孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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七章 閃光の魔女プロキオン

199.孤独の魔女と決戦の備え

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師匠から告げられたルナアールの プロキオン様の真実

今、プロキオン様は己をスバルの亡霊 ルナアールだと強烈な自己暗示によって思い込んでいる、今 プロキオン様は劇を一人で演じている状態にあるのだ

その末、ルナアールの手で巻き起こされる終幕とは一つ、エリス姫 その悲恋の悲劇に終止符を打つ事、つまり 次期エリス姫を殺す事

飽くまで予測ではあるが、信憑性がある これはまず間違い無いと見える、…最悪だ レーシュからヘレナ姫を守る上に ルナアールからエリス姫も守らないといけないなんて

圧倒的に手が足りない、エリス一人では何ともならない…

「はぁ…どうしたものか」

師匠と二人、劇場の共有スペースの椅子に座り考える、戦力がいるが…この国でエリスが協力を頼める相手なんて マリアニールさんくらいしかいない、でもマリアニールさんだけでは多分ルナアールは止められない 当然エリスだけでも無理だ

その上レーシュもとなると…ああ

「わたしの力さえ戻れば…」

「師匠の体が戻れば、ルナアールも止められるんですが…、その 元には戻れないんですか?」

師匠は以前 いくつか元に戻る方法があると言っていた、が 戻ってないところを見るに

「すまん、戻りたいのは山々なのだが この陣がある限りは元には戻れん」

と 首筋に切りつけられた陣を見せる師匠、もうあれから半年近く経つというのにその傷は未だに癒えることはない、この陣がある限り…か

「陣を解除する陣とか無いんですか?」

「あるさ、だがそれは古式魔術陣…、プロキオンしか使えん」

そしてそのプロキオン様が今敵である以上それも無理と、こりゃ二進も三進もいかんなぁ

「あぁー…てんてこ舞いだ…」

「どうしたの?エリスさん」

「あれ?、ナリアさん?」

ふと、椅子で伸びをしているとナリアさんがヒョイと現れる、背後にはリーシャさんと…

「レグちゃん!」

「げ…リリア」

リリアちゃんだ、師匠と今現在お友達の関係にある小さな子供、それが嬉しそうにぴょんと跳ねながら師匠にすりよる、可愛いなぁと思う反面嫉妬する…浅ましいなエリスは

「どうしたんです?、随分悩んでいるようだけど」

「ああ、実は色々と立て込んでまして…」

リーシャさんの言葉にふと思いかける、…プロキオン様の狙いに関してはナリアさんには伝えないほうがいいか?、だって 夢を叶えたら命を狙われるなんて とても言えない

かといっても内緒にしておくのもなぁ、どうせ予告カードが来たらバレるし…うーん

「エリスさんもエリスさんで大変そうだね」

「え ええ、まぁ…、ナリアさんは?」

「今は休憩、あんまり根を詰めてもいいものは出来ないからね、時間は無くとも休むのも大事さ」

確かに、疲れ頭では欠陥を見落としやすい、適度に力を抜いてリラックスするのもいい仕事の条件だ、今彼らに求められているのは完璧な仕事だから

「それよりエリスさん、お腹空かない?」

「へ?、確かに…空いてますけど」

「じゃあ僕が料理作るね」

「え?、いいんですか?休憩中じゃ…」

「僕も軽く摘みたいし、なんか作ってくるね」

と言いながら共有スペースの奥にあるキッチンへと向かっていく、まぁ 休憩中とはいえ彼も気を抜きたく無いのかも知れない、居ても立っても居られないから とにかく動いていないのだ

まぁそれならいいじゃ無いか、しかしナリアさんの料理か、以前作れるとは言っていたが食べるのは初めて、楽しみだなぁ

「よいしょっと…」

「リーシャさんも一緒に食べます?」

「じゃあご相伴に預かろうかなぁ」

とタレ目を更に低く下げにへらと笑う、相変わらず気の抜ける人だな…

「じゃあレグちゃんはあたしと遊ぼー!」

「えぇ、…何をするんだ?」

「外で雪のお城作るの!」

「寒いだろうが…ええい、わかったわかった、すまんエリス」

「はい、風邪をひかないように暖かくしてくださいね、師匠」

そうリリアちゃんに手を引かれ外へ向かっていく師匠を見送る、本当はエリスも師匠と遊びたいけど…、実は そうも言ってられないことになっている

「………………」

共有スペースの暖炉がパチパチと音を鳴らす、エリスとリーシャさんの二人だけ 会話もなく二人で座ってるんだ、そりゃ静かにもなる

…戦力か、今はとにかく戦力がいるんだ、レーシュたちと戦う ルナアールと戦う為の、戦力が…

「…………」

チラリとリーシャさんを見る、この人は小説家だ 戦えない、この人は戦力にならない…と思っている

けど、…けど その前にそうだな、聞いておきたいことがある、最後の戦いを前にこの謎多き小説家の その謎に…踏み込んでおきたい

「リーシャさん、少しいいですか?」

「ん?何?」

「聞きたいことがあるんです、四つほど」

「多いなぁ…」

多いよ、この人は事あるごとに良く消える、気がついたら居ないし 気ついたらいる、そして異様な知識もいくつか持ち合わせる

ディオニシアス城の間取りの件だ、この人は城の内情に異様なほど詳しかったし、結果としてそれがルナアール撃退にも繋がった、だが その知識の源流は一体どこから来るんだ?

ただの興味本位では無い、エリスの予想が正しければ…この人は

「まず一つ目、リーシャさん…貴方 何者ですか?」

そう、エリスは聞く リーシャさんに

顔色は変わらない、ピクリとも 普通こう聞かれたら多少なりとも反応しないか?、それともこう聞かれることも想定内だったか?

「何者って、小説家だけど?知ってるよね」

「ええまぁ、知ってます」

「それでいいじゃん」

良くないんだなこれが…

「え?なに?、聞きたいことってそういうの?」

「はい、こういうのです 二つ目いいですか?」

「……いいよ」

エリスとリーシャさんの視線がぶつかる、…思えば この人の言動には引っかかるものがいくつもあった、まるで伏線のように まるでヒントのように、この人が無意識にこぼしたいくつかの発言、悪いが揚げ足を取らせてもらう

「リーシャさんの吸ってるタバコ、帝国のですよね」

「そうだけど?」

「エリスが使ってるこのヘアオイルも帝国のものなんですよ」

と言いながら懐から取り出すのはナリアさんから貰ったヘアオイル、オシャレと髪に気を使えと言われ 今でも使ってるヘアオイルだ、このオイル瓶のラベルには確かに帝国製と書かれている…、リーシャさんのタバコとおんなじだ

「ナリアさんは帝国からの輸入品で貴重であるにもかかわらずエリスに譲ってくれたんです」

「そうかい、そりゃ良かった、で?それが二つ目?」

「…リーシャさん言いましたよね、そのタバコ帝国からの輸出品だって、…なんで『輸出品』なんですか?」

「と、言いますと?」

「普通、エトワールに他国から入ってくる物は『輸入品』って言いません?ナリアさんみたいに、なのに リーシャさんは輸出品と言った…それじゃあまるで 主点が帝国側みたいですよね」

リーシャさんの顔色が変わる、他国から自国に入れるものを輸入品、自国から他国に入れる物を輸出品と言う、だからナリアさんもこのヘアオイルを輸入品と言った 、だってこれ他国…隣国であるアガスティヤから入ってきたんだから

でもこの人は言わなかった、代わりに輸出品と言った それはまるでエトワールに物を入れる側のセリフだ

「言ったかな?そんなこと、記憶違いじゃない?」

「エリスに記憶違いはありません」

「……じゃあ、言葉の綾かも」

「そうですか、じゃあ三つ目いきますね」

「まだあるの…」

あるよ、貴方の失言は

「今日エリスが帰ってきた時 リーシャさん心配してくれましたよね」

「うん、まぁ 死にかけたって聞いたし」

「なんでですか?」

「なんでって、戦ったんでしょ?アルカナと」

「言ってませんよ、アルカナなんて 一言も」

変わったリーシャさんの顔色が元に戻る、まるで仮面でも被りこれ以上何も探られまいとするように

「あの広場に現れた奴らの素性はまだどこにも広まってません、ヘレナさんが箝口令引いてますから、当然エリスも一度もこの場では口にしてません」

「ナリアちゃんから聞いたよ、あの子一回戻ってきたでしょ?、多分 城の誰かから聞いたんじゃない?、それを口にしたのを聞いたんだよ」

「ナリアさんはエリスが目覚めてから始めてアルカナの名を聞いたような口ぶりでしたよ、エリスが目覚めたのはナリアさんが戻った後、そしてナリアさんはエリスとほぼ同時刻にここに帰ってきてます、そこで聞いたんですか?」

「…うん」

「ナリアさんに聞いてもいいですか?」

「あの子覚えてないかもよ…」

飽くまでシラを切るか

大いなるアルカナは秘密結社だ、普通は名前も知らない なのにこの人は事前に知ってきたような口だ、昨日よりももっと前から レーシュ達が現れるよりももっと前から

…それとも、もっと別の場所で聞いたのか?だったらそれを言えばいいここで、なのに言わず苦しい言い訳を続ける理由がない、いや あるとすると秘匿せねばならない情報ということ

「じゃあ四つ目いきますね」

「ねぇエリスちゃん、私エリスちゃんが何をしたいかわからないよ、それを聞いて何をしたいの?私から何を聞きたいの?、まるで疑うようなセリフ…私傷つくなぁ」

「そうですか、じゃあ四つ目いきます…リーシャさん、貴方小説家としてデビューする前 この劇団に入る前、どこで何をしてたんですか?」

「どこでって、普通に暮らしてたよ」

とはいうが、この人がデビューする前を誰も知らない、クンラートさんがスカウトする前を誰も知らない、知らないってことは 誰も分からないってことだ、普通にとはいうが どこで普通に暮らしてたんだ?

「エリスが答え言ってもいいですか?」

「……ダメ」

「リーシャさん、貴方…」

「ダメだって…エリスちゃん」

「帝国の人間ですよね」

「…………」

これは質問ではない、質問は四つだけ つまりこれは問いかけではなく、断言だ

「…帝国の人間?」

「はい、もっと詳しくいうなら帝国軍の人間です」

ニコラスさんは言った、エリスが帝国に監視されている可能性があると でも監視ってどうやるんだ?、エリスはこの国を旅していたが一度もそれらしい人間は見ていない、ならどうやって監視するか?

単純、街中で堂々と監視するのではなく、いるんだ 至る所に街人に溶け込んで…、この国はアガスティヤにおんぶに抱っこだ、つまりそういう人たちも入ってきやすい

監視は別にエリスだけに対して行われるものではない、国の動向や怪しい点などを見つける、いわゆるスパイ…それがあちこちに紛れており、この人もその一人…、旅劇団という立場ならそれもやりやすい筈だ

そこに、エリスがたまたま転がり込んでしまっただけ…とエリスは推察している

「外れてますか?」

「…………」

この人は小説家にあるまじき膂力を持ち、そして異様なまでの知識を持つ、アルカナの知識も、それはアルカナと敵対する帝国なら 帝国軍人なら持ち得ていて当然のもの、というか そうでないと説明がつかない

…エリスの問いに、リーシャさんは困ったように髪をかくと

「他の監視員に聞いたの?私の正体」

「いいえ、エリス単独の推理です」

「つまりバレたマヌケは私だけか…」

「じゃあ」

「うん、エリスちゃんご明察、私は小説家兼…帝国師団所属の国家監視員、…、この国の人間じゃあないし、名前もリーシャ・ドビュッシーじゃない」

やはりか、驚きはない むしろ安堵だ、推理が当たっていて良かったと

というのも、実は口にしてないだけでこの推理にはもう一つ答えがあった

帝国から来ていて アルカナを知っていて 過去が誰にも分からない、もしかするとリーシャさんは大いなるアルカナそ構成員、つまりリーシャさんは敵である可能性もあった

アルカナの本隊は今帝国にいるし、アルカナの構成員ならアルカナも知ってるしね…、でもよかった 帝国側で、少なくとも敵じゃない…敵じゃない よな?

「あの、本名は…」

「ん?、リーシャ・セイレーンだよ 名字が帝国系だとバレちゃうからね、監視員はその国の人間にバレることなく国家の動向を事細かに監視して、もし秩序が乱れる兆候があれば本国に連絡する…それが役目、別にエリスちゃん個人に向けられたものじゃないから安心してよ」

「そうなんですね、…ってことは他にも監視員が?」

「世界中にいるよ、帝国のモットーはこの魔女世界の維持だからね」

つまり、少なくとも魔女側であるエリスの味方 ということになる、いやぁよかった…

って、世界中にいるの?、じゃあエリス今までの旅で監視員と出会っていた可能性もあるってこと?、…やっベー全然分からなかった…

「あの、リーシャさんは味方でいいんですよね、帝国はエリスの味方…ですよね」

「まだなんとも言えんよ、エリスちゃんをどうこうしろとは命令されてないし、監視員をやっこの国に小説家として潜入して もう20年近いからね 帝国にも帰ってないから 詳しいことはどうにも」

「そうですか……」

いや、敵対してはいないならいい、敵対してたら エリスの最も身近なこの人が もっと敵対行動を取っていてもおかしくはない、それがないなら現状は敵では無いと見ていい

「しかし凄いなぁ、二十年間一度もバレなかったのに、流石は魔女の弟子 えらい」

「えへへ…」

「で?、なんで私の正体を聞いたの?、エリスちゃん賢いから…ただ分かったってだけならこんな危ない橋渡らないでしょ?」

「…ええまぁ」

そう、正直危ない橋だった、というのもリーシャさんの正体を尋ね正解だった場合も、正体の露見を嫌がったリーシャさんが敵対行動を取る可能性があったからだ

知っていても、言わずに惚けたフリをしてれば何事もなかったんだ、それでもこうしてリーシャさんに正体を聞いた理由は一つ

「実は、大いなるアルカナとの戦闘で…帝国軍の力を借りられないかと思いまして」

「…なるほど、私をパイプ役に帝国から戦力を引き出そうと」

そうだ、アルカナと帝国は敵対しており 世界の秩序維持を謳う帝国なら、レーシュ達のあの暴挙は見逃せない筈

エリスとしても戦う戦力が欲しい、けどこの国にあまり宛になる戦力がない以上、他所から連れてくる必要がある、その為の連絡係がこの人だ

帝国軍は世界一精強と聞く、あのアルクカースさえ逆らえないほどに…なら

「でもごめん、多分無理だわ」

「ええっ!?何故…」

「今帝国側も忙しいみたいなんだ、…大いなるアルカナの本隊が盛大にぶちかましてくれたみたいで、そっちの対応に追われてる 少なくとも一ヶ月後に間に合わせるのは無理くさいよ」

「そうなんですね…、後 それ最近の話ですよね、つまり今も密に連絡を取ってるってことで、しかもちゃんとした連絡手段は存在するってことですね」

「…あー、エリスちゃんともう会話したくないなー」

そっちが迂闊なのが悪い、でも一応帝国と連絡を取る手段はあると…いやあるか、エリスとデティが連絡を取り合っているあの魔術筒、あれも帝国製だ つまり似たような連絡手段が帝国にはあるんだ

まぁ、それを知れただけいいか

「しかしそれじゃあ戦力面が解決しないですね…」

「アテが外れたって?、…なんなら私が手を貸してあげようか」

「リーシャさん強いんですか?」

「まぁね、つってもアルカナ幹部クラスは難しいけど それ以外なら」

この人の実力は未知数だ、あまり過信して頼りすぎるのもあれだな…、でもありがたい 戦ってもらえるならそれに越した事はない

「頼りになります」

「いやいや、どうせバレたなら皿までってね…、でもさ 一つ条件があるんだ」

「条件?…なんですか?」

「この戦いが終わったらさ……」

と リーシャさんが口を開いた瞬間

「二人ともー!出来たよー!」

「っ…!」

「ナリアさん!?、随分早かったですね」

キッチンから勢いよくにこやかな現れるナリアさんによって話は遮られる、くそっ 肝心なところを聞き逃した、いやまぁまた今度でいいんですけど…

それはそれとしてナリアさんのお料理だ折角作ってきてくれたんだ 味わおう

「その鍋ですか?」

「うん、丹精込めて作ったんだ、たっぷり食べてね」

そう言いながら机の上にドスンと蓋の乗った鍋を置き…、パカリと湯気を纏わせる蓋を開くと、そこには……

…そこには……

「なんですかこれ?」

「なんだと思う?」

いやわかんないから聞いてるんだけど、…鍋の中に入ってたのは黒々とした何かだ、エリスはポルデュークに来てもう半年、この国の食事体系には慣れたつもりだったが、こんなもの 今まで一度たりとも見たことがない

「…なんでしょうか、うっ!匂いキツッ!」

ほんのり漂う危険臭、臭いとか嫌な臭いとかいうより危険な臭いだ、これ…食べ物?

「正解はね、ボルシチ」

絶対違うだろ、エリスボルシチ見たことありますけどこんなのじゃないですよ、絶対失敗だよこれ…いや待て?まさか

「ナリアさん、料理できるんですよね?」

「うん、出来るよ」

「誰かに食べさせた事は?」

「無いよ」

「味見は?」

「無い」

なんで出来ると思ってるんだこの人、出来ると感じさせる要因が一つもないじゃ無いか…、いや 居るんだ、偶に…料理に対してなぜか絶対的に自信を持つ人、別に料理が簡単とか思ってるわけじゃなく ただただ単純に感性がずれてしまってるタイプ

「えへへ、ごめん…ちょっと焦げちゃって、でも 味は大丈夫なはずだから、多分」

「焦げだってレベルじゃないですし、何より味見してないのに味の保証は出来ないでしょう?」

「うう…面目無い…」

これはあれだ、ナリアさん…致命的に料理が下手なんだ

「……リーシャさん、どうしましょうか」

「バカだなエリスちゃん、こういう時はね こうすればいいんだよ」

するとリーシャさんは鍋をナリアさんに突き返し

「さっきクンラート団長達がお腹空いてたって言ってたからそっちに持って行ってあげてよ」

「え?、でもエリスさん達は」

「私たちは大丈夫だから、ほら」

「う うん、わかったよ…じゃあ劇場の方に持っていくね!」

そう言いながら危険物に蓋をして劇場の方へ走っていくナリアさん、なるほこれでエリス達は危機を逃れたわけだ、クンラートさん達からは恨まれそうだが

…うん、また今度 ナリアさんには本物のボルシチを食べさせてあげよう

「…で?、リーシャさん 何を言いかけたんですか?」

「ん?、んー 今はそういう気分じゃなくなっちゃった、また今度言うよ」

「ええ、そりゃ無いですよ…気になります」

「いいのいいの、この戦いが終わったらって、結局勝たないことには始まらないよ、…私も手伝うけど、アルカナの幹部はエリスちゃんがなんとかするんだよ?、大丈夫?」

「っ…」

それもそうだ、今から勝った後の話をしても意味がない、勝てないと全部おじゃんだ

…リーシャさんと言う戦力がどこまでやれるかは分からないけれど、少なくともヘレナさんに対して エリスがなんとかすると大見得切ったんだから!

なら今すべき事はなんだ、この一ヶ月でする事はなんだ、一つしかないだろ、悩むことじゃあ断じてない

「…………」

チラリと足元を見る、やはりここにも闇がある、ここだけじゃない 部屋の至る所な闇がある、これがある限りレーシュは不敗 レーシュは無敵だ、奴のあの魔力覚醒の攻略法を考えなければ

「…そうですね、じゃあエリス 今のうちに敵をいい感じに倒せる手段を考えてきますね」

「そう、わかった…あ!でも私正体は」

「言いませんよ、安心してください」

軽く手を振りエリスは歩く、永遠についてくる影という名の闇を引き連れて…、さて

ここから考える時間だ、レーシュという相手は二つの状態に分けられ それによって戦法も違う…

まず通常状態、こちらは光と熱をメインに戦う状態にある、この状態で既にエリスの身体能力は疎か旋風圏跳さえ上回る速度で襲いかかってくる、その上タフ…いや ダメージが可視化しづらい意味不明な性壁を持ち合わせている

はっきり言おう、この状態で既にレーシュはアインよりも強い、なんせエリスが第二段階にならないと歯が立たなかったんだから、おまけに次は前回みたいに遊び抜きでくる …、けど こちらに関しては有効な対処法は無い エリスが地力で上回るより他ない

そして問題の第二段階だが、…闇を纏い 闇と一体化し 闇となる、まさしく無敵の形態、攻撃しても当たらず 向こうの攻撃は闇の中にいる限り絶対に当たる、レーシュの手の中で戦うようなもの…

闇がある限り無敵とかいう反則みたいな特性な上、奴は夜にしか現れない 普通にやったんじゃまず勝ち目はない、だからこれをなんとかする方法が必要なんだが

「ふーむ、どうしたもんでしょうか」

と ふと廊下を歩きながら天井を見れば、天井には煌々と光を放つ魔術陣がある、確か名前は『光明陣』、文字通り光を出す魔術陣でこの国では基本的に光源に使われるのはこれだ

劇場でもこれを使い スポットライトとして演出にも使う、…うん

「これ使えるかな」

光を放つ魔術陣、これがあれば闇が払えるな…、いやこれ一つじゃ光が弱い、じゃあそこら中にこれを描きまくって 四方八方から物凄い光で照らせば …

…ってそれじゃあエリスも見えませんよ、うーん これを使うのは難しいな

「あ、ならそこら中に油をぶちまけて辺り一面火の海にすれば…!」

ってアホか、それ街中でやるのかエリスは

それにこの国は年中雪が降り積もっている、そう簡単に火など上がってくれないし、よしんばこの国を火の海に出来ても 闇が完全に消える保証はない

やるなら完璧に闇を夜の世界から消さなくてはならない、それこそ月夜にあって太陽を作り、宵闇にあって昼を成すくらいじゃないと…、無理だろ

「あぁー…、無理だ…どうすればいいんだ」

エリスの手持ちの魔術でも流石に昼を作る事はできない、というか どうやったら完璧に影もなにもかも全て消し去り闇を払えるのか分からない、そもそも闇を跡形も無き消すなんて可能なのか?、太陽だって出来ない事なのに

「はぁ…」

完全に行き詰まった、いつもならそろそろこう…脳裏にビリリッ!って電流が走っていいアイデアが浮かぶ頃なのに、今回はまだ気配もない もしかして無理なのか、エリスには レーシュを倒すのは

「あ!エリスさーん!」

「ん?、あれ ナリアさん」

ふと気がつくとエリスは廊下を抜けて、再び劇場の方に戻ってきてしまったようだ、舞台上にはクンラートさんやマリアニールさん 劇団員の皆さんやナリアさんが寄り集まって何か食べて

…げっ!、さっきのヘドロボルシチ…、やば そういえばこっちに押し付けたんだった

「ちょっと!エリスさん!、クンラートさん達別に欲しいって言ってないって言ってるよ?」

「あ…はは、ごめんなさい リーシャさんが適当言うの止められなくて」

なんてリーシャさんに責任転嫁しつつ エリスも舞台上になんとなく上がる、うう ひどい臭い

「うげぇ…ナリア お前こんなに料理下手だったのか…」

「ご ごめんなさい、失敗してしまいまして…」

「普段料理しないのに張り切ってやるからだろ?、まぁ 食うけどよ」

うげぇ と舌を出しつつ、律儀にボルシチを食べているクンラートさんにさりげに睨まれる、ごめんて…

「うう、不味い…エリス 貴方も食べる?」

「い いえ、遠慮します コルネリアさん」

「ええ、その方がいいわ」

ならなぜ誘った、と言うかコルネリアさんもなんだかんだ律儀に食べてるじゃないですか、うう これはエリスもちゃんと食べた方がいいかもな、何せコルネリアさんも食べてるんですから

「あのー、エリスさんも食べる?」

「よく不味い不味いと言われながらエリスに差出せますね、それ」

「そ それはそうなんですけれど…、僕エリスさんの役に立ちたくて…その…ごめんなさい」

ああー!そう言うのずるい!そう言う顔ずるい!そう言うこと言うのずるいー!、食べざるを得ないじゃん!、いや多分みんなもこの顔にやられたな…いや仕方ない、止めなかったエリスに責任がある

「うう、食べますよう」

「ほんと!?、食べたら感想聞かせて?、僕もっともっと料理上手くなりないんだ!、だからエリスさんの意見が欲しいな」

「満場一致だと思いますよ…」

ナリアさんの隠れた才能の無さにやや辟易しながらも、目の前でヘドロが皿に盛り付けられるのを見る、ああ 今 エリスの目の前に…悪夢の食が皿にふんだんに盛られて、差し出される

「はい、エリスさん」

「ははは…ありがとうございます…………ん?」

ふと、ナリアさんからボルシチを受け取ろうとした瞬間、それが目に入りゾワゾワと鳥肌が立つ、こ これは…

「どうしたの?エリスさん、僕のボルシチ 何かあった?、そんなにまじまじと見て」

「違います!、そっちじゃありません!、これ…これ見てください!」

「これ?、僕の足?」

そう、エリスが指差すのはナリアさんの足…、いやよく見てくれ だってこの足!、いや 足の先!

「影がありません!」

「え?、あ 本当だ 」

ないのだ、ナリアさんの足の下に影が、見ればエリスの足の下にもない クンラートさんの足にもコルネリアさんの足にも ヴェンデルさんの足にも

なんでだ、さっきまであったのに、舞台に上がった瞬間…影が 闇がなくなった

「なんで…」

「それは 照明が複数あるからですよ」

「へ?」

するとマリアニールさんが説明するように上に指を向ける、そこには 複数の魔術陣が天井に設置されている、あれ全部光明陣 演劇の演出に使う照明だ

「演劇とは見栄えの良さが求められます、影とはあれば味は出ますが 暗いと見にくいのでね、基本的に光源をいくつも用意し複数の角度から独自に照らすことにより、舞台上の闇を複数の方向に散らすことにより消しているのですよ」

なるほど!そう言うことか…

例えるなら そう例えるなら、カップ一杯に注がれた黒々しい闇のようなコーヒーを思い浮かべて欲しい、それを それぞれ水が半分入った四つのコップにコーヒーを等分になるように注いで行けば コーヒーの色は必然薄まる それと同じだ

四つのコップを八つに増やせば更に薄く、八つを十六に増やせば更に 三十六に増やせば更にコーヒーの色は薄くなり、終いには限りなく透明になる…

それと同じ原理なんだ、闇をいくつもの方向に分けるんだ、何方向からも照らして 闇を限りなく薄くする事で 舞台に闇が存在しないようにしているんだ

「つまり、舞台上に 闇は存在しない……」

なら、レーシュを舞台におびき出せば?、いやいや無理だ 奴もこんな明るい場所には立ち寄らないし 何より危険だ、それに舞台から出てしまえばまた闇の中…

じゃあどうする、特大の舞台を用意するか?、そんなもの何処にも……

「あっ!!!」

走る ビリビリと電流が 、来たんだ 必勝必至の逆転のアイデアが!

『舞台上に闇はない』『複数の箇所から照らせば闇はなくなる』『レーシュが来る日はいつだ』『どの時間帯だ』『ここは何処だ』『その日に何がある』『その時何が起こっている』

それを全て足し合わせれば…そうすれば!

「出来た!…これなら!!」

「ちょっ!?エリスさん!?何処に行くの~!?」

「修行です!、貴方の夢を守るために!エリスは強くならないと!」

「エリスさん…、うん!ありがとう!、僕も頑張るから!」

エリスさんも頑張って そんな声を聞きながらエリスは走る、劇場の外へ

その重苦しい扉に体当たりするように弾き開ければ、ちゅんちゅんと鳥が鳴き 外の光がエリスの視界いっぱいに広がる、空には青空が広がっている…まるで、エリスのこの心の中のように 晴れ晴れとした青空が

「出来た…出来るんだ、勝てる…勝てるんだ」

呟きながら外に出て、太陽の光を浴びる そうだよ、出来るんだよ!

この世界に 夜の世界に 闇の世界に、全ての闇と影を消し去る 完全無欠の光の世界を作れるんだ!、その中でなら きっとレーシュに勝てる…いや、そこで勝つしかない!!

「ん?、どうしたエリス」

「師匠!」

ふと、外でリリアちゃんとなぜか居るユリアちゃんと一緒に雪だるまを作っている師匠に声をかけられる、丁度いい

「師匠、今から 修行付き合ってもらえますか?」

「何?、いきなりどうした」

「実はレーシュに勝つ算段が整いました、けどそれを実行するには根本的にエリスの実力が足りてません、力が要ります 早急に!」

「ほう…いい目をしているな、覚悟の決まった目だ、よし!」

そういうと師匠は雪のついたおててをパンパン払い、その手を腰において胸を張ると

「いいだろう、決戦前だ みっちりシゴいてやる!」

「え?、レグちゃん…何処かへ行っちゃうの?」

「ああ、悪いなリリア …これは師の使命だ、捨て置けん」

エリスと共にどこかへ行こうとする師匠をやや涙目になりながら止めようとするリリアちゃん、その肩を掴み制止する手がある、…ユリアちゃんだ

「待って、リリアちゃん」

「ユリアお姉ちゃん?」

「エリスお姉ちゃんとレグちゃんさんは、これから色んな物を守り助ける為の戦いに向かうの、それを邪魔したらいけないよ、遊びならわたしが付き合うから」

「お姉ちゃん…、うん 分かった…ワガママ言わない!、レグちゃん!エリスお姉ちゃん!頑張ってね!おーえんしてるからー!」

グッ!と親指を立ててエリスは師匠に促されるまま歩く、というか なんの説明もなしにエリス師匠に連れていかれてますけれどエリスはこれから一体どこへ連れて行かれるのでしょうか

「あの、師匠 エリスは今から何処へ?」

「修行だろ、街中でやるわけにはいかん」

「そうですよね、…あの、エリスから言っておいてなんですけど、なんの修行をするんですか?」

師匠はどこか確信めいている、まるでもうやることが決まってるみたいだ、ありがたいな 流石は師匠だ

「第二段階の修行だ」

「え?、でもエリスもう第二段階になれますよ?」

「そう、入っている が入り口で止まっている、故に同じ第二段階到達者と迫合いになった時 お前は高確率で競り負ける…事実そうだったろう?」

確かに、レーシュとエリスの第二段階は性質が違うが、そもそも出力も全く違うように見えた、それはエリスが第二段階の入り口で止まり レーシュはその奥にいるからだ

第二段階に入ったからって、グロリアーナさんやタリアテッレさんと同格になれるわけじゃないんだ

「つまり、その第二段階を高める修行ですね」

「そうだ、と言っても お前のその厄介な性質…死にかけないと発動しないという悪癖が治るまでは待つつもりだったが、うむ…お前がそこまで覚悟を決めているなら師匠としても答えねばなるまい」

「へ?覚悟?」

「わたしはお前を娘としても愛している、だからこういう事をするのは心苦しいが、わたしも心を鬼する 故にお前も修羅となれ」

「ちょっと待ってください!修羅とか鬼とか物騒な、何するんですか!、エリス鍛えてくれとは言いましたけど…そんな、異様な…」

「何をするって、決まってるだろ…お前はこれから、生と死の狭間を反復横跳びするんだ」

……何するの?

師匠は一人街の外の雪原に目を向け、フッと笑う 師匠の横顔は、いつにも増して 恐ろしかった、そして エリスのその予想は見事に的中する……


……………………………………………………………………

いいかエリス!と師匠が伝えるのは『第二段階』という概念に纏わる事であった

この世の生命体は皆 魔力を持つものだ、寧ろ魔力を持つものが生命体という括りに入ると言ってもいい

木も草も 鳥も魚も動物も魔獣も、当然人間も魔力を持つ…だが魔力とはなんなのか?

それは教わるべくもない、魔力とは即ち魂の残滓 或いはカケラだ、生命体を動かす未知のエネルギーである魂…、その魂が体の内側から溢れて切り離された物が魔力なのだ

魂とは大きければ大きいほど強力な魔力を生み出す、故に子供の小さい体に宿る魂より大人の大きな体に宿る魂の方が強いのだ、しかし魂とは人体の成長を以ってしか大きくならない

そりゃそうだ 意図的に右手だけデカく成長させることが出来る人間がいるか?、いるとしてもエリスは知らない、それと同じで意図的に魂だけを大きくすることは出来ない

体を鍛えれば確かに大きくなるが それでも限界はある、腕立てしても無際限に腕は膨らまないでしょ?

だから、どれだけ鍛えても 魂の大きさには上限がある、…これが 第一段階の壁なのだ、エリスがどれだけ鍛えても第一段階のままでは強さに限界があったのはそういうわけなのだ


では、第二段階とはどういう状態にあるのか…

第二段階 魔力覚醒の正式な名前は『第二段階 逆流覚醒』という、逆流だ 逆流…逆さまに昇るのだ、それは体の外に出ている魔力を逆流させその源流である魂と合一させることにある

そうするとどうなるか、…魔力を受けて活性化し膨張した魂が押し広げられ、魔力と魂がごちゃ混ぜになる、というとよくわからないな

分かりやすく行くなら 肉体全体が魔力を放つ全身魂人間となるのだ、押し広げられ魂と魔力で一杯に満たされた体の境界線が曖昧になり 高密度な魔力体となった肉体を媒介に自動で魔術が発動し続ける、それがあの特異な能力の正体なのだ

石のように体が変化するのも 風になるのも 闇になるのもそうだ

勿論、エリスのゼナ・デュナミスも、記憶とは魂の一部分だ それが表出することによりあのような姿と体を手に入れるってわけだ

第二段階なれば強いよぉ、だって体の奥の方でせっせこ魔力を作ってた小さな魂が体全体に行き渡るくらい大きくなるんだ、石ころと岩くらい差がある だから第一段階では第二段階には勝てないんだ

…だが、エリスの第二段階はまだ不十分だと言う、エリスはただ魔力覚醒によって得られる能力で強くなった気でいるだけ、溢れる魂の御し方を知らない、今までの数十倍に膨らんだ魔力の適切な使い方を知れば その実力もまた跳ね上がる

だから、第二段階に入った人間は積極的に魔力覚醒を行い その扱い方を学んでいくのだが……



「しぃぃぃぃしょぉぉぉぉおぉぉぉおおおおお!!!!!」

叫ぶ、心の限り 喉が張り裂ける勢いで、それこそ魂を震わせながら…いや震えてるのは魂だけじゃないが、ともかく叫ぶ 師匠の名を

しかし、そんなエリスの叫びを受けて師匠は

「…ずずっ…はぁ…」

呑気にホットミルクを飲んでいる、弟子の渾身の叫びを無視して、ぬくぬくと毛布に包まりながらエリスのことを見て コテンと首を傾げ

「おいエリス、何をしてるんだ?、このままじゃお前 本当に死ぬぞ、死にたいのか?」

「望むべくもして死にますよこれぇぇえ!!!」

ガタガタ震える体でエリスは叫ぶ、目の前の…ドーム状の雪の建物 カマクラと言うらしいそれの中でこちらを見る師匠に

カマクラというのは信じられないことに雪の建物でありながら中は暖かいらしい、おまけに師匠は暖房陣の書かれた椅子の上に座り暖かい格好をしながら毛布を羽織っている、まさに完全防備だ

対するエリスはどうだ、…まぁいつもの格好だ、あえて違うと言うのならジャンバーを着用しない軽装備

それで、まぁ ブリザードの中にいるのだ

「これが修行ですか!?これが修行ですか!?」

「ああ、修行だ」

エリスは今師匠の修行を受ける為 王都アルシャラから少し離れたところにある雪原、ブリザード吹き荒ぶ雪原のど真ん中に突っ立ってるのだ、凍え死ぬような格好で

「師匠ーー!、エリス死んでしまいますーー!!」

「ならば早く魔力覚醒をしろ、魔力覚醒を用いなければ本当に死ぬぞ」

鬼!悪魔!と言う言葉が喉まで浮かんで直ぐに取り下げる、そうだ これはエリスの為を思ってしてくれているんだ、エリスが頼んでやってるんだ、命の危機に瀕しないと魔力覚醒を使えないからこんなところでこんなことしてるんだ

なら文句は言うな、師匠を信じろ これはエリスの修行なのだ

「ッッッーーーー!やります!!」

腕を抱くように縮こまらせていた体を大きく広げ、力を入れるように拳を握る…行くぞ行くぞぉ

圧倒的寒さ、それは人間には毒だ、あまりの寒気は容易く人の心臓を止める、心臓が止まれば体が死ぬ 体が死ねば魂も死ぬ、死ぬ 死ぬ 死ぬ…その死の淵を指で撫で

「ぐっ…!」

うゔうーーー!入る 入ってきた 入ってくる!、エリスの魔力が逆巻き体の奥へと侵入し 魂を押し広げ、非物質である魂と物質である肉体の境目が曖昧となり 記憶が表出し、バチバチと閃光が煌めく…入った!第二段階 魔力覚醒!

「『ゼナ・デュナミス』!!!」

「ほーうそれが…、かっこいいじゃないか、懐かしいな…わたしも昔はああやって一々気合い入れて魔力覚醒を行なっていたな」

バチバチと強くエリスの記憶の閃光が髪の上で煌めく、魔力が高まる、そりゃそうだ 全身高密度の魔力源となってるんだから、通常状態とではそもそも出力量も桁外れだ

でも

「師匠ー!、魔力覚醒をしても寒いんですけど!」

魔力覚醒状態になっても普通に寒い、だって寒いもんは寒いし 急にあったかくなったりも気にならなくなったりもしない、これこのまま死ぬのでは

「エリス、魔力覚醒にて手に入れた魔力を使って空気に断層を作れ」

「そ それですか、でもそれって超高等技術じゃ…」

「ああ、だが お前の魔力操作技術は既に超高等の域に入っているはずだ」

「っ…!」

スパーン!と頭を叩かれるようだった、魔力操作!その発想はなかった

いや、この魔力覚醒状態になると、言い知れぬ全能感に支配されて なんでもできるような気がする反面、魔力覚醒以外の技術を使う気になれないの所詮昔の技 今のエリスには時代遅れだ、そんな気がして

だから、魔力覚醒中は全然使ってなかった、魔力操作も極限集中も…エリスが今まで手に入れた技術全て、忘れていたと言うより そもそも思考の範囲外に追い出してしまっていた

そっか、魔力覚醒してもエリスはエリスなんだ…なら、この溢れる魔力も

「ッッッぐぅぅうう!!!」

自分の中で渦巻く魔力を手で掴み 無理矢理成形するように形を変える、凄まじい量の魔力だが エリスにかかればこんなもの、操れる…操れるんだ、そのように今まで努力してきたんだから!

歯を噛み締め寒さでおかしくなりそうになりながら 魔力を纏う…エリスの体にまとわりつかせる

「ふぅ…ふぅ…ふぅ!」

エリスの体を魔力ですっぽり覆えば、どうだ?寒さがかなり軽減したように思える、見れば吹雪く雪がエリスを避けて通っている、これが魔力の断層…普段から使えるものではないが、この第二段階に入った状態なら 行けるな

「あの、出来ました!」

「のようだな、ずずっ…流石だ」

「えへへへ、で 次は何をしたらいいですか?」

「何もせん、そこでずっと魔力覚醒と魔力断層を維持し続けろ」

「ずっと?ですか、それが修行ですか?」

「お前は魔力覚醒に慣れていない、本当はまだ実戦に投入出来る段階にないのだ、故にこの一ヶ月で魔力覚醒を実戦レベルに引き上げる」

「なるほど、分かりました」

ん?、それってエリス これから一ヶ月間毎日死にかけるってことでは?、ま まぁいい、そのくらいしなければこの魔力覚醒を実戦レベルに持っていくことはできないからな、レーシュとの戦いでもっとスムーズに魔力覚醒できるようになったなら それでいいじゃないか うん

「…しかし、だとすると暇ですね、師匠寒くないですか?」

「ちょっとな、だが暖房器具はたくさん持ってきたから大丈夫だ」

今の師匠は無力だ、下手をすれば師匠も寒さで命を落とす可能性さえある、だと言うのにこうして付き合ってくれるのだから、嬉しいじゃないか…

…吹雪の中突っ立ちながらボケーっとする、こうしてぼーっとしているのもなんだ 雑談でもするか

「すみません、師匠」

「なんだ?」

「師匠達魔女様は第二段階…というか 魔力覚醒は行わないんですか?」

師匠達が本気で戦う時 魔力覚醒を使っているところを見たことがない、魔力覚醒という分かりやすいパワーアップがあるというのに、それを実戦で使わないのは何故だろうと、少し前から気になっていたんだ、丁度いい機会だから聞いてみる

「使ってるだろ、我々魔女は普段からずっと魔力覚醒状態だ」

「え!?そうなんですか?」

「ああ」

「エリスや他の魔力覚醒者みたいに特異な能力や姿形の変化は見られませんが」

「抑えているだけだ、普段からそんなもん剥き出しにしていたら騒がしいだろう」

確かに、エリスがずっと魔力覚醒を維持出来たとしたら、この髪の毛のチカチカは正直邪魔になるからな、流石は師匠だ 魔力覚醒を普段からずっと使っているなんて…

「じゃあじゃあ師匠の魔力覚醒によって得る力ってなんなんですか?」

「太玄との同一化だ」

難しい言葉が出てきた…そもそも太玄って何

「なんですかそれ」

「…言ってみれば、周辺環境との同一化と言おうか、この空間全てわたしとなる、ここなら 雪と冷気がわたしの手足として動くようになる」

「へぇー、強そうですね!」

「今となってはくだらん芸だ」

まぁ確かに、ここの雪や風を思いのままに操るより魔女である師匠は普通に魔術使った方が早いか、でもだとすると ある意味不便か…

「でも不便ですよね、魔力覚醒というパワーアップが 魔女様達には実質無いってことですもんね、まぁ確かに魔女様レベルになったらいらないかもしれませんが いざって時の奥の手に……」

「あるぞ?、魔女にも 奥の手が」

「へ?…どういう意味ですか?」

「わたしがいつ魔力覚醒が最後の段階と言った、魔力覚醒はあくまで第二段階の技…、第三段階 第四段階と上があるのだから、当然あるに決まってるだろう…魔力覚醒にも上が」

そりゃそうだ、魔女様は普段世界への影響を考慮して力の殆どを使ってない、戦ってるように見えて本気では無い、魔女様の本気というものは存在するのだ

魔力覚醒のその上が…

「ふっ、丁度いい機会だ…見せてやろう、人類だけに許された特権 魔女にのみ許された権能、魔力覚醒のさらにその上 臨界魔力覚醒を…!」

そう言いながら師匠は立ち上がり…

「あ、今使えないんだった」

「えぇ…」

「まぁなんだ、そもそも我ら魔女はカノープスとの取り決めで臨界魔力覚醒を使うことを戒めている、世界へ与える影響など考えるべくも無いからな」

じゃあ使える使えない以前に使わない方がいいってことか…、しかし 魔力覚醒のさらにその上 その名も臨界魔力覚醒、魔女にだけ許されたってことは恐らく第四段階を究極まで高めたものにだけ解放されるまさしく神の権能ともいうべき力なのだろう

魔女が魔女たる所以、世界の支配者としてある理由、それが臨界魔力覚醒か…、魔女様の本気だ 使えば恐ろしいことになるに違いない

「凄いですね、そんな力があるなんて」

「と言っても最後に使ったのはシリウスとの最終決戦以来だがな…、あれは凄惨な戦いだった、八人の魔女が同時に臨界魔力覚醒を使い応戦したのだが…思えばあれがいけなかったのかもしれない

「行けなかった?」

「ああ、我等は力に驕っていた、臨界魔力覚醒さえあればシリウスとも互角に戦えると、愚かだった…我等に使える力をシリウスも使えるなど 夢にも思わなかったのだ」

「え…ってことは、使えるんですか?シリウスも」

「当たり前だ、…いや 奴の場合は臨界魔力覚醒の更にその上、今現在シリウスしか到達していない究極の領域 第五段階 『覇征開闢』到達者のみが使える究極の魔力覚醒…、臨界を超えた終界魔力覚醒を使えたのだ」

それが誤算だったと師匠は悔やむ、臨界こそが到達点 これより先はない、これさえあればシリウスとも戦えると息巻いて戦いを挑んだら…

違ったのだ、師匠達の予想もシリウスの格も、シリウスは師匠達の予想を遥かに上回り 未だ嘗て誰も到達したことのない領域に足を踏み入れていた

「凄い名前ですね 終界魔力覚醒って」

「文字通りそこが終わりなのだ、人間が到達できる領域の行き止まりがそこ…、シリウスはそこにいる、だからどれだけ頑張ってもシリウス以上には絶対になれない 精々シリウスと互角になれればいい方なのだ」

シリウスは決して超えられない、それが 史上最強の名を冠するシリウスという人間なのだ、この世の生命体である以上 決してシリウスを超えることはできない…、師匠達でさえ手の届かない領域 第五段階…、デタラメな奴だ

「…奴は我等の臨界魔力覚醒を見て笑い、呼応するように終界魔力覚醒を解放した、たったそれだけで甚大な被害が出た…」

「え?、解放しただけで?」

「ああ、その力の余波で…人類の九割が死に絶えた、大いなる厄災の核たる出来事がそれだ」

「えぇ!?解放しただけで…人類の九割が…」

一体、どんな力なんだ…

一体、どれほどの力を持っているんだ

一体、なんなんだ シリウスって…


八千年前起こった超常の戦い 大いなる厄災、現行人類が到達出来ていない第四段階到達者である八人の魔女と その魔女でさえ届かない唯一無二の第五段階到達者シリウスとの戦い

それは、これだけ強くなったエリスからしても まだまだ遠く 遥か遠くの出来事であった、出来るなら そんな恐ろしい戦い、もう二度と この世で起こってほしくはないな……
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