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2.新居からの新生活

34.母の異変

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 一時限が終わり、二時限も終わっても母から連絡は来ない。いよいよ、母の都合よりも別のトラブルではないかと思えてきた。

 昨日のこともあり、女子たちはボクの新婚生活について根掘ねほ葉掘はほいてくるんだけど、答えられないの一点張りでスルーした。

 そして、困ったのがどこで聞きつけたのかアンナさんが新居訪問に自分も連れて行けと強請ねだってきた。

「キョウは千里を行く、でごさいますわ」ってそんな言葉はない。

「ボクも用事があるから、ご要望ようぼうには沿えません」

「で、では。ご訪問なされるならおさそいなさってください」

「分かりました」

 まあ、社交辞令じれいだけど納得して引き下がってくれるなら助かる。スキップする勢いで自分の教室へ返っていった。

 一応、家に入れても良いかマキナに訊いておこうか。

〔家に来たいって同級生がいるんだけど、良いですか?〕

 打ち終わって送信するや、クラスメイトの羽鳥来はっとりさんがボクの前に立った。

「僕も蒼屋あおやくんの家に行ってみたい」

「えっ? 皆、断わってるんだけど」

 いきなりれ馴れしく話してきたのは羽鳥来はっとりカンゾウさん。僕が一人称の女子だ。

 仲くしてきた訳でもないのに、なんで?

「でも、もしかしたら行くかもしれないんだよね?」

「ん~、じゃあ。呼べる時は声かけるよ。それでいい?」

 対応はアンナさんと一緒でいいよね。

「分かった。お願い」

 もし皆で行くことになると大変じゃないか? なんとか、有耶うや無耶むやになってくれるよう願いながらマキナの返信を待った。


〔信頼できる者なら任せる。基本的に女はダメだぞ〕

 授業中に着信したメッセージを三限が終わって確認すると、そう書かれてあった。

〔信頼できない女子が熱望してるんです。どうすれば良いですか?〕

〔断われ〕

 まあ、そうですよね~。お昼になっても母から返信が来ない。

 一体あっちは、どうなってるんだろう?

 電話で訊こうと母にかけてみた。

「さあ、結婚生活について聴いてあげます。食堂へ行きますことよ」

 電話をかけてる最中に、またアンナさんが突撃とつげきして来た。

「電話してるし、お弁当があるから」

「そう言わず、おごって差し上げます」

 人の都合も考えず腕を取って連れて行こうとするアンナさん。

「ちょっ、ちょっと……」

 あらがにくいと、電話を切ってお弁当を抱えるとアンナさんに引きられていく。付き従うのは、ビビ・マックランさん。

 ビビさんはアンナさんと同じ国から留学してきたアンナさんの従者みたいな人。本当に従者かもしれないけど。

 ミナ・タマコンビが、やれやれとお弁当を持って付いてくる。その後ろには羽鳥来はっとりさんも姿が見える。

 となりのクラスからは、何事かと緋花ひばなホムラさんや紅月こうげつミントさんが出てきて付いてきた。

 昨日のことを訊いてくる女子は断わっていたけど、隣のクラスには関係ないか。


 やむなく学園の食堂でお昼を食べることになった。

 食堂は数十人が食べられる大きさで、メニューはカレーライスや各種うどんなどの単品に、トンカツ定食なんかのセットメニューまで置いている。

 うちは母がお弁当を持たせてくれたので、利用することはなかった。

 陽当たりの良い方は半アーチの半透明な屋根になっていて、外はテラスにテーブルが並んで開放的だ。

 まだ時期ではないのか、テーブルの中央には筒だけでパラソルはさっていない。


「さあ、なんでも頼んでよろしいでごさいます」

 携帯端末を食券ベンダーにかざしてアンナさんが言う。

「ボク、お弁当があるからいい」

「じゃあ、僕は……ポチっと」

 ボクとアンナさんの間に割って入り羽鳥来はっとりさんがトンカツ定食のボタンを押した。

「あなたには、言ってませんことよ?」

「金持ちなのにケチだな」

「ぐっ……。まあ、あなたたちも食べたいならおごって差し上げても宜しいでごさいますわよ」

 彼女の矜持きょうじえぐったのか、呼びもしないのに付いてきた女子たちにも、アンナさんは振る舞うようだ、仕方なく。

「じゃあ、遠慮えんりょなく」

「では、うちも」

 緋花ひばなさんと紅月こうげつさんも定食のボタンを押していく。

 言った手前、次々注文していくお邪魔じゃま虫をアンナさんは苦々にがにがしく見ていた。

 ミナ・タマの二人は躊躇ためらっていたけど、お弁当を食べるようだ。

 ヒビさんも自分の注文をしたあと、発行された食券をまとめて取ると注文しに調理カウンターへ向かう。

「さあ、こちらですわ」

「いい加減、放してよ」

「そ、そうでしたわね……」

 アンナさんは、テーブルに向かうのにまたつかまえた腕を放してくれた。こうなっては、もう逃げないよ。
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