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第二十話 フォレシス
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オリディオール島の西側の地域『ラーケル』。
この地域は特に農業が盛んであった。
中央のアルフィス山一帯に降った流れ落ちる雨、そして雪解けの水などが、この地域に入り込むのと、南西と中央辺りにある大きな湖からこの地域のほとんどへ、木の根のように張り巡らされた川があり、水源に恵まれた肥沃な大地であった。
様々な穀物や野菜、果物などが育てられ、西の大陸で発見された物もいくつか栽培され、『オリディオールの食料庫』と言われていた。
そして、その中の一つであるラプルと言う果実を育てている者たちがいた。
ラーケル地域最大の町、アートスから南の方へ行ったところにその果樹園はあった。
その果樹園では、様々な品種のラプルが植えられ、そこで収穫されたその実は、オリディオールの人々にとっては無くてはならない存在だった。
日々の生活の中で使われる食材として、多くの人々に愛されていた。
ジャムやお酒、削って料理に入れたり、生野菜と共に食したりと、様々な用途に用いられていた。
今日も朝早くから農園の近くにある大きな家から出て、そのラプルの実を収穫しようとしている者たちがいた……。
「………全く、ガインの奴!!」
家の木製のドアを力強く開け、そう叫びながら外へ出てきたのは、亜麻色の髪の女性だった。
彼女は今、怒りに満ちているようだった。
均整の取れた体型や顔立ちで、現在の自身の心の中にある怒りを、そのまま表現したようなしかめっ面をしなければ、魅力的な女性であっただろうと思わせる容姿をしていた。
歩き方も、手を握りしめながら、両肩を上げ、やや鼻息も荒く、少しがに股で地面を力強く踏みつけるようにして歩いていた。
「あぁーんの馬鹿……いつまで遊んでんのよ!!」
その女性の後に続くように、もう1人の人物が大きな家からドアを開け、現れていた。
「セラちゃん、そんなに怒らないで!」
その人物は黒髪でメガネをかけ、三つ編みをし、小柄で地味な印象を与える人物だった。
彼女は怒っている人物に近づき、なだめていた。
「きっと、もうすぐ帰ってくるわ。だから、帰ってきてもそんなに怒らないであげて……」
「だめよ、シェイミー。あいつは甘やかしちゃだめ!今がどんな時期か、あいつも知っているはずなのよ!それなのに……」
この2人は、ユラトと同じ学校の同級生だったセラリス・ウォードとシェイミー・ラウネスだった。
ここは、ウォード家が営んでいるラプルの果樹園。
今、この農園では、ラプルの収穫の最盛期を迎えていた。
広大な土地に、様々な品種のラプルが植えられ、この家の者たちによって管理されていた。
そして、ラプルの木々に囲まれるように、ウォード家の家はあった。
白い壁の赤い屋根のある建物だった。
豪華な居間や客室、家族の部屋や使用人たちの部屋を合わせると、かなりの数があった。
家の外に目を向けると、手入れの行き届いた池のある庭が見え、その庭の奥に豪華な装飾が施された馬車や収穫したラプルを貯蔵しておくための建物、いくつかの離れの部屋も見えていた。
そして今日の収穫は、ウォード家が雇った人だけでは足りず、家族や使用人も含めて全員でこの果実を収穫するのが毎年の恒例であった。
しかし、今年は3人ほど、人数が足りなかった。
1人は、ハイエルフの国を探すために、期間限定で探索を許されたガイン。
後の2人は、ガインの2人の兄だった。
長男のポルキンは、北東の大陸に興味を持ったらしく、食や食材を求めて、旅立ったと、一昨日来た手紙にそう書いてあった。
そしてウォード家、次男の名前はニコラス・ウォードと言い、彼は東のバルディバにある学校で経営学を学んでいたため、実家には帰って来れないということだった。
彼は、ウォード家の男兄弟の仲で一番のしっかり者で、父親も「この果樹園を継ぐのは、ニコラスだ」と言っていたほどだった。
シェイミーは、握りしめた手を胸元へ当て、外の景色を眺めながらセラリスに話しかけていた。
「……私は、彼が無事で帰ってきてくれればそれでいいの……」
「シェイミー………」
その時、家のドアを開け、出てくる者がいた。
「やあ、お二人さん。そろそろ始めるけど、いいかい?」
一番近くにいたシェイミーが最初に振り返った。
「あ、おじ様……」
「父さん……」
その人物は、ウォード家の主であるフィリップ・ウォードと言う男だった。
彼は、どちらかと言うと、穏やかで争いごとを嫌う男だった。
押しに弱いところがあり、いつも妻の意見を優先させられていた。
そして、困っている人を見つけたら、放っておけない人物でもあった。
また、人を少しだが、からかう癖があり、どこか中年の色気をもった長身の男でもあった。
フィリップは、近くにいたシェイミーに話しかけた。
「シェイミー……私をお父さんと呼んでもいいんだよ」
「そ、それは……あの……」
突然そう言われたシェイミーは、顔を赤らめた。
まだ、ガインとは付き合って間もなかった。
せいぜい、手を少し握り合った程度だった。
そんなシェイミーを見たセラリスは父に、怒りを込めて話しかけていた。
「父さん!まだガインとシェイミーは、そこまでの仲じゃないの!」
セラリスからそう言われたフィリップは、残念そうな表情になった。
「……なんだ、まだそんなに進んでおらんかったのか………ガインの奴、それなのにシェイミーを置いて行ったというのか……しょうがない奴だな……」
その言葉には、セラリスもすぐに賛同していた。
「そうよ!あいつ、ヴァルブルギスの祭りには、帰ってくるように約束したのに!」
「セラちゃん、きっと色々あるのよ……」
「なあーにがあるって言うのよ!どうせ楽しくて、こっちのこと忘れているんじゃない?」
「そんなことないと思う……向こうの人たちは生活でやっている人たちだから……それを考えると、なかなか抜けられないのかも……ガイン優しいから……」
フィリップは身だしなみを整えながら、体を軽く動かし、2人に話しかけていた。
「ま、息子が無事に帰ってくれば、私はそれでいいがね……」
「はい!」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
そして、更に人が現れた。
今度は、使用人を従えた中年の女性が現れた。
「あなた達、そこにいたのね。そろそろ行きましょう!」
その人物は、フィリップの妻のヘルガ・ウォードだった。
ショートカットの清潔感のある感じの女性だった。
今日はラプル収穫のため、日差しを避けるために、袖の長い服と、つばの長めの白い帽子をかぶっていた。
「母さん。ガインの奴、放っておいていいの?」
セラリスは、エルフィニアで冒険者をやっている息子の事を、あまり話題にしない母に尋ねた。
「大丈夫よ。ウォード家の男どもは、みんな逃げ足だけは、誰にも負けないわ………ま、手の早い人もいるいたいだけど!」
そう言って、ヘルガは目を細め、夫をちらりと見た。
フィリップは、すぐに顔色が悪くなっていた。
そして妻に、努めて明るく話しかけようとしていた。
「か、母さん。きょ、今日は、収穫には絶好の天気だね!………今日は頑張るかな!」
そう言ってフィリップは、手足を激しく動かし、準備運動のようなことをしだしていた。
妻のヘルガは、夫が浮気をしたことが未だに許せないようで、たまにこうやってフィリップをチクリと刺す事があった。
セラリスについても、当初はよそよそしい態度だったが、彼女の持つ明るさやガイン達兄弟がセラリスとすぐに仲良くなり、家に馴染もうと彼女が努力していたのもあって、その姿を見た時、「子供に罪は無い」と思い、彼女の母親になる事をヘルガはその時に決めた。
だから今は、本当の母親と娘のような関係になっていた。
(ふふっ……父さんったら、焦ってるみたい)
しかし、そんな父親だったからこそ「自分はこの世に生を受けることができたのだ」とセラリスは思っていた。
(……だけど、女としては……やっぱり裏切りは許せないわよね……)
いつも、母が父に対してそう言った事を言う度に、セラリスは心に葛藤のようなものが生じていた。
そして、その心のモヤモヤを和らげてくれたのが、ユラトだった。
(ユラト……)
彼の事を思おうとしたとき、ウォード家の敷地内に、1頭の馬に乗って入ってくる者がいた。
まだ、朝日が昇っていないため、辺りは薄暗く、それが誰であるのかよくはわからなかった。
そして、その者は馬に乗ったまま、彼らの近くまで来た。
徐々にその人物が見え始める。
(………あれは……)
その者はセラリスたちの目の前に、たどり着いた。
皆、誰であるのかがすぐにわかった。
その人物を見たセラリスは、落ち着いた表情から再び、怒りに満ちた表情へと戻り、肩をわなわなと震わせ始めた。
そして、皆がいる場所とは違う場所へと向った。
シェイミーが嬉しそうに、その人物の名前を叫んだ。
「―――ガイン!!」
それは、ガイン・ウォードだった。
彼はウッドエルフの森から無事に、この地へたどり着けたようだった。
体は全体的に薄汚れていたが、表情はこの家を出るときよりも、活き活きとしており、どこか少しだけ精悍に見え、大人びた印象があった。
ガインは、すぐに馬から降りた。
そしてシェイミーや家族に笑顔で元気に声をかけた。
「みんな、帰ってきたよ!」
そんなガインを見たシェイミーは、すぐに彼の元へ走りよろうとした。
しかし、そこで戻ってきたセラリスが大きな声を出し、ガインに向って何かを投げた。
「こぉらー!ガイン、何やってたー!」
勢い良くそれはガイン目掛けて飛んでいった。
「うわああー!」
ガインは驚き、そしてセラリスが投げた物を避けた。
それは足元に落ち、乾いた音を立てていた。
ガインはそれを見た。
それは木で出来た剣だった。
いつもセラリスとガインが、練習用に使っていた剣だった。
「へぇ、ガイン。避けられるようになったんだ……」
ガインが攻撃を避けた事に、セラリスは驚いていた。
「そ、そりゃそうさ!僕だって……」
「じゃあ、―――これはどう!」
今度は一緒に持ってきた木の剣で、セラリスはガインを攻撃し始めた。
あり得ない家族の歓迎に、ガインは焦った。
「ちょっと、セラリス!」
そしてガインは、自分の足元にあった木の剣を咄嗟に拾うと、彼女の攻撃を防いだ。
セラリスは、またしても驚いた。
「これも……受け止めるなんて……」
(受け止められた………やったぞ!!やっぱり、僕って強くなってたんだ!)
暗黒世界の最前線で戦う冒険者として彼は気付かぬうちに鍛えられていたのだった。
そのことに気が付いたガインは、自信をみなぎらせ、セラリスに言い放った。
「セ、セラリス。僕は、今までの僕じゃないんだ!」
少し強くなった自分をシェイミーに見せたい。
そんな事もあって、ガインは冒険者になって森の中へ入ったのだった。
「……くっ!ガインのくせに生意気!」
セラリスは、本気を出すことにした。
真剣な表情になり、ガインの近くまで低い体勢で走った。
そんな2人を見たシェイミーは、止めようと叫んでいた。
「ちょっとセラちゃん!」
父のフィリップもセラリスの行動をたしなめようと叫んだ。
「おい、セラリス!」
しかし、彼女は止まる事無く、ガインの目の前までたどり着くと、突きを繰り出そうとした。
それを見たガインは、その突きをかわそうと、水平に剣を振った。
「―――はっ!」
しかしセラリスの攻撃はフェイントだった。
彼女はガインの目前で止まり、すぐに後ろに飛んだ。
(まだ、甘いわね、ガイン!!)
そして彼の剣を持った腕を蹴り上げ、そのまま、後方へ回転跳びをした。
着地すると、しゃがんだまま、セラリスは自信に満ちた顔でガインを見た。
いつも2人で剣の練習をしているときは、これでガインの剣は飛んでいた。
しかし、セラリスの表情は一変する。
(―――はっ!)
ガインは彼女の攻撃を耐え、体勢をほとんど変えずに剣を持ったままだった。
そして、打ち上げられた腕を動かし、セラリスに木の剣を振り下ろそうとしていた。
(―――くっ、やるわね!)
セラリスもすぐに、起き上がりながら素早く突きをガインの首元へ放った。
そして2人の腕は交差した。
セラリスの突きは、見事ガインの首筋を押さえていた。
しかし、彼女は喜んでいなかった。
なぜならガインの剣もセラリスの首筋をとらえていたからだった。
(……なんてこと……)
ガインが思った以上に強くなっている事にセラリスは驚いていた。
そしてガインは、セラリスと互角に戦えたことに、喜びを感じていた。
(―――やった!僕は……)
「―――はい、そこまでよ!2人とも!!」
母親のヘルガが叫びながら手を叩くことで、この場の止まった時が再び動き出した。
セラリスとガインは剣を引き合った。
そして、ここで初めてセラリスは穏やかな表情になり、帰ってきた兄弟に声をかけた。
「お帰り、ガイン……あたしもシェイミーも心配したんだから……」
「セラリス………」
ガインは、普段ならもう少しだけ言ってくる彼女があまり言ってこなかったことに違和感を覚えたが、帰ってきた実感が湧いてきたのと家族やシェイミーに会えたことがうれしくて、笑顔でセラリスに答えていた。
「うん!ただいま!!」
「ガイン!」
シェイミーが嬉しそうに、ガインの元へ駆け寄っていた。
そんなガインを少し離れて、セラリスは見ていた。
(あのガインが……)
セラリスは、ガインの成長を嬉しく思うと同時に、彼を短期間で成長させた冒険者と言うものに興味を持った。
(西の新大陸で、一体どんな旅があったんだろ………冒険者か……ちょっと気になるわね……確か、ユラトも学校を出たら西に行きたいとか言っていたわね……)
そしてフィリップとヘルガが、ガインのもとへ寄った。
ヘルガは、彼の頬を両手で包み込むように触れ、息子の顔を穏やかな表情で見ていた。
「ガイン……少し男らしくなったわね……さっきの戦いぶり、良い戦いだったわ。それでこそ、ウォード家の男よ!お帰りなさい、ガイン!」
「母さん……」
フィリップもガインの肩に手を置き、優しく話しかけていた。
「息子よ、光の種族としての役目、よくやって来てくれた。お前のその成長振り、きっとウォード家の誇りとなる旅となったはずだ。良く帰ってきたな……ガイン!」
「うん!僕なりに、頑張ってきたよ。みんな、ありがとう!」
この場にいる者全員が、彼の帰還を喜んでいるようだった。
そして、使用人の中で一番偉い人物がフィリップに近づき、話しかけてきた。
「旦那様。準備が整いました」
「ああ、分かった」
フィリップは、セラリスやガインたちに声をかけた。
「おーい、みんな。準備が出来たそうだ。そろそろ行こうか」
収穫したラプルの実を運ぶための荷馬車が続々と現れ始めた。
荷馬車には雇われた人がたくさん乗っていた。
皆、フィリップとヘルガに軽く挨拶を済ますと荷馬車に乗り込んでいった。
そして次々とラプルの木が茂っているところへ、荷馬車は向って行くのだった。
セラリスとシェイミーも荷馬車の一つに乗り込んだ。
すると、ガインも2人が座っているところへやってきた。
それを見たシェイミーは、すぐに心配そうにガインに話しかけた。
「ガイン!あなたは冒険から帰ってきたところでしょ。ゆっくり休んで!」
セラリスも同じ思いだった。
「シェイミーの言うとおりよ。あんたは休みなさい」
ガインはセラリスとシェイミーのいる間に座った。
「昨日はアートスで休んでいたから大丈夫だよ。それに2人に遅れた理由について話しておこうと思ってさ」
「……ん。もういいわよ。さっきので無かったことにしてあげる」
「私は、ガインが無事だったからそれでいい……」
「そっか……」
ガインが黙ってしまったのを見たセラリスは、彼が話したがっているような気がし、聞くことにした。
「まあ、そうね……聞いちゃった以上は気になるから言って!」
やはりガインは話したかったのか、笑顔で答えた。
「うん!」
荷馬車は、「ガタゴト」と音を立てながら、道の両脇にラプルの木が茂る、のどかな道をゆっくりと走っていた。
3人は荷馬車の一番後ろで、進む方向とは反対の方へ向いて座り、ガインを中心に、足をぶらぶらとさせながら座っていた。
「アートスと西の新大陸を結ぶ航路にさ、大きな魔物が現れたらしいんだ」
セラリスは話を聞きながら立ち上がると、荷馬車の外へ手を伸ばし、ラプルの実を、いくつか取った。
その実の皮は黄緑色で、良く見ると非常に小さな茶色い斑点が付いた品種だった。
見た目とは違い、中は白く、ラプルの品種の中でも、特に糖度の高い品種だった。
彼女は、それを自分の着ている服で磨きながら、ガインに答えた。
「へぇ、珍しいわね」
人数分取っていたようで、ガインとシェイミーにも一つずつ渡していた。
ラプルを受け取りながら、シェイミーもガインに話しかけた。
「最近は、ほとんどそんな話、なかったのに……」
「うん、それでさ。しばらくその海域に留まっていたらしくて……」
「それで、船が出なかったってこと?」
「うん。ラスケルクからしか、帰れないからね」
「どんな魔物だったの?」
「港の人に聞いたんだけど、大きな背ビレしか見えなかったって言ってたよ」
ラプルの実をかじりながら、セラリスは話した。
「じゃあ、クラーケンじゃないって事か……」
「うん、見えた範囲だけでも相当の大きさだったらしいよ。山みたいだったって言ってた……」
それを聞いたセラリスは、ラプルの実をかじるのを中断した。
「何それ……そんなのもいるんだ……クラーケンやシーサーペントでも、みんな嫌気が差しているのに……海は怖いわねぇ……」
「うん。それで、その後、その魔物はその海域からどこかへ向ったみたいなんだ。とりあえず、人は襲わなかったみたいで、被害は無かったみたい」
ガインの話を聞いて、シェイミーは安堵していた。
「良かった……」
ガインは話を続けた。
「それで、その後、無事に運航が再開して、僕は船に乗ったんだよ」
「何、まだ話しがあるの?」
「うん。それで船は、しばらく順調にラスケルクからアートスへ向ったんだ」
シェイミーは、ラプルの実を両手に握り締めるように持ちながら、ガインの話に聞き入っていた。
「うん……」
「丁度、日が傾き始めたぐらいかな……その時に、船に乗っていた僕らは、『ソードガルフィッシュ』の群れに遭遇して、戦闘になったんだよ」
【ソードガルフィッシュ】
見た目はカジキマグロのような姿で、そこにトビウオのように羽のような大きなヒレの付いた魚の魔物。
角の部分は剣のように鋭く、そして非常に硬く、その部分を使用して攻撃を仕掛けてくる。
威力はかなりあり、大きいものだとレンガで出来た壁を貫くほどである。
高い魔力を持っており、羽根のようなヒレに魔力を消費させることで、しばらくの間だが、空中を飛ぶことが出来る。
水中で力強く、尾で水を掻き、一気に飛び上がって、敵目掛け攻撃してくることが多い。
古代に書かれた記録によると、この魚の群れに襲われ、いくつもの船が沈んだと書かれていた。
また、マーマン達が角を利用し、槍として使っていたと言う文献が存在している。
ガインは、そこに居合わせた冒険者たちと共に、その魔物と戦った。
「それでね、結構時間が経って、とうとう夜になったんだ」
セラリスは再び、ラプルの実をかじった。
かじられたラプルの実は「シャリ」と言う音を立てていた。
「……ふーん。結構大変だったんだ……」
そしてガインは、目の焦点が定まっていないような表情で話し始めた。
「僕は、その戦いの最中見たんだ……」
ガインの様子が少し違うことに気が付いたシェイミーは心配そうに彼の顔を覗き見ていた。
「……どうしたの?ガイン……」
「遠くの方だったんだけど、飛竜に乗った人が突然上空から急下降してきて現れたかと思うと、剣を抜き放って、海面を切るように剣を振っているのを見たんだ……」
そこでセラリスは興味を示していた。
「……何それ。ちょっと面白そうじゃない!」
「だけど、ほんの一瞬の出来事だったんだ……。すぐにその人物は飛竜と共に上空へ舞い上がって行って、夜空に浮かぶ雲の中へ消えていったんだよ………」
シェイミーは、信じられないようだった。
「ただのワイバーンじゃないの?ほんとに人が乗っていたの?」
「うん……海面を切ったとき、一瞬だったけど剣が光ったのを僕は、確かに見たよ……あの人がソードガルフィッシュの群れの中心辺りを切ってくれたおかげで、その後、敵はどこかへ行ってしまったんだ」
「へぇ、良かったじゃない……だけど、気になるわね……」
「うん……後で、他の冒険者の人にも聞いてみたんだけど、僕以外、誰も見てなかったみたいなんだ……あれはなんだったんだろう……」
しばらく3人は無言でラプルの実をかじりながら、考えていた。
そしてシェイミーが最初にガインに話しかけた。
「今は考えても、きっと分からないと思う……だから、助かった事に感謝するだけで今はいいんじゃないかな?……」
「そうね……シェイミーの言うとおりかも……うん!考えてもしょうがないわよ、助かったことに感謝しなさい!」
そう言ってセラリスはガインの肩を軽く叩いた。
「うん……(だけど、あの飛竜に乗った人物が飛んでいったのは、ユラトたちがいる森の方向だったんだ……ユラト……大丈夫だろうか?……そう言えば、二人にはまだ、話してなかったね……)」
ガインがユラトの事を話そうとした時、彼らは目的地へ着いたようだった。
荷馬車が止まり、雇われた人々が荷馬車から降り、準備に取り掛かっていた。
「着いたみたいね……今日は、たくさん取るぞー!」
セラリスが一番最初に、荷馬車から降りた。
そして腕まくりをして振り返った。
「さあ、2人ともやるわよ!」
ガインは、シェイミーの手を取り立ち上がった。
「僕たちも行こう、シェイミー!」
いつもこういうことに関しては消極的だったガインが積極的になっていたことに一瞬戸惑いを見せたシェイミーだったが、それは喜ばしいことだと彼女は思った。
(ガイン……)
そして、少しはにかみながら、彼女もガインに手を引かれ、荷馬車から降りた。
ガインはシェイミーの手を握り締めながら、体だけでなく心の成長も感じ取っていた。
そして、セラリスの後についていきながら色々考えていた。
(これで少しは誰かを守れるようになったかな?……ユラト、僕は無事にたどり着けたよ……セラリスのさっきの顔……きっと冒険者に興味を持ったのかも……だから、3人でまた会いに行くよ!)
ガインはセラリスに話しかけた。
「セラリス、僕、あの森でユラトに会ったんだよ!」
3人の先頭を歩いていたセラリスは、亜麻色の髪を揺らして振り返った。
「ええーー!?あんた、それ先に言いなさいよ!!」
「言おうとしたさ……だけど、あんな歓迎を受けたんだもん……」
シェイミーも驚きながらガインに尋ねていた。
「ガイン、本当にユラト君に会ったの?」
「うん、本当さ!」
「その話、もっと詳しく聞かせなさい!」
そんなセラリスの反応を見たガインは、笑い声を果樹園に響かせた。
「あははは!言うと思った!」
ウォード家のラプルの収穫は例年通り、和気藹々とした中、始まったようだった。
この地域は特に農業が盛んであった。
中央のアルフィス山一帯に降った流れ落ちる雨、そして雪解けの水などが、この地域に入り込むのと、南西と中央辺りにある大きな湖からこの地域のほとんどへ、木の根のように張り巡らされた川があり、水源に恵まれた肥沃な大地であった。
様々な穀物や野菜、果物などが育てられ、西の大陸で発見された物もいくつか栽培され、『オリディオールの食料庫』と言われていた。
そして、その中の一つであるラプルと言う果実を育てている者たちがいた。
ラーケル地域最大の町、アートスから南の方へ行ったところにその果樹園はあった。
その果樹園では、様々な品種のラプルが植えられ、そこで収穫されたその実は、オリディオールの人々にとっては無くてはならない存在だった。
日々の生活の中で使われる食材として、多くの人々に愛されていた。
ジャムやお酒、削って料理に入れたり、生野菜と共に食したりと、様々な用途に用いられていた。
今日も朝早くから農園の近くにある大きな家から出て、そのラプルの実を収穫しようとしている者たちがいた……。
「………全く、ガインの奴!!」
家の木製のドアを力強く開け、そう叫びながら外へ出てきたのは、亜麻色の髪の女性だった。
彼女は今、怒りに満ちているようだった。
均整の取れた体型や顔立ちで、現在の自身の心の中にある怒りを、そのまま表現したようなしかめっ面をしなければ、魅力的な女性であっただろうと思わせる容姿をしていた。
歩き方も、手を握りしめながら、両肩を上げ、やや鼻息も荒く、少しがに股で地面を力強く踏みつけるようにして歩いていた。
「あぁーんの馬鹿……いつまで遊んでんのよ!!」
その女性の後に続くように、もう1人の人物が大きな家からドアを開け、現れていた。
「セラちゃん、そんなに怒らないで!」
その人物は黒髪でメガネをかけ、三つ編みをし、小柄で地味な印象を与える人物だった。
彼女は怒っている人物に近づき、なだめていた。
「きっと、もうすぐ帰ってくるわ。だから、帰ってきてもそんなに怒らないであげて……」
「だめよ、シェイミー。あいつは甘やかしちゃだめ!今がどんな時期か、あいつも知っているはずなのよ!それなのに……」
この2人は、ユラトと同じ学校の同級生だったセラリス・ウォードとシェイミー・ラウネスだった。
ここは、ウォード家が営んでいるラプルの果樹園。
今、この農園では、ラプルの収穫の最盛期を迎えていた。
広大な土地に、様々な品種のラプルが植えられ、この家の者たちによって管理されていた。
そして、ラプルの木々に囲まれるように、ウォード家の家はあった。
白い壁の赤い屋根のある建物だった。
豪華な居間や客室、家族の部屋や使用人たちの部屋を合わせると、かなりの数があった。
家の外に目を向けると、手入れの行き届いた池のある庭が見え、その庭の奥に豪華な装飾が施された馬車や収穫したラプルを貯蔵しておくための建物、いくつかの離れの部屋も見えていた。
そして今日の収穫は、ウォード家が雇った人だけでは足りず、家族や使用人も含めて全員でこの果実を収穫するのが毎年の恒例であった。
しかし、今年は3人ほど、人数が足りなかった。
1人は、ハイエルフの国を探すために、期間限定で探索を許されたガイン。
後の2人は、ガインの2人の兄だった。
長男のポルキンは、北東の大陸に興味を持ったらしく、食や食材を求めて、旅立ったと、一昨日来た手紙にそう書いてあった。
そしてウォード家、次男の名前はニコラス・ウォードと言い、彼は東のバルディバにある学校で経営学を学んでいたため、実家には帰って来れないということだった。
彼は、ウォード家の男兄弟の仲で一番のしっかり者で、父親も「この果樹園を継ぐのは、ニコラスだ」と言っていたほどだった。
シェイミーは、握りしめた手を胸元へ当て、外の景色を眺めながらセラリスに話しかけていた。
「……私は、彼が無事で帰ってきてくれればそれでいいの……」
「シェイミー………」
その時、家のドアを開け、出てくる者がいた。
「やあ、お二人さん。そろそろ始めるけど、いいかい?」
一番近くにいたシェイミーが最初に振り返った。
「あ、おじ様……」
「父さん……」
その人物は、ウォード家の主であるフィリップ・ウォードと言う男だった。
彼は、どちらかと言うと、穏やかで争いごとを嫌う男だった。
押しに弱いところがあり、いつも妻の意見を優先させられていた。
そして、困っている人を見つけたら、放っておけない人物でもあった。
また、人を少しだが、からかう癖があり、どこか中年の色気をもった長身の男でもあった。
フィリップは、近くにいたシェイミーに話しかけた。
「シェイミー……私をお父さんと呼んでもいいんだよ」
「そ、それは……あの……」
突然そう言われたシェイミーは、顔を赤らめた。
まだ、ガインとは付き合って間もなかった。
せいぜい、手を少し握り合った程度だった。
そんなシェイミーを見たセラリスは父に、怒りを込めて話しかけていた。
「父さん!まだガインとシェイミーは、そこまでの仲じゃないの!」
セラリスからそう言われたフィリップは、残念そうな表情になった。
「……なんだ、まだそんなに進んでおらんかったのか………ガインの奴、それなのにシェイミーを置いて行ったというのか……しょうがない奴だな……」
その言葉には、セラリスもすぐに賛同していた。
「そうよ!あいつ、ヴァルブルギスの祭りには、帰ってくるように約束したのに!」
「セラちゃん、きっと色々あるのよ……」
「なあーにがあるって言うのよ!どうせ楽しくて、こっちのこと忘れているんじゃない?」
「そんなことないと思う……向こうの人たちは生活でやっている人たちだから……それを考えると、なかなか抜けられないのかも……ガイン優しいから……」
フィリップは身だしなみを整えながら、体を軽く動かし、2人に話しかけていた。
「ま、息子が無事に帰ってくれば、私はそれでいいがね……」
「はい!」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
そして、更に人が現れた。
今度は、使用人を従えた中年の女性が現れた。
「あなた達、そこにいたのね。そろそろ行きましょう!」
その人物は、フィリップの妻のヘルガ・ウォードだった。
ショートカットの清潔感のある感じの女性だった。
今日はラプル収穫のため、日差しを避けるために、袖の長い服と、つばの長めの白い帽子をかぶっていた。
「母さん。ガインの奴、放っておいていいの?」
セラリスは、エルフィニアで冒険者をやっている息子の事を、あまり話題にしない母に尋ねた。
「大丈夫よ。ウォード家の男どもは、みんな逃げ足だけは、誰にも負けないわ………ま、手の早い人もいるいたいだけど!」
そう言って、ヘルガは目を細め、夫をちらりと見た。
フィリップは、すぐに顔色が悪くなっていた。
そして妻に、努めて明るく話しかけようとしていた。
「か、母さん。きょ、今日は、収穫には絶好の天気だね!………今日は頑張るかな!」
そう言ってフィリップは、手足を激しく動かし、準備運動のようなことをしだしていた。
妻のヘルガは、夫が浮気をしたことが未だに許せないようで、たまにこうやってフィリップをチクリと刺す事があった。
セラリスについても、当初はよそよそしい態度だったが、彼女の持つ明るさやガイン達兄弟がセラリスとすぐに仲良くなり、家に馴染もうと彼女が努力していたのもあって、その姿を見た時、「子供に罪は無い」と思い、彼女の母親になる事をヘルガはその時に決めた。
だから今は、本当の母親と娘のような関係になっていた。
(ふふっ……父さんったら、焦ってるみたい)
しかし、そんな父親だったからこそ「自分はこの世に生を受けることができたのだ」とセラリスは思っていた。
(……だけど、女としては……やっぱり裏切りは許せないわよね……)
いつも、母が父に対してそう言った事を言う度に、セラリスは心に葛藤のようなものが生じていた。
そして、その心のモヤモヤを和らげてくれたのが、ユラトだった。
(ユラト……)
彼の事を思おうとしたとき、ウォード家の敷地内に、1頭の馬に乗って入ってくる者がいた。
まだ、朝日が昇っていないため、辺りは薄暗く、それが誰であるのかよくはわからなかった。
そして、その者は馬に乗ったまま、彼らの近くまで来た。
徐々にその人物が見え始める。
(………あれは……)
その者はセラリスたちの目の前に、たどり着いた。
皆、誰であるのかがすぐにわかった。
その人物を見たセラリスは、落ち着いた表情から再び、怒りに満ちた表情へと戻り、肩をわなわなと震わせ始めた。
そして、皆がいる場所とは違う場所へと向った。
シェイミーが嬉しそうに、その人物の名前を叫んだ。
「―――ガイン!!」
それは、ガイン・ウォードだった。
彼はウッドエルフの森から無事に、この地へたどり着けたようだった。
体は全体的に薄汚れていたが、表情はこの家を出るときよりも、活き活きとしており、どこか少しだけ精悍に見え、大人びた印象があった。
ガインは、すぐに馬から降りた。
そしてシェイミーや家族に笑顔で元気に声をかけた。
「みんな、帰ってきたよ!」
そんなガインを見たシェイミーは、すぐに彼の元へ走りよろうとした。
しかし、そこで戻ってきたセラリスが大きな声を出し、ガインに向って何かを投げた。
「こぉらー!ガイン、何やってたー!」
勢い良くそれはガイン目掛けて飛んでいった。
「うわああー!」
ガインは驚き、そしてセラリスが投げた物を避けた。
それは足元に落ち、乾いた音を立てていた。
ガインはそれを見た。
それは木で出来た剣だった。
いつもセラリスとガインが、練習用に使っていた剣だった。
「へぇ、ガイン。避けられるようになったんだ……」
ガインが攻撃を避けた事に、セラリスは驚いていた。
「そ、そりゃそうさ!僕だって……」
「じゃあ、―――これはどう!」
今度は一緒に持ってきた木の剣で、セラリスはガインを攻撃し始めた。
あり得ない家族の歓迎に、ガインは焦った。
「ちょっと、セラリス!」
そしてガインは、自分の足元にあった木の剣を咄嗟に拾うと、彼女の攻撃を防いだ。
セラリスは、またしても驚いた。
「これも……受け止めるなんて……」
(受け止められた………やったぞ!!やっぱり、僕って強くなってたんだ!)
暗黒世界の最前線で戦う冒険者として彼は気付かぬうちに鍛えられていたのだった。
そのことに気が付いたガインは、自信をみなぎらせ、セラリスに言い放った。
「セ、セラリス。僕は、今までの僕じゃないんだ!」
少し強くなった自分をシェイミーに見せたい。
そんな事もあって、ガインは冒険者になって森の中へ入ったのだった。
「……くっ!ガインのくせに生意気!」
セラリスは、本気を出すことにした。
真剣な表情になり、ガインの近くまで低い体勢で走った。
そんな2人を見たシェイミーは、止めようと叫んでいた。
「ちょっとセラちゃん!」
父のフィリップもセラリスの行動をたしなめようと叫んだ。
「おい、セラリス!」
しかし、彼女は止まる事無く、ガインの目の前までたどり着くと、突きを繰り出そうとした。
それを見たガインは、その突きをかわそうと、水平に剣を振った。
「―――はっ!」
しかしセラリスの攻撃はフェイントだった。
彼女はガインの目前で止まり、すぐに後ろに飛んだ。
(まだ、甘いわね、ガイン!!)
そして彼の剣を持った腕を蹴り上げ、そのまま、後方へ回転跳びをした。
着地すると、しゃがんだまま、セラリスは自信に満ちた顔でガインを見た。
いつも2人で剣の練習をしているときは、これでガインの剣は飛んでいた。
しかし、セラリスの表情は一変する。
(―――はっ!)
ガインは彼女の攻撃を耐え、体勢をほとんど変えずに剣を持ったままだった。
そして、打ち上げられた腕を動かし、セラリスに木の剣を振り下ろそうとしていた。
(―――くっ、やるわね!)
セラリスもすぐに、起き上がりながら素早く突きをガインの首元へ放った。
そして2人の腕は交差した。
セラリスの突きは、見事ガインの首筋を押さえていた。
しかし、彼女は喜んでいなかった。
なぜならガインの剣もセラリスの首筋をとらえていたからだった。
(……なんてこと……)
ガインが思った以上に強くなっている事にセラリスは驚いていた。
そしてガインは、セラリスと互角に戦えたことに、喜びを感じていた。
(―――やった!僕は……)
「―――はい、そこまでよ!2人とも!!」
母親のヘルガが叫びながら手を叩くことで、この場の止まった時が再び動き出した。
セラリスとガインは剣を引き合った。
そして、ここで初めてセラリスは穏やかな表情になり、帰ってきた兄弟に声をかけた。
「お帰り、ガイン……あたしもシェイミーも心配したんだから……」
「セラリス………」
ガインは、普段ならもう少しだけ言ってくる彼女があまり言ってこなかったことに違和感を覚えたが、帰ってきた実感が湧いてきたのと家族やシェイミーに会えたことがうれしくて、笑顔でセラリスに答えていた。
「うん!ただいま!!」
「ガイン!」
シェイミーが嬉しそうに、ガインの元へ駆け寄っていた。
そんなガインを少し離れて、セラリスは見ていた。
(あのガインが……)
セラリスは、ガインの成長を嬉しく思うと同時に、彼を短期間で成長させた冒険者と言うものに興味を持った。
(西の新大陸で、一体どんな旅があったんだろ………冒険者か……ちょっと気になるわね……確か、ユラトも学校を出たら西に行きたいとか言っていたわね……)
そしてフィリップとヘルガが、ガインのもとへ寄った。
ヘルガは、彼の頬を両手で包み込むように触れ、息子の顔を穏やかな表情で見ていた。
「ガイン……少し男らしくなったわね……さっきの戦いぶり、良い戦いだったわ。それでこそ、ウォード家の男よ!お帰りなさい、ガイン!」
「母さん……」
フィリップもガインの肩に手を置き、優しく話しかけていた。
「息子よ、光の種族としての役目、よくやって来てくれた。お前のその成長振り、きっとウォード家の誇りとなる旅となったはずだ。良く帰ってきたな……ガイン!」
「うん!僕なりに、頑張ってきたよ。みんな、ありがとう!」
この場にいる者全員が、彼の帰還を喜んでいるようだった。
そして、使用人の中で一番偉い人物がフィリップに近づき、話しかけてきた。
「旦那様。準備が整いました」
「ああ、分かった」
フィリップは、セラリスやガインたちに声をかけた。
「おーい、みんな。準備が出来たそうだ。そろそろ行こうか」
収穫したラプルの実を運ぶための荷馬車が続々と現れ始めた。
荷馬車には雇われた人がたくさん乗っていた。
皆、フィリップとヘルガに軽く挨拶を済ますと荷馬車に乗り込んでいった。
そして次々とラプルの木が茂っているところへ、荷馬車は向って行くのだった。
セラリスとシェイミーも荷馬車の一つに乗り込んだ。
すると、ガインも2人が座っているところへやってきた。
それを見たシェイミーは、すぐに心配そうにガインに話しかけた。
「ガイン!あなたは冒険から帰ってきたところでしょ。ゆっくり休んで!」
セラリスも同じ思いだった。
「シェイミーの言うとおりよ。あんたは休みなさい」
ガインはセラリスとシェイミーのいる間に座った。
「昨日はアートスで休んでいたから大丈夫だよ。それに2人に遅れた理由について話しておこうと思ってさ」
「……ん。もういいわよ。さっきので無かったことにしてあげる」
「私は、ガインが無事だったからそれでいい……」
「そっか……」
ガインが黙ってしまったのを見たセラリスは、彼が話したがっているような気がし、聞くことにした。
「まあ、そうね……聞いちゃった以上は気になるから言って!」
やはりガインは話したかったのか、笑顔で答えた。
「うん!」
荷馬車は、「ガタゴト」と音を立てながら、道の両脇にラプルの木が茂る、のどかな道をゆっくりと走っていた。
3人は荷馬車の一番後ろで、進む方向とは反対の方へ向いて座り、ガインを中心に、足をぶらぶらとさせながら座っていた。
「アートスと西の新大陸を結ぶ航路にさ、大きな魔物が現れたらしいんだ」
セラリスは話を聞きながら立ち上がると、荷馬車の外へ手を伸ばし、ラプルの実を、いくつか取った。
その実の皮は黄緑色で、良く見ると非常に小さな茶色い斑点が付いた品種だった。
見た目とは違い、中は白く、ラプルの品種の中でも、特に糖度の高い品種だった。
彼女は、それを自分の着ている服で磨きながら、ガインに答えた。
「へぇ、珍しいわね」
人数分取っていたようで、ガインとシェイミーにも一つずつ渡していた。
ラプルを受け取りながら、シェイミーもガインに話しかけた。
「最近は、ほとんどそんな話、なかったのに……」
「うん、それでさ。しばらくその海域に留まっていたらしくて……」
「それで、船が出なかったってこと?」
「うん。ラスケルクからしか、帰れないからね」
「どんな魔物だったの?」
「港の人に聞いたんだけど、大きな背ビレしか見えなかったって言ってたよ」
ラプルの実をかじりながら、セラリスは話した。
「じゃあ、クラーケンじゃないって事か……」
「うん、見えた範囲だけでも相当の大きさだったらしいよ。山みたいだったって言ってた……」
それを聞いたセラリスは、ラプルの実をかじるのを中断した。
「何それ……そんなのもいるんだ……クラーケンやシーサーペントでも、みんな嫌気が差しているのに……海は怖いわねぇ……」
「うん。それで、その後、その魔物はその海域からどこかへ向ったみたいなんだ。とりあえず、人は襲わなかったみたいで、被害は無かったみたい」
ガインの話を聞いて、シェイミーは安堵していた。
「良かった……」
ガインは話を続けた。
「それで、その後、無事に運航が再開して、僕は船に乗ったんだよ」
「何、まだ話しがあるの?」
「うん。それで船は、しばらく順調にラスケルクからアートスへ向ったんだ」
シェイミーは、ラプルの実を両手に握り締めるように持ちながら、ガインの話に聞き入っていた。
「うん……」
「丁度、日が傾き始めたぐらいかな……その時に、船に乗っていた僕らは、『ソードガルフィッシュ』の群れに遭遇して、戦闘になったんだよ」
【ソードガルフィッシュ】
見た目はカジキマグロのような姿で、そこにトビウオのように羽のような大きなヒレの付いた魚の魔物。
角の部分は剣のように鋭く、そして非常に硬く、その部分を使用して攻撃を仕掛けてくる。
威力はかなりあり、大きいものだとレンガで出来た壁を貫くほどである。
高い魔力を持っており、羽根のようなヒレに魔力を消費させることで、しばらくの間だが、空中を飛ぶことが出来る。
水中で力強く、尾で水を掻き、一気に飛び上がって、敵目掛け攻撃してくることが多い。
古代に書かれた記録によると、この魚の群れに襲われ、いくつもの船が沈んだと書かれていた。
また、マーマン達が角を利用し、槍として使っていたと言う文献が存在している。
ガインは、そこに居合わせた冒険者たちと共に、その魔物と戦った。
「それでね、結構時間が経って、とうとう夜になったんだ」
セラリスは再び、ラプルの実をかじった。
かじられたラプルの実は「シャリ」と言う音を立てていた。
「……ふーん。結構大変だったんだ……」
そしてガインは、目の焦点が定まっていないような表情で話し始めた。
「僕は、その戦いの最中見たんだ……」
ガインの様子が少し違うことに気が付いたシェイミーは心配そうに彼の顔を覗き見ていた。
「……どうしたの?ガイン……」
「遠くの方だったんだけど、飛竜に乗った人が突然上空から急下降してきて現れたかと思うと、剣を抜き放って、海面を切るように剣を振っているのを見たんだ……」
そこでセラリスは興味を示していた。
「……何それ。ちょっと面白そうじゃない!」
「だけど、ほんの一瞬の出来事だったんだ……。すぐにその人物は飛竜と共に上空へ舞い上がって行って、夜空に浮かぶ雲の中へ消えていったんだよ………」
シェイミーは、信じられないようだった。
「ただのワイバーンじゃないの?ほんとに人が乗っていたの?」
「うん……海面を切ったとき、一瞬だったけど剣が光ったのを僕は、確かに見たよ……あの人がソードガルフィッシュの群れの中心辺りを切ってくれたおかげで、その後、敵はどこかへ行ってしまったんだ」
「へぇ、良かったじゃない……だけど、気になるわね……」
「うん……後で、他の冒険者の人にも聞いてみたんだけど、僕以外、誰も見てなかったみたいなんだ……あれはなんだったんだろう……」
しばらく3人は無言でラプルの実をかじりながら、考えていた。
そしてシェイミーが最初にガインに話しかけた。
「今は考えても、きっと分からないと思う……だから、助かった事に感謝するだけで今はいいんじゃないかな?……」
「そうね……シェイミーの言うとおりかも……うん!考えてもしょうがないわよ、助かったことに感謝しなさい!」
そう言ってセラリスはガインの肩を軽く叩いた。
「うん……(だけど、あの飛竜に乗った人物が飛んでいったのは、ユラトたちがいる森の方向だったんだ……ユラト……大丈夫だろうか?……そう言えば、二人にはまだ、話してなかったね……)」
ガインがユラトの事を話そうとした時、彼らは目的地へ着いたようだった。
荷馬車が止まり、雇われた人々が荷馬車から降り、準備に取り掛かっていた。
「着いたみたいね……今日は、たくさん取るぞー!」
セラリスが一番最初に、荷馬車から降りた。
そして腕まくりをして振り返った。
「さあ、2人ともやるわよ!」
ガインは、シェイミーの手を取り立ち上がった。
「僕たちも行こう、シェイミー!」
いつもこういうことに関しては消極的だったガインが積極的になっていたことに一瞬戸惑いを見せたシェイミーだったが、それは喜ばしいことだと彼女は思った。
(ガイン……)
そして、少しはにかみながら、彼女もガインに手を引かれ、荷馬車から降りた。
ガインはシェイミーの手を握り締めながら、体だけでなく心の成長も感じ取っていた。
そして、セラリスの後についていきながら色々考えていた。
(これで少しは誰かを守れるようになったかな?……ユラト、僕は無事にたどり着けたよ……セラリスのさっきの顔……きっと冒険者に興味を持ったのかも……だから、3人でまた会いに行くよ!)
ガインはセラリスに話しかけた。
「セラリス、僕、あの森でユラトに会ったんだよ!」
3人の先頭を歩いていたセラリスは、亜麻色の髪を揺らして振り返った。
「ええーー!?あんた、それ先に言いなさいよ!!」
「言おうとしたさ……だけど、あんな歓迎を受けたんだもん……」
シェイミーも驚きながらガインに尋ねていた。
「ガイン、本当にユラト君に会ったの?」
「うん、本当さ!」
「その話、もっと詳しく聞かせなさい!」
そんなセラリスの反応を見たガインは、笑い声を果樹園に響かせた。
「あははは!言うと思った!」
ウォード家のラプルの収穫は例年通り、和気藹々とした中、始まったようだった。
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