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第21話『夜の海の思い出』

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 その頃、パティはメーテス港の埠頭に辿り着いていた。
 すっかり暗くなった防波堤に身軽によじ登ると、膝を抱えて座った。
 もうこの時間には行き交う船舶もない。
 夜の海を照らすのは灯台の灯り。水面を伝う光の柱が揺れる。
 冷たいくらいの潮風に吹かれながら、火照った気持ちを静める。
 あんなに慌てなくてもよかったのに。
 それがパティの心境だった。
 ドミンゴ店長の話は興味を惹かれた。色恋が先に立っていなければ、もっと聞いていたいくらいだった。でも、夢中になるには、あまりにも失恋とのインターバルが短すぎた。それで思わず二の足を踏んでしまった。
 感情的になると辺り構わず怒るところはあるが、彼女はとても常識を重んじる人間だった。軽薄なものにはそもそも近寄らないし、バカ騒ぎも得手ではない。振れ幅が大きいだけで、非常識な言動をよしとするわけではないのだ。
 それに、彼女はまだ若かった。
 まだまだ悩み多き年頃なのだ。人としてこなれるには早すぎる。
 リサに煽られてドミンゴ店長の情熱にほだされるには、経験が決定的に足りなかった。
 逃げるしかなかった自分が歯痒い。
(意気地なし……)
 そう自分に毒づく。
 もっと時間をかけてお互いを理解しましょうとか何とか、スマートな対処法があったはずなのだ。今頃気づいてももう遅い。
 恋愛マニュアルなら暗記するほど読み漁ったのに、咄嗟の時には出てきてくれないものだ。
 逃げてきたはいいが、反省することばかりで段々気が滅入ってきた。
 夜の海とは相性が良くない。
 そう結論づけて帰ろうとすると、肩にファサッと厚い布がかかった。ストールだった。
「風邪ひきますよ」
 その場に現れたのは、なんとドミンゴ店長だった。
「ドミンゴさん……」
 食い入るように見つめるパティとは逆に、ドミンゴは夜の海を見つめたまま、ぽつりと言った。
「さっきはパティさんの気持ちも考えずに、突っ走ってしまってすみませんでした」
「……」
「私、嬉しかったんです。故郷を離れて十年……友だちはいっぱいいますが、心惹かれる人生の伴侶には出合えなかった。故郷では家族が首を長くして吉報を待ってる。あなたを見た時、閃きました。この人は同志だってね。きっと私の人生を明るく豊かにしてくれる。そう思ったら気持ちを抑えられませんでした。あなたの気持ちこそ大事にするべきなのに……ごめんなさい、許してください」
 あまりにも素直な告白に、パティもすとんと気持ちが嵌った。
「……私こそすみません。店長さんに恥をかかせて。自分にこだわってしまったから、お礼を言うべき相手に失礼なことを。恥ずかしいです。本当に謝ります、ごめんなさい――」
 ドミンゴがクスッと笑った。パティがきょとんとしていると、彼は言った。
「失礼。私たち、何だか似ていませんか? 好きな人を見つけると情熱的になって周りが見えなくなる。突っ走る。躓くと反省する。悪かったと思えば謝らずにいられなくなる」
「……そうみたい」
「そうでしょ?」
 クスクス笑い合う。心が触れ合った瞬間だった。
「パティさん、また店に遊びに来てください。お友だちをたくさん連れて。いつでも待ってます」
「はい……!」
 パティは快くOKした。
 夜の海はこうして思い出になった。




















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