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第7話『ランスの技術』
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ルイスはずっと不思議に思っていることがある。
生産修法3~5の班を担当しているが、オリーブやトゥーラたちが一緒になって作物作りに勤しんでいるというのに、ランスだけがメンバーのフォローばかりしている。
その日、珍しく後片付けに自分とランスの二人だけが残されて、気になって尋ねてみた。
「ランスさん……」
「はい?」
箒が異様に似合うランスが振り返る。
「あの……どうして一緒に生産修法の作業に入らないんでしょう?」
「ああ、疑問に思ってらしたんですね。それはすみませんでした」
ペコリと頭を下げる。誰に対しても腰が低いランスだった。
「いえいえ! 何か理由があるんですね」
「ええ、実は私の生産修法は、ちょっと変わってるんです」
「変わってる?」
「そう。もしよかったらお教えしましょう。その前に後片付けを済ませましょうか」
「はい」
何が始まるんだろう、とルイスは期待しながら掃除に身を入れた。
約10分後、野菜の残渣などで散らかっていた集会所はすっかりきれいになった。
「こちらに座りましょうか」
「はい」
円卓の一隅に並んで椅子に腰かける。
「ルイスさん、今から1時間弱、お時間をいただいていいですか」
「はい……」
「ちょっと待っててくださいね……」
言って、ランスは胸で十字を切り、円卓の上で肘をついて両手を組み合わせた。
1分も経った頃だろうか。
夥しい小さい者の気配があちこちからした。
キョロキョロ辺りを見渡すルイス。
いる……円卓の下、本棚の本の隙間、観葉植物の影、ランプの笠の上、井戸のポンプの中、誰かが置き忘れた腕カバーの中。
「これは……」
ルイスが呆然としていると、ランスがにっこり笑って言った。
「私の協力者の皆さんです。もうおわかりでしょう、妖精たちですよ」
円卓の上にわらわら集まってきたのは、夥しい数の妖精たちだった。
姿形がみんな違う。一つ共通しているのは、みんな植物の精らしいことだった。
「……うわぁ、俺初めてです。妖精が見えたの」
感動するルイスに、ランスが優しく言った。
「彼らにもいま私たちが何に取り組んでいるのか、ちゃんとわかっていますから。平素は姿を見せることはないですが、ルイスさんなら、と」
「ホント……嬉しいです。なんて言っていいか、すごく幸せです」
ルイスは目に涙を浮かべた。
あれは昇陽の一月の新年会の時だった。
去年、フォークロア森林帯の仕事で、妖精からアドバイスを受けたり、一緒に仕事をしている、という話を聞いてから、いつかは自分もと思ってきた。
妖精たちは好き勝手に飛んだり跳ねたりしていたが、ランスの一言で団結した。
「それじゃ皆さん。今夜もよろしくお願いします」
妖精たちは、うずくまったり踊ったりしながら、生産修法を行う時のような透明な球で体を覆った。
それは生産修法と非常によく似ていたが、一つ違っていたところは球の中に小さな空と大地があり、昼と夜があることだった。
妖精たちが球の中で捏ねているのは、生命エネルギー。
あの生命の樹の純エネルギーとは趣が違う。
精霊界から供給された、種なら種の力を開放するためのエネルギーだった。
順調に小さな大地の上で、根を伸ばし、発芽し、葉を広げていく野菜たち。枝をしならせる果物たち。穂を垂れる穀物。
そして、約1時間後、妖精たちがポンと球から飛び出すと、円卓いっぱいの野菜・果物・穀物が。
「す、すごい……!」
言ったきり絶句するルイス。
これがどんなにすごいことなのかは、毎回30分かけて作物数個しかできない、自分たちの生産修法に照らせばわかる。
時間こそかかるが、その収量は何十倍である。
「以前、オリーブさんとトゥーラさんにも請われてお見せしたんですが。一言、ズルいと言われてしまって。それはそうですよね、私は妖精にお願いするだけなんですから」
ランスはそう言ったが、それがどんなに難しいことなのかは、ルイスにだってわかっている。
これだけの数の妖精と一瞬で繋がる交流の深さ。彼らを統率する言霊。穏やかだが芯のある精神力。何よりも彼らと一緒に仕事をする喜びを共有できる、絶妙な立ち位置。
いったいどれだけの人間力が必要なのか。
「お、お見事でした」
「いいえ、こちらこそ付き合っていただいてありがとうございました」
妖精たちはさざめくように笑い合ったりふざけたりしている。その様子は仕事の完成を喜ぶ人間たちと何ら変わらない。
ランスと一緒に円卓上の作物を段ボールにしまっていたルイスは、それを矯めつ眇めつして溜め息をつくのだった。
全部しまい終えた頃には、妖精たちは還ってしまった後だった。
いや、一人いたのである。
ランスの肩に乗っかって、耳元に口を寄せて内緒話をしている。
その妖精は、重なった葉の膨らんだスカートと、頭には緑の帽子を被っていることから、どうやらレタスの妖精だった。
話を聞いてクスクス笑ったランスが、ルイスにも教えてくれた。
「昨日、ポールさんが久しぶりに生産修法に取り組んだそうですよ。レタスを作ったんですけどね、ほら落雨の六月でしょ? ナメクジがテレポートしてきて柔らかい葉を食害してしまったそうです」
プーッと吹き出すルイス。
「何やってんだろ、あの人」
「それでですね、レタスの妖精が興味を持ちまして。ルイスさんの生産修法で作ったレタスが欲しいそうです。どうしますか?」
意外な申し出だった。
生産修法3~5の班を担当しているが、オリーブやトゥーラたちが一緒になって作物作りに勤しんでいるというのに、ランスだけがメンバーのフォローばかりしている。
その日、珍しく後片付けに自分とランスの二人だけが残されて、気になって尋ねてみた。
「ランスさん……」
「はい?」
箒が異様に似合うランスが振り返る。
「あの……どうして一緒に生産修法の作業に入らないんでしょう?」
「ああ、疑問に思ってらしたんですね。それはすみませんでした」
ペコリと頭を下げる。誰に対しても腰が低いランスだった。
「いえいえ! 何か理由があるんですね」
「ええ、実は私の生産修法は、ちょっと変わってるんです」
「変わってる?」
「そう。もしよかったらお教えしましょう。その前に後片付けを済ませましょうか」
「はい」
何が始まるんだろう、とルイスは期待しながら掃除に身を入れた。
約10分後、野菜の残渣などで散らかっていた集会所はすっかりきれいになった。
「こちらに座りましょうか」
「はい」
円卓の一隅に並んで椅子に腰かける。
「ルイスさん、今から1時間弱、お時間をいただいていいですか」
「はい……」
「ちょっと待っててくださいね……」
言って、ランスは胸で十字を切り、円卓の上で肘をついて両手を組み合わせた。
1分も経った頃だろうか。
夥しい小さい者の気配があちこちからした。
キョロキョロ辺りを見渡すルイス。
いる……円卓の下、本棚の本の隙間、観葉植物の影、ランプの笠の上、井戸のポンプの中、誰かが置き忘れた腕カバーの中。
「これは……」
ルイスが呆然としていると、ランスがにっこり笑って言った。
「私の協力者の皆さんです。もうおわかりでしょう、妖精たちですよ」
円卓の上にわらわら集まってきたのは、夥しい数の妖精たちだった。
姿形がみんな違う。一つ共通しているのは、みんな植物の精らしいことだった。
「……うわぁ、俺初めてです。妖精が見えたの」
感動するルイスに、ランスが優しく言った。
「彼らにもいま私たちが何に取り組んでいるのか、ちゃんとわかっていますから。平素は姿を見せることはないですが、ルイスさんなら、と」
「ホント……嬉しいです。なんて言っていいか、すごく幸せです」
ルイスは目に涙を浮かべた。
あれは昇陽の一月の新年会の時だった。
去年、フォークロア森林帯の仕事で、妖精からアドバイスを受けたり、一緒に仕事をしている、という話を聞いてから、いつかは自分もと思ってきた。
妖精たちは好き勝手に飛んだり跳ねたりしていたが、ランスの一言で団結した。
「それじゃ皆さん。今夜もよろしくお願いします」
妖精たちは、うずくまったり踊ったりしながら、生産修法を行う時のような透明な球で体を覆った。
それは生産修法と非常によく似ていたが、一つ違っていたところは球の中に小さな空と大地があり、昼と夜があることだった。
妖精たちが球の中で捏ねているのは、生命エネルギー。
あの生命の樹の純エネルギーとは趣が違う。
精霊界から供給された、種なら種の力を開放するためのエネルギーだった。
順調に小さな大地の上で、根を伸ばし、発芽し、葉を広げていく野菜たち。枝をしならせる果物たち。穂を垂れる穀物。
そして、約1時間後、妖精たちがポンと球から飛び出すと、円卓いっぱいの野菜・果物・穀物が。
「す、すごい……!」
言ったきり絶句するルイス。
これがどんなにすごいことなのかは、毎回30分かけて作物数個しかできない、自分たちの生産修法に照らせばわかる。
時間こそかかるが、その収量は何十倍である。
「以前、オリーブさんとトゥーラさんにも請われてお見せしたんですが。一言、ズルいと言われてしまって。それはそうですよね、私は妖精にお願いするだけなんですから」
ランスはそう言ったが、それがどんなに難しいことなのかは、ルイスにだってわかっている。
これだけの数の妖精と一瞬で繋がる交流の深さ。彼らを統率する言霊。穏やかだが芯のある精神力。何よりも彼らと一緒に仕事をする喜びを共有できる、絶妙な立ち位置。
いったいどれだけの人間力が必要なのか。
「お、お見事でした」
「いいえ、こちらこそ付き合っていただいてありがとうございました」
妖精たちはさざめくように笑い合ったりふざけたりしている。その様子は仕事の完成を喜ぶ人間たちと何ら変わらない。
ランスと一緒に円卓上の作物を段ボールにしまっていたルイスは、それを矯めつ眇めつして溜め息をつくのだった。
全部しまい終えた頃には、妖精たちは還ってしまった後だった。
いや、一人いたのである。
ランスの肩に乗っかって、耳元に口を寄せて内緒話をしている。
その妖精は、重なった葉の膨らんだスカートと、頭には緑の帽子を被っていることから、どうやらレタスの妖精だった。
話を聞いてクスクス笑ったランスが、ルイスにも教えてくれた。
「昨日、ポールさんが久しぶりに生産修法に取り組んだそうですよ。レタスを作ったんですけどね、ほら落雨の六月でしょ? ナメクジがテレポートしてきて柔らかい葉を食害してしまったそうです」
プーッと吹き出すルイス。
「何やってんだろ、あの人」
「それでですね、レタスの妖精が興味を持ちまして。ルイスさんの生産修法で作ったレタスが欲しいそうです。どうしますか?」
意外な申し出だった。
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