孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

218.孤独の魔女と人魚の友

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「え?、お散歩?エリスちゃんが誘うなんて珍しいね、修行はいいの?」

「はい、構いません」

いつものように エリスの屋敷を訪ねてきたリーシャさんを捕まえて、散歩に行こうと誘いかける、一応向こうはエリスの事を訪ねてきてるわけだし 断る理由はないだろう

「あれ?、メグさんやレグルス様は?」

「メグさんは今日お休みで 師匠は陛下に会いに行きました」

嘘だ、二人は別の場所にて待機している、作戦のために…なんて、作戦っていうほどのものじゃないですがね

今日、エリス達はフリードリヒさんからの頼みを受けて リーシャさんとジルビアさんの二人の仲を昔のような物にする…或いは、二人の中にある痼りを除く為二人を仲直りさせるつもりだ

その為にはまず二人に話をさせないといけないが、フリードリヒさん曰く 何やら二人は互いを避けている様子、お互いがお互いその距離感で納得しているなら 無理に引き合わせる必要はないだろう

だが、互いに互思うところがあり、昔のように…と思っているなら、手を貸すべきだとエリスは感じた、故にこうして態々色んな人たちを動かして リーシャさんを騙すようにして連れ行くんだ

「それで?、どこ行くの?」

「昨日いい喫茶店を見つけたので、そこに行きます」

「へぇ、なんてお店?」

「フルシティってお店です」

「ふーん…、フルシティねぇ……、聞いた事ないお店だなぁ もしかして私が帝国を出てる間に出来たお店かな?」

「ええ…どうでしょうね…」

なんてリーシャさんの話を意識半分に聴きながら段取りを考える、一応ジルビアさんを連れ出すのはフィリップさんの役割だ、ジルビアさんは今までフリードリヒさんが連れ出そうと頑張ってたみたいだが、警戒されて失敗に終わってる

対するフィリップさんはリーシャさんとの繋がりはない、まさか繋がりの見えないフィリップさんからリーシャさんを想起して 師団長からの呼び出しを断るようなことはないだろう

不安点があるとするなら、エリスはフィリップさんの事をよく知らない、もしかしたら彼がジルビアさんと不仲だったら…いや、こんなこと考えても仕方ないか、もしそうならフィリップさんも言うだろうし 二つ返事で引き受けたってことは、問題はないと思うけど

「エリスちゃん何か考えてるね」

「へ?、いやまぁ 色々考えますよ…エリスでも」

「ん?、まぁ そうだよね、だって今日の夜なんでしょ?師団長会議…、そこで得た情報を元にアルカナの所在地を割り出し、そして 攻め入る…」

「はい、エリスはその戦いに参加するつもりです」

「だぁね、そんでその戦いが終わればエリスちゃんはこの国を去り 私も軍を去る…か、寂しくなるね」

「はい、そうですね…」

つまりチャンスは今日だけ、今日このまま夜を迎えれば もう仲直りする機会はない、アルカナとの戦いの最中にそんな腑抜けたこと言ってる暇なんかないからだ

出来れば今日中に何とかしたいけれど、何とかできるかなぁ…いや しよう!

そう両頬を静かに叩きながら気合を入れて、エリスは記憶を頼りにリーシャさんを連れて ロングミアドの塔 百四十八階の飲食エリアへと向かう、円形に広がる塔内部に無数に存在する飲食店の中の一つ

フリードリヒさんの行きつけの喫茶店フルシティへと向かい、その扉を開く

「ぁいー…、いらさいませ」

ドアベルがカランカランと鳴れば、店主の老夫が反射的に声を上げる、それに軽く会釈で答えながらチラリと店内を見回す

昨日来た時には居なかった客が今日は入っている、店の端に男が一人 女が一人、カップルのように身を寄せ合いコーヒーを飲んでる、まだジルビアさんとフィリップさんは来てないようだ

「お客少ないね、カップル一組か…まぁ、イチャイチャするにゃもってこいか」

「そうですね」

視界の端にカップルを捉えながら座る、因みにあれはカップルではない、フリードリヒさんとメグさんだ、師匠もこの喫茶店にいる…筈なんだが、ここからじゃ見えない

『師匠はリーシャさんにバレないよう隠れていてください』と頼んだのだが、…侮っていた、魔女が本気で隠れたらそもそも見つけられない、伊達に八千年隠匿生活を過ごしていないな

まぁいい、彼処にいる二人はリーシャさん達の会話を見守る係と、何かあった時のサポート役だ、まぁ この調子じゃ 急な来店で邪魔が入ることはあるまい

…そうだ、今からする話は大切な話、邪魔が入って欲しくないからここを選んだんだ

「すみません、コーヒー二つお願いできますか?」

「あぇ?、何かなぁ?」

「コーヒー!二つー!お願いしまーす!」

「コーヒー?ああ、珈琲…あいよぉ」

大丈夫かなこのお爺ちゃん、まぁ入れる珈琲は美味しいから別にいいけどさ…

「彼処のお爺ちゃん、元軍人らしいよ」

「え?、そうなんですか?」

「うん、って言っても マグダレーナ団長がまだ若手だった頃の同期らしいから、引退して久しいだろうね」

「逆にマグダレーナさんって何者なんですか、同期が引退してるのにまだ現役なんて」

「ただ辞めてないだけさ、もう全盛期の力の一割も残ってないんじゃないかな、…それでも師団トップクラスではあるんだけど、…本当は私達の世代の誰かがマグダレーナ団長の後を継いで 師団長達を纏めていくべきだっただろうけどね」

最強の世代と言われる特記組五人、それは間違いなく 次世代を担う両翼であった、だが マグダレーナさんがまだ師団長を纏めているってことは、そういうことだ

「期待されてた私は怪我をして離脱、五人の中でも際立って強かったアイツは帝国を抜けて、残ったトルデは頭悪いし フリードリヒはロクに仕事しないし、…きっと 次の師団を纏められるのはジルビアだけだろうね」

「ジルビアさんって強いんですか?」

「強いよ、まぁ昔は私の方が強かったけど、いや 私よりもフリードリヒやトルデの方が強いし、その二人よりもアイツの方が強いから…微妙か」

「あの、何者なんですか?そのアイツアイツって名前も出さない人」

リーシャさん達の過去を聞くと 都度都度話題に上がるアイツ、…フィリップさんが来るまで無口で待ってるんじゃあんまりにも怪しいしね、ここは話題代わりに聞いてみようか

「ん?、あれ?名前言ってなかったっけ?」

「はい、一度も」

「じゃあ内緒、アイツの名前は私達も出しなくないからね…、なんとなく 嫌な予感するし」

「嫌な予感?」

「うん…、ここで彼の名前を出したら、私たちが必死に否定している可能性が、確たるものになってしまいそうな、そんな気がするんだ」

「よくわかりません」

「私も分からん、けど そいつの話は他所でもしない方がいいよ、そいつ 帝国だと特A級の犯罪者で、見つけ次第殺すように言われてるから」

「こ 殺…犯罪者なんですか!?」

物騒極まりない、もしその人との仲も拗れているならエリスが…、と一瞬思いもしたが、こりゃとり持つどころ騒ぎじゃないぞ、帝国指定の特A級犯罪者と言えば エリスが知っている人間は一人

レーシュ、太陽のレーシュだ 彼女も帝国に特A級の犯罪者指定を食らっていた、それは彼女が今まで街一つ破壊したり 幾多の人間を世界中で人を殺して回ったからだ、それが …リーシャさんの友人?

「えっと、その人も特記組なんですよね?」

「おん、特記組出身だよ そいつも合わせて私ら五人 特記組最強世代、おまけにそいつはその最強世代の中の最強だってんだから 凄まじいよね」

「フリードリヒさんやトルデリーゼさんより強いんですか?」

「強いねぇ、少なくとも私はアイツが誰かに傷つけられて膝をついたところを見たことがない…」

「そんな人が、犯罪者?」

「うん、まぁ このくらいなら教えてもいいか、どうせ調べりゃ直ぐに出てくることだし」

するとリーシャさんはテーブルに置かれた珈琲を掴み 持ち上げ、口に注ぎ込むと…

「十年前…私が例の任務で重傷を負った直ぐ後、アイツはその騒ぎに乗じて外部の仲間と結託し帝国の魔装を根刮ぎ持ち逃げしたんだ…戦略級とかどデカイ物以外残らず全部」

「そ そんなこと出来るんですか?」

「出来るよ、アイツも特記組…空間を操る魔術を持っていたからね、持ち出し放題だった…」

恐ろしい話だ、あの他国を圧倒する武装である 魔装を持ち出して逃げたと言うのか、…そりゃあ 特A級だろうな、帝国の顔に泥塗って、まんまと逃げおおせたんだから リーシャさん達にとっても苦々しい相手だ…

「その人は今?」

「知らん、私は当時軍病院に居たからよく分からないけど、帝国の防衛拠点をぶっ壊して回って帝国の外に逃げたらしい、帝国が血眼になって探してるのに見つからないから…、何処ぞで魔女排斥組織でもやってんじゃない?、…ほんと 何考えてんだか」

「そんな…、カノープス様は動かなかったんですか?」

というかだ、そもそもカノープス様は何をしているんだ?、アルカナの所在地だって カノープス様が動けば直ぐに分かる、なのにそれをしないで密偵なんか使って…

「カノープス様は動かないよ、この際言っておくよ 魔女世界の守り手たる帝国を差し置いて 皇帝であるカノープス様が動き問題解決に当たる、それは帝国の敗北を意味する…帝国は負けてはいけない、だから私達は陛下が動かなくてもいいように命を賭けるんだ」

「……そうですか」

魔女大国…、というか魔女様にはそういう面がある、自分達が問題解決に当たらず 今のを生きる人間に問題を解決させる、魔女は飽くまで世界の秩序を守るためにいる、その力を無闇に振るえば 逆に世界の秩序を崩しかねない、魔女は守り手であってヒーローではないのだ

どうやら、帝国はその気がさらに強いようだ…此の期に及んで一切出てこないとは

「アルカナだろうがマレウス・マレフィカルムだろうが、私達が叩き潰す 魔女様が振り向くまでもない、まぁ 私はもう軍人じゃないんですが」

「まだ軍人ですよね、この任務が終わるまでは」

「まぁ、そうですけども…」

ズズッと珈琲を一つ飲む、…うん?昨日と若干味が違う…、豆でも変えたか?なんて雑念に目を寄せていると、ふと気配を感じ入り口の方を見る、ちょうど 扉が開き、ベルが鳴り…

「あ、エリスさーん!」

「フィリップさん…と」

「リーシャ?」

「え?ジルビア?」

席を立ち 入口の方を見るリーシャさんと、入り口に立ち目を見開くジルビアさん、フィリップさんは上手くやってくれたようだ、…さて ここからだ

「あ、エリスちゃん!私行きたい店があるんだった、今から行かない?」

「いえ、まだ珈琲を飲み終わってませんから、座ってください」


「失礼、フィリップ団長 私はこの後の師団長会議についての書類を纏めないと…」

「それなら僕の部下を向かわせている、君の分の仕事はもうない、座って珈琲でも飲もう、話をしながらね」

逃げようとする二人を、エリスとフィリップさんで止める、そんな避け合わなくても…、渋々と言った様子で座るリーシャさんと、メチャクチャ遠いところに座ろうとするジルビアさんを引っ張って エリス達の直ぐそこに座らせるフィリップさんによって、今 二人の話し合いの場が生まれた

「…騙したのですか?フィリップ団長」

「騙してないよ人聞き悪いな、僕はただこの喫茶店に行こう って言っただけ、その用件を聞かなかったのは君だろ」

「…次からは貴方のことは無条件で信用しないようにします」

「僕に限らない方がいいよそれ 、おじさん!僕にココアとこのお姉さんに珈琲一つお願い!」

「あいぇ」

「………………」

さてと?、チラリとリーシャさんの顔を見る 凄い気まずそうだ、対するジルビアさんは…こちらまで無表情だが、気まずいことに変わりはないか

お互い話し合う感じはないな、そりゃまぁ そうか、こんなに避けあってるのに

『やぁこんにちわ?』なんでて挨拶する方がおかしいってんだ

「…エリスちゃん、フリードリヒに頼まれたの?」

リーシャさんの問いかけにピクリ と奥で隠れるフリードリヒさんが肩を揺らす、勘がいいな

「……ええ」

「あいつ、馬鹿のくせして気を回して、要らないお世話だって言っておいてよ」

「要らないお世話ですか?、ジルビアさんとリーシャさんは昔からの友人 …ですよね?」

「まぁね、でも今は違う…、怪我して戦線離脱した脱落者と、未来ある師団長補佐さ、私の存在は彼女がにとって邪魔にしかならない」

「……っ」

リーシャさんの言葉に 今度はジルビアさんの肩が揺れる、…よし ジルビアさんはこちらに聞き耳を立てている、ならば

「じゃあリーシャさんにとって、ジルビアさんは邪魔ですか?」

「…………邪魔ではない」

「でもジルビアさんのせいで怪我をしたんですよね?、それがなければ今ジルビアさんが居る場所には リーシャさんが立っていた筈ですよね」

「やめてよエリスちゃん、そんな言い方…、そんなことないよ」

「本当にそうですか?、リーシャさんはジルビアさんのせいでエトワールに飛ばされたようなものじゃないですか、結果としてこうして戻ってこれたからいいものの、一生彼処にいた可能性だってあるんですよ?」

「悪いところじゃなかったのはエリスちゃんだって知ってるだろ」

「その悪くない場所で リーシャさんが首を吊って死にかけたのを、エリス知ってますよ」

「っ…!?」

ジルビアさんの顔がこちらを向く、やはり ジルビアさんはまだリーシャさんのことを気にかけている、どんなに冷たいことを言っても 彼女はまだリーシャさんを気にしているんだ

この行いは無意味じゃない

「…………」

「彼処でエリスが止めなければリーシャさんは死んでたかもしれない、それもこれも ジルビアさんの所為ですよね!」

「エリスちゃん!」

ビクッと今度はエリスの肩が揺れてしまう、リーシャさんが怒号をあげ机を叩いたからだ、怒っている リーシャさんが怒っている、こんなに怒ってるリーシャさんを見るのは初めてで、怖くて泣いちゃいそうですけど…引くわけには行かないんですよね、こっちも

「ジルビアは悪くない、私が勝手にやった事なんだ、その事についてジルビアを引き合いに出すのはやめて」

「でも…」

「私は!、…確かに帝国の役に立つ為 軍人になりはしたよ、けどね 私の言う帝国ってのは…、ジルビアとかつて過ごした平穏の日々のことを言うの、私達のような子供達の日常を守る その為に私は戦って来た、…その決意の象徴がジルビアだった、だから守った 私は私に嘘をつかないために、命をかけてジルビアを守っただけなんだから」

「……子供を、いえ 自分達のような子供達の日常を ですか」

「うん、だから 別にジルビアが私を蹴落としたとか そんな事思ってない、ジルビアの所為でなんて感じたこともない、私の代わりにジルビアが戦っていてくれるならそれでいい、私はそれでいいの…」

だからこれ以上変なこと言うのはやめて?と語るリーシャさんの目の中に、水面のような揺らめく輝きを見る、…幾ら何でも悪いことを言いすぎた、謝ろう そう決意した瞬間、喫茶店内に 椅子が倒れる音がする

「リーシャ…!」

「ジルビア…?、ああ えっと…」

ジルビアさんが立ち上がり、リーシャさんに詰め寄る、椅子を倒すほどの勢いで詰め寄り …一瞬気まずそうにしながら、口を開く

「なんで、戻って来たの…」

「なんでって…、私は帝国の人間だから…」

「夢!…叶えたんでしょ、エトワールで!小説家になってたんでしょ!」

「言ったっけ?それ」

「知ってるよ、だって…」

そう言いながらジルビアさんは持っていた小さなカバンを漁り、中から一冊の本を取り出す…、おや?これは…

「『ノクチュルヌの響光』…、貴方が出した本よね」

ノクチュルヌの響光だ、これ本になってたの?エリス知らないんですけど…、と言うか気恥ずかしいな、主演をやってた身からすると…

「作者…リーシャ・ドビュッシー、この本 エトワールで人気らしいわね」

「人気なのは劇の方ですよ、演じてる役者が良かったので」

「でも私は…、面白いと思ったわよ、買って 読んで…嬉しかった、リーシャがずっと夢だった小説家になれてるんだって…思えて、とても」

「……まぁ、潜入の名目で身分を偽るのに、小説家ってのは都合が良かっただけで」

「でもなったのよね!、小説家に…」

「…うん」

掴む リーシャさんの肩を掴み、涙ながらに揺らす、どうして戻って来たと

「私  ジルビアは私に小説家になって欲しいの?、軍人じゃなくて」

「違う…!、とは…言えない、でも リーシャにはもう命を賭ける仕事をして欲しくないの、リーシャの覚悟は分かっているつもり、だけど貴方はその為に命を簡単に投げ出せてしまう、私は…もう嫌なの、リーシャが命を懸けて その末に今度こそそれを失うのが」

だから、もう居場所はないと 冷たく当たって追い返そうとした ってところか、彼女が本気でリーシャさんを拒絶していないのは何処か分かってはいたが…

ジルビアさんは大切にして欲しかったんだ、リーシャさん自身の命と夢を、だから突き放すようなことを言って追い返したかったと、自分はもう恨まれているだろうと思い込んでいるが故に、あえて冷たい言葉を選んだか、なんと不器用な…呆れるほどに不器用だ

だが、呆れ返るほど友達思いでもある

「私は死なないよ、私はもう軍人をやめるから…」

「ならなんで、帝国に戻って来たの…エトワールに居れば、小説家として生きていくことが出来たのに」

「さっきも言ったけど私は帝国の人間だから 帝国で本を出したいの、そうした方が ファンに届くでしょ、私の作るお話の 最初のファンにさ」  

「っ……!、くぅ…」

ふと、リーシャさんの顔つきが先ほどよりも幾分良いものになっている事に気がつく、もう 居心地の悪さは感じていないようだ、もうエリスに何か出来る事はないだろう

後は勝手に、互いで互いのことを理解しあってくれると思う

「私のこと、まだそう呼んでくれるの?…、私が 油断したばかりに、リーシャちゃんは…あんな、あんな大怪我をしたのに…」

「なぁに?ジルちゃん泣いてんの?、気にしなくていいよ、ジルちゃんが無事ならそれで良いわけだし」

「私は良くないよ!、…ごめんなさいリーシャちゃんごめんなさい…、私が貴方に怪我をさせた所為で、貴方の努力を全部無駄にしてごめんなさい」

「無駄になってないって、でも…ずっと気にしてたんだね」

「当たり前だよ!、一生…私はあの日の事を悔い続けるよ」

「ふへへ、忘れられてなくてよかった、私それだけで満足…ジルちゃんや」

「な 何よ…」

「ごめんね、気を遣わせてさ…でもご覧の通り、私はもう元気ですから、夢も叶えて 残すもん残せた、後は 親友に避けられる事なく前みたいに過ごせたら一番良いんだけどなぁ」

「…良いの?」

「私が良いって言ってんの、で?どう?」

「…それは、その…よろしければ」

「じゃっ!、決まりね!、ジルちゃん!ただいま!」

立ち上がり 自分の胸を掴むジルビアさんの手を払い、肩に手を回しうりうりと脇を突く、これでもう仲直りですよ と言わんばかりに

「お お帰り、リーシャちゃん…、あ あの、本当に許してくれるの?私取り返しのつかないことしたのに」

「いいの、許すって言ってるんだから」

「ほんとのほんとに?」

「くどいよ、許しますったら許しますから、気にしないの ね?ジルビア」

「っ……うぅ」

スンスンと鼻をすすりながら、ジルビアさんは目元を覆う、ジルビアさんもリーシャさんも、互いに思うところがあったからこそ、こうして場を整え お互いの胸の内を晒させる事で全てが解決する

小ざかしい作戦とか 策を用いて二人の仲を、なんてしなくてもよかったんですよ、最初からね

少なくとも、エリス達が喧嘩したら きっとそれで解決できると、エリスは信じてますからね

「うへへーい、べそかいてやんの」

「かくよう、涙くらい出るよ…私がこの十年どんな気持ちでリーシャちゃんの事を思ってたと思ってるのさ、ずっとずっと…後悔して懺悔し続けて、生きて来たんだから」

「じゃあこれで終わり、今日からはハッピーに生きていこう ね?」

「うん…うん、…ねぇ、リーシャちゃん」

「なんだいジルちゃん」

「…エトワールでの話、聞かせて…」

「エトワールの?、…ふふ いいよ、聞かせてあげるから、席につきなよ」

そうして リーシャさんとジルビアさんの二人は、さっきよりも近くに座り、コーヒーを飲みながら話し始める、これにて解決 それでいいんですよね?フリードリヒさん?

…………………………………………………………

そこからしばらく、それこそ 登った日が落ち始める頃まで、二人は話し始めた、最初はエリスも交えてだったが、次第に二人だけで話し始め 語り尽くした、お互いの十年のことを

頑張ったねと称え合い、辛かったねと話を聞き、十年の溝を数時間で埋めて、いつかの二人のように肩を寄せ合う、エリスは昔の二人を知らないけれど、こうして仲良く笑い合う二人を見ていると これが自然な形なのだと、直ぐに理解できた

そして

「あ、もうこんな時間…」

「ほんとだ、今日夜から会議でしょ?ジルちゃん」

「そうだけど…」

「構うことありませんて、確かにこの任務が終わったら私は田舎に帰るけど、瞬間転移の魔力機構があればいつでも来られるでしょ?、それでまた遊びに来てよ…もしくは私から会いに行くからさ」

「うん…、そうですね、分かりました では仕事に行って来ますね」

「うんうん」

やっと終わったか、久しぶりに会話をした二人の親友…その話が長くなることは想定するべきだったな、待ってる間にエリスコーヒー15杯飲んじゃいましたよ、二人の邪魔をしたくないから席も立てないし…

でもよかった、やっぱり二人は仲良しなんだ、仲が良いなら仲良くすべきだよ うん

「それじゃあね、リーシャ」

「おう、あ ジルビア」

「ん?」

ふと、立ち上がり仕事に向かおうとするジルビアさんを呼び止めると、リーシャさんはキラリとウインクして

「良い師団長になんなよ、応援してるからさ」

「…ふふ、ええ 貴方が居なくなった分も、頑張るわ」

もうリーシャさんは軍に戻ることはない、そういう意味では これは最後の別れになるのかもしれない、でも 二人の友情は続く、だからこそ 軍からいなくなっても 残り続けても、互いのことを思い 応援し続けるのだ

カランカランと音を立てて、ドアを開けて仕事に向かうジルビアさんを見てなんとなく思う、ここにいる師団長二人は行かなくても良いのかな…と、そこでケーキ食べてるあなたのことですよフィリップさん

「はぁー、久々にジルビアと話せてよかったぁ、楽しかったなぁ」

「ふふ、よかったですね、リーシャちゃん」

「ん?、んふふ そだね、エリスちゃん ありがとね」

「何がですか?」

「私とジルビアの仲を、取り持ってくれてさ」

「さてなんのことでしょうか」

別にもう隠す意味はない、けれど ここは黙っておくのが粋ってもんだと、エリスは16杯目のコーヒーを飲み干す

「惚けちゃって、私が気がつかないと思ったの?、このフルシティ フリードリヒの行きつけでしょ?、アイツがエリスちゃんに頼んだのなんかバレバレ」

「う…、知ってたんですか?、エリスがフルシティの名前を出した時知らないって、リーシャさんが帝国を出ている間にできた…って…うん?」

おかしくないか?、それ

じゃあなんでリーシャさんはこの店の店主が元軍人であることを知っていた?、というかそもそも言ってなかったか? フリードリヒさんが

『ここは俺の士官学生の時からの行きつけで…』と、士官学生時代の頃からある事をフリードリヒさんは明言していた、そして 士官学生時代はリーシャさん達がバリバリ友達やってた頃…

知ってて当然だ…、気がついてて嘘をついて乗っかってきたのか

「私とジルビアを仲直りさせる為に、態とジルビアの悪口言ったんでしょ?」

「あ…ははは、全部バレてたんですね」

「うん、分かってた 分かってたから、こっちも本気で答えた、ジルビアの悪口を言われて 黙ってられないのは本当だからね」

「はは…まぁ、仲直り出来たようで何よりです」

「そうそう、…これで満足か!フリードリヒ!そこに居るんだろ!気がついてんぞ!」

「ブッ!ゲホッゲホッ!」

ズヒシッ!と指差した先には一般客に紛れ込むフリードリヒさんだ、いきなりの指摘に吹き出し咳き込むが、多分 この店のことを聞いた瞬間フリードリヒさんが居ることはなんとなく察していたのだろうな

「ゔぅ、お前!俺に気がついてたのかよ!」

「一般客にしては肩幅がっしりし過ぎ、座り方に隙無さ過ぎ、あと砂糖入れ過ぎ、直ぐわかるっての」

「俺が絡んでるって知ってて乗ったんなら最初から俺が誘った時に答えろよ!」

「だってぇ、フリードリヒじゃ不安だし?、エリスちゃんなら任せられるかなぁって、まぁ 信頼の差よ信頼の、お惚け男と人の為に命張って戦ったエリスちゃんの信頼の差デスヨ」

「俺だって…お前らの為なら命くらい張れらぁ」

「エリスさん!僕も頑張りましたよ!僕も!ねぇ!ドラゴンカッコいいですか!僕!」

「ドラゴンって形容詞なんですか?」

作戦の成功を収め、緊張の糸が切れたのか 皆席を立ち宴のようにワイワイと騒ぎ始める…、そんな騒ぎを見て 振り返るのはフリードリヒさんの隣の女性、カップル客に扮したメグさんだ…

「よくやったな、エリス」

「え!?あれ!?師匠!?」

こちらに振り返るその姿と顔を見てひっくり返る、いや メグさんだと思ってた人間が実はレグルス師匠だったから…、え?ずっとそこに居たの師匠だったの!?全然気がつかなかった…じゃなくて!

「え!?じゃあメグさんはどこですか!?」

てっきりフリードリヒさんの相手早くはメグさんだと勝手に思い込んでいたけど、それがメグさんではないとすると そのメグさんは一体どこにいるのか、店の中を見回しても他に人なんて…

「ふふ、エリス様 こちらにございます」

「へ?」

そう、聞きなれたメグさんの声で喋るのは、さっきまで腰を曲げていた耳の遠い店主の老夫だ、それが今は シャッキリと背を伸ばしながら エアカテーシーをして…

「え?、メグさん?」

「はい、メグでございます」

ベリベリと顔の皮を剥がすと内側から現れるのはメグさんの顔だ…、マジかよ 変装したの?、全然気がつかなかった…ルナアールの変装だって見抜いたエリスでも見抜けない変装技術って、本当にこの人何者だよ

「本物の店主には店の奥で休んで頂いています、その間 私が店主になりすましていたのです」

「いたのですって…変装上手いですね」

「昔取った杵柄でございます」

だから昔何してたの…

「まぁいいや!、とにかく飲もう!今日は俺のおごりだからさ!」

「いやフリードリヒさん、あなた今日は会議があるのでは?」

「あ そうだった、…ちっ めんどくせー」

「エリスさんも一緒に参加してくださいよ~」

「いいんですかねぇ、エリスが参加しても」

「流石にまずいのでは?」

ワイワイと騒ぐみんなを見ながら、師匠の真似をしてコーヒーを飲む、そのコーヒーは 今まで飲んだ16杯のコーヒーの中で、一番美味しかった

───────────────────

「ねぇリーシャちゃん、何書いてるの?」

「んぅ?、小説だよ…」

空に星が輝く夜時に、蝋燭の僅かな灯りを頼りに机と向き合い ペンを走らせる親友の姿を、ジルビアは見た

士官学校を卒業し特記組の厳しい訓練も潜り抜けて、私とリーシャちゃんは晴れて軍人として帝国軍へと入ることが出来た、私達五人の名前は既に帝国軍内でも轟いており 本来は一定の成果と評価を得られなければ入隊出来ない師団…しかも 第十師団への入団が決まり

私達五人の軍人生は錦に飾られ輝かしいスタートを切った、フリードリヒも調子に乗ってるし トルデも浮かれてる、彼は特に喜んで無いけど それでも気持ちは私と同じで嬉しいと思う

ただ、リーシャちゃんだけが そんな浮ついた雰囲気を出さず、いつも通り 冷静で沈着に過ごしていたんだ…

リーシャちゃんは帝国軍に入ったのが嬉しく無いのかな…、そう不安に思い 彼女の部屋を尋ねたところ、小説を書いていた…

「小説?リーシャちゃん昔から本大好きだもんね」

「うん、好きだよ…文字は人が最初に残す子のようなもの、自分の意志を世界に残す唯一の手段だから」

リーシャちゃんは相変わらず難しいことを言う、私と年齢だって変わらないはずなのに、彼女はいつも私の前に立ち 私の姉のように振舞ってくれる

「ねぇ、リーシャちゃん…それ 読んでもいい?」

私は この部屋を尋ねた理由なんかとっくに忘れて、机に向かい合うリーシャちゃんの真剣な表情に見惚れ、隣に座りながら彼女が書いた原稿用紙強請ってしまう

「え?、いいけど…これ趣味で書いてるやつだから面白さは保証しないよ?」

「大丈夫、私はリーシャちゃんの作るお話が好きだから」 

「そう?、なら…どうぞ」

やや困ったように微笑みながらリーシャちゃんは原稿用紙の束を掴み 私へと差し出してくれる、やった と軽く私は手を叩きながら、子供のようにリーシャちゃんの書いた紙を 受け取り、食いつくように読み耽る

「………………」

「わ 分からないところとか、変なところがあったら言ってね?」

「うん……」

生返事だった、私は既にリーシャちゃんの作る世界へと誘われ 意識はそこへと向いていた

リーシャちゃんが昔作って、私に聞かせてくれた『竜騎士テンライトの冒険』…私はあれが大好きだった、リーシャちゃんが読み聞かせてくれたお話の中でそれが一番好きだった

リーシャちゃんの声を思い浮かべながら、文字を読み込む…面白い、相変わらず面白い

「面白い、面白いよリーシャちゃん!、続きは!?」

「ここ」

と言いながらペンで自分の頭を突く、なるほど まだ書いてないのか…残念だけど、出来上がる前に強請ったのは自分だ、続きは気になるけど 我慢しよう…

「でも凄いよリーシャちゃん!、本物の小説家みたいだよ!」

「褒められるとこそばゆいなぁ、…でも本当にそう思ってる?、何処か変なところなかった?」

「無いよ!何処にも!」

「ふぅ~ん、本当に読んでるぅ?私のだからそう言ってるだけじゃ無い?」

「そ そんなことないよ、ちゃんと読んでるよ、じゃ…じゃあ言うけど、この騎士がやっとの思いで倒した悪い貴族、なんでこいつをその場で叩き斬らずに憲兵に突き出しちゃったの?、この貴族 何人も殺してるんだよ?」

一つ気になった点を指差しながらちゃんと読んでるよアピールをする、気になったと言うか釈然としないのはこの悪い貴族を倒した後の処分だ、私は手緩いと感じた

この貴族の所為で大勢が命を落としてるし、主人公の騎士の友人も傷つけられている…なのに、騎士はその場で斬らずに 憲兵に突き出すだけで終わらせている

手緩いよ、これは 悪い奴は獄中にあっても悪い、悪いことは罪だ なのに…

するとリーシャちゃんは唇にペンを当てて

「んー、理由は二つあるかな」

「二つ?」

「うん、まず一つは貴族のような立場ある人間を非公式の場で殺すと後々面倒なんだよね それが悪党でも、ってのは 貴族の名前は知ってても顔を知らない人間ってのは大勢いる、だから人知れず殺してしまうと死んだ貴族の名前を別の人間が使うんだ…、『私はあの時死んだと言われている貴族だ!、実は死んでなくて命辛々逃げ出してきたんだ!』ってね?、それ 否定できる人間いる?」

「そっか、誰も顔を知らないから その人が本物かどうか判別できないからみんな信じちゃうんだ…」

「そう、そう言う偽物が各地に現れて 好き勝手し始め その火消しはすごーく面倒なのよ、だから貴族は公開処刑するしか無いんだ、後はどっかの砦に一生幽閉するとかね?、主人公が殺さなかったのは この名前を利用されて更なる被害を出したくなかったから…後は」

「後は?…」

「殺さない、その選択はその悪党の最たる否定になるから」

首を傾げる、リーシャちゃんは難しいことを言う…、一つ目の理由も難しかったが二つ目はもっと難しい、私はリーシャちゃんほど頭が良く無いからわからないよ

「どう言うこと?」

「人を平気で殺し 己の利とする人間を否定する方法は、殺すことではなく 殺さず生かし 正当なる罰を与える事に他ならない、私はお前のような外道では無い…そう伝える一番の方法だと思ったから、私は殺さなかった」

「なる…ほど?」

「あはは、分かりづらかったね、でもいい意見ありがと、分かりやすくする為にいくつか文を追加しておくね」

そういうとリーシャちゃんは私からヒョイと紙を取り上げる、趣味で書いてる割にはとても本格的だ…

「ねぇ、リーシャちゃん…リーシャちゃんは小説家になりたいの?」

「んー?、別にー」

「じゃあなんで書いてるの?」

そう 伺うと、彼女はペンを握ったままこちらを見て…

「私の一番のファンの為?…、ふふ 本当は完成してからジルちゃんに見せるつもりだったんだ、つまみ食いされちゃったけどね」

「私の…為!?」

「そう、ジルちゃんの為 だって、ジルちゃんさ」

その微笑みは 蝋燭の灯りよりも、星の光よりも輝いて見えた、この人と親友であれる自分を誇れる程に、光り輝く微笑み向けながら彼女は…

「私の本 大好きでしょ?」

そう、言うのだった

───────────────────────

「大好きだよ、リーシャちゃん…ふふふ」

一人 ロングミアドの街路を歩き、ふと カバンの中から親友の書いた本を取り出し眺める…、これは親友 リーシャの夢の形だ

私を守って…軍人としての生命を絶たれる程の怪我をして、リーシャちゃんは失意のうちに軍を去った、そんな絶望を作り出してしまった私は その咎を一生背負って生きていく

でも、リーシャちゃんがエトワールで見つけた新たな希望…、小説家として何かを残すという夢くらいは、私は守りたかった、無理して帝国に戻ってこなくてもいい、私はもうリーシャちゃんに傷ついて欲しくない、エトワールは平和な国だ 向こうで夢を叶えたなら…

そう、思っていたんだ…、けれど

「リーシャちゃんは強いな…本当に」

彼女は怪我を乗り越えていた、昔よりも強くなっていた、実力がじゃない 人としてだ、あの日 リーシャちゃんの人生を狂わせ一生の咎を背負った頃から成長していない私を置き去りにして 彼女は相変わらず私の前に立っている

…守ろう、今度こそ リーシャちゃんの平穏を、私の罪はそうやってしか償えない、彼女は許したというけど、私は私を許せない だから、この命かけてでも彼女の幸せを守り続けよう

それが私の夢だ、そしていつか …そう胸に決意を抱きながら師団長会議に向かう為 ロンドミアドを出て、大帝宮殿へと瞬間的に転移する時空の扉を潜り、宮殿に入った瞬間…

「…………?」

おかしい、何がおかしい 分からない、ただ異様な違和感を感じ、ジルビアは大帝宮殿の入り口で足を止める…、そう言えば もう師団長会議だと言うのに軍服姿の兵士が一人も歩いていない…

まさか遅刻?いや違う…これは

「待て、動くな」

「…………」

首元に這う刃の感触を感じながら ジルビアの腕は後ろから拘束される、悪戯にしては度が過ぎているのは言うまでも無い、何より感じるのはこの殺意…こいつらまさか

「魔女排斥組織か…!」

「第十師団 師団長補佐ジルビア・サテュロイだな…、丁度いい」

何故ここに魔女排斥組織が、他はどうっている、マルミドワズは一体 そう思考を巡らせる間に…

「まず貴様に死んでもらう…」

ジルビアの首元に突きつけられたナイフに力が込められ……

………………………………………………

「ふぅー…、あれ?フリードリヒさんとフィリップさんは」

「流石にもう会議に出席しないと怒られるからね、帰ったよ」

ふと、エリスがお花を摘んで戻ってくると、フリードリヒさんとフィリップさんの姿は喫茶店フルシティの中には無く、リーシャさん メクさん 師匠の三人だけが疎らに座り皆それぞれコーヒーやお菓子を摘んでいた

「お疲れ様でしたエリス様」

「いえエリスは何もしてませんよ」

「それ言えば私やメグは本当に何もしていない、それで?エリス この後はどうする?」

足を組みおしゃれにコーヒーを飲む師匠が問うて来るのはこの後の予定だ、まぁこの後と言っても ここからじゃ見えないがエリスの体内時計的にもうそろそろ日が暮れる頃だ、コーヒーでお腹タプタプだが 何か食べないと…

「エリスが決めてもいいんですか?」

「構わん」

「なら、丁度飲食エリアにいるわけですし ご飯食べてから夜に少し修行に付き合ってもらっていいですか?」

「構わんぞ、なら早速行くか…リーシャ お前も付いてくるか?」

「えぇ~?いいんですか?ならご相伴に預かろうかなぁ」

「でしたら私、良いお店を知っています、世界各地の伝統料理を取り扱うお店ですので、必ずやエリス様も満足できるでしょう」

「ほほう、それは楽しみです」

なんて会話をしながらお勘定をカウンターに置く、朝から夕方までコーヒー飲みまくったわけだから 価格は凄まじいものになったのは言うまでも無いが、これはジルビアさんとリーシャさんの仲直り費と言うことにしてエリス達はフルシティをベルの音と共に後にして

飲食エリアに立つ…と

「待て…」

「はい?、師匠?どうされました?」

師匠が足を止める、その制止の言葉にエリスも足を止め師匠の顔を見上げると

剣呑な顔だ、師匠は無意味にこんな顔をしない、どうしたのか そんな疑問に答えるように、エリスの直感が痺れる

「っ…エリス様!」

「ええ、何かいます」

「だぁね…、でもここロンドミアドの塔だよ?、お買い物する場所で随分と剣呑な気配出す奴らがいるね…」

皆が気がつく、このロンドミアドの塔に何やら危ない気配を放つ奴がいることに…、そしてその気配の正体は直ぐに形を伴って現れる…

「ッッーー!!キャーーー!!!」

絹を裂くような悲鳴と共にロンドミアドの塔の各地で爆発が起こる、この商業施設では聞くはずのない爆音に民間人が戦慄する、それと共に下層から何かが飛び上がってくる

「へへへ、ここが帝国の出店群かい、随分いいじゃないの良さ」

身長2メートル近い仮面の大男、それが両手に巨大な曲剣を二本持ちながら下層からこの階層まで飛び上がってきて 転落防止用の柵の縁に器用に着地し周囲を舐め回すように見て回る

見れば仮面の大男に追従するように似たような格好で曲剣で武装した男達が数十人は共に現れる、曲芸師…ってわけじゃなさそうだ

あれが殺意の出所、つまり

「敵ですか?」

「のようですね、このマルミドワズを襲撃?…そんなバカな」


両手に剣を抱えた大男を見れば直ぐにわかる、今 このロンドミアドの塔は…いや、マルミドワズは襲撃を受けている、世界最強の国の首都が 襲撃されているのだ、あり得ない事態に戦慄しながらも周囲を確認する

まずいな、正体は分からないがあれが敵だとするなら民間人が危ない…

「エリス!惚けるな!敵だ!、メグ!お前は民間人を避難させろ!リーシャも手伝え!」

「かしこまりました!、レグルス様とエリス様は?」

「無論、敵を倒す!、行くぞ エリス…!」

「はい!師匠!」


「おぉん?、エリスにレグルス?…」

すると仮面の大男はエリス達の名前を聞くと首を傾げ、懐から一枚の紙を取り出すと…

「おお!、エリスって言えばあれか、アルカナを壊滅寸前まで持ってたっていう女か、へへ そいつを倒せりゃ俺たち『スカベンジャーズ』のマレフィカルム内での地位も上がるってもんよ、お前ら!男に大物がいるぞ!ぶっ殺せ!」

アルカナ?マレフィカルム?、つまりこいつら…

魔女排斥組織か!

「『旋風圏跳』ッッ!!」

跳ぶ、反射的に その名を聞いて、こいつらはただの強盗じゃない この帝国に明確な敵意を持つ組織、捨て置けないと高速で飛びながら仮面の大男へと飛び クルリと身を翻し、その速度のまま突っ込み蹴りを見舞う

「おっと!危ねぇ!」

されど男も伊達ではない、エリスが飛びかかってくるのを見てからその二本の剣をクロスさせ容易くエリスの一撃を防ぎながら、自らの足で跳び 下層へと飛び降りていく、逃すか…!

「師匠!こいつら魔女排斥組織です!、エリスは親玉とみられる男を倒しますので 他をお願いします!」

「ふっ、私に露払いをさせるか、ならば負けるなよ!エリス!」

「はい!」

返事も程々に百四十階もあるロンドミアドの階層から飛び降り 下へと逃げていった大男を追う、何故魔女排斥組織組織がここにいるか 何故ここを襲撃しているのか、どうやってここまで来て どうやって入り込み、何が目的で襲撃をかけたのか まるで分からないが、敵が目の前にいるんだ

ややこしいことは後!、まずは奴をぶっ潰す!

「魔女じゃなくてお前が追ってくるか!、ならお前から膾切りにしてやるぜ!」

見れば大男は三つ下の階層の縁に着地していた大男はエリスの姿を見るなり、その大きな体をくるりと回転させながら凄まじい勢いで飛び上がり、飛び降りるエリスに向けてまるで矢のように飛んでくる

「チッ!」

岩を削るような回転斬りを籠手で防ぎながら身を翻し、階層の縁に着地する…、こいつ 弱くない

「貴方!何者ですか!」

「はっはぁー!俺は魔女排斥組織『スカベンジャーズ』の頭領!断頭者のオーレル!、テメェを殺す男の名だ!」

やはり魔女排斥組織…、アルカナの名前を出していたし、レーシュやルードヴィヒさんが言っていたアルカナが集めた魔女排斥組織の連中か?、チラリと周りや下を見ると襲撃を受けているのはエリス達の居た飲食エリア全体で暴れまわる者達の姿が見える

その格好や武装は疎らであり、かつ規模から考えるに 襲撃をかけてきたのはこいつら『スカベンジャーズ』だけじゃない、アルカナが集めた組織が全て攻めてきた と言ったほうが信憑性がある

でも、なんで どうやって…!

「隙あり!」

「おっと!」

エリスの思考の隙をつき 飛んできたオーレルの一撃が振り下ろされる直前に縁から飛び降り回避すると、エリスが立っていた部屋が床ごと両断されるのが見える

なんでもいい!まずはこいつを!

「死ね死ね!テメェの首を持って帰りゃ俺は英雄だぜ!」

「英雄が商業施設を襲いますか!、『旋風圏跳』!!」

空中で風を纏い、エリスを追って鎌鼬のように回転しながら飛んでくるオーレルを迎え撃つ

「シャァァァァ!!!!」

「はぁっっ!!」

ぶつかり合う、エリスの籠手とオーレルの剣がぶつかり 弾き合い、階層の縁を足場に何度も飛びながら塔内部を降りそして昇り、縦横無尽に空中戦を繰り広げる

その食い合うような怒涛の攻めと攻めの激突は、数分間続く その戦いを制したのは

「でおりゃっ!!」

「んなっ!?俺よりもチビなのに!?」

オーレルの剣を籠手で弾き返せば、オーレルの体が空中で大きく崩れる、確かにオーレルの体の方が大きいが、空中戦ではその影響は小さい

この空で物を言うのは速度と勢い、足場で一度加速しなければならないオーレルでは風を纏い無限に加速するエリスには勝てないのだ

「意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』 !」

「んなっ!?」

即座に魔術で縄を作り出し、その大きな腕と体を拘束し 身動きを封じながら、オーレルの体の上に乗る…

「んなっ!?う 動けな…お 落ち!?」

彼は忘れていたのか?、ここが塔の内部であることを、拘束され 速度を失えば必然、落ちる…地面に

100階近い階層ある塔から叩き落されるように墜落するオーレルは、必然

「ぐへぇぁっ!?」

地面を砕き悲鳴を上げながら動かなくなる、…死んでないよな?うん死んでない、はぁ 倒したとオーレルの上で一息つく

「はぁ、一体何が起こって…」

「きぇぇ!!隙ありぃぃっ!」

「ありませんよ!」

いきなり背後から剣で切りかかってくる男、その一斬を籠手で弾くと共に鳩尾に一発拳を入れ、顎に一蹴りを見舞い、吹き飛ばす

「こいつだけじゃない…、もしかしてマルミドワズ全域に組織が襲撃…してきてるよな、これは」

最下層から塔を見上げれば、既に民間人の非難は終わっており 駆けつけた帝国兵といきなり現れた魔女排斥組織の乱闘が繰り広げられている、見た感じ帝国兵が優勢のようだが…、規模と次第によっては危ないかもしれない

「エリス、終わったぞ」

「あ、師匠」

「ついでだ、上の階層にいる連中も纏めて潰しておいた」

羽が舞い降りるように華麗に 静かに、上から飛び降りてくる師匠は上の階層にいるのも纏めて倒したと言うが、エリス達がいたのは百四十階 、この塔は全部で三百階弱あるんですよ?、上にいる百六十階分全員倒したんですか?…

流石は師匠だ

「だが裏を返せばこの塔全域に連中が紛れ込んだ事になる、この襲撃 かなり大規模だ」

「ええ、しかも態々マルミドワズに襲撃をかけて 商業施設だけを襲うとは考えられません、他のエリアも同様に襲撃を受けているかと」

「いきなりだな、…一体何事だと言うのだ」

分かりません とエリスが小さく首を振ると

「エリス様!、民間人の避難を終えました!」

「メグさん、早かったですね」

時界門を虚空に開き エリス達のところに飛んでくるメグさんが、避難終了の報せを届けてくれる、いやしかし早い…、まだ数分しか経ってないのに

「普段から民間人に有事の際の避難対応を周知させていた甲斐もあるほでしょうパニックは比較的軽度に抑えられました」

「準備がいいですね」

「それよりもエリス様、先程帝国兵から伺った情報なのですが、どうやらここに襲撃をかけたのはアルカナ率いる魔女排斥連合…それが、移動用の瞬間転移穴を利用しマルミドワズ全域に乗り込み襲撃をかけて来たようです、この騒ぎは今 マルミドワズ全域で起こっているものと思われます」

「瞬間転移穴…」

帝国は移動や貿易の為各地に移動用の瞬間転移穴を繋げていると聞く、それを利用して直接マルミドワズに攻め込んできたか…

「無用心ですね、そんな危ないものを放置してるなんて」

「いえ、瞬間転移穴はどれも秘匿されていますし守衛もつけています、しかしどう言うわけか奴らに場所がバレ…その数の暴力で守衛を突破したものと思われます」

「なるほど…ふむ」

なぜか秘匿している筈のマルミドワズへの入り口がバレて、この事態に至ったと…、原因は色々考えられるが、今はいい

「リーシャさんは?」

「民間人が多くいる居住エリアへ向かいました、そちらの避難は難しいので 完全に防衛戦になっているらしいです」

「宮殿はどうなっている」

「はい、そちらの襲撃が最も苛烈らしいとの情報が」

ダメだな、被害があちこちに点在している、戦力が分散される…けど、ここで優先すべきなのは…

「よし、ではエリス お前は居住エリアに向かい民間人を守ってこい」

「師匠は?」

「私は宮殿に向かう、此度の襲撃の指揮を執ってる奴がいるならそこだろう、私か行って制圧してくる」

「…………」

つまり、この襲撃の指揮を執ってるってのは、この同盟を集めた張本人 大いなるアルカナの幹部達ってことじゃないのか?

行くならエリスが…、いや 師匠とエリス、どちらが早く制圧することが出来るかと言えば考えるまでもない、この事態を一刻でも早く収めなければ 民間人に被害が出る

なら、ここで優先すべきはエリスの個人的な因縁ではなく

「分かりました、師匠 ご無事で」

「誰に物を言っているんだ、さぁ 急げよ!」

そう言うなり師匠は風を纏い風をぶち抜いて宮殿の方へ飛んでいく…、少なくとも魔女排斥組織がやって来てから一番の被害な気がする…

「エリス様、我々も急ぎましょう」

「はい、…アルカナが先手を取るなんて」

差し出されるメグさんの手を掴むと、そのまま引き寄せられるように時界門に引きずり込まれ、エリスは気がつけば居住エリアにある自宅…、エリスの屋敷にやって来ていた

ここにピンを刺してあったのか、まぁなんでもいい!

「外から凄い轟音が聞こえます!もう戦闘が始まってるようですね!」

「のようでございますね、忌々しい…我が帝国民に牙を剥くとは…」

珍しく怒りを露わにするメグさんと共に屋敷の中を駆け抜け、大慌てで玄関を跳ね開け 外の様子を確認する、すると既に戦いは始まっており 街のあちこちから炎や黒煙!そして悲鳴が立ち上っており

逃げ回る民間人を守る帝国軍とワラワラと湧いてくる魔女排斥連合達により居住エリア全体が混沌の最中に叩き落とされている

「…チッ、奴ら民間人を上手く使って戦ってますね」

本来ならば数でも練度でも帝国軍が大幅に上回っている、集団戦となれば帝国の方が強い、しかし 唐突な強襲で帝国軍が布陣する前に魔女排斥連合達はあちこちに点在し 数の有利を打ち消している

そして、何より大きな要因は民間人だ、帝国軍は民間人を守りながら戦わなくてはならない、だが連合はそんなもの御構い無しに無闇矢鱈にあちこちを破壊し巻き込むように攻撃してくる、これでは反撃に転じられない

負けないまでも、このままでは帝国軍にも被害が出るぞ…

「まずは民間人の避難を優先させましょうか、このままじゃ帝国軍も戦い辛いでしょうし」

「でしたらそれは私にお任せを、時界門をフルに活用すれば 五分貰えれば避難を終えることができますので」

「速いですね…、じゃあ エリスは奴らの気を引きましょうかね、どうやら エリスの名前はアイツらにも有名らしいですし」

「では…、後程お会いしましょう、エリス様」

「はい、メグさん」

その言葉を合図にメグさんは地面に時界門を作り 落ちるように別の場所に向かっていく、さて エリスは奴らの注意を引く、多少なりとも連合の注意を民間人や帝国兵からエリスに移せば 彼等も動きやすくなるはずだ

その間に民間人の避難を完了させて、反撃開始と行こうか

そう、両頬を叩きながら 燃え盛る街へと向かおうとした瞬間

「おーい!エリスさーん!」

「ん?」

ふと、声をかけられる、歩もうとした足を止めて 声の方を見てみれば、戦場から走って駆け寄ってくるのは…

「ジルビアさん?」

「よかった、エリスさんは無事のようですね」

駆け寄ってくるのはジルビアさんだ、さっき会議に向かったと思ったのに もうこちらの戦いに参加していたのか、師団長補佐の彼女がここにいるなら 戦況は多少はマシに

「奴らいきなり攻め入って来て、街に火を放ったんです…この屋敷にまで火の手が回っていなくて良かった」  

駆け寄って来て、エリスの前で汗を拭う彼女を見て…、違和感を感じる

「どうしてですか?」  

「え?、どうしてって?」

「どうしてこの屋敷に火の手が回ってたら、と不安になったのですか?」

詰め寄る、尋問するように詰め寄り 顔を伺う…、なんで屋敷に火の手が回ってたらと不安になるんだ?、さっきまで 同じ喫茶店に居たのに、エリスはこの屋敷に居ないと知っている筈なのに

「ど どうしたの、エリスさん…そんな怖い顔を…っ!?」

「ジルビアさんっておかしな人ですよね」

慌てて突き出した手を掴み、その手を見る いや 正確には…

「おかしなって…何が?」

「さっきまでここにあった剣ダコが消えてます、ジルビアさんは手の中のタコを消したり出したり出来るんですね」

「…………」

「後 さっきまで、短く切り揃えられていた爪が伸びています、凄いですね あんな短時間で爪をここまで伸ばすなんて…」

「…………」

「まだ言いましょうか?、さっき 喫茶店で見た貴方と、今の貴方の相違点を」

「…………お前」

こいつはジルビアさんじゃない、姿形は似ているが所々で違う場所がある、悪いがエリスは少し前まで変装の達人と鎬を削っていたんだ、…こんなコスプレにも劣る変装に騙されはしない

「貴方はジルビアさんではありません、偽物です…いえ、エリスの敵…ですね」

「…はぁーーー、半端な変装はすべきではなかった、まさか直前に会っていたとは」

すると偽ジルビアさんはエリスの指摘に怠そうに息を吐くと自らの顔を いや 顔に被った皮をベリベリ剥がし…内側から別の顔が…

ん?いや?あれ?身長も変わってるぞ?、腕の長さも胸の形も、いや いやいや

「変わり過ぎぃっ!!」

「空魔外式・変幻身化…、我々の術に掛かれば 別人になりきるなど造作もない、と思っていたのだがな、凡ゆる物を内に留める記憶能力か…、存外厄介だな」

ベリベリと体に張り付いていたものを全て脱ぎ去ると、そこにはメイドが立っていた…メイドだ

外跳ねと茶髪と口の隙間から見える犬牙、快活な印象とは裏腹に 胸を張り立つその姿からは冷酷なまでの殺意が伝わってくる…、なんだこいつ

というか

「空魔?…」

確か、裏社会を牛耳る三の魔人、海を統べる大海賊 海魔ジャック・リバイア、陸を統べる大山賊 山魔モース・ベヒーリア、そして 空を統べる世界最強の暗殺者 空魔ジズ・ハーシェル…合わせて三魔人、魔女排斥組織とは別の裏社会の勢力と聞いていたのだが…

いや違うな、そこじゃない

「もしかして、貴方がジズ・ハーシェル?」

「違う、私は父の力を継ぎ 新たなる空魔として育てられし二十三番目の影、殺し屋フランシスコ・ハーシェル」

「殺し屋なのに名乗るんですね」

「……………………」

静かに静かに、口元に手を当てる、うっかりなのか?うっかりなのだろうか…

「まぁいい」

いいのか…

「それよりも孤独の魔女の弟子 エリス、お前に聞きたいことがある…」

「奇遇ですね、エリスも聞きたいことが盛り沢山ですよ」

「知るか、教えろ…奴はどこにいる」

んー、聞きたいことはたくさんあるけど、まずそのヤツってのが誰か聞いた方が良さそうだな

「誰のことです?」

「惚けるな、マーガレットは何処だ…、ここに居るのは分かっている…隠し立てするなら、殺す」

クルリとスカート中から二振りのナイフを取り出し構える殺鬼は全身から殺意を振りまきながらエリスの前で修羅となる

…マーガレットって、誰?
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