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第21話『火と水』

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「それは……やっぱり物静かで知的で、穏やかだけど誰にも文句を言わせない実力の持ち主で。優しくて……優しくて……うっ」
 パティが胸を詰まらせて、苦しげに嗚咽する。
 見守るリサの前で、涙が零れ落ちた。
「……まぁね、ランスさんは誰にでも優しいけど。ちゃんと人付き合いの深い浅いに明確なラインがある人よね」
「……」
「別にパティに対して、浅く付き合おうとしてる、ってわけじゃないのよ。むしろ、6班のメンバーとして、これからも力を貸してもらいたいと思ってるよ。実力出せば男も凌ぐ仕事ぶりだし、意志も強いし、へこたれない。何があってもめげないで、頑張り抜くことも知ってるしね」
「……思いっきりここでめげてますけどね」
「でも、ランスさんの前じゃないじゃない」
「そうですけど……だって迷惑かけたくないし」
「それがパティの長所よね。今はしんどいだろうけど、すぐに立ち直ってくれるって見越したから、ランスさんも自分の気持ちを伝えてくれたんじゃない? 色恋抜きの信頼を寄せられてるんだから、期待に応えないと」
「でも……」
「ランスさんが人と親和する水なら、あんたは人を鼓舞する火なのよ」
「えっ?」
「強すぎる水は何もかも押し流す。ランスさんはそれに気をつけて、人と適正な距離を置く。強すぎる火は人を怖じ気させる。本能的に。あんたはそれに気をつけながら、感情の爆発を抑えてきた。——まぁ、失恋のトリガーで大炎上だけどね」
「……もう取り返しがつかない?」
「バカね。取り返しがつかないのは、人を殺すか自殺した時だけよ。それ以外なら内省と努力次第で何度でもやり直せる! 忘れたの?」
 これは因果界に籍を置く者の、万世の秘法の不文律だった。
 どんなに辛く悲しいことがあっても、自分が投げ出しさえしなければ、天も時流も味方してくれる。
 リサが言いたいのはそのことだった。
「もしかして、私に折り入って相談したいことって、NWS辞めてトラディショナルオークツリーに移籍したいって話なんじゃないの? ダメよ、そんな理由なら認めない」
「リサさん……!」
「失恋が何よ。男と女が出会う以上、恋愛は巡り合わせじゃない? そりゃ、メンバーに知られたとあっては後の祭りよ。だけど、ここが肝心要の勝負どころなのよ。ここで逃げたら……逃げっぱなしの人生送ることになるわよ。それは嫌でしょ?」
「……」
「しっかりしてよ。信頼が壊れたって思ってるなら幻想よ。むしろ、取り繕ってた本性が知ってもらえて、やりやすいくらいよ。うまくいかないことなんて世の中にはごまんとあるのに、理解される機会が与えられるなんてラッキーよ。そう思ってやり直してみたら」
「……」
「大暴れした後も仕事したんでしょ。どうだった?」
「……みんな優しかったです。ちょっと罵り合ったメグも、すぐ謝ってくれたり、班のメンバーも何気なく気を引き立ててくれたり……」
「ほら! 誰も敬遠してないじゃないの。本当に怖いのはね、属する集団に腫れ物扱いされた時よ。自分ではどうしていいのかわからなくて、袋小路に追い込まれる……。わからないのは相手も同じなのよ。こういう時こそ真のコミュニケーションが問われてる。どちらにしても逃げちゃダメなの。とことん自分と向き合って、活路を見い出さなきゃ! 物別れは最後の手段よ。自分のことと同じくらい、相手のことも尊重するのよ。そして、新しい自分を認めてもらうの。それが出来てこそ、集団の目的に根差した一員になれるのよ。違う?」
 正論だった。パティは頷くしかなかった。
















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