きまじめ騎士団長とおてんば山賊の娘

猫又

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新たなる旅立ち

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 キースが邱に着いた頃には、すでに馬車の用意ができていた。馬車には武器や食糧が一杯積み込まれ、すぐにでも出発できるようになっていた。邸の者は何も聞かずに、ミラルカの体を洗い、服を着替えさせた。キースはシドを籠から出してやり、邱の者を集めた。
「これより当分留守にする。いつ帰ってこれるか分からんし、俺は王弟に剣を向けた。伯爵の地位は剥奪されるであろう。この邸もどうなるか分からん。すまんがどこか他で奉公してくれ。中途半端にほうり出して誠にすまん。これまで俺に仕えてくれた事に心より感謝する」
 そう言ったキースに年老いた侍従頭がほほ笑んで言い返した。
「いつまでもお待ちしております。私達の仕える主人はあなた様しかおりません。どうか御無事でお帰りあそばされるよう、お祈りいたしております」
 侍従頭が頭を下げると、三十人もの者がそれにならった。誰もがキースを主人と認めており彼以外の人間には仕える気はなかった。キースの戦場での部下達も邸の外に駆け付け騒いでいる。彼がその気になればジユダ国軍の半数は彼の元に駆け付けるであろう。
 キースはそれをありがたく思ったが、兵士達を道連れには出来なかった。根気強く説得し彼が帰ってくるまでの留守をしかと頼んだ。
「出発するぞ」
 シドを肩に乗せ、カ-タとミラルカを馬車に乗せると勢いよく馬は走り出した。

 キースは休む間もなく、馬を走らせた。石が一つもない以上、ダノンに遅れをとるような事があってはならない。二頭立ての馬を巧みに操りながら彼の心は急いていた。ダノンに対抗するのは当然の事ながら、ミラルカが気にかかっていた。体の傷はいつかは治るが、心の傷は簡単には癒せない。早く抱きしめてやりたかった。何でもない事だと言ってやりたかった。彼はダノンの臭い芝居を信じてはいなかった。彼にそんな時間はなかったはずだ。自分にそう言い聞かせた。
 その彼の馬を追いかけている者がいた。キースはとうにそれに気がついていたが、大勢ではなく馬は二騎ほどだったので構わず走った。後ろの馬は必死の形相でキースに迫ってきた。危険は感じられない。キースは少し足を緩ませた。
「キース伯爵様! 待ってください。あっしです。デニスです」
 思わぬ声にキースは馬を急停止させた。やにわに剣をつかみ、怒鳴る。
「まだジユダにいたのか。再び俺の前に現れるとはいい度胸だ。覚悟しろよ。俺は頗る機嫌が悪いのだ」
 シドがキースを止めた。
「待ってくれ。あれはレイラだ」
「何」
 確かに、デニスと並んでレイラがいた。まだ顔は青白いが随分元気を取り戻している。彼女はほほ笑んでキースに名乗った。
「伯爵様、いつぞやは助けていただいてありがとうございます。お邸に伺いましたがすでに出られた後、理由を聞きお力になりとうて参上いたしました。デニスの不始末はこの身に代えても、私が責任をとります。命に背き、やってまいりましたからには斬られる覚悟はできておりますが、どうぞ追従をお許し下さい。ほらっ、あんたもお願いするんだよ」 見事な切り口上の後、レイラはデニスをつついた。デニスはしょぼくれかえって頭を下げた。キースは苦笑した。
「女は強いな。死ぬかもしれんぞ。デニス、二度とビサスの島へ帰れずともよいのか」
「仕方ありませんや。こいつがあっしを置いても行くと言うんですから」
「そうか、分かった。では行くぞ」
 一行は六人となり、やはりどんな者でも味方がいるというのは心強い。頼られているのはこの場合キース一人だが。
 キースは北へ北へと走った。街道では砂塵となり、山野では疾風のごとく、驚いた獣がよける間もなく哀れな肉塊となる。草木は薙ぎ倒され、優美な山脈さえ彼の瞳には映らなかった。今までにない怒りが彼を支配してやまない。一昼夜の間、一度の休息もとらずに走ったので、馬は疲れきりデニスやレイラも腕や体が痺れて、キースの馬に遅れをとるようになった。焦るキースをシドが戒める。
「しっかり休息をとろう。いたずらに疲れて後で動けない方が困る。早くあの男を切り裂いてやりたい気持ちは分かるが、力を蓄えておいてくれ」
「うぬ」
 沼のほとりでキースは馬を止めた。馬から降りたレイラとデニスは、座りこんで口もきけないでいる。今は役に立っていないカ-タが申し訳なさそうに二人に寝床を作ったり、食べ物を配分していた。カ-タとて縦横に揺れる馬車の中で、キースは馬車というのを忘れたように走っていたので、随分体を傷めた。皆が食事を口にしても、ミラルカは馬車から出てこない。カ-タが何度か声をかけたが返事すらない。立ち上がるカ-タをキースが押さえた。彼は黙って馬車の中へ入っていった。ミラルカは隅の方でうずくまっている。 ぼんやりと遠くをみる瞳には生気がない。
「しっかりしろ。お前らしくもない。あのような三文芝居を信じているのか」
 うつろな瞳がキースを捕えた。青ざめた顔は見る陰もなくやつれている。それほど彼女には衝撃が大きかったのだ。
「芝居? 慰めてくれなくてもいいよ! もうあたしの事は放っておいて!」
「慰めるつもりはない。忘れたのか。王弟は男色家だぞ? あやつは女には体が言う事をきかんのだ」
 ダノンが男色家なのは知っていたが、女性には役に立たないかどうかはキースとて確たる証拠があるわけでもないが、今はなんとしてもミラルカを立ち直らせたい。
「だけど……」
「お前が豪気でなくてこれからどう戦う。それともあやつが権力を手にいれて、我らはその下で情けなく生きるのか。俺は王弟に刃を向けた。もうあやつを殺す以外に生きて帰る道はない」
「分かったよ。だけど、あの男を殺すのはあたしにやらせて」
「いいとも、好きなだけ斬り刻むがいい」 
 ようやくミラルカが正気を取り戻した。時に憎しみは生きる糧になるものである。
「やはり、お前は強気で獲物を追いかけている方が似合う。俺の惚れたのはそういうお前だからな」
「まだそんな事言ってるの」
「何度言えば信じるのだ。お前が信じるまで一年でも二年でも言い続けるぞ」
「わ、分かったわよ。恥ずかしいからもうやめて!」
 ミラルカは真っ赤になって言い返した。
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