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八章 無双の魔女カノープス・後編
254魔女の弟子と最後の国
しおりを挟む「こうやってしっかり見るのは初めてですね、メグさんのお家って」
マルミドワズに存在する居住エリアの一角、巨大なキューブの中にいくつも乱立する街の中でも特に大きく栄えていると言われる一番街、大通りの脇にある横道に逸れた先に際立って巨大な屋敷がある
それこそ皇帝陛下直属の従者隊を率いるメイド長メグ・ジャバウォックの住居である、陛下はメグをどこまでも可愛がっており 差し当たって与えた住居の凄まじさたるや筆舌に尽くし難い
全ての部屋 廊下に帝国の最新技術が詰め込まれており、魔力を動力源とした魔装が埋め込まれている為灯りはスイッチ一つで点灯し、床も常に暖かく なんと個人用の浴槽まで完備、一般的な非魔女国家の住居とはまるで様式が違う
こんな凄い家なのにメグさんは、普段は朝から晩まで皇帝陛下の側に支えこの家には殆ど帰っていないと言うのだから勿体ない、まぁ一人で済むにしてはかなり…いや凄く寂しい大きさではあるのだが
「すげぇな、アルクカースとは何もかもが違うぞ」
「ああ、技術革新が巻き起こっているデルセクトでも…、ここまでの住居は構えられまい」
そんなメグさんの家にお邪魔するのはエリスとラグナとメルクさんの三人だ、カノープス様の魔女裁判を乗り切り その後作戦会議をする為こうして仮のアジトとして貸し出してくれているメグさんのお屋敷に三人揃って案内されたのだ
一応エリスは三日間この家に泊まっていたのだが 寝ていた時の記憶はないし、ラグナ達もメグさんの家ではなく帝国の兵舎を仮に使っていたようだ、一応裁判を控えた身だったから言うほどの自由はなかったようだ
まぁそれも今日まで、裁判にて無罪を勝ち取った以上帝国がエリス達の行動に文句をつけることは無いらしい
なので今日からエリス達魔女の弟子は揃ってメグさんの家にお邪魔することとなった、一気に五人転がり込んでも問題ないくらい広いとは言われていたが、…うん 設備も広さもコルスコルピで使ってきた屋敷を遥かに上回る程だ
「エリス様 ラグナ様 メルクリウス様、どうぞこちらに お席とお茶をご用意してありますので」
屋敷に入るなり呆気を取られるエリス達を導くようにこの家の主人であるメグさんは片手を上げてダイニングまで先導してくれる、この家はメグさんの物なのに メイド服は脱がないようだ、
「あ ああ、ありがとよメグさん」
「いえいえ、後メグ『さん』はやめてくださいませ?ラグナ様」
「え?、いやでもメグさんは俺の友達だしメイド扱いは…」
「いえ、私ラグナ様より年下ですので、私エリス様の一個上なので」
「あ…そう、じゃあメグもラグナ『様』ってのやめてくれ?」
「ダメです、メイドなので」
「どゆこと…」
席に着いたラグナにメグさんは何処からか取り出した紅茶を差し出し一礼する、…年齢が上だからさん付けはやめてくれ…か、確かにメグさんはエリスの一個上、エリスの二個上のラグナは年上ということになる
けど、そんなもんか?ラグナもまぁ直ぐに受け止めてはいるが…
「はい、メルクリウス様」
「ありがとう、これはメグが淹れたものか?」
「勿論でございます、私お茶淹れるの得意なんです、メイドなので」
「そうか、いや 皇帝陛下のメイドとは聞いていたが こうして見ると本当にメイドなんだな」
「伊達や酔狂でこのような格好をしているわけではありません、あ エリス様もどうぞ」
ありがとうございます と軽く挨拶をしてメグさんの紅茶を一口、やや温い気もするこれなら一気にググイッと行けそうですね
そしてメルクさん?さっきから何エリスの事をチラチラ見てるんですか?、もしかしてエリスを伊達や酔狂で従者服を着込む人間とか言いたいんじゃ無いですよね、言っときますけどアレは貴方が着せたんですからね
「さて、落ち着いて話せる場は整いましたが…、これから如何しましょうか」
「そうだな、準備諸々はメグさんに任せていいんだよな」
「はい、お任せを…陛下のメイドとして完全なる仕事をお約束しましょう」
「なら…、今欲しいのはオライオンの情報かな」
するとラグナは一口で紅茶を飲み干し 腕を組む、物はメグさんが整えてくれる、なら次に必要なのはこれから向かうオライオンの情報だろう…
「この中で、オライオンに行ったことがある人間は?、ちなみに俺はない」
「エリスはありません、これから向かう予定でした」
「私も無いな、彼処には用が無いしな」
「私もございません、メイドなので」
メイドはあんまり関係ないと思うが、この中でオライオンに行ったことがある人間はいないようだ、多分アマルトさんもナリアさんも無いだろう
となると エリス達にとって彼処は完全初見の地という事になるな…、と エリスが顎を撫でた瞬間
「しかし、情報ならございますよ?、この様な事もあろうかとこのメグ、オライオンの情報を全て調べ上げておきました」
「ま マジ?、あんた凄いんだなメグ…」
「ええ、凄いですよ?と言うわけで始めますか…、オライオンの勉強会を」
するとメグさんは時界門から暖簾を取り出し、『オライオン大勉強会』なる物を掲げ徐に壁に貼り付け始めるのだ、あんなものまで用意しているとは…いつの間に
いや、もしかしたらあの戦いが終わった時点で次の目的地がオライオンになる事も、エリスについて行く事も 全て理解して調べていてくれたのかもしれない、本当に有能な人だ
「皆さーん、これよりオライオン大!勉!強!会!…を始めてまいりますはい拍手~」
「…エリス、メグさんってこんな感じの人なのか?」
「こんな感じの人です、可愛い人なのでウザがらず付き合ってあげてください」
パチパチとラグナと一緒に拍手しながら苦く笑う、メグさんはこう言う人ですよ、ノリと勢いで生きてる人ですからね、オマケに楽しい事が大好きなので堅苦しいよりこう言うオッペケな状況の方が彼女もやりやすいんでしょう
そっか これから一緒にやってくんなら楽しい方がいいか、とラグナも理解したのか笑ってくれる
「さて、皆さん オライオンについて知っている事はどのくらいでございますか?」
「ふむ、外から聞き及ぶ話なら敬虔なテシュタル教徒の国…、と言うくらいしか聞かないな」
メルクさんの言った事はオライオンを言い表す上でこの上なく的確な言葉だろう
エリスも旅の中で何度か出会った事のある『テシュタル教』、星神王テシュタルが地上に与えた教えを守り生きる人達により形成される国 それが一大宗教国家オライオンだ
『善を尊ぶべし』『悪を決して許容するべからず』と善悪感に関する教えから『食べ物はなるべく加工せず食べる方がいい』とか生活に密着した教えを守っているらしい
「はい、オライオンはこの世界における最大の宗教『テシュタル教』の総本山でございます、星神王テシュタルなる人物が残したと言われる『星神大聖典』に記された記述こそを全てとする国でございます」
「へぇ、星神大聖典…、って何?」
「こちらに写しがございます、読みますか?」
と言うなりメグさんが時界門から取り出し机に乗せるのはもうとんでもなく分厚い一冊の本だ、タイトルはまさしく『星神大聖典』…これが
「いやブ厚っ!?オライオン人はみんなこれ読んでるのか!?」
「はい、空いた時間で何度も読み返しているそうですよ?」
「すげぇ国だな、…エリス 読むか?」
「何でエリスにパスするんですかラグナ?、まぁ読みますけど」
一目見て読破は無理だと諦めたラグナはスススッとエリスの前に聖典をエリスにパスしてくる、まぁこのくらいの厚さなら数分で暗記出来るからいいんですけどね?…、暗記しておけばオライオンでの旅に役立つかもしれませんし
「あと何か知ってる事はありますか?」
「ああ、それならエリス聞いたことありますよ?、確かスポーツ大国なんですよね」
この騒動が起こる直前にフリードリヒさんから教えてもらえた情報によると、何でもオライオンは世界一のスポーツ国家らしい
テシュタル教の教えの一つ『健全であれ』と言う教えを守るため、心身の健全化の為全国民が何かしらのスポーツを嗜むらしい、宗教国家だからこその熱の入り方とでも言おうか?
するとラグナが首を傾げて…
「ん?スポーツ国家ってのは初耳だな、でもオライオンってあれだろ?、全員が敬虔な教徒でろくすっぽ戦争も起こらないから国民みんな揃ってヒョロガリの軟弱民だって アルクカースじゃ有名だぜ?」
すっごい偏見ですね、まぁアルクカースから見りゃ大体の人間は貧弱軟弱に見えるでしょうけども、するとメグさんは首と手をブンブン振り回し
「軟弱?とんでもない、彼処は幼い頃から常に体を動かすことを美徳とする国ですよ?、国民全員屈強です、そもそもオライオンはアルクカースに並ぶと言われるほど険しい環境にある国 そこにいる人間が弱いわけありません」
「え?、俺の国と同じくらいヤバい環境なのか?」
「ええ、一年を通じて雪が降り続け 氷が決して溶けることがない永久凍土としても有名です、その寒さはエトワールを上回るとも言われており、そんな国に住んでる人間が軟弱で居て言い訳が無いのです」
「えぇっ!?寒いのぉっ!?俺寒いの苦手ぇっ!」
エトワールよりも寒いって相当だぞ、彼処も結構な寒さだったし 場所と格好によっては命
に関わる程の寒さだった、そこ以上となると…生半可な覚悟じゃ外にも出られないだろう
差し詰め灼熱のアルクカース 極寒のオライオンとでも言おうか、アルクカースとは真逆の環境ではラグナもやり辛いかもしれないな
「故にオライオンでは諍いごとをスポーツで解決する風習もあると言われています、ラグナ様は随分鍛えているようですが スポーツの経験は?」
「無いな、でも一回コルスコルピのスポーツ大会に出場したら一発で出禁になった」
「あれは凄かったな、ラグナの身体能力が凡ゆるルールを超越してしまったが為にあの試合は無効になったのだったな」
懐かしい、あれからラグナは一部界隈で『裁定砕きのラグナ』なんて呼ばれたんだった、でも数合わせの助っ人としてラグナを呼ぶ方にも問題があった気がするんだが…
「そうでしたか、因みに私もスポーツは得意でございます、見せますか?メグ魔球」
「いいよ遠慮する、それより…オライオン人はみんな屈強ってことは…」
「ええ、当然オライオン軍…いえ、オライオン神聖軍もまた屈強でございます、特にテシュタル教の敵となる異端者を排除する『邪教執行官』達は 全員が凄まじい強さだと聞きます」
邪教執行官…、テシュタル教の教義を否定及び拒絶する異端者達に対して神の裁きを加えることを許可された集団、全員が幼い頃より鍛え続けた事により凄まじい肉体強度を誇るオライオン神聖軍の中でも随一の戦闘能力の高さを持つ彼らは帝国さえも一目を置くほどだとメグさんは語る
何とも恐ろしい奴らだ、出来れば敵対したくは無いが 残念ながらエリス達がオライオンに踏み込む時点で彼らと凌ぎを削るのはほぼ確定、覚悟しておかないとは
「へぇ、強いのか…ワクワクするぜ」
「しないでください、邪教執行官の他にも恐ろしい奴らはわんさかいます、特に恐ろしい敵対者となるのは、この四名でしょう」
するとまたまた何処からともなく用意するのはいくつかの紙を繋ぎ止めた冊子だ、この字体はメグさんのものだから多分メグさん自身が纏めた情報なのだろう、まぁそこはいい
目を引いたのはその冊子に書き込まれた情報…、その一文の名も
「『教国四神将』…?」
「はい、代々教国オライオンは最も魔女様に近しい力を持つ者を神の守護者たる聖人として祭り上げると言う決まりがありまして、簡単な話が魔女大国最高戦力…、オライオンにおける三将軍のようなものでございますね」
グロリアーナさんやタリアテッレさんなどの最高戦力、帝国における三将軍のような地位をオライオンでは『神将』と呼ぶらしい、なるほど最高戦力か…
「四人もいるんですね」
「はい、これはかなり異例な事であり代々先代神将を超えた人間が次の神将になると定められており、歴史上を見ても神将は常に一人しか存在していなかったのですが…、どうやら今代は四人もいるようです」
「四人も?、先代が余程弱かったのか?」
「そんなことはないかと、かつてはアルクカースのデニーロ様や帝国のマグダレーナ様と肩を並べたと言われる強者であったと聞きます、まぁもうかなりの老齢なので衰えてはいるでしょうが…それでも弱いということは断じてありません、事実今のオライオンは歴代最強のメンバーが揃っているとも言います」
「デニーロと?、そりゃあ半端じゃねぇな やっぱ強いのか」
「はい、屈強な神聖軍の中でも際立って強く、四神将の実力はポルデューク大陸随一、少なくとも師団長を超えており アルクカースの討滅戦師団の団員と互角…と帝国は見ております」
「師団長を超えている…、あれ以上か」
「討滅戦師団とねぇ、その文言は面白くねぇが…、マジで討滅戦師団クラスだとするとヤベェな」
師団長と戦った事のあるメルクさんは慄く、四神将が全員師団長以上の実力を持つのか…と、聞けばメルクさんは師団長相手にかなりの辛勝であったとも聞く、エリスも真っ向勝負では一人倒すのがやっとだ
そして、その実力は討滅戦師団クラスと…、エリスも一度討滅戦師団とことを構えたことがあるからわかる、あのつ強さは異常だ
かつて銀閃のリオンさんと王位継承戦で戦ったが、当時は手も足も出なかった、今でも勝てるかは怪しいほどだ、それが今回は四人も立ち塞がると…
戦えば 間違いなく熾烈な激闘になることは間違いないだろうな、出来れば避けて通りたい壁だ
「そのメンバーの詳細はこちらに、どれもこれもオライオンの歴史に名を刻む者達ばかりです」
そう言いながら冊子の中にある名を指差していく、全員の名前と風貌に関する情報、そしてその者が持つ逸話まで事細かに書いてある
教国オライオンを守りし最強の剣にして最硬の盾 四神将…
まず一人目、罰神将『ベンテシキュメ・ネーメア』、邪教執行長官の地位を任される女剣士、全身に凄まじい数の古傷を刻み 葉巻とスカーフェイスが特徴とされており、テシュタルの教義を守らぬ者を厳しく罰する最悪の断罪者
彼女の風貌と名はオライオンでも恐怖の象徴として語られ、街を歩くだけで皆が神に祈るとさえ言われている
また、スキーの達人でもあるらしく、遥か彼方まで逃げた異端者に瞬く間に追いつきその首を跳ね飛ばしたなど逸話に事欠かぬ人物、駆け抜けるその姿からつけられし二つ名は『炎毛金爪の雪兎』
二人目は守神将『トリトン・ピューティア』、教国宣教師団の団長を任される優男、メガネと羽飾りが特徴的であり オライオン随一のイケメンと冊子には書かれている、また宣教師の傍 監獄の看守長も務めているとの噂あり
教国一の美貌から繰り出される宣教の言葉は凄まじく、異性同性問わず引き寄せ神の教えを吹き込む天性の宣教師、あるいは詐欺師
また、寒冷ベースボールの天才とも知られ、5歳から投手としてマウンドに立ち今日この日まで千度も試合に臨みながら一度しか敗北したことがなく、生涯に八の失点しか刻まず、完全試合十六度 完封勝利四十九度、本塁打は五百近く放っているという化け物選手として現在人気沸騰中
三人目は歌神将『ローデ・オリュンピア』、教国聖歌隊の総隊長を務める聖女、華奢な体に似合わぬ巨大な十字架を常に背負っていると言う異様な風貌が特徴、噂ではかつて大監獄に投獄された経験もあるらしい
数千人いる聖歌隊の頂点に立つだけありその歌唱力はポルデューク大陸でもトップクラス、あのエトワールでさえも彼女を凌ぐ歌い手は片手で数える程度しかいないと言われる
また、見た目に似合わずハンマー投げ・円盤投げ・パワーリフティングの麒麟児として名を轟かせる剛力無双の戦士でもある、彼女が打ち立てた記録の数々は屈強な大男達を絶望させるに足る程であったと言う、が…それもとある人物に全て打ち破られてしまったらしい
「なんつーか、本当にみんなスポーツやってんだな…」
「ああ、後でアマルト達にも共有してやらねばな」
エリス達は四神将の情報を見てなんとなく思う、全員凄い人達なんだなぁと…、全員やっているスポーツで輝かしい成績を残している、そしてそれが戦闘にも活かされている
オライオン神聖軍は全員がこうなのだ、全員が幼少期からスポーツをやっており 全員がスポーツマンなのだ、その中で軍人をやると言うこと そしてその頂点に立つと言うことは凄まじいと言う事なのだ
テシュタル教の教義があるから戦争をしないだけで、アルクカースみたいに吹っ切れれば案外この国…メチャクチャ強いのでは…
「全員すげぇな、これが魔女大国最強戦力ってやつか」
「いいえ?違いますよ?」
「へ?」
メグさんの言葉に目を丸くするエリス達、いや 今メグさん言ったじゃん…、四神将は魔女大国最強戦力って………言ってないな、メグさんは『神将』が魔女大国最強と言っただけで 彼らが最強とは一言も言ってないな
彼らは飽くまで歴代の神将と同格なだけ、それでも十分魔女大国最高戦力クラスなのだが 今回は違う、今代はそんな彼らさえ凌ぐ存在が一人いる
四神将には、一人残っている…
「最強なのは神将の名を持つ者と言うだけ、彼ら三人は神将ではあるものの 今代では最強足り得ないのです、同じ時代に彼女が生まれていたらからこそ 彼らは頂点には立てなかった」
そう言いながらメグさんは冊子を捲る、そこに刻まれるのは最後の神将、オライオン最高の戦士達の中でも 更にその上を行く正真正銘の魔女大国最高戦力、この国最強の人物
その名も
四人目 闘神将『ネレイド・イストミア』、教国神聖軍の頂点に立つ国防将軍を任される大人物、何はともあれその圧倒的な巨躯と常人離れした身体能力が特徴とされる、そして…
夢見の魔女リゲル様の弟子、エリス達魔女の弟子の中で最も早くに弟子入りを果たしていた人物だ
その幼少期は逸話に満ちている、『大理石の柱を素手で砕いた』『小屋を山の向こうまで蹴り飛ばした』『クマを片手で潰した』『幼少期魔術を使わずに盗賊団を全滅させた』『一度の食事で成人男性二十人前を喰らう』『あまりの強さに凡ゆるスポーツにて殿堂入りを果たしている』…はっきり言おう、彼女は別格だ 他の神将とは比べ者にもならない強さだ
『闘神将』だの『聖人ホトオリの生まれ変わり』だの、『人間大山脈』だの『星神降身』だのと多数の異名で呼ばれ、本来ならば死後行われるはずであるにも関わらず生きながらにして列聖を成した生き聖人
また、レスリングの生きる伝説とも知られる人物、生涯無敗は当たり前 オライオンに存在するチャンピオンベルトは全て彼女の腰に巻かれている…男女両大会のベルトがだ
他にも凡ゆるスポーツでも記録を残しており、トリトン相手に本塁打をかまして勝利し、ローデの輝かしい記録を全て奪い去り 全てのスポーツにおいて記録を持っているとの事
オライオン史上最強の人間は誰かと聞かれれば、誰もが口を揃えて彼女の名を呼ぶ …闘神将ネレイド様こそ 神の拳であり怒りの代弁者であり 祝福の権化であると
「ネレイドさん…」
ゴクリとその記録の数々を見て唾を飲む、こんなに強いのか…こんなに凄いのか、初めて名前を聞いのはもう十年以上前になるが、エリスが旅をしている間にこの人はここまで己を高めていたとは
伊達じゃない、最初にして最後に出会う魔女の弟子は…
「その圧倒的巨躯と甚大な身体能力から繰り出されるレスリングは魔獣も子供扱いする程とも聞きます」
「へぇ、そりゃ結構じゃねぇか…、けど それを聞くにネレイドの戦闘スタイルは…」
「ラグナ様?」
「あ?え?なに?」
「ネレイド『さん』ですよ、向こうは一歳年上なので」
「あ…はい」
確かネレイドさんはエリスの三歳年上だったはずだ、だからラグナ 年上にはさん付けしろとメグさんからの注意が飛ぶ、この人の価値観は独特だ…
「まぁ それはいいとして、その話を聞くにネレイドさんの戦闘スタイルはメチャクチャなインファイターじゃないか?、リゲル様の使う魔術って幻惑魔術…所謂直積的な攻撃力を持たない妨害魔術だよな、相性悪くないか?」
ラグナの指摘にエリスとメグさんな二人揃って腕を組む、確かに…と
リゲル様のスタイルは相手から距離を取りひたすら自分の有利な状況を相手に押し付ける 所謂遠距離型の戦闘スタイルであった、対するネレイドさんはこの情報を見るにレスリングを主体としたインファイター…
師弟で戦法が真逆 と言うのもまた面白い話だが、それで強くなれるのだろうか、…魔女の弟子は少なからず師匠の戦闘スタイルに影響を受ける、ラグナも以前は剣を使っていたのに弟子入りしてからは徒手空拳だしね
すると、メルクさんは…
「師から与えられる技をただ模倣するだけでなく 適合させ己の技に変えたのだろう、リゲル様とは戦闘スタイルこそ違えその教えはネレイドの身に刻まれているはずだ」
つまり、ネレイドさんは師匠の技を組み替え 近接戦を主体とする己に合うように試行錯誤して使っている…と考察するのだ、まぁ確かに レグルス師匠も『この魔術はこう使え!』とは一度たりとも言ったことはない
魔術は所詮力、力の使い方は力の持ち主が決めるべきだ
「ま、何にしても戦ってみりゃ分かるだろ」
「いや戦いませんからね?ラグナ、ネレイドさん達と戦うということは四神将や神聖軍を相手取るということ、エリス達に魔女大国の一軍を相手取る余裕も時間もありません」
「その通りでございますラグナ様、我等がこれより行うのは進軍ではなく飽くまで潜入にございます、出来る限り敵方に存在を悟られず シリウスを探し出す…これが我等の目的になります」
エリスとメグさんに詰められうっ と顔を歪ませるラグナ、そりゃそうだ 迫る敵を全部相手してたら三ヶ月なんかあっという間だ、出来るならシリウスの居場所をオライオンに悟られず見つけ出し、出来る限り戦闘をせず目的を達することが必要となるのだ
故にエリス達が目指すべきは四神将の撃破ではなく、どうやって四神将を回避するか…ですよ?、ラグナ
「わ 悪かったよ、悪かったって…、でも 敵だって馬鹿じゃねぇんだ、シリウスだって俺達が追ってくることくらい予期して既に軍を各地に展開している可能性もある、いざって時は逃げ回るよりも 真正面から敵ぶち抜くって覚悟はしておいたほうがいいぜ?」
「それは…そうですね」
ラグナの言うことにも一理ある、敵を避けるのにやきもきして三カ月を超えてしまいました では意味がないんだ、やるなら 或いはオライオン全体を突破する必要もあるだろうな
「…今回の戦いも大変なものになりそうだな」
「だな、大変だけど無理な戦いでもないさ、やってやろうぜ?メルクさん」
「君は本当に楽観的だな、悲観主義の私は君の明るさに救われるよ」
「ラグナ様とメルク様は本当に仲ようございますね、これが友達…メモしておかないと」
なんて情報共有もひと段落して皆小休憩に紅茶を嗜んだり雑談に花を咲かせ始めようとした瞬間
「ここか?、ここでいいのか?、おーい 誰かいるかー?」
「ラグナさーん、メルクさーん、いますかー!」
「ん?、この声…アマルト達じゃないか?」
ふと、玄関の方から二人の足音が聞こえてくるんだ、曰く先の戦いでボコボコに負けて傷心のナリアさんをアマルトさんが慰める為に連れ出していてくれたようだ
アマルトさんも随分面倒見が良くなった物だと思っていたが、どうやらもう帰ってきたようだ
「んー?、ここか?、おっ エリス?、なんだよお前起きてたのか!」
「おはようございます、アマルトさん ご心配をおかけしました」
ダイニングの扉を開けるなり 喜色に満ちた顔でエリスの回復を喜んでくれるアマルトさん…なにやら両手に凄い量の紙袋を持っているのは気になるが、今はそちらよりも…
「エリスさん!、良かった!起きたんですね!僕もう二度とエリスさんが目覚めないじゃないかと思って不安でしたよー!!」
ピョーンと駆け寄りエリスにしがみつくナリアさんを抱擁し受け止める、どうやら彼には物凄く心配をかけてしまったようだ、両目からドバドバ溢れる涙がエリスの服を濡らしその顔をグリグリと擦り付けながら泣くナリアさんの頭を撫でて思わずホッとする
なんでかわからないが、ホッとする…ボコボコに負けたと聞いて体は大丈夫なのか とか、傷心だと聞いたから落ち込んでやしないかといろいろ不安だったんですね、エリスも
「ナリアの奴、自分がもっと強ければエリスさんに負担かけなかったんじゃないかって、負けたことすげー気にしてたんだよ」
「そうだったんですね…、でも エリスが無茶したのはエリスの責任ですし、ナリアさんの所為ではありませんよ」
「もう少し力があれば…もう少し強ければ、何かが変わったかもしれない そう思うほどに…辛くて」
それはまぁわからない話でもない、人は誰だって強くなりたい 守りたいものを誰だって持ってるから、だからエリス達はみんな弟子になったんだ
けど強くなる為には必然 時間を要する、そんな簡単に一足跳びに強くなれたらこの場にいる誰も苦労してない、弟子になった時間があまりに短いナリアさんはむしろよくやった方だと思う、それに…
「大丈夫、負けたって次戦うときまでに強くなればそれでいいんです、エリスなんか勝った回数と同じくらい負けてますからね、でも次戦うときに勝てばそれでチャラです、だからナリアさん…挫けてはいけませんよ」
「はい…挫けません、アマルトさんに励ましてもらいましたから…それに あの人の話も…」
ん?、あの人?…アマルトさん以外に誰かナリアさんを励ましてくれた人がいたのか?、誰だろう…
「だから僕!いつか絶対強くなりますから!エリスさん!」
「なれますよ、きっとね…ねぇアマルトさん」
「なんで俺に振るの?、まぁそうだな…丸っ切りダメってことはないと思うぜ?、それによぅナリア?、案外 いつか…なんて言ってる暇はねぇかもよ」
「え?」
するとアマルトさんは近場のソファに腰をかけて、紙袋の中からリンゴを一つ取り出してシャクシャクと食べ始め…、って何話の最中に食べてるんですか!
「しゃくしゃく、これでエリスも解放できたし 帝国との戦いも終わったからみんなカイサーン…、とはならねぇんだろ?、お前らの神妙な面持ちを見れば分かるさ…追うんだろ?レグルス様をさ」
「はい、エリス達はこれからオライオンに向かう予定です、…付いてきてくれますか」
「そりゃあな?当たり前よ、んでよ?ナリア…或いは其処が挽回のチャンスなんじゃないのか?」
「オライオン…」
「そう、味方を守れずに悔しい思いをしたなら 次こそ守ればいい、次こそ勝てばいい、相手がオライオンだろうが子ライオンだろうが関係ねぇ 次の冒険でお前の本当の力を発揮すればいいさ」
「…ありがとうございます、アマルトさん、僕のこと 本当に気にしてくれて」
「構わねぇよ」
…驚いた、本当に面倒見がいいぞ…アマルトさんにもこんな一面があったのか、或いはナリアさんのあり方の何かが彼の中で引っかかったのか、どうやらアマルトさんにとってナリアさんは庇護対象らしい
「僕、オライオンに行きます、其処で今度こそ 皆さんに示します」
「エリス達に?」
「はい、…閃光の魔女プロキオン様はすごい方であり、その弟子は決して他の弟子に劣ることはないと言うことを」
「ほう、いいですねそれ、…なら 頑張らないとですね」
「はい!なのでまたよろしくお願いします!エリスさん!アマルトさん!メルクさん!ラグナさん!………あれ」
ふと、一人一人に挨拶して回る中 ナリアさんはピタリと止まる、その視線の先にはメグさんが……
ああ、もしかしたら初対面かな?、だったら紹介しないと
「ああ、ナリアさん この人は…」
「メグさん…でしたよね」
「あら、随分前なのによく覚えてますね、ナリアさん」
「え!?知り合いなんですか!?」
初対面であろうに、二人は目をパチクリさせているのだ、し 知らなかった…二人が知り合いだなんて
「メグさんとは以前エトワールで…、アルシャラで出会ったことがあるんです、エイト・ソーサラーの候補戦の時に」
「え!?、まさかそんな前からアルシャラに居たんですか!?メグさん!」
「はい、アルシャラにてエリス様を見つける最中にナリア様とはお会いしておりました、本当はその時お会いする予定だったのですが、何やら立て込んでいる様子でしたので…」
…まぁ?、確かにクリストキント劇団を訪れた時既にエリスの居場所を前々から掴んでいたような口振りではあったが、そんな前からだったのか…知らなかったな、というか
「その時からアルシャラに居たならレーシュと戦う時に手を貸してくれればよかったじゃないですか、メグさんとならもっと楽に勝てましたよ…」
「そう言わないでくださいませエリス様、私もあの時はエリス様のことを警戒していたのです…ほら、ね?」
メグさんはその時エリスの事を孤独の魔女の弟子でありいざとなったらシリウス側に与するかもしれない危険人物として見ていたのだろう、事実エリスがこうしてメグさんと真剣に協力出来るようになったのはいくつもの艱難を共に乗り越え先日の戦いでぶつかり合ったからこそだ
もしレーシュの戦いの場にメグさんが現れていたら、エリスは協力せずメグさんの事をもっと警戒していただろうし、メグさんの判断は正しかったと言える
「はぇ、もしかしてメグさんが…無双の魔女様の弟子…だったりするんですか?」
「ええ、そうでございますよサトゥルナリア様、無双の魔女カノープス様が弟子 メグ・ジャバウォック…改めてよろしくお願い致しますわ」
「よ よろしくです!」
そう挨拶を酌み交わす二人を見て、ボケーっと口を開くのはアマルトさんだ
「で?、出発はいつぐらいになるんだ?、明日とか言わねぇよな」
「はい、四日後の予定です」
「そうか…ならよ、ここは一つ 親睦会といかねぇか?」
そう言いながらアマルトさんは紙袋を机の上に置く、するとその紙袋の中身がはだけて見えて…ってこれ、食材?
「今から昼飯にしようぜ、そんで 飯食いながらそれぞれがそれぞれこの一年で何があったかを話し、特にナリアとメグは俺達とまだ出会って日も浅いから言える事全部言う、帝国との一件も片付いて 次の戦いが控えたこの空き時間にしか出来ねぇ事だし 今のうちにやっておこう」
なるほど、いい提案だ みんながこの一年で何をしていたか エリスがどんな旅をしたか、特にナリアさんとメグさんはカストリア組とはまだ縁が浅い、これから互いに背中を合わせられるだけの信頼関係を構築するために、食卓を共にするのはとても良い事だと思う
「そうだな、アマルト達にも共有しておきたいことあるし、何より俺…緊張から解放されて急に腹減ってきた…」
「久々にアマルトとエリスの料理が食べられるのか…、楽しみだな」
「あ エリスが作ることは確定なんですね、でもエリスも皆さんに料理振る舞えるのは楽しみですがね、メグさんも一緒にお願いできますか」
「勿論お任せください、腕によりをかけましょう」
「メグも作れんのか、んじゃ 三人で飯作っておくから、食器用意しとけよ」
「はーい」
エリスとメグさんとアマルトさんで食材を持って厨房へ、残りのラグナとメルクさんとナリアさんには食器の用意を任せる、一瞬ナリアさんが僕も!という顔をしたが 彼は料理がド下手なので却下だ
いやぁ、にしても…
「楽しみですねぇ」
「は?、何が?」
厨房にたどり着き、三人で食材を改めている最中 発せられたエリスのつぶやきにアマルトさんが目を丸くする、いや 大した話じゃないのだが
「いえ、…魔女の弟子が 勢揃いするのが…です、デティはここには居ませんし、ネレイドさんとは今実質敵対関係ですが、いつの日か 魔女の弟子八人が同じ場所に勢揃いするのが、楽しみでして」
「あー…なるほどな、確かにここにあのチビがいりゃあ魔女の弟子が七人揃そのままオライオンに突っ込めば八人揃ったのか、…しかし ネレイドとねぇ、仲良くなれるかね?だって敵だろ」
「そうですよエリス様、ネレイド様とは今完全に敵対関係にあるんですよ?、一度敵になった人をそう簡単に友達に出来ますかね」
「それ二人が言います?」
言っておくがアマルトさんもメグさんも一度はエリスと敵対してるんですからね?、そんな二人と今こうして一緒に厨房に立ててるんだ、ネレイドさんとだって分かり合えますよ、まだ会ったこともないですがね
「そういや俺エリスと敵対してたな」
「あらそうでした、私も敵対してたのすっかり忘れてました」
「メグさんは三日前の話でしょ…」
「それがこうして一緒にお料理することになるとは、人生分からんねぇ…、よっし!んじゃメグさんは魚やサラダを頼む、エリスは肉を焼け ラグナが一番喜ぶ焼き加減を知ってるのはお前だからな、それ以外は俺が作る」
何処からともなく持参のナイフを取り出し手早く研ぐと共にエリス達に指示を飛ばすその姿、…学園にいた頃よりも幾分清々しく思える、どうやら彼はこの一年間 かなり充実した時間を過ごせたようだ
「あとついでに、メグの実力も見ておこうかな?」
「メグさんめちゃくちゃ料理上手いですよ、覚悟してくださいアマルトさん」
「なんの…?」
そんなこんなでエリス達は料理を始めることとなる、八人いる魔女の弟子達の中で料理が得意とされる三人の三重奏、どんなことになるか 今から楽しみですね
…………………………………………………………………………
長い旅の中、各地で凡ゆる食事に舌鼓を打ち また自らも包丁を握る機会の多いエリス
世界一の美食大国とも知られるコルスコルピにおける頂点 タリアテッレより直々の指南を受けた男 アマルト
アガスティヤ帝国の絶対無二なる大皇帝カノープス直属の従者隊を率い、カノープスに対して皿を出す事もしばしあると言われるメグ
エリスは食材を加工し食べられるようにすることが得意である、アマルトは味を追求する腕があり、メグはどんな要望にも答えられるだけの幅広い知識がある
三者三様の腕を持つ三人によって用意された食材は瞬く間に調理され 一級品の料理へと様変わりしていく
エリスは瞬く間に肉を切り分け 下味をつけ炎が燃え上がるように勢いよく調理する
メグはクルリと手の中でナイフを回転させると共に、滑らかに かつ手際よく食材を切り分け、流れるように火を通していく
アマルトは複数の鍋を同時に介抱し、それぞれ別のソースを仕上げ ラグナ達の用意した食器に次々と優美に盛り付けていく
それぞれ大して打ち合わせをしたしたわけでもなく、ただただ相手の動きを見て何をしているか 何をしたいか 何をするかを把握し自らもそれに合わせていく、無言の厨房で行われる調理とはなによりも雄弁な談笑であり、口からは察する事のできない奥ゆかしさや生真面目さを心に感じ、調理の速度はみるみる加速していく
…そして
「オラァッ!、テメェら!昼飯が出来たぞ!」
クローシュを両手に持ったアマルトとカートを引いて次々ダイニングの大テーブルに料理を配置していくエリスとメグ、料理の到着と共にラグナやメルク ナリアもまた三人に協力して昼餉の支度を手伝っていき
巨大な丸テーブルはあっという間に皿と食器で埋め尽くされることとなった
「す 凄い数ですね、これをあんな短時間で…というかこれ、食べ切れますかね」
圧巻の光景に目を点にするナリア、それもそのはず どう考えてもこの皿の数は今ここにいる人数に釣り合っていないからだ
しかし
「大丈夫だろ、余ったり全部ラグナが食うし、というかこれくらい用意しないとラグナに全部食われちまう」
「え?、ラグナさんそんなに食べるんですか?、今までの食事じゃそんなに食べてなかったような…」
「今までは節制してたからな、よーし!今日は存分に食べるぞー!」
ラグナは無尽蔵の胃袋を持つ、食べれば食べただけ体内でエネルギーに変換され それがそのまま彼の戦闘能力に活かされる、それを知っているカストリア組はこの皿を前にしても当然とばかりに席に着くのだ
「それじゃ…、みんな 聞いてくれ」
するとラグナが銀の盃を手に着席するみんなに向け掲げるように声を上げる、何を話すつもりかはわからないが、なんだかとても 大事な事のような気がしてエリスは押し黙る、みんなもまた口を噤んでラグナの方を見る
「俺達は最初の目的であるエリスとの合流を果たし エリスを守ることが出来た、これはみんなの奮戦と努力の結果だと俺は信じている、だが事態はまだ解決したとは言い難い、俺達の師匠である魔女様達がぶっ倒した原初の魔女シリウスが再び 世に舞い戻ろうと性懲りも無く暗躍しているからだ」
ラグナのそれを見て エリスは悟る、これはアルクカースの戦士達が戦いの前や後に行う音頭、それは戦いを前にした宣誓でもあり勝鬨でもある、この場合は両方か
仲間との結束を高め 仲間との結束を再確認し、再び新たな戦いへと赴く戦士達の儀礼、それをラグナは仲間達への誓いとして行っているのだと 悟る
「今回の一件、魔女様達に解決を任せることは出来るだろう、だが それでは失われる命がある…失われる物がある、死者たるシリウスに取り分は無い 今を生きる俺達が譲るべく物も無い!、故に!オライオンでの決戦で俺達は勝利し!全部取り返すぞ!シリウスが持って行こうとしているもの全部!力尽くで!、これはその誓いだ!みんなで勝つぞー!」
「おー!」
「おーう!、なんだよラグナ 気合い入ってんなぁ!」
「フッ、決戦を前にしてアルクカースの血が騒いだか?、だが悪いものじゃ無いな 私も同じく血が滾る」
「おー!、ラグナさんカッコいいです!」
「これが大王たる器ですか、このメグ メイド魂がメラメラ燃えてしまいまする、あ…おー!」
全員でラグナの掛け声に合わせて手元の杯を掲げる、ちなみに入ってるのはレモンスカッシュです、故にこれに名をつけるなら 『レモンスカッシュの誓い』とでも呼ぼうか、締まらないなぁ…
「というわけで全力で食うぞー!いただきまーす!」
一瞬のうちに着席したラグナは手当たり次第に周りのものを口に入れ始める、余程腹が減っていたのか 余程節制していたのか、箍が外れた獣みたいにガツガツと…もう、もっと味わって欲しいのに…、エリス頑張ってお肉焼いたんだけどなぁ…
「ん!、この肉エリスが焼いただろ!?」
「え?わかるんですか?」
「んー!、優しい味がする」
「そ…そうですか…、意味分かりませんよ もう…」
か 顔あっつぅ…、赤くなる顔を皿を傾けてガツガツと食べることで誤魔化す、ラグナ…一年しか経ってないのにまた一段と大人になりましたね…、か カッコいい
「おいラグナ!、この飯の主題忘れてねぇか?」
「え?、ああ…近況報告だっけ?、なら俺からするよ、つっても 毎日修行して執務しての繰り返しだから代わり映えはしないかな、ああでも修行の量は増やしたかな、毎日倒れそうになるまで修行するのを毎日倒れるまで修行するのに変えたくらいだ」
そう言いながらラグナはエリスの焼いた肉にガツガツとがっつく、ラグナの生活に変わりはないようだ、そりゃそうだ 彼は大王、やるべき事はそもそもいっぱいで…、ああそうだ
「ラグナ、クレーちゃんとリオス君は元気ですか?」
「ん?、クレーとリオスか」
ベオセルクさんの子供 クレーちゃんとリオス君、ラグナにとっては姪っ子と甥っ子だ
以前あった頃はまだ赤ん坊だったけれど今頃は三歳くらいか、やんちゃ盛りだろう彼らの様子がエリスはもう気になって気になって仕方ないんですよ、だってすごく可愛いし
「元気だよ、最近じゃ毎日要塞に来て 戦士達の訓練を見様見真似でやってる、流石は兄様の子供だけあって、才能もピカイチだ」
「なるほどぉ、この旅が終わったら是非会いたいですねぇ」
「そう言えばラグナには甥と姪が居るのだったな、流石はアルクカースの子…その年頃から既に関心は遊びよりも訓練に向くか」
「へぇ、ラグナって姪と甥がいるんだ…、うちの姉様もちったぁ色気出してくれれば今頃俺にも居たはずなんだが、生憎あの人は一生結婚しなさそうだしなあ」
どうやらクレーちゃんとリオス君は既に訓練に興味を持ってるようだ、流石ベオセルクさんの子供だ、ベオセルクさんも二人を国王直属の親衛隊にするつもりらしいし、これは本当になってしまうかもしれませんね、親衛隊長に
「ちなみにエリスの事は覚えてます?」
「いや全然覚えてない」
「そ そうですか…」
覚えてないらしい、まぁ…うん 仕方ないよ、赤ちゃんだから…
「では次は私だな」
するとメルクさんは優雅にナイフとフォークを置くと、ナプキンで口元を拭う、なんか…学園にいた頃よりも所作が綺麗だな、フォーマルハウト様はマナーに厳しいらしいし、その影響か…
地下にいた頃はマナーもへったくれもなかったのに、変われば変わる物か
「デルセクトはここ数年で最も平和と言ってもいいほどに平和だ、ソニア脱退により空いた五大王族の穴もマルガリタル家が埋めることにより同盟は安定し、魔女排斥組織に対抗する新兵器の開発も着々と進んでいるが…、帝国の魔装を見て考えが変わった、うちの兵器は帝国のよりももっといいものにして見せる」
「あんまり競争心むき出しにしてとんでもない物作らないでくださいよ」
「任せろ、と言いたいがまだ分からん 善処はする」
メルクさんがやっているは新しい兵器を作るという大偉業だ、それは魔女排斥組織から魔女世界を守る一助にもなるだろうが、一度生まれてしまったものはなかったことにはできない
魔女排斥組織との戦いが終わり、メルクさんがおばあさんになって他界し、更に数百年経った後 その兵器で人々が戦争しないとも限らないし、結果としてそれが更なる動乱を生む可能性もある
魔女様達はそれが怖いから技術革新を意図的に抑えているらしいしね、まぁ デルセクトとアガスティヤは最早例外と言っていい程に技術革新が起きてしまっているから、今更か
「後はそうだな、セレドナ様がエトワールの酒造業を掌握する為 何やら潰れかけの商店を買ってきたくらいか…?、エリス」
「う…」
メルクさんの目がキラリと光ってこちらに向けられる、エトワールの酒造商店をセレドナ様が買ってきた、一見すればそれはエリスにはまるで関係ない話だが…、あるんだな 関係が
「あ!、もしかしてその商店ってマルフレッドさんの…」
「そうだ、聞けばエリス お真央はマルフレッド殿を脅すのに私の名前を使ったそうだな」
「う!…はい」
使った、マルフレッドさんを黙らせるためにメルクさんの威光を武器にした、結果としてその場は上手く収まったが…メルクさんに迷惑をかけてしまっていたか、やはり
申し訳ない、友達を武器に使うような真似をして心底情けない思いでいっぱいだ、出来る限りの謝罪をしようと立ち上がりかけた瞬間
「で?、そのあとマルフレッドに何かされたか?」
「い いえ…、メルクさんの名前が余程怖かったみたいで…」
「ならいい、もし今後お前の旅で金銭面 又は社会面で困ったことがあるならドンドン私の名前を使え、私がお前の後ろ盾になる」
私が今この座に就いているのは全てエリスのおかげなんだ、せめて恩返しくらいさせてくれとさメルクさんは言ってくれる、怒ってはいない 寧ろ全然オーケーと言った様子だ
よかった…、嫌われてたらエリス泣いちゃうところでしたよ、でも…
「ありがとうございます、けど エリスはやっぱり友達の威光を傘に着るのは好きじゃありません、多分 もうこんな事は二度としないと思います」
「そうか?、まぁ エリスの為なら私はなんでもする、存分に頼ってくれていいからな?」
「はい、ありがとうございますメルクさん」
「エリスさんって…本当にメルクリウスさんと友達だったんだ」
「メルクの奴が今の同盟首長の立場に立てたのはエリスのおかげらしいぜ、詳しいことは知らないけど メルクから見りゃ大恩なんて言葉じゃ片付けられないくらいエリスにゃ恩があるのさ」
呆気を取られるナリアさんに語り聞かせるように杯を仰ぐアマルトさんは言う、メルクさんはエリスに大恩がいると、けど逆に言わせてもらおう エリスもメルクさんには返しきれない恩がある
デルセクトでメルクさんがエリスを助け出してくれなければエリスはあそこで死んでいたし協力してくれなければ 最悪今もデルセクトにいたかもしれない…
エリスが今も旅を続けてられるのは全てメルクさんのおかげなんだ
「んじゃ次俺な?っても俺も特にねぇよ、姉様と仲直りしたくらいかね」
とアマルトさんが続けざまに言う、姉様と仲直りした、それはつまりタリアテッレさんと和解した と言うことだ、あれだけ嫌い合ってた二人が和解したと言うのだ、それは喜ばしいことだ
「タリアテッレさんは元気ですか?」
「あれから元気を奪う方法があるなら教えて欲しいくらいだ」
「またそんな憎まれ口叩いて…」
「憎まれ口叩けるだけ仲良くなったのさ」
「憎まれ口を叩くのは元からでしょ」
「違いない、参った 口で言い負けた」
だははははと笑う姿を見ていてなんとなく思うのは、彼は少し 優しくなれたんだなと言う喜び、だって以前の彼ならナリアさんを励まさなかったし、こんな風にも笑わなかった
きっと、学園生活が楽しくてたまらないんだろうな、エリスも楽しかったから
「じゃあ次はナリア~」
「いえ、僕よりも先に エリスさんの話を聞きたいです」
「え?エリスですか?」
別に順番なんか決まってないからいつでもいいけど…、いいのかな
「エリスのは長いですよ」
みんなと過ごした時間は同じ一年、だけどみんなと別れてから色々ありましたからね、話すことはたくさんありますよ、エトワールでの戦い ルナアールの追走劇 レーシュとの決戦、アルカナとの決着 シンとの激闘…、戦いに満ちた一年だったからね
「そう来なくちゃ、今回のメインディッシュさ」
「そうですか?…じゃあ、みんなと別れてからの話で…」
と、エリスはみんなと別れてポルデューク大陸に向かった後の話を言って聞かせる、エトワールの旅や戦いはナリアさんも知ってますから、時々補足や注釈を交え、帝国での冒険はメグさんと共に 一つ一つみんなに刻み込むように語り…
「そして、今に至るわけです」
「相変わらず体張ってんなァ、エリス」
「まさかアルカナを完全粉砕してしまうとは、凄まじいな…」
「そっか、俺アルカナと戦うの楽しみにしてたけど…、もう無いのか」
とラグナはいささか残念そうだ、エリスからしてみれば辛く苦しい戦いだったが、ラグナからすれば心踊る事柄なのだろう、バトルジャンキーですもんね ラグナって
「あの時のエリス様の奮戦ぶりたるやこのメグ、感動の落涙を抑えきれないほどの獅子奮迅ぶり、あの勇姿は永遠に帝国史に刻まれることでしょう」
「そんなでも無いですよ、でも…よかったです、アルカナと決着をつけられて」
「そうだな、奴らとはエリスが一番付き合いが深く長いものな、…人生の宿敵の一人と決着をつけたばかりと言うのに、休息する暇すら無いとは君らしい」
そうだなあ、アルカナを倒したら 後はゆっくりと旅をするだけと思っていたのに、…どうやらエリスの旅は最後まで命懸けらしい、なんてセンチメンタルな気持ちになっていると…
「それで…あと一つ、言わなきゃいけないことがあります」
「ん?、まだ何かあるのか?」
「しかも随分神妙な面持ち、…何があった エリス」
ある、言わなきゃいけないことが、でもこれはラグナやメルクさんに対して言うものでは無く…、ナリアさんにだ
「ナリアさん、実は…リーシャさんの件でお話が」
「リーシャさん…?」
言わなければならない、彼女が死んだことを 彼女が命を落としたことを、言わなくちゃいけないんだ、それがエリスの義務だから、彼女に助けられた者の義務だから…
「その…えっと、実は…実はリーシャさんは…」
「…………うん」
「…………っ」
でも、なんて言えばいいんだ…、どうやって伝えればいいんだ、死んだとストレートに伝えるのか?、それしか無いけれど…でも口が動かない
言えない…、理屈どうこうではなく 恐ろしくて…
「……エリスさん」
ナリアさんの寂しそうな顔が見える、それはエリスの話そうとしていることを察しての顔か 或いはエリスが話せないことへの失望か その現れか
ぐちゃぐちゃになる感情、震える唇を噛み締め…
意を決する、言おう 先延ばしにも出来ないし誤魔化すこともしてはいけない、言うんだ…言う…
「エリスさん、知ってますよ…僕、リーシャさんが死んでしまったこと」
「え…」
はたといつの間にか俯いていたエリスは顔を上げ、見るのはナリアさんの瞳…、寂しそうなんじゃ無い 失望しているんじゃ無い 、慮っているんだ…エリスの事を
「ど どうして、どこで…いつ…」
「僕とアマルトさんで娯楽エリアに行っていたのは知ってる?」
「え ええ…」
「そこで、リーシャさんの親友を名乗る人と会ったんだよ…名前は確か…、フリードリヒさん」
あの人!娯楽エリアにいたのか!?、というかあの人大丈夫なのか?エリス達を守る為に軍を裏切るような真似をして降格とか…ええい今はそれはいい、後だ!今はそれより
「フリードリヒさんが…なんと」
「リーシャさんから聞かされてたみたいなんだ、僕たちの事…僕の事、だから魔女の弟子達が来たと聞いて 僕のことを探してたみたいなんだ」
「む、そういや俺たちのところにも来たな、なぁメルクさん」
「ああ、神妙そうな面持ちの男だった…、もしかしたら奴か、ここにナリアはいないと伝えるなり帰っていったが…」
エリス達は凡そ三つに分かれて行動していた、気絶したエリスとその介抱をするメグさん 宮殿にて待機していたラグナとメルクさん そして傷心のナリアさんを励ますアマルトさんの三組、多分それぞれを回ってナリアさんを探してくれたんだ
なるほど、アマルトさんとあの人の話…というのはフリードリヒさんのことか
「フリードリヒさんが僕に教えてくれました、リーシャさんがエリスさんを守った末に亡くなった事を…」
「ッ……」
「そして、エリスさんがそのことを物凄く気にしていることを…」
その通りだ…、リーシャさんはエリスを守って死んでしまった、エリスがもっと強ければ もっと何かが違えば、そう思わない日はない程だ
それでもリーシャさんは死んでしまった、人とはああも呆気なく死んでしまう物なのかと痛烈に感じさせる出来事は、きっとエリスの中に残り続ける事だろう
「正直…びっくりしました」
「すみません、ナリアさん…エリスが、エリスがしっかりしていれば…リーシャさんは…」
「大丈夫だよ、僕は泣かないから」
「…え?、でも…」
「そりゃ悲しいよ、身悶えするほどに悲しい…けど」
チラリとエリスの顔を見て、その頬に触れるナリアさんの手は 暖かく、それでいて優しく…
「フリードリヒさんに言われたんだ、僕とエリスさんはきっと 同じ痛みを共有できると、だから僕はエリスさんの分も強く立つよ、リーシャさんの分も戦うよ」
強い あまりに強い、彼の力はエリスの足元にも及ばないだろう 戦えば弟子の中でも最もか弱いだろう、だが 仲間の死を前にしてエリスはこうも強く立てるだろうか、自分の悲しさよりも相手の涙の方を優先出来るだろうか
優しく ただ優しい彼の心は 鋼のように硬く、そこから発せられる決意は金剛の如き煌めきを秘める
フリードリヒさんの言葉を受け 彼は決意したのだ、先ほど口にした『強くなりたい』とは…きっと、リーシャさんの死をエリスと共に分かち合えるだけ強くなりたいと…
そうか、…彼は強いな、エリスよりもずっと
「だからエリスさん…、僕にもその悲しみを分けてほしいな、僕達は二人ともリーシャさんの友達なんだから、僕もエリスさんと悲しみたいよ」
「そうですか…」
はらりと舞い落ちるナリアさんの涙が一つ滴ると共に強かにも笑う彼を見て、エリスは何を迷っていたのかと後悔が迫る
エリスがリーシャさんの死を伝えることでどうなると思ったんだ?、傷ついているナリアさんがより一層傷つくと?その末に彼の心が壊れてしまうと?、もしかしたら嫌われると…、なんと浅ましい なんとナリアさんを浅く見ているのだ
彼はリーシャさんの死を聞いてなお エリスを慮るだけ強いのだ、エリスの悲しみを共に悲しみ 涙を流せるだけに強いのだ
彼は決して弱くはない、その心は立派に一人の人間なのだ
「…ナリアさん、リーシャのお墓にお入りに行きましょう、行けるのは四日後なので 出発前日ですが、…いいですか?ラグナ」
「ああいいさ、しっかり挨拶して来るんだ、大切なことだしな」
「でしたら案内は私が…、その日はジルビア様も行くそうなので 共に行くことになりますが」
「ええ、ジルビアさんと一緒に行きましょう…、ね?ナリアさん」
「はい、行きましょう!エリスさん!」
行こう お墓に挨拶をしに、アルカナとの決着をつけたこと エリスの戦いはこれからも続いていくこと、貴方の書いた最後の物語は続いていくことを…、ナリアさんと共に
それを終えてようやくエリスは 帝国での旅を終えることが出来るんだから
「………………」
「……………………」
悔しさと悲しさでグシャグシャになるエリスと、ほんのり涙を流すナリアさん、二人の醸す空気は間違いなくしみったれた物であることは間違いない、せっかくの食事の場なのに…申し訳ないな
「す すみません皆さん、美味しく食事出来ない空気にしてしまって…」
「い いやいいよ、なぁメルクさん」
「ん?あ…ああ」
ダメだ、間違いなく食事する空気ではない、あのラグナでさえ食事の手を止めてしまっているほどなのだから相当だ、これは…空気を変える必要が
「では、ここらで私がバトンを引き継ぎましょう、しんみりしてしまったエリス様の励ませるような、明るいお話を」
とメグさんは立ち上がる、今度は私が近況の話をする番だと、いや でもメグさんの近況はエリス知ってるんですが
「五百文字で」
「何故!?」
「皆さんご存知通り私メイド業に励む身の上でして、皆さんのようにどこへ行った何をしたなどの話はないのでございますが、代わりにこのメグが普段如何なる業務に励んでいるかをご紹介いたします、朝は早く日が昇るよりも早く業務に移りご主人様が朝起きた時気を悪くしないように掃除をいたします、ここで注意が必要なのが絶対にご主人様を起こしてしまうような騒音は立ててはいけません、その後は部下のメイド達を起こしその日の業務の指示をしておきます、メイド隊百人全員に指示をした後はご主人様の起床です、ご主人様の安眠を守りつつ緩やかに起きていただき朝食をご用意、その後は屋敷の物品や調度品の管理をしながらいつでもご主人様のお呼びがあってもいいように気を使い、そしてご主人様が次に欲することを事前に予期しながら準備を整えるのも我が仕事、一日にやることは多いですがそれがメイドというものでございます、そんな仕事はご主人様がご就寝になられても続きます、ご主人様の次の日の仕事が恙無いものになるようにあれやこれやを準備し 全てを終えてから私も寝るのです、ご主人様より早く起き遅く寝る、これがメイドの基本なのでございますあああああああああ」
「あからさまに文字数稼ぐんじゃねぇよ!」
「大変なんだな、メイドって 私も多くのメイドを持つ身だが、彼女達の待遇をもう少し考えねばならんな」
「あー、そういや俺も何人かメイド雇ってたな…、そういう仕事の管理はベオセルク兄様やラクレス兄様がやってくれてるから あんまりメイドを側に置いてる感覚がないんだよなぁ」
「ラグナさんもメルクさんもメイドさん雇ってるんですねぇ、凄いですね エリスさん」
「あ…ははは、因みにメルクさんの最初の従者はエリスです」
「張り合うな…!」
ごちゃごちゃ騒いですがねアマルトさん、貴方だってメイドを雇えるような家の出でしょう、まぁ今は一人暮らしだからいないかも知れませんが…
メグさんが空気を変えてくれたおかげか、皆しんみりした空気を切り替え再び部屋にフォークやナイフの音が響き始める、やり手ですね メグさん、ありがとうございます
「では次はナリア様です、腹筋をぶっ壊すような面白いやつをお願いします」
「僕の人生そんなに愉快じゃないよ!?」
「いいじゃないかナリア、やっちまえ!」
「何をー!?」
ラグナの無茶振りにしんみりしている暇もなくなりナリアさんはカクカクした動きで立ち上がる、それを見てアマルトさんが囃し立て メグさんが煽るように何処からか取り出したドラムをダカダカ叩き、そんな様を眺めるメグさんは嗜むようにお酒を一口飲む…
なんだか、いいなぁ 今は一大事だけど、またあの学園の日々が戻ってきたみたいだ、またみんなと一緒に居られるのはとっても嬉しい…
今ならエリスは理解できますよ 師匠、きっと魔女様達もみんな こんな風にみんなのことが大好きだったんですよね
「ふふふ」
コップに口をつけ思わず笑う、これから一大決戦だ けれどその前の一時の休息くらい楽しんでもいいはずだ
みんなと一緒なら、どれだけ苦しい戦いも切り抜けられると エリスはまだ見ぬオライオンを見据え、闘志を燃やす
必ず助け出してみせますよ、師匠…!
…………………………………………………………………
「…………あー…」
一人 嗜むはマスカット、帝国の芳醇な大地にて育ったそれが放つ味わいもまた格別、瑞々しい潤いを口内で噛み締め 溢れる唾液と共に一口に種ごと飲み込む
玉座の真横に置かれた皿に再び手を伸ばし、指で摘んでただ味わう、至福の一時 この時間は如何なる者もこの玉座の間に入ってはならない、それは法律により定められた絶対条項
『皇帝陛下のおやつの時間は邪魔してはいけない』、そんなもの子供でも知っている事だ
「…あー…」
カノープスは一人指ごとしゃぶる、こうして 甘味に浸るなど何年振りか…、レグルスがこの世に姿を現してより甘味は戒めていたから 十年振りか
「…レグルス……」
本当は、もう二度と甘味を食べるつもりはなかった、レグルスを殺そうとする我に至福などあっていいはずがない、友を殺した我が至福など味わっていい筈もない、故に我はもう二度と 幸せになるつもりはなかった
だが、また今一度 こうして甘味に耽る事が出来るのは……、もう レグルスを殺そうとする必要がなくなったからだろうな…
「あー…」
「イイもん食ってんな、それくれよ」
「む…」
絶対に部屋にはいつてはいけない、そんな法律を破るように その者は何気なく現れ 剰え皇帝に対して甘味を所望するのだ
あり得ぬ不敬、あってはならぬ無礼、もし こんな事が現実に存在していたのなら カノープスは即座に人を呼ぶ、至福の時間を邪魔した無礼者を処罰するだろう
だが…
「ダメだ、これは我のだ」
「ちぇ、けちんぼ」
「こらこら、そう言う卑しい真似はやめようよ、マスカットなら後でボクかー買ってあげるよ」
許そう、他の誰であっても許さぬが この者は許そう、何せ彼女は 我の朋友の一人なのだから
「何をしに来た、アルク プロキオン」
「いやぁ、テメェの面を見に来たのさ」
「この間はしっかり顔を合わせられなかったからね」
部屋に訪れるのはアルクカースの魔女 アルクトゥルスとエトワールの魔女 プロキオン、二人とも魔女であり 我の大切な友達だ、それにこいつらが私を慮ることなんかしない、特にアルクなんかはいつもノックもしないで我の部屋に入ってきたり こっそり透視の魔眼で見ていたりとデリカシーもプライバシーもないやつだった
おかげで、レグルスを部屋に呼んで愛でるのも苦労した
「そうか、なら我が顔を見たのなら帰るがいい、我は今甘味を楽しむ時間である」
「随分冷たいな、カノープス…」
「我は怒っているのだ、いきなり部屋に入ってきて無遠慮に…」
「そうじゃねぇ…」
アルクトゥルスがグイと近寄り 玉座の前に立ち我を見下ろす、ああ分かるぞ この顔は本気で怒っている時の顔だ、アルクトゥルスはキレるとすぐに手が出るが…本当に怒っている時は手を出さず威圧で殴ってくるのだ
そして、アルクを本気で怒らせる時 その凡そは相手に非がある場合が多い、この場合は…我だな
「お前、なんでオレ様達を遠ざけた…いや、今もなぜ遠ざけている」
「なんのことだ」
「テメェ、なんで一人で抱え込んだ…、レグルスの件を なんで一人で解決しようとした」
その件か、…そんなもの簡単だ
「お前達がシリウスによって操られている可能性があったからだ、事実お前はシリウスの手によって正気を失い まんまとデルセクト相手に戦争を仕掛けようとしていたではないか」
「うっ…」
「プロキオン、お前もだ 五十年も行方不明になって何をしていたかと思えば怪盗ごっことは呆れたぞ」
「あぅ…」
我はシリウスが地上の魔女達に対して手を伸ばしているのを知っていた、我の身にもそれが降りかかったからな、まぁ 我自身はそれを振り解けたがアルクトゥルス達は違った、我以外の全員がシリウスの手によって正気を失いその手駒に成りかけていたのだ
そんな状況で他の者を頼ればそれは即ちシリウス相手に隙を見せることになる、他の魔女が陥落した以上我と帝国がこの世界の最終防衛ラインになるより他なかったのだ、隙は見せらない 友を相手にも伴侶を相手にもだ…、誰も信用できなかった
「…だがよカノープス、テメェの情報網ならオレ様が正気を取り戻したことも知っていたんじゃないのか?」
「お前を正気に戻したのはシリウスに操られたレグルスだ、信用出来るか…そんなもの」
「でもボク達が正気を失ったのはたったの五十年前だよ?、それまでに何かできる事があったんじゃないのかい?」
「洗脳が表出化したのが五十年前というだけだ、奴の手はそれよりもずっと前に伸びていた、いつシリウスに意識を乗っ取られるか分からない以上頼れん」
「んじゃあよ、テメェは今もオレ様達を信用してないのか?」
アルクトゥルスの視線がより一層キツくなり、我またそれに答えるように鋭く目を尖らせ…
「ああ」
頷く、今も信用していない、リゲルのあんな姿を見た以上 こいつらもいつああなるか分からない、レグルスの手によって解放されたように見せかけて 実は…、なんて事もあり得るんだ
まだ隙は見せられない…アルクトゥルスにもプロキオンにも、故にこいつらがいつ襲いかかってきてもいいように我は…
「…………分かるか、カノープス」
「何がだ、アルクトゥルス」
「今の状況さ」
「今の…?」
アルクトゥルスに指摘され眉をひそめる、何を言っているんだ 今の状況に別段気にするべき事は……、いや まさか…ああ、そうか シリウスにも同じことを言われたな
「これが、シリウスの望むべく状況だってことさ」
「…………」
「お前を操れなかったとしても シリウスは別にそれでよかったのさ、他の奴らは操られてるかも…そう言う疑心を植えるだけでいい、それだけでオレ様達の繋がりを断てるんだからな」
シリウスも言っていた、同じことを…、仲間を疑い全てを疑い 一人で完結させようとし挙句シリウスにとって都合のいい状態を作り出したのはひとえに我の弱さだと、我は何もかもが半端だったと
「信じてくれよ、オレ様をさ…今回の一件で分かったろ?オレ様はお前の味方だ」
「味方?我が軍を数十万を蹴散らしておきながらか?」
「う…、そりゃお前 蹴散らされる方が悪いっていうか…、でも助けたろ?お前のことさぁ」
「全く、お前の理屈はどうなってんだか…」
ふっ と思わず笑みが溢れる、確かに アルクトゥルスはシリウスに操られている様子はないな、となるとレグルスが行なった解放は本物の解放なのか、アルクトゥルスは 本当に我の味方なのだろうな
「…分かったよ、アルクトゥルス お前を信じよう、そして謝罪させてくれ、長きに渡ってお前を疑い続けたことを」
「あ?…ああ、こっちこそ悪かったな 呆気なく操られてよ」
「ボクも謝罪させて欲しいな、でももう二度とあんな不覚は演じないよ」
「…………」
なんだろうか、この感覚は…ただ 謝罪しただけだというのに、…目頭が熱い
ふと、気がつく…、そういえばアルクトゥルス達と話すのも数百年ぶりであったな、レグルスにかまけてばかりで全く見えなくなっていたが、アルク達も思えばシリウスに体を乗っ取られる寸前であったのだ、今のレグルスと同じ状況に陥っていたのだ
結果としてこうやって再び話が出来るから良いものの、もしかしたら…何かが罷り違っていれば、もう二度と顔を見ることすら出来なくなっていたかもしれないのだ
……我は、なんと愚かであったのだろうか
「…くっ」
「お?、なんだ?急にしおらしい顔してさ」
「そう言えば久しぶりだよね、ボク達がこうやって顔を合わせるのはさ」
「そうだよそうだよ!、カノープスは全然会ってくれねぇし、プロキオンはどっか行ってるしで、ホント…久しぶりだよなぁ」
「……ああ」
久しい、あまりに久しい、いつしかもう会うことはないと何処かで諦めていた本当の友等の顔を見て、自然と緊張の糸が解れていく、八千年間貼り続けた糸が…緩んでしまう
「そうだな、久しいな…久しい…とても」
そうだ、我は彼女の事を何よりも大切にしていたんじゃないのか、レグルスだけを特別扱いするつもりはない、我にとって七人の魔女とは替わる物無き至上の宝なのだ…
そんなことを忘れるほどにシリウスに妄執してしまうとは、我もまた 何処かで狂気に絡め取られていたか…
「泣くなよ カノープス、泣くのはレグルスを取り戻してからだ、だろ?」
「…ああ、その通りだ」
不可能と思われたレグルスの救出が 今ならば叶う、エリスの言った計画が結実すれば最早シリウスは我等に手出しすることが出来なくなる
我は 本当の意味でまた友達を信じる事が出来るようになる、何の憂いもなく また八人で共に歩む事が出来る…!
「全ては我等が弟子達に託された、エリス達が真なる意味でレグルスを解放する事ができれば…、シリウスの復活が遠のくどころか 或いは完全に潰えさせる事が出来るやもしれぬ」
「ああ アンタレスから聞いたぜ?、識確魔術を使うのは頂けねぇが、あいつの同化魔術がなくなればもうシリウスはオレ様達に手出しが出来なくなる もうオレ様達を引き離すものはなくなる、その為にも エリスをしっかりシリウスのところに送り届けてやらないとな」
へへへ と拳を鳴らして意気込むアルクトゥルス…だが
「まさかアルク、エリス達についていくつもりか?」
「あたぼうよ、オレ様は引率者だからな」
「ダメだ、オライオンにはエリス達だけで向かわせる」
「はぁっ!?」
当たり前だ、お前自分を誰だと思ってるんだ、こんな筋骨隆々の大女がエリス達について回れば間違いなく目を惹く、いや アルクトゥルスなら或いは誰にも見つからずについて回ることはできるだろうが…
「我はこの一件に運命を感じた」
「はぁ?運命?」
「ああ、我が八千年模索して見つけることの出来なかったレグルス救出の手立てを よりにもよってその弟子であるエリスが持っていた、おまけに奴はこの旅で全てのほぼ弟子達と友情の契りを結び、ここに招来した…偶然では片付けられない」
まるで誂えたようだ、エリスがレグルスを助ける手段を持ってここに現れ、その道中で八人の魔女の弟子の友となり 一丸となってシリウスに向かっていく…、いやそもそもこの時代に魔女達が揃って弟子を取り始めたこと自体 誂えたようだと思うのだ
この土台はまるで何か大きな存在によって定められていたようだ
我はそれを運命と呼ぶ、かつて 我ら八人が揃い シリウスを打倒した時と同じ運命と
「…或いはこの一件、弟子達に任せた方が良い結果を生むかもしれん」
「なるほどねぇ、まぁお前の言わんとすることはわかるぜ?、オレ様も感じてはいたからな…、だけどよカノープス、もしエリス達がヤバくなったら」
「ああ、その時は助けに行こう、それが師の役目でありレグルスの友たる我等の仕事だ、レグルスの手で 弟子達の未来は潰させはせん」
弟子達は今 運命の岐路にいる、良い方へ歩けるよう我等は弟子達を鍛えてきたが…、そろそろ時が来たのやもしれん
弟子達が、師匠の庇護下を離れ 羽化するその時が
「この戦いで弟子達は更に成長するだろう、我等のように世界の救世主として、いや ともすればそれ以上の英雄として」
「だあな、まぁ まだまだ青二才で…不安は残るけどよ」
「だけど、彼らの心の強さはボク達自身がしっかり見届けている、きっとやれるさ ボク達の弟子なら」
ボク達のように と我もアルクもプロキオンも、皆が揃って 玉座の間の扉を見る、いや 透視と遠視を用いてその遥か先…、屋敷にて食卓を囲む弟子達の姿を見る
ラグナが喰らい エリスが笑い、メルクが嗜み アマルトが呆れ ナリアが協調し、メグが楽しむ
あの姿にかつての我等を見る、魔女と呼ばれる前の我等の姿を、きっと…あの子達は世界を救うだろう、そこに我等魔女の手は…前時代の死に損ないの助けは不要だ
今の世を変えられるのは 今を生きる者達だけ、シリウスがこの世を好きにしてはいけないように、我等もまた世界の行く末を定めてはいけないのだ
「…頼むぞ、世を拓く子等よ」
もはやあの子達の邪魔はすまい、エリスに対する怒りなどあろうはずもない、彼女はもう 私の希望なんだから…
だから、頼むぞ レグルスを…お前の師匠を 救ってこい
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