孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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七章 閃光の魔女プロキオン

198.孤独の魔女と身勝手な一人芝居

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「エリスぅぅぅぅぅ!!!!無事だったのねぇぇぇえ!!!」

「心配したぜエリスちゃん!、ナリアが死ぬとかなんとか言いながら飛び込んで来たから 肝を冷やしたっていうか なんていうか」

「ははは、すみません 皆さん…、心配おかけしました」

エリスが治療とヘレナさんとの話し合いを終えて劇場に戻ってくると、既に受け入れの準備ができていたのか 劇団員のみんなが涙ながらに迎えてくれる

クンラートさんはこれで一安心だなと胸を撫で下ろし、コルネリアさんなんかはエリスに抱きつきながらぶぇぇぇと泣き出して、おおよしよし 心配かけましたね

「レグちゃんもお帰りぃぃ!」

「寄るな!リリア!」

リリアちゃんもまぁた師匠にくっついて…もう

「ふんっ、生きてたか、しぶといな…」

「あら、ヴェンデルさんも出迎えてくれたんですね、ありがとうございます」

「み みんなが出てたから!」

「そんなこと言ってぇ、エリスさんこいつエリスさんがアルカナに襲われた上に瀕死の重傷負ったって聞いた時 顔真っ青にしてどうしようどうしようって慌てふためいてたんだよ?」

「言うな!!ヤニ狂い!」

あらそうですか?リーシャさん、それはいいことを聞きました、いやぁなんだぁヴェンデルさんも素直じゃないだけでエリスのこと心配してくれていたんですねぇ

「エリスさん、お帰り」

「な ナリアさん」

そして、みんながいるなら当然 先に帰したナリアさんもいる、彼はなんでもないように出迎えてくれるけど、うう、気まずい…彼はあの場をエリスに盗み見られた事知らないんだよな、無性に罪悪感が湧いてくる…

「どうしたの?エリスさん」

「いえ、あの時 嫌な態度を取って突っぱねてすみませんでした、エリスのこと心配してくれていたのに」

「いやいいんだ、でもエリスさん やっぱり僕…エリスさんが心配だ、だから僕は僕に出来る事をする それがエリスさんの為になると信じて…」

「出来る事?」

「…エイト・ソーサラーズ候補選 これをエリスさん抜きでやる、僕たちの手だけで 合格してみせる」

「えぇ!?」

「えぇっ!?マジかよナリア!」

ってぇ!クンラートさんもびっくりしてるじゃないですか!、え!?ナリアさんの独断なの?、…エリス抜きでって…

「エリスさんはこれから戦いがある、一ヶ月後までにそのレーシュとか言うやつを倒せるだけの力を得て欲しい、それに僕達の事情に巻き込めないよ」

「いや、巻き込むも何もエリスは…」

「ううん、いいんだ…元を正せばさ この候補選は僕達の戦いなんだ、その決着くらい 僕達でつけるべきなんだ、エリスさんに負担はかけられない」

「…………それは」

それは確かにそうだ、これからエリス達は最終選抜で王族の前で行う演劇の練習をしないといけない、それこそ一ヶ月寝ないでやるくらいの勢いだ、が 本番のその日はレーシュ…そしてもしかしたらルナアールまで被ってくるかもしれないんだ

とてもじゃないが舞台に立っている余裕はない、今からでもエリスはレーシュを倒す手立てとそれを可能にする実力を得なくてはいけない、時間がないんだ

だからこそ、その申し出はありがたい…

「でも、その…エリス抜きでも行けますか?、今ある劇は全部エリスが主演として入ってますし」

「そこは私が代役として入るわ、腐り切ってもスターはスター…演技は完遂するわ」

「コルネリアさん…、申し出は嬉しいんですが少し離れてくれません?」

「えー…」

えーって言われても、そんなエリスの顔にほっぺた押し付けられたら、話辛い上に恥ずかしいよ、悪かったですから 心配させたのは…うん

でも、コルネリアさんがエリスの代役に入ってくれると言うのなら、十分通り越して百分くらいだ、エリスなんかもう必要ないレベルだ それなら大丈夫かな

「では、すみません 最後の最後で抜けるような羽目になって…、クンラートさん」

「いいさ、エリスちゃんは悪い奴らからこの国の祭典を…ナリアの夢を守ろうとしてくれてるんだろ?、だったら俺達は応援するまでさ クリストキント劇団をあげて、演劇という名の応援をな」

「ありがとうございます…、必ず守りますから、全てから この国とこの国の宝…そしてナリアさんの夢も、エリスが」

大口叩いたんだ、任されたんだ…必ず守ろう、戦う理由ってのはあればあるだけいい、ここ一番で体を奮い立たせ 立ち続ける理由になってくれる

例え相手がどれだけ強力でも、絶対に…!

……………………………………………………………………

それから、ナリアさん達は最終審査に見せる演劇の相談に入る…

エイト・ソーサラーズ候補選 最終審査、内容は単純 王族や演劇界の重鎮や数十万もの観客の前で劇を行い、その評価にて決まる…つまり純粋な実力勝負

十五人がそれぞれ演じたい魔女を指名して その上で評価をしてもらう、ナリアさんの場合魔女プロキオン様だ、ライバルがいれば相手と評価を比べ 高い方が選ばれる

もしライバルが無く ただ一人だけが特定の魔女を指名していた場合も審査は行い、それで落ちた場合は前任者が引き続き行うことになっているそうだ、候補者は全部で十五人 枠は八個、ならどうやったって候補者が一人のところが出てくるもんな

その最終審査を突破出来るかどうか、全てはそこにかかっている 、ここを突破できなければ次の五年後、そして その五年後もまたここまで来れるかは分からない、最悪クリストキントが何かをしくじり劇団自体なくなってる可能性もある

なら、次があるなど思わず、この一回がラストチャンスと思って挑戦する方が良いだろう

そして、今 ナリアさん達はクリストキント劇場の舞台に揃って、審査で見せる公演を何にするかを相談しているのだ、一応エリスも同席する…参加はしないが

「さてと、じゃあ最終審査でやる演劇だが…何がいいかな」

とクンラートさんが議長のように立ち上がり 皆に問う、何を見せるか 何をするか、この選択はとても重要だ、すると

「何って、今やってる『君へ届ける 我が声と歌』で決まりじゃないんですか?」

ふと、ナリアさんが手をあげる、君へ届ける 我が声と歌…今やってる劇をそのまま審査で見せるというのだな、それもありだと思う

もう一つの選択肢としてノクチュルヌの響光があるが、あれはエリスとヴェンデルさんがいて成り立つようなもの、そしてエリスが参加出来ないとすると もうノクチュルヌは出来ないと見たほうがいい

とすると、選択肢はこれだけだ、慣れ親しんだ物をそのまま出す それもありだ…と皆が頷こうとした瞬間

「いいえ、それはやめたほうがいいわ」

異議を唱え手をあげるのはコルネリアさんだ

「え?、やめたほうがいいの?」

「ええ、あれを悪い劇とは言わない けれど、今から貴方達が臨むのはエイト・ソーサラーズ最終審査、謂わばこの国最高の演者を決める場、なら そこに挑む為に最高の劇を用意する必要がある、その劇はサトゥルナリアの魅力を前面に引き出してはいたけれど ノクチュルヌより受けは悪かったでしょう?」

確かに、君へ届ける 我が声と歌は既にエリス達が一定の評価を得ていたからこその好評と言える、謂わばミーハーな層を取り込めたとでも言おうか

だが残念ながら今から見せる相手はミーハーな相手ではない、そういう騙しは通用しないのだ、なら 全てにおいて最高の劇を用意する必要がある

「なら、やっぱりノクチュルヌ?…でも」

「いいえ、ノクチュルヌも意外性には富んでいるけれど相手が求めてるものとは違うと思うの、相手はあくまで『大衆受け』かどうかを見るのでは無く サトゥルナリアの演技を見るわけだからね」

「じゃあ…どうしましょう、そうなると僕達他に劇がありませんよ」

「とすると、新作か…リーシャ ネタはあるか?」

新作が必要だ、今までの二作を上回る、最高の新作が…、そう聞かれてリーシャさんは軽く両手を上げて

「あー、あるにはあるんですけど 今からそれを纏めて台本にしてってんじゃ、時間が足りません、ましてや前の二作を上回るとなれば 一年くらい必要ですね」

「むぅ、だよな…」

台本とは別に畑から取れるわけじゃない、作るのに時間がかかる、そしてその出来に比例して必要とする時間はさらに大きくなる、最終審査まで一ヶ月…時間がない、それはエリスだけで無くクリストキントも同じなんだ

はてさてどうしたものか

「……ヤバいな、いきなり手詰まりじゃないか?」

「最高の劇をするなら、今からでも練習を始めたほうがいい…けど」

「台本がないんじゃあな」

ここに来て問題に直面してしまった、何をやろうか 以前に 何も出来ない可能性が浮上したのだ、だが…だ、ここで妥協すれば きっと合格はない、ナリアさんが目指しているのはエイト・ソーサラーズ…

世界最高の役者の一人なのだから

「…おい、コルネリア」

「呼び捨てにしないでクソガキ」

なんの脈絡もなく喧嘩しないでくださいよヴェンデルさん コルネリアさんも…

「なんかいい劇のアイデアとかないのか?」

「ないわ、けど…思うのだけれど 何もオリジナルじゃないといけないってわけじゃないんじゃない?」

あ…確かにそうだな、何もこちらで作らなくても外には大量の名作が溢れている、リーシャさんには悪いが 間に合わないなら今からそれに手をつければいい

がしかし、これまた異論が湧く

「難しいな…」

「あら、そうなの?」

「俺達が自前で劇を作っていたのは、何も意固地なこだわりからじゃない、安いからだ、他所が作った劇の所有権は作った人間にある、他の劇団がそれを公演するのを認めない奴も多いし 何より一回公演するだけで莫大な使用料を払わないといけない、…ましてや 最終審査で使えるような超名作となると、ちょっとな…この劇場売りに出しても足りんかもしれん」

なるほど、台本は謂わば劇団の財産、それを勝手に他所がホイホイ使えたら意味ないもんな、エリス達のノクチュルヌがいくらヒットしても他所が同じことしようとしなかったのはそこにある

そこにコルネリアさんは気がつけなかった、それは多分マルフレッドがその辺をスーパーマネーパワーでなんとかしていたんだろう

「作るのもダメ 買うのもダメ…八方塞がりじゃない」

「ああ、…あー!くそ!ここまで来てこんな所で躓くか…!」

そう、台本さえあればいい、ナリアさんはエイト・ソーサラーズに入ったって過不足ない実力を持っている、公演さえできればいい なのに……


皆が口を閉ざす、台本さえあればいい 台本さえあればと誰もが思う

「…んん……」

台本さえあれば戦える、役者にとって台本は剣だ、それが無ければ戦えず それさえあれば…

「…なんかないか?いい手段…」

台本さえあれば仲間の夢を叶えられる、サトゥルナリアはエイト・ソーサラーズに相応しいと誰もが思っている、だから数十もの頭を悩ませる

「台本が無い…台本さえあれば、演劇が出来るんですが」

エリスもいつしか考える、何か いい手がないかと、いつもの閃きを期待して両腕を組んで考える

何も浮かばない、こう…一発逆転のいい手とはそうそう転がってない、けど諦めたくない

台本さえあれば

誰もが思う

台本さえあれば

「台本さえ…あれば」

その、悩みの静寂の中…

「台本さえあれば!!!」

 響く、扉を開く音…そして 声

「いいのだろう!!!」

カツン!と鉄の靴が地面を叩く音がする、劇場に入り込み、そういうのだ、台本さえあればいいのだろうと 、その声に誰もが顔を上げ 振り向くは劇場の入り口、そこに立つのは

「マリアニールさん!?」

「マリアニール様!?」

「えぇっ!?マリアニールって言ったら…あの悲劇の騎士の!?」

エリスが叫ぶ、ナリアさんが驚く、団員達がどよめく

それもそのはず、この国最強の騎士にして名高き役者 高名な作家たる彼女が、劇場の扉を開き いきなり現れたのだから

そんな驚きも全て無視してマリアニールさんは歩く、こちらへ…エリスの方へ

「マリアニールさん…?、一体何をしに来たんですか」

驚きのあまり口にする、だってそうだろ、なんでこの人がここにいるんだ、王城の人間がここを訪ねたことなど一度もないし、ましてやマリアニールさんがエリス達クリストキントを訪ねる理由なんてどこにも無い

筈なのに、マリアニールさんはエリスの前で立ち止まると…

「…エリス、我が愛しの娘よ、はしっ」

「いやマリアニールさん!!一体何をしに来たんですか!!!!」

何しに来たんだこの人!いきなりエリスに抱きついて!、何!考えて!くそっ!力強い!振りほどけない!!!

「え エリスさん…マリアニール様の娘さんだったんですか?」

「違います!!」

「そうですよ」

「違います!!!!」

ほら!みんな変な誤解してんじゃん!

マリアニールさんがこうなったのは先程、本当につい先程の事なんだ、彼女にエリスの母がハーメアだと伝えた所

『ハーメアは私の半身だから、事実上貴方は私の娘』とかよくわからん理屈言い出したのだ、どうかしてると思う エリスは思うよ、どうかしてるよ

でも彼女は本気だ、亡き親友の娘であるエリスを娘として扱い愛してくれるつもりなのだ、その気持ち自体は嬉しいんだけどなぁ…

「すみません、色々あって マリアニールさんはエリスの母親代わりになろうとしてくれているだけでして、本当に血縁関係があるわけじゃないんです」

「あ、そうだったんだ…」

「ちょっと!そういうのありなの!?名乗ったらエリスと家族になれるの!?、ちょっと!私も混ぜてよ!」

「コルネリアさん!話をややこしくしないで!!」

一応マリアニールさんにはエリスがハーメアの娘である事は内緒にしてねとは言ってあるが、…ええい 大変な時に面倒なことに…いや

「すみません、マリアニールさん 本当に何をしに来たんですか?」

「あ、つい失念していました…エリス 貴方に届け物があったのです」

「届け物?」

「ええ、しかも ちょうどいいタイミングだったようで」

するとようやくエリスを解放してくれたマリアニールさんはその懐から一枚の本を取り出し……

「おま!それっ!?」

その本を見ていの一番に反応したのはクンラートさんだ、他の団員は誰もが首を傾げている、エリスも傾げる…なんだ、その汚い本は、ん?いや?そのタイトルは

「ええ、持ってきました ヴァルゴの踊り子の台本を」

「ゔぁ…ヴァルゴの踊り子!?!?」

ヴァルゴの踊り子、その名は都度都度聞いていた…確か、そう ハーメアが主演をし 今現在伝説の公演と言われている劇 そのタイトルだ

「あの、これってそんなに凄いものなんですか?」

「え……」

一つ聞いてみると、皆顔を青くしてこちらを見る、…ああ これは答え聞かなくても分かる、聞くまでもないくらい凄いやつだ

「いい?エリス、聞きなさい」

「はい、コルネリアさん」

「ヴァルゴの踊り子とはマリアニールの親友であり幻のソーサラーとも名高きハーメア・ディスパテルがエイト・ソーサラーズ最終審査で行った劇なの、そのあまりに鮮烈な劇 壮烈な演技に観客全員は圧倒され ハーメアは夢見の魔女の座を手に入れた、もし あの時ハーメアが夢見の魔女ではなく無双の魔女を狙っていたら エフェリーネの記録は打ち止められていたとさえ言われているわ」

「あのエフェリーネさんさえ上回ってたんですか!?」

「ええ、けど…ヴァルゴの踊り子はそれ以降一度も公演されていないの、主演のハーメアが幻と消えてしまったのと共に この脚本の担当であるマリアニールは誰もがこの劇を演じることを禁じた、…例え誰に望まれても 国王に懇願されても、絶対に…まさしく 伝説にして幻の劇 それがヴァルゴの踊り子」

私も小さい頃見て、それで演劇の道を志したくらい 凄い劇なのとマリアニールさんは口を開く、いやまぁ確かに話を聞く限りとんでもない劇だ、その内容の凄まじさもさることながら たった一回の公演を以ってして打ち止められたその希少性、凄まじいものだ

きっと、マリアニールさんは 親友であるハーメアの為にこの台本を書き下ろしたのだ、だからハーメア以外の人間が主演を演じることを禁じた…

「あの、マリアニールさん 持ってきたって…それ」

「ええ、今この台本の権利は私が持っています、私が公演しないと言えば 恐らく永遠に公演されないこれを、売れば小国くらいなら買えるこれを エリス…貴方に差し上げます」

「ゔぇぇぇっ!?い いいんですか!?」

「いいんです、…私がこれを守り続けたのは いつか、ハーメアが戻ってくるという幻想に囚われていたから、けど 貴方のお陰で吹っ切れました、ハーメアの為にあるならこれは貴方の物です、さぁ 好きに使いなさい」

え…ええ、そんな でも…これ、いいの?受け取って…、希少な上に大切なものだし

でも、正直渡りに船だ、これがあればナリアさんの夢を叶えることが出来るかもしれない、何せ内容としては十分 実績も十分、ならば…

「分かりました、受け取ります 使わせてもらいます、で…いいんですよね マリアニールさん」

「いいですよ、愛らしい娘の為ですから」

「あ…ははは、だ そうですよ皆さん、最終審査の演目これにしません?」

「しませんって、…僕達がやってもいいのかな、そんな幻の劇を」

尻すぼみするナリアさんや劇団員を差し置いて、その台本をエリスの手から受け取るのは…そう、クンラートさんだ

「ヴァルゴの踊り子…まさか、もう一度目にする日が来ようとはな」

彼はかつてマリアニールさん達と同じ劇団にいた、ということは彼もその参加者なのだろう、伝説の劇 ヴァルゴの踊り子の…

「ありがとうな、マリアニール…またお前に助けられちまったな」

「は?、貴方誰ですか」

「って覚えてないんかい!、俺だよ俺!クンラート!クンラート・ボス!、一緒にヴァルゴの踊り子に出た…」

「ああ、ユミルの腰巾着の」

「ハーメアの付属品に言われたくねぇよ!!」

…同じ劇団にいたものの、仲はあんまり良くないようだな、まぁクンラートさんは当時はあんまり演技力がある方じゃない万年見習いだったようだし、マリアニールさんからしてみればあんまり記憶に残る相手じゃないんだろう、マルフレッドからも忘れられてたし…

「ともかく!、ナリア…これにはお前の父ちゃんも母ちゃんも出ていた、なら お前にもこの劇を演じる権利があるはずだ、むしろ俺は見てみたい、ユミルとスカジの子が 再びこの劇を演じるところを」

「僕の…お父さん達も…」

「ええ、ユミルもスカジも確かに劇に出演していました、そういう意味ではサトゥルナリア…貴方はこの劇を演じるに値する、臆さずにやってほしい、きっとそれをユミル達も望んでいる」

「……分かりました、引き受けます!、僕の一世一代の劇として!だから…、見ていてください!マリアニールさん!エリスさん!、僕達の劇を!」

「ええ、勿論」

「楽しみにさせてもらいます」

台本は手に入れた、というか降って湧いた

その名もヴァルゴの踊り子、どんなものかは知らないが、かつてハーメアが演じた いや ハーメアが伝説の役者の一人に数えられる所以となった幻の劇、少なくとも20年以上前に一度だけ公演され それ以降一度も日の目を浴びてない

マリアニールさんが浴びせていない、そんな劇の台本を手に入れ湧きに湧き立つ劇団員達、ヴァルゴの踊り子の伝説をよく知る者達は自分達がやっても良いのかという緊張半分 あの劇を演じられる喜びに湧き立つのだ

「こ これマジでやってもいいのよね」

「早速台本読み込んで役の振り分けしましょう!」

「あぁー、心臓止まるぅ~」

「よし!、そうと決まれば早速練習だ!、クリストキントの名にかけね起こすぞ!奇跡を!!」

「おおー!!!」

勇み 答え、劇団員達は立ち上がり進み始める、クリストキント 小さくも確かな奇跡を秘める劇団達は、仲間の夢を ナリアさんの夢を叶える為に、一世一代の大勝負の場に臨む

だというのに、緊張している者はいない、怯え竦む者はいない、戦うことを恐れる者はいない

「やるならさ、盛大にやろうぜ!」

「あんまり凝ったのにしてもねぇ、でも出来るならナリア君は綺麗に着飾ってあげたいわ、この劇団の衣装係として 魂込めて仕事してくるわ!」

「よし!、いい劇をやるなら背景からだな!一ヶ月で最高の物を仕上げてくるぜ!」

「クリストキントの長い歴史 その味の深さってのを見せてやろう」

「ねぇ、ここって…」

「ん?あー…ここは」

舞台の上で台本を開いてそこを中心に劇団員達で寄り集まりながら世界を膨らませていく、もう何十年も前に失われた筈の物語を今一度作り上げ作り変えていく

芸術の始まりとはいつも楽しさから来るのだ、作る事が楽しく 作り上げるのが楽しく 作り続けるのが楽しいのが芸術なんだ、そこに輝きが宿り その輝きにつく名前こそが美なのだ

今あそこで繰り広げられている空想劇、それこそがこの美しき国エトワールの真髄…、あれがエトワール これがエトワールなんだ

「…………皆さん、楽しそうですね」

「楽しいから、どれだけ苦しくても続けられてられるのさ、そりゃ金もない時期もあったし 食う物に困る時もあった、それが嫌で辞めていった奴らも居るし 志し半ばで挫けた奴もいる、…それでも 諦められないんだ、好きなものを、ここにいるのは そんな好きを通した奴ばかりなんだ、…いや この国にいるのは か」

そう、クンラートさんのいうように、それがエトワール人が芸術美術に夢中になれる本質なのかもしれない、例え挫けても 挫折出来ない、諦めても諦め切れない…そんな人達なんだろうな

…エリスにも、あの血が半分は流れてるのを、今は誇らしく思うよ

「…なぁ、マリアニール エリスちゃん」

「はい?、なんですか?クンラートさん」

舞台の上で夢中になってヴァルゴの踊り子を読み 劇を作り上げていく劇団員達とは少し離れたエリス達に、クンラートさんは一人話しかけてくる…、その表情はどこか清々しく

「やっぱりさ、エリスちゃんって ハーメアの娘なんだろ?」

「えっ!?」

なんて、なんでもないことのように聞いてくる…、気がついていたのか、いや 気がつくか、クンラートさんもまたハーメアと共にいた人間の一人、少し会ったマリアニールさんでさえ勘付くのだ、ずっと一緒だったクンラートさんが気がつかないはずがないよな…

「…一体いつから気がついていたんですか?」

「ん…、一目見た時かな その時からハーメアそっくりな子だと思ってた、確信したのはマルフレッド相手にキレた時かな、…怒り方がハーメアそっくりだ」

うう、ハーメアもキレ易い人だったとは聞いていたけど、まさか…そこからバレるとは

「あの、…すみません エリスにも色々ありまして」

「分かってるよ、今まで言わなかったのには相応の理由があるんだろ?、ならこれは俺の胸に留めておくさ、けどさ…」

そう言いながらクンラートさんは舞台にいるナリアさんを…いや違うな、舞台に立つナリアさんを見るんだ、同じなようでいて少し違う

舞台に立っている時 ナリアさんは誰よりも楽しそうだから…

「ハーメアの子がマリアニールのように騎士の役を演じ ユミルとスカジの子が舞台で共演する、それがまるで あの頃が戻ってきたみたいで…エリスちゃんとナリアと共にいる俺もまた あの頃に戻れた気がして …嬉しかった、いい夢見させてもらったよ」

「クンラートさん…」

「一ヶ月後なんだろ?、エリスちゃんの敵とルナアールが現れる日、そして俺達の旅の終着点もまたその日だ、きっと その日を超えたら…この日々も終わる、その前に礼を言っておきたくてな」

そうだ、一ヶ月後 全てが上手く言ったなら、この国のアルカナを排除出来る 魔女様も元に戻せ ナリアさんも夢を叶えられる、エリス達の目的は全て達成される…なら、もうこの国に留まる理由は無くなるし

エリスの悔いもなくなる、…そうすれば終わる、全てが…

「…ありがとう、エリスちゃん 俺達と一緒に来てくれてさ」

「いえ、エリスもとても良かったと思ってます 皆さんと出会えたこと」

そうだ、もう終わりなんだ もう直ぐ終わりなんだ、なら…その前に一つ 聞いておきたい事がある、丁度 事情を知ってそうな二人がここにいるから

「じゃあ最後に一つ 聞いてもいいですか?」

「ん?、なんだい?」

「ナリアさんの両親は 今どこにいるんですか?」

ナリアさんの両親、幼いナリアさんをクンラートさんに預け消えてしまった所謂ルシエンテス夫妻、ヴァルゴの踊り子で一躍名を馳せてあちこちで名前を聞くくらい有名でありながら、今どこにいるのか分からない 行方不明のナリアさんの両親

けどさ、誰も分からないってことはないんだろ?、本当は知ってる人間がいるんじゃないか?、例えば…昔の仲間とか さ

「………………、悪いがな エリスちゃん、俺はその件をナリアにも話してないんだ、実の息子のアイツにもだ、事の真相を隠すと決めたなら…俺は誰にも話さない」

だよな、やっぱり…でもね 今のでエリス察してしまったよ

やはり ナリアさんの両親はこの世にいないんだ、だってまだ生きてたらクンラートさんがこんなにも悲しい顔をするわけがないから

そして、それは部外者のエリスには知る権利もない…と、分かりました 

「分かりました、すみませんでした クンラートさん」

「こっちこそ…、……そうだよな 話さない方がいい」

特にエリスには ハーメアの子にはという顔をしてクンラートさんはマリアニールさんの方を見る、…それでいいですよ

世の中には知らない方が幸せなこともある、既知は未知には覆らない、知る とはそれだけで恐ろしいことなんだからさ

「話は終わったか?エリス」

「んぁ、師匠」

ふと、乱入してくる師匠、おずおずと劇場の方に顔を突っ込み 様子を伺う…、話は終わった…か、うん 終わったな、エリスがこれ以上ここに居て何かできることはあるまい

「はい、終わりましたよ」

「なら来い、話したいことがある」

「話したい事?」

「ああ、色々あって話せなかったが、刃煌の剣についてわかったことがある、それを共有したい」

「え!?」

マジか、だとしたらきいておかねばなるまい

「分かりました、ではすぐに…、すみません クンラートさん マリアニールさん、エリスはここで」

「はい、私は少しここで彼等の演技を見てから帰るとします、寂しくなったらいつでも母の元にきなさい、エリス」

「エリスは私の子だ!、行くぞエリス!自称母の所にいたらおかしくなる!」

「ははは…、では」

何やらバチバチ火花を散らすマリアニールさんとレグルス師匠にやや辟易しつつエリスは向かう、…劇団の方はもう大丈夫だ、あとはこの努力を無に帰すようなことがないように、エリスが頑張るだけだ

エリスはエリスの出来ることを…!


………………………………………………………………

エリスがトテトテ音を立てて劇場を去っていく、ナリア達は舞台の上で新たな劇を形作っている、ヴェンデルもリーシャも自分にできることをやろうとしている

そんな中、クンラートだけが 離れた位置からその様子を伺う、その様を見て尊ぶように、なによりも愛しむように…、かつての友 マリアニールと並んで

「…しかし、良かったのか?マリアニール」

「何がですか?」

今、この会話は誰も聞いていない 二人だけの会話だ、だから 聞くのだ

「いや、お前今王室務めだよな、ってことはこの候補選の主催側だろ、それが候補者の一人に協力するなんて」

公平じゃない とやや責めるような、それでも助けてくれるマリアニールの心に感謝するように、伺う

「確かに私は主催側、当然ながら審査が始まれば肩入れはしません、けど この劇は原作者たる私の自由にする権利がある、これは…悲劇の騎士としてではなく、サトゥルナリアとエリスの親の友であるマリアとしての協力ですから」

マリアニールは誰よりもハーメアのことを好いていた、尊敬していたし恋慕していた、最後は喧嘩別れのような形になったが、本当はハーメアもいつか帰ってきて マリアニールに謝罪するつもりだったのかもしれない

それは、叶わなくなったが…

「それより貴方も、良かったのですか?エリスに真実を話さなくて」

…やっぱり、その話になるよな

俺は今 エリスにナリアの両親…ユミルとスカジの行方を聞かれて、答えなかった、それは意地悪とかそういうのではない、エリスは聞くべきではないからだ

ハーメアの子であるエリスは、ナリアの両親の死について知るべきじゃないからだ

「いいんだよ、…あれで」

「ですが、彼女には知る権利があります、他の誰でもないハーメアの娘である彼女には」

「ハーメアの子だからさ、…それとも お前が話すか?」

「それは……」

無理だろう、無理だ…絶対に

もしこれでナリアとエリスが今出会ってこれからも関わらないというのならまだ言えたかもしれないが、ナリアとエリスちゃんはもう友達だ、なら この情報は余分なだけだ

「…言えないだろ?、エリスに ナリアに…、ユミル達が死んだのはハーメアの所為…なんて」

「やめてください…!、そんな まるで…ハーメアが殺したみたいな、あれは事故ですよ!」

「そうは取らないかもしれないだろ!、…ユミル達夫妻が行方不明になったハーメアを探す為に国を出て その先で事故にあった、…その端的な原因の一つはハーメアにあるんだから」

「この…っ!!」

神速の手が俺の胸ぐらを締め上げる

そうだ…、ナリアの両親 ユミルとスカジは旅劇団を続けていた、本当ならとっくの昔に劇場を持てたけど、二人は旅が好きだったんだ、でも 二人にとってこのエトワールは小さすぎた、もう回るところは回り尽くしてしまった

さて次はどうしよう…と悩んでいる所に、突っ込んできたのはハーメアのカストリア大陸での悲劇、山賊に襲われたと…それを聞いたユミル達はちょうどいいとハーメアを助ける為カストリアに向かうことになったんだ

既に騎士として働いていたマリアニールと独立していた俺とまだ旅は荷が重いと俺に預けられた赤ん坊のナリアを除いて ユミルの劇団は全員カストリア大陸に向かった…そこで、起こったのだ あり得ないと思われていた事故が

ジェミニ1号の海難事故、大陸間海峡走破船とは世界でもトップクラスの船、魔獣に襲われても逆に轢き殺せるくらいにはデカイ、故に起こらない筈だった事故が よりによってユミル達が乗っている時起こったのだ

数少ない生き残りは語った…

『いきなり船の下の海が真っ黒に染まって、下から島が浮かび上がってきて…でも、それは島じゃなくて 島みたいにデカい龍で…そいつが 何か話したと思ったら…襲って来て』

信憑性のある話ではなかった、ジェミニ号より巨大な魔獣はこの世に存在しない 、少なくとも確認されている限りそんなデカい魔獣はいない、だが事実ジェミニ号は沈んだ…ユミル達は帰ってこなかった

結果として事故だった、けれど 結果だけ見ればユミル達をカストリアに導いたのはハーメアだ、そんな事 ハーメアの娘のエリスとユミル達の子供のナリアに言えるか?、ナリアの両親が死んだのはエリスの母親の所為だと

言えない、言えるわけない

「ハーメアの所為みたいに言うのはやめてください、彼女も辛かったのですから」

「そりゃ分かるさ、けど 今こうして俺とお前がいがみ合っている…ハーメアとユミル達を巡って、それと同じ事 いやそれ以上のことがエリスとナリアの間で起こるかもしれないんだ…、言えないだろ…二人には」

「う…確かに」

「悪かったよ、ハーメアを責めるようなこと言ってさ…」

「うう…」

悪かったよ、けど…エリスとナリアはこうして謝って済む話にならないかもしれない、少なくとも 何か軋轢のようなものが生まれるかもしれない、なら黙っているべきだと俺は思う

「……ナリア、ごめんな」

舞台の上のナリアを見る、赤ん坊の頃から育てて来たユミルの子、最初は親友達の面影を残すあの子を二人の後継として見ていたが、もうそうは見れない…あの子は俺の子でもあるんだ

あの子には、何も知らず 何も知られず 何も知らないまま、純粋無垢な笑顔を舞台の上で見せ続けて欲しい、その純白のキャンバスのような心に 憎しみや後悔といったシミを、俺は作りたくないんだ…


『ナリアが大きくなったら 君もカストリア大陸に来て合流してくれないか?、君がナリアを僕たちの所まで連れて来てくれ』

目を閉じれば、ユミルに最期に言われた言葉を思い出す、ユミル達はハーメアが消えたマレウスまで行くつもりだった、けど 今や二人は海の底…今更マレウスに行ったって意味はない

けど、いつか いつの日か、あの子をマレウスに連れて行きたい、例えそこに誰も居なくても、約束が消えたわけじゃない

亡き友の忘れ形見をいつか、…マレウスに連れて行って、ユミル達の墓標を作ろう、その時 改めてナリアには本当の事を話そう

それまではごめんな?、ナリア…俺の嘘という名の身勝手な一人芝居に付き合ってくれ

…………………………………………………………………………

「師匠、それで 分かったことって何ですか?」

「うむ、実はな…先日漸くその本を読破できたのだ」

師匠と共に、エリスは劇団の居住スペース その共有エリアにて話す、キッチンやダイニングが備え付けられた共有スペースだが、今はみんな劇をつけるのに夢中で ここには誰もいない、ナイショ話にはもってこいだ

「本って、刃煌の剣ですよね」

「ああ、すまんな時間がかかって、この体になってから頭に情報詰め込みすぎると熱が出そうになるんだ」

エリスにはあまり経験はないが、所謂知恵熱というやつか?、それほどまでに無理をしてくれていたとは、頭が上がらない

「それで分かった事、というより思い出した事があるのだ…、その事実を当てはめて行けば、面白いように今の事実を組み立てる為のピースが揃っていることに気がついた」

「今の事実?」

「ああ、つまり プロキオンがどういう状態にあるのか…全て分かったのだ」

「おお!」

凄いじゃないか、分かったところで何になるという所もあるが、分からないままでいるよりずっといい、それに もしかしたらプロキオン様の狙いや居場所まで分かる可能性がある

何も分からないよりずっといいんだ

「それで、何が分かったんですか?」

「うむ、実はな…そもそもおかしいとは思わないか?刃煌とはスバル・サクラの異名なのに、内容は全く関係ない話の集合体というのは」

「それはエリスも思っていました、あからさまにスバル・サクラを意識した本なのに、内容は関係ない農夫だったり傭兵だったりの本だなんて」

プロキオン様と師匠 そしてスバル・サクラは同時代の人間、プロキオン様に至ってはスバルと会っているらしい、なのに 刃煌の名を使っておきながら内容は関係ない、これは少しおかしな話だ

全く関係ない…そこに師匠を覚えていたのだろう、しかし 師匠はエリスの言葉に首を横に振り

「違ったんだ、これは間違いなくスバル・サクラの物語だった」

「えっ…でも」

「正確に言えばスバルのあり得たかも知れない未来 或いは過去の話だ」

ありえたかも知れないってことは、つまり実現しなかった物語という意味だ…、ええっと つまり?

「スバル・サクラは何でもない農家の子だった、それが隣国との戦争を機に徴兵され、兵士となり 名を馳せた、その時エリス姫に出会い 仲を育み 戦争の最終局面を迎え…と、言うのが奴の大まかな人生になる」

「悲恋の嘆き姫エリスでも語られる部分ですよね」

「そうだ、だがもし スバルが徴兵されなければ…どうだ?」

「どうだってそりゃ 兵士ではなく農夫として一生を…あ!」

そうだ、この刃煌の剣にも農夫の話がある…、つまり ありえた未来って!過去って!

「凡そ予想の通りだ、これはスバル・サクラが人生の分岐で向かったであろう未来や過去をプロキオンが予測し、本にしたものだったんだ」

もしかしたら兵士ではなく農夫になったかもしれない人生 もしかしたら傭兵として生きていたかもしれない人生、もしかしたら復讐者として生きたかもしれない人生

もしかしたら もしかしたら それをプロキオン様は重ねて本にした それがこの本 『刃煌の剣』なんだ、これは間違いなく スバル・サクラの物語なんだ…

「でも、何でそんなものを…」

「スバルとプロキオンは旧知の仲であり、スバルを殺したのはプロキオンだ、故に…思う所もあるのだろう」

「え…何で殺したんですか」

「…………今はそんな事どうでもいいだろう」

どうでもいいことはないとは思うが、師匠がそう言うならそうなんだろう、でも スバルと
プロキオン様は旧知の仲、それを殺したとあればその後悔は凄まじいもの

ある意味、この本も悲恋の嘆き姫も、亡き友への慰霊と贖罪を込めたものだったのかもしれない…、けど それとルナアールがどんな関係があるんだ

「あの、それとルナアールの関係って…」

「…この中に、ルナアールに関する物は出てこなかった、だが 最後にこう、記されているんだ」

そう言いながら師匠は本の最後のページをエリスに見せる

『もし、スバルが未だこの世に健在であったなら、彼ならエリス姫の涙と悲劇を消し去るために、どんなことでもするだろう、スバルなら例え亡霊になってでも現れ この世から彼女の悲劇を消し去るため尽力するはずだ』

と…、これは…どういう、いや もしかして

「それを踏まえた上で言おう、プロキオンは今己を見失い この最後の一文を演じているのだ、つまり スバル・サクラの亡霊という役を」

「スバルの亡霊を…?」

「ああ、奴が悲恋の嘆き姫エリスに関する物しか盗まないのは、スバルなら エリス姫の悲劇に関する物を許さないという心を投射しているからだ」

つまり今プロキオン様はプロキオン様ではなく、スバルという名の怪盗を演じてると?

「でも何故ルナアール?、なぜ怪盗?」

「そこは知らん、奴なりの自己解釈だろ」

どんな解釈したら剣士が怪盗になるんだろう…

でも、言われてみればルナアールは異常なまでにエリス姫に執着し、そして自己ルールを徹底しているように思える

それは、プロキオン様がスバルを演じている、つまり 己を劇の中の人物だと思い込み、己の中の台本に沿って物事を進めたいからだろう

つまるところプロキオン様は ルナアールは、この世を劇だと言い張っているのではなく 本当に劇の中だと思っている可能性がある、それ故にルナアールという役を演じている この本の最後の一文を達成するために

…言い換えれば、ルナアールとは即ちスバルの亡霊だったのだ…

「現実と演劇の区別がつかなくなっているのだろう、恐らくシリウスの洗脳魔術の所為で」

「シリウスが洗脳して怪盗やらせてるってことですか?、あいつならやりそうですけど 突拍子もなさすぎるのでは」

「洗脳と言っても完全に相手を意のままに操れるわけではない、奴の洗脳魔術は被術者が心の中に押しとどめている感情を爆発させ それに指向性を持たせるもの、多分 今回シリウスがプロキオンに仕掛けたのは 過去への慚愧の念…それを爆発させたが故にプロキオンは狂い、スバルの代弁者になったのだ」

「なるほど、しかしその果てにあるのは何でしょうか…」

「そんなもの決まっている、プロキオンを完全に操り手駒にするにはアイデンティティの喪失が不可欠だ、つまり プロキオンが大切にする物 思っているものを壊せばいい」

プロキオン様が大切に思ってるものを 暴走の末に壊せば、プロキオン様の心は壊れプロキオン様は完全にシリウスの言いなりになる…と

なるほど、確かに言われてみれば他の魔女様も同じだった

アルクトゥルス様は闘争本能を爆発させられ、自分で作り出した秩序を壊そうとした

フォーマルハウト様は仲間を思う気持ちを爆発させられ、自分の手で仲間達を石に変え永遠に封印しようとした

それと同じ事が今まさに起ころうとしている、この場合プロキオン様が壊そうとするのは…なんだ

「あの、じゃあルナアールの狙いは」

「恐らく、今プロキオンはスバルになりきっている、そして スバルが最も大切にする物は一つ エリス姫だ、恐らくはその芸術品全ての抹消……いや、そうか だとすると…」

「あの、何かまずいことでも?」

「ああ、非常にまずい…もしかすると」

そう 師匠は口にする、己の考え得る そして、今 最も可能性が高い 予測を……

「ルナアールの次の予告は エリス姫自身かもしれん」

「はぁ?、でもエリス姫はもうとっくに死ん…で……、ま まさか…」

「ああ、一ヶ月後のエイト・ソーサラーズ最終審査 そしてその後決まる次代のエリス姫、それをプロキオンの手で スバルの手で ルナアールの手で殺させ心を壊す事が、シリウスの目的やも知れん」

一ヶ月後、それは次期エイト・ソーサラーズが決まる日 それは次のエリス姫を演じる人間が決まる日でもある

エリス姫と言っても舞台の中だけでの話、だが…ルナアールはこの世を劇だと思っているなら、そこに区別はない

つまり、…もし ナリアさんが次のエリス姫に選ばれたら、プロキオン様にその命を狙われることを意味している……


最悪だ、このままじゃ ナリアさんが危ない…!
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