に何を言われてもなんとも思いませんしね、結局 出した結果が全てなんですよ」

言い返せない、何も…師匠の名に泥を塗るまいと思うなら、その思いに報いいることができるのは結果だけ、そしてエリスは結果としてアドラステアに劣ったのだ…

「いやぁ、ごめんねぇ?アドラステアちゃんってばちょっと口の悪いところがあってねぇ?悪気はあるけど許してあげて欲しいんだぁ」

「いえ、彼女の言っている事は正しいので」

「そうぅ?そう言ってもらえると助かるなぁ、まぁ二位だからって悪い事はないし落ち込むこともないんじゃないかなぁ?、それに魔獣に襲われて大変だったみたいだしぃ?君達も今日はゆっくり休みなよぉ~?」

僕も疲れたしねぇ といつものように仰々しい身振り手振りで宣うと、別れ際に帽子を軽くあげるエドワルドさん、この人とアドラステアさんのコンビで課題をクリアしたのかな

一応その背後に二人程生徒が控えているが、どれも見たことのある生徒ばかりだ と言っても有名人はいない

アドラステアの煽るような口振りにオロオロしている黒い毛の眼鏡の女の子、気の弱そうな彼女は確か図書委員さんだったはずだ …なんでこの人たちと組んでるんだろう

そして最後の一人は…アレクセイさんだ、ちょっとエリス達に申し訳なさそうな顔をしながらエリスの視線に答えて小さく会釈する、が声はかけてこない …それが今のエリスとアレクセイさんの距離感だと言わんばかりに

別に仲違いしたわけじゃないのに、随分遠くなってしまったな

「それじゃあ僕たちは行くよぉ~?、アドラステアちゃんも…」

「ええ、エドワルド もうこの場に留まる理由はありませんから」

そしてエドワルド先輩達は背を向けてその場から立ち去……

「ちょっと待ってくれエドワルド先輩」

「ん?何かなラグナ君ぅ?」

ふと、そんなエドワルド先輩の背にラグナが声をかける、何かまだ用でも?そんな顔をするエドワルド先輩とエリスはきっと同じ顔をしていただろう

「エリッソ山に本来現れない魔獣の群れが現れたんだが…あんた何か知らないか?」

「いやぁ?何も?」

「本当にそうか?、あんたなら案外何か知ってそうだが?」

「…何が言いたいかよく分からないなぁ、魔獣の行動ルーティンはまだ完全に解明されたわけじゃないだろう?、なんで僕達が魔獣がエリッソ山に現れた理由を知ってると思えるのか 不思議でならないなぁ」

問い詰めるラグナ、惚けるような口振りのエドワルド、その口振りは何かを知っているようそれでいて何も知らないような、霧のように掴み所の中言葉に思わず惑わされそうになる、だがエドワルドの言葉は理路整然としていて至極真っ当な正論だ、なんであそこに魔獣が現れたか そんなの分かるわけがない

そんなもの聞かなくても分かる筈、なのにラグナはエドワルドの言葉を受けふむと腕を組むと

「別に現れた理由は聞いてないだろ、魔獣について何か知らないか…って聞いただけだ」

「……そうだねぇ」

「なのになんで魔獣が現れた理由を俺が聞いてると真っ先に思ったんだ?、それはあんたが 魔獣が出現した理由について何か思い当たる節がある…ってことじゃないのか?」

確かにその通りだ、魔獣について何か知らないか と聞いただけなのになんで魔獣が出現した理由を聞いたと思ったんだ?、何も思い当たる節がなければ もっと別の意味で捉えてもおかしくない

魔獣の目撃情報とか 大群で移動する魔獣の話を聞いたよとか、…なのにエドワルド先輩は魔獣が出現した理由だと真っ先に思った、それは彼が何かを知っていることを意味していて…

「別に深い理由はないよ、ただ君達は魔獣の群れが現れた理由を知りたいのかなぁ と思ったからね、そう答えただけだよ…考えすぎじゃあないかなぁ」

「……そうか、確かにそうかもな 変なこと聞いて悪かったな」

「いやいや、別に何もぉ?それじゃあ今度こそさようなら」

「………………」

見送る その背中を、帽子をあげて立ち去るエドワルド先輩…相変わらず面でも被っているかのようなポーカーフェイスだ、ラグナに痛いところを突かれたのか それとも無実なのに疑われて困惑しているのか、そんな感情の揺らぎさえ見えない

あの魔獣の群れにエドワルドさんが関与しているのか?、あの受け答えだけ聞くなら怪しいには怪しいが…

「どう思う?メルクさん」

「まだなんとも言えんが、容疑者には加えておいたほうがいいだろうな…ただ 疑われる事も込みで会話をしている節がある、エドワルドを信じないのなら 奴の疑わしい部分も鵜呑みにしないことだ」

「分かった、デティは?あいつ嘘ついてるか?」

「凄くわかりづらいけど、…何か隠しているよう含みのある感情の揺らぎが見えたよ、それが魔獣出現に関することか 或いは関係ないことかまではわかりないけれど」

「そっか…エリスはどう思った?」

ふと、ラグナはメルクさんやデティに順繰りに話を聞いていく、メルクさんは軍人視点 憲兵視点からの推理を、デティはその魔力感知能力から怪しむ…、エリスの見解か

ふむ、…怪しいか怪しくないかの話ではないが気になることは一つある

「何かあるのか?」

「いえ…、ただ気になるんですよね あのチームの面子が」

「面子?」

「ノーブルズによって虐げられていたアレクセイさん ノーブルズの急先鋒のアドラステア…そしてノーブルズにも反ノーブルズ派にも属さず中立を維持し続けていたエドワルド先輩、何がどう結ばれればこの3人がチームを組むのか、ちょっと気になって」

「確かに、変な…というか纏まりのないチームだったな」

まぁだからなんなんだと言われればそれまでなんだが、それでも引っかかる あの実力至上主義のアドラステアがエドワルド先輩をさそう理由はわかる だがアレクセイさんまでチームに入れる理由が分からない

ましてやその他の二人も態々チームに入れる理由がない、数合わせ?いやそんな理由で?

「まぁ!疲れた頭では考えが纏まることはないだろう!、今日は解散してはどうか!」

「ガニメデ…そうだな、ここ数日馬車で揺られっぱなしだったからな、みんな疲労も溜まってるだろうし、今日はもう解散にするか」

ガニメデさんの鶴の一声で とりあえず考えるにしても何にしても今日は解散しよう、ということで話は纏まった、他の生徒達はまだ課題に取り組んでいる最中だからね 邪魔にならないよう退散するのだ

課題が終了して 他の生徒達が帰ってきたらまた集まって 課題で優秀な成績を収めた生徒達に賞状と法相が贈られるらしい、が それもまた数日後の話、それまでエリス達はお休みだ

一位は取れなかったけれど みんな無事で帰ってこられてよかった、一位は取れなかったけれど…ね…、はぁ

「それじゃあ僕は帰るね!みんなありがとう!」

「いえ、こちらこそとても頼りになりました、…助けてくれてありがとうございます ガニメデさん」

ガニメデさんに向け 頭を下げる、エリスはこの人ならエリス達の助けになる と予想して声をかけたが、そんなエリスの予想を遥かに上回るほどの勢いでこの人には助けられた、この人がいなければエリス達はもっと課題クリアが遅れていた

本当に…本当に本当にお世話になった、だから真摯にそして全霊で頭を下げるのだ、そんなエリスの言葉を受けてガニメデさんはやや照れ臭そうに笑うと

「助けてくれてありがとうか…、嬉しいもんだね その言葉、なんだか 今更になってヒーローの気持ちが理解できた気がするよ」

「ガニメデ…、今のお前の方が 余程ヒーローらしいよ、形だけ取り繕うなんてことしなくてもな」

「ラグナ君…、そっか また何かあったら声をかけてくれ、僕は君達の味方だからね」

ラグナの言葉にニッと笑いながら返すと、ズンズンと腕を振って何処かやらへと消えていくガニメデさん、正義の味方か…

エリスには終ぞよく分からなかったけど、それでもその志は賞賛に値し敬意を示すべきものだということはわかる、故に立ち去る彼の背中に エリスは頭を下げ続ける、ありがとうヒーロー おかげで助かりましたと

「さてと、じゃ 帰るか」

ラグナの言葉にデティやメルクさんが頷いた事で、エリス達の課題は終わりを迎える、まだやることはあるけど それでも課題は終わったのだ、当初エリスが思い描いていたような結果にはならなかったけれど それはエリス個人の課題…ということで

とりあえず、今は一旦 幕を閉じようと思う

………………………………………………………

それから数日経った頃だ、課題開始から期限の一週間が経過し 制限時間終了と共に生徒達がドッと街に帰ってきた、木札を回収して大慌てで駆け込んでくる者 途中でもう間に合わないと引き返してきた者、ルートから大幅に外れてしまい タリアテッレさんによって連れ帰られた者

中には負傷して帰ってくる者も居たが、エリス達が遭遇したような魔獣の大群と出会った者達は居なかったようだ

ともあれ課題は終わった、終わったのだ 無事に、学園側にとっても初めての試みであちらにとってもそれこそ課題の残る物ではあったが、全員が無事で終わったなら次がある

それに生徒達も良い経験が出来たようだ、これが冒険か…と痛み入るように経験した者 やはり冒険者になろうと決意を強く持つ者、中にはこれを機に冒険者の道を諦める者も居たが、諦めるなら諦めるでそれでいい それを知らずに冒険者になればきっと命を落としていたから

課題が終了して全生徒が一堂に学園に揃う、エリス達もまた招集をかけられ学園の大広間に集う、優秀な成績を収めた生徒達、主に上位3チームに賞状と褒賞が与えられるのだ

エリス達の次に到着したチーム…面識はあまり無いがエリスの記憶が正しければ剣術科と魔術科の混合チームが三位入賞を果たしていた、どうやらチームの一人が冒険者の両親を持っていたらしく旅の心得があったようだ 

彼らは賞状と共に学園が用意した馬車が贈られていた、結構豪華な 金のかかってそうな馬車だ、それを見て生徒達は喜び エリスは驚愕した、いや驚愕するよ

だって三位で馬車だぞ?、今回の課題で馬車を用意したからエリスも分かる …馬車は高い

当然の話だが馬車というのは非常に高価だ、貴族くらいしか乗り回せないくらい高価な物だ、それを三位にポンと出すなんてどんだけ景品が豪華なんだ、これは…ちょっと期待出来るのでは無いか?、だって普通に考えて三位より二位の方が景品が良いに決まっている

三位で馬車なら二位はなんだ?家か?城か?、家はもうあるが…それでもちょっとワクワクする

ラグナも何やらソワソワし 、デティは『お菓子の山かな?ねぇ?お菓子の山かな』とエリスの裾をちょいちょい引っ張り、メルクさんは『あれはいい馬車だな』と当たり前の顔をしていた

本当は一位が欲しかったけれど もうウジウジ言っても仕方ない、今のエリスの実力はそこなのだから、いじけたりしたら頑張った他のみんなに失礼だしね

そう割り切り、理事長に賛辞の言葉と賞状と共に、それはエリス達に手渡される…二位の景品…それは……!!





「………………」

「……………」

それから、賞状授与式を終え エリス達は屋敷に戻ってきて 今、四人揃って卓を囲み腕を組み顔を見合わせている、その顔色に喜色は無い ただただ困惑…とでも言おう難しい顔だ、当然エリスもだ

「さて、どうする?」

ラグナが口を開く どうするとはつまりどうするかということで、まぁ あの賞状授与式で授かった品の使い道だ、事実それは机の上にドンと置かれエリス達の頭を悩ませている

三位が馬車なら二位はなんだ?そう期待して受け取ったそれは…

「まさか、二位の景品がこれとはな」

メルクさんが口を開きながら 贈られた景品を手に取りむむむと難しい顔をする、いや 変なものをもらったわけじゃ無いんだが、使い道困るというか

…勿体ぶるのもあれだな、貰ったのは単純なもの 剣だ

「二位の景品が剣とは…」

「冒険者になるなら剣は必須だからな、剣士でなくとも 刃物は重宝する」

メルクさんの手にある剣…、エリスがよく知る武器として用いられる長剣よりもかなり短い それでいて包丁やナイフに使いにはやや長い、所謂短剣と呼ばれるものだ

確かフーシュ理事長が言うに 銘はマルン…『マルンの短剣』と呼ばれる品だ、豪華なの装飾は付いていないが 刃の煌めきと持ち手の作り込みからかなり高価な品であることは分かるのだが…

「これ馬車よりもいいものなんでしょうか、もしかして二位 ハズレなのでは」

だって三位は馬車だぞ?そっちの方がなんか良さげじゃないか、値段が全てでは無いがなんかこう いいもの貰った感に欠けるというか、…因みに一位のアドラステアさん達は何やら鍵を貰っていた

アマルトの時と同じ鍵、アドラステアはへし折りはしなかったものの…なんの鍵かは聞けなかった、だってあの子怖いもん…

まぁそれはそれとして、馬車は豪華だ 鍵はなんか多分豪華だ 知らないけど、だがナイフはどうだ?価値が伝わりづらい

「まぁ馬車を貰っていても置き場に困ったし 鍵もよく分からんし、これなら使用目的もはっきりしていて収納もしやすいんじゃ無いか?、エリス…早速これで料理してくれ」

「料理って、…メルクさんそれ料理用じゃ無いですよ」

「刃物だろ?」

「刃物ならなんでもいいってわけじゃ…」

こんな刃物で料理したら食材が上手く切れないよ、切れ味云々ではなく道具にはそれぞれ用途がある ナイフはそれ用に作られていない、包丁がないなら使ってもいいが あるなら使う必要はない、かといって武器にするにしてもなぁ

エリスは刃物を武器にしたことはないし メルクさんも軍刀があるし、デティに持たせたら逆に怪我しそうだし…

「そうだ、ラグナ昔剣使ってましたよね ラグナ使いますか?」

「俺?、俺はもう剣は使わないよ…、それにそんな短い剣じゃ武器にもならない 、素手にも武器にも属さない半端なものさ、武器として使わない方がマシだな」

そうなんだ、確かに宝剣ウルスはベオセルクさんとの戦いでへし折れてそれっきりだ、まぁ今のラグナの腕力で剣を振ったら 敵に当たる前にへし折れそうだしな…

するとラグナはただ と言葉を続けてメルクさんからマルンの短剣を受け取ると

「ただまぁ、この短剣は馬車より価値があるのは…確かだな」

「そうなんですか?」

「ああ、マルンの短剣…その名の通り 名匠マルンが作った短剣だからな、売ればこの屋敷よりどデカイ城が建つ」

え、それ そんないいものなんですか?、…エリスには普通の短剣に見えますが…

「マルンの短剣…?、ああそうか!思い出した!、マルンと言えばアルクカースの名工だったな!」

「メルクさん知ってるんですか?」

「知っているも何も、マルンとはアルクカースでも一の剣匠と知られる方だ、その腕は世界でも指折りと称えられ グロリアーナ総司令やエトワールのマリアニール…この国のタリアテッレの剣を作ったのもマルン殿だ」

「ええ!めちゃくちゃ凄いじゃないですか!、魔女大国最強クラスの方々に剣を造るなんて…、じゃあこの短剣も凄いものなんですか!」

「そう言ってるだろ、もう老齢で剣は作らないと聞いていたが…恐らくこれはマルン殿の生涯最後の一振り、価値があるどころの騒ぎではないぞ…値がつけられん」

「少なくとも 料理に使うなんざ以ての外だと思うぜ?俺は」

ひょぇぇ…馬車なんかよりも何百倍も凄いものじゃないですか、そんなもの生徒にホイホイくれるなんて あの学園ちょっとおかしいんじゃないか?

でも確かにそう言われてみるとなんか凄いものに見えてくる…ほらあの刃の部分とか作り込みが凄いような気がする、凄く凄いですよ凄く凄い

するとラグナが持ってみるか?とエリスに渡してくれる、マルンの短剣を…国が国なら国宝として扱われてもおかしくないそれを、や やばい手が震える… あ、ラグナそんなホイホイ渡さないで…

「あれ?…」

ふと、短剣を握って 理解する、ああ…これはその辺の短剣とは違うな と

分かるのだ、明確に違う…まず 軽い、異様に軽い だというのに刃は鋭く硬い、一体何をどう加工すればこうなるんだ、これが名工の業か

「凄いですねこれ…」

「だろ?、アルクカースでもこのレベルの剣は手に入らんぜ?…惜しむらくは武器としての使用は無理だろうな、因みに日常使用もご法度だ 俺が許さん」

「と言われても、何に使えば…」

「さぁ?、エリスが旅に使えばいいんじゃないのか?」

ええ…、そんなに高価なものならガニメデさんにあげれば…、いや 確かこれを受け取った時 受け取りを断られたんだ、『それは君達のものだ!僕には勿体無い!!』と…なるほど あの瞬間ガニメデさんはこれがどういうものなのか理解していたのか…

でも旅に使うのか…まぁいいか、使わない方が勿体無いしね

「で ではエリスが預からせてもらいますね…、ああ 緊張する」

「緊張することないさエリス、どれだけ高価でも所詮は物は物だからな」

「そう言えるのはメルクさんだからですよう…あぅぅ、デティどうしましょう、凄いもの貰っちゃいました」

ワタワタと慌てながらデティに話を振る、さっきから唇尖らせて何やらブーたれているデティに、なんですかその顔 デティ欲しかったんですか?この短剣…

「そんなに高価なものなら 私お菓子の山がよかったなー」

「デティ…あなたって人は、エリスがこんなにも緊張しているのに…このっ!」

「むひゃ~!?ぷにぷにしないれぇ~!?」

うるさい!この!このぉ!ぷにぷにしやがって!ほっぺたぷにぷにしやがってこの!、なめてるんですか!人を!こんなほっぺぷにぷにでなめてるんです!…はぁ 落ち着いた、デティは可愛いですね

「しかし、なんつーか ノーブルズとのやり合いがなくなったら 急に時間が経つのが早く感じてきたな」

「それだけ平和ということさ、いいことじゃないか」

デティを押し倒す勢いで愛でるエリスを尻目にラグナとメルクさんが会話を進めていく、確かに 一年目に比べると毎日が矢の如く過ぎていく気がするな…

「しかし一年経っても俺達は強くなる気配なし…、魔響櫃も開けられないと来た」

「マスター達も学園生活は重要視しているようだったがな…寧ろ私は不安だよ」

「不安?何がだ」

「こんなに楽しい生活を送っていていいのかと、我らは責任ある立場だ…こうやって笑いあってるといつも頭を過るんだ 、こんなことをしている暇があるかと、無論今の生活をこんなことと割り切るつもりはないがな」

「そうだな…、うーん…」

ラグナとメルクさんは腕を組んだまま唸ってしまう、確かに…強くはなれてないな 、今の生活は楽しいけど…確かにエリスも不安になる

エリスはこの学園生活が終わればポルデュークに旅立つ、そこには強敵だらけだ…

局地環境に適応した強力な魔獣、大いなるアルカナでも最強と謳われ『アリエ』達、戦うかは分からないけど夢見の魔女の弟子ネレイドさん、それだけじゃない エリスの知らない強者がいるかもしれない

今のエリスの実力で通用するか分からない相手ばかりだ…、今のうちに 少しでも強くなっておいた方がいいんじゃないか?、そんな思考がいつも頭の何処かにある

それに、…今のままじゃきっと エリスはラグナに置いて行かれる、それは嫌だな…

「ま!何にせよさ!弟子の仕事は師を信じる事!疑うのは弟子の仕事じゃねえ、きっと師範達にもなんかしら思惑があるんだろ!、案外卒業した時には強くなってるかもしれないしな」

「ラグナは楽観的だな」

「今は楽観するしか出来ないからな、悲観するよりいいだろ」

「確かにそうだな」

結局 ラグナによって話は纏められ この話題は幕を閉じる、楽観でも悲観でも同じこと 情勢を観ることしかできないなら せめて楽しく、だな…

しかし師匠達の話をしていてふと思う、… 最近レグルス師匠に全然会ってないけど、師匠今頃何やってるんだろうか…、そろそろ会いたいなあ

「そういや そろそろ長期休暇だな」

ふと、ラグナの一言で皆がああそう言えばという顔をする、もう春も終わる夏に入れば長期休暇だ、長期休暇…前年は浜辺で合宿だったが、今年はどうなるんだろう また師匠に会えるのかな……


……………………………………………………


ディオスクロア大学園 その最奥、開かれた大部屋のど真ん中に置かれた古い円卓…曰く 数千年前より教員達が大事な決定を定める会議の時のみ使用が許される古円卓

その円卓にぐるりと座るは 学園を代表する教師達、各学科を収める筆頭教授達が揃い踏みで顔を突き合わせている、行われているのだ 学園での重要な会議が

「さてと?、全員揃ったようだね」

円卓の中央 古き玉座に座るこの学園の王 理事長フーシュ・アリスタルコスは揃った顔ぶれを見て満足そうに微笑む、何度見てもこの光景は良いものだ

智の殿堂たるこの学園を守護せし守り手達、それが一堂に会するなど この学園会議以外なかなか無いからね、一年に数度しか行われない会議 皆その役目を果たすためにここに集うたのだ

「今年の課題は なんとか成功を収めることが出来たね、怪我人は出たが 死人は出なかった、死ななければ学ぶことが出来る 傷もまた学びの一つだ なれ成功と呼べるだろう」

議題は課題だ 今年の課題の振り返りと 来年の課題について、教員達の会議によって決められる、まずは今年の振り返りだが…まぁ 成功と呼べる

学園にとって初めての試みである冒険課題、何が起こるか 学園側も完全に予期できない状態にあった、当然万全を尽くし ポセイドニオス家に声をかけタリアテッレを動員したおかげで死人が出ることはなかった

死人が出なければ成功だ、学園側としても フーシュとしても、今回は成功 ということで話を収め次の議題に進もうとした瞬間 

「課題は成功?、結果だけ見ればそうだろうね だがエリッソ山に魔獣が大量発生したというじゃ無いかい、そこに居合わせた生徒が偶々手練れだったから 偶々タリアテッレが間に合ったから良いものの、一歩間違えば死人が出ていたんだよ?、それを成功と一括りにするのは些か理解しかねるがね」

声を上げるのは魔術科筆頭教授のリリアーナだ、普段は飄々と何事も受け流す彼女だが 今回ばかりは声を上げねば気が済まないと怒声を響かせる、何せその魔獣の大量発生に巻き込まれたのは魔術科の生徒、即ち彼女が預かる生徒だ

「魔獣の大量発生の原因も解明出来ていない以上 この件は成功で終わらせられないと思うが?さて どうかね?」

「リリアーナ!!、理事長に口答えするとは何事だ!!」

そんなリリアーナの不遜な物言いに声を荒げるのは剣術科筆頭教授 グレイヴンだ、あのニュートン家の長男 どうせコネと権威で筆頭教授の座を勝ち取ったのだろうと下に見る生徒や教師達を純粋な実力で黙らせてきた実力者であり 壮絶な努力家でもある

ただ、理事長に対する行き過ぎた忠誠心と声のデカさだけがちょっとした欠点だ

「口答えを咎められては会議出来ないだろう、それとも君は会議の場で理事長の言うことに唯々諾々と従えというのかい?、いいね 面白い会議のやり方だ、アホみたいという点を除けば完璧だね」

「その口の聞き方を改めろというのだ!!!」

「悪いね 性分なもので、聞き苦しいなら耳を塞いでくれ ついでに口も閉じていてくれると幸いだよ、ワガママを言うなら息もしないでくれ 、なに 会議が終わるまでの間でいい、さて諸君一時間ほど会議をしよう」

「リリアーナッッッ!!!」

激昂するグレイヴン ベロをちろっと出して煽るリリアーナ、この二人は水と油だ そんな二人を見かねて教師達も次々口を開く

「私は今回の課題は 初めてで我々も経験が薄いと言う点を考慮すれば成功だと思うがね」

低く野太い声を響かせる長身の髭面、芸術科筆頭教授 アンドリュー・ボッティチェッリ 芸術の国エトワールより招致した男であり、魔女の伝説を絵画に起こす所謂魔女画の天才とも知られる男が ぬるりと声を上げる

「あっしは失敗だと思いやすぜ、死者だ経験だ以前に金がかかり過ぎる、回収も望めない大赤字でさぁ」

せせこましく丸々ようなネズミ顔の男が囁く、商業科筆頭教授 オルロフ・ガーネット デルセクト出身の商人にして世界を股にかける現役の商人だ、この学園で講師をしているのも半ばビジネスの側面が強く、課題も見物客相手にする商売の一環と捉えている部分が大きい

「僕は成功だと思うがね、旅は何が起こるかわからないと言う点を生徒達に知らしめることが出来たからね」

「そうかな、命の危機を教えるのは学園の管轄外だし…」

「だからと言って毎年多くの卒業生が冒険者になり命を落としている事実に変わりはない、君たちの教えた生徒が毎年何百人も死んでるんだぞ?」

「でも…」

「いやしかし…」

音楽科 宗教学科 歴史学科 戦術科 様々な筆頭教授が喧々囂々と意見を言い合う、成功か否か 統計を取れば真っ二つだろう、被害が出てないから成功だ 被害が出る可能性があるなら失敗だ、経験を与えられたから成功だ それは恐怖体験だから失敗だ

「グレイヴン君?君の弟 ガニメデも死にかけたと言うじゃないかい、あれはニュートン家の希望の星だろう?、それに掛け替えのない弟だ…理事長の犬ではなく 一人の教師として兄としての意見は聞きたいが?」

「リリアーナ…くっ、私は…」

リリアーナの言葉に口を閉じるグレイヴン、口に出さないだけで 彼も今回の課題には疑問を持っているようだ

ふむ、とフーシュは髭を撫でる 教師の意見が真っ二つに割れた以上 来年からはこの冒険課題は無しだな、教師の意見が割れるなら生徒達の意見はもっと割れるだろう、生徒達を守り尊重するのが役目である理事長として 無理強いは出来ない

「では、教師諸君の話を聞き 来年から冒険課題の実施は一旦取りやめ と言うことにしようか」

そう フーシュがこの討論に幕を閉じようとした瞬間… 神聖な会議場の扉が開かれる、無遠慮に 乱雑に

「いや、来年も冒険課題は開く 成功か否かではなく、来年度も同じことをする いいね」

「なっ…君は…」

突如会議場の扉を開け 理事長であるフーシュの言葉をひっくり返す者が居る、その存在を見て 思わず声を上げるのはリリアーナだ、何せ 入ってきたのは

「メアリー先生 …これは筆頭教授だけしか出席は許されていないよ」

眠そうに瞳バチバチにつけられたピアスが特徴の女、魔術科 魔獣学専任の教師メアリーだ、謂わばリリアーナの部下たる彼女が会議場に乗り込んできたのだ

この会議は筆頭教授だけが出席を許される、つまりただの教師であるメアリーには出席の権利も許可なしの口出しの権利も ましてや理事長の決定を覆す権利も何もない、だと言うのにメアリーはリリアーナを無視して カツカツと足音を立ててフーシュの元へ向かう

まるでメアリーなど眼中にないかのように

「メアリー先生!これはただの話し合いではなく歴史と伝統ある神聖な会議の場で…」

「やかましい」

「うっ…」

抗議の為立ち上がったグレイヴンをたった一言 一睨みで黙らせる、あの剣術科筆頭教授すらも黙らせるほどの威圧、否 その場にいる全員の口出しさえ許さぬ雰囲気に思わず場が飲み込まれる

そして、メアリーはフーシュの横に立つと…

「それでいいね、フーシュ」

「…ええ、君がそう言うならそうしましょう」

「なっ!?理事長!」

するとフーシュは徐に立ち上がり 玉座から退きメアリーに席を譲る、この会議の議長の立ち位置を ただの教師であるメアリーに譲ったのだ、この学園の理事長であり 王であるはずのアリスタルコスが

「メアリー…なぜ君がそこに座る、そこはこの学園の王の席だ、君のじゃない」

「…あんまりあれこれ説明するの本当に面倒なんでこれ以上私の口を動かして欲しくはないんですけどそれとも一々初めから説明する理由がありますか魔術科筆頭教授リリアーナ」

「っ…」

まくしたてるようなメアリーの言い草にあのリリアーナさえ黙る、一体何が起こっているのか 誰も理解できないまま、全ての決定権が今メアリーに移る

「来年の課題は今年と同じ論冒険課題にします…いえ今年よりも盛大に大々的にやります 学園始まって以来の大祭として」

「だ だが魔獣の大量発生はどうする!、それにこれ以上規模がでかくなれば我々教師達だけではカバーしきれない…!」

「そこも問題ありません この国の中だけならば全て私の思う通りに出来るので」

そう言うとメアリーは一人 足を組み理事長であるフーシュを侍らせてニタリと笑う…、まるで 自らこそが真のこの学園の王でいると言わんばかりに 否、事実 彼女こそがこの学園の支配者なのだろう…

「来年こそが 運命の決着の年です…その大舞台を用意するのも教え導く者の責務でしょう」

それでいいですね と、誰も異論を挟めない問いを一つメアリーが投げかけ、会議と言う名の茶番は終わる 、来年は学園始まって以来の 盛大な祭りにする…そう言い残して

この学園の真の王 その言葉によって、全ては定められた、収束する運命の戦い その存在だけがただ 漠然と決定のであった
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