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第一章

第八話

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 さすがに夜の学校が不気味であることは否定できない。オレは特段怖がりではないが、さすがにいい気持ちではない。すでに、腰のあたりを引っ張る感覚が。

 言い忘れたが、オレは制服を着ているので、スカート着用。ご多分にもれず、長さは短いので、引っ張られると激ヤバな状態になる。

「誰だ、やめろ。どこの化け物だ!」

 由梨だった。子泣きジジイのようにオレの腰にしがみついている。すでに泣いていた。

「だってお化けこわいんだもん。じゃない、こ、こわくなんかないんだからねっ。」

「あなたって、使者・死者じゃなかったんでしょうか?」

 由梨はオレのやさしい?言葉を無視して、いや耳に入らなかったのようで、故障寸前の洗濯機のようにブルブル振動している。本当に怖いのか?

「仕方ないな。その位置では歩くのに困るよ。とにかく横に来いよ。手を繋いだら少しは安心できるだろう。」

「しょ、しょうがないわね。どうしても手を繋いでほしいと泣いて頼まれたらセレブとしてはボランティアせざるを得ないわね。」

 と言うや否や由梨はすでにオレの右腕にしがみついていた。校舎の玄関から左手に折れて、目的地である美術室に足を向ける。50メートルほど歩くと階段がある。その少し手前までゆるゆると歩いてきた。

『バターン』!突然、大きな音がした。

「うわあ!」「きゃあああ~!」

 オレと由梨は同時に悲鳴を上げた。

「いったいなにが起こったんだ?」

「で、出たのよ、オバオバオバ」

「おば?」

「オバサンが。」

 辺りを見回すが何もない。存在感ゼロ。無論、オバサンなどどこにも見当たらない。

「はは~ん。これか。」

「な、なによ。わ、わかったの?やっぱりオバサンでしょ?」

「んなわけないだろ。よく見ろ。これは自動ドアだよ。」

 教室表示板を見上げる。『保健室出張所』とある。出張所だと?じゃあ、保健室本社はどこだ。それに保健室って自動ドアだっけ?学校にそんな近代兵器が存在するとは恐れ入る。確かに、急患などが来た場合にドアを手で開けなくて済むように設計されているのだろうか。

「あ。ほんとだ。じゃない、そうだと思ってたのよ。あ~こわくなかった。フンだ。」

 胸を張る由梨。いや、張ってはいなかった。幻想だった。

「何、余計なこと言ってるのよ。この海のように豊かな胸に向かって・・・。」

 言葉が途切れた。

「おい、どうした。」

「ちょっと、腰が。」

「腰がどうした。」

 オレは手を貸して、なんとか由梨を立ち上がらせた。しかし、再び落城しそうになる。すると、中腰姿勢のままで、由梨は両手を前に伸ばした。

「なんだ?前に習えか?今は体育の時間じゃないぞ。」

「セレブはそんなに歩くことがないから、足がすぐに疲れるのよ。それに赤い絨毯が敷き詰められたところしか歩かないんだから、こんな硬い廊下はダメなのよ。ほらっ。」

 前に突き出した両腕を軽く揺する由梨。老人がやる『前にならえ』状態。

「何がしたいんだ。じゃあないな。何をして欲しいんだ。」

「ほんとバッカねえ。わからないの?セレブに同じことを何度も言わせないでよね。」

「ま、まさか、『お』のつくあれか?」

「そ、そうよ。鈍い頭でもようやくたどり着いたわね。」

「オンブズマン制度。」

「殺されたいらしいわね。」

「オンブズマン制度は大事だぞ。これであるからこそ、一般大衆はあこぎな行政に鉄槌を喰わせることができるんだぞ。」

「そ。よくわかってるじゃない。じゃあ、乗るね。」

『どっこいしょ』。由梨はオレの背中に貼り着いた。由梨は小柄なので、亀の甲羅状態。ある意味、(一応精神は)男子にとって、女子を背負うなど、憧れの極みである。だが、オレの背中の感触はまさに亀の腹であった。

『ボカボカボカボカ』。オレの頭はドラムになったらしい。
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