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引っ越し
しおりを挟むお仏壇の前に座って、遺影を見つめる。
ひと月半ほど前のあの日。
その日は母の誕生日で、私はプレゼントを買いに出かけていた――。
緊急病棟の病室。
私は、父が涙を流すところを初めて見た。
妹は床に崩れ落ち、号泣していた。
ベッドの周りには、急いで駆けつけてきた叔父や叔母、いとこたちが輪になってすすり泣いていた。
私はその輪の一番外から、呆然と眺めていた。
不思議と涙は出なかった。
ただ、母にプレゼントを渡すことができなかったという思いでいっぱいだった――。
お通夜、お葬式が終わっても、まだみんな悲しみから抜け出せない上に、バタバタと忙しそうにしていた。
私は少しでもみんなを明るくしようと、ちょっかいを出したりしたけれど、誰もかまってはくれなかった。
唯一相手をしてくれたのは、猫のタマスケだけ。
初七日の法要がすむと、家の中もようやく少しだけ落ち着いた。
私は、ひと月と少し後には、家を出ることが決まっていたので、その準備もしないといけなかったのだけれど、今度はみんなより私の方が、心と身体がどうしようもなく重くなった。
妹は、毎日毎日泣いていた。
私は、そんな泣き腫らした妹の顔を見るのが辛かったから、
タマスケの力を借りて、少しでも妹を元気付けれるように頑張った。
そんな日々が流れ、ようやく、妹もときおり笑顔を見せてくれるようになった。
――そして今日は、私が家を出る日。
最後に私は、家族に挨拶をする。
あの日、母の誕生日プレゼントに買った、母の一番好きな曲のオルゴールを鳴らして。
お仏壇に向かって座っていたみんなが、びっくりしたようにこちらを向いた。
足元にはタマスケがまとわりついてくる。
私は今日で家を出るけれど、みんな身体には気をつけてね。
「そろそろ行くよ」
玄関から、おじいちゃんが私を呼ぶ。
私は外に出ると、ずっと暮らしてきた実家を見上げた。
白い外壁が夕焼けに照らされて、あざやかなオレンジ色に輝いている。
優しい風が吹く中、生まれた時から今までの、いろんな想い出が浮かんでくる。
季節ごとに色とりどりの花が咲く庭で、父に「高い高い」をしてもらったこと。
妹と、絵本を読んだり、かくれんぼやあやとりをしたこと。
それから、ころんで膝を擦りむいて泣いてる私を、母がやさしく抱きしめてくれたこと――。
あのときには泣けなかったのに、今頃、涙が次から次へと溢れて来る。
あの日から約ひと月と半分。
今日、少しは軽くなった心と身体で、私はここを離れる。
タマスケの後に尾ついて、みんなが外まで見送りに来てくれた。
妹と父、そして母が――私の四十九日の法要を終えて。
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