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反省
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アレックスとフィオナは出版社『デルポイ』にたどり着いた。デルポイはフィオナの勤める出版社で、バスの襲撃現場からすぐ近くにある。就業時間はとっくに過ぎており、明かりがついていないオフィスは無人だ。マンハッタンの中心部から外れた場所に位置するこの出版社は、発行する書物も流行の中心から外れている。週刊エイリアン、週刊ゾンビ、未確認生物全集、ユーラシアと新大陸における魔術の違い、事実としての神話、など。どれもオカルト誌であり、それゆえに読者も少なく経営も上手くいってない、かと言えばそうではない。
「へ~え、改めてお前ってすごい人気なんだなあ」
オフィスに入ったアレックスは驚いた。ヒットを祝うポスターが壁中に貼ってあり、そのすべてに著者フィオナと書いてある。週刊エイリアン7週連続十万部、インターネット記事のサブスクライブ10万人突破、新刊大好評。オカルトという業界は狭いが、デルポイ社は小さな領土を支配する王国であり、その帝王がフィオナなのである。
「べ~つに~。こんなの嬉しくもなんともないけどね」
フィアナは言い捨て、忌々しそうにポスターを眺めた。どのポスターも活気にあふれているのが気に入らない。夜中で誰もいないオフィスが騒がしく感じるほどだ。スクープをとって、野蛮な玉座からさっさとおさらばしたい。
「それじゃああたしは記事をアップロードしてくるから、あんたはその辺にある椅子、どれでもいいから座って待ってて」
フィオナはそう言うと、自らの個室に入っていった。デルポイ社にある個室は二つ。社長の個室とフィオナの玉座ともいえる個室だけで、フィオナの個室のほうが広い。いかにフィオナがこの狭い業界で大きな影響力を持つかよく表している。
残されたアレックスは誰のものとも知れない椅子に座った。すると途端に疲れが出てくる。思えば昨日今日はいろいろあった。プロレスの試合、パーティー、ベンツをぶっ飛ばして、ビルからダイブもした。その間ろくな休息をとってない。
なんだか眠くなってきた。作業中のフィオナには悪いが、少しだけ眠ろう。
アレックスがデスクに突っ伏そうとすると、隣のデスクに男がいるのに気付いた。アレックスがしようとしたように机に突っ伏しており、眠っているのだろうかピクリとも動かない。顔は机に伏せているので見えないが、シャツにスラックスに革靴を身にまとい、髪もなでつけていて身なりはいい。
だからと言って信じるな。また待ち伏せかもしれない。アレックスは油断しない。俺たちは狙われている。こいつもオーフェンが放った刺客かもしれない。身なりなど当てにならない。ピカピカのスーツを着て最高の社会的地位を持つオーフェンはどうだった? バスの運転手は? コンビニの店員、おばちゃん……、みんな敵だった。
プロレスラーの視点で男を観察すると、こいつは戦士じゃない。体が細い。手がきれいだ。耳も鼻も潰れてない。それじゃあこいつは安心か、と言えばそうではない。なぜ真夜中に会社にいるんだ、という疑問がのこる。
どうしよう。アレックスは男を見つめた。眠っている。ピクリともしない。背中が隙だらけだ。やるなら今しかない。
「おらあ、お前は何者だ」
アレックスは男を羽交い絞めにし、問いかけた。
「うわわわあわ、なに、いったいどうしたの」
男はうろたえた。眠っていたのだから当然だ。
「うるせえ、質問に答えろ。お前はだれだ。なんでここにいる」
「僕はここの、デルポイの社員だよ。居残って記事を考えていたらいつの間にか眠ってしまって……、胸に社員証がある。見てくれ」
言われて、アレックスは男の胸元を見た。ネックストラップの社員証がぶら下がっている。男の顔と名前が確認でき、そのほかにも社員ID等の情報が印刷されている。彼の言っていることは本当のようだ。
「仕事だったのか。そうとも知らず突然拘束して悪かったな」
アレックスは男を解放すると、詫びの気持ちを込めて彼の服にできたしわを伸ばした。
「少し驚いたけど、別に構わないよ。君も警備の仕事だったんだろ」
「いや、俺の仕事はプロレスラーだ」
「はあ、プロレスラー。確かに体を鍛えているみたいだけど、君のほうこそいったいなんでデルポイにいるんだい?」
「あいつの付き添いさ」
アレックスはフィオナの個室を手で示した。ガラス越しに、パソコンをいじっているフィオナの姿がある。
「君はフィオナの友人なのか。驚いたな、彼女はモンロー主義者だと思っていたのに」
「モン……、なんだって?」
「モンロー主義者。つまり孤立を好むってことさ。彼女は社内で友人を作ろうとしないんだ。帰りの食事には誰が誘っても来ないし、就業時間も一分だって伸ばさない」
「あ、ああ……、モンロー主義ね。それね、そっちのやつね。もちろん知ってるよ。あいつ、この仕事を嫌ってたからな。あほなことやってられないわ、って言ってな。仕事の時間以外で仕事のことを思いたくなかったんだろう。あんたもこの仕事をやってさぞ辛かろう。さっさと政治記者に転職できるといいな」
「とんでもない」男は大きく首を振った。「僕はこの仕事とフィオナにあこがれて、タイタンコーポレーションを辞めてまで入社したんだ。辛いどころか毎日充実しているよ」
「はあ?あんな大手を辞めて、こんなクソアホ出版社に入社したのかよ。あんたどうかしてるぜ」
アレックスはタイタンという言葉を聞いて、複雑な思いだった。悪党のオーフェンがトップにいる企業だが、無敵の大会社である。給料だって十分出るだろうに、そこを辞めてオカルトをやるなんて正気とは思えない。大げさに肩をすくめて見せると、男の発する気配が変わる。その気配に、アレックスは思わず後ずさった。恐ろしい。これはまさしく戦士の気迫だ。彼の体つきは細いが、その目つきは大切なもののために戦う強さがある。
「クソアホって、どういうことだい? 聞かせてもらえないか」
「そりゃあ、ほら、オカルトなんてやってるからさ。ばかばかしいじゃないか、エイリアンやゾンビなんて。あんたもそう思うだろ?」
「思わないね。僕はこの仕事に誇りを持っている。なぜなら人を楽しませる仕事だからだ。確かにタイタンという会社や政治記者より社会の役に立たないかもしれないが、人を楽しませるのだって大切な仕事だろう。君はプロレスラーをしているんだったね。君も人を楽しませたくてプロレスラーになったんじゃないのか? 僕たちは同じ志で働いているんじゃないのか? だというのに、なぜそんなことを言うんだ」
彼の話を聞いて、アレックスは衝撃を受けた。今まで受けたどんなバックドロップよりも強烈な衝撃だ。めまいがして立っていられなくなり、デスクに手をつく。彼の言うとおりだ、俺は人を楽しませたくてプロレスラーになったのに、同じ人を楽しませる仕事を馬鹿にしていた。なぜこんなにも大切なことに気づかなかったんだろう。オーフェンやシーザーにプロレスを馬鹿にされてあんなに腹が立ったのに、自分も同じことをしていた。なんとも軽い気持ちで、無意識で、人を傷つけてしまった。
「うわああああああああああ、ごめんごめんごめん」
アレックスはいてもたってもいられず、デスクに頭を打ち付けて自らを罰した。体を大きくのけぞり、力いっぱい頭をデスクにぶつける。
「ああわかった、もういいよ、君は十分反省した。だから今すぐやめるんだ」
「こんなんで済むもんか。俺はなんてことを……、うおおおおおおお」
男はアレックスを背面から抱き、押さえつけようとした。しかし、プロレスラーの全力はそう簡単には止まらない。アレックスは男に抱き疲れたまま、プレス機のごとく頭をデスクにたたきつけ続ける。ガツンガツンと鈍い音が響き、デスクがへこんできた。
「ちょっとあんた、何してんのよ。やめなさいったら」
フィオナが騒ぎを聞きつけた。個室から飛び出してくるなり、アレックスの頭とデスクの間に自分の体を滑り込ませる。このまま頭を打ち付ければフィオナにヘッドバットをすることになるため、流石のアレックスも自罰を続けるわけにはいかない。ようやく鈍い音がやみ、オフィスが静まった。
「フィオナ、聞いてくれ。俺はお前に言わなければならないことがある。とても大切なことだ」
アレックスはフィオナの手を取り、目をしっかりと見つめた。彼女にも謝らなければならない。そして、彼女自身もオカルトという言葉に惑わされ、人を楽しませるという大切な本質を見失っていることに気づいてほしい。
「突然なによ」
「今まで俺は、お前がオカルトの仕事をしてるのを馬鹿にしてきた。オカルトのことそのものも馬鹿にしてきた。けどこれは間違いだった。本当に済まない」
「は? え? なに、今なんて? 言ってることがわからなかったわ。今あなたは私の知らないプロレス技の話をしたの?」
あざけるフィオナの手を、アレックスは強く握りなおした。
「ふざけないで聞いてくれ。俺はまじめな話をしているんだ。お前に、オカルトや自分の仕事を正しく知って、自信を持ってほしい」
「はあああ~? あんたうちの社長とおんなじこと言ってる。こんなオカルト、おかしいに決まってるじゃない。あほよ、あほ。あんただって『ライオンの儀式』を見た時気持ち悪いって言ってたじゃない。それなのにどうしたのよ」
「ライオンの儀式に関しては、まあそのなんていうかだね、確かにおかしいなと思った。けどそれは新しいものを見て驚いたんじゃないかな。きっとそうだよ」
「そう思っていたのがなんで突然こんなに意見が変わるわけ? オカルトが素晴らしいなんて、頭をぶつけたせいで変になっちゃったんじゃないの」
「俺はおかしくなんてなってない。けど今は本気でオカルトの仕事が素晴らしいと思ってる。お前にもこの素晴らしさを知ってほしいんだ」
「重症みたいね。ぶつけたとこ、見せてごらんなさい」
フィオナは大きくため息をついた。熱弁を完全に聞き流してアレックスの額を引っ張るが、アレックスがプロレスラーの剛力をもって抵抗したため、仕方なく背伸びしてアレックスの額を覗き込む。
「あ~あ、こぶになってるじゃない。今救急箱をとってくるからそこで大人しくしてるのよ」
アレックスの額は案の定腫れていたため、フィオナは救急箱を探しに給湯室へ向かった。
アレックスはその背中に手を伸ばすが、届かなかった。
「どうすりゃいいんだ……、おいあんた、何か方法はないのか」
アレックスが問いかけると、男社員は肩をすくめる。
「彼女にわからせるのは簡単じゃない。今までデルポイ社員一同、さんざん言って聞かせてたんだけど、さっぱりだからね。最近では皆あきらめムードだよ」
「そんな……、くっそ、何か方法があるはずだ」
「まあ頑張ってくれたまえ、ミスタープロレスラー。僕に今必要なのは睡眠だ。少し寝心地は悪くなったが、まあいいだろう」
デルポイ社員はそう言ってへこんだデスクに突っ伏し、動かなくなった。
「アレックス、大人しくしてたみたいね。さあ、おでこを出しなさい」
フィオナが救急箱を片手に戻ってきた。中から軟膏を取り出して塗り、ガーゼを当ててテープで固定し、一丁上がりである。
「これでよしっと。あとはオカルトに対する認識が正しいものになっていれば治療は完璧ね。アレックスさん、あなたはエイリアンやゾンビなんかのオカルトについてどう思いますか?」
「素晴らしいものだよ。フィオナ、人を楽しませるってのはいいことだ。わかってくれよ」
「あらやだ、これは脳にダメージがいってるわね。それとも単に寝不足で幻覚が見えてるのかしら。そうだといいんだけど」
「まったくの正気だよ」
「まあいいわ。記事もあとは仕上げだけだし、終わったらすぐに教会へ行って眠りましょうね」
フィオナはそう言って個室へ入り、パソコンに向かう。アレックスから借りたスマートフォンの画像を転送して、その画像に締めの文章を添える。
我々は『ライオン男』と同じくライオンの毛皮を所有する男性を見つけ、話を聞いた。彼の名はアレックスという。
「俺がライオン男かって? そんなわけないだろ」
アレックスは平然とこう言ったが、ミステリーハンターフィオナの目をごまかすことはできない。彼の声は震えている。それに画像をよく見てほしい。彼の着ているシャツのロゴ、トーチの代わりにダンベルを持った自由の女神だが、これは私が撮影したライオンの儀式を行っている男が着ているシャツと同一のロゴである。
我々はこのロゴを追うことで真実にたどりつけると考えており、現在も調査を続けている。続報を待て。
これで万事よしね。フィオナは記事をアップロードし、めいっぱい伸びをした。
「へ~え、改めてお前ってすごい人気なんだなあ」
オフィスに入ったアレックスは驚いた。ヒットを祝うポスターが壁中に貼ってあり、そのすべてに著者フィオナと書いてある。週刊エイリアン7週連続十万部、インターネット記事のサブスクライブ10万人突破、新刊大好評。オカルトという業界は狭いが、デルポイ社は小さな領土を支配する王国であり、その帝王がフィオナなのである。
「べ~つに~。こんなの嬉しくもなんともないけどね」
フィアナは言い捨て、忌々しそうにポスターを眺めた。どのポスターも活気にあふれているのが気に入らない。夜中で誰もいないオフィスが騒がしく感じるほどだ。スクープをとって、野蛮な玉座からさっさとおさらばしたい。
「それじゃああたしは記事をアップロードしてくるから、あんたはその辺にある椅子、どれでもいいから座って待ってて」
フィオナはそう言うと、自らの個室に入っていった。デルポイ社にある個室は二つ。社長の個室とフィオナの玉座ともいえる個室だけで、フィオナの個室のほうが広い。いかにフィオナがこの狭い業界で大きな影響力を持つかよく表している。
残されたアレックスは誰のものとも知れない椅子に座った。すると途端に疲れが出てくる。思えば昨日今日はいろいろあった。プロレスの試合、パーティー、ベンツをぶっ飛ばして、ビルからダイブもした。その間ろくな休息をとってない。
なんだか眠くなってきた。作業中のフィオナには悪いが、少しだけ眠ろう。
アレックスがデスクに突っ伏そうとすると、隣のデスクに男がいるのに気付いた。アレックスがしようとしたように机に突っ伏しており、眠っているのだろうかピクリとも動かない。顔は机に伏せているので見えないが、シャツにスラックスに革靴を身にまとい、髪もなでつけていて身なりはいい。
だからと言って信じるな。また待ち伏せかもしれない。アレックスは油断しない。俺たちは狙われている。こいつもオーフェンが放った刺客かもしれない。身なりなど当てにならない。ピカピカのスーツを着て最高の社会的地位を持つオーフェンはどうだった? バスの運転手は? コンビニの店員、おばちゃん……、みんな敵だった。
プロレスラーの視点で男を観察すると、こいつは戦士じゃない。体が細い。手がきれいだ。耳も鼻も潰れてない。それじゃあこいつは安心か、と言えばそうではない。なぜ真夜中に会社にいるんだ、という疑問がのこる。
どうしよう。アレックスは男を見つめた。眠っている。ピクリともしない。背中が隙だらけだ。やるなら今しかない。
「おらあ、お前は何者だ」
アレックスは男を羽交い絞めにし、問いかけた。
「うわわわあわ、なに、いったいどうしたの」
男はうろたえた。眠っていたのだから当然だ。
「うるせえ、質問に答えろ。お前はだれだ。なんでここにいる」
「僕はここの、デルポイの社員だよ。居残って記事を考えていたらいつの間にか眠ってしまって……、胸に社員証がある。見てくれ」
言われて、アレックスは男の胸元を見た。ネックストラップの社員証がぶら下がっている。男の顔と名前が確認でき、そのほかにも社員ID等の情報が印刷されている。彼の言っていることは本当のようだ。
「仕事だったのか。そうとも知らず突然拘束して悪かったな」
アレックスは男を解放すると、詫びの気持ちを込めて彼の服にできたしわを伸ばした。
「少し驚いたけど、別に構わないよ。君も警備の仕事だったんだろ」
「いや、俺の仕事はプロレスラーだ」
「はあ、プロレスラー。確かに体を鍛えているみたいだけど、君のほうこそいったいなんでデルポイにいるんだい?」
「あいつの付き添いさ」
アレックスはフィオナの個室を手で示した。ガラス越しに、パソコンをいじっているフィオナの姿がある。
「君はフィオナの友人なのか。驚いたな、彼女はモンロー主義者だと思っていたのに」
「モン……、なんだって?」
「モンロー主義者。つまり孤立を好むってことさ。彼女は社内で友人を作ろうとしないんだ。帰りの食事には誰が誘っても来ないし、就業時間も一分だって伸ばさない」
「あ、ああ……、モンロー主義ね。それね、そっちのやつね。もちろん知ってるよ。あいつ、この仕事を嫌ってたからな。あほなことやってられないわ、って言ってな。仕事の時間以外で仕事のことを思いたくなかったんだろう。あんたもこの仕事をやってさぞ辛かろう。さっさと政治記者に転職できるといいな」
「とんでもない」男は大きく首を振った。「僕はこの仕事とフィオナにあこがれて、タイタンコーポレーションを辞めてまで入社したんだ。辛いどころか毎日充実しているよ」
「はあ?あんな大手を辞めて、こんなクソアホ出版社に入社したのかよ。あんたどうかしてるぜ」
アレックスはタイタンという言葉を聞いて、複雑な思いだった。悪党のオーフェンがトップにいる企業だが、無敵の大会社である。給料だって十分出るだろうに、そこを辞めてオカルトをやるなんて正気とは思えない。大げさに肩をすくめて見せると、男の発する気配が変わる。その気配に、アレックスは思わず後ずさった。恐ろしい。これはまさしく戦士の気迫だ。彼の体つきは細いが、その目つきは大切なもののために戦う強さがある。
「クソアホって、どういうことだい? 聞かせてもらえないか」
「そりゃあ、ほら、オカルトなんてやってるからさ。ばかばかしいじゃないか、エイリアンやゾンビなんて。あんたもそう思うだろ?」
「思わないね。僕はこの仕事に誇りを持っている。なぜなら人を楽しませる仕事だからだ。確かにタイタンという会社や政治記者より社会の役に立たないかもしれないが、人を楽しませるのだって大切な仕事だろう。君はプロレスラーをしているんだったね。君も人を楽しませたくてプロレスラーになったんじゃないのか? 僕たちは同じ志で働いているんじゃないのか? だというのに、なぜそんなことを言うんだ」
彼の話を聞いて、アレックスは衝撃を受けた。今まで受けたどんなバックドロップよりも強烈な衝撃だ。めまいがして立っていられなくなり、デスクに手をつく。彼の言うとおりだ、俺は人を楽しませたくてプロレスラーになったのに、同じ人を楽しませる仕事を馬鹿にしていた。なぜこんなにも大切なことに気づかなかったんだろう。オーフェンやシーザーにプロレスを馬鹿にされてあんなに腹が立ったのに、自分も同じことをしていた。なんとも軽い気持ちで、無意識で、人を傷つけてしまった。
「うわああああああああああ、ごめんごめんごめん」
アレックスはいてもたってもいられず、デスクに頭を打ち付けて自らを罰した。体を大きくのけぞり、力いっぱい頭をデスクにぶつける。
「ああわかった、もういいよ、君は十分反省した。だから今すぐやめるんだ」
「こんなんで済むもんか。俺はなんてことを……、うおおおおおおお」
男はアレックスを背面から抱き、押さえつけようとした。しかし、プロレスラーの全力はそう簡単には止まらない。アレックスは男に抱き疲れたまま、プレス機のごとく頭をデスクにたたきつけ続ける。ガツンガツンと鈍い音が響き、デスクがへこんできた。
「ちょっとあんた、何してんのよ。やめなさいったら」
フィオナが騒ぎを聞きつけた。個室から飛び出してくるなり、アレックスの頭とデスクの間に自分の体を滑り込ませる。このまま頭を打ち付ければフィオナにヘッドバットをすることになるため、流石のアレックスも自罰を続けるわけにはいかない。ようやく鈍い音がやみ、オフィスが静まった。
「フィオナ、聞いてくれ。俺はお前に言わなければならないことがある。とても大切なことだ」
アレックスはフィオナの手を取り、目をしっかりと見つめた。彼女にも謝らなければならない。そして、彼女自身もオカルトという言葉に惑わされ、人を楽しませるという大切な本質を見失っていることに気づいてほしい。
「突然なによ」
「今まで俺は、お前がオカルトの仕事をしてるのを馬鹿にしてきた。オカルトのことそのものも馬鹿にしてきた。けどこれは間違いだった。本当に済まない」
「は? え? なに、今なんて? 言ってることがわからなかったわ。今あなたは私の知らないプロレス技の話をしたの?」
あざけるフィオナの手を、アレックスは強く握りなおした。
「ふざけないで聞いてくれ。俺はまじめな話をしているんだ。お前に、オカルトや自分の仕事を正しく知って、自信を持ってほしい」
「はあああ~? あんたうちの社長とおんなじこと言ってる。こんなオカルト、おかしいに決まってるじゃない。あほよ、あほ。あんただって『ライオンの儀式』を見た時気持ち悪いって言ってたじゃない。それなのにどうしたのよ」
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「これでよしっと。あとはオカルトに対する認識が正しいものになっていれば治療は完璧ね。アレックスさん、あなたはエイリアンやゾンビなんかのオカルトについてどう思いますか?」
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我々は『ライオン男』と同じくライオンの毛皮を所有する男性を見つけ、話を聞いた。彼の名はアレックスという。
「俺がライオン男かって? そんなわけないだろ」
アレックスは平然とこう言ったが、ミステリーハンターフィオナの目をごまかすことはできない。彼の声は震えている。それに画像をよく見てほしい。彼の着ているシャツのロゴ、トーチの代わりにダンベルを持った自由の女神だが、これは私が撮影したライオンの儀式を行っている男が着ているシャツと同一のロゴである。
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最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
なお、シリーズ第二作目が、現在なろう様、カクヨム様で連載しています。
2月13日完結予定。
その後、アルファポリス様にも投稿する予定でいます。
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