孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

144.孤独の魔女と嗚呼、懐かしき大地

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「長期休暇だー!いぇーい!」

カンカンと照りつく太陽 むしむしと熱気を放つ家、コルスコルピに夏が来た 、長期休暇の夏だ 遊びの夏だ、昨日で学園の授業も一通り終わり エリス達学生は夏休暇期間へと突入した

今日から学園はしばらく無いしエリス達学生は自由の身だ、自由の夏にデティは朝から大はしゃぎだ

「夏だ夏だ!ズンチャカチャ!ズンチャカチャ!何しようかな!何しようかなっ!」

「デティ、はしゃぐのもいいですが 朝食の片付け手伝ってください?」

「はーい!、お片づけしよー!」

いつもは家の手伝いを嫌うデティも今日ばかりは大喜びでお手伝いをしてくれる、これも夏の魔力か デティがこんなにいい子になるなら一年中夏でもいいな、嘘をついた 一年中夏は嫌だ 暑いから

「いやぁー!、にしても夏はやっぱいいなぁ 冬より断然いい、寒くないのがいい」

「ラグナは夏になると元気になるな、私は夏は嫌いだ 夏は裸になっても暑いが冬は着込めば暖かいからな」

「水浴びすりゃいいじゃ無いか、そうだ 今日は今から川に遊びにいくか?」

「いいですね、川ですか 涼しそうです」

「川だー!フゥーッ!ピコピコー!」

四人揃って朝食の食器を片付けながらこれから夏の長期休暇計画を立てる、さて何をしようかな なんて話をしていると、ふと ラグナが少し 顔色を変え窓の外を見る

「…しかし、もう俺がアルクカースから離れて一年が経ったのか…」

そう、呟くのだ…その顔色は やや寂しそうで、いや ラグナだけでは無い デティもメルクさんもちょっとセンチな表情だ

「確かに、一年が経ったな あれから一度もデルセクトに帰れてないが…みんなは上手くやっているだろうか」

「あー、確かに私もアジメクが気になるかも…」

みんな 祖国が気になるようだ、そりゃそうか みんな国の役目を他の人に任せているとは言え、それでも故郷だ いくらここの暮らしが楽しくても、故郷の寂しさはまた別だ…

エリスには あんまり望郷の念は無いが、みんなは別なんだろうな…

「折角の長期休暇なら…一回は国に帰ってみたいが」

「難しいだろうな、ここからじゃ距離がある…」

「大国間の移動となると 年単位になるからね、一ヶ月ちょっとじゃ まるで足りないよ」

「だな…」

浮かれていた空気も瞬く間に冷え切る、ホームシック…というほどじゃないが、それでもみんな一回は故郷に帰っておきたいのか…、エリスになんとかできないだろうか

折角の長期休暇だ、帰れる人は故郷に帰る人も少なくない…ならラグナ達もなんとか、そう考えている間に朝食に使ったお皿は全てピカピカになる、…さてと それじゃあどうするか

そう一息ついた瞬間の事だった

「丁度いいですね、故郷に帰りたいなら 少しの間帰りましょうか」

「え?」

ふと、声がする ダイニングの方から…、エリス達四人以外の声が 大慌てで濡れた手をタオルで拭いてキッチンから飛び出ると

「スピカ先生!?」

「お久しぶりですね、デティ」

スピカ様だ、友愛の魔女スピカ様がいつの間にやらダイニングの椅子に座り 優雅に紅茶を啜っていた、いつの間に…扉から入った気配すらなかったぞ、というか今 この人なんて言った?帰りたいなら?え?

というか スピカ様だけじゃない…!、エリス達の座る四つの椅子 その上に全て影が座っていて…

「まさしく以心伝心、師弟で心が通うとはまさしくこの事…嬉しくもありますが気味が悪くもありますわね」

「気味悪がる事ねぇだろ、可愛い弟子達じゃねぇか」

「私とエリスの心が通っているのは今に始まった事ではない」

魔女様達だ、フォーマルハウト様 アルクトゥルス様 そしてレグルス師匠、その四人がエリス達の席に座って……

「えぇぇぇぇ!?!?し 師匠!?」

「師範!なんでここに!」

「マスター!す すみません!来ていたとは知らず!」

「あー!、スピカ先生!そこの棚にお菓子は隠してません!隠してませんから!あー!」

「騒がしいな…、我々が来ただけで騒ぐんじゃない」

騒ぐよ!いつの間に来たんですか!この人たちまさか四人揃ってエリス達を驚かす為にこっそり屋敷に忍び込んだのか?、態々弟子を驚かす為に 魔女が四人も揃って…なんか 大人気ない…

「何しに来たんですか!師範!」

「うるせぇな、長期休暇だから遊びに来たんだよ 去年と同じようにな」

「遊びに?…まさかまた修行…」

「怯えんなよ、去年みたいに騙すつもりはねぇ」

とはいえ身構えてしまう、態々魔女様が四人も揃って…一体何事だと弟子達は四人揃って若干構えを取るが、師匠達はフッ と軽く笑う

「いえ、ただ皆さんそろそろ故郷に帰りたいかと思いまして、一ヶ月と少しだけ 祖国に連れて帰ろうかと思いまして、なんてことを考えていたら 皆さんも同じようなことを考えていたようでして」

確かにそんな話をしたが…まさか、師匠達も同じことを考えていたとは まさしく師弟の以心伝心、やはりエリス達は心のどこかじゃ繋がっているんだ、理屈じゃ説明できない何かで…嬉しいな それはなんだか

「え?ってことは私達帰るんですか?祖国に」

「ええ、勿論 あなた達が望むなら」

「…じゃあ…」

「ああ…そうだな」

「んー、えっと」

祖国に帰ろう そんな話をしていたところに正しく渡りに船とも言える話を前に、ラグナ達の返事はやや微妙なものだ、なんだ?みんな帰りたくないのか?どうしたんだそんなみんな揃ってエリスの顔を見て…

ああ、そういうことか…みんなエリスに遠慮しているんだ、みんな祖国に戻ればエリスは一人になる、だから遠慮しているのか

「エリスちゃんも私とアジメクに戻る?」

「いえ、エリスがアジメクに戻るのは旅を終えたその時だけです、デティには悪いですが 遠慮させてもらいます」

「じゃあエリスちゃん この屋敷で留守番するの?それはちょっと悪いよ…私達だけ」

んー、みんなが国に戻ればエリスはこの屋敷に一人だ それは寂しいが、エリスには帰れる故郷がないし エリスの都合でみんなを引き留めるわけにはいかない、寂しいには寂しいけど うん仕方ない、エリスはこの長期休暇を一人で過ごそう

そう 静かに決意すると…

「じゃあエリスもオレ様達と一緒にアルクカース来るか?」

そう、アルクトゥルス様が仰られるのだ、オレ様達とは、ラグナとアルクトゥルス様の二人に付き添って、エリスもまたアルクカースへ…って

「え?、いいんですか?…」

「アジメクには戻らなくてもアルクカースには戻れるだろ?、なぁレグルス エリス連れてってもいいよな」

「構わん、休暇の過ごし方は弟子に任せる、私もいつもこの屋敷居られるわけじゃない、アルクカースに行けばエリスも寂しい思いはしないで済むだろう」

「そうは言いますが…ラグナ?」

そりゃ、エリスにとってもアルクカースは思い出深い地、いつ戻れるのか分からないと思っていた場所に戻れるなら、嬉しいことこの上ない、けど

エリスはラグナが故郷に戻るのを邪魔したくない、ラグナにとっては折角の帰省なわけだしエリスはお邪魔虫じゃないだろうか

そう 不安になって彼の顔を見ると…、彼は優しく微笑み

「いいよ、来るか?俺の国に」

ラグナは言う アルクカースに遊びに来いと、師匠は言う お前の休暇だと、…エリスは それならば何と言うか、気持ちを正直に言うなれば… その気持ちを率直に伝えるなれば、答えは一つしかない

「では、エリスもお伴しますね ラグナ」

「おう!」

ニッと笑うラグナの顔を見てエリスも思わず微笑んでしまう、ラグナのアルクカース帰郷 突如として決まった夏季休暇の予定、一年目と同様エリスはこの屋敷を離れ 剰えこの国を離れ、六年前 旅をしたアルクカースへと戻る事となった

ラグナと一緒に…、かつてアルクカースを駆け抜けた朋友と共に

………………………………………………

夏季休暇という事で現れた魔女様達の提案により ラグナ達は一時的…夏季休暇の間だけ魔女様達と帰郷する事となった、そんな中エリスはラグナと共にアルクカースへ向かう エリスの故郷は厳密にはアジメクだが これで戻るのはなんか違う気がしたので今回は見送る

あの話し合いの後やることが決まったなら行動だ!とアルクトゥルス様の言葉によりデティはスピカ様とアジメクへ メルクさんはフォーマルハウト様とデルセクトへ向かった、魔女様とならばどんな大国間でも瞬く間に移動できるしね、あの人達を足代わりに使うのは気がひけるけど

そして、エリス達もまたアルクカースへ向かう、向かうメンバーはラグナとエリス そしてアルクトゥルス様とレグルス師匠だ、いつぞやの海に向かった時と同じようにエリス達は魔女様に抱えられ空を舞う

言うなれば単なる跳躍、ただ 魔女と言う名の超人の脚力は人が敷いた国境も神が作りたもうた距離という概念も踏み越えて 凄まじい速度でグングン進んでいく

エリスもラグナも、それなりの速度で移動できるようになった、馬よりも早く移動することはできる、だが魔女様達のこの領域にはまだまだ届きようもない 何をどうすればこうなるのか、今はまだ想像もつかない速さだ

エリス達の体が一際大きな雲に突っ込み 雲によって閉ざされた暗い視界が雲を突き抜け明瞭になる頃には、目に見える世界が一変していた



マレウスやデルセクトとのような緑の平原はない 、あるのは赤い地表 むき出しの岩肌や硬く乾燥した荒野が空風を吹かせ 人々は 獣はその険しき台地の上で逞しく生きることをしいられる

軍事大国アルクカースだ、エリスと師匠が五年前に到達した そして乗り越えた国、世界屈指の戦闘民族アルクカース人の巣窟であり 全てが争いで決まるという恐ろしい文化と風習を持つ争いと諍いの国 それがエリスの知るアルクカース

あれから五年、ラグナの治世になってどれだけ変わったかは分からないが …それでも感じるこの風は、やはりエリスの記憶にある時と変わりはない

帰ってきたのだ、アルクカースに…

「よっと」

「っと」

跳躍していた師匠とアルクトゥルス様の体が地面へと辿り着き 音も立てずゆったり着地する、当然 師匠達にしがみついていたエリス達もこのアルクカースの地に足をつけることになり

「ここは…中央都市 ビスマルシアですね」

師匠の体から降りて 周りを見る、この景色には見覚えがある…真っ赤な山赤茶けた大地 硬く優しさのかけらもない大地、その上に岩を切り出すようにして作られた街、他の国とはそもそも違う建築法によって作られた四角い家々

大通りを歩く人間は皆武器を持ち 荒々しいまでの筋肉と闘気を醸している、懐かしい このむさ苦しい感じ、間違いない

ここはアルクカースの中央都市 ビスマルシアだ

「懐かしいですね」

「そうだな、俺にとっては一年ぶりでも エリスにとっては6年ぶりだものな」

「はい、以前はリバダビアさんを連れて 継承戦に備えるためこの町を訪れたんですね、…あの時はどうなることかと思っていましたよ」

「よく覚えてるね ほんと、俺はもう所々曖昧になって来てるよ」

…そっか、やっぱり普通の人は時間経過と共に少しづつ忘れていくものなのだろうな、それがどれだけ苦労したものでも 傷ついたものでも、その上に降り積もった時の砂は 容易にその記憶を埋めていく

結果として残るのは経験と なんとなく曖昧に統合された記憶だけ、永遠に覚えているエリス的には少し寂しいな…

「おい、思い出話は後にしてよぉ?とりあえず城に向かえよ ラグナもそのつもりで来たんだろ?」

「いいじゃないですか師範 エリスと一緒に感傷に浸るくらい」

「ハッ…何が感傷だ一年そこらで、あの城にはその一年間 お前の帰還を待ち続けているお前の家臣がいるんだ、少しでも早く顔を見見せてやれよ」

「そうでしたね、…じゃあエリス 行こうか」

「はい、ラグナ」

ラグナの家臣か、と言って浮かぶのはラグナの幼い頃からの懐刀 戦士テオドーラさんと軍事サイラスさん、後途中仲間になったバードランドさんと老戦士ハロルドさん、カロケリ族のみんな…はもうカロケリ山だろうけどさ

みんなに会えるのか…、みんなはエリスのこと覚えてるかな、忘れられてたら悲しいな 、そんなワクワクと若干の不安を抱えたままエリスとラグナは二人揃って並び立ちビスマルシアの入口へと向かっていく

以前来た時は馬車だったが、別に徒歩でもそんなに景色は変わらない 世界屈指の武器の産地ということもあり相変わらず武器を求める冒険者や戦士達で溢れている 、チラリと視線を横にやれば喧嘩をする男達が チラリと脇を見れば乱闘する戦士達が…

普通の街なら直ぐにでも誰かが止めに入るようなことが、ここでは其処彼処で当たり前のように行われている、当たり前なので誰も止めない ラグナもそうこれこれと何やら微笑ましげに笑ってる

本当に変わらないなここは

「あれ?、ラグナ様じゃねぇか?」

「あら本当だ!、ラグナ様ー!!」
 
「お帰りになられたのですか!ラグナ大王!」

「ラグナ大王様ー!」

ふと、町をいく一人の戦士がラグナに気がつくなり 次々と街人が出てきてあっという間にラグナとエリス達は囲まれてしまう、こ これは前と違う 前はこんなこと全くなかった、ラグナは王子としてあまり期待されていなかったから

でも…今は違う

「ああ、一時的にだけどこの国に帰ってくることになった、みんな健勝なようで何よりだ」

今の彼は大王 この国を統べる男なのだ、誰よりも強く 誰よりも慕われるアルクカース大王なのだから、当然か

いや、ここまで好かれるのはラグナが大王だからじゃない 大王がラグナだからだ、彼でなければ大王はこうも好かれまい

「あれ?、ラグナ様 そのお隣の女性は…?」

「見たことない子ですね」

すると視線がエリスに一斉に注がれる、見たことがない人 まぁエリスがこの町にいた期間は短い、知らなくても仕方あるまい、だが多分名乗れば分かる人もいるんじゃなかろうか、一応エリスの継承戦の闘いぶりだけは有名みたいだしね

「まさかその人…ラグナ様の…」

「あの噂の…」

そう 街人の一人が口を開こうとした瞬間、ラグナの目つきが変わり…、というか噂?なんの噂?

「と 取り敢えず!城に戻りたいんだ!城に戻してもらってもいいかな!?」

「え?、ラグナ様…でも…」

「おいテメェら、往来のど真ん中で迷惑なんだよ オレ様の進路を遮るんじゃねぇよ」

「…………はぁ…」

「ヒッ」

やや遅れて現れたアルクトゥルス様の一喝とレグルス師匠の眼光に気圧され 目の前に横たわっていた人の海が真っ二つに割れる、まぁ 仕方ないとは思う 何せあの争乱の魔女と孤独の魔女の揃い踏みだ、それにギロリと睨まれれば神様だって道開ける

取り敢えずエリスとラグナはやや申し訳なさそうにしながらも師匠のたちの人海割りの恩恵に預かりながらスゴスゴとビスマルシアの中央にある魔女大要塞にして王城でもあるフリードリスへと向かう

しかし、なんだ?通り過ぎるエリスとラグナの事を見て 何やら街人達が色めきだっている、ラグナ単体でその反応なら分かるが エリスとラグナセットでその反応は分からない、なんで顔を赤くしてキャーキャー言ってるんですの?

分からん と首を傾げながら人の海を越え、フリードリスへとたどり着く…


史上最高峰の防御力を持つと言われれ魔女様自ら設計した大要塞、赤い大地のど真ん中にぶっ刺さるように建てられた漆黒の要塞、無骨でありながらもその勇ましい有様は一周回って美しささえ感じる

白亜の城が宝石のような美しさだとするならば このフリードリスは磨かれた剣だ、どちらも光を放つことに変わりはないが、その光が秘める美しさはまるで別物だ


「凱旋の連絡も何もしてなかったから迎えが無いな」

フリードリスの前には誰もいなかった、白亜の城とかならここでズラーっと人が並んでお出迎えしてるんだが、アルクカースにはそういう習慣がないのかと思えば 単純にこの砦にラグナが帰ってくることが誰にも知られていなかったようだ

まぁ、さっき決まって さっき帰ってきたわけだし、それで知ってたら逆に気持ち悪いよ

なんて考えながらも城門を開け 要塞内部へと帰還するラグナ、流石に砦に入る頃になるとラグナの帰還に気がついた者も多く 砦を守る守衛や偶然外をうろついていた戦士なんかが驚いていた

あの反応は面白かったな、みんな揃ってラグナの姿を見るなり目をこすって首を傾げ その後大慌てで挨拶に行こうとし、いやそれよりも報告だと場内に戻っていくのだから

彼らは街人とは違う立場ある人間 故に私情の挨拶よりも周りの人間への報告を優先する、流石だな

「みんな、いきなりだが戻ったぞ!」

そうラグナが声を上げて砦内部の扉をバンッ!といきなり開ける、もしエリスがここの配下であと数年はいないと言われていた王様がいきなりバンッ!と扉をあけて入ってきたらびっくらこいて死んでしまうかもしれない

だがそこはアルクカース そこは一流の戦士、すでに報告へ向かった戦士達により状況が整えられており、扉の向こうでは幾人もの戦士達が二つの列を作ってラグナを出迎えていた

「お帰りなさいませ!ラグナ大王!我らが主人!」

「ああ、ただいま ガイランド、いきなり帰ってすまなかった、慌てさせたな」

「いえ!、ここは我が王の居城 我が王の国 なればいついかなる時も舞い戻る権利はございます、それに 我ら家臣一同 王の帰還を心待ちにしておりましたので、今日こうしてあえているだけで 私は幸せにございます!」

おおう?、なんかすげぇのが出てきたぞ… 見慣れない黒と金の鎧を身に纏った男性だ、快活そうな見た目とハツラツと溢れる活気が特徴的な男性…、年齢的には20後半くらいか?

ラグナよりもはるかに格上の彼が抱拳礼をしながらラグナを褒め称える様は 普通なら違和感を感じるはずなのに、ここでは不思議と様になっている、それは彼がラグナの家臣だからか?

しかし、こんな男見たことないぞ…?ガイランド?いたかそんなの、いやいない 少なくとも継承戦時にはいなかった筈だ

「ん?エリス どうした?」

「いえ、ラグナ この人は…」

「あれ?会ったことなかったか?、こいつはガイランド・シュパーブ 俺の直属の部隊 王牙戦士団の六隊長のうちの一人だ」

王牙戦士団って言えばラグナが国王に就任した時出来た戦士団か、その時の隊長はベオセルクさんだけだった筈なんだが 時間が経つ間に隊長が六人にも増えていたのか

エリスがアルクカースからいなくなった後 ラグナに仕官した人間 と見るのがいいか

「ラグナ大王 こちらのお嬢様はまさか エリス様ですか?」

「ああ、エリスだ…ってお前にエリスの話したことあったか?」

「有名です、ラグナ大王の右腕と知られる伝説の魔術師 まさかこの目でお目にかかれる日が来ようとは…、エリス殿!」

「ひゃ ひゃい!?」

するといきなりズイと詰め寄られる、ガニメデさんみたいな熱量を持った顔がグググと近づけられるとともに エリスの目の前で抱拳礼をし…

「私は王牙戦士団の隊長が一人 一番槍のガイランド!、よろしくお願いします!」

「よ…」

よろしくお願いされても…、何をどうよろしくすれば…

「ちなみにベオセルク兄様はその上の総隊長って位置づけだ」

今はそれどうでもいいです

「エリス殿のお話は常々聞いております、ホリン様よりその武勇伝やラグナ大王とのお話は伺っておりましたが…そうですかそうですか」

ああ、エリスの話ってラグナのお姉さんのホリンさんから聞いていたのか、…って それってやばくないか? とラグナも同じことを考えていたのか ハッと目を合わせる

何がやばいってあの人 なんでも面白くしようと話を盛るんだ、この純粋なガイランドに一体どんなデマ吹き込んでるか分かったもんじゃない

そう、まるでエリス達の不安を的中させるように ガイランドは口を開く

「この未来のアルクカース王妃となられるお方!、将来的には我ら王牙戦士団の主人なられるお方だと聞き及んでおります!」

「ぶはぁっ!?」

なんじゃそりゃあ!?そ それってつまり…

「あ あの、えっと…」

「おや?違うのですか?てっきり今日はここに婚姻の儀をしにきたものと…式場も今抑えさせております」

なんじゃそりゃー!、どういう勘違いだよ!というかホリンさん何吹き込んでんだよー!、結婚しにきた!?んなわけがないだろう!

いやもしかして街での噂とやらやエリスとラグナを見てキャーキャー言ってたのって…その話 街の方にも広がってるんじゃあるまいな、いや 間違いなく広まってる ホリンさんはそういう人だ、もうアルクカース的にはエリスとラグナが結婚することで話がまとまっているんだ

…い いやまぁ?、嬉しいには嬉しいですけど…きっとラグナも迷惑ですよ…エリスとなんかじゃ、だって彼は王族でエリスは…元奴隷だし

「バカ!ガイランド!俺とエリスは友人だ!結婚をしにきたわけじゃない!」

「そ そうなのですかー!?」

「そうだ!、そんな勘違い エリスに失礼だろ!全く…!ホリン姉様にも軽率なこと言わないよう言っておかないと!」

…でもラグナ、そんなに否定しなくてもいいじゃないですか、そんな顔を真っ赤にして怒って、やっぱりエリスとは嫌でよすね エリスとは友人ですものね…うん、うん…

「そうでしたか、では式場の予約はやめておきます」
 
「当たり前だ、そういうのはちゃんと話すから…そうだ ベオセルク兄様は今どこにいる?」

「総隊長は今 総隊長室にて休憩されております」

「そうか、なぁエリス…そ その ベオセルク兄様にも挨拶に行こうか」

「は はい…そうですね、あの人にも挨拶に行かないと」

うう、でもラグナの顔見れない そんな結婚とかなんとか言われちゃ どうしても意識してしまう、今はともかくこの場から離れて落ち着かないと、やや俯きながらラグナの声に従い エリスはガイランドさん達から逃げるように離れる



「若いなぁ、青春って奴か?エリスもラグナもよぉ」

そんな逃げるように立ち去るエリスとラグナを見てニタリと笑うアルクトゥルス、二人揃って顔真っ赤にしてまぁ 若い若いと笑っている、ああいう甘酸っぱい経験はアルクトゥルスにはないが故に なんだか新鮮だと、隣に立つ盟友レグルスの顔を見ると…

「許さんぞラグナ…エリスと結婚したく場私を倒してからにしろ…」

阿修羅みたいな顔してた、…こりゃ ラグナの恋路は大変なもんになりそうだなぁ、まぁそれも含めて面白いんだが

………………………………………………………………

ラグナに連れられフリードリスを駆けるエリスとラグナ、エリスはなんだかんだこの要塞を歩き回るのは初めてなのでこの五年で何がどう変わったかは分からないが、心なしか場内が綺麗になっているような気がする、いや気のせいか?多分気のせいだ

そしてしばらく歩いた先にある豪華な扉 『総隊長室』と書かれた部屋の前でエリス達は止まる、ラグナ曰くまだ王子だった頃使っていた私室をそのまま総隊長としての仕事部屋に変えたらしい

ベオセルクさんは王牙戦士団隊長になると同時に王族の座を捨てている、故にこの城に住まう権利はないからな、でも そうやって今まで住んでた部屋も捨ててしまうあたり、律儀というか真面目というか

「…おほん」

エリスはその扉の前で襟を正す、ベオセルクさんと会うのは久しぶりだ、緊張する…

エリスの中でのベオセルクさんの印象は五年前と同じ 『絶対強者』だ、あの絶対的な力と圧倒的な力は今だに脳裏にこびりついて離れない、いろんな敵と戦ったからこそわかる

ベオセルクさんの強さは異常だ、しかもあれでまだ発展途上だったという 、エリスも強くなったが ベオセルクさんはそれ以上に強くなってるだろう、別に戦いにきたわけじゃないが それでも緊張する

あの獣のようなあの人にまた会う、…やはり怖いな 、失礼なことをした瞬間ぶっ飛ばされるかもしれない、そこはラグナも一緒なのか 扉に手をかけたあと一瞬静止し呼吸を整えると

「失礼します、ベオセルク兄様!」

そう声をあげ ベオセルクさんの仕事部屋の扉を開ける…


……するとそこには……!!



「よーしよしよしよし!、リオス?クレー?かわいいなぁお前らはぁ?、おぉーほほ そんなにパパが大好きかぁ?パパもお前達を愛してるぞぉ?」

…すげーベタベタに甘い声を出しながら床に寝そべり 小さな赤ん坊二人を抱えているベオセルクさんの姿があった…

え?、これ?これベオセルクさん?あの抜き身の刃みたいだったベオセルクさんの今がこれ?

「え?…」

「ん?…ゲェッ!?」

するとベオセルクさんもこちらに気がついたのか 赤ちゃん二人に頬ずりをしながらこちらを見て真っ青になり

「ら ラグナ、帰ってたのか…」

「は はい、帰ってました…すみません」

なんか見ちゃいけないもの見た気がする、ノックしてから入るべきだった…いやノックしてたら入れてもらえなかったかもしれないなこれは

エリスの中の絶対強者ベオセルクのイメージが…ガラガラ音を立てて崩れていく

「あ?、おいラグナ…隣の女は誰だ?」

「え?」

ふと、ベオセルクさんの視線がこちらに向けられる、え?誰って もしかしてベオセルクさん、エリスのこと覚えてない感じ…?、五年前戦ったのに…いやベオセルクさんなら忘れててもおかしくはないが…

「兄様、エリスですよ エリス、覚えてませんか?」

「エリス?…マジか、エリスかお前! デカくなったな、顔つきも変わって 一瞬分からなかったぞ」

「お久しぶりですベオセルクさん」

「本当に久しぶりだな」

そう言いながらベオセルクさんは赤ん坊を二人抱き上げながら立ち上がる、そっか まだエリスがここにいた時は7~8歳だったものな、そりゃ分からないか あれから背も高くなったし、顔つきも幼さがなくなった

そういうベオセルクさんも、なんだか大人になった気がする、もう二十を超え 完全に大人の一人って感じだ、というかまぁ子供が産まれたからだろうな

「あーうー…」

「パーパー!」

ベオセルクさんの手なのにかは赤黒い髪の毛をした男の子が指をしゃぶり 明るい赤色の女の子が目を輝かせながらエリスの方を興味シンシンと言った様子で手を伸ばしている
 
「その子達がベオセルクさんの??」

「ああ、俺とアスクの子…男がリオス 女がクレーだ、可愛いだろ?」

ああ、去年聞かされたベオセルクさんとアスクさんの間に生まれたという…、もうこんなに大きくなったのか、時期的に一歳とちょっとくらいの年齢だろうが…

「たうー」

くそ可愛い、リオス君とクレーちゃん どっちも本当に可愛い、可愛い 可愛いとしか言えない 、ベオセルクさんが溺愛するのも分かる…デティと同系統の可愛さだ、って言ったらデティは怒るだろうな

しかし…、やはりというかなんというか 髪が赤い、アルクカース王族特有の赤髪だ

ベオセルクさんは王族の座を捨てているがその血は正統なアルクカース王族の物、この子達は王族の血を継ぎながらも王族になる権利は持たない…

どうなるんだろうか、この子達は将来 王座を欲するんだろうか でもどれだけ欲してもベオセルクさんが王族の座を捨てた以上この子達には…、いやその辺の裁定は現国王のラグナがするか

「可愛いですね…」 

「だろう?、俺とアスクの子だからな それに聞いたか?さっきパパって言ったんだぜ?まだ1歳なのにだ、この子達は天才だ 将来王族を守護する二大隊長になるように俺が育てる」

「子供の生き方は子供に決めさせてあげましょうよ」

「アルクカース人なら戦士になるのが幸せだ」

奥さんのアスクさんはエラトス人だから半分はエラトス人だろうに、まぁ他所様のお子さんの教育方針に口出しするつもりはないが、しかし可愛いなぁ この子達も大きくなったらベオセルクさんみたいになるのかな

…それはなんか嫌だな…

「ほーら、ラグナ叔父ちゃんだぞぉ…ほらラグナ 抱け」

「え?いいんですか?」
 
「将来お前を守る王牙戦士団の大隊長だ、今のうちに確かめておけ…ほらエリスも」

「え?あ…はい」

そう言ってベオセルクさんにはラグナにはリオス君を エリスにはクレーちゃんを抱かせてくれる、おお?おお 重たい…これが赤ん坊の重み 命の重さか

「キャッキャッ!」

「なんかこの子、クレーちゃん…はしゃいでますね」

「お前が気に入ったんだろう、クレーは誰にでも懐くが お前は特別だな」

そうなのか、この子は将来明るい子になりそうだな…、というか力強…やはりこの子もアルクカースの血が流れてるんだ、いやこの場合ベオセルクさんの血か

「あうー…パパー?」

「違うよ、パパじゃない 俺はラグナだよ、ラーグーナー…分かるかな」

「らうー?」

「分かんないか」

一方ラグナに抱かれるリオス君は大物だ、この国の大王に抱かれてもぶてーとしている、なんかどっしりしている 双子なのにこうも性格が違うか…、そりゃそうか この子達も一人の人間なんだ

将来 どんな風に生きるにせよ、どんな人間になるにせよ それはこの子達が歩む道なんだ…、元気に育ってくれよー?よーしよし

「しかし兄様、なんで仕事場にこの子達がいるんですか?、アスク義姉さんは?」

「アスクは今 ポーション作ってる、軍で使う分をな」 

「だから仕事場に連れてきたんですか?」

「アスクに無理言ってな、仕事してる俺を見せようかと思って、今俺の座ってる席は将来この子達の座る席だからな」

なんだそれは…、仕事してるパパを見せるには早くないか?、どんだけ溺愛してるんだ…

「それよりラグナ、お前なんで帰ってきたんだ?」

「学園が長期休暇なので一ヶ月ほどここに滞在しようかと、エリスも久々にアルクカースに来たいみたいだったので」

「そうか、…丁度いい 仕事が溜まってんだ、休みなら片付けてけ」

「はい、そのつもりですよ」

そう言いながらエリスとラグナはベオセルクさんに双子を返す、やっぱりなんのかんの言ってリオス君もクレーちゃんもお父さんが大好きなようだ、…いいお父さんなんだろうな

なんて話をしていると部屋の外でドタドタと足音が聞こえ…

「ラグナ大王!」

「ラグナ様!」

「お戻りになられたのですね!ライラは嬉しゅうございます!」

総隊長室に五人くらいの男女が武器を抱えて突っ込んでくる、ともすれば襲撃だが このアルクカースならこれが普通のスタイルなんだろう、というか全員鎧を着込んで汗を流している、多分 訓練か何かしている最中にラグナ帰還の話を聞いて慌てて突っ込んできたんだろう

「ああ、みんな ただいま…エリス 彼等が俺の護衛 王牙戦士団の隊長達だ」

「へぇ、この人達が」

彼等が王牙戦士団の、確かガイランドさんがそのうちの一人だから この人達はそれ以外の ということか…

「お前らぁ~?、武器抱えてリオス達の前に出んなっていつも言ってんだろぉ~?殺すぞ~?」

凄まじい殺気を放ちながら物凄い柔らかな口調と笑顔で隊長達を諭す…いや脅すベオセルクさん、多分子供達の前だから怒鳴らないだけだろうな怖さそのものは全然変わらんし、青筋ピキピキだ

「す すんません総隊長」

「我々はその…お子様を脅かすつもりは…」

王牙戦士団 と言えば魔女直属の討滅戦士団に並ぶ精鋭達の筈なのだが…、やはりその中でもベオセルクさんは別格のようだ

「よし、みんな居るなら丁度いい 城の人間を集めてくれ、急な話だが一ヶ月程この城に滞在できることになったからな、皆に話を通しておきたいし エリスのことも紹介しておきたい…何やらデマが流布されているようだしな」

「ハッ!我らが王!」

ラグナの号令で屈強な戦士達が一斉に抱拳礼にて吼える、なんか分かってはいたけど…ラグナってちゃんと王様やってんだなあ、エリスと別れた時はまだ王様になりたてだったから 王感は薄かったけれど

今は立派に国王様だ…それを エリスはようやく実感するのだった


そして、ラグナの号令により動き始めた王牙戦士団達は瞬く間に城中に散らばり 国王帰還の方を届け、その言葉は城外にも届き 街にも響き 瞬く間に国中に轟くこととなる

『国外に留学中のラグナ大王 帰還!』と…、この国の人間は強い者が好きだ そしてラグナは強い、この国でも五本の指に入る程 故に慕われている、役職問わず 年齢問わず 性別問わず、万人より好かれている

城の臣下達によりあっという間にお膳立てされ ラグナは城の外周部 テラスへと招かれる、いつの間に着替えたのやら いつもの動きやすい格好から動きにくそうな鎧とマント そして煌めく王冠を被った国王フォームに着替えていた

妙に着慣れているのは あれこそが彼の正装だからか

そんな姿に着替えた彼の姿がテラスから見えた瞬間、喝采が湧く ラグナ帰還の報を受け集まった城の臣下 街の人間 慌てて馳せ参じた諸侯 そして一目見ようと現れた冒険者達によって外はごった返し 人の海が出来ている

「きゃー!ラグナ様ー!」とか「我らが勇ましき王!」とかもうすごい慕われぶりだ、エリスがこんなところにいていいのかと 若干の間違いを感じてしまう

え?今エリスがどこにいるかって?、そりゃ テラスにて拍手喝采の雨を受けるラグナの隣だ、凄いところにいるよ 自分でも思う、本当は眼下の人の海の中からラグナを見ようと思っていたら

『君のことも紹介するんだから 君が側にいないでどうする』

とやや怒られてしまった、あんまりにもそそくさと手早く逃げようとするエリスに対して怒ったらしい、いやでも 緊張しますよ、ラグナは慣れてるかもしれませんが…エリスとしてはこんな 沢山の人の目は得意じゃありません

「皆!、一時的にだが国を空けてすまなかった!」

ラグナが一言 そう言えばあれほど騒いでいた民衆はピタリと黙り ラグナの言葉を傾聴する、以前までなら彼の言葉など誰も聞かなかったのに

それは玉座の為せる技か、或いは彼が国王として大成しつつある兆候か

「戻ってきたとはいえ俺はカストリア大陸の果て、この国随一の知の国にて 俺は未だ学びの最中にある、故に一ヶ月したら またコルスコルピに旅立つ予定でいる」

ラグナがまた旅立つと言えば民衆は…なんかこう どよーっとした雰囲気を漂わせる、本当にラグナが好きなんだな…

「だが 裏を返せば一ヶ月はここにいる、その間また何かあれば 存分に俺を頼ってくれ、俺も 出来得る限りの力を尽くし皆の為に働こう!」

「わぁー!ラグナ大王ー!!」

「我らの王ー!」

彼が儀礼用の宝剣を掲げれば民は爆発するように歓声をあげる、彼の帰還を心底喜ぶように 讃えるように国全体で彼の一時帰還を喜ぶ、一時帰還でこれだ 卒業して戻ってきたら一体どうなっちゃうんだ…

「ラグナ大王ーー!!」

ふと、民衆の中の一人の少女がやや興奮したように叫ぶ声が耳につく

「あのー!、隣にいる方はお嫁さんですかー!!」

「なっ!?」  

少女の言葉によりこの場にいる民衆全ての意識がエリスに向けられる、何を言ってるんだみんなは!、いや …客観的に考えてみよう

突如として帰ってきた国王、その隣には見慣れぬ女性 これ見よがしに並び立つ姿、おまけに噂ではそのような噂の類もある…、となればこんな色恋じみた話になるのも当然か

でも そんな…国を挙げてお祝いなんてぇ、あう 顔熱い…

「こ この機会だから言っておく!、その話はデマだ!ホリン姉様が酒場でクダでも巻きながら零した偽りだ!」

「なら その女の人とは結婚しないんですかー!」

「そ それは…」

ラグナがこちらを見る、ジッと見る なんですかその目は、結婚しないと 宣言するつもりですか?、別にいいですよ 別にいいですけど、エリスは悲しくて泣いちゃうかもしれませんよ?こっそりとですが

「それは……」

「ラグナ大王、民衆の質問に下手な答えをしないほうがいい、答えを用意できないなら答えないのも手だ、あとはあちら側が勝手に答えを想像するさ」

ふと、背後から声がする テラスの奥でエリス達の護衛を担当していた戦士のうちの一人が そう言いながら前へ出てくるのだ、ただの護衛がただ諭しただけ、だというのにエリスは衝撃が隠せなかった…

前へ出てきた戦士は鉄の仮面を被り 口元と髪の毛しか見えない程に正体を隠していた、このまま見れば誰かは分からない…けど その声は聞いたことがあった…

そう、この声は 継承戦の時 エリス達の前に立ち塞がった強敵にして黒幕、今は夢破れ地方の砦に軟禁されているはずの…

「もしかして、この人…」

「ああ、ラクレス兄様だ 今は俺の剣客ということで側に置いている」

やっぱりという納得となんで?という二つの衝撃に飲まれエリスは訳もわからず無言で鉄仮面を見つめる、これがラクレスさん?もう外に出ても大丈夫なんですか?それともなんか前と全然違わないか?

いや、顔とか背とかは分からないけどさ、雰囲気が違う 違いすぎる、前はもっとこう ギラギラに燃え煮え滾っていたのに、剥き出しの闘争本能が喋ってるみたいな人だったのに

今はなんというか、灰のようだ この人から何も感じない程に、こんな人になっちゃったのか…

「ラクレスさん…その、お久しぶりです」

「久しいね、エリス殿…さぁこちらへ、戦士達の中には 君と再会したがっている者も沢山いる、エリス殿も民衆よりもかつての戦友にあいたいだろう」

「かつての戦友…」

「もうすでに集合している、こちらだよ」

そう言いながら仮面を取り エリス達をテラスの奥へ 場内へ招き入れるラクレスさん、素顔は相変わらず美しい、エリスの旅の中で見てきた美男子ランキング堂々の2位を維持し続けるだけはある

因みに第一位はニコラスさんだ、あの人中身はあれだけど外面は間違いなく完璧な人だしね

しかし、ラクレスさん…印象が変わったせいでなんか、前までは戦士達の王!って感じだったけど今は…、こう 例えが悪いかもしれないけれど未亡人みたいな儚さがある、未亡人ではないんだけども

ともあれ ラクレスさんの案内で続いて呼ばれるのは修練場、戦士達が揃って剣の修行に勤しむ場にして アルクカースの社交場だ、そこに連れられていけば 既に戦士達がスタンバイしていた…

総勢百人近い人数…その半数の顔にエリスは覚えがある

「おお!本当にラグナ大王が!エリス連れてきたぜ!懐かしいなぁ!継承戦の時みたいだぜ!」

戦士達の中でも一際大きな熊みたいな大男が騒ぐ、あれはバートランドさんだ、前会った時よりも筋肉は大きく膨れ上がり身につけている鎧も豪華になっているあたり、彼の出世ぶりが見て取れる

「おお、懐かしいのう…こんなにも美しく育って、ワシは嬉しいわい」

バートランドさんとは正反対に細くなった者がいる、老戦士のハロルドさんだ 以前よりも歳を食いシワは増え髪は減り、今は杖を突いている…前会った時は元気に剣を振り回していたのに、腰を落ち着けた瞬間 あっという間に老けてしまったようだ

「バートランドさん ハロルドさん、お久しぶりです お元気そうでなによりです」
 
「う…、前会った時はチビだったが こう美人に育たれると接し方に困るな」

「ほほほほ、盛者必衰 衰える者あらば盛る者あり、そうして世は回っていくんじゃのう、こんな美しく育つと長生きした甲斐があるのう」

「そんな美人だなんて 照れますよ」

「いや、エリスは美人だ そこは変わらない」

「ら ラグナぁ…」

そんな真剣な顔で言わないでくださいよ…本気で照れちゃいますよ、なんて言いながら顔を背けると ちょうどその正面に、見たことのある顔 その中でもかなり親しい それこそ友人とも言える人物の顔が目に入り…

「よーウ!久しぶりダナ!エリス!」

「あ!リバダビアさん!」

リバダビアさんだ、カロケリ族の精鋭たるリバダビアさん エリスの友人にして恩人、彼女のおかげで助かったことは数多く 彼女のくれた指輪は何度もエリスを助けてくれた、礼を言っても言い切れない 礼をしても仕切れない程に彼女には世話になっている

聞けば今はラグナの非常勤の護衛として働いているらしい、だがもうなんでもいい リバダビアさんに会えたことが嬉しくてエリスは飛び上がり 彼女に抱きつくのだ

「ウハハハハハ!、そんなにアタシに会えたのが嬉しイカ!」

「嬉しいです!エリス達友達ですから!」

「そうダナ!ウハハハハハ!!ウハハハハハハ!!」

エリスの上半身をロックしてそのままグルグルと回転し始めるリバダビアさん

「継承戦のメンバーみんな揃ってるじゃないですか!」

「いや、サイラスとテオドーラは来てないな、あいつらも今はそれなりの地位についてるからな、来たくともこれないくらい忙しいんだろ」

「サイラスさんとテオドーラさんが…、そうですか」

リバダビアさんにグルグル振り回されながら回りを見れば、確かにバードランドさんの言う通り軍師のサイラスさんと戦士のテオドーラさんの姿が見えない

二人とも、付き合い的にはラグナと同じくらい古くからの友人だ、出来れば会いたかったが…そっか、忙しいのか

「まぁ、ワシらも暇なわけではないぞ?、皆あの継承戦のあとそれぞれ役職を得たからのう」

「そうなんですか?」

あの継承戦でラグナと共に戦った人間には、相応の褒賞が出され、今では皆が皆それなりのちいを手に入れている

現金に思えるかもしれないが、味方した人間を厚遇するのは当たり前の話、これで味方しなかった人間ばかりにかまけていればラグナは王としての信用を失うからね

「しかし…エリス、お前なら美人になったなぁ」

バードランドさんはそればかりだ、エリスの顔が急激に美しくなったかと言われれば答えにくい

毎日鏡を見て前日との相違点を探すのが日課だが、そこまで変わってない、寧ろ順当に大きくなっただけだ

「バードランドさんそればっかりですね」

「いやぁ、それでもあんなに小さかったエリスがこうも大きくと思うと何やら感慨深いわい、ワシなんかシワシワになっただけじゃしのう」

「ハロルドさんまで…もう、なにも出ませんよ」

全くみんなしてエリスをチヤホヤして、照れてしまうじゃないか…、でも順当に大きくなっただけだが、エリス…ちゃんと大きくなれてるんだな

「そんな下らない話はイイ、エリス!この後暇カ!」

暇…そうリバダビアさんは聞くのだ、暇かどうか聞かれれば隙だ、別にエリスやることもやらなきゃいけないこともないし

「はい、時間ならありますよ」

「ナラ、遊びにいクゾ!」

「あ…遊びに?何で?どこに…」

「お前は我が友ダ、正直長く友達に会えなかったのは寂しかッタ!、だからその穴を遊びで埋メル」

だからって、いや…彼女が口下手で直情的なのは知っている、そしてこれでいて傷つきやすいところも

彼女の言う通り寂しかった…それが全てなんだろう、だからエリスが帰ってきたらやろうと思っていたことやりたくてウズウズしてるんだ

それにエリスもそう言うのは嫌いじゃない、寧ろ好きだ

「いいですね、ではこれからどこかにいきますか、ラグナは…」

「いや、俺はまだやらなきゃいけないことがあるからな、エリスだけでいってきなよ」

そういいながらラグナはラクレスさんの方を見る…、さっき言っていた仕事か、友達が仕事してんのにエリスは遊び歩くのか…うむむ
いや…申し訳ないという気持ちだけでリバダビアさんの誘いを無下にすればそれこそラグナに負担をかけてしまう

ここは、一旦別れよう

「わかりました、ではエリス リバダビアさんと一緒に遊んできますね」

「ああ、アルクカースを楽しんでくれ」

そうラグナに別れを告げ、エリスとリバダビアさんは供だって歩き始める

語り合いことは多くある 他にも挨拶したい人はいる、だが 今はいいじゃないか この懐かしき再会に身を委ねよう、エリスが旅の中築いた絆との再会を…数年ぶりの再会を…


……………………………………………………………………

「はぁ、全く…みんな揃って」

アルクカースについてから 息つく間もなくラグナはあちこちを巡り帰ってきたことの挨拶として顔を見せして回った、が どこに顔を出しても二言目には婚姻の祝いを告げられた 俺とエリスが結婚するという方向で国内はいつの間にか決まっていたらしく その都度訂正するのが面倒だった

何より、エリスに不快な思いをさせてしまっていないか不安だった、彼女は旅を愛する人間 結婚は言わば彼女から旅を奪いかねないものになる、それを押し付けられても 彼女とて良い思いはすまい

しかし、それでも俺は言えなかった…『エリスと結婚することはない』そうきっぱり言えば 皆諦めるだろう、俺が曖昧に濁すからいつまでたってもそんな噂が消えないんだ

だが、それでも言えない エリスと結婚できないなんて、例え嘘でも言えっこない 俺はエリスが好きだ、好きだからこそ迷惑をかけたくないし縛りたくない…

エリスを連れてきたのは間違いだったのかな…、こうなると分かっていれば 連れてくるなんて言わなければ良かった、エリスを家に連れて行けるぞと内心小躍りしてた自分が恥ずかしい…

「はぁ…」

「つまらねぇため息ついてるな おお?ラグナよぉ」

「師範…」

「随分筆が進んでいないように見えるが?、何やら悩み事かな?」

「レグルス様…はぁ」

ふと意識を前に戻せば、執務室の椅子につく俺の目の前に岩盤の如き腹筋が見える 、なんて言うまでもなく分かる 師範だ、師範がまたいつものように俺の執政の邪魔をしにきたのだ

そしてその隣には何故かレグルス様もいる、エリスは今リバダビアさん達と一緒にいるみたいだが…なんでレグルス様がこっちにいるんだ?、珍しいな 特に理由もなく別行動するの

「いえ、ただ国内に変な噂が流れていまして…それに少し頭を痛めているんです」

「貴様!エリスと浮ついた話が出て迷惑だとでもいうのか!!」

「お 怒らないでくださいよレグルス様、別にエリスと浮ついた話が出るのは嫌ではないというか…嬉しいというか…その…」

「ならばよし」

「いいわけあるかレグルス、おいラグナ 随分小せえ事で悩んでるみたいじゃねーか…、好きな女との浮ついた話が出てんなら好都合だろ?勢いで行け」

「なんですか勢いって…」

人の悩みも知らずに呑気だなぁ全く、そんなエリスの気持ちを蔑ろにするような真似 俺には出来ない、エリスを自由にさせてあげたい気持ちとエリスを好きにしたい欲求の狭間で俺は揺れ動く

どうするのが一番なんだろうか…、まぁいいや 今は仕事をしよう、久々に帰ってきたこともあり 俺じゃないと片付けられない仕事がいくつか溜まっていたから、これだけでも片付けてしまう

目の前でごちゃごちゃ言う師範を無視して仕事しているとふと 一つの報告が目に入る

「ん?、なんだこれ…」

報告内容は…パレストロ伯爵に妙な動きあり…、もしかしたら武力決起の可能性あり か、まぁ反乱とか武力決起なんてアルクカースじゃあ珍しい話じゃない、精々明日強めの雨が降るくらいの感覚だ、…うん 珍しい話ではない だが

(何か妙だな…)

その報告に 何か…妙な引っ掛かりを覚えて顎を撫でる、なんかこの話 不穏な匂いがするな…、だって…いや ふむ

「念のため明日様子を見に言ってみるか、丁度俺もいることだしな」

別にこの国に遊びに戻ってきたわけじゃない、出来る仕事があるなら躊躇う必要はないしな、とりあえず明日パレストロ伯の所に向かうとするか、武力決起なんざ叩き潰してもいいが 争いは起きないに越したことはない、念のため脅しの要員も兼ねてベオセルク兄様も連れて 後は

そう考えていると ふと、窓の外に気配を感じてそちらに目をやる…、この執務室の窓からは白のすぐ側の湖が見えるんだ、太陽の光を反射する水面は絶景と言うに事欠かない程に美しい

が 俺の目を引いたのは煌めく水面ではなく、その辺りで揺らめく影方のに目が行く

「あれ…エリスか?」

どうやらリバダビアさんと一緒に湖に遊びに行ったようで二人で水を掛け合って遊んでいる、なんか あの子が子供っぽく遊んでるのを見るのは初めてだな

水を浴びてキラキラ輝くエリスの髪…美しい、あんな子と結婚の噂か…そりゃあんな美しい人を妻に出来たなら それはとても幸せなことだろう、何度夢想したかわからない

魔術師のローブやコートも似合うが、きっと王妃のドレスも似合うんだろうなぁ…アルクカースの王妃のドレスは 父上が正妻を失ってから暫く日の目を浴びてないが、次に着るのは俺の妻ということになる

…それがエリスだと嬉しいんだが…

「何見てんだ?ラグナ」

「なっ!師範!?」

「ラグナ!貴様!エリスの水浴びを覗き見していたのか!」

「違いますよレグルス様!」

「殺すぞ!」

「テメェ!レグルス!オレ様の弟子を殺すんじゃねぇ!」

「貴様も殺す!」

「上等だ!やってみろやぁっ!」

何故か取っ組み合いの喧嘩を始めた魔女様達を横目にため息をつく、まぁ 何にしても、エリスも楽しそうだし 、ああやって笑っていることだ、とりあえずアルクカースに連れてきたのは 間違いじゃなかったんだろう 今はそう信じることにしよう
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