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実はその日の夜、彼からメールが来たの。

傘に入れて欲しいという内容以外のメールは送ってこなかった彼から。

きっと内容は盗みのことだと思う。

確信じゃないのは読まずに削除したからよ。

だって私が欲しかったのは傘に入れて欲しいという依頼のメールだったんだもの。

傘を持っている彼から届くことはもう2度とない。

だから私、この時メールと一緒にメールアドレスも削除してしまったの。

それからまたいつか街で彼に出会う、なんて偶然も発生させたくなかった私は数ヶ月後、1人上京した。

思い出にするには全然綺麗じゃないけど、忘れることは絶対にないわ。

だって必ず雨は降るんだもの。

現に今も降っている。

社会人になった今、通勤の関係で私は地下鉄を利用しているの。

地下鉄って地下を走るから天気がわからないのよね。

でも大丈夫。

私はいつでも傘を持っているから。

雨が降るとあの時のことを思い出してしまう。

当時は最悪だと思ったできごとも、今になればかわいい思い出よ。

最近になって、雨が降れば止んで欲しいと願うようになったわ。

彼のことを思い出してしまうからかしら?

だから私、地上に出て雨に気づいたら飴玉を買うことにしているの。

青春キャンデーと名づけたレモン味の飴玉を。

昔、飴玉を舐めている間に雨が止めばいいのにって願っていた彼の真似をして。

ダメね。

これじゃ一生忘れないわ。

でもいいの。

間違ったことをしたけど私、後悔まではしていないから。
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