孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

210.孤独な魔女と弟子の道

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アガスティヤ帝国、世界最新の技術と世界最大の領地 そして世界最強の軍隊を持つ世界最高の帝国

その帝国の中心部に存在する首都マルミドワズ、空へ浮かび上がる不可思議な街は五つのエリアに分かれている

内部に魔女大国中央都市の五倍の面積を内包するブロック群で出来た居住エリア

世界中の拠点と空間転移魔術で繋がり 各地から凡ゆる品が取り寄せられる商業エリア

世界屈指のカジノやスポーツ施設に娼館 男娼、遊びの遊びたる全てが揃う娯楽エリア

帝国の力の象徴、最新鋭の技術が詰め込まれた生産エリア

最強の軍を育て上げる超巨大訓練施設 練兵エリア

そして、そんな五つのエリアの中心に存在するのは、この魔女世界の中枢にして帝国の心臓部 皇帝府エリア

全て合わせれば魔女大国の中央都市の十倍近い面積となる超々巨大都市、そしてそれを実現する空間拡張魔術と高度な魔力機構で溢れたこの類を見ない無二の街

今エリスはそんな街にいます、いきなり現れたメグさんに連れられカノープス様の前に引っ張りだされるなり アルカナが本格的にエリスの身を狙ってる可能性があるから、しばらく匿うとのこと

よく言えば保護 悪く言えばアルカナを釣る餌としてエリスはしばらくこのマルミドワズに身を置くことになりました、とは言え扱い上は来賓 なので当然ながらしばらく居住する家を皇帝陛下直々に寄与されたわけなのですが…

まず、立地を説明しましょう、 場所は巨大な白いブロック群の内部 空間拡張と人工太陽によりまるで一つの世界のように広かった居住エリアの一角、人々の住む街からは少し離れた小高い丘の上に建てられた立派な赤い屋根の屋敷 、それがエリス達の家らしい

立派も立派です、アジメクのエドヴィンさんが住んでいた、つまり地方領主の住む邸よりも大きく豪勢な屋敷が丸々エリス達の物となったのです、ぶっちゃけエリスと師匠二人で住むには広すぎる気もしますが…

まぁいいです、そうですね 序でなので間取りも紹介します?、ふわふわの絨毯が敷かれたリビング 世界各地の本という本が並べられた書斎、有名なデザイナーがデザインしたお洋服が沢山敷き詰められた衣装室に お酒やビリヤード台が置かれた娯楽室、キッチンもバカみたいに広く ダイニングもアホみたいに広いですよ

まるで一国一城の主になったような気分ですよ、そんな屋敷に通され メグさんは今日からここがエリス達の家だと言った時は、カノープス様のところから合流した師匠も一緒に驚いていた…

しかも オマケにメグさんも付いてくるようだ、というのもこれだけ大きな屋敷だから住むのに不便だろうと、エリス達のお世話係にメグさんが付いてきたんだ、それ以外の従者はついてこなかったメグさん曰く

『お二人の世話なら、私一人でも十分でございます』

と 自信満々だった、流石は皇帝陛下直属の従者長、百人のメイドがつくより彼女一人ついた方が余程助かるようだ

…そして、エリスと師匠は取り上げず1日の疲れを癒す為 共に寝室に向かい、フカフカのベッドで眠りにつき…今に至るわけだ

「んっ…んんん、こんなフカフカのベッドで眠ったのは久しぶりですね」

朝起きて 目を開くなりお目目パチクリだ、眠るだけで前日の疲れが全て取れる、それくらいフカフカで高品質なベッドだった、クリストキントの役者旅ではどうにも質素な生活が続いたが故に こういうしっかりしたところで眠るのは久しぶりだな

「んん…エリスぅぅ」

ベッドの上で上半身をあげ伸びをしていると ふとエリスのパジャマを引っ張り師匠が呻く、一緒に寝ていた師匠はまだ眠たいようだ…

「師匠、もう朝ですよ」

「ん…ぐっ…うう、ああ 朝か…」

眠たそうにガバリとシーツを退かし ベッドの上に起き上がる師匠、昨日 何やら色々カノープス様とお話ししたようだが、特に 何か重要な話はしなかったと語っていたな

なんでも、カノープス様曰く 久し振りに師匠とお話ししたかっただけのようだ、なんかそう聞くと可愛らしいが、師匠はいい迷惑と語っていたな…

「ん、ああ そういえば我らは帝国に来たのだったな」

「はい、いつもみたいに国境を通っての入国ではないですから、どうにでも 意識出来ないですよね、帝国にいるって」

「ああ…だな」

だって昨日の昼頃まではまだエトワールに居たのに、今はもう帝国の中心部だ、メグさん達の使う時空魔術とは かくも便利で強力なものなのだ

「しかし、帝国は暖かいな」

「一応ここはブロックの内部ですし、温度調整も思うがままだそうですよ」

とメグさんから聞き齧った事を言ってみる、パジャマを脱いでいつものシャツに着替えながら窓から外を見れば…

広がるのは青い空と緑の芝生、そしてキラキラと輝く太陽だ…本当にこれがブロックの中だとは思えないな、夜になったら太陽は沈み月が出てくるし 風も吹く、もしエリスが玉座の間ではなくてこのエリアに移動させられていたら エリスはここが屋内だとは気がつけなかっただろう

それほどまでに徹底して外の空間を模倣している、まるで楽園だな、魔獣も出ないし賊もいないし 天災も起こらない、完璧な街だ

なんて思いながらボケーっと外を眺めていると、ふと 寝室の扉が叩かれる

「失礼します、エリス様 レグルス様」

「あ、おはようございます」

音もなく扉をあけて現れるのは腰あたりで手を合わせるメイド…、皇帝陛下直属のメイドにしてエリスと同じ魔女の弟子 メグ・ジャバウォックさんだ

先ほども言ったように今日からエリス達のお世話をしてくれるようだ…けど、もしかしてエリス達が起きるの外で待ってたのか?

「朝食の用意が出来ております、こちらにお運びしますか?」

「いや、いい…寝室で食事をとるのは好きじゃない、エリス 行くぞ」

「はい、師匠」

いやぁ、まさか朝食まで作ってもらえるとは…、エリス自分で作るつもりでしたけど、メイドさんってお料理もするものでしたか?、まぁいいや…着替えも終わったし ダイニングに向かおうとしていると…

「あの、メグさん」

「なんでございましょう」

姿勢を崩さずエリス達を先導するため歩き始めたメグさんの後ろを師匠と共に追従しながらふと、口を開く

「メグさんって時空魔術の使い手なんですよね、なのになんでいつも歩いて移動するんですか?」

「まぁ、エリス様 なんと無体な質問を」

「えぇ…」

だってメグさんは時空魔術を使える、時空魔術を使えば空間と空間を歪め 距離を縮め何処にでも一瞬で移動出来る、なのにメグさんは基本的に徒歩で移動する、あの時空魔術を見せてくれたのは最初の一回だけ…

いや、偶に何処からか物を取り出したりすることもあるし、もしかしたらちょこちょこ使ってるのかもしれないが、それでもそれを移動に使う機会は少ない、もしかして何か条件でもあるのかと思ったが

…無体とは…

「エリス様?、例えば一瞬で料理が出来上がる魔術があったとします、もしそれを会得したとしてエリス様はそれを毎回使って全ての食事を行うのですか?」

「え?、…うーん、どうだろう あったら便利ですけど、今後の食事を全てそれでま賄わないかも…」

「何故です?、効率が悪いのに」

「それは、えっと…まぁ 一番は料理してるって感覚が薄れるのが嫌だからですかね、あと単純にエリス自身料理が好きでの楽しいってのもありますが」

「それと同じでございます、使えるからと使い続けては 自身の感覚が狂ってしまいます、エリス様自身 未だに帝国に移動してきたという感覚が掴みきれないのではありませんか?」

「え?…ああ、そういう事ですか」

つまり、メグさんは自身の位置感覚を大切にしているんだ、もし メグさんが時空魔術を使って世界中を行き来し続けたら、今自分が何処にいるのか その感覚も薄れてしまうのだ

人にはあるんだ 『外に居るという感覚』と『家にいるという感覚』、外出してる時の気持ちと家いる時の気持ちは誰だって違う、けど時空魔術を乱用するとその感覚が混濁し乱れてしまうんだ

それがどういう弊害を生むのかエリスには慮りかねるが、よくない事なんだろうな

「あと単純に楽しくないからですかね」

「楽しくないって…」

「いえ?大切な事ですよエリス様、この手で事を為している 今この足で移動している、その感覚はどれも楽しいものです、それを魔術で省略してしまうなんて とても楽しくないです」

「楽しくない…楽しくないですか…」

「エリス、お前にも分かる話じゃないのか?、お前も 今の旅を楽しんでるだろ?、その気になればアジメクまで旋風圏跳で飛んでいけるのに、しないだろ?」

ふと、師匠に言われて気がつく、なるほど 楽しいって 移動することが楽しいのではなく、移動の中にある経験を楽しんでるのか、メグさんはそれを大切にしてるのか…、時空魔術で中身を省略してしまうのは持ったないものな

「なるほど、そういう事ですね」

「そういう事でございます、楽しいか 楽しくないか、それは私の全てでございます、楽しいものを何より尊び大切にする、それが 生を謳歌するコツにございます」

「随分達観したことを言うんですね、じゃあ今は楽しいですか?」

「はい、とても」

なーんて言いながらこちらをちらりと見て微笑むその美しさに、思わずギョッとする、びっくりしたぁ この人こんな顔出来るんだ…

「さ こちらにどうぞ、既に朝食の方は用意してありますので」

なんて話している間にエリス達は豪勢なクロスのかけられたテーブルの置かれたダイニングへと通され、先んじて動いたメグさんは椅子を引きエリス達を座らせる、いや上手い動きだ メグさんに促されるままに吸い込まれるように座ってしまった

凄いですね 帝国のメイドは師匠と目配せをしていると

「こちら、本日の朝食になります」

そう言いながらいつの間にかキッチンに移動していたメグさんがカラカラと台車をスムーズに動かしながら運んでくるのは…

「これ、サンドイッチですか?」

「そうとも言いますが、正確にはブリオッシュのサンドでございます」

机に上に置かれるのは、丸っこいパンの間に様々な食材が挟まれた物がそれぞれに三つづつ、間にはハムとチーズだったりポテトとサラダだったり よくわからないクリームだったり、豪華だ…

「これ、メグさんが作ったんですか?」

「勿論でございます、陛下の従者として凡ゆる技術を極めるのは当然のこと、私 なんでも出来ます」

それは凄いな、多分だけど豪語とかではなく 実際なんでも出来るんだろう、前も言ったがこの人 多分出来ない事ないんじゃないかな

しかし、これでお料理が出来る弟子は三人目か、エリスとアマルトさんとメグさん、アマルトさんは世界一の料理人から直々に教わったほぼプロだし、メグさんもまたある意味じゃプロ…

エリスだけだ、独学と実践で料理を学んだのは…、もう弟子たちの中で料理一番上手いですって顔は出来ないな

「では頂きますね」

「ん、頂こう…」

まだ半分寝ぼけ目の師匠と共にブリオッシュサンドを手に取る、手に取るのはマッシュポテトとお野菜が挟まったサンドだ、ううん いい匂いだ、ブリオッシュの表面を軽く炙ってあるんだろう

では一口 と口に運べば、一気に舞い上がるように口に充満する香ばしい匂い、これはバターの香りか、バターと卵をふんだんに使うブリオッシュらしい 甘い口触りに思わず目尻が下がる

次いで口に転がり込むポテトの柔らかな甘みと野菜のシャキシャキとし感触がエリスの咀嚼を加速させ唾液を溢れさせる

なんと上品な味だろう、何一つとして下品に主張しないお淑やかな口溶けだ、腹を満たすことよりも舌を喜ばす事を重点においたこのサンドを食べれば、今日1日がなんだかいい日になるような…そんな曖昧な自信が湧いてくる

「美味しいですね、これ」

「だな、カノープスはこんなものを毎日食べてるのか?」

「いいえ、些か失礼なことではありますが 陛下はもっと良いものを食べています」

「それもそうか」

なんて中身も何もない会話を続けながら食事を続け朝餉に舌鼓を打っていると、ふとメグさんが

「ところでエリス様、今日のご予定は決まっていますか?」

「え?、予定ですか?…師匠は?」

「私に予定も何もないが、エリスに合わせよう」

「そうですか…ふむ」

今、エリスがやらなくてはいけない事はない、エトワールみの時みたいに何かをして生活しなくても こうやってご飯が出てくる夢のような状況だ、毎日お布団に潜って惰眠を貪ってもいい、けど

うん、差し迫った危機として存在する物はある、この国でエリスの命を狙うアルカナ達だ、今現在何処にいて 今後どういう風に行動し、エリス達がその問題にどのように直面するかは分からない

だが、今以上の力が求められるのは確かだ、だから

「また、練兵エリアでトレーニングしてもいいですか?メグさん」

「はい、そちらの許諾は先日の時点でしっかりとってあります、また文句を言われるようなことはないでしょう」

おお、仕事が早い ってことは今度こそ練兵エリアでトレーニング出来るのか、前日はゴラクさんに付き合わされたせいで殆どトレーニングにならなかったしな、あれだけの設備は正直魅力だ

「なら師匠、今日は…いいえ これからしばらく修行に付き合ってもらってもいいですか?、多分この国でアルカナと決着だと思うので、今よりもずっと強い力が必要なんです」

「そうか、…ああ 分かったよ、魔女の名に懸けて お前をさらに上の段階まで鍛えてやろう」

よし、ならこれ食べたら早速行こうかな、美味しいけれど 今は時間が勿体無いし、食べちゃおう早めに!

「はくはく…はふはふ」

「ふふふ、エリス様は大人びているように見えて 子どもらしいところもあるのですね」

「む?…」

慌てて食べているところを見てなんか笑われたんだけれど、…そんな子供らしかったかな、って

「エリスとメグさんそんなに年齢変わりませんよね」

「私の方が一歳お姉さんでございます」

「そ そうですか…」

「ふふふ」

一歳って、殆ど誤差じゃないですか…ってまだ笑ってる、は 恥ずかしい

「うう…」

「何を下らん話をしているんだ、それより修行に行くのだろう?早めに食べて向かうぞ、メグ お前はどうする?」

「では、私も共に参りましょう、お二人の修行を出来る範囲でサポート致します」

「助かる、では…あーん」

ポイポイと師匠はブリオッシュを口へ放り込み、まとめて咀嚼すると共に裾で手を拭き立ち上がる、れ 礼儀もへったくれもありませんよ師匠…

「ほら、早く行くぞ」

「あ!ま 待ってくださいよ師匠!、まむまむ…んぐっ!?」

立ち上がり部屋を出ようとする師匠を前に慌ててブリオッシュを頬張ったからか、つ 詰まった…喉に、ぐ ぐるしい…

「エリス様、お水はこちらに」

「ん…んんん、んくんく…ぷはっ、助かりましたー」

エリスの動きを見て喉を詰まらせたと即座に悟ってくれたのか、ささっとメグさんはエリスにお水を差し出してくれる、なんとも気が利く 流石メイドさん、助かった…ん?

「あの、なんで笑ってるんですか?」

「ふふふっ…いえ、エリス様は 楽しいお方だなと」

口元に手を当て上品に笑う その仕草一つが可愛らしい、なんというか 全く隙がないように見えて、こうやって笑ってる時は彼女の中にある隙のようなものが垣間見えるような気がする

それが、こう…良いのかな、分かんないけど良いんだろう

「ではエリス様?、練兵エリアへ向かいましょう、歩いて」

「やっぱり時界門は使ってくれないんですね…」

「何を仰います、こんなに良い天気なのに外を歩かないなんてバチが当たってしまいますわ?」

「この空偽物でしょう?」

「ええ、毎日快晴なので 毎日楽しいですよ、さぁ エリス様、お手を」

そう言われて差し出されるメグさんの手を見る、綺麗な白い手だ 料理をするってことは水仕事もするだろう、他にも様々な労働に従事しているだろうその手は、不思議なほどに白く 陶器のようなツヤめかしさを持っていた

思わず息を飲むような手を取り椅子から立ち上がる、ともあれ 今は修行だ、自分に出来ることをやり続ければ道はきっと拓けていく筈だ

…………………………………………………………

無駄に広大な居住エリアを抜け 一直線に伸びた空中回廊を通り越し、練兵エリアへ到達する頃には既に一時間経っていた、次からは無理にでも時界門使わせてもらう

それがダメなら周りに多少迷惑がかかるが旋風圏跳を使う、流石に一時間の道中をこれから毎日楽しむ心の器量はエリスにはない

なんて考えながら練兵エリアの入り口を潜る前にメグさんに一つ物を言われた

『まだ正式な任命は行われていませんが、エリス様の帝国内での立ち位置は『少尉』になります』

と 、そう言えばエリスに適当な役職を与え帝国内での行動を約束するとか言ってたな、流石になんでもない人間を帝国軍の領地内をブラブラさせるのも帝国側のメンツに関わる

しかし、少尉って結構偉くない?と問うと

『あんまり低くするとゴラク様のようなお調子者がエリス様に迷惑をかける可能性があるので、一応名前だけとは言え その辺りで迷惑をおかけするわけにはいきません』

だと、まぁ確かにゴラクさん辺りはお前の階級は俺より下だから敬えよ?なんて言ってきそうだし、自分の方が立場が上だからと絡んでくる厄介者が他にいないとは限らない、なので名前だけとは言え 地位は高く設定されたらしい

ちなみに師匠は『客将』らしい、エリスもそっちでいいような気がするが、なんでエリスだけ妙に列記とした地位なのか…、思惑があるような気がしてならない

まぁ、それを今問い詰めたって意味はないので放っておくが

「フッ…フッ…フッ…フッ!」

コートを脱ぎ 薄着になりながら上半身を上げ続ける、エリスは今トレーニング用の機器を使って絶賛腹筋中です、この前にもチェストプレスやらベンチプレスやら、出来る筋トレはなんでも手当たり次第に行い筋肉の増強を図っています

エリスの戦闘スタイルは魔術用いての近接戦、なればこそ 筋肉は必須だ、ともかく鍛え とにかく鍛える、それが今求められる行いだ

「フッ…はぁ、師匠!腹筋五百回終わりました!」

「そうか、ならウォーミングアップはそれくらいでいいか、少し休憩を挟んでから魔術の修行に入る、息を整えておけ」

「はぁ…はぁ、はい 師匠!」

姿勢を直し、機器の上に座り息を整える、いや しかし随分懐かしい感覚だ、昔はこうやって体力作りを行った後魔術の訓練を行う そんなルーティンで生活していたな

一応そのルーティンは今も続けてはいるが、こうも本格的にやるのは久しぶりだ…確かに手応えを感じる!

「エリス様、こちらタオルになります、汗を拭うのにお使いください」

「あ、ありがとうございます、メグさん」

そして、そんなエリスの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれるのが、メグさんだ エリスが汗を流せばこうやってタオルを渡し拭いてくれる、このように誰かにサポートされながら修行するのは初めてだが…、とても有り難い

「はい、そしてこちら帝国謹製 スポーツ飲料になります」

「スポーツ飲料…?」

「流した汗や失った体力を効率よく取り戻せるよう、開発された飲料でございます、人は動けばエネルギーを使うもの、そのエネルギーの中身は 塩分や糖分と言った要素が含まれておりますので、こちらでそれを補うのです」

「なるほど、頂きますね」

しかし帝国の技術の高さは他の国とは一線を画しているな、これも 帝国が一番でいるため、他国を出し抜いて発展した証か…なんて、今その技術の恩恵に預かってるエリスが邪推していいわけないか

手渡された水筒の中身を口にすれば、…うん 甘じょっぱい、もっと薬品っぽいかと思ったけど、これならゴクゴク飲めるよ

「しかし、エリス様はストイックでございますね」

「へ?、エリスが?」

「はい、エリス様の力は先日確認いたしましたが、身体能力一つとってもかなりのもの、だというのに 未だ慢心せず、直向きに努力されるとは…、中々出来ることではありません」

「そ そうですかね、そこまで面と向かって褒められると、照れちゃいます…けど、師匠に昔言われたんです、『この世に生きて 努力出来ない時間なんて存在しない』って、だから エリスは続けるんです 努力出来るから…するんです、ね?師匠」

「…私そんなこと言ったか?」

言いましたよ!、いやもう10年も前の事だから忘れて当然だけどさ…、けど 師匠の教えはエリスにとって全てだ、たとえこの記憶能力がなくても師匠の教えは忘れない

「なるほど、エリス様とレグルス様は強い絆で結ばれているのですね」

「えへへ、それはそうですね、胸を張れます」

「そうだな、やや照れ臭いが エリスの信頼は確かに私も感じている、嬉しいばかりだ」

そう語る師匠の顔は、いつもよりちょっと柔らかい、師匠と出会ってもう十二年、色々あったけれど その色々を乗り越えられたのは全て師匠のおかげだ、エリスは師匠をこれ以上ないくらい信頼していますよ

「そういうメグさんは、カノープス様と絆で結ばれていないのですか?」

「陛下とですか?そうですね…、結ばれていますよ?とても深い 愛で」

ポッと頬を赤らめテレテレと体をくねらせるメグさんを見て、頬が引きつる…なんだそれは、愛?…まぁエリスの師匠への想いはあるいは愛と呼べるだろうが、なんか メグさんのは異様だ

まぁ、これだけ慕ってないと従者ってのは務まらないんだろう

「よし、休憩終わりだ エリス、行くぞ?」

「はい、師匠」

「では私もお伴しましょう、それで次は何をされるので?」

「そうだな、…いつものように模擬戦と行きたいが、丁度いい 第二段階の修行をつけておこう」

「おや?、エリス様 もしや第二段階に?」

「え?ああ はい…けど、まだ自由に変身は出来なくて…、メグさんは?」

「お恥ずかしながら私はまだその段階には至れていません」

そうなのか、ちょっと優越感…、なんて この人なら直ぐに第二段階に至るだろう、何故かって?だって第二段階に必要な心技体すべて持ち合わせている、後は爆発するきっかけ待ちだ

まぁ、師匠曰く その機会に恵まれなければ一生壁を越えることはないらしいが…

「というか師匠、第二段階の修行って ここでまた死にかけるんですか?エリス」

しかしと師匠の言葉に反論する、第二段階の修行をするったっても、エリスは死にかけないと第二段階には入れない、前回エトワールでその修行をした時は エトワールがかなり厳しい自然環境にあったから可能だっただけ

しかしここはどうだ?、トレーニングルームに死の香りはしない、ここじゃあ魔力覚醒は出来そうにないぞ…

「いや、その必要はない 、エリスちょっとこっち来い」

「はい?、なんですか?」

そういうなり師匠は近寄ってきたエリスの胸にポンと手を当て

「まぁ、レグルス様ったら公衆の面前でエリス様の胸を揉みしだくなんて」

「揉んでない、メグ 黙っていろ」

「これは失礼を…」

「…………すぅ」

メグさんの軽口を躱し、師匠は深く息を吐くと共に…

「ふっ!」

「おおっっ!?!?」

突如 エリスの中の魔力が無理矢理掻き乱された、いや この感覚には覚えがある、師匠と出会ったばかりの頃、初めて魔力操作の修行をした時のことだ

師匠はエリスの体に触れてその魔力を操り、体外へ放出するという神業をやってのけた、昔はなんとも思わなかったが今なら分かる 他人に触れて他人の魔力を無理矢理引き出すなんて常識離れも甚だしい

まさしく人知を超えた技を以ってしてエリスの体内の魔力は師匠の手によって組み替えられていき…

「うあっ!?ま 魔力覚醒した!?」

気がつけばエリスの体は勝手に魔力覚醒を発動させていた、エリスのトリガーである臨死体験もしてないのに、勝手に…

「な なんで…!」

「お前の感じている通りだ、私の魔力とお前の魔力を同調させ、魔力覚醒を強制的に引き出したのだ、エトワールでは私があんな状態だったから出来なかったが、あの修行を経て 魔力覚醒のハードルの下がった今のお前なら、外部からの干渉でも覚醒させられるのだ」

「なるほど…、おお 本当に発動してる…」

「維持は自分でやれよ」

手を開閉すれば それだけで魔力が湧いてくる、凄い 師匠は本当に凄い、こんなことまで出来てしまうなんて、師匠が付いてたらエリス魔力覚醒し放題じゃないか!

…いやそうじゃないな、この修行で 魔力覚醒を出来る限り自前で発動させられるようにならないと

「おお、それがエリス様の魔力覚醒ですね…素晴らしいです」

「え?、そうですか?」

「はい、とてもかっこいいですよ」

パチパチと手を叩き褒め称えてくれるメグさんの言葉に思わず照れる、かっこいいですか?いやまぁそうでしょうとも、エリスもそう思ってますからね ふふん

「くだらない話をしている場合か?、エリス 向こうに模擬戦場があった そこで少し体を動かすぞ?」

「あ、はーい 師匠!」

「では私もお供させて頂きます、同じ魔女の弟子として いつか至る魔力覚醒について勉強させて頂きます」

メグさんの助けになれるならそれで良いです、なんて返しをしながらエリスは魔力覚醒を行なったまま師匠と共にだだっ広い模擬戦場…、体を自由に動かせる場へと向かう

当然多くの帝国兵がそこで訓練をしていたが、そこはメグさんが話をしてエリス達が全力で動く空間を作ってくれた、というか 訓練をしていた帝国兵がみんな外周に寄ってまるでエリス達の修行を見学するかのように立ち見を始める

なんだこれ…いやまぁ魔女の修行なんてなかなか観れるもんじゃないから珍しいんでしょうけれども

ええい!、もうなんでもいいやー!


「……こほん」

「取り敢えず、どれだけの事が出来るか 見せてみなさい」

訓練場のど真ん中でエリスと師匠は向かい合う、外周には帝国兵がザワザワと騒いでいるが 所詮野次馬 気にするものでもない

「では、行きます師匠」

「ああ、来い」

エリスが構えを取れば 師匠もまた構えを取る、嬉しいな 師匠を相手に構えをとらせるまでにエリスは強くなれたんだな…

よし!、やるか!と息を大きく吸い込めばエリスの髪を這う閃光が強く煌めき

「追憶…!」

思い起こすは纏う風、エリスが長い旅の中で感じてきた風を一つ一つ丁寧に汲み取り 束ねて、一つの突風に変え …今

「『絶地瞬脚法』!」

「ほう、幾多の旋風圏跳を片足に集めて加速したか…!」

一目でタネを説明しないでください!、一瞬で距離を詰め 勢いのまま蹴りを加えたというのにまるで当たる気配がなく、エリスの起こした風は師匠の髪を揺らすばかりで傷一つつける事なく この足は空を切る

「自分の記憶の中の物を一切のアクションも必要なしに引き出せる魔術、追憶魔術だったか?」

「はい!、エリスの編み出したエリスだけの魔術です!」

「本当にお前オリジナルかは置いておくとして、凄まじい魔術だ 概念干渉型とでも言おうか、良い魔術を身につけてくれたな」

谷風の如く勢い良く吹く突風を御し、その上を滑るように加速しながら蹴りを放つ 、滅多に矢鱈に、無闇に闇雲に、それでいて師匠の動きを記憶するように

エリスの蹴りをここまで華麗に躱して見せる人間は初めてだ、ましてやこちらは魔力覚醒を行なっている、あのレーシュでさえ魔力覚醒をしたエリスの攻撃にはたたらを踏んでいたというのにだ

ダメだな、この方法で …近接戦で一発入れるには後三…いや四手足りない

「だが!、肝心の本人の動きが単調では意味がない!」

「ぐぅっ!」

剰え蹴りの間を縫って弾かれる、手で弾かれたのか蹴りで弾かれたのか分からないが 気がつけばエリスの体は遥か後方まで飛ばされていた

魔力覚醒を行っても、通常状態の師匠に全く及ばないとは、もう少しいい勝負出来ると思ってたんだけど…な!

「追憶!『拡散式火雷連招』!!」

距離を取りつつ全身から火炎の剛雷を連射する、四方に飛び八方に広がりそして一点に収束する、師匠の元へと雷が駆け抜ける

「詠唱が必要ないってのは便利だな…ならこれならどうする、ッッーー『火雷招』!」

「なっ!!」

お返しとばかりに師匠が火雷招で対抗する、聞き取れないほどの速度で放たれた詠唱は瞬く間に形を作りその手から真っ赤な雷が放たれ 網目状に広がるエリスの幾多の赤雷をぶち抜き貫通してくる

同じ魔術でも 根本の威力が違いすぎる、出力も火力も魔力もなにもかも!

「ぐぅぅっ!」

咄嗟に風を作り出し方向転換し雷を回避すれば、衝撃波と共に広がる熱波がエリスの体を大きく揺らし弾かれるように吹き飛ばされる

余波一つでこの威力、凄まじい力だ…流石は師匠!

「あれっ!?」

ふと、師匠の方を見れば…居なかった、火雷招に気を取られ過ぎたか!?、いや エリスが気を取られたんじゃない、今のは…

「派手な攻撃は目眩しの可能性があることくらい 分かっているだろう?」

「くっ!?」

背後だ、今の火雷招は最初から当てるつもりのないフェイント、莫大な光と熱量でエリスの意識を強制的に逸らし その間に背後に回ったのだ

あ、ダメだ 当然ながら急いで体を反転させてるけど、これ間に合わないな …寧ろここは振り返らず全力で離脱すべきだった

「『天鼓絶破掌』…」

「ぅぐぅっ!?」

刹那爆裂する大気、エリスの体を外に外に 前へ前へと強制的に押し出していく、エリスの生み出す風なんか吐息と変わらぬと言わんばかりに師匠の風に吹き消され、この体は瞬きするよりも早い速度ですっ飛び

「ぁん…っのぉっっっ!!!これしき!!」

されど、エリスとて強くなっているのだ、吹き飛ぶ体の制御権を瞬く間に握り返し、くるりと反転 共に足で強く地面を捉えて着地する、くぅぅぅ 痛い…痛いけれど

着地出来た、魔力覚醒をしているとやっぱり反応速度もよくなるな、まぁその反応速度を以ってしても師匠の攻撃を避けるのは至難の技なのだが

「ほう、受け身を取るか…で?、どうする?続けるか?エリス」

「勿論です、師匠…どうかエリスボコボコにしてください、そうしないとエリス この修行を終える気になれないので!」

背後に降り立つ師匠を前に拳を握る、エリスの髪に煌く閃光がバチバチと迸り魔力が隆起する、こんなありがたい修行をそう簡単にやめられるか、ボコボコのボッコボコにされない限りやめないもんね!!

「分かった、では少々荒々しく行くぞ?」

「望む……」

拳を固く握り締め追憶するは 火雷の拳、爆裂せし閃熱の一撃 『煌王火雷掌』、それを束ね 纏め 集め 、具現化した記憶を拳に乗せ、踏み込む強く強く地面を足が抉るが如く その踏み込みによって生まれる運動エネルギーを ただ目の前の相手に向けて集約し

「ーーー所ぉっっ!」

放つ 雷を纏った拳を師匠に向けて、それは目と鼻の先にいる師匠とエリスの間で爆裂し衝撃で大地を大きく揺らす衝撃を生み出す

現代魔術を遥かに上回る古式魔術、それを通常ではあり得ない方法で束ねて五、六発を纏めて一発にして打ってんだ、そこから叩き出される火力は凄まじく

「ぁぐぅっっっ!?!?」

えぇっ!?あれぇっ!?攻撃したはずのエリスが吹っ飛んでるんですけど!?、おっかしいなぁ!と顎に走る激痛を堪えながら受け身を取る

「甘いぞ エリス、まだまだ甘い」

エリスの一撃により発生した砂塵爆煙を裂いて現れる師匠の体に傷が刻まれている様子はない、何をされたかわからないが防御された上にカウンターまで乗せられた…、この!

「まだまだです!、行きますよ!師匠!」

「その粋だ…来い、エリス!」

…………………………………………………………………………

私とエリスが出会って 十三年の時が経った、あの森の中で八千年も縮こまって隠れていた私と外を繋げてくれた子、あの雨の日の出会いは今でも覚えているし 今でも奇跡だと思っている

よくぞ私を師匠と慕い ここまでついてきてくれたとエリスと修行に励みながら私は感慨深く思い耽る

まだ拾ったばかりの頃は泣き虫で弱虫で 魔術もロクに扱えず、ずっと私の側にいなければ何も出来なかったあの子が、今じゃあ立派に魔術師をやっている

剰え今は大いなるアルカナなんて組織を前に一人で立ち回るほどだ、魔女の私から見ても相当なものだと思うよ

そして世界各地で友達を作って、その繋がりを力にして 今やエリスは帝国に警戒心を持たれる迄になった、それがいいことかは分からないが、少なくとも独りの少女はもう独りじゃない、大勢の人達に囲まれて 多くの人に愛されている

私は師として、母の代わりとして 嬉しく思うのだ、エリスの成長とその姿を

「はぁぁぁぁっっっ!!!」

「ふっ、その意気だ だが、勢いだけでは成せる物など高が知れているぞ」

風を纏い怒涛の攻めを繰り出し私に突っ込んでくるエリスの連撃を平手を高速で振るいながら叩き落とし続ける、口では厳しく言うが エリスの攻めは素晴らしい物だ

エリスはここに至るまでに多くの強敵と戦ってきた、時に絶体絶命の窮地を知恵で乗り切り 遥か格上相手に意地で押し通し 全て自分で戦い抜いてきた、その功績は魔女の弟子を抜きにしても凄まじい

若い頃の私にも迫る勢いだ…

「追憶!『熱界招来閃』!」

「ほう、光と雷の合わせ技か、便利な魔術だな」

放たれる熱の閃光を前に咄嗟に口動かし、発動させるは水の壁 それを用いて熱を防ぎ光を散らす、エリスは攻める際 雷と風をメインに扱う

この子には属性魔術の才能がある 中でも特に雷と風の才能はピカイチだ、それを私が教えるまでもなくエリスは自分でそれを察してメインに据えて戦っている、まさしく実戦で培われたセンスの出した答えなのだろう

強い、エリスはもう強くなった、エリスを弟子にとったばかりのあの頃の私なら

『エリスは一人前になった、当初の目的の一人で生きていけるだけの実力は手に入れたんだし、そろそろいいだろ?』

なんて言うだろうか、確かにエリスはもう一人で生きていける 私がここでエリスと別れてもエリスは十分自立できるだけの力と社会的地位を手に入れた、もういいと言えばいいだろうが

「だがエリス!甘い と言っているのが分からんのか!」

「ぐぶぇー!!??」

エリスの魔術を引き裂き 叩き飛ばす、まだまだ甘い こんなもんじゃ足りない

エリスは一人前になったがこれじゃあまだ足りないんだ、私が弟子にとったばかりにエリスの運命は戦いの定めへと飲まれてしまった、エリスはもう平穏に生きる為に戦わなければならなくなった

今まで多くの敵と戦ってきたのもそうだ、エリスは戦わなくてはならない、己と誰かを守る為に、そして守るためには力がいる 強さが必要だ、守るのも戦うのも強い者の定めだ

…前回戦った太陽のレーシュ…、あれはかなりの使い手だった 今の時点のエリスが勝てたのは半ば奇跡に近いレベルの大番狂わせだった、そして次戦うであろう相手はレーシュよりも強い

ここで私がエリスを投げ出せば、エリスはそいつらに殺される…もう一人前程度ではエリスは生きていけない、強くならなくてはならない、生き続けるには強くなり続けなければならない

だから…だから

「この程度ではまるで足りんぞ!エリス!」

「ぐっ…ぅぅぅああああああ!!!」

殴り飛ばされようとも立ち上がり なお魔力を高ぶらせるエリスを前に吼えたてる、足りないぞエリス、お前を殺そうとする者を倒すには お前が倒したい者の前に立つには、その程度では足りない!

私の全てをやろう、だからお前もそれを喰らって強くなれ!エリス!

「追憶!」

エリスの動きが変わる、闇雲に攻める姿勢から一転、動から静へと移り変わるそれに私は肌でただならぬ物を感じる

腰を落とし、足で円を描くように床を撫で左足を後ろへ右足は軸に まるで猛獣が獲物を狩るが姿勢へと転じる、来るか

「『旋風 雷響一脚』ッッ!!」

「っ…!」

旋風 雷響一脚、話には聞いていたエリスの今持つ物の中で最強の まさしく必殺技、今までの記憶を物理的に引き出すことが出来る追憶魔術を使い この旅で使った全ての魔術を発動

それを推進力にし 右足に乗せた一閃の飛び蹴り、雷速の蹴りは魔獣王の寵児を滅し 不滅の太陽を叩き落とした実績のある一撃、それが今 私に向けられる

ふむ、これはあれだな 魔術を展開しての防御は間に合わんか、ならば仕方ない 受け止めよう、この手で

「ふんッッ!!!」

「ぐっっ!!??」

凄まじい重みの蹴りを両手をクロスさせ受け止める、数百以上の古式魔術を携えた一撃、最早魔女の弟子の領分に収まる域にない、なるほど確かに必殺技だなこれは、これを耐えられる人間の方を数えた方が早いくらいの一撃を 体で受け止めれば、この私が押され始める

…だが

「っっ…それだけか?エリス」

「ッッッ!?ぐぅぅっっ!!」

それだけだ、押されはするが それだけなんだ、凄まじい一撃だがこれに勝る物を扱う人間はいる、必殺ではあるが必勝ではない

さしものエリスも数百もの古式魔術を制御しきるのは難しい、故に飛び蹴りなのだ 一瞬だけ古式魔術群を顕現させ その爆発力をもとに加速しているだけ、この足に乗っている魔術は精々火雷招 数十個分くらいのもの

なら、初撃を受け止めてさえしまえば、その爆発的加速を殺してしまえば…その威力は大幅に激減する!

「はぁああぁっっ!!」

一つ 気合いを入れ直す、ちょいと 本気を出す、勢いを殺したとは言え それでもこの一撃が凄まじいことに変わりはない、故に 魔力を解き放ちその密度でエリスの体を 引き剥がすように弾き飛ばし

「これで…終わりだ!」

「あ ちょっ!、くべへっ!」

弾き飛ばしたエリスに追いつき、蹴りを叩き込む 魔力を纏わせた割りかし強めの、当然 魔女の全力の一割程度を込めたそれを貰えば如何に魔力覚醒を用いたエリスとは言え…

「あぐぅ!?うげっ…げぶふぅ…」

吹っ飛び壁に激突し、壁に弾かれ地面に叩き落とされ 更に数度バウンドし転がり、動かなくなる、よし…多少は師匠の威厳を保てたかな?

「まだまだ成長の余地があるな、エリス」

「う…ぐぅ…はいぃ、師匠…」

倒れながら返事をするエリス既に魔力覚醒の輝きはない、力尽きたか…

うん、よくぞ ここまで育ってくれた、私は嬉しいぞ、エリス

…そして、お前の成長の為ならば、私は師としての務めを全うするつもりだ 命に代えても、私の全てを受け継いでくれるこの子の為ならば…私は


………………………………………………………………………………

師匠との模擬戦は、エリスのボッコボコのボコで終わった、魔力覚醒を用いての動きを師匠に確認してもらったところ、頻りに『甘い』『足りない』と言われまくった

正直 何が足りないのか、何が甘いのかは分からない、だけど 分からないけど エリスも同意見だ

なんというか、上手くは言えないけれど やっぱり魔力覚醒の旨味を引き出せていない気がする、まだエリスは魔力覚醒の全力を引き出せていない気がするんだ

それはエリスの未熟故か…それとも

「はふぅぅ…」

「お疲れ様でございました、エリス様」

「ああ、いい動きだったぞ?エリス」

ともあれ、エリスはあれから師匠との模擬戦を終えた後、そのまま傷を癒してトレーニング続行 野次馬の帝国軍人達を尻目に次々とトレーニングをこなしていった

肉体的 魔力的トレーニングをするにあたって、この帝国の鍛錬施設最適だ、ここまで修行に適した空間を エリスは未だかつて知らない、もしかしたら世界一かもしれないなんて思いながら一連のトレーニングを終えて 今は休憩時間だ

椅子に腰掛け、メグさんからもらったタオルで汗を拭きながら 受け取ったドリンクを飲みながら息をつく、ああ ドリンクの甘みが体に染み渡る

「ふぅ、それにしても師匠 エリス…なにがたりないんでしょうか、何が甘いのでしょうか、エリスはそのことをずっと考えているんですが…全く分からなくて」

「ほう、…そうだな そのまま教えてもいいが、ここはもう一人の魔女の弟子に話を聞いてみるか?」

「と言いますと…」

「私でございますか?」

エリスと師匠の目が 脇で姿勢良く立つメグさんに向けられる、メグさんはさっきのトレーニングをずっと近く見守り エリスの疲労を逐一見抜き その都度フォローしてくれた、その観察眼の鋭さは師匠以上だ

この休憩だってメグさんの進言から出来た物、エリスが 『ちょっとキツイなー、でもまだまだ!』と思っていたのを見抜いたのだ、動きには出さないようにしてたのに…

そんな眼力を持つ彼女なら、何か有益な話が聞けるかもしれない

「ふむ、困りましたね 私の実力など高が知れていますので…」

そう視線に答えるように顎に手を当て首を傾げる、分かりやすい考えてますポーズで一拍子間を空けると

「強いて言うなれば、エリス様の戦術不足でしょうか」

「戦術不足?」

「はい、なんというか ひたすら火力押しとでも言いましょうか、兎に角強い攻撃を繰り返し相手の防御を抜いて必殺の一撃を…そんな戦術性の見られない戦法を取っているように見えました」

お…おお、思いの外手厳しいな、だが事実だ

通常の状態ではやっていた搦め手を魔力覚醒では使っていなかったように思える、魔力覚醒の馬力でひたすらゴリ押しか…確かにその通りだな

「耐久勝負を持ちかけてくる相手ならば通用するでしょうが、明確に全ての能力で上回る相手には打つ手なしかと」

「忌憚ない意見ですね、ありがとうございます メグさん」

「いえ、メイド風情が出過ぎた真似を」

「まぁ 概ねメグの言う通りだ、強いて言うなれば エリス、お前には切り札がないのだ」

切り札?、…切り札ってつまり

「必殺技ならありますよ?、通用しなかったですが」

「そうじゃない、謂わば自分の戦略の軸になるものだ、出せば勝てる そんな手札がいるのだ、お前のあの蹴りは当てれば勝てるが 出しても当たらない可能性もある…だろ?」

つまり 必殺技ではなく必勝技が必要ってことか、それを元に戦略を組み立てて 自分の動きを増やしていく必要があると、それがないからひたすら火力押しになる、だから悪足掻きみたいに旋風 雷響一脚を出しても防がれると

思えばアインにも レーシュにも、エリスは確たる動きを決めてから勝っている、今までは戦闘中にそれを組み立ててたから勝てた けど魔力覚醒をすると攻め一辺倒になり戦略を怠ると

「戦略の幅をとは持ち得る手札の数で変わる、故に 今すべきは手札を増やす事に限るだろう」

「手札…出来ることを増やすってことですね」

「そうだ、多くの手札を用意し戦略の幅を広げ 必勝のパターンを作る、これに限るだろう、お前は頭はキレる方だ、得意だろう」

「まぁ…、ですが やることはあまり変わりませんね、今は覚醒の理解を深める…そこに尽きるわけですね」

「そうだな、自分が何を出来るのか どこまでなら出来るのか、それが分からなければ戦略戦術どころの話ではないからな」

「ですね、なら…よし!もう一丁修行行きましょう!」

ドリンクを飲み干し立ち上がる、エリスまだまだ行けますよ!さぁ!師匠!行きましょう!、そう張り切って鼻を鳴らすと

「いや、今日はやめだ」

「やめぇっ!?、なんで!?」

「慣れない環境だ、今は一旦やめにして休息を取れ、どんな修行も 過密に1日やれば良いというものでもないからな」

そっか…、まぁ そうか

あんまり疲れが溜まった状態でやっても体を痛めるだけだ、なら ここは大人しく休憩したほうがいいだろうか、まぁ 修行してない時間で魔力覚醒時の戦術を考えればいいだけだし 丁度良いか

「分かりました、では今日は休みます」

「ん、それでいい」

「でしたらエリス様、午後の予定は如何しますか?」

ふと、メグさんが綺麗にお辞儀をしながらスススッとスライドしながらエリスの視界に入ってくる、午後の予定?午後の予定か

ふと外を見てみると、まだ明るい…まだ自由に動ける時間はありそうだな、ああ そうだ、じゃあ

「ではエリス、買い物に行きたいです」

「買い物…でございますか?」

「はい、買いたい物があるので」

いつもなら必要な道具とかは買い出しをして用意する必要があったが、食材はメグさんが用意してくれるし 旅に出る予定もないのでこれと言って急を要する物では無いのだが

でも、折角なら早いうちに済ませたいことがあるんだ

「必要なものでしたら私が用意致しますが?」

「それじゃあ楽しく無いじゃ無いですか」

「む…それもそうでございますね、ではこの不肖メグが 案内を致します」

「よろしくお願いします、じゃあ師匠も行きましょう?」

「いや私はいい、お前達だけで行って来なさい、私は屋敷に戻ってるよ」

今日は早起きをし過ぎたと欠伸をしながら一人でポツポツ歩いて帰る師匠の背を見ながら思う…

やはり、メグさんは師匠ではなくエリスについているつもりなんだな、要人度合いじゃ師匠の方が上だろうに、師匠と別行動をした場合この人はエリスを優先するのか

…何とは言わないが、覚えておこう

「では、エリス様 商業エリアに向かいましょうか、買いたい物がそこにあれば良いのですが」

「多分ありますよ、どんな街にも置いてある物なので、それじゃあ行きましょうか 歩いて」

「ええ、…皆様 道を開けてくださいませ」

「ッッ!!!ハッ!!」

くるりと姿勢を崩さず伏せ目のまま、メグさんが一つ 野次馬に対して物を言えば、野次馬をしていた屈強な帝国軍人達が機敏な動きで道開け始める

なんか、メグさん怖がられてない?

「では参りましょうか、手を繋ぎますか?エリス様」

「いやなんで?、そんなことしなくていいですよ、それより行きましょうか」

「はい、こちらにございます」

右手を上げながらスライドするような独特な歩法で移動するメグさんについていきながら考える

不思議な人だなぁ、底が読めず 腹の中が探れず 何を考えているかも分からない、まぁそれも仕方ないか 知り合ったの昨日だし、だから 先ずはこの人と仲良くなるところからかな

大丈夫、エリスは今まで五人の弟子達と仲良くしてこれたんだから、この人とだってきっと上手くやれるよ、きっと大丈夫

……………………………………………………………………

そんなこんなで、エリスの用事に付き合ってくれるメグさんの案内でエリスとメグさんは練兵エリアから移動し、帝国の経済の中枢、商業エリアへと移動する

宙に浮かぶブロック同士を繋ぐ細長い吊り橋のような左右両面ガラス張りというある意味恐ろしい回廊を抜けて、向かい辿り着く商業エリアを見て エリスの口はポカンと開かれる

この街に この国に来てその技術力の高さに驚かされっぱなしだ

まず街全体が浮いているこのマルミドワズの構造に驚き

まるでブロックの中に世界が一つ内包されたような居住区画に驚き

練兵エリアのトレーニング設備の技術力の豊富さに驚いた

そして、商業エリアが 普通に商店街が並んでいるだけなわけがないのは予想していた通りだが…

これは…

「予想以上ですね、これ…」

エリスの目の前に広がる景色に、思わず笑みが零れる、凄すぎて笑っちゃうよ

「こちら、我らが帝国が誇る 世界一の商業施設、ロンドミアドの塔でございます」

メグさんの手によって指し示されるそれを 見上げる


エリスが今立っているのは居住区画と同じ、外面から見れば巨大な純白のブロックの中、ブロックの中の筈なのに、巨大な円状に広がる広大な空間には 天井が無い

永延と 上に空間が続いている、まるで翡翠の塔の如き広さ 高さだ…、そしてその塔の壁に いくつも店頭が円形に並んでいる…、数え切れないくらいの店が上へ上へずーっと ずぅーーっと並び続けている、いくつあるんだこれ

これが世界一の商業施設 ロンドミアドの塔か、商業施設というより 商業施設の無限の集合体というべきか

「凄いですねこれ、どうなってるんですか?」

「他のエリアと同じです、カノープス様の空間拡張の力によりブロックの中を縦長に伸ばし 塔の内部のようにしているだけです」

なるほど、カノープス様の空間拡張の力…これも時空魔術の恩寵か、街を浮遊するブロックの中に収めるなんて荒唐無稽な話も、カノープス様の力があれば場所には困らないんだなぁ

反則じゃ無いか?、居住エリアも軽い小国くらいの規模があったし、時空魔術があればいくらでも街を拡張できる、まさに無限の領土を手にすることが出来る力、国を治める立場にいる凡ゆる王が欲する力といってもいい

「これ、何階まであるんですか?」

「全三百五十階まであります、来月には出店店舗数が増えるので三百六十階拡張する予定があります」

どこまで拡張出来るんだ…

「っていうか、移動大変そうですね」

「そこは大丈夫でございます、きちんと移動用の瞬間転移魔力機構がございます、どこでも好きな階層へ瞬く間に移動できますので」

「あ、そうなんですね、じゃあエリスが行きたいのは…」

「ですが折角なのでいろいろ見て回りましょう、エリス様 こちらにございます」

「え?あ!ちょっ!?」

するとメグさんはエリスの返答も待たずこの手を握りパタパタと移動し、塔の中心に設置された石版を瞬く間に操作すると…

「まずは百五十階から見ていきましょう」

「いやエリスの意見は!?」

なんで叫びも虚しくエリスとメグさんの体が瞬く間に青白い光に包まれたかと思えば、次の瞬間には先程までの景色が一瞬でガラリと変わり、場所が変わる…

これは時空魔術の空間転移、さっきメグさんが言ってた瞬間転移魔力機構による移動か

「っとと、って!?もうこんな高いところまで登ったんですか!?」

視線を移せば、中心に開いた吹き抜けの穴から見えるのはさっきまで居た場所、つまり一階が遥か下方に見える、さっきメグさんが言ってたのは百五十階だから…その言葉通りならここは百五十階…

歩いて登ったら凄まじい時間がかかる距離を、瞬きの間に…本当に便利な魔術だな

「こちら、ロンドミアド商業塔百五十階になります、ロンドミアドは階層によって売る物のジャンルが変わるのです」

「え?ああ…へぇ、じゃあこの百五十階には何が売ってるんですか?」

「世界のお面です」

クソいらねぇ…、え?一階層まるまる使って世界のお面売ってんの?、需要ある?それで食べていける?、エリスそっちの方が心配ですよ

なんて思いながら視線を塔の壁側 外周に向けると、そこに並ぶ店舗には…、ああ マジで売ってるよ 世界のお面

「というかなんでここに連れてきたんですか?」

「適当に連れてきたので目的はございません、さぁエリス様 見て回りましょう、さぁさぁ」

なんて言うか、外から来たはずのエリスよりも、帝国在住のメグさん方がワクワクしているように見えるのは気のせいか?

何やらワクワクと肩を揺らしながら相変わらずエリスの手を掴んだまま特に買う目的もないお面屋へと、冷やかしに進む

「ああ、見てくださいエリス様 こちらアルクカースより輸入された伝統的なお面らしいですよ」

「へ?…ああ」

アルクカースから輸入されたか、確か帝国は例の瞬間転移を貿易に使い、世界中に物を売り 世界中から物を仕入れてるんだったな、ってことはこの塔には世界中から仕入れた物が置いてあるってことか

ここに来るだけで 世界中の物が手に入るとは、なんというか贅沢だな…っていうか

「このお面、カロケリ族のお面じゃありませんか?」

ふと、メグさんがワクテカと手に取ったアルクカース輸入の伝統的なお面とやらを見ると、何やら見覚えがあるフォルムをしている

これはあれだ、リバダビアさん達カロケリ族がつけていた魔獣の骨をそのまま頭に被るようなお面だ、懐かしいな…

っていうか、あのお面 売ったのか、カロケリ族…

「このどう見ても骨のようなお面をつけている部族がいると?」

「ええ、アルクカースのカロケリ山に住まう部族 カロケリ族の人がつけていたお面ですね、あそこの部族はAランクの魔獣も狩って食べちゃうような人達なので、多分このお面に使われてる骨も Aランクの魔獣のものだと思いますよ」

「へぇ、デタラメな部族がいるのですね」

それはそう、今にして思えば Aランクの魔獣を軽くぶっ殺しちゃう部族とか、デタラメだよなぁ…、リバダビアさん達元気かな…

「ん?、あそこにあるのはコルスコルピ産のお面じゃありませんか?、あっちはエトワール産…あ、あれはアジメク産ですね」

しかしこうして見ると、あちこちに見たことのあるようなお面がある、コルスコルピの歴史的なお面やエトワールの芸術的なお面 アジメクの古風なお面と、どれもまぁ懐かしいものばかりだ

「エリス様…、お詳しいのですね、お面に」

「別にお面に詳しいわけでは…、ってうわっ!?メグさん!?なんでカロケリ族のお面被ってるんですか!?」

「ふふふ、楽しそうなので買いました」

「買ったんですか…」

魔獣の頭蓋骨を用いて作られたお面を上機嫌に被るメグさんは 何やら嬉しそうにお面を撫でる、顔は見えないが 多分満足そうな顔してんだろうな…、楽しんでんな

「なるほど、良いものですね…、少々重いのが難点ですが 普段使いできる範囲ですね」

「それで仕事するんですか?、カノープス様に怒られません?」

「陛下はこういうの好きなので大丈夫です、…はぁ 暑苦しい やめた」

そういうなりひょいと外し軽く作った転移穴にお面を放り込む、…いや 飽きるの早…

というか、今 詠唱してなかったよな、時空魔術って詠唱無しでも使えるのか?、だとしたりちょっと反則すぎません?

「エリス様、お面飽きたので次の買いにいきましょう」

「気まますぎません?、わんぱく少年ですか」

「次はえーっと、百八十階くらいでいいや、さぁさぁエリス様参りましょう」

「次はどこに行くんですかぁ…」

「次は世界中の本を集めた 蔵書エリアでございます」

ほう、本か それは仮面よりも興味あるなと、思うなりメグさんはエリスの手を掴み 再び魔力機構を操作…したかと思えばすぐさま景色が変わり、お面の代わりに本が立ち並ぶエリアへとエリスは放り出される

チラリと吹き抜けを見れば また一階が遠ざかってる…、ほんとに一瞬で移動出来るんだ、どう言う原理なんですかね、これ

「エリス様エリス様、何よそ見しているんですか 見てください、本がたくさんありますよ」

「いや貴方この街に住んでるんだから見るの初めてじゃないでしょう?」

「それもそうですね、あ なんか面白い本がありますよ」

気ままだなぁ、一瞬目を離した隙にメグさんはフラリと本屋の中へと入っていく、まるで猫だな

仕方なしと付き合うように本屋に入れば…、ううん 本棚に並ぶ本の数々、どこの国よりも品揃えがいいな

「見てください、エリス様」

「なんですか?」

「ジャン、マジカルヒーロー伝の最新刊がありますよ」

そう言いながら両手で表紙を持ちながら見せてくるのは お馴染みマジカルヒーロー伝、ガニメデさんの愛読書の最新刊だ、数十年に渡る長寿作として有名であり 聞いた話じゃ、エトワールではこれの劇もやってるらしい

見たことはないが

「マジカルヒーロー伝ですか、ここにもあるんですね」

「エリス様はこれを読んだことがありますか?」

「まぁ、ちょっとだけ…、メグさんは?」

「当然あります、陛下直属のメイドとしてありとあらゆる知識が要求されるので、本は可能な限りジャンルを問わず全て見るようにしています」

おお、プロだな…いやプロだなんだけど、しかし メグさんも読んでるのか、ううむ 今ちょっと苦い顔してるな エリス

「?、どうされました?エリス様、伴侶に捨てられたカモノハシみたいな顔して」

「どんな顔ですか、…いや メグさんは悪くないんですが、エリスこの本の読者に毎度酷い目に遭わされているので、あんまり好きではないんですよね」

これはエリスの完全なわがままではあるのだが、この本を読んだ と言う人間に毎度酷い目に遭わされているんだ

ガニメデさんには変な勝負吹っかけられて危うく馬鹿みたいな格好するところだったし

ヘットにはそれこそ殺されかかったし…

そして、一応ではあるが ウルキさんもだ、あの人は読んだとは明言していないが読んだ臭いこと言ってたし、そのウルキさんには…まぁ 色々な目に遭わされた、そして多分これからも凄い目に遭わされるだろう

だから、如何にもこうにも苦手というか なんというか

「そうでしたか、では エリス様が苦手なら読むのやめます」

「え!?いいんですか!?、というかこれ 完全にエリスのわがままですし、別に読むのやめなくても」

「どうせ毒にも薬にもならないような本ですから、それよりも今は エリス様を優先したいです」

ね? と微笑む彼女の顔は、同性のエリスでさえ 美しいと思えるほどの、純粋な笑みであった、パチクリと瞬く睫毛とその奥の輝き、普段怜悧かつ冷淡な彼女が見せる 悪戯な笑みと子供のような愛嬌

…愛らしいとさえ思う、ううん この人を見ていたら疑ったり警戒したりするのが申し訳なくなってきた、いやまぁそもそも警戒する理由とかもないんですけどね

「さぁ次を見にいきましょう、エリス様」

「もう行くんですか?、まぁいいですけど 次は何処に行くんですか?」

「世界の釣具店が並ぶ190階へ参りましょう」

「エリス釣りしないんですけど…」

「あら気が合いますね、私もです」

なら何故行くんだ、なんて呆れながらもエリスは手を引かれロンドミアドの塔をあっちへこっちへ連れ回される

世界中から集めた釣具だの 世界中の楽器だの 世界中の花の種だのと、このロンドミアドには世界中の何もかもがある、対価さえ用意すればなんでも手に入る まさしく世界最高の商業施設だ

品揃えとはその国の文明の発展度合いを表すと言ってもいい、そういう意味ではこの国は世界の最先端を行くのだろう、世界中に張り巡らされた蜘蛛の糸のような瞬間転移魔力機構を用いて集められた品々をメグさんと見て回る

メグさんは帝国の人間だ、それも皇帝陛下に仕える人間故に様々な事を知っている、だと言うのに彼女は何を見ても目を輝かせ 『見てくださいエリス様』『見てくださいエリス様』とはしゃいで回る

その姿はあの怜悧なメイド メグ・ジャバウォックとは正反対の印象だ…、いや 或いはこれが素なのだろうか


「あの、メグさん」

「はい?、なんでございますか?エリス様」

二百四十階 世界中の虫を展示し販売する階層にて、楽しそうに昆虫を片手に持つメグさんに声をかける…

「もしかしてですけど、メグさん エリスと仲良くしようとしてくれています?」

「……………………」

メグさんの動きが止まる、ここまで色んなものを見て回り 目的とは関係のないものをたくさん見せられた、それは或いはかつてラグナがしたように エリスと親睦を深めながらこの帝国を好きになってもらおうと彼女なりに頑張っているのではと エリスは考える

「ここまで色んな物を一緒に見て回ったのも エリスと親睦を深めるためですか?、…だから そんな風に素で話してくれているんですよね」

「………………」

仲良くなる、その為今は互いの立場を忘れ エリスとメグという一個人の語り合いをするために、彼女は 素を見せてくれている…そうだろう?とエリスが首をかしげると

「…………あはは」

一拍子置いてから彼女は照れ臭そうに顔を赤くし頬をかくと

「バレてしまいましたか、いえ…すみません 、メイドとしての私はどうにも堅苦しく、近づき難いと言われたことがありまして…」

「まぁ、そうですね ちょっと近づき難かったです」

「やっぱり…、なので こうしてデートをすればエリス様とお友達になれるかと浅ましく考えまして、申し訳ございません」

カテーシーにて頭を下げて元の礼儀正しい彼女へと戻る、やはり 彼女はメイドの己と素顔の己を使い分けているのか

いやしかし、嬉しい話だ 何せエリスも彼女とは仲良くやりたいと感じていたのだから

「いえ、エリスもメグさんと仲良くしたいと思っていたので 嬉しいです」

「あら、そうでございましたか 相思相愛でございますね」

「相思相愛かは分かりませんが、メグさんもエリスも魔女の弟子、魔女様の技と意志を継ぐ者として 貴方とは信頼関係を築いておきたいですしね」

「魔女の弟子として…ですか、私は…そういうものが無くとも 貴方と友人になりたいですがね」

すると 彼女はずいっとエリスに近寄り その顔をじーっと見つめてくる、その一連の動作にあまりに隙が無さすぎて反応出来なかったが…、うう 顔が近い…

「そ それはどういう意味で?」

「貴方は私にとってヒーローだからでございます」

「ヒーロー?」

「私と同じ 独りから始まって、今 こうして世界の舞台に立つ貴方の姿は…、私にとって希望だからですよ」

私と同じ…独り?、この人エリスの過去を知ってるのか?、というか 同じって…

「あの それどう言う…」

「おほん、あんまり外でしていい話でもないので、この話はこの辺りで…」

「あ、…すみません」

どうやら、あまり踏み込んでいい話でもないようだ、まぁそりゃそうか エリスも過去の話せって言われたら思わず拒否してしまう、それと同じだろう

しかし、…過去か、この人の過去や来歴について エリスは何も知らない、どう言った経緯でメイドになり 世界最強の魔女の教えを賜るようになったのか…、興味はあるがこの件については踏み込めまい

いつか、彼女の口から明かされるのを待つしかないだろう

「さてエリス様、私の都合にお付き合いさて申し訳ありませんでした、そろそろ 本題の買い物に向かいましょうか」

「あ、そうですね じゃあ引き続き案内出来ますか?」

「はい、では 私めが案内させて頂きます」

そう語りながらいつもの丁寧なメイドモードに戻った彼女は 再びエリスを目的地へ案内する為、瞬間転移魔力機構へと歩みを進め……

今日1日で色々あった、特にメグさんの粋な計らいのおかげで楽しく過ごせた、彼女の本心や素も見れたし、うん いい1日だったな

…メグさんとも仲良くなれそうで良かった良かった



「……………………」

ただ、メグさんが…背を向けたメグさんが、背中の向こうで 顔を歪めている事実に、エリスの目はまだ向くことはない
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