孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

219.孤独の魔女と帝国首都攻囲戦

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アガスティヤ帝国首都 五つの立方体により形成されるこの空中浮遊都市は今、誕生してより初めての、そして未曾有の事態に飲み込まれていた

突如、武装した魔女排斥組織連合が多数襲撃をかけてきたのだ、その数約五万…、この首都に駐在する帝国軍の総数の足元にも及ぶ事のない数、だが この五万に今 帝国は混乱させられている

各地を同時に攻撃し、民間人を巻き込み 帝国に反撃の隙を与えず撹乱しているのだ、全ては憎き魔女世界を打倒する為、その根幹を守る帝国と 皇帝カノープスを討つ為、アルカナを中心とした魔女排斥連合は この魔女世界に最後の挑戦状を叩きつけたのだ

「やれやれー!、攻めろ!とにかく攻めるんだ!、帝国の軍が機能不全に陥るのはほんの一時的!、この隙に決められなければ俺達は終わりだ!」

その魔女排斥連合の戦力が最も集中しているのが ここ、無双の魔女カノープスが住まう大帝宮殿、ここを叩き 少しでも帝国に手傷を与えるのが彼等の使命…命を懸けた使命なのだ

本来はバラバラな筈の魔女排斥組織達が一致団結し宮殿の入り口へ群がり 内部へ侵攻しようと必死に攻め立てる、しかし

「ぐぉぁっ!?!?」

「食い止めろ!、絶対に宮殿の敷居を跨がせるな!!」

群がる魔女排斥の連合達が入り口で弾かれる、宮殿を守る帝国兵の守護が余りに硬いのだ

当然だ、他のエリアの魔女排斥連合がそこそこ戦えているのは民間人や建造物を盾にし 帝国兵が戦い辛いよう立ち回っているから、されど この宮殿にはどちらも無い

故に、ここでは真っ当な実力勝負となり、そしてその実力では 帝国兵は連合などと僭称する烏合の集では太刀打ち出来ない程に強い

質の上でも数の上でも武装の上でも、帝国兵が大幅に上回っているのだ

「一人残らず捕えて監獄にブチ込め!、向こうから来てくれるなら都合がいい!」

「くっそ…、ただの一兵卒でもこんなに強いのかよ…!」

魔女排斥連合だって普段から修羅場は潜っているし、荒事だって得意だ、ああやって突撃を繰り返している構成員の中には負け無しと呼ばれたことのある男だっている

しかし、残念ながらこれは荒事では無い 戦争だ、戦術理論と陣形形成 及び武装の理解と取り扱い、全てを常日頃から高めている兵士達にとって こんなもの場末の酒場で暴れるチンピラの制圧に変わりはない

「だ だが!、まだこちらの方が勢いじゃ上だぁっ!、とにかく攻め続けろ!引いたら押し返せないぞ!」

帝国兵の強さは最早誤算と言ってもいい、自分達でも少しくらいはやれると勘違いしていた魔女排斥連合は最早 今の勢いに縋るしかない

だが、彼等の誤算はそれだけでは無い

「ふんっ!、この程度の雑魚に手こずって 帝国兵が恥ずかしく無いのかな?」
 
「ほほほほ、これはこれは 賑やかじゃ無いか」

一撃で押し込もうと攻め行っていた構成員達が吹き飛ばされ、マルミドワズの外まで叩き落とされていく、埒外の攻撃が 宮殿の中から飛んできたのだ

ドシン ドシンと大地を揺らし、屹立し現れるのは銀の鎧…あれは

「し 師団だ!、師団がもう現れたぞ!」

「なんだよあれ、なんであんなに沢山集まってるんだよ…師団長達が!」

宮殿を守るように立ち塞がる三十人近い白コートの軍人達、この帝国を最強と呼ばせる要因の一つ、帝国軍主力部隊 別名帝国三十二師団がそれぞれの師団を引き連れ揃って宮殿の中から現れたのだ

こんなにも早く宮殿に到着するのは完全に予想外だったと 魔女排斥連合の心は折れかける、何せ彼処にいる師団長一人で 自分達組織を数百は相手取れると言われているのだから

「おうゴラァッ!、テメェら何処の誰の縄張りに足踏みいれようとしてんだぁ?アアっ!?」

構成員に向けて威勢良く吠えるリーゼントの男は第三師団の団長 、ゲラルド・ガーゴイル、その別名はブッコミ隊長、その名の通り 猪のように攻め立て 目の前に敵がいるなら砦だってぶっ飛ばして進む男だ

「アルカナ打倒のための会議をするつもりが、逆に手間が省けました」

くつくつと笑うモノクルの女…、あれは第二十一師団 団長エルケ・アインヘリアル、一人旅団の異名を持ち たった一人で数千人の部隊を壊滅させた逸話を持つ猛将の中の猛将…!

「何処がだ、ああ…燦然たる帝国史に汚点が残る、陛下 このような汚点を許した我等をお許しください」

長い髪をダラダラと垂らす美貌の男、あいつの情報は事前に貰っている、第二十八師団長 団長インゴルフ・クラーケンその人に間違いない

全師団長で最も多くの魔女排斥組織を潰した功績を持つこの場で最も会いたくない男

「ひ…ひぃ、な なんで全員揃ってんだよぉ!」

「話が違う、話が違うぞ!、師団長は今頃他のエリアの救援に向かってるって計画じゃなかったのかよ!」

全員揃った師団長達を前に涙を流しながら腰を抜かす構成員達、無理もない 彼らの中には師団長と交戦し命辛々逃げ果せた経験を持つ者もいる、師団長とは魔女排斥組織にとっての死の象徴、それが三十人も揃ってるんだ 、話が違うと泣き出すのも無理はない

これは彼らの知らぬ誤算の話だが、彼らは知らなかった 今日この宮殿で、師団長が集まり会議を開くことになっていると…、まさに最悪のタイミングで攻め込んでしまったのだ

これはもうダメだ、攻める攻めない以前にもうこの場に居たくないと恐怖に駆られ逃げ出そうとする構成員達、すると

「何チビり腐ってんのや!、手前らそれでも男か!、おどれら全員アイツらに迫害されて日の目も浴びれへん生活してきたんとちゃうんか!!」

吠える、魔女排斥組織の中でも随一の武闘派、強盗騎士団シャーティオンの団長レオボルトが、剣を掲げて吠えるのだ

元騎士団長であった彼は知っている、敵方が戦力で上回る時 退路を考えてはいけない、一歩でも引いたら それは侵攻戦ではなく撤退戦になる、そして 全てで上回る敵を前に撤退をするとは即ち死を意味する

故に生きたいならばこそ攻めねばならない、勝ちの目 負けの目 退路 活路 今はどれも不要だ、今必要なのはただ無心の攻勢、折れかかった士気を回復させる為 現状を切り裂く剣だけだ

「勝ちたい奴はワシに続け!、師団長かて一人の人間!数じゃこっちが勝っとんねん!、このまま押し切るで!」

前傾姿勢で剣を構え 部下の騎士達を自分を中心に左右に展開しつつ、残りを背後に並ばせまるで矢のような陣形を即座に取る強盗騎士団シャーティオン

戦争を経験したことのある者ならば即座に名前とそれによって得られるアドバンテージが出てくる…、シャーティオンが取ったのは『鋒矢の陣』、攻撃に特化した機動陣形 魚鱗の陣をより一層攻撃に特化させた型だ

兵士を密集させ兵士を散らさず、何処かが欠けてもすぐさま後方に控える部隊が援護に入ることにより常に前方に戦力を集中させ 敵軍を真っ二つに裂くことが出来る超攻撃特化型の陣形、これで道を切り開くのだ

「行くでっ!、突撃ーッ!

師団長は確かに強いが一人の人間、一人の人間がカバーできる範囲は限られる、これで無理矢理押し退ける! とレオボルトは突撃を繰り出す

そんな猛攻を見て、師団長達は軽く息を吐き

「ふぅ…、鋒矢陣か 古い型だ、帝国はそんなもの二千年前に卒業したよ…、結局どんな陣も 圧倒的破壊力の前には無意味だと知ったからね」

師団長の一人 大地鳴動のゲーアハルトはメガネを上げながら道を開ける、他の師団長達もだ、迫る鋒矢陣達を前に横に退き 道を作ったのだ

ただし、この道はレオボルトが通る為に開けた道ではない、帝国の剣を奴らの胸に突き刺す為に開けた道、宮殿の奥からやってくるそれを迎える為の道…

それを証拠に、最前線のレオボルト達は圧倒的魔力と殺意に一瞬身を竦ませ足を止めてしまう…

刹那、宮殿の入り口の奥から 大薙の一撃が振るわれる

「ッッッーーーーー!?!?」

一撃だ、大砲の一発なんかとでは比べ物にもならない衝撃がレオボルト達シャーティオンを襲い、その余波が後方の構成員達にも及び 吹き飛ばす

「ぎゃぁぁぁぁぁあああああ!!!!???」

唐突に襲った一撃に、容易く吹き飛ばされるレオボルトやシャーティオンの騎士達はそのまま弧を描き マルミドワズの外まで吹き飛ばされマルミドワズの下に敷かれる雲の絨毯の中へ消えていく

「勝ちたい?勝つ?押し通る?、貴様らここを何処だと思っているんだ…、ここは帝国、世界の守り手 帝国だぞ、貴様ら無法者が手を触れ足を踏み入れて良い領域ではないのだ、高望みするな 蛆虫どもが…地に落ちろゴミ虫どもがッッ!!!」

轟く声と共に宮殿の入り口を潜るように現れるのは漆黒の巨影、人間の数十倍は在ろう巨大な影…、それは鬼のような形相を浮かべ構成員を見下ろしている、怒りだ…怒りの巨人だ

「殲滅しろ!!一人残らず生かしておくなッッ!!」

声を響かせるのは怒りの巨人…名をラインハルト・グレンデル、第一師団の団長にして将軍の声の代弁者たる彼が自らが最も得意とする魔術 …巨大化魔術『グラオザームリーゼ』を用いて巨人となったラインハルトが大地を揺らしながら命令する

目の前の敵の、帝国の敵の殲滅を 、それを受けて宮殿内部から溢れてきた師団が魔女排斥連合へと襲いかかる

その戦力差は、大人と子供…いや アリと象だ、踏み潰すように連合を蹴散らして行く

「はははははっ!!、これが帝国か!これが帝国師団か!、強い!強い!最高だぜ!」

「いひひひひ、こんな死に場所を求めてたのよ!、捕まえるなんて言わないで殺してよ!ここで!」

中には中々にやり合う者もいる、ウルキが連れてきた魔女排斥主力部隊だ、派手な死に場所を求めて現れた幽鬼達は恐れを知らず、迫る帝国兵を打ち倒し師団を相手にも引かずに戦ってみせる

しかし

「子供はもう寝る時間だよ、宵刻くらいゆっくりさせておくれよ、全く」

「むっ…、ほう これは、最強と名高き師団長…マグダレーナまで現れるとは」

「最後の場に相応しい!、幽世での自慢話を!お前の素っ首掲げて語ってくれる!」

現れたのはこの戦場に似つかわしくない老婆、されど誰もが知る 彼女はこの五十年近く 帝国三十二の師団を率い更にそこから二十年前には将軍も務めていた帝国無敵の象徴

この世の武人誰もがその首を欲する女の名は第十師団 団長、神鳥のマグダレーナ・ハルピュイアだ、これを前にして疼かない奴は武人じゃない 挑まない者は意気地が無い、連合主力部隊は屈強な肉体を唸らせ 獰猛にも襲いかかる

「私を殺すってぇ?、安心しな あと十年もしたらそっちに行くよ…、だから 先行って席取っときな!!」

振るう、あの枯れ枝みたいな腕で 手に持つ杖で一撃振るう、いや 一撃じゃない、この目で見るに一度しか振るっていない様に見えるだけだ、事実一度の攻撃で目の前にいる五人が同時に倒れた

顳顬 脇腹 太腿、それぞれに打撃跡を作りながら屈強な戦士が倒されたのだ、全盛期を遠に過ぎ去り、全開の一割も出せないと言われてこれなのだ、魔装も魔術も使わずこれなのだ、最早止められる相手ではないと悟った他の構成員は…

「ダメだ!俺はもう逃げるからな!」

「話が違い過ぎる!、アルカナと心中なんてごめんだ!」

「あ!おい!待て…い いや!俺も!」

ダメこれはもうダメだ、ただでさえ強い帝国兵に加え師団長まで現れたんだ、勝てない 勝てるわけがないと逃げて行く

戦争において、『自分達なら行ける 勝てる』という兵士間の高揚感は重要な要素となる、この高揚が高ければ多少の戦力差は覆し勝つことも出来る、だが 彼らは誤った

その高揚感から 現実を見れなかったんだ、現実的に考えて マレウス・マレフィカルムという巨大な機関が影に徹しているのは帝国相手に勝てないから、だというのにその弱小組織が寄ってたかって勝てるなんてことあるわけない

それを、彼らは見誤ったのだ、世界の守護者は 伊達じゃない

「待てー!逃げるなー!、今逃げられたら戦線が…ギャァッ!?」

「早速瓦解してら、こりゃ他のエリアにとっとと救援に行ってもよさそーだね」

「だな」

ただでさえ押されていた連合は戦う者と逃げる者に二分された所為で瞬く間に瓦解した、これがレオボルトの目論見通り一丸となって戦っていればまだ持ったかもしれないが、これが現実なのだ

迫る敵兵を雑草の様に刈り取りながら師団長のハインリヒとゲーアハルトは既に別のエリアへの救援を考えている

もうこの場に師団長一人残って他に救援に入っても大丈夫そうだ、ここに師団長が集まっているということは他のエリアには誰もいないということなんだから 

練兵エリアは大乗として、生産エリアには魔術王ヴォルフガングが居る、つまりこの二つは大丈夫として、下手に居住エリアや娯楽エリアが制圧されたら面倒だ

「どうしますか?ラインハルトさん」

瓦解し始めた連合前にバルバラが問う、この後どう動くかを

指揮権を持つ三将軍は宮殿内にいる…つまり現行の指揮権は第一師団の団長にある、すると ラインハルトは魔術を解除しいつものサイズに戻ると

「では、このまま居住エリアに向かい 民間人の保護に向かおう」

「あれ?、娯楽エリアはいいの?」

「問題ない、彼処にも師団兵が駐在しているし、何より…ここにフリードリヒがいない、どうせ会議前に一発ギャンブルやってガス抜きしようとして、そのまま熱が入ってるんだろう」

「か 会議前に遊びに行くか普通、まぁ 今はそれが功を奏したというべきか」

この場に第二師団の団長 フリードリヒがいないんだ、いつも会議に遅刻してく時は運試しと称してカジノにカード遊びに向かうんだ、熱中していると来ない時もある

そんな不真面目な彼がハインリヒの様に降格されないのは、彼が強く そして他を隔絶する程に有能であるからだ、彼一人でエリア一つを守ることなんかわけないだろう

「じゃあ軽く 目の前の敵を倒してから行きますか…ってぇ!?」

さぁて、これから魔女排斥組織狩りだと目の前の敵に向かおうとしたハインリヒは目を剥く、さっきまで居た構成員達が全員大地に倒れ伏しているからだ…、流石に師団長だって余所見をしながら瞬く間に一万強はいる敵を倒すなんて無理だ…

いや、立っている人間が一人いる…、あれは

「ここの守りは随分硬いのだな、他は混乱の最中にあったと言うのに…」

パンパンっと手を払い死屍累々の気絶者の山を踏み越え現れるのは、数ヶ月前 軍事演習にて帝国軍を蹴散らした絶対の存在 魔女レグルスだ、彼女が師団が余所見をした瞬間 一瞬で構成員を全滅させたのだ

「これは、魔女様…如何されましたか?」

「御託はいい、他のエリアにも奴等がいる お前達はそこに散って敵を蹴散らして来い、もしカノープスの身を案じているならその必要はないぞ、ここは私が守っておくからな」

そう言いながら師団の前に立つレグルスは師団全員を見下ろす、そして言うのだ お前達全員よりも私一人の方が良いと、それは傲慢ではない

紛れも無い事実、事実なのだ

「…かしこまりました、では我らは他のエリアの援護に向かいましょう、しかし気をつけてください 、奴等の第二陣がここに来るやもしれません」

「誰に言っているんだ、早く行け」

「御意、では …行くぞ、みんな」

ラインハルトは魔女に一礼し その場にいる師団を全て引き連れて居住エリアに向かう、…これで 民間人の保護は安心していいだろうとレグルスは一息つきながら宮殿の入り口に座る

「…………」

大地には倒れる敵対者達、空には満点の月…そこを中心に座る己、この帝国に来てから昔を思い出してばかりだ

「昔は、いつもの光景だったな…これは」

戦場に赴いて 敵を一人で皆殺しにして、全身についた血を拭うこともせずただ夜空を見ていた、こうすればみんな助けられると思っていた こうしたければみんな助からなかった

…だが、私が守りたいものは一つ また一つと失われ、この手を零れ落ちて行った…、最早何の為に戦っているのかも分からず、ただただ魔術で人を殺し続ける日々、己とシリウスの違いが分からず参っていた時だ

彼女が、私の肩を抱いてくれたのは…

「確か、こんな風に …だったか?レグルスよ」

「んなっ!?」

ふと、何者かに肩を抱かれ 引き寄せられて驚愕する、見れば私の隣に座るのは宮殿の奥にいるカノープスがいる、私がここまでいると見て 時でも止めてやってきたのだろう

本当にこいつは と、私はカノープスの手を払う

「冷たいな、あの日の夜はあんなにも熱かったというのに」

「……あの時のことは礼を言う、お前と重ねた夜が あの時の私の支えになったのは事実だ、だが 私もお前もあの時から変わった、もう…やめようこう言うのは」

「そうか、…お前はもう我を必要としないのだな」

別にそう言うわけじゃ…と言いかけるが、言わない…

「と言うかお前、自分の臣民が戦っていると言うのに随分呑気だな」

「我は皇帝であり、彼らは軍人だ、我が今ここで敵の撃滅に走っては…彼らが普段から行なっている鍛錬と磨き上げた覚悟、その全てを否定することになる、我が動くのは世界の危機 それだけだ」

「そうか、だが お前が出ればこの騒ぎ 五秒で終わらせるだろう?」

「まぁな、そう言うレグルス お前はどうだ?」

「この街を消し飛ばしていいなら、一瞬だ」

「相変わらず燃え滾るような女だな、お前は」

クカカカと笑うカノープスは、我が隣に座り空を見る…

「レグルスよ、お前は一体どんな八千年を過ごした」

「なんでもない八千年を過ごせたよ、何もない静かな時間をな」

「それは良かった、お前はあの時 一生分嘆いた、ならその後の時間は平穏に過ごせて良いのだ、誰も お前を無責任などと咎めはしない、あの時 一番傷ついたのはお前なのだ」

「…傷は言い訳にはならない」

「そうかな、だが…我は満足だ、お前は世情とは乖離した空間で、今この時まで安らかに過ごせた事、その時間を少しでも守れた事が 満足だ」

「カノープス…」

もしかして、帝国が世界の守り手としてあったのは、私が誰からも見つけられず 八千年過ごせたのは、帝国が世界を守り カノープスが私を守ってくれていたからなのか、八千年と言う膨大な時間…ずっとこいつが……


「さて、我が臣民達が必死に我を守ってくれているのだ、そんな我が間抜けにも宮殿の外で夜空など見てはいられまい、我は戻るよ レグルス」

「お前何しにきたんだ…全く」

結局何をしに来たのか判然としないまま、カノープスは立ち上がり 背を向けて立ち去ろうとする、なんだったんだ…

「しかし…」

レグルスはチラリと倒れる構成員を見遣る、こいつらの狙いが読めない

「いくら誤算だったとは言え、この程度の戦力で攻めてきた意図が見えん、いくら不意をついたとは言え…、これでは勝利も難しかろうに」

マルミドワズに戦力を分散させ そして要所を攻めて混乱させる、その隙に皇帝を討つ?、荒唐無稽だ

師団長一人にあそこまでタジタジになる連中がそんなこと出来ると思わん、それはこいつらとてわかってる筈…、それに あちこちに戦力を分散させる意味がわからない

帝国を混乱させる、と言え意味なら 全戦力をここに集めた方が余程いい、その勢いでこの宮殿に踏み入った方が成果を上げられる筈、なのにそれをせず 分散させた

ここに何か、意図のような物を感じる、帝国全体を混乱させ 思考させないことにより…、本来の目的を巧妙に隠す そんな意図を

「…何を企んでいるんだ、こいつらの目的は一体何なんだ…、こいつらの『勝利条件』とは、一体…」

まさかこの街をまるごと陥せるとは奴等も思ってなんか…、陥とす?

「まさか…」

一つ、思い当たる節がある この戦況も状況も戦力差も、何もかもをひっくり返して、奴等が勝利を収める方法に一つ、それが出来る奴がアルカナ側に居るかは分からん…だが

「これは動いておいた方がいいな」

もしこの予想が当たっているなら、アルカナは狂っているとしか思えない、そしてその狂気によって失われる命は…数千万に登る可能性がある、そうなったら帝国は終わりだ

急いで宮殿の方に引き返し 中に入っていく、奴等もうここを攻めないからな…奴等が攻めるのは恐らく

……居住エリアだ

……………………………………………………………………

「惚けるな、マーガレットは何処だ…、ここに居るのは分かっている…隠し立てするなら、殺す」

両手に大振りのナイフを二本構え 腰だめにこちらを伺う暗殺者 フランシスコ・ハーシェルは問う、マーガレットは何処だと

だが、エリスはその名に覚えはない、マーガレットなんて人物 会ったこともない

「聞く相手間違えてません?、エリスはそんな人知りませんよ」

「まだ惚けるか!」

「なんでエリスが知ってるって前提で話進めるんですか!、というか!貴方ジルビアさんはどうしたんですか!なんでジルビアさんの格好をして……」

「答えないなら…、もう良い!」

刹那、フランシスコの手がブレる…いや違う、振るったんだ 腕を、その手に持つナイフの投擲!、極限集中を用いてなんとか見えるレベルの高速の投擲に咄嗟に反応し、籠手で叩き落とす…が

(これ!、投げたの一本じゃない!?)

ナイフを一つ弾いて漸く理解した、奴の手に握られていた筈の二本目のナイフが無い、どこへ行った?なんて考える必要はない、それもまた投擲されていたのだ

一本目のナイフと寸分違わぬ軌道と位置で 二本目が投げられていた、エリスから見たら一本目のナイフで完全に死角になる位置、一発目を防いで安堵したところに襲い来る本命の一撃が 隠されていたのだ

あの一瞬でこんなに正確に投擲出来るのか…!

「くっ!」

首を逸らして良ければ先程までエリスの額があった位置をナイフが通り過ぎ、エリスの髪を一房切り裂いて虚空へと消える、これが世界一の暗殺者集団 ハーシェル家…!

「ほう、今のを避けるか、存外魔女の弟子とは油断ならぬ物だな…、しかし」

「っ…!いない!?」

ナイフを回避する、その一瞬の隙にフランシスコの姿は影と消えており、その声は今 エリスの背後から…

「手緩いな」

「ぐっ!!??」

キリキリと音を立てて張られる鉄線がエリスの首に食い込む、背後に回り 鉄線で首を絞めているのだ…!、その行動に一切の躊躇はなく エリスの首を絞め上げ窒息するまで離さないという殺意がありありと伝わってくる

「所詮は魔術師、息が出来なければ魔術も使えない、これで終わりだ」

「ぐっ…うぐぅっ!?」

締め上げられエリスの足は宙へと浮かぶ、完全に逃げ場がなくなった、幾らもがいても鉄の糸は切れず 空気を取り言える一分の隙間もない、完全なる絞殺…確かに魔術師相手にはこれが一番だろう

だがな、息が出来なきゃ魔術が使えないってのは少々あれだな、エリスへのリサーチが不足しているんじゃないのか?

(省略詠唱…『風刻槍』!!)

「ん…これは、っ!?」

後ろに向けた手の中から放たれるのは風の槍、本来ならば詠唱を必要とする魔術…だが、エリスは詠唱によって発生する魔力の流れを完全に記憶し その魔力操作で再現が出来る

要らないんだよ、詠唱が!

「ぐぅっ!?、どう言う事だ!?、何故詠唱も無しに…、まさか特殊詠唱の使い手か?」

「ぷはぁっ!ぜぇぜぇ…、さぁてどうでしょうね」

「チッ、ターゲット以外の情報収集を怠った所為か…」

つまり、こいつはアルカナ達とは違いエリスや帝国ではなそのマーガレットなる人物を殺しにきていると?、分からないなぁ

軍部の人間の名前は全て把握しているがそんな人間はいない、軍部以外にの重要な大臣だの要職に就く人間にもマーガレットは居ない、かといって世界最強クラスの暗殺者達が一般人を狙うとも思えないし…、そもそもエリスに聞きにきた理由も分からない

「あの、誰なんです?マーガレットって、エリスこの国の軍部や要職の人間の名は全て把握してますけど、そんな人いませんよ この国には」

「何?…、殺されかかっても惚ける胆力があるようには見えんし、まさか本当に知らない…いや、孤独の魔女の弟子は凄まじい記憶力を持つと言うし、本当にこの国にいない?…そんな筈は、だってマーガレットは…、本当に知らないのか?マーガレット・ハーシェルを」

「マーガレット…ハーシェル、ハーシェルって貴方のお仲間ですよね、なんで殺しにきてるんですか?」

「……まさか!、くっ!やられた!」

何を!?という間も無くフランシスコは踵を返し走り去っていく、まさしく脱兎の如く…って速っ!?

もう見えなくなっちゃった…、ってかあいつ なんでメイドの格好してたんだ?

「ふーむ、旋風圏跳なら追えそうですが…、今は奴に構っている暇はなさそうですね」
 
エリスが今やるべきは襲撃されている街を助ける事、そろそろ帝国軍ね救援が来そうだが…、メグさんと最初に打ち合わせた通り動かないと…

というわけで、今はフランシスコは放置 やるべきは街の援護!

「『旋風圏跳』!!」

足元の芝を吹き飛ばし、屋敷の前から風を纏い飛び立つ 流石は帝国軍と言うべきか、街の中で広がっていた火の手は既に鎮火されており、建物もやや黒染みが残る程度で済んでいる

見かけよりも被害はなさそうだな、っとと! ここら辺でいいかと見定めて、街の中心地である建造物の屋根に乗ると

「大いなるアルカナ!及び魔女排斥組織の皆さん!、エリスはここです!その名を馳せ 己が力を誇示したいならば!、孤独の魔女が弟子たるエリスこの首取って自慢する事をお勧めしますよ!」

叫ぶ、力の限り 街全体に届くように叫びながらエリスの存在をひけらかす、先ほどのオーレルはエリスと見るや否やアルカナに恩を売るため挑みかかってきた、態々手配書のようなものを用意してまで

と言うことは、それは他の組織達にも言えることではあるまいか、と考えたのだが…どうやら

「エリス?エリスだと?、あの魔女の弟子がここに…」

「あんなところにいやがった…、へへへ ちょうどいいや」

「あいつを殺せば報酬はがっぽり貰えそうだ、あんな小娘一人始末するだけなんて 割りのいい仕事だ」

どうやら成功のようだ、エリスの声に反応して まるで岩の下からモゾモゾ這い出てくるミミズのように彼方此方から武器を持った悪漢が現れる

ビンビン敵意が伝わってくる、どうやら アルカナかあるいはマレフィカルムがエリスの首に懸賞金のようなものをかけているらしい

「何が魔女排斥ですか!、くだらない!、貴方達なんか魔女様が相手するまでもありません、弟子であるエリスが全員叩いて潰して切り刻んであげます!、さぁ!かかって来なさい!」

「上等だ…!、我々を甘く見るなよ!」

「魔女の弟子はどんな断末魔を上げるかな!」

「ヒャハー!、鎖で繋いで俺の嫁にしてるー!」

次々とエリスの居る屋根の上へと殺到する魔女排斥連合軍、ここに人が集まっていると知った他の連中もまた 街を襲うのをやめエリスの方へと走ってくる、これでこの戦いの中心地はエリスの居る場所になった…

後はこいつら片付けて少しでも早くこの騒ぎを終わらせる事!それに尽きる!

「真っ二つにしてやるぅぁぁあああ!!!」

「ふっ!」

そうこうしてる間に屋根に登って来た大男が瓦を振り割りながらエリスに向かって突っ込み、その手に持った手斧を振り下ろす、されどそのような大振りの一撃になんか当たってはやらない

くるりと体を回転させ斧を避けると共に、そのまん丸の土手っ腹に一撃 蹴りを入れて屋根から突き落とす

「ぐゃぁぁああああ!?」

「この…!手柄は俺のものだ!」

「いいや俺の!」

「違う!私だ!」

「邪魔するな!」

ワラワラと殺到する連合達の連携は酷いものだ、ただ帝国を打倒する為だけ集められた集団だ まさしく烏合の衆といってもいい、互いに互いの足を引っ張り合いながら少しでも早くエリスを倒そうと迫る

集団戦ならまだまともに戦えただろうが、敵がエリス一人となれば 我先に挑みかかろうとする者達でその数の有利は失われる、こんなものタイマンと変わらない

そして タイマンならエリスは負けない!

「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!!」

「ぬぉっ!?うぉぉぉぉっっ!?!?」

殺到する集団相手に風の大槍を叩き込み その多数を絡め取るように巻き込み屋根の外へと叩き出す

「まだまだぁっ!」

「おい!そいつは俺のだぞ!」

「殺す!殺すぅ!」

「喧しいです!、ひび割れ叩き 空を裂き 下される裁き、この手の先に齎される剛天の一撃よ、その一切を許さず与え衝き砕き終わらせよ全てを…『震天 阿良波々岐』!!」

魔術を連発し迫る敵を叩き出すように戦う、とにかく派手に とにかく目立つように必要以上に大きな魔術を使い 目立つ、するとそれを見た他の組織達もエリス討伐に参加しようと寄ってくるって寸法だ

「避難は…進んでいるようです、…ねっ!!」

「がぼがぁっ!?」

背後に忍び寄る敵を蹴り落としながら周りを見れば、エリスの意図を理解してくれた帝国兵達が次々と逃げ遅れた人達を救助していく、一瞬しか見えないが メグさんも時界門を隠ししてまるで栗でも拾うかのようにポンポンと民間人を穴へと放り込んでいくのが見える

「よーし!エリスも頑張りますか!」

「ぬぅあっはっはっーー!、雑魚を倒して随分いい気になっているな!魔女の弟子ぃ!」

「むっ…」

するとエリスに群がる雑魚どもを一撃で弾き屋根の上に屹立するは鎧を着込んだ大男、味方であるはずの そして今は邪魔者の連合を吹き飛ばし 得意げにそいつは笑う…

どうやらこいつは、他の雑魚とは格が違うようだ

「俺の名はムッカ!!、『大牛男』のムッカ様だ!ぅわあははははは!!」

なんか変なの来たぞ…、ムッカと名乗る男は白と黒のブチブチの鎧を着込み 頭には一本の大きな角が取り付けられた兜を取り付け 誇らしげに振り回している…

大牛男か…、だがフォルムだけで言うなら どっちかというとカブトムシ…

「喰らえぃ!、必殺!『デスマタドール』!」

「なぁ!?ちょぉっ!?」

いきなり角を構えて突っ込んでくるムッカの頭突きを跳躍で回避すれば エリスの立っていた場所、その瓦をガリガリと削り飛ばしていくではないか、凄まじい威力の突進!こいつ見た目はバカだが実力はバカに出来ないぞ!?

「見た目の割に強いですね!貴方!」

「無論!俺は魔女排斥組織 『ムッカ・コリーダ』のボス!つまり俺は強いのだ!ぬはは!さぁいつまで逃げられるかなぁっ!」

こいつ 魔女排斥組織のボスだったのか、そりゃそうか 集められたのは人ではなく組織、ならその分組織のボスも混ざっている…、そしてそいつは普通の構成員の何倍も強い!

「死ねぇ!『デスマタドール』!!」

「くっ!」

凄まじい威力の突進を何とか回避しながら転げ回る、すると 別の人間が屋根の上まで登って来て

「ぷ~くぷくぷくぱちぱちぃ!、飛んで火に入る夏の虫とはまさしくこの事!、この『毒泡』のプッチの妙技で絡め殺してやる!」

「やっちまってください!ボース!プチプチプチィ~」

今度は全身を泡で包んだ変態男が現れる、プッチと呼ばれる男を応援するように 同じく服の代わりに泡を纏った変人達がボスと呼ぶ、あの変態もこの牛男と同じで組織のボスなのか!?

「喰らえ!『アシッドバブル』!!」

「あわわっ!」

詠唱と共にプクプクと緑色の泡を口から吹き こちらに飛ばしてくるプッチ、口から出る泡とか気色悪くて咄嗟に避けると、泡の当たった瓦がブスブスと音を立てて溶け始める

この泡…酸か!

「プクプク…、この泡でお前と言う汚れを洗い流してやろう」

「その笑い方やめてください!気色悪い!」

「余所見をするな!『デスマタドール』!」

「ええぃ!邪魔ー!」

泡のプッチと牛のムッカ、二人の組織のボスがエリスの居る屋根の上で暴れまわる、二人とも連携をする気は皆無らしく お互いの事なんか構う事なく攻撃を仕掛けてくる

互いに気にしないからこそ、今はそれが厄介なコンビネーションとして機能して…

「ふふふ、どうやら我が主戦場はここのようだな…」

「また来たぁ!」

変人のおかわりだ、続いて屋根の上に上がって来たのは騎士の甲冑を身に纏った男、ただそれだけならば格好のいい騎士で成り立つのだが…

「ヒヒーン!この『人馬一体』のカヴァーロ様がお前を穿とう!」

彼の身につけている兜が馬の頭の形をしているんだ、おまけに手に持つ槍は人参型…、魔女排斥組織は変態集団なのか!?戦ってるエリスが恥ずかしくなって来たぞ!

「騎士とは馬と一体になればなる程強くなる!、即ち!事実上の馬である私は無敵だ!」

「どこが馬ですか!貴方!」

「ここがだぁっ!『人馬一体撃』!!」

飛び込むような形で馬上槍を突き掛かってくる、上空から迫り来る刺突 それは奴の体重全てが乗っており、避けていなければ穴が開いていたのは屋根ではなくエリスの体だったろう

「ぬぅん!小癪な!『人馬一体撃』!」

「うぉおおおん!、『デスマタドール』!!」

「ぷくぷくパチパチ!、『アシッドバブル』ぅっ!」

こいつらは確かに強いが一人一人ならなんとかなる、だが波濤の様に攻め来る攻撃でより大きな攻撃力を得ているのだ、牛男のムッカによる横からの攻撃 馬男のカヴァーロによる上空からの攻撃、そして泡人間のプッチによる面攻撃、これが上手い具合に絡み合い絶妙に隙を消しているんだ

「どうしたどうした!この程度か!魔女の弟子ぃ!」

「ぷくぷくー!、溶かし尽くしてやるぅ!」

「ひひーん!、ブロロン!我は人にして馬!」

だが、だが…だ

それでもこいつらのこれは連携ではない、アルザス兄弟のような三位一体の攻撃もアグニスイグニスのような連撃も繰り広げてこない、ただの数の優位による攻めなのだ…、こんなものに今更負けるエリスではない

「逃げてばかりか!」

「なら…逃げるのをやめましょう」

「むっ!?」

果敢に攻め来るムッカの突撃を前にクルリと反転し 両手を広げて受け止める姿勢を取る…

「バカが!串刺しにしてやる!『デスマタドー…』

「『アシッドバブル』!っておい!」

「んぉっ!テメェ!俺を殺す気か!」

「バカ!前見ろ前!」

「え?…」

一瞬だ、ただ一瞬だけ ムッカが自分の進行方向に飛んできた泡に怒りよそ見をしてしまった、当然その間も彼の突撃は止まることはなく 無防備にエリスの元まで進んでいく

突進とは、激突するその瞬間まで気を抜いてはいけない、だって 『頭』という人間にとっての最大の急所を 相手に差し出している形になるのだから

「『煌王火雷掌』!!」

「げぶぅぁっ!?」

振り下ろす、丁度エリスの手元までやって来たムッカの頭目掛けて、炎雷の拳を叩き込みその角の生えた兜が砕け ムッカの頭は屋根へとめり込み、自慢のツノだけがクルクルと宙を舞う

「ひひーん!、所詮は牛男!この程度よ!だが私はそうはいかん!なぜなら私は馬…」

「『旋風圏跳』!!」

倒れたムッカを笑う馬男のカヴァーロ目掛け、打ち込む風の拳が捉えるのは、先ほどの牛が倒れた時に宙を舞った角だ、角と言っても兜に取り付けられていた鉄の塊、それが風に飛ばさ超高速で飛来すれば…、どうなるかなどいうまでもない

「ぎゃぶぃっ!?この私が落馬だとぉっ!?」

大砲の様に飛んできた鉄の塊の直撃を受け、カヴァーロの鎧は砕け 本人もまたクルクルと吹き飛びながら向こうの家の壁へと突き刺さる…、おお 丁度いいことに例の馬の兜だけは空中に残っているではないか

これを使おうと走り出し、馬の頭型の兜を掴む

「ぷく~!!邪魔者がいなくなったな!、これで一対一!邪魔も入らん!、死ね!『アシッドバブル』…」

「それは見飽きたんですよ!!」

「ぷぐゅう!?」

奴の口から泡が放たれる前に、掴んだ兜をプッチの頭に振り下ろし 無理矢理被せる、するとどうだ 彼の口から放たれる泡は兜の中に押し止められ瞬く間にプッチの頭は泡だらけになる

「ぷくぷくぷく!?み 見えん!前が見えーん!?」

どうやらこの泡は本人の体は溶かさない様だ、まぁ その方がエリスも後味がいいし、何よりこの手でぶっ飛ばせる、前が見えずもがくプッチに静かに手をかざし…

「『火雷招』!!」

「ぐぎゃぁぁぁあああああ!!!??」

弾けるは泡か雷か、爆裂と共に生のプッチは焼きプッチに早変わりしクルクルと回転し街の噴水へと落ちていく、泡にはそこがお似合いだ

「う 嘘だろ、ボス達が揃ってかかったのに、傷一つつけられねぇなんて…」

「バケモンが…」

「ど どうする?…」

「どうするって、どうするよ」

目の前で実力者たるボス達が次々と撃滅され、最早戦意喪失した構成員達は屋根から降りつつ互いに目を見合わせる

お前行くか?、いやいや俺は そんな無言のやりとりが聞こえて来そうな空気に、一喝 足元の瓦を踏み割り

「次、誰が地獄に落ちたいですか?」

「ヒッ…!、も もうやーめた!馬鹿馬鹿しいぜこんなの!帝国兵の相手だとか魔女の弟子の相手とかやってられるか!!そこらの空き家から金品盗んで逃げるぜ俺は!」

「あ!狡い!待てや!、まぁいいや!俺もこの戦功なんかいーらね」

「お 俺も俺も!、あんな奴の相手してられるか!、とっととウチのボスと合流しようっと」

「あ…、やべ」

脅し過ぎた、別に彼らはここで命を張らなきゃいけない立場にない、その気になればコロッとアルカナを裏切り 手短な住居の金品奪ってトンズラこくって選択肢もあったんだ

しまった、彼らの汚さを侮っていた…

「ちょっとー!、エリスの首いらないんですかー?」

「くれねーもんはいらねーよ!」

最もだ、そうこうしてる間に魔女排斥組織達は再び街の方へと散っていく…、まぁ 避難の方は終わったみたいだし、どうせ逃走経路も全部塞がれてる、逃げ場がない中を彷徨ううちに 帝国の本隊がここに到着するだろう

そうなれば終わりだ、なら エリスもこんなところで注意を引かず 少しでも奴らの数を減らす方にシフトした方が…

「ん?…」

ふと、逃げていった魔女排斥組織達の中で一人 この屋根の上に残っていた人間の存在に気がつく…

「貴方は逃げないんですか?」

「ええ、こんな強者を前に逃げ出すなんて…勿体無いことはしませんよ」

それは 身の丈程の大槍を抱えた糸目の…いや、目を閉じた黒髪の女だ、傭兵の様な皮の鎧に身を包んだ彼女は、屋根の上にあぐらをかきながら まるでエリスと二人きりになれるのを待っていたかのようだ

「……む」

その女から漂う気配に エリスはや認識を変える、この女強いぞ…

さっきの変態集団とは明確に違う、アルカナ幹部…それも上位メンバー級の実力者だ、相当やるようだ

「次はどんな変態が出てくるかと思ったら、存外普通なんですね、何者ですか?貴方…」

「私ですか?、私はアルテナイ…、 『逢魔ヶ時旅団』の第七幹部…、明槍のアルテナイ、孤独の魔女が弟子エリスとお見受けする…、いざ勝負を」

「…アルテナイ、逢魔ヶ時旅団?…何処の誰か知りませんが、どうやら貴方は他の奴らよりも優先して倒さねばならないようですね」

砕けた瓦を踏みしめ構えると、呼応するようにアルテナイもまた 立ち上がり、槍を深く構える…

黒煙立ち上る宵の街の屋根の上で、両者が睨み合い…


カラリと屋根から砕けた瓦が地面に…落ちた


「はぁっっ!!」

「フッッッ!!!」

揺れる、屋根が大きく衝撃に揺れる、アルテナイの槍 エリスの籠手がぶつかり合い火花が散る、ほんの一瞬の攻防の果てにぶつかり合った二つの力は尚も拮抗し ギリギリと音を立てて、今度は二人の足元の瓦が弾けて下に落ちていく

「なかなかやりますね、貴方」

「そちらこそ、…魔女の弟子とは伊達ではなさそうです、くく…くくく、胸が踊る 血が滾る 腕が鳴る、礼を言いますよ 雑魚ばかりで辟易としていたところなんです」

「は?…っ!?」

ふと、アルテナイがやってきた方向に目を向けると、そこには数多の死骸が並んでいた…、魔女排斥組織達 帝国兵、どちらも胸を貫かれ 首を切り落とされ、死神の行進の跡のようなそれを尾にひいて彼女の後ろに延々と続いている

やったのか、こいつが一人で 敵も味方も殺し尽くしてここに…、歩く災害みたいな女だな!

槍を構え、穂先を光らせ、まるで死神のような笑みを見せながらアルテナイは笑う

「さぁやろう魔女の弟子、これは私とお前の戦争だ…!」

ニィと口を割きながら女は笑う、エリスにはそれが 修羅が牙を剥いているように見えましたよ…、こいつ なにもかもが別格だ


……………………………………………………………………

「ありがとうございます!帝国のメイドさん!ありがとうございます!!」

「うわぁーん!、ママぁー!」

「いえ、当然のことをしたまででございます」

家の中で怯え縮こまっていたまだ幼い男の子と身重の母親を時界門で帝国秘匿シェルターへと避難させ その礼に帝国従者長…メイドのメグはカテーシーで答える

これで街の避難はおおよそ終わりだ、エリス様が一人で戦ってくれていたから こちらは存分に救助と捜索が出来た、もう救助者がいないのなら 私もエリス様の援護に行った方がいいだろう

いや、既に聞いた話では師団長達が居住エリアの出入り口の封鎖を行っているようだ、師団がここに踏み入れば後は消化試合、無理に戦う必要はない エリス様も避難させよう

「では、失礼します」

踵を返し、先程の親子が隠れていた家の中に通じる時界門を潜って静寂な家の中に戻り…少し考える

聞いた話によると、帝国兵にも少しだが被害が出ているという…、なんでもかなりの槍の使い手が紛れ込んでいるようだ、帝国兵を相手に一方的に戦うほどの 凄まじい腕の持ち主だと

それにまだアルカナ幹部も姿を見せていないし、…敵の狙いは不透明だ、まぁ 何にせよ

「陛下の敵は皆殺しにするまでですが……っ!」

そこまで呟いてメグは咄嗟に、なりふり構わず地面へと屈み回避する、その瞬間メグの首があった地点でキュッと音を立てて鉄糸が空を切る

鉄糸のトラップだ…、あのまま無防備に立っていたら 鉄糸に絞め落とされていた

「随分手の込んだ悪戯でございますね…」

「チッ、外したか…相変わらずだな」

ピクリとメグの耳が動く、暗い家の中から聞こえたその声に 聞き覚えがあったからだ、確か この声は…

「フランシスコ?」

「そうだ…、覚えていたか 裏切り者のマーガレット」 

暗く闇に閉ざされた家のキッチンから、指に絡めた鉄糸を外しながら現れるのはメイドだ、白と黒の目立つ格好をしたメイドが 殺意を剥き出しにしながら笑う…

奴の顔には覚えがある、フランシスコだ…フランシスコ・ハーシェル 、ハーシェルの影 二十三番、つまり この世界最強の殺し屋集団の一人ってことだ

マーガレット…か

「はて?、マーガレット?誰のことでございましょうか、私は帝国従者長のメグ・ジャバウォック…人違いでは?」

「人違いな訳がないだろう…、今の鉄糸を気配と感覚だけで避けられる奴がただの従者なもんか、お前はマーガレットだ…マーガレット・ハーシェルだ、探しだすのに苦労したぞ、まさか名を変えていたとは…父から賜りし祝福の名を」

「ふむ、聞き分けのない人でございますね…」

手にナイフを構え、怒りに震える手で己の顔を触るフランシスコ、その身が纏う殺意は燃える炎のようにメラメラと瞳で燃えている、よほど私を恨んでいるようだな、まぁ 無理もないか

「何故だ、マーガレット」

「私はメグです」

「何故!父の期待を裏切った!、私達ハーシェルの影の中で最も期待されていたお前が!何故父を裏切り 父の仇敵である魔女の従者をやっている!!、我等はハーシェルの影!父の為生き 父の為殺し 父の為死ぬ!それが我らの使命の筈だ!それをお前は…お前は!!!」

はぁ、相変わらず二流だなこいつは、仕事は出来るが仕事しか出来ない…機転も効かない要領もない、自らの頭で考えることをせず 言われたことだけでしか思考できない、二流だよこいつは

相手をしていると疲れるな、こいつの前でなら 少しは姿勢を崩してもいいかと髪をかきあげながらあからさまに大きく一つ ため息をつく

「はぁ、…フランシスコ 貴方は本当にバカですね、その頭の中には何が入っているんですか?」

「何を…っ!!」

「父?、まさかジズ・ハーシェルの事をそう呼んでいるんですか?貴方は」

「我らハーシェルの影の父は一人のみ!、父にして主 ジズ・ハーシェルを置いて他にいない!、そして…お前にとっての父でもある!、お前は親の期待と愛を裏切ったクソ野郎なんだよ!」

「馬鹿馬鹿しい、ジズ・ハーシェルは父ではありませんよ、私にとっても貴方にとっても、アレは親ではありません 親の仇なんですよ、それを忘れたんですか?」

空魔ジズ・ハーシェルは自らの組織を家族と呼び 弟子であり部下でもある娘達を子供と呼び 自らを父と呼ばせる、ただ 呼ばせているだけだ…本当の父ではない

私の父も母も フランシスコの両親ももうこの世にはいない、ジズが殺したんだ、そしてジズは自分が殺した奴の子供を証拠隠滅の為連れ去り 序でに洗脳して手駒にして使い潰す為自らの技術を教え与えているだけなんだ

奴は自分の跡取りを作る為娘を育てていると嘯いているが、とんだ詭弁だ 奴は誰かに自分の座を譲るつもりはない、私達は最初から奴にとっての消耗品に過ぎないのだ そんな事にも気がつかないのか、こいつは

「違う!私の父はジズ・ハーシェルただ一人!私はジズ・ハーシェルの二十二番目の娘だ!、それ以外の何者でもない!!」

「哀れですね、まぁ 結局何が正解とは言いませんよ…、ただ 私は気がついただけです、私から両親と姉を奪ったあの男に、殉ずる必要は全くない、殺し屋を続け先に未来はない」

「未来?未来だと!?燻んだなマーガレット!、我等はただ殺すのみ!未来など望みやしない!」

「いいえ違います…、違いますよ フランシスコ」

スカートを摘み 煽るように頭を下げる、それはお前達似非メイドでは出来ぬ 真なるメイドのみが出来る、完璧なカテーシー…これは私が殺し屋ではなくメイドたる象徴

「この世に生きる全ての人間は、未来へと歩む権利がある…陛下は私にそれを教えてくださった」

「はっ、…暗殺対象に絆されて洗脳されたのはどっちだ、…父はお怒りだ お前を殺せと仰られた、父が死ねと言った相手は死ななければならない、故に」

フランシスコが構える 二本のナイフ、懐かしい構えだ、ナイフ一本じゃあ不足だものなお前は…

「死ね、マーガレット」

「いいえ、私はメグ…主人より死ぬ許可が出ていませんので、死にません」

エリスとアルテナイの激突とほぼ同時刻 、別の場所にてぶつかり合う二人のメイドは、静かに 静かに…睨み合うのであった

………………………………………………………………

各地で交錯する思惑を他所に、居住エリアのど真ん中を悠々と歩く影がある

「ふぁあ~、ねむ~い」

魔女排斥組織と帝国兵の激戦が繰り広げられる市街地を、呑気にあくび混じりに歩くのは、眠そうに目を擦る男、頭に被ったナイトキャップが特徴的な彼の名は

ヘエ、大いなるアルカナ No.17星のヘエ、アルカナに五人しかいないといわれる最上位の切り札アリエでもある彼は、呑気にトボトボと戦闘に参加せず歩く

「昼寝しちゃおうかな、ああ…でもその前に仕事しなきゃだよね、うん」

彼が戦闘に参加していない理由は二つある、一つは彼が仕事を任されているからだ、故に戦闘をする必要はないとタヴにも言われている

なにせヘエが担う役割は、この計画の本命なのだ

魔女排斥組織連合による帝国首都電撃作戦…、否 この計画の本来の名は

「マルミドワズ墜落計画か…、くふふ 上手く行ったらさぞ痛快だろうなぁ」

この空に浮かびあがる都市の中、恐ろしいことを口走るヘエはふと、背後を見る

…彼が戦わない理由は二つあると言ったが、そのもう一つの理由をあげるとすると、それは至極簡単

「ほら、早く止めないと大変だよ?」

背後に向けて声をかける、そこに広がるは阿鼻叫喚の地獄

ヘエが通った後にすさまじい数の帝国兵が倒れ地面にめり込み、建造物はまるで上から巨人に踏み潰されたかのようにぺしゃんこに潰れている、彼の通った後に 彼の頭より上にある物は存在しない

彼が戦わない理由は一つ、生半可な相手じゃ勝負にもならないから…、アルカナ最強のアリエの一人を帝国兵程度には止められない

「…あぁ、そう言えばこの国にいるんだったなぁ、あのメイドとエリス、魔女の弟子が」

ふと、思い出したようにペロリと舌舐めずりをするヘエは思い起こす、以前僕に苦汁を舐めさせたあのメイドと、アルカナに散々喧嘩を売ってきたエリス、その二人が丁度この街にいるんだ…

折角なら、この街を落として全員殺す前に、その二人をボコっておくのも悪くないか

にししと笑いながらヘエは顎に手を当てる、さぁて…二人はどこにいるのかな、と
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