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第四十八話

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「今? フランスにいるわ」
 と電話の向こうの未稀さんの声は少し聞こえが悪かった。
「フランス? 何しに?」
「フランスよ? 買い物とバカンスに決まってるじゃない!」
「そんなお金あるの? もう田代のお父さんからお金を貰ってないんでしょ?」
「みみっちいわねぇ、あんた。お金の話なんかよしてよ! 最高のバカンスの最中なのに! ああ、聞いたわよ。婚約披露パーティでしょ? それまでには帰って、ちゃんとおばあちゃん達も連れて行くわよ、じゃあね」
 ツーツーと一方的に電話は切れて、あたし、呆然だ。

 湊と正式に婚約し、披露の為のパーティを催すのだけど、あたしの方の出席者は家族三人しかいない。
 湊の方はかなりな招待客になるだろうけど、会社は依然危機を脱出していないようだ。
 松本電機産業からの取引撤退は続き、それにあたしが怒らせた久楽財閥からの妨害。

 実はあたし、久楽様に頭を下げに行ったんだ。
 当然、門前払いの上に、お屋敷前のデカいロボットゲートの前で五匹のドーベルマンに吠えられながら頭から水をかけられたというお粗末な次第。
 頭下げてもダメなら、ジュニアボーイの綺羅君のサイン入り生写真を送ったんだけど、久楽夫人は綺羅君のタニマチみたいな関係で望んだ時に本人に会えるらしく、生写真なんか全然ダメだった。

 それで湊のお父様にも謝ったんだけど、
「桜さんがそんな事をする必要はないよ。邪な考えで個人の恨みを仕事にぶつけてくるような人は幸せになれない。あの人達もいずれ分かる時が来るよ。それに一也はそんなにやわじゃないんじゃないかな」
 と一言もあたしを責めずに笑った。

 結局、あたしにどうする事も出来ず、日は進むだけだった。  

「ねえ、この招待状、本当に出すの?」
 湊の部屋で見つけた松本家へのパーティの招待状。
 田代家の分もある。
「出すさ」
「来ないんじゃない?」
「どうだろうな、来なけりゃそれでいいさ。こっちは最低限の義理は果たすだけだ」
「そっか」
 あたしはソファに座っている湊の横に座った。
 頭を湊の方に預けるようにして、もたれかかる。
「後悔してない? だって会社、大変なんでしょう?」
「してないよ。でももし会社潰れて貧乏になったらごめんな」
 と湊はあたしの肩に手を回しながら笑った。
「貧乏はいいよ。別に今までも裕福だったわけじゃないし。あたしもばりばり働くわよ」
「そうか」
「うん」
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