村の籤屋さん

呉万層

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5:未来

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 台所の机には、勝手に上がり込んだご近所さんが置いた豚肉とゴボウの炒め物があった。



 差し入れ自体は、一人暮らしの健太郎にとって、ありがたくはあった。



 ただし、ありがたいだけではなかった。



 健太郎の嫌いな料理を持ってこられたり、量が多すぎたりする場合もあるし、後で礼を言わねばならないなど、面倒も多かった。



 おかけで、素直に感謝できていなかった。



 それでも、今日に限れば、豚肉とごぼうの炒め物は、健太郎の好みであった。



 夕飯を食べに行かなくとも、作らずともよくなったと安堵していた。



 冷蔵庫の冷や飯と冷奴を取り出し、茶を淹れようかと一瞬ちらっと逡巡した後、面倒になって止める。マイナーなお陰で安く手に入るペットボトルの緑茶を、茶渋で汚れたマグカップに注ぐ。



 机に電子レンジで温めた料理を並べ、健太郎は一人、夕食を摂りにかかる。



 食卓は静かで薄暗い。まるで、邦画のワンシーンのようだった。



 健太郎はもそもそと口を動かして白米と豚肉を平らげ、醤油に浸した冷奴を刺身のように切り取って食
し、薄い緑茶を胃に流し込みながら、明日の予定について思いを馳せた。



 明日は、終業後に、産業発展と観光振興の意見交換会という名で開催される、強制参加の飲み会がある。出席しなければ、最低一年は、かなり年上の上司と先輩にイヤミを言われ続ける羽目になる。



 健太郎は、参加費を払って、飲めない酒を飲まされつつ、お酌をして説教を受けさせされるイベントに出席する下っ端という惨めな立場立った。



 控え目に言って、かなり憂鬱だった。



 しかも、出席者が曲者だった。



 村長、神主、住職、酒元、網元等、村の有力者が出揃うため酷く気を使う。



 厄介なのが、意見を聞かれた際の対応だ。



 下っ端である健太郎の意見など、誰も気にしない。それでも何故、健太郎に質問をするかといえば〝お前は誰の意見に賛成するのか〟言い換えれば〝お前は誰派だ〟と問いただすためだ。



 旗色を鮮明にしていない他の出席者にも、同様の質問が発せられる。有力者間で、意見が二つに別れるくらいなら、いいほうだ。



 三派以上に別れる最悪なケースもある。



 食事なら、一品物より幕の内弁当のように選択肢を多く与えられたほうが色々と楽しめると主張する者もいるだろう。だが、踏み絵を三種類も用意されて、喜ぶ者はいない。無礼の許されない無礼講で、理性を保ちつつ、勧められる酒を飲まされるだろう。



 笑顔とは、顔筋を意識して操作し、目を細めて口の両端の角度を上げるものである。などと、ロクでもな事実認識を強制される。




 宴会が終わるころには、自然な笑みに対する郷愁を深く感じさせられることだろう。



 おまけに、ろくでもないプレッシャーに耐え、場の空気を壊さぬよう、曖昧な答で誤魔化して切り抜けたところで、大した意味はない、と来た。



 数度に渡る酒宴の後、酔っ払った有力者たちが酩酊状態のまま馴れ合い、酒の力で先祖の確執や過去の経緯をすっ飛ばして、なあなあで妥協し、どうやってか意見を纏める。振り回された他の参加者たちはいい面の皮だが、一部を除いて、数百年も変わらない村の上下関係を覆せる者など、存在しない。



 憂鬱な思いを抱きながらも、健太郎は手と口を動かし続けていたため、夕食は十分ちょっとで終わっていた。



「籤屋に会いたいな」



 一人暮らしは、独り言が多くなる。健太郎は自嘲した。



 壁に掛けられた、実際の時間より十五分進んでいる時計を見上げる。まだ六時半を回ったばかりだった。



 もう、動画サイトを巡ってから寝る以外には、重要な活動はない。幼馴染が主人をしている店に呑みに行ったり、散歩に出たりすることも考えたが、億劫だ。



 寝室に行き、パソコンの電源を入れた。



 古いデスクトップ・パソコンを立ち上げると、冷却ファンが騒音を上げる。健太郎はお気に入り欄のニュース・サイトを、機械的にクリックした。



 それから健太郎は、数時間モニターの前に座ってから入浴を済ませ。風呂から上がり、冷えた緑茶を飲み、いつまで同じような日々が続くのかと考えながら布団に入った。



 そう、いつものように。一人の虚しさと、自身と子宇女村の未来のなさがを感じながら。いつものように。



「それにしても、楽しくないなぁ」



 などと、呟やいている間に、健太郎は眠りに落ちた。
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